雁坂越


   その一

 ここは甲州こうしゅうの笛吹川ふえふきがわの上流、東山梨ひがしやまなしの釜和原かまわばらという村で、戸数こすうもいくらも無い淋さみしいところである。背後うしろは一帯いったいの山つづきで、ちょうどその峰通みねどおりは西山梨との郡堺こおりざかいになっているほどであるから、もちろん樵夫きこりや猟師りょうしでさえ踏ふみ越こさぬ位の仕方の無い勾配こうばいの急な地で、さて前はというと、北から南へと流れている笛吹川の低地ひくちを越してのその対岸むこうもまた山々の連続つながりである。そしてこの村から川上の方を望めば、いずれ川上の方の事だから高いには相違そういないが、恐おそろしい高い山々が、余り高くって天に閊つかえそうだからわざと首を縮すくめているというような恰好かっこうをして、がん張ばっている状態ありさまは、あっちの邦土くには誰だれにも見せないと、意地悪く通とおせん坊ぼうをしているようにも見える位だ。その恐ろしい山々の一ひト列つらなりのむこうは武蔵むさしの国で、こっちの甲斐かいの国とは、まるで往来ゆきかいさえ絶えているほどである。昔時むかしはそれでも雁坂越と云いって、たまにはその山を越して武蔵へ通った人もあるので、今でも怪あやしい地図に道路みちがあるように書いてあるのもある。しかしこの釜和原から川上へ上のぼって行くと下釜口しもかまぐち、釜川かまがわ、上釜口かみかまぐちというところがあるが、それで行止りになってしまうのだから、それから先はもうどこへも行きようは無いので、川を渡わたって東岸ひがしぎしに出たところが、やはり川下へ下さがるか、川浦かわうらという村から無理に東の方へ一ト山越して甲州裏街道うらかいどうへと出るかの外には路みちも無いのだから、今では実際雁坂越の道は無いと云った方がよいのである。こういうように三方は山で塞ふさがっているが、ただ一方川下の方へと行けば、だんだんに山合やまあいが闊ひろくなって、川が太ふとって、村々が賑にぎやかになって、ついに甲州街道へ出て、それから甲斐一国の都会みやこの甲府こうふに行きつくのだ。笛吹川の水が南へ南へと走って、ここらの村々の人が甲府甲府と思っているのも無理は無いのである。
 釜和原はこういったところであるから、言うまでも無く物寂ものさびた地だが、それでも近い村々に比べればまだしもよい方で、前に挙あげた川上の二三ヶ村はいうに及およばず、此村これから川下に当る数ヶ村も皆この村には勝らないので、此村ここにはいささかながら物を売る肆みせも一二軒けんあれば、物持だと云われている家うちも二三戸こはあるのである。
 今この村の入口へ川上の方から来かかった十三ばかりの男の児こがある。山間僻地さんかんへきちのここらにしてもちと酷過ひどすぎる鍵裂かぎざきだらけの古布子ふるぬのこの、しかもお坊ぼうさんご成人と云いたいように裾短すそみじかで裄短ゆきみじかで汚よごれ腐くさったのを素肌すはだに着て、何だか正体の知れぬ丸木まるきの、杖つえには長く天秤棒てんびんぼうには短いのへ、五合樽ごんごうだるの空虚からと見えるのを、樹きの皮を縄なわ代がわりにして縛くくしつけて、それを担かついで、夏の炎天えんてんではないからよいようなものの跣足すあしに被かぶり髪がみ――まるで赤く無い金太郎きんたろうといったような風体ふうていで、急足いそぎあしで遣やって来た。 すると路みちの傍そばではあるが、川の方へ「なだれ」になっているところ一体に桑くわが仕付しつけてあるその遥はるかに下の方の低いところで、いずれも十三四という女の児が、さすがに辺鄙ひなでも媚なまめき立つ年頃としごろだけに紅あかいものや青いものが遠くからも見え渡る扮装つくりをして、小籃こかごを片手に、節こそ鄙ひなびてはおれど清らかな高い徹とおる声で、桑の嫩葉わかばを摘つみながら歌を唄うたっていて、今しも一人ひとりが、


わたしぁ桑摘む主ぬしぁ剉きざまんせ、春蚕はるご上簇あがれば二人ふたり着る。


と唱い終ると、また他の一人が声張り上げて、


桑を摘め摘め、爪紅つまべにさした 花洛みやこ女郎衆じょろしゅも、桑を摘め。


と唱ったが、その声は実に前の声にも増して清い澄すんだ声で、断たえず鳴る笛吹川の川瀬かわせの音をもしばしは人の耳から逐おい払ってしまったほどであった。
 これを聞くとかの急ぎ歩あしで遣って来た男の児はたちまち歩みを遅おそくしてしまって、声のした方を見ながら、ぶらりぶらりと歩くと、女の児の方では何かに打興うちきょうじて笑い声を洩もらしたが、見る人ありとも心付かぬのであろう、桑の葉は越ごしに紅いや青い色をちらつかせながら余念も無しに葉を摘むと見えて、しばしは静しずかであったが、また前の二人ふたりとは違ちがった声で、


桑は摘みたし梢こずえは高し、


と唄い出したが、この声は前のように無邪気むじゃきに美しいのでは無かった。そうするとこれを聞いたこなたの汚きたない衣服なりの少年は、その眼鼻立めはなだちの悪く無い割には無愛想ぶあいそうで薄淋うすさみしい顔に、いささか冷笑あざわらうような笑わらいを現わした。唱うたの主ぬしはこんな事を知ろうようは無いから、すぐと続いて、


誰に負われて摘んで取ろ。


と唄い終ったが、末の摘んで取ろの一句だけにはこちらの少年も声を合わせて弥次馬やじうまと出掛でかけたので、歌の主は吃驚びっくりしてこちらを透すかして視みたらしく、やがて笑いを帯びた大きな声で、
「源三げんぞうさんだよ、憎にくらしい。」
と誰に云ったのだか分らない語ことばを出しながら、いかにも蓮葉はすはに圃はたけから出離れて、そして振り返って手招てまねぎをして、
「源三さんだって云えば、お浪なみさん。早く出てお出いでなネ。ホホわたし達が居るものだから羞はずかしがって、はにかんでいるの。ホホホ、なおおかしいよこの人は。」
と揶揄からかったのは十八九のどこと無く嫌味いやみな女であった。
 源三は一向頓着とんじゃく無く、
「何云ってるんだ、世話焼め。」
と口の中うちで云い棄すてて、またさっさと行き過ぎようとする。圃の中からは一番最初の歌の声が、
「何だネお近ちかさん、源三さんに託かこつけて遊んでサ。わたしやお前はお浪さんの世話を焼かずと用さえすればいいのだあネ。サアこっちへ来てもっとお採とりよ。」
と少し叱しかり気味ぎみで云うと、
「ハイ、ハイ、ご道理もっともさまで。」
と戯たわむれながらお近はまた桑を採りに圃へ入る。それと引違えて徐しずかに現れたのは、紫むらさきの糸のたくさんあるごく粗あらい縞しまの銘仙めいせんの着物に紅気べにっけのかなりある唐縮緬とうちりめんの帯を締しめた、源三と同年おないどしか一つも上であろうかという可愛かわいらしい小娘である。 源三はすたすたと歩いていたが、ちょうどこの時虫が知らせでもしたようにふと振返ふりかえって見た。途端とたんに罪の無い笑は二人の面に溢あふれて、そして娘の歩あしは少し疾はやくなり、源三の歩あしは大おおいに遅おそくなった。で、やがて娘は路みち――路といっても人の足の踏ふむ分だけを残して両方からは小草おぐさが埋うずめている糸筋いとすじほどの路へ出て、その狭せまい路を源三と一緒いっしょに仲好く肩を駢ならべて去った。その時やや隔へだたった圃の中からまた起った歌の声は、


わたしぁ桑摘む主ぁ剉まんせ、春蚕上簇れば二人着る。


という文句を追いかけるように二人の耳へ送った。それは疑いも無くお近の声で、わざと二人に聞かせるつもりで唱ったらしかった。

   その二

「よっぽど此村こっちへは来なかったネ。」
と、浅く日の射さしている高い椽側えんがわに身を靠もたせて話しているのはお浪で、此家ここはお浪の家うちなのである。お浪の家は村で指折ゆびおりの財産しんだいよしであるが、不幸ふしあわせに家族ひとが少くって今ではお浪とその母とばかりになっているので、召使めしつかいも居れば傭やといの男女おとこおんなも出入ではいりするから朝夕などは賑にぎやかであるが、昼はそれぞれ働きに出してあるので、お浪の母が残っているばかりで至って閑寂しずかである。特ことに今、母はお浪の源三を連れて帰って来たのを見て、わたしはちょいと見廻みまわって来るからと云って、少し離はなれたところに建ててある養蚕所ようさんじょを監視みまわりに出て行ったので、この広い家に年のいかないもの二人限きりであるが、そこは巡査おまわりさんも月に何度かしか回って来ないほどの山間やまあいの片田舎かたいなかだけに長閑のんきなもので、二人は何の気も無く遊んでいるのである。が、上れとも云わなければ茶一つ出そうともしない代り、自分も付合って家へ上りもしないでいるのは、一つはお浪の心安立こころやすだてからでもあろうが、やはりまだ大人おとなびぬ田舎娘の素樸きじなところからであろう。
 源三の方は道を歩いて来たためにちと脚あしが草臥くたびれているからか、腰こしを掛かけるには少し高過ぎる椽の上へ無理に腰を載のせて、それがために地に届かない両脚をぶらぶらと動かしながら、ちょうどその下の日当りに寐ねている大おおきな白犬の頭を、ちょっと踏んで軽かろく蹴けるように触さわって見たりしている。日の光はちょうど二人の胸あたりから下の方に当っているが、日ざしに近くいるせいだか二人とも顔が薄うっすりと紅くなって、特ことに源三は美しく見える。
「よっぽどって、そうさ五日いつか六日むいか来なかったばかりだ。」
と源三はお浪の言葉に穏おだやかに答えた。
「そんなものだったかネ、何だか大変長い間見えなかったように思ったよ。そして今日きょうはまた定きまりのお酒買いかネ。」
「ああそうさ、厭いやになっちまうよ。五六日は身体からだが悪いって癇癪かんしゃくばかり起してネ、おいらを打ぶったり擲たたいたりした代りにゃあ酒買いのお使いはせずに済すんだが、もう癒なおったからまた今日きょうっからは毎日だろう。それもいいけれど、片道一里もあるところをたった二合ずつ買いに遣よこされて、そして気むずかしい日にあ、こんなに量りが悪いはずはねえ、大方おおかた途中とちゅうで飲んだろう、道理で顔が赤いようだなんて無理を云って打撲ぶんなぐるんだもの、ほんとに口措くやしくってなりやしない。」「ほんとに嫌いやな人だっちゃない。あら、お前の頸くびのところに細長い痣あざがついているよ。いつ打ぶたれたのだい、痛そうだねえ。」
と云いながら傍そばへ寄って、源三の衣領えりを寛くつろげて奇麗きれいな指で触ってみると、源三はくすぐったいと云ったように頸を縮すくめて障さえぎりながら、
「お止よしよ。今じゃあ痛くもなんともないが、打たれた時にあ痛かったよ。だって布袋竹ほていちくの釣竿つりざおのよく撓しなう奴やつでもってピューッと一ツやられたのだもの。一昨々日さきおとといのことだったがね、生なまの魚が食べたいから釣って来いと命令いいつけられたのだよ。風が吹ふいて騒ざわついた厭な日だったもの、釣れないだろうとは思ったがね、愚図愚図ぐずぐずしていると叱しかられるから、ハイと云って釣には出たけれども、どうしたって日が悪いのだもの、釣れやしないのさ。夕方まで骨を折って、足の裏が痛くなるほど川ん中をあっちへ行ったりこっちへ行ったりしたけれども、とうとう一尾いっぴきも釣れずに家へ帰ると、サア怒おこられた怒られた、こん畜生ちくしょうこん畜生と百ばかりも怒鳴どなられて、香魚あゆや山鯇やまめは釣れないにしても雑魚ざこ位釣れない奴があるものか、大方遊んでばかりいやがったのだろう、この食くい潰つぶし野郎やろうめッてえんでもって、釣竿を引奪ひったくられて、逃にげるところを斜はすに打ぶたれたんだ。切られたかと思ったほど痛かったが、それでも夢中むちゅうになって逃げ出すとネ、ちょうど叔父おじさんが帰って来たので、それで済すんでしまったよ。そうすると後で叔父さんに対むかって、源三はほんとに可愛かわいい児ですよ、わたしが血の道で口が不味まずくってお飯まんまが食べられないって云いましたらネ、何か魚でも釣って来てお菜さいにしてあげましょうって今まで掛かかって釣をしていましたよ、運が悪くって一尾いっぴきも釣れなかったけれども、とさもさも自分がおいらによく思われていでもするように云うのだもの、憎くって憎くってなりあしなかった。それもいいけれど、何ぞというと食い潰しって云われるなあ腹が立つよ。過日こないだ長六爺ちょうろくじじいに聞いたら、おいらの山を何町歩なんちょうぶとか叔父さんが預あずかって持っているはずだっていうんだもの、それじゃあおいらは食潰しの事は有りあしないじゃあないか。家の用だって随分ずいぶんたんとしているのに、口穢くちぎたなく云われるのが真実ほんとに厭だよ。おまえの母おっかさんはおいらが甲府へ逃げてしまって奉公ほうこうしようというのを止めてくれたけれども、真実ほんとに余所よそへ出て奉公した方がいくらいいか知れやしない。ああ家に居たくない、居たくない。」
と云いながら、雲は無いがなんとなく不透明ふとうめいな白みを持っている柔和やわらかな青い色の天そらを、じーっと眺ながめ詰つめた。お浪もこの夙はやく父母ちちははを失った不幸の児が酷むごい叔母おばに窘くるしめられる談はなしを前々から聞いて知っている上に、しかも今のような話を聞いたのでいささか涙なみだぐんで茫然ぼうぜんとして、何も無い地つちの上に眼を注いで身動もしないでいた。陽気な陽気な時節ではあるがちょっとの間はしーんと静になって、庭の隅すみの柘榴ざくろの樹きの周まわりに大きな熊蜂くまばちがぶーんと羽音はおとをさせているのが耳に立った。
   その三

 色々な考えに小ちいさな心を今さら新あらたに紛もつれさせながら、眼ばかりは見るものの当あても無い天そらをじっと見ていた源三は、ふっと何なんの禽とりだか分らない禽の、姿も見えるか見えないか位に高く高く飛んで行くのを見つけて、全くお浪に対むかってでは無い語気で、
「禽は好いいなア。」
と呻うめき出した。
「エッ。」
と言いながら眼を挙あげて源三が眼の行く方かたを見て、同じく禽の飛ぶのを見たお浪は、たちまちにその意こころを悟さとって、耐たえられなくなったか泫然げんぜんとして涙を堕おとした。そして源三が肩先かたさきを把とらえて、
「またおまえは甲府へ行ってしまおうと思っているね。」
とさも恨うらめしそうに、しかも少しそうはさせませぬという圧制あっせいの意の籠こもったような語ことばの調子で言った。
 源三はいささかたじろいだ気味で、
「なあに、無暗むやみに駈かけ出して甲府へ行ったっていけないということは、お前の母様おっかさんの談はなしでよく解わかっているから、そんな事は思ってはいないけれど、余あんまり家に居て食い潰し食い潰しって云われるのが口惜くやしいから、叔父さんにあ済まないけれどどこへでも出て、どんな辛つらい思いをしても辛棒しんぼうをして、すこしでもいいから出世したいや。弱虫だ弱虫だって衆みんなが云うけれど、おいらだって男の児だもの、窘いじめられてばかりいたかあ無いや。」
と他ひとの意こころに逆さからわぬような優しい語気ではあるが、微塵みじんも偽いつわり気げは無い調子で、しみじみと心の中うちを語った。
 そこで互たがいに親み合ってはいても互に意こころの方向むきの異ちがっている二人の間に、たちまち一条の問答が始まった。
「どこへでも出て辛棒をするって、それじゃあやっぱり甲府へ出ようって云うんじゃあないか。」
とお浪は云い切って、しばし黙だまって源三の顔を見ていたが、源三が何とも答えないのを見て、
「そーれご覧らん、やっぱりそうしようと思っておいでのだろう。それあおまえも、品質ものが好いからって二合ばかりずつのお酒をその度々たびたびに釜川から一里もあるこの釜和原まで買いに遣よこすような酷ひどい叔母様おばさんに使われて、そうして釣竿で打ぶたれるなんて目に逢うのだから、辛つらいことも辛いだろうし口惜くやしいことも口惜しいだろうが、先日せんのように逃げ出そうと思ったりなんぞはしちゃあ厭だよ。ほんとに先日いつかの夜ばんだって吃驚びっくりしたよ。いくら叔母さんが苛ひどいったって雪の降ってる中を無暗に逃げ出して来て、わたしの家とこへも知らさないで、甲府へ出てしまって奉公しようと思うとって、夜にもなっているのにそっと此村ここを通り抜けてしまおうとしたじゃあないか。吾家うちの母おっかさんが与惣次よそうじさんところへ招よばれて行った帰路かえりのところへちょうどおまえが衝突ぶつかったので、すぐに見つけられて止められたのだが、後で母様おっかさんのお話にあ、いくら下りだって甲府までは十里近くもある路を、夜にかかって食物の準備よういも無いのに、足ごしらえも無しで雪の中を行こうとは怜悧りこうのようでも真実ほんとに児童こどもだ、わたしが行き合って止めでもしなかったらどんな事になったか知れやしない、思い出しても怖おそろしい事だと仰おっしゃったよ。そればかりじゃあ無い、奉公をしようと云ったって請人うけにんというものが無けりゃあ堅かたい良い家うちじゃあ置いてくれやしないし、他人ばかりの中へ出りゃあ、この児はこういう訳のものだから愍然かわいそうだと思ってくれる人だって有りゃあしない。だから他郷よそへ出て苦労をするにしても、それそれの道順を踏ふまなければ、ただあっちこっちでこづき廻まわされて無駄むだに苦しい思おもいをするばかり、そのうちにあ碌ろくで無い智慧ちえの方が付きがちのものだから、まあまあ無暗に広い世間へ出たって好いことは無い、源さんも辛いだろうがもう少し辛棒していてくれれば、そのうちにあどうかしてあげるつもりだと吾家うちの母おっかさんがお話しだった事は、あの時の後にもわたしが話したからおまえだって知りきっているはずじゃあ無いかエ。それだのにまだおまえは隙すきさえありゃあ無鉄砲むてっぽうなことをしようとお思いのかエ。」と年齢としは同じほどでも女だけにませたことを云ったが、その言葉の端々はしはしにもこの女この怜悧りこうで、そしてこの児を育てている母の、分別の賢かしこい女であるということも現れた。
 源三は首を垂たれて聞いていたが、
「あの時は夢中になってしまったのだもの、そしてあの時おまえの母様おっかさんにいろんな事を云って聞かされたから、それからは無暗の事なんかしようとは思ってやしないのだヨ。だけれどもネ、」
と云いさして云い澱よどんでしまった。
「だけれどもどうしたんだエ。ああやっぱり吾家うちの母様おっかさんの云うことなんか聴きかないつもりなのだネ。」
「なあに、なあにそうじゃないけれども、……」
「それ、お見、そうじゃあないけれどもってお云いでも、後の語ことばは出ないじゃあないか。」
「…………」
「ほら、ほら、閊つかえてしまって云えないじゃあないか。おまえはわたし達にあ秘かくしていても腹おなかん中じゃあ、いつか一度は、誰の世話にもならないで一人で立派なものになろうと思っているのだネ。イイエ頭を掉ふってもそうなんだよ。」
「ほんとにそうじゃないって云うのに。」
「イイエ、何と云ってもいけないよ。わたしはチャーンと知っているよ。それじゃあおまえあんまりというものだよ、何もわたし達あおまえの叔母おばさんに告口いつけぐちでもしやしまいし、そんなに秘かくし立だてをしなくってもいいじゃあないか。先せんの内はこんなおまえじゃあなかったけれどだんだんに酷い人におなりだネエ、黙々だんまりで自分の思い通りを押通おしとおそうとお思いのだもの、ほんとにおまえは人が悪い、怖こわいような人におなりだよ。でもおあいにくさまだが吾家うちの母様おっかさんはおまえの心持を見通していらしって、いろいろな人にそう云っておおきになってあるから、いくらお前が甲府の方へ出ようと思ったりなんぞしてもそうはいきません。おまえの居る方から甲府の方へは笛吹川の両岸のほかには路は無い、その路にはおまえに無暗なことをさせないようにと思って見ている人が一人や二人じゃあ無いから、おまえの思うようにあなりあしないヨ。これほどに吾家うちの母様おっかさんの為なさるのも、おまえのためにいいようにと思っていらっしゃるからだとお話があったわ。それだのに禽とりを見て独語ひとりごとを云ったりなんぞして、あんまりだよ。」
と捲まくし立ててなおお浪の言わんとするを抑おさえつけて、
「いいよ、そんなに云わなくったって分っているよ。おいらあ無暗に逃げ出したりなんぞしようと思ってやしないというのに。」
と遮さえぎる。
「おや、まだ強情ごうじょうに虚言うそをお吐つきだよ。それほど分っているならなぜ禽はいいなあと云ったり、だけれどもネと云って後の言葉を云えなかったりするのだエ。」
と追窮ついきゅうする。追窮されても窘くるしまぬ源三は、
「そりゃあただおいらあ、自由自在になっていたら嬉うれしいだろうと思ったからそう云ったのさ。浪ちゃんだってあの禽のように自由だったら嬉しいだろうじゃあないか。」
と云うと、お浪はまた新に涙ぐんで其言それには答えず、
「それ、その通りだもの。おまえにやまだ吾家うちの母おっかさんだのわたしだのが、どんなにおまえのためを思っているかが解らないのかネエ。真実ほんとにおまえは自分勝手がってばかり考えていて、他ひとの親切というものは無にしても関かまわないというのだネ。おおかたわたし達も誰も居なかったら自由自在だっておまえはお悦よろこびだろうが、あんまりそりゃあ気随きずい過すぎるよ。吾家うちの母様おっかさんもおまえのことには大層心配をしていらしって、も少しするとおまえのところの叔父さんにちゃんと談をなすって、何でもおまえのために悪くないようにしてあげようって云っていらっしゃるのだから、辛いだろうがそんな心持を出さないで、少しの間辛抱おしでなくちゃあ済まないわ。」
としみじみと云うその真情まごころに誘さそい込まれて、源三もホロリとはなりながらなお、
「だって、おいらあ男の児だもの、やっぱり一人で出世したいや。」
と自分の思わくとお浪の思わくとの異ちがっているのを悲む色を面おもてに現しつつ、正直にしかも剛情ごうじょうに云った。その面貌かおつきはまるで小児こどもらしいところの無い、大人おとなびきった寂さびきったものであった。 お浪はこの自己おのれを恃たのむ心のみ強い言ことばを聞いて、驚おどろいて目を瞠みはって、
「一人でって、どう一人でもって?」
と問い返したが返辞が無かったので、すぐとまた、
「じゃあ誰の世話にもならないでというんだネ。」
と質ただすと、源三は術じゅつ無なさそうに、かつは憐愍あわれみと宥恕ゆるしとを乞こうような面かおをして微かすかに点頭うなずいた。源三の腹の中は秘かくしきれなくなって、ここに至ってその継子根性ままここんじょうの本相ほんしょうを現してしまった。しかし腹の底にはこういう僻ひがみを持っていても、人の好意に負そむくことは甚ひどく心苦しく思っているのだ。これはこの源三が優しい性質うまれつきの一角と云おうか、いやこれがこの源三の本来の美しい性質で、いかなる人をも頼たのむまいというようなのはかえって源三が性質の中のある一角が、境遇きょうぐうのために激げきせられて他の部よりも比較的ひかくてきに発展したものであろうか。
 お浪は今明らかに源三の本心を読んで取ったので、これほどに思っている自分親子をも胸の奥おくの奥では袖そでにしている源三のその心強さが怨うらめしくもあり、また自分が源三に隔へだてがましく思われているのが悲しくもありするところから、悲痛の色を眉目びもくの間かんに浮うかめて、
「じゃあ吾家うちの母様おっかさんの世話にもなるまいというつもりかエ。まあ怖しい心持におなりだネエ、そんなに強きつくならないでもよさそうなものを。そんなおまえじゃあ甲府の方へは出すまいとわたし達がしていても、雁坂を越えて東京へも行きかねはしない、吃驚びっくりするほどの意地っ張りにおなりだから。」
と云った。すると源三はこれを聞いて愕然ぎょっとして、秘せぬ不安の色をおのずから見せた。というものは、お浪が云った語ことばは偶然ぐうぜんであったのだが、源三は甲府へ逃げ出そうとして意こころを遂とげなかった後、恐ろしい雁坂を越えて東京の方へ出ようと試みたことが、既すでに一度で無く二度までもあったからで、それをお浪が知っていようはずは無いが、雁坂を越えて云々しかじかと云い中あてられたので、突然いきなりに鋭するどい矢を胸の真正中まっただなかに射込いこまれたような気がして驚いたのである。
 源三がお浪にもお浪の母にも知らせない位であるから無論誰にも知らせないで、自分一人で懐いだいている秘密ひみつはこうである。一体源三は父母を失ってから、叔母が片付いている縁えんによって今の家に厄介やっかいになったので、もちろん厄介と云っても幾許いくばくかの財産をも預けて寄食していたのだからまるで厄介になったという訳では無いので、そこで叔母にも可愛がらるればしたがって叔父にも可愛がられていたところ、不幸にしてその叔母が病気で死んでしもうて、やがて叔父がどこからか連れて来たのが今の叔母で、叔父は相変らず源三を愛しているに関かかわらず、この叔父の後妻はどういうものか源三を窘いじめること非常なので、源三はついに甲府へ逃にげて奉公しようと、山奥の児童こどもにも似合わない賢かしこいことを考え出して、既にかつて堪たえられぬ虐遇ぎゃくぐうを被こうむった時、夢中になって走り出したのである。ところが源三と小学からの仲好なかよし朋友ともだちであったお浪の母は、源三の亡くなった叔母と姉妹きょうだい同様の交情なかであったので、我わが親かったものの甥おいでしかも我が娘の仲好しである源三が、始終履歴りれきの汚よごれ臭くさい女に酷ひどい目に合わされているのを見て同情おもいやりに堪たえずにいた上、ちょうど無暗滅法むやみめっぽうに浮世うきよの渦うずの中へ飛込もうという源三に出会ったので、取りあえずその逸はやり気ぎな挙動ふるまいを止とどめておいて、さて大おおいに踏ん込ごんでもこの可憫あわれな児を危い道を履ふませずに人にしてやりたいと思い、その娘のお浪はまたただ何と無く源三を好くのと、かつはその可哀あわれな境遇を気きの毒どくと思うのとのために、これもまたいろいろに親切にしてやる。これらの事情の湊合そうごうのために、源三は自分の唯一ゆいいつの良案と信じている「甲府へ出て奉公住みする」という事をあえてしにくいので、自分が一刻も早く面白くない家を出てしまって世間へ飛び出したいという意こころからは、お浪親子の親切を嬉しいとは思いながら難有迷惑ありがためいわくに思う気味もあるほどである。もちろんお浪親子がいかに一本路を見張っているにしても、その眼めを潜くぐって甲府へ出ることはそれほど難しいことでは無いが、元は優しいので弱虫弱虫と他ほかの児童等こどもたちに云われたほどの源三には、その親切なお浪親子の家の傍を通ってその二人を出だし抜ぬくことが出来ないのであった。しかし家に居たく無い、出世がしたい、奉公に出たらよかろうと思わずにはいられない自分の身の上の事情は継続けいぞくしているので、小耳に挟はさんだ人の談話はなしからついに雁坂を越えて東京へ出ようという心が着いた。 東京は甲府よりは無論佳よいところである。雁坂を越して峠とうげ向うの水に随ついてどこまでも下れば、その川は東京の中を流れている墨田川すみだがわという川になる川だから自然と東京へ行ってしまうということを聞きかじっていたので、何でも彼嶺あれさえ越せばと思って、前の月のある朝酷ひどく折檻せっかんされたあげくに、ただ一人思い切って上りかけたのであった。けれどもそこは小児こどもの思慮かんがえも足らなければ意地も弱いので、食物を用意しなかったため絶頂までの半分も行かぬ中うちに腹は減へって来る気は萎なえて来る、路はもとより人跡じんせき絶えているところを大概おおよその「勘かん」で歩くのであるから、忍耐がまんに忍耐がまんしきれなくなって怖こわくもなって来れば悲しくもなって来る、とうとう眼を凹くぼませて死にそうになって家へ帰って、物置の隅すみで人知れず三時間も寐ねてその疲労つかれを癒いやしたのであった。そこでその四五日は雁坂の山を望んでは、ああとてもあの山は越えられぬと肚はらの中で悲しみかえっていたが、一度その意こころを起したので日数ひかずの立つ中うちにはだんだんと人の談話はなしや何かが耳に止まるため、次第次第に雁坂を越えるについての知識を拾い得た。そうするとまたそろそろと勇気いきおいが出て来て、家を出てから一里足らずは笛吹川の川添かわぞいを上って、それから右手の嶺通みねどおりの腰をだんだんと「なぞえ」に上りきれば、そこが甲州武州ぶしゅうの境で、それから東北ひがしきたへと走っている嶺を伝わって下って行けば、ついには一つの流ながれに会う、その流に沿そうて行けば大滝村おおたきむら、それまでは六里余り無人の地だが、それからは盲目めくらでも行かれる楽な道だそうだ、何でも峠とうげさえ越してしまえば、と朝晩雁坂の山を望んでは、そのむこうに極楽でもあるように好ましげに見ていた。
 すると叔父は山挊かせぎをするものの常で二三日帰らなかったある夜の事であった。叔母の肩《かた》をば揉《も》んでいる中《うち》、夜も大分《だいぶ》に更《ふ》けて来たので、源三がつい浮《うか》りとして居睡《いねむ》ると、さあ恐ろしい煙管《きせる》の打擲《ちょうちゃく》を受けさせられた。そこでまた思い切ってその翌朝《よくあさ》、今度は団飯《むすび》もたくさんに用意する、銭《かね》も少しばかりずつ何ぞの折々に叔父に貰《もら》ったのを溜《た》めておいたのをひそかに取り出す、足ごしらえも厳重にする、すっかり仕度《したく》をしてしまって釜川を背後《うしろ》に、ずんずんずんずんと川上に上った。やがて小《こ》一里も来たところで、さあここらから川の流れに分れて、もう今まで昼となく夜となく眼にしたり耳にしたりしていた笛吹川もこれが見納めとしなければならぬという場所にかかった。そこで歳《とし》こそ往《ゆ》かないが源三もなんとなく心淋しいような感じがするので、川の側《そば》の岩の上にしばし休んで、鞺鞳どうとうと流れる水のありさまを見ながら、名づけようを知らぬ一種の想念おもいに心を満たしていた。そうするといずくからともなく人声が聞えるようなので、もとより人も通わぬこんなところで人声を聞こうとも思いがけなかった源三は、一度ひとたびは愕然ぎょっとして驚いたが耳を澄まして聞いていると、上の方からだんだんと近づいて来るその話声は、復ふたたび思いがけ無くもたしかに叔父の声音こわねだった。そこで源三は川から二三間けん離はなれた大きな岩のわずかに裂さけ開ひらけているその間に身を隠かくして、見咎みとがめられまいと潜ひそんでいると、ちょうど前に我が休んだあたりのところへ腰を下して憩やすんだらしくて、そして話をしているのは全まったく叔父で、それに応答うけこたえをしているのは平生ふだん叔父の手下になっては挊ぐ甲助こうすけという村の者だった。川音と話声と混まじるので甚ひどく聞き辛づらくはあるが、話の中うちに自分の名が聞えたので、おのずと聞き逸はずすまいと思って耳を立てて聞くと、「なあ甲助、どうせ養子をするほども無い財産しんだいだから、嚊かかあが勧める嚊の甥なんぞの気心も知れねえ奴やつを入れるよりは、怜悧りこうで天賦たちの良いいあの源三におらが有もったものは不残みんな遣やるつもりだ。そうしたらあいつの事だから、まさかおらが亡くなったっておらの墓はかを草ん中に転ころげさせてしまいもすめえと思うのさ。前の嚊にこそ血筋ちすじは引け、おらには縁の何も無いが、おらあ源三が可愛くって、家へ帰るとあいつめが叔父さん叔父さんと云いやがって、草鞋わらじを解といてくれたり足の泥どろを洗ってくれたり何やかやと世話を焼いてくれるのが嬉しくてならない。子という者あ持ったことも無いが、まあ子も同様に思っているのさ。そこでおらあ、今はもう挊がないでも食って行かれるだけのことは有るが、まだ仕合しあわせに足腰も達者だから、五十と声がかかっちゃあ身体からだは太義たいぎだが、こうして挊いで山林方やまかたを働いている、これも皆みんな少すこしでも延ばしておいて、源三めに与やって喜ばせようと思うからさ。どれどれ今日きょうは三四日ぶりで家へ帰って、叔父さん叔父さんてあいつめが莞爾にこつく顔を見よう、さあ、もう一服やったら出掛けようぜ」と高話たかばなしして、やがて去った。これを聞いていた源三はしくしくしくしくと泣き出したが、程立ほどたって力無げに悄然しょんぼりと岩の間から出て、流の下しもの方をじっと視みていたが、堰せきあえぬ涙なみだを払はらった手の甲を偶然ふっと見ると、ここには昨夜ゆうべの煙管の痕あとが隠々いんいんと青く現れていた。それが眼に入るか入らぬに屹きっと頭かしらを擡あげた源三は、白い横長い雲がかかっている雁坂の山を睨にらんで、つかつかと山手の方へ上りかけた。しかしたちまちにして一ト歩あしは一ト歩より遅おそくなって、やがて立止まったかと見えるばかりに緩のろく緩くなったあげく、うっかりとして脱石ぬけいしに爪端つまさきを踏掛ふんがけけたので、ずるりと滑すべる、よろよろッと踉蹌よろける、ハッと思う間も無くクルリと転まわってバタリと倒れたが、すぐには起きも上あがり得ないでまず地つちに手を突ついて上半身を起して、見ると我が村の方はちょうど我が眼の前に在った。すると源三は何を感じたか滝たきのごとくに涙を墜おとして、ついには啜すすり泣なきして止やまなかったが、泣いて泣いて泣き尽つくした果はてに竜鍾しおしおと立上って、背中に付けていた大おおきな団飯むすびを抛ほうり捨ててしまって、吾家わがやを指して立帰った。そして自分の出来るだけ忠実まめやかに働いて、叔父が我が挙動しうちを悦んでくれるのを見て自分も心から喜ぶ余りに、叔母の酷むごさをさえ忘れるほどであった。それで二度までも雁坂越をしようとした事はあったのであるが、今日まで噫おくびにも出さずにいたのであった。 ただよく愛するものは、ただよく解するものである。源三が懐いだいているこういう秘密を誰から聞いて知ろうようも無いのであるが、お浪は偶然にも云い中あてたのである。しかし源三は我が秘密はあくまでも秘密として保って、お浪との会話はなしをいい程ほどのところに遮さえぎり、余り帰宅かえりが遅くなってはまた叱られるからという口実のもとに、酒店さかやへと急いで酒を買い、なお村の尽頭はずれまで連れ立って来たお浪に別れて我が村へと飛ぶがごとくに走り帰った。

   その四

 ちょうどその日は樽たるの代り目で、前の樽の口のと異ちがった品ではあるが、同じ価ねの、同じ土地で出来た、しかも質ものは少し佳よい位のものであるという酒店さかやの挨拶あいさつを聞いて、もしや叱責こごとの種子たねにはなるまいかと鬼胎おそれを抱いだくこと大方ならず、かつまた塩しお文鰩とびを買って来いという命令いいつけではあったが、それが無かったのでその代りとして勧められた塩鯖しおさばを買ったについても一ト方ならぬ鬼胎おそれを抱いた源三は、びくびくもので家の敷居しきいを跨またいでこの経由わけを話すと、叔母の顔は見る見る恐ろしくなって、その塩鯖の※包かわづつみを手にするや否いなやそれでもって散々さんざんに源三を打ぶった。
 何で打たれても打たれて佳いというものがあるはずは無いが、火を見ぬ塩魚の悪腥わるなまぐさい――まして山里の日増しものの塩鯖の腐くさりかかったような――奴やつの※包みで、力任せに眼とも云わず鼻とも云わず打たれるのだから堪《こら》えられた訳のものでは無い。まず※たけのかわは幾条いくすじにも割われ裂さける、それでもって打たれるので※かわの裂目のひりひりしたところが烈はげしく触さわるから、ごくごく浅い疵きずではあるが松葉まつばでも散らしたように微疵かすりきずが顔へつく。そこへ塩気しおけがつく、腥気なまぐさっけがつく、魚肉にくが迸裂はぜて飛んで額際ひたいぎわにへばり着いているという始末、いやはや眼も当てられない可厭いやな窘いじめようで、叔母のする事はまるで狂気きちがいだ。もちろん源三は先妻の縁引きで、しかも主人あるじに甚ひどく気に入っていて、それがために自分がここへ養子に入れて、生活状態くらしざまの割には山林やまやなんぞの資産の多いのを譲ゆずり受けさせようと思っている我が甥がここへ入れないのであるから、憎にくいにはあくまで憎いであろうが、一つはこの女の性質が残忍ざんにんなせいでもあろうか、またあるいは多くの男に接したりなんぞして自然の法則を蔑視べっしした婦人等おんなたちは、ややもすれば年老としおいて女の役の無くなる頃ころに臨のぞむと奇妙きみょうにも心状こころが焦躁じれたり苛酷いらひどくなったりしたがるものであるから、この女もまたそれ等らの時に臨んでいたせいででもあろうか、いかに源三のした事が気に入らないにせよ、随分ずいぶん尋常外なみはずれた責めかたである。
 最初は仕方が無いと諦めて打たれた。二度目は情無いと思いながら打たれた。三度目四度目になれば、口惜しいと思いながら打たれた。それから先はもう死んだ気になってしまって打たれていたが、余りいつまでも打たれている中うちに障ささえることの出来ない怒いかりが勃然ぼつぜんとして骨々ほねぼね節々ふしぶしの中から起って来たので、もうこれまでと源三は抵抗ていこうしようとしかけた時、自分の気息いきが切れたと見えて叔母は突き放って免ゆるした。そこで源三は抵抗もせずに、我を忘れて退いて平伏ひれふしたが、もう死んだ気どころでは無い、ほとんど全く死んでいて、眼には涙も持たずにいた。 その夜源三は眠ねむりかねたが、それでも少年の罪の無さには暁天方あかつきがたになってトロリとした。さて目※まどろむ間も無く朝早く目が覚さめると、平生いつもの通り朝食あさめしの仕度にと掛ったが、その間々ひまひまにそろりそろりと雁坂越の準備よういをはじめて、重たいほどに腫はれた我が顔の心地悪あしさをも苦にぜず、団飯むすびから脚あしごしらえの仕度まですっかりして後、叔母にも朝食をさせ、自分も十分に喫きっし、それから隙すきを見て飄然ふいと出てしまった。
 家を出て二三町歩いてから持って出た脚絆きゃはんを締しめ、団飯むすびの風呂敷包ふろしきづつみをおのが手作りの穿替はきかえの草鞋わらじと共に頸くびにかけて背負い、腰の周囲まわりを軽くして、一ト筋の手拭てぬぐいは頬ほおかぶり、一ト筋の手拭は左の手首に縛くくしつけ、内懐うちぶところにはお浪にかつてもらった木綿財布もめんざいふに、いろいろの交まじり銭ぜにの一円少し余よを入れたのを確しかと納め、両の手は全空まるあきにしておいて、さて柴刈鎌しばかりがまの柄えの小長い奴を右手に持ったり左手に持ったりしながら、だんだんと川上へ登り詰めた。
 やがて前さきの日叔父の言ことばを聞いて引返したところへかかると、源三の歩みはまた遅くなった。しかし今度は、前の日自分が腰掛けた岩としばらく隠れた大おおきな岩とをやや久ひさしく見ていたが、そのあげくに突然と声張り上げて、ちとおかしな調子で、「我は官軍、我が敵は」と叫さけび出して山手へと進んだ。山鳴り谷答えて、いずくにか潜ひそんでいる悪魔あくまでも唱い返したように、「我は官軍我敵は」という歌の声は、笛吹川の水音にも紛まぎれずに聞えた。
 それから源三はいよいよ分り難にくい山また山の中に入って行ったが、さすがは山里で人となっただけにどうやらこうやら「勘」を付けて上って、とうとう雁坂峠の絶頂へ出て、そして遥はるかに遠く武蔵一国が我が脚下あしもとに開けているのを見ながら、蓬々ほうほうと吹く天そらの風が頬被ほおかぶりした手拭に当るのを味った時は、躍おどり上あがり躍り上って悦んだ。しかしまた振り返って自分等が住んでいた甲斐の国の笛吹川に添う一帯の地を望んでは、黯然あんぜんとしても心も昧くらくなるような気持がして、しかもその薄うっすりと霞んだ霞かすみの底そこから、


桑を摘め摘め、爪紅さした、花洛みやこ女郎衆じょろしゅも、桑を摘め。


と清い清い澄み徹とおるような声で唱い出されたのが聞えた。もとより聞えるはずが有ろう訳は無いのであるが。

(明治三十六年五月)



青空文庫より引用