鉢かつぎ


一

 ある時とき、河内国かわちのくにの交野かたのという所ところに、備中守実高びっちゅうのかみさねたかというお侍さむらいがありました。たくさんの田地でんちやお金かねがあって、きれいな奥方おくがたを持もって、この世よの中にべつだん不足ふそくのない気楽きらくな身みの上でしたが、それでもたった一つ、何なによりいちばんだいじな子供こどもという宝物たからものの欠かけていることを、残念ざんねんに思おもっていました。それで夫婦ふうふは朝夕あさゆう長谷はせの観音かんのんさまにお祈いのりをして、どうぞ一人ひとり子供こどもをおさずけ下くださいましといって、それはねっしんにお願ねがい申もうしました。
 そのねっしんがとどいたのでしょうか、とうとう一人ひとりかわいらしい姫ひいさんが生うまれました。実高夫婦さねたかふうふはさっそく長谷はせの観音かんのんさまにお礼れいまいりをして、こんど生うまれた姫ひいさんの一生いっしょうを、仏ほとけさまに守まもって頂いただくようにお頼たのみして帰かえって来きました。
 この姫ひいさんがずんずん大きく育そだっていって、ちょうど十三になった時とき、おかあさんはある時ときふと風邪かぜを引ひいたといって寝込ねこんだまま、日にましだんだん様子ようすが悪わるくなりました。おとうさんと姫ひいさんとで、夜昼よるひる、まくら元もとにつききりで看病かんびょうしたかいもなく、もういよいよ今日きょうあしたがむずかしいというほどの容態ようだいになりました。
 おかあさんはその夕方ゆうがた、姫ひいさんをそっとまくら元もとに呼よび寄よせて、やせ衰おとろえた手で、姫ひいさんのふさふさした髪かみの毛けをさすりながら、
「ほんとうに髪かみの毛けが長ながくおなりだこと。せめてもう二、三年ねん長生ながいきをして、あなたのすっかり大人おとなになったところを見みたかった。」
 と、こうおかあさんはいって、涙なみだをぼろぼろこぼしながら、何なにを思おもったのでしょうか、そばにあった漆うるしぬりの箱はこを重おもそうに持もち上あげて、姫ひいさんの頭あたまの上にのせました。その箱はこの中には何なにが入はいっているのでしょうか。姫ひいさんがふしぎに思おもっているうちに、おかあさんは、かまわずその上にまた、姫ひいさんの体からだのかくれるほどの大きな漆うるしぬりの木鉢きばちを、すっぽりかぶせてしまいました。 鉢はちをかぶせてしまうと、さも安心あんしんしたらしく、おかあさんはほっとため息いきをついて、
「これはみんな観音かんのんさまのおいいつけなのだから。」
 と独ひとり言ごとのようにいって、目をつぶると、そのままうとうと眠ねむったようでしたが、やがて息いきを引ひき取とってしまいました。
 おとうさんも姫ひいさんもびっくりして、死しんだ人の体からだにとりついて、大騒おおさわぎをしましたが、もう二度どとは生いき返かえりませんでした。お葬式そうしきがすんで後のち、おとうさんが気きがついて、姫ひいさんの頭あたまの上に、うっとうしそうにのっている鉢はちを取とろうとしますと、どうしたのでしょう、鉢はちは頭あたまに固かたく吸すいついたようになって取とれませんでした。
「おかあさんに別わかれた上に、こんなへんな姿すがたになるとは、何なんというかわいそうな子供こどもだろう。」
 こうおとうさんはいって、鉢はちをかぶった姫ひいさんの姿すがたを、悲かなしそうな目で見みていました。
 おとうさんのそんな心持こころもちを察さっしない世間せけんの人たちは、姫ひいさんがへんな姿すがたになったのをおもしろがって、「鉢はちかつぎ、鉢はちかつぎ。」と、あだ名なを呼よんであざ笑わらいました。

二

 しばらくすると、おとうさんは、親類しんるいやお友達ともだちにすすめられるまま、二度どめの奥方おくがたをもらいました。
 こうしておとうさんはだんだん、先せんの奥方おくがたを忘わすれるようになりました。でも鉢はちかつぎはいつまでもおかあさんのことが忘わすれられないで、時々ときどき思おもい出だしては、寂さびしそうな顔かおをしていました。こんどのおかあさんはそれをにくらしがって、
「まあ、鉢はちを頭あたまにかついだへんな子なんか、みっともなくって、わたしの娘むすめだとはいわれないよ。」
 といいました。そのうち奥方おくがたにも子供こどもが一人ひとり生うまれました。そうなるといよいよ鉢はちかつぎ姫ひめをじゃまにして、姫ひめがああしました、こうしましたといっては、ありもしないことを、おとうさんに告つげ口ぐちばかりしていました。
 鉢はちかつぎ姫ひめは、このごろではもうおとうさんにさえきらわれるようになって、この世よの中に頼たよる人もなくなりました。それで毎日まいにち亡なくなったおかあさんのお墓はかにおまいりをして、涙なみだをこぼしながら、
「おかあさま、どうぞあなたが行っていらっしゃる遠とおいお国くにに、わたくしを早はやくお呼よび取とり下くださいまし。」 といって拝おがんでいました。
 すると奥方おくがたはまた、鉢はちかつぎが毎日まいにちお墓はかまいりをすることを知しってにくらしがり、
「まあ、鉢はちかつぎはおそろしい子供こどもです。わたしたちを殺ころすつもりで、のろいをかけております。」
 と、おとうさんにざん言げんしました。おとうさんは大たいそうおこって、
「不幸ふこうな子だと思おもって、大目おおめに見みておいてやったのだが、何なんの科とがもないかあさんや、きょうだいをのろうと聞きいては、捨すててはおけない。出ていけ。」
 といいました。
 奥方おくがたは向むこうを向むいて、そっと舌したを出だしながら、
「かわいそうだけれど、おとうさんのきびしいおいいつけだから。」
 といって、鉢はちかつぎをつかまえて、むりに着物きものをぬがせて、汚よごれたひとえ物ものを一枚まい着きせたまま、追おい出だしてしまいました。
 鉢はちかつぎは泣なきながら、どこへ行くというあてもなしに迷まよい歩あるきました。どこをどう歩あるいたか、自分じぶんでも知しらないうちに、ふと大きな川かわの岸きしへ出ました。
「こうやっていつまで歩あるいていたところで、しまいには疲つかれてかつえ死じにでもする外ほかはないのだから、少すこしでも早はやく死しんで、おかあさまのいらっしゃる遠とおいお国くにへ、迎むかえ取とっていただいた方ほうがいい。」
 こう鉢はちかつぎは思おもいながら、川かわのふちへ下おりていって、身みを投なげようとしました。けれどどろんと真まっ青さおに気味悪きみわるくよどんだ水みずの底そこには、どんな魔物まものが住すんでいるか知しれないと思おもうと、おじけがついて、度々たびたび飛とび込こみかけては躊躇ちゅうちょしました。やっと思おもいきって身みを投なげますと、こんどは頭あたまにかぶった鉢はちがじゃまになって、沈しずんでも沈しずんでも浮うき上あがりました。するとそこへ舟ふねをこいで来きた一人ひとりの船頭せんどうが見みつけて、
「おやおや、大きな鉢はちが流ながれてきた。」
 といいながら、鉢はちをつかんで引ひき上あげますと、下したから人間にんげんの姿すがたが現あらわれたので、びっくりして、手てを放はなして逃にげていってしまいました。鉢はちかつぎは、死しぬこともできない悲かなしい身みの上だとつくづく思おもいながら、むずむず岸きしにはい上あがって、しかたがないので、またあてもなく歩あるき出だしました。そのうち一つの村むらを通とおりかかりました。すると、みんなが見みつけて、「頭あたまが鉢はちで、体からだが人間にんげんのお化ばけが来きた。」
「鉢はちのお化ばけだ。鉢はちのお化ばけだ。」
「お化ばけにしてはきれいな手足てあしをしているぜ。」
 こんなことを口々くちぐちにいいました。そして気味きみを悪わるがるばかりで、だれ一人ひとり食たべ物ものをくれようという者ものもなければ、ましてうちに入いれて、泊とめてやろうという者ものはありませんでした。
 するとその時とき、この国くにの国守こくしゅの山蔭やまかげの中将ちゅうじょうという人が、大おおぜい家来けらいを連つれてお通とおりかかりになりました。村むらの者ものが大おおぜい鉢はちをかぶった娘むすめを取とり巻まいて、がやがや騒さわいでいるところを遠とおくから目めをおつけになって、
「何なにを騒さわいでいるのだ。お前まえ見みて来こい。」
 と、家来けらいの一人ひとりにおいいつけになりました。
 家来けらいは急いそいで行ってみると、がやがや騒さわいでいた村むらの者ものはみんなこわがって、どこかへこそこそ逃にげて行ってしまいました。その後あとに鉢はちかつぎが一人ひとり残のこされて、しくしく泣ないていました。家来けらいはふしぎに思おもって、鉢はちかつぎを連つれて中将ちゅうじょうの御前ごぜんに帰かえって来きました。
「わたくしがまいりますと、みんなかくれてしまいまして、あとに一人ひとり、このようなふしぎな形かたちの者ものが残のこっておりました。」
 といって、鉢はちかつぎをお目めにかけました。
 中将ちゅうじょうは鉢はちかつぎをごらんになって、
「まあ、その鉢はちを取とれ。何者なにものだか顔かおを見みてやろう。」
 とおっしゃいました。家来けらいが二、三人にん寄よってたかって、鉢はちに手をかけますと、鉢はちかつぎは、
「いいえ、いいえ。取とろうとなすっても、取とれない鉢はちでございます。」
 といいましたが、家来けらいは聴きかずに、
「ばかなことをいうな。」
 とむりに鉢はちをぬがせようとしますと、鉢はちはしっかり頭あたまから生はえたように吸すいついていて、どうしても取とれないので、あきれてあきらめてしまいました。中将ちゅうじょうはいよいよふしぎにお思おもいになって、「お前まえはどこから来きたのだ。どうしてそんなへんな姿すがたになったのだ。」
 とお聴ききになりました。けれども鉢はちかつぎは、自分じぶんのほんとうの身分みぶんをいえば、おとうさんの恥はじになることを思おもって、ただ、
「交野かたのの近ちかくにおりました卑いやしい者ものの子でございます。たった一人ひとりの母親ははおやに別わかれて、毎日まいにち泣なき暮くらしておりますうちに、どうしたわけか、ある日空そらから鉢はちが降ふってきて、頭あたまに吸すいついて、このようなへんな姿すがたになってしまいました。」
 といいました。中将ちゅうじょうはふしぎなことがあるものだ。そしてこれから、いったいどこへ行くつもりだとおたずねになりました。
「一人ひとりの母親ははおやに別わかれては、外ほかに頼たよる者もののない身みの上でございます。それにこのような姿すがたになりましてからは、だれも気味きみを悪わるがって、かまってくれます者ものもございません。」
 と鉢はちかつぎはいいました。中将ちゅうじょうは、
「それは気きの毒どくだ。わたしのうちへ来くるがいい。」
 といって、鉢はちかつぎを連つれてお帰かえりになりました。
 中将ちゅうじょうのお屋敷やしきへ連つれられて行くと、女中じょちゅうがしらが鉢はちかつぎを見みて、
「お前まえ、何なにか覚おぼえたことがあるかい。」
 とたずねました。鉢はちかつぎが子供こどもの時とき、おかあさんから習ならったことは、昔むかしの御本ごほんを読よんだり、和歌わかを詠よんだり、琴ことや琵琶びわをひいたりすることばかりでした。でもそんなことは女中じょちゅうのしごとには何なんの役やくにも立たちません。鉢はちかつぎはきまりを悪わるがって、
「わたくしは何なんにも知しりません。」
 といいました。
「それではお湯殿ゆどのの番ばんでもおし。」
 といってふろ番ばんの女にしました。それからは毎日まいにち毎晩まいばん、暗くらい湯殿ゆどののお釜かまの前まえに座すわらせられて、頭あたまから灰はいをかぶりながら、鉢はちかつぎは水みずをくんだり、火ひをたいたり、朝あさは早はやくから起おこされて、夜よるはみんなの寝静ねしずまった後あとまでも、立たち働はたらかなければなりませんでした。そして朝あさは、「鉢はちかつぎ、そらお目覚めざめだ。お手水ちょうずを上あげないか。」
 と催促さいそくされました。晩ばんになると、
「そら、お帰かえりだ。お洗足せんそくの湯ゆは沸わいているか。」
 としかられました。
 鉢はちかつぎは朝あさも晩ばんもお釜かまの前まえに座すわって、いぶり臭くさい薪まきのにおいに目も鼻はなも痛いためながら、暇ひまさえあれば涙なみだばかりこぼしていました。

三

 中将ちゅうじょうには四人にん男の子がありました。上の三人にんはもうみんなきれいなお嫁よめさんをもらっていました。いちばん下したの宰相さいしょうだけが、まだお嫁よめさんがありませんでした。宰相さいしょうは大たいそう情なさけ深ぶかい人でしたから、鉢はちかつぎがかわいそうな姿すがたで、いちばんつらいふろ番ばんのしごとをしているのを見みて、いつも気きの毒どくに思おもっていました。それでみんなはへんな姿すがただ、へんな姿すがただといって気味きみを悪わるがって、鉢はちかつぎとはろくろく口も利ききませんでしたけれど、宰相さいしょうだけは朝晩あさばん手水ちょうずの水みずや洗足せんそくの湯ゆを運はこんで来くるたんびに、鉢はちかつぎにやさしい言葉ことばをかけて、いたわってやりました。
 宰相さいしょうが鉢はちかつぎをいたわってやるたんびに、ほかの女中じょちゅうたちはにくらしがって、
「若わかさまはあんなへんな者ものなんかをかわいがって、どうなさるのでしょう。」
 と、こんなことをいい合あっては、あざ笑わらいました。そして中将ちゅうじょうや奥方おくがたに向むかっても、鉢はちかつぎの悪口わるくちばかりいっていました。
 おかげで、中将ちゅうじょうも奥方おくがたも、だんだん鉢はちかつぎをきらうようになりました。そして何なにかにかこつけて、鉢はちかつぎに暇ひまをやろうと相談そうだんをしておいでになりました。宰相さいしょうはそれを聞きくと、びっくりして、おとうさんとおかあさんの前まえへ出て、
「鉢はちかつぎを追おい出だそうなんてかわいそうです。へんな姿すがたでもかまいませんから、わたしのお嫁よめにして、いつまでもうちに置おいて下ください。」
 といいました。中将ちゅうじょうは大たいそうおおこりになって、宰相さいしょうをきびしくおしかりになりました。けれどもそんなことで、宰相さいしょうは鉢はちかつぎを見捨みすてるはずはありませんでした。しかられればしかられるほど、よけい鉢はちかつぎがかわいそうでなりませんでした。どうかして鉢はちかつぎを、いつまでもうちに置おいてやる工夫くふうはないかしらと、そればかり考かんがえ込こんでいました。おかあさんはその様子ようすを見みると、大たいそう御心配ごしんぱいをなすって、ある日乳母うばを呼よんで、「どうかして鉢はちかつぎに、自分じぶんから出ていかせる工夫くふうはないだろうかね。」
 と御相談ごそうだんをおかけになりました。この乳母うばは大たいそうりこう振ぶった女でしたから、相談そうだんをかけられると、とくいらしく鼻はなをうごめかして、
「それではこうなさってはいかがでしょう。宰相さいしょうさまにはひとまず鉢はちかつぎをお嫁よめに上あげることになすって、そこでお嫁合よめあわせということをするのです。それはいつか日をきめて、上のおにいさま方がたのお嫁よめさまと、あの鉢はちかつぎとを同おなじお座敷ざしきへお呼よびになって、お引ひき合あわせになるのです。そうしたらいくらずうずうしい鉢はちかつぎでも、みっともない姿すがたを恥はじて、お嫁合よめあわせの席せきに出るまでもなく、自分じぶんから逃にげ出だして行くでしょう。そうすれば宰相さいしょうさまもあきらめて、もう鉢はちかつぎのことを二度どとおっしゃらなくなるでしょう。」
 といいました。奥方おくがたはそれを聞きいておよろこびになりました。そしていつ幾日いくかにお嫁合よめあわせをするからと、おいい渡わたしになりました。
 宰相さいしょうはそれをお聞ききになって、大たいそう困こまっておしまいになりました。そこで、鉢はちかつぎの所ところへ行って、
「お前まえをきらう人たちが、お嫁合よめあわせということをやって、お前まえに恥はじをかかせようとしている。どうしたらいいだろうね。」
 といいました。鉢はちかつぎは涙なみだを流ながしながら、
「みんなわたくしがこちらにおりますから、こういう騒さわぎになるのでございます。わたくしはもうどうなってもよろしゅうございますから、お暇ひまを頂いただいて行くことにいたしましょう。」
 といいました。
 宰相さいしょうはびっくりして、
「どうして、お前まえを一人ひとり出だしてやったら、またみんなにいじめられるにきまっている。わたしはそれがかわいそうでたまらない。どこでもお前まえの行く所ところまでついて行って上あげるよ。」
 といいました。鉢はちかつぎはいよいよとめ度どなく涙なみだをこぼしていました。
 宰相さいしょうは鉢はちかつぎと二人ふたりで、そっと旅たびの支度したくにかかりました。すっかり支度したくが出来できると、夜よの明あけきらないうち二人ふたりはそっとお屋敷やしきを抜ぬけ出だしました。二人ふたりがいよいよ門もんを出ようという時ときに、ちょうど明あけ方がたの月つきが西にしの方ほうの空そらに、研とぎすました鏡かがみのようにきらきら光ひかっていました。鉢はちかつぎはそれをあお向むいて見みながら、いつも拝おがんでいる長谷はせの観音かんのんさまの方角ほうがくに向むかって、どうぞわたしたちの身みの上をお守まもり下くださいましと、心こころの中でいって手を合あわせました。するとその拍子ひょうしに頭あたまの鉢はちがぽっくり落おちて、それといっしょに、ばらばらと金銀きんぎんや宝石ほうせきがこぼれ落おちました。宰相さいしょうはこの時ときはじめて月つきの光ひかりで鉢はちかつぎのきれいな顔かおを見みて、びっくりしてしまいました。落おちた鉢はちの中からは、金きんと漆うるしをぬった箱はこが二つ出て、その中には金きんの杯さかずきに銀ぎんの長柄ながえ、砂金さきんで作つくったたちばなの実みと、銀ぎんで作つくったなしの実み、目の覚さめるような十二単ひとえの晴はれ着ぎの緋ひのはかま、その外ほかいろいろの宝物たからものがぎっしり入はいっていました。鉢はちかつぎはそれを見みると、また涙なみだをこぼしながら、これも亡なくなったおかあさまが、平生へいぜい長谷はせの観音かんのんさまを信心しんじんした御利益ごりやくに違ちがいないと思おもって、もう一度ど西にしの方ほうを向むいて、観音かんのんさまを拝おがみました。
四

 こうなると、お嫁合よめあわせを恥はずかしがって、お座敷ざしきを抜ぬけ出だすにも及およばなくなりました。宰相さいしょうは鉢はちかつぎにお嫁合よめあわせに出でる支度したくをさせて、静しずかに待まっていました。乳母うばをはじめみんな、
「まあ、お嫁合よめあわせをするといったら、さすがに恥はずかしがって、出でていくだろうと思おもったら、どこまでずうずうしい女なのだろう。」
 と、よけい鉢はちかつぎをにくらしがっていました。
 いよいよお嫁合よめあわせの時刻じこくになると、その支度したくの出来できたお座敷ざしきへ、いちばん上のにいさんから次男じなん三男なんと順々じゅんじゅんにお嫁よめさんを連つれて座すわりました。いちばん上のお嫁よめさんは二十三で、白しろい小こそでに緋ひのはかまをはいていました。二ばんめのお嫁よめさんは二十はたちで、紫むらさきの小こそでに桃色ももいろのはかまをはいていました。三ばんめのお嫁よめさんは十八で、赤あかい小こそでに紅梅色こうばいいろのはかまをはいていました。三人にんのどれがいちばんいいということのできないほど、みんなきれいな人たちばかりでした。その三人にんの席せきからは、はるかに下したの方ほうに下さがった板いたの間まに、破やぶれ畳だたみをしいて、鉢はちかつぎをそこへ座すわらせ、みんなで恥はじをかかせようと思おもって待まちかまえていました。でもさすがにおとうさんとおかあさんは、今更いまさらこんなお嫁合よめあわせなんぞをして、鉢はちかつぎに恥はじをかかせるのが、かわいそうになって、なぜ逃にげていってくれなかったのだろうとうらめしく思おもっていました。やがて度々たびたび催促さいそくをうけた後あとで、宰相さいしょうは鉢はちかつぎを連つれて出てきました。みんなはあの鉢はちかつぎがどんな様子ようすで出でてくるかと、半分はんぶん気きの毒どくそうな、半分はんぶんいじの悪わるい顔かおをして待まっていますと、どうでしょう、そこにしずしず出てきた人を見みると、いつもかまどの灰はいや炭すみの粉こなにまみれたみにくい下司女げすおんなではなくって、もう天人てんにんが天下あまくだったかと思おもうように気高けだかい、十五、六の美うつくしいお姫ひめさまでした。赤あかだの、紫むらさきだの、桃色ももいろだの、いろいろの色いろの小こそでを重かさねて、緋ひのはかまをはいた姿すがたは、目が覚さめるようにまぶしくって、急きゅうにそこらがかっと明あかるくなったようでした。 みんなは「あッ」といったまま、口くちが利きけませんでした。その美うつくしい姿すがたのまま、鉢はちかつぎはかまわず縁先えんさきにしいたきたない破やぶれ畳だたみの上に座すわろうとしますと、おとうさんの中将ちゅうじょうはあわてて立たって行って、鉢はちかつぎのそばに寄よると、その手を取とって、
「とんでもない。天人てんにんのような人を、そんな所ところに置おくことがどうしてできよう。」
 といいながら、上座かみざへ連つれて行って、自分じぶんのそばへ座すわらせました。
 鉢はちかつぎはその時とき、持もたせて来きたお三方さんぼうを二台だい、おとうさんとおかあさんの前まえに捧ささげました。
 金きんの杯さかずきに金きんのたちばな、錦にしき十反たんに絹きぬ五十疋ぴき、これはおとうさんへの贈おくり物ものでした。それから銀ぎんの長柄ながえに銀ぎんのなし、綾織物あやおりものの小こそでが三十重かさね、これはおかあさんへの贈おくり物ものでした。その二品ふたしなだけでも三人にんのお嫁よめさんの贈おくり物ものにくらべて、けっしてひけをとるようなことはありませんでした。三人にんのお嫁よめさんたちをずいぶん美うつくしいと思おもった人たちにも、鉢はちかつぎといっしょに並ならべては、そこには仏ほとけさまと人間にんげんぐらいの違ちがいがあると思おもわれました。おとうさんもおかあさんも心こころからよろこんで、あらためて鉢はちかつぎと、嫁よめしゅうとのお杯さかずきをなさいました。
 三人にんのお嫁よめさんたちは見みす見みすお嫁合よめあわせに負まけて、くやしくってたまらないものですから、どうかして、鉢はちかつぎを困こまらせてやりたいと思おもいました。そこでお嫁よめさん同士どうしみんなで楽器がっきを合あわせて遊あそぼうといい出だしました。そして鉢はちかつぎには、いちばんむずかしいやまと琴ごとをひかせることにしました。いちばん上のお嫁よめさんは琵琶びわをひき、二ばんめのお嫁よめさんは笙しょうを吹ふき、三ばんめのお嫁よめさんは鼓つづみを打うつのでした。鉢はちかつぎもはじめはことわりましたけれど、昔むかしおかあさんが一生懸命いっしょうけんめい教おしえておいて下くださったのは、こういう時ときに恥はじをかかないためであったかと思おもい返かえして、琴ことを手に取とりました。いうまでもなく、鉢はちかつぎのひく琴ことが、だれよりもいちばん気高けだかく聞きこえました。みんなはあっといって驚おどろきました。 三人にんのお嫁よめさんは、音楽おんがくでも負まけたものですから、こんどは硯すずりと紙かみを出だして、
「春はると夏なつと秋あきの花はなを、一首しゅの中に詠よみ込こんでごらんなさい。」
 といいました。鉢はちかつぎは、
「毎日まいにちおふろの火ひをたいてばかりおりました下司女げすおんなに、どうして歌うたなんぞが詠よめましょう。」
 といってことわりましたけれど、みんなはどうしても聴ききませんでした。そこで悪わるびれもしず、鉢はちかつぎは筆ふでを持もって、

「春はるは花はな、
夏なつはたちばな、
秋あきは菊きく、
いづれに露つゆは
おかんとすらん」

 と、美うつくしい文字もんじでさらさらと書かいて出だしました。みんなは「あッ」といって、それなりもうだまり込こんでしまいました。
 おとうさんとおかあさんは、宰相さいしょうと鉢はちかつぎのためにりっぱな御殿ごてんをこしらえ、たくさんの田地でんちを分わけてやって、豊ゆたかに暮くらすことのできるようにしておやりになりました。

五

 それから幾年いくねんかたちました。宰相さいしょうと鉢はちかつぎとの間あいだには、いくたりもかわいらしい子供こどもが生うまれました。
 でも鉢はちかつぎは、時々ときどき別わかれたおとうさんのことを思おもい出だして、このかわいらしい孫まごたちを、どうかして、おとうさんに見みせて上あげたいと思おもっていました。
 ある時とき宰相さいしょうは、天子てんしさまの御用ごようを勤つとめて手柄てがらを立たてたので、ごほうびに大和やまと、河内かわち、伊賀いがの三箇国かこくを頂いただきました。そのお礼れいまいりに、平生へいぜい信心しんじんする長谷はせの観音かんのんさまへ、うち中じゅう残のこらず引ひき連つれて、にぎやかに御参詣ごさんけいをなさいました。
 その時ときお堂どうの隅すみに、ぼろぼろの衣ころもを着きたきたならしい坊ぼうさんが座すわって、何なにか仏ほとけさまにお祈いのりをしていました。それを家来けらいたちがじゃまにしてどけようとして、がやがや騒さわぎました。その声こえを聞きいて鉢はちかつぎが、ふとそちらを見みますと、それは見みるかげもなくやつれてはいるものの、まぎれもない昔むかしのおとうさんでした。 鉢はちかつぎはびっくりして、ころがるようにしてそばへ寄よって、
「まあ、おとうさま、鉢はちかつぎでございます。」
 といいますと、その坊ぼうさんは長ながい夢ゆめからふと覚さめたような、きょとんとした目めつきをしていましたが、やがて、
「ああ、姫ひめか。よく忘わすれずにいてくれた。」
 というなり、しっかりと姫ひめの手を握にぎりしめて、涙なみだをはらはらとこぼしました。
 おとうさんは鉢はちかつぎを追おい出だして後のち、だんだん運うんが悪わるくなって、貧乏びんぼうになりました。たくさんいた家来けらいたちも、奥方おくがたが意地いじの悪わるいことをするので、逃にげていってしまいました。おとうさんは日ましに鉢はちかつぎが恋こいしくなって、どうかしてもう一度ど会あいたいと思おもって、坊ぼうさんの姿すがたになり、方々ほうぼうその行方ゆくえをたずねて、迷まよい歩あるきました。さんざん諸国しょこくをめぐり歩あるいた末すえ、とうとうおしまいに、長谷はせの観音かんのんさまは、亡なくなったおかあさんの信心しんじんした仏ほとけさまだから、また願ねがったら、きっと娘むすめに会あわせて下くださるだろうと思おもって、ここまでやって来きたのでした。そしてまったく観音かんのんさまのお陰かげで、親子おやこがもう一度ど会あうことができたのです。
 おとうさんはそれから、鉢はちかつぎの所ところへ引ひき取とられて、大おおぜいの孫まごたちを相手あいてに、楽たのしく暮くらすようになりました。



青空文庫より引用