土


「土」に就て
漱石

「土」が「東京朝日」に連載されたのは一昨年の事である。さうして其責任者は余であつた。所が不幸にも余は「土」の完結を見ないうちに病氣に罹つて、新聞を手にする自由を失つたぎり、又「土」の作者を思ひ出す機會を有たなかつた。
 當初五六十囘の豫定であつた「土」は、同時に意外の長篇として發達してゐた。途中で話の緒口を忘れた余は、再びそれを取り上げて、矢鱈な區切から改めて讀み出す勇氣を鼓舞しにくかつたので、つい夫限ぎりに打ち遣やつたやうなものゝ、腹のなかでは私かに作者の根氣と精力に驚ろいてゐた。「土」は何でも百五六十囘に至つて漸く結末に達したのである。
 冷淡な世間と多忙な余は其後久しく「土」の事を忘れてゐた。所がある時此間亡くなつた池邊君に會つて偶然話頭が小説に及んだ折、池邊君は何故「土」は出版にならないのだらうと云つて、大分長塚君の作を褒めてゐた。池邊君は其當時「朝日」の主筆だつたので「土」は始から仕舞迄眼を通したのである。其上池邊君は自分で文學を知らないと云ひながら、其實摯實な批評眼をもつて「土」を根氣よく讀み通したのである。余は出版界の不景氣のために「土」の單行本が出る時機がまだ來ないのだらうと答へて置いた。其時心のうちでは、隨分「土」に比べると詰らないものも公けにされる今日だから、出來るなら何時か書物に纏めて置いたら作者の爲に好からうと思つたが、不親切な余は其日が過ぎると、又「土」の事を丸で忘れて仕舞つた。
 すると此春になつて長塚君が突然尋ねて來て、漸く本屋が「土」を引受ける事になつたから、序を書いて呉れまいかといふ依頼である。余は其時自分の小説を毎日一囘づゝ書いてゐたので、「土」を讀み返す暇がなかつた。已を得ず自分の仕事が濟む迄待つてくれと答へた。すると長塚君は池邊君の序も欲しいから序でに紹介して貰ひたいと云ふので、余はすぐ承知した。余の名刺を持つて「土」の作者が池邊君の玄關に立つたのは、池邊君の母堂が死んで丁度三十五日に相當する日とかで、長塚君はたゞ立ちながら用事丈を頼んで歸つたさうであるが、それから三日して肝心の池邊君も突然亡くなつて仕舞つたから、同君の序はとうう手に入らなかつたのである。
 余は「彼岸過迄」を片付けるや否や前約を踏んで「土」の校正刷を讀み出した。思つたよりも長篇なので、前後半日と中一日を丸潰しにして漸く業を卒へて考へて見ると、中々骨の折れた作物である。余は元來が安價な人間であるから、大抵の人のものを見ると、すぐ感心したがる癖があるが、此「土」に於ても全くさうであつた。先づ何よりも先に、是は到底余に書けるものでないと思つた。次に今の文壇で長塚君を除いたら誰が書けるだらうと物色して見た。すると矢張誰にも書けさうにないといふ結論に達した。
 尤も誰にも書けないと云ふのは、文を遣る技倆の點や、人間を活躍させる天賦の力を指すのではない。もし夫れ丈の意味で誰も長塚君に及ばないといふなら、一方では他の作家を侮辱した言葉にもなり、又一方では長塚君を擔ぎ過ぎる策略とも取れて、何方にしても作者の迷惑になる計である。余の誰も及ばないといふのは、作物中に書いてある事件なり天然なりが、まだ長塚君以外の人の研究に上つてゐないといふ意味なのである。
「土」の中に出て來る人物は、最も貧しい百姓である。教育もなければ品格もなければ、たゞ土の上に生み付けられて、土と共に生長した蛆同樣に憐れな百姓の生活である。先祖以來茨城の結城郡に居を移した地方の豪族として、多數の小作人を使用する長塚君は、彼等の獸類に近き、恐るべく困憊を極めた生活状態を、一から十迄誠實に此「土」の中に收め盡したのである。彼等の下卑で、淺薄で、迷信が強くて、無邪氣で、狡猾で、無欲で、強欲で、殆んど余等(今の文壇の作家を悉く含む)の想像にさへ上りがたい所を、ありりと眼に映るやうに描寫したのが「土」である。さうして「土」は長塚君以外に何人も手を著けられ得ない、苦しい百姓生活の、最も獸類に接近した部分を、精細に直叙したものであるから、誰も及ばないと云ふのである。
 人事を離れた天然に就いても、前同樣の批評を如何な讀者も容易に肯はなければ濟まぬ程、作者は鬼怒川沿岸の景色や、空や、春や、秋や、雪や風を綿密に研究してゐる。畠のもの、畔に立つ榛の木、蛙の聲、鳥の音、苟くも彼の郷土に存在する自然なら、一點一畫の微に至る迄悉く其地方の特色を具へて叙述の筆に上つてゐる。だから何處に何う出て來ても必ず獨特ユニークである。其獨特ユニークな點を、普通の作家の手に成つた自然の描寫の平凡なのに比べて、余は誰も及ばないといふのである。余は彼の獨特ユニークなのに敬服しながら、そのあまりに精細過ぎて、話の筋を往々にして殺して仕舞ふ失敗を歎じた位、彼は精緻な自然の觀察者である。
 作としての「土」は、寧ろ苦しい讀みものである。決して面白いから讀めとは云ひ惡い。第一に作中の人物の使ふ言葉が余等には餘り縁の遠い方言から成り立つてゐる。第二に結構が大きい割に、年代が前後數年にわたる割に、周圍に平たく發達したがる話が、筋をくつきりと描いて深くなりつゝ前へ進んで行かない。だから全體として讀者に加速度アクセレレーシヨンの興味を與へない。だから事件が錯綜纏綿して縺れながら讀者をぐいい引込んで行くよりも、其地方の年中行事を怠りなく丹念に平叙して行くうちに、作者の拵らへた人物が斷續的に活躍すると云つた方が適當になつて來る。其所に聊か人を魅する牽引力を失ふ恐が潛んでゐるといふ意味でも讀みづらい。然し是等は單に皮相の意味に於て讀みづらいので、余の所謂讀みづらいといふ本意は、篇中の人物の心なり行なりが、たゞ壓迫と不安と苦痛を讀者に與へる丈で、毫も神の作つてくれた幸福な人間であるといふ刺戟と安慰を與へ得ないからである。悲劇は恐しいに違ない。けれども普通の悲劇のうちには悲しい以外に何かの償ひがあるので、讀者は涙の犧牲を喜こぶのである。が、「土」に至つては涙さへ出されない苦しさである。雨の降らない代りに生涯照りつこない天氣と同じ苦痛である。たゞ土の下したへ心が沈む丈で、人情から云つても道義心から云つても、殆んど此壓迫の賠償として何物も與へられてゐない。たゞ土を掘り下げて暗い中へ落ちて行く丈である。
「土」を讀むものは、屹度自分も泥の中を引き摺られるやうな氣がするだらう。余もさう云ふ感じがした。或者は何故長塚君はこんな讀みづらいものを書いたのだと疑がふかも知れない。そんな人に對して余はたゞ一言、斯樣な生活をして居る人間が、我々と同時代に、しかも帝都を去る程遠からぬ田舍に住んで居るといふ悲慘な事實を、ひしと一度は胸の底に抱き締めて見たら、公等の是から先の人生觀の上に、又公等の日常の行動の上に、何かの參考として利益を與へはしまいかと聞きたい。余はとくに歡樂に憧憬する若い男や若い女が、讀み苦しいのを我慢して、此「土」を讀む勇氣を鼓舞する事を希望するのである。余の娘が年頃になつて、音樂會がどうだの、帝國座がどうだのと云ひ募る時分になつたら、余は是非此「土」を讀ましたいと思つて居る。娘は屹度厭だといふに違ない。より多くの興味を感ずる戀愛小説と取り換へて呉れといふに違ない。けれども余は其時娘に向つて、面白いから讀めといふのではない。苦しいから讀めといふのだと告げたいと思つて居る。參考の爲だから、世間を知る爲だから、知つて己れの人格の上に暗い恐ろしい影を反射させる爲だから我慢して讀めと忠告したいと思つて居る。何も考へずに暖かく生長した若い女(男でも同じである)の起す菩提心や宗教心は、皆此暗い影の奧から射さして來るのだと余は固く信じて居るからである。 長塚君の書き方は何處迄も沈着である。其人物は皆有の儘である。話の筋は全く自然である。余が「土」を「朝日」に載せ始めた時、北の方のSといふ人がわざざ書を余のもとに寄せて、長塚君が旅行して彼と面會した折の議論を報じた事がある。長塚君は余の「朝日」に書いた「滿韓ところろ」といふものをSの所で一囘讀んで、漱石といふ男は人を馬鹿にして居るといつて大いに憤慨したさうである。漱石に限らず一體「朝日」新聞の記者の書き振りは皆人を馬鹿にして居ると云つて罵つたさうである。成程眞面目に老成した、殆んど嚴肅といふ文字を以て形容して然るべき「土」を書いた、長塚君としては尤もの事である。「滿韓所々ところろ」抔が君の氣色を害したのは左もあるべきだと思ふ。然し君から輕佻の疑を受けた余にも、眞面目な「土」を讀む眼はあるのである。だから此序を書くのである。長塚君はたまたま「滿韓ところろ」の一囘を見て余の浮薄を憤つたのだらうが、同じ余の手になつた外のものに偶然眼を觸れたら、或は反對の感を起すかも知れない。もし余が徹頭徹尾「滿韓ところろ」のうちで、長塚君の氣に入らない一囘を以て終始するならば、到底長塚君の「土」の爲に是程言辭を費やす事は出來ない理窟だからである。
 長塚君は不幸にして喉頭結核にかゝつて、此間迄東京で入院生活をして居たが、今は養生旁旅行の途にある。先達てかねて紹介して置いた福岡大學の久保博士からの來書に、長塚君が診察を依頼に見えたとあるから、今頃は九州に居るだらう。余は出版の時機に後れないで、病中の君の爲に、「土」に就いて是丈の事を云ひ得たのを喜こぶのである。余がかつて「土」を「朝日」に載せ出した時、ある文士が、我々は「土」などを讀む義務はないと云つたと、わざざ余に報知して來たものがあつた。其時余は此文士は何の爲に罪もない「土」の作家を侮辱するのだらうと思つて苦々しい不愉快を感じた。理窟から云つて、讀まねばならない義務のある小説といふものは、其小説の校正者か、内務省の檢閲官以外にさうあらう筈がない。わざざ斷わらんでも厭なら厭で默つて讀まずに居れば夫迄である。もし又名の知れない人の書いたものだから讀む義務はないと云ふなら、其人は唯名前丈で小説を讀む、内容などには頓着しない、門外漢と一般である。文士ならば同業の人に對して、たとひ無名氏にせよ、今少しの同情と尊敬があつて然るべきだと思ふ。余は「土」の作者が病氣だから、此場合には猶ほ更らさう云ひたいのである。
(明治四十五年五月)


一

 烈はげしい西風にしかぜが目めに見みえぬ大おほきな塊かたまりをごうつと打うちつけては又またごうつと打うちつけて皆みな痩やせこけた落葉木らくえふぼくの林はやしを一日にち苛いぢめ通とほした。木きの枝えだは時々とききひううと悲痛ひつうの響ひゞきを立たてゝ泣ないた。短みじかい冬ふゆの日ひはもう落おちかけて黄色きいろな光ひかりを放射はうしやしつゝ目叩またゝいた。さうして西風にしかぜはどうかするとぱつたり止やんで終しまつたかと思おもふ程ほど靜しづかになつた。泥どろを拗切ちぎつて投なげたやうな雲くもが不規則ふきそくに林はやしの上うへに凝然ぢつとひつゝいて居ゐて空そらはまだ騷さわがしいことを示しめして居ゐる。それで時々とききは思おもひ出だしたやうに木きの枝えだがざわわと鳴なる。世間せけんが俄にはかに心こゝろぼそくなつた。
 お品しなは復また天秤てんびんを卸おろした。お品しなは竹たけの短みじかい天秤てんびんの先さきへ木きの枝えだで拵こしらへた小ちひさな鍵かぎの手てをぶらさげてそれで手桶てをけの柄えを引ひつ懸かけて居ゐた。お品しなは百姓ひやくしやうの隙間すきまには村むらから豆腐とうふを仕入しいれて出でては二三ヶ村そんを歩あるいて來くるのが例れいである。手桶てをけで持もち出だすだけのことだから資本もとでも要いらない代かはりには儲まうけも薄うすいのであるが、それでも百姓ひやくしやうばかりして居ゐるよりも日毎ひごとに目めに見みえた小遣錢こづかひせんが取とれるのでもう暫しばらくさうして居ゐた。手桶てをけ一提ひとさげの豆腐とうふではいつもの處ところをぐるりと廻まはれば屹度きつとなくなつた。還かへりには豆腐とうふの壞こはれで幾いくらか白しろくなつた水みづを棄すてゝ天秤てんびんは輕かるくなるのである。お品しなは何時いつでも日ひのあるうちに夜よなべに繩なはに綯なふ藁わらへ水みずを掛かけて置おいたり、落葉おちばを攫さらつて見みたりそこらこゝらと手てを動うごかすことを止やめなかつた。天性ねが丈夫ぢやうぶなのでお品しなは仕事しごとを苦くるしいと思おもつたことはなかつた。 それが此この日ひは自分じぶんでも酷ひどく厭いやであつたが、冬至とうじが來くるから蒟蒻こんにやくの仕入しいれをしなくちや成ならないといつて無理むりに出でたのであつた。冬至とうじといふと俄商人にはかあきうどがぞくくと出來できるので急いそいで一遍ぺん歩あるかないと、其その俄商人にはかあきうどに先せんを越こされて畢しまふのでお品しなはどうしても凝然ぢつとしては居ゐられなかつた。蒟蒻こんにやくは村むらには無ないので、仕入しいれをするのには田圃たんぼを越こえたり林はやしを通とほつたりして遠とほくへ行ゆかねばならぬ。それでお品しなは其その途中とちうで商あきなひをしようと思おもつて此この日ひも豆腐とうふを擔かついで出でた。生憎あいにく夜よるから冴さえ切きつて居ゐた空そらには烈はげしい西風にしかぜが立たつて、それに逆さからつて行ゆくお品しなは自分じぶんで酷ひどく足下あしもとのふらつくのを感かんじた。ぞくくと身體からだが冷ひえた。さうして豆腐とうふを出だす度たびに水みづへ手てを刺込さしこむのが慄ふるへるやうに身みに染しみた。かささに乾燥かわいた手てが水みづへつける度たびに赤あかくなつた。皹ひゞがぴりりと痛いたんだ。懇意こんいなそここゝでお品しなは落葉おちばを一燻ひとくべ焚たいて貰もらつては手てを翳かざして漸やつと暖あたゝまつた。蒟蒻こんにやくを仕入しいれて出でた時ときはそんなこんなで暇ひまをとつて何時いつになく遲おそかつた。お品しなは林はやしを幾いくつも過すぎて自分じぶんの村むらへ急いそいだが、疲つかれもしたけれど懶ものういやうな心持こゝろもちがして幾度いくたびか路傍みちばたへ荷にを卸おろしては休やすみつゝ來きたのである。 お品しなは手桶てをけの柄えへ横よこたへた竹たけの天秤てんびんへ身みを投なげ懸かけてどかりと膝ひざを折をつた。ぐつたり成なつたお品しなはそれでなくても不見目みじめな姿すがたが更さらに檢束しどけなく亂みだれた。西風にしかぜの餘波なごりがお品しなの後うしろから吹ふいた。さうして西風にしかぜは後うしろで括くゝつた穢きたない手拭てぬぐひの端はしを捲まくつて、油あぶらの切きれた埃ほこりだらけの赤あかい髮かみの毛けを扱こきあげるやうにして其その垢あかだらけの首筋くびすぢを剥出むきだしにさせて居ゐる。夫それと共ともに林はやしの雜木ざふきはまだ持前もちまへの騷さわぎを止やめないで、路傍みちばたの梢こずゑがずつと繞しなつてお品しなの上うへからそれを覗のぞかうとすると、後うしろからもも林はやしの梢こずゑが一齊せいに首くびを出だす。さうして暫しばらくしては又また一齊せいに後うしろへぐつと戻もどつて身體からだを横よこに動搖ゆさぶりながら笑わらひ私語さゞめくやうにざわわと鳴なる。
 お品しなは身體からだに變態へんたいを來きたしたことを意識いしきすると共ともに恐怖心きようふしんを懷いだきはじめた。三四日かどうもなかつたから大丈夫だいぢやうぶだとは思おもつて見みても、恁かう凝然ぢつとして居ゐると遠とほくの方ほうへ滅入めいつて畢しまふ樣やうな心持こゝろもちがして、不斷ふだんから幾いくらか逆上性のぼせしやうでもあるのだがさう思おもふと耳みゝが鳴なるやうで世間せけんが却かへつて靜しづかに成なつて畢しまつたやうに思おもはれた。不圖ふと氣きが付ついた時ときお品しなははききとして天秤てんびんを擔かついだ。林はやしが竭つきて田圃たんぼが見みえ出だした。田圃たんぼを越こせば村むらで、自分じふんの家いへは田圃たんぼのとりつきである。青あをい煙けぶりがすつと騰のぼつて居ゐる。お品しなは二人ふたりの子供こどもを思おもつて心こゝろが跳をどつた。林はやしの外はづれから田圃たんぼへおりる處ところは僅わづかに五六間けんであるが、勾配こうばいの峻けはしい坂さかでそれが雨あめのある度たびにそこらの水みづを聚あつめて田圃たんぼへ落おとす口くちに成なつて居ゐるので自然しぜんに土つちが抉ゑぐられて深ふかい窪くぼみが形かたちづくられて居ゐる。お品しなは天秤てんびんを斜なゝめに横よこへ向むけて、右みぎの手てを前まへの手桶てをけの柄えへ左ひだりの手てを後うしろの手桶てをけの柄えへ掛かけて注意ちういしつゝおりた。それでも殆ほとんど手桶てをけ一杯ぱいに成なり相さうな蒟蒻こんにやくの重量おもみは少すこしふらつく足あしを危あやうく保たもたしめた。やつと人ひとの行ゆき違ちがふだけの狹せまい田圃たんぼをお品しなはそろろと運はこんで行ゆく。お品しなは白茶しらちやけた程ほど古ふるく成なつた股引もゝひきへそれでも先さきの方ほうだけ繼つぎ足たした足袋たびを穿はいて居ゐる。大おほきな藁草履わらざうりは固かためたやうに霜解しもどけの泥どろがくつゝいて、それがぼたたと足あしの運はこびを更さらに鈍にぶくして居ゐる。狹せまく連つらなつて居ゐる田たを竪たてに用水ようすゐの堀ほりがある。二三株にさんかぶ比較的ひかくてき大おほきな榛はんの木きの立たつて居ゐる處ところに僅わづか一枚いちまい板いたの橋はしが斜なゝめに架かけてある。お品しなは橋はしの袂たもとで一寸ちよつと立たち止どまつた。さうして近ちかづいた自分じぶんの家いへを見みた。村落むらは臺地だいちに在あるのでお品しなの家いへの後うしろは直すぐに斜なゝめに田圃たんぼへずり落おち相さうな林はやしである。楢ならや雜木ざふきの間あひだに短みじかい竹たけが交まじつて居ゐる。いゝ加減かげん大おほきくなつた楢ならの木きは皆みな葉はが落おち盡つくして居ゐるので、其その小枝こえだを透とほして凹くぼんだ棟やのむねが見みえる。白しろい羽はねの鷄にはとりが五六羽ぱ、がりりと爪つめで土つちを掻かつ掃ぱいては嘴くちばしでそこを啄つゝいて又またがりりと土つちを掻かつ掃ぱいては餘念よねんもなく夕方ゆふがたの飼料ゑさを求もとめつゝ田圃たんぼから林はやしへ還かへりつゝある。お品しなは非常ひじやうな注意ちういを以もつて斜なゝめな橋はしを渡わたつた。四足目よあしめにはもう田圃たんぼの土つちに立たつた。其その時ときは日ひは疾とうに沒ぼつして見渡みわたす限かぎり、田たから林はやしから世間せけんは只たゞ黄褐色くわうかつしよくに光ひかつてさうしてまだ明あかるかつた。お品しなは田圃たんぼからあがる前まへに天秤てんびんを卸おろして左ひだりへ曲まがつた。自分じぶんの家いへの林はやしと田たとの間あひだには人ひとの足趾あしあとだけの小徑こみちがつけてある。お品しなは其その小徑こみちと林はやしとの境界さかひを劃しきつて居ゐる牛胡頽子うしぐみの側そばに立たつた。鷄にはとりの爪つめの趾あとが其處そこの新あたらしい土つちを掻かき散ちらしてあつた。お品しなは土つちを手てで聚あつめて草履ざうりの底そこでそくくとならした。お品しなの姿すがたが庭にはに見みえた時ときには西風にしかぜは忘わすれたやうに止やんで居ゐて、庭先にはさきの栗くりの木きにぶつ懸かけた大根だいこの乾からびた葉はも動うごかなかつた。白しろい鷄にはとりはお品しなの足あしもとへちよろろと駈かけて來きて何なにか欲ほし相さうにけろつと見上みあげた。お品しなは平常いつものやうに鷄にはとり抔などへ構かまつては居ゐられなかつた。お品しなは戸口とぐちに天秤てんびんを卸おろして突然いきなり「おつう」と喚よんだ。
「おつかあか」と直すぐにおつぎの返辭へんじが威勢ゐせいよく聞きこえた。それと同時どうじに竈かまどの火ひがひららと赤あかくお品しなの目めに映うつつた。朝あさから雨戸あまどは開あけないので内うちはうす闇くらくなつて居ゐる。外そとの光ひかりを見みて居ゐたお品しなの目めには直すぐにはおつぎの姿すがたも見みえなかつたのである。戸口とぐちからではおつぎの身體からだは竈かまどの火ひを掩おほうて居ゐた。返辭へんじすると共ともに身體からだを捩ねぢつたので其その赤あかい火ひが見みえたのである。
 おつぎの脊せに居ゐた與吉よきちはお品しなの聲こゑを聞ききつけると
「まんんま」と兩手りやうてを出だして下おりようとする。お品しなはおつぎが帶おびを解といてる間あひだに壁際かべぎはの麥藁俵むぎわらだはらの側そばへ蒟蒻こんにやくの手桶てをけを二つ並ならべた。與吉よきちはお袋ふくろの懷ふところに抱だかれて碌ろくに出でもしない乳房ちぶさを探さぐつた。お品しなは竈かまどの前まへへ腰こしを掛かけた。白しろい鷄にはとりは掛梯子かけばしごの代かはりに掛かけてある荒繩あらなはでぐるる捲まきにした竹たけの幹みきへ各自てんでに爪つめを引ひつ掛かけて兩方りやうはうの羽はねを擴ひろげて身體からだの平均へいきんを保たもちながら慌あわてたやうに塒とやへあがつた。さうして青あをい煙けむりの中なかに凝然ぢつとして目めを閉とぢて居ゐる。
 お品しなは家いへに歸かへつて幾いくらか暖あたゝまつたがそれでも一日にち冷ひえた所爲せいかぞくくするのが止やまなかつた。さうして後のちに近所きんじよで風呂ふろを貰もらつてゆつくり暖あつたまつたら心持こゝろもちも癒なほるだらうと思おもつた。竈かまどには小ちひさな鍋なべが懸かゝつて居ゐる。汁しるは葢ふたを漂たゞよはすやうにしてぐららと煮立にたつて居ゐる。外そともいつかとつぷり闇くらくなつた。おつぎは竈かまどの下したから火ひのついてる麁朶そだを一ひとつとつて手てランプを點つけて上あがり框がまちの柱はしらへ懸かけた。お品しなはおつぎが單衣ひとへへ半纏はんてんを引ひつ掛かけた儘まゝであるのを見みた。平常いつもならそんなことはないのだが自分じぶんが酷ひどくぞくくとして心持こゝろもちが惡わるいのでつい氣きになつて「おつう、そんな姿なりで汝わりや寒さむかねえか」と聞きいた。それから手拭てぬぐひの下したから見みえるおつぎのあどけない顏かほを凝然ぢつと見みた。
「寒さむかあんめえな」おつぎは事こともなげにいつた。與吉よきちは懷ふところの中なかで頻しきりにせがんで居ゐる。お品しなは平常いつものやうでなく何なにも買かつて來こなかつたので、ふと困こまつた。
「おつう、そこらに砂糖さたうはなかつたつけゝえ」お品しなはいつた。おつぎは默だまつて草履ざうりを脱棄ぬぎすてゝ座敷ざしきへ駈かけあがつて、戸棚とだなから小ちひさな古ふるい新聞紙しんぶんしの袋ふくろを探さがし出だして、自分じぶんの手ての平ひらへ少すこし砂糖さたうをつまみ出だして
「そらら」といひながら、手てを出だして待まつて居ゐる與吉よきちへ遺やつた。おつぎは砂糖さたうの附ついた自分じぶんの手てを嘗なめた。與吉よきちは其その砂糖さたうをお袋ふくろの懷ふところへこぼしながら危あぶな相さうにつまんでは口くちへ入いれる。砂糖さたうが竭つきた時とき與吉よきちは其そのべとついた手てをお袋ふくろの口くちのあたりへ出だした。お品しなは與吉よきちの兩手りやうてを攫つかまへて舐ねぶつてやつた。お品しなは鍋なべの蓋ふたをとつて麁朶そだの焔ほのほを翳かざしながら
「こりや芋いもか何なんでえ」と聞きいた。
「うむ、少すこし芋いも足たして暖あつため返けえしたんだ」
「おまんまは冷つめたかねえけ」
「それから雜炊おぢやでも拵こせえべと思おもつてたのよ」
 お品しなは熱あつい物ものなら身體からだが暖あたゝまるだらうと思おもひながら、自分じぶんは酷ひどく懶ものういので何なんでもおつぎにさせて居ゐた。おつぎは粘ねばり氣けのない麥むぎの勝かつたぽろろな飯めしを鍋なべへ入いれた。お品しなは麁朶そだを一燻いとくべ突つつ込んだ。おつぎは鍋なべを卸おろして茶釜ちやがまを懸かけた。ほうつと白しろく蒸氣ゆげの立たつ鍋なべの中なかをお玉杓子たまじやくしで二三度ど掻かき立たてゝおつぎは又また葢ふたをした。おつぎは戸棚とだなから膳ぜんを出だして上あがり框がまちへ置おいた。柱はしらに點つけてある手てランプの光ひかりが屆とゞかぬのでおつぎは手探てさぐりでして居ゐる。お品しなは左手ひだりてに抱だいた與吉よきちの口くちへ箸はしの先さきで少すこしづゝ含ふくませながら雜炊ざふすゐをたべた。お品しなは芋いもを三つ四つ箸はしへ立たてゝ與吉よきちへ持もたせた。與吉よきちは芋いもを口くちへ持もつていつて直すぐに熱あついというて泣ないた。お品しなは與吉よきちの頻ほゝをふううと吹ふいてそれから芋いもを自分じぶんの口くちで噛かんでやつた。お品しなの茶碗ちやわんは恁かうして冷ひえた。おつぎは冷つめたくなつた時とき鍋なべのと換かへてやつた。お品しなは欲ほしくもない雜炊ざふすゐを三杯ばいまでたべた。幾いくらか腹はらの中なかの暖あたゝかくなつたのを感かんじた。さうして漸やうやく水離みづばなれのした茶釜ちやがまの湯ゆを汲くんで飮のんだ。おつぎは庭先にはさきの井戸端ゐどばたへ出でて鍋なべへ一杯ぱい釣瓶つるべの水みづをあけた。おつぎが戻もどつた時とき「おつう、今夜こんやでなくつてもえゝや」とお品しなはいつた。おつぎは默だまつて俵たわらの側そばの手桶てをけへ手てを掛かけて
「此これへも水みづ入せえて置おかなくつちやなんめえな」
「さうすればえゝが大變たえへんだらえゝぞ」
 お品しながいひ切きらぬうちにおつぎは庭にはへ出でた。直すぐに洗あらつた鍋なべと手桶てをけを持もつて暗くらい庭先にはさきからぼんやり戸口とぐちへ姿すがたを見みせた。閾しきゐへ一寸ちよつと手桶てをけを置おいてお品しなと顏かほを見合みあはせた。手桶てをけの水みづは半分はんぶんで兩方りやうはうの蒟蒻こんにやくへ水みづが乘のつた。
 お品しなは三人連にんづれで東隣ひがしどなりへ風呂ふろを貰もらひに行いつた。東隣ひがしどなりといふのは大おほきな一構ひとかまへで蔚然うつぜんたる森もりに包つゝまれて居ゐる。
 外そとは闇やみである。隣となりの森もりの杉すぎがぞつくりと冴さえた空そらへ突つつ込こんで居ゐる。お品しなの家いへは以前いぜんから此この森もりの爲ために日ひが餘程よほど南みなみへ廻まはつてからでなければ庭にはへ光ひかりの射さすことはなかつた。お品しなの家族かぞくは何處どこまでも日蔭者ひかげものであつた。それが後のちに成なつてから方方はううに陸地測量部りくちそくりやうぶの三角測量臺かくそくりやうだいが建たてられて其その上うへに小ちひさな旗はたがひららと閃ひらめくやうに成なつてから其その森もりが見通みとほしに障さはるといふので三四本ほん丈だけ伐きらせられた。杉すぎの大木たいぼくは西にしへ倒たふしたのでづしんとそこらを恐おそろしく搖ゆるがしてお品しなの庭にはへ横よこたはつた。枝えだは挫くぢけて其その先さきが庭にはの土つちをさくつた。それでも隣となりでは其その木きの始末しまつをつける時ときにそこらへ散ちらばつた小枝こえだや其その他たの屑物くづものはお品しなの家いへへ與あたへたので思おもひ掛がけない薪たきゞが出來できたのと、も一ひとつは幾いくらでも東ひがしが隙すいたのとで、隣となりでは自分じぶんの腕うでを斬きられたやうだと惜をしんだにも拘かゝはらずお品しなの家いへでは竊ひそかに悦よろこんだのであつた。それからといふものはどんな姿なりにも日ひが朝あさから射さすやうになつた。それでも有繋さすがに森もりはあたりを威壓ゐあつして夜よるになると殊ことに聳然すつくりとして小ちひさなお品しなの家いへは地ぢべたへ蹂ふみつけられたやうに見みえた。 お品しなは闇やみの中なかへ消きえた。さうして隣となりの戸口とぐちに現あらはれた。隣となりの雇人やとひにんは夜よなべの繩なはを綯なつて居ゐた。板いたの間まの端はしへ胡坐あぐらを掻かいて足あしで抑おさへた繩なはの端はしへ藁わらを繼つぎ足たしししてちよりりと額ひたひの上うへまで揉もみ擧あげては右みぎの手てを臀しりへ廻まはしてくつと繩なはを後うしろへ扱こく。繩なはは其その度たびに土間どまへ落おちる。お品しなは板いたの間まに小ちひさくなつて居ゐた。軈やがて藁わらが竭つきると傭人やとひにんは各自てんでに其その繩なはを足あしから手てへ引ひつ掛かけて迅速じんそくに數かずを計はかつては土間どまから手繰たぐり上あげながら、繼つながつた儘まゝ一房ばうづゝに括くゝつた。やがて彼等かれらは板いたの間まの藁屑わらくづを土間どまへ掃はきおろしてそれから交代かうたいに風呂ふろへ這入はひつた。お品しなはそれを見みながら默だまつて待まつて居ゐた。お品しなは此處こゝへ來くると恁かういふ遠慮ゑんりよをしなければならぬので、少すこしは遠とほくても風呂ふろは外ほかへ貰もらひに行ゆくのであつたが其その晩ばんはどこにも風呂ふろが立たたなかつた。お品しなは二三軒けんそつちこつちと歩あるいて見みてから隣となりの門もんを潜くゞつたのであつた。傭人やとひにんは大釜おほがまの下したにぽつぽと火ひを焚たいてあたつて居ゐる。風呂ふろから出でても彼等かれらは茹ゆだつたやうな赤あかい腿もゝを出だして火ひの側そばへ寄よつた。「どうだね、一燻ひとくべあたつたらようがせう、今いま直すぐに明あくから」と傭人やとひにんがいつてくれてもお品しなは臀しりから冷ひえるのを我慢がまんして凝然ぢつと辛棒しんぼうして居ゐた。懷ふところで眠ねむつた與吉よきちを騷さわがすまいとしては足あしの痺しびれるので幾度いくどか身體からだをもぢぢ動うごかした。漸やうやく風呂ふろの明あいた時ときはお品しなは待遠まちどほであつたので前後ぜんごの考かんがへもなく急いそいで衣物きものをとつた。與吉よきちは幸さいはひにぐつたりと成なつてお袋ふくろの懷ふところから離はなれるのも知しらないのでおつぎが小ちひさな手てで抱だいた。お品しなは段々だんんと身體からだが暖あたゝまるに連つれて始はじめて蘇生いきかへつたやうに恍惚うつとりとした。いつまでも沈しづんで居ゐたいやうな心持こゝろもちがした。與吉よきちが泣なきはせぬかと心付こゝろづいた時とき碌ろくに洗あらひもしないで出でて畢しまつた。それでも顏かほがつややとして髮かみの生際はえぎはが拭ぬぐつてもも汗あせばんだ。さうしてしみみと快こゝろよかつた。お品しなは衣物きものを引ひつ掛かけると直すぐと與吉よきちを内懷うちふところへ入いれた。お品しなの後あとへは下女げぢよが這入はひつたので、おつぎは其その間あひだ待またねばならなかつた。おつぎが出でた時ときはお品しなの身體からだは冷さめ掛かけて居ゐた。お品しなは自分じぶんが後あとではいればよかつたのにと後悔こうくわいした。
 お品しなが自分じぶんの股引もゝひきと足袋たびとをおつぎに提さげさせて歸かへつた時ときに月つきは竊ひそかに隣となりの森もりの輪郭りんくわくをはつきりとさせて其その森もりの隙間すきまが殊ことに明あかるく光ひかつて居ゐた。世間せけんがしみみと冷ひえて居ゐた。お品しなは薄うすい垢あかじみた蒲團ふとんへくるまると、身體からだが又またぞくくとして膝ひざかしらが氷こほつたやうに成なつて居ゐたのを知しつた。
二

 次つぎの朝あさお品しなはまだ戸との隙間すきまから薄うすら明あかりの射さしたばかりに眼めが覺さめた。枕まくらを擡もたげて見みたが頭あたまの心しんがしくくと痛いたむやうでいつになく重おもかつた。狹せばい家いへの内うちに羽叩はばたく鷄にはとりの聲こゑがけたゝましく耳みゝの底そこへ響ひゞいた。おつぎはまだすややとして眠ねむつて居ゐる。戸との隙間すきまが瞼まぶたを開ひらいたやうに明あかるくなつた時とき鷄にはとりが復また甲走かんばしつて鳴ないた。お品しなはおつぎを今朝けさは緩ゆつくりさせてやらうと思おもつて居ゐた。それでもおつぎは鷄にはとりが又また鳴ないた時ときむつくり起おきた。いつもと違ちがつて餘あまりひつそりして居ゐるので驚おどろいたやうにあたりを見みた。さうしてお袋ふくろがまだ自分じぶんの傍そばに蒲團ふとんへくるまつてるのを見みた。
「おつう、せかねえでもえゝぞ、俺おら今朝けさ少すこし工合ぐえゝが惡わりいから緩ゆつくりすつかんなよ」お品しなはいつた。おつぎは暫しばらくもぢぢしながら帶おびを締しめて大戸おほどを一枚まいがららと開あけて目めをこすりながら庭にはへ出でた。井戸端ゐどばたの桶をけには芋いもが少すこしばかり水みづに浸ひたしてあつて、其その水みづには氷こほりがガラス板いた位ぐらゐに閉とぢて居ゐる。おつぎは鍋なべをいつも磨みがいて居ゐる砥石といしの破片かけで氷こほりを叩たゝいて見みた。おつぎは大戸おほどを開あけ放はなして置おいたので朝あさの寒さむさが侵入しんにふしたのに氣きがついて
「おつかあ、寒さむかなかつたか、俺おら知しらねえで居ゐた」いひながら大戸おほどをがららと閉しめた。闇くらくなつた家いへの内うちには竈かまどの火ひのみが勢いきほひよく赤あかく立つた。おつぎは「おゝ冷つめてえ」といひながら竈かまどの口くちから捲まくれて出でる燄ほのほへ手てを翳かざして
「今朝けさは芋いもの水みづ氷こほつたんだよ」とお袋ふくろの方はうを向むいていつた。
「うむ、霜しもも降ふつたやうだな」お品しなは力ちからなくいつた。戸口とぐちを後うしろにしてお品しなは竈かまどの火ひのべろろと燃もえ上あがるのを見みた。
「何處どこでも眞白まつしろだよ」おつぎは竹たけの火箸ひばしで落葉おちばを掻かき立たてながらいつた。
「夜明よあけにひどく冷々ひややしたつけかんな」お品しなはいつて一寸ちよつと首くびを擡もたげながら
「俺おら今朝けさはたべたかねえかんな、汝われ構かまあねえで出來できたらたべた方はうがえゝぞ」お品しなはいつた。又また氷こほつた飯めしで雜炊ざふすゐが煮にられた。
「おつかあ、ちつとでもやらねえか」おつぎは茶碗ちやわんをお袋ふくろの枕元まくらもとへ出だした。雜炊ざふすゐの焦こげついたやうな臭にほひがぷんと鼻はなを衝ついた時ときお品しなは箸はしを執とつて見みようかと思おもつて俯伏うつぶしになつて見みたが、直すぐに壓いやになつて畢しまつた。お品しなが動うごいたので懷ふところの與吉よきちは泣なき出だした。お品しなは俯伏うつぶした儘まゝ乳房ちぶさを含ふくませた。さうして又また芋いもの串くしを拵こしらへて持もたせた。
 お品しなが表おもての大戸おほどを開あけさせた時ときは日ひがきららと東隣ひがしどなりの森もり越ごしに庭にはへ射さし掛かけてきつかりと日蔭ひかげを限かぎつて解とけ殘のこつた霜しもが白しろく見みえて居ゐた。庭先にはさきの栗くりの木きの枯葉かれはからも、枝えだへ掛かけた大根だいこの葉はからも霜しもが解とけて雫しづくがまだぽたりりと垂たれて居ゐる。庭にはへ敷しいてある庭葢にはぶたの藁わらも只たゞぐつしりと濕しめつて居ゐる。冬ふゆになると霜柱しもばしらが立たつので庭にはへはみんな藁屑わらくづだの蕎麥幹そばがらだのが一杯ぱいに敷しかれる。それが庭葢にはぶたである。霜柱しもばしらが庭にはから先さきの桑畑くはばたけにぐらりりと倒たふれつゝある。 お品しなは蒲團ふとんの中なかでも滅切めつきり暖あたゝかく成なつたことを感かんじた。時々ときき枕まくらを擡もたげて戸口とぐちから外そとを見みる。さうしては麥藁俵むぎわらだはらの側そばに置おいた蒟蒻こんにやくの手桶てをけをどうかすると無意識むいしきに見みつめる。横よこに成なつて居ゐる目めからは東隣ひがしどなりの森もりの梢こずゑが妙めうに變かはつて見みえるので凝然ぢつと見みつめては目めが疲つかれるやうに成なるので又また蒟蒻こんにやくの手桶てをけへ目めを移うつしたりした。お品しなはどうかして少すこしでも蒟蒻こんにやくを減へらして置おきたいと思おもつた。お品しなは其その内うちに起おきられるだらうと考かんがへつゝ時々とききうととと成なる。
「切干きりぼしでも切きつたもんだかな」おつぎが庭にはから大おほきな聲こゑでいつた時ときお品しなはふと枕まくらを擡もたげた。それでおつぎの聲こゑは意味いみも解わからずに微かすかに耳みゝに入いつた。
 暫しばらくたつてからお品しなは庭にはでおつぎがざあと水みづを汲くんでは又また間あひだを隔へだてゝざあと水みづを汲くんで居ゐるのを聞きいた。おつぎは大根だいこを洗あらつた。おつぎは庭葢にはぶたの上うへに筵むしろを敷しいて暖あたゝかい日光につくわうに浴よくしながら切干きりぼしを切きりはじめた。大根だいこを横よこに幾いくつかに切きつて、更さらにそれを竪たてに割わつて短册形たんざくがたに刻きざむ。おつぎは飯臺はんだいへ渡わたした爼板まないたの上うへへとんんと庖丁はうちやうを落おとしては其その庖丁はうちやうで白しろく刻きざまれた大根だいこを飯臺はんだいの中なかへ扱こき落おとす。お品しなは切干きりぼしを刻きざむ音おとを聞きいた時とき先刻さつきのは大根だいこを洗あらつて居ゐたのだなと思おもつた。お品しなは二三日にち此この來かたもう切干きりぼしも切きらなければならないと自分じぶんが口くちについて云いつて居ゐたことを思おもひ出だして、おつぎが能よく機轉きてんを利きかしたと心こゝろで悦よろこんだ。庖丁はうちやうの音おとが雨戸あまどの外そとに近ちかく聞きこえる。お品しなは身體からだを半分はんぶん蒲團ふとんからずり出だして見みたら、手拭てぬぐひで髮かみを包つゝんで少すこし前屈まへかゞみになつて居ゐるおつぎの後姿うしろすがたが見みえた。「大根だいこは分わかつたのか」お品しなは聞きいた。
「分わかつてるよ」おつぎは庖丁はうちやうの手てを止とゞめて横よこを向むいて返辭へんじした。お品しなは又また蒲團ふとんへくるまつた。さうしてまだ下手へたな庖丁はうちやうの音おとを聞きいた。お品しなの懷ふところに居ゐた與吉よきちは退屈たいくつしてせがみ出だした。おつぎは夫それを聞きいて
「そうら、姊ねえが處とこへでも來きて見みろ」といひながら忙せはしくぽつと一燻ひとくべ落葉おちばを燃もやして衣物きものを灸あぶつて與吉よきちへ着きせた。
「よきは利口りこうだから姊ねえが處とこに居ゐるんだぞ」お品しなはいつた。おつぎは自分じぶんの筵むしろの上うへへ抱だいて行いつた。おつぎの手ては落葉おちばの埃ほこりで汚よごれて居ゐた。再ふたゝび庖丁はうちやうを持もつた時とき大根だいこには指ゆびの趾あとがついた。おつぎは其その手てを半纏はんてんで拭ぬぐつた。與吉よきちは側そばで刻きざまれた大根だいこへ手てを出だす。
「危險あぶねえよ、さあ此これでも持もつて居ゐろ」おつぎは切きり掛かけの大根だいこをやつた。與吉よきちは直すぐにそれを噛かぢつた。
「辛からくて仕しやうあんめえなよきは」おつぎは甘あまやかすやうにいつた。お品しなにはそれが能よく聞きこえて二人ふたりがどんなことをして居ゐるのかゞ分わかつた。お品しなの耳みゝには續つゞいて
「ぽうんとしたか、そらそつちへ行いつちやつた」といふ聲こゑがしたかと思おもふと
「こんだはぽうんとすんぢやねえかんな」といふ聲こゑやそれから又また
「それ持もち出だすんぢやねえ、聽きかねえと此これで切きつてやんぞ、赤あかまんまが出でるぞおゝ痛いてえ」抔などとおつぎのいふのが聞きこえた。其その度たびに庖丁はうちやうの音おとが止やむ。お品しなには與吉よきちが惡戯いたづらをしたり、おつぎが痛いたいといつて指ゆびを啣くはへて見みせれば與吉よきちも自分じぶんの手てを口くちへ當あてて居ゐるのが目めに見みえるやうである。お品しなはおつぎを平常ふだんから八釜敷やかましくして居ゐたので餘所よその子こよりも割合わりあひに動うごけると思おもつて居ゐるけれど、與吉よきちと巫山戯ふざけたりして居ゐるのを見みるとまだ子供こどもだといふことが念頭ねんとうに浮うかぶ。自分じぶんが勘次かんじと相あひ知しつたのは十六の秋あきである。おつぎは恁かうして大人おとならしく成なるであらうかと何時いつになくそんなことを思おもつた。おつぎは十五であつた。 午餐ひるもお品しなは欲ほしくなかつた。自分じぶんでも今日けふは商あきなひに出でられないと諦あきらめた。明日あすに成なつたらばと思おもつて居ゐた。然しかしそれは空頼そらだのみであつた。お品しなは依然いぜんとして枕まくらを離はなれられない。有繋さすがに不安ふあんの念ねんが先さきに立たつた。お品しなはつい近頃ちかごろ行いつた勘次かんじの事ことが頻しきりに思おもひ出だされて、こつちであれ程ほど働はたらいて行いつたのに屹度きつと休やすみもしないで錢取ぜにとりをして居ゐるのだらうと思おもふと、寒さむくてもシヤツ一ひとつになつて、後のちには其そのシヤツの端はしが拔ぬけ出だして能よく臍へそが出でることや、夜よるになると能よく骨ほねがみりりする樣やうだといつたことが目めの前まへにあるやうで何なんだか逢あひたくて堪たまらぬやうな心持こゝろもちがするのであつた。
 勘次かんじは利根川とねがはの開鑿工事かいさくこうじへ行いつて居ゐた。秋あきの頃ころから土方どかたが勸誘くわんいうに來きて大分だいぶ甘うまい噺はなしをされたので此この近村きんそんからも五六人にん募集ぼしふに應おうじた。勘次かんじは工事こうじがどんなことかも能よく知しらなかつたが一日にちの手間てまが五十錢せん以上いじやうにもなるといふので、それが其その季節きせつとしては法外はふぐわいな値段ねだんなのに惚ほれ込こんで畢しまつたのである。工事こうじの場所ばしよは霞かすみヶ浦うらに近ちかい低地ていちで、洪水こうずゐが一旦たん岸きしの草くさを沒ぼつすと湖水こすゐは擴大くわくだいして川かはと一ひとつに只たゞ白々しららと氾濫はんらんするのを、人工じんこうで築きづかれた堤防ていばうが僅わづかに湖水こすゐと川かはとを區別くべつするあたりである。勘次かんじは自分じぶんの土地とちと比較ひかくして茫々ばううたるあたりの容子ようすに呑のまれた。さうして工夫等こうふらに權柄けんぺいにこき使つかはれた。 勘次かんじは愈いよよ傭やとはれて行ゆくとなつた時とき收穫とりいれを急いそいだ。冬至とうじが近ちかづく頃ころには田たはいふまでもなく畑はたけの芋いもでも大根だいこでもそれぞれ始末しまつしなくてはならぬ。勘次かんじはお品しなが起おきて竈かまどの火ひを點つけるうちには庭葢にはぶたへ籾もみの筵むしろを干ほしたりそれから獨ひとりで磨臼すりうすを挽ひいたりして、それから大根だいこも干ほしたり土つちへ活いけたりして闇くらいから闇くらいまで働はたらいた。それでも籾もみが少すこしと畑はたけが少すこし殘のこつたのをお品しながどうにかするといつたので出でて行いつたのである。
 工事こうじの箇所かしよへは廿里りもあつた。勘次かんじは行ゆけば直すぐに錢ぜにになると思おもつたので漸やうやく一圓ゑんばかりの財布さいふを懷ふところにした。辨當べんたうをうんと背負しよつたので目的地もくてきちへつくまでは渡錢わたしせんの外ほかには一錢せんも要いらなかつた。
 勘次かんじは夜よるついて其その次つぎの日ひには疲つかれた身體からだで仕事しごとに出でた。彼かれは半日はんにちでも無駄むだな飯めしを喰くふことを恐おそれた。然しかし其その次つぎの日ひは過激くわげきな勞働らうどうから俗ぞくにそら手というて手ての筋すぢが痛いたんだので二三日にち仕事しごとに出でられなかつた。それから六七日にちたつて烈はげしい西風にしかぜが吹ふいた。勘次かんじは薄うすい蒲團ふとんへくるまつて日ひの中うちから冷ひえてた足あしが暖あたゝまらなかつた。うととと熟睡じゆくすゐすることも出來できないで輾轉ごろろして長ながい夜よを漸やうやく明あかした。 其その次つぎの日ひ彼かれは硬こはばつたやうに感かんずる手てを動うごかして冷つめたいシヤブルの柄えを執とつて泥どろにくるまつて居ゐた。さうして居ゐる處ところへ村むらの近所きんじよのものがひよつこり尋たづねて來きたので彼かれは狐きつねにでも魅つままれたやうに只たゞ驚おどろいた。近所きんじよの者ものは大勢おほぜいが只たゞ泥どろのやうになつて動うごいて居ゐるのでどれがどうとも識別みわけがつかないで困こまつたといつて、勘次かんじに逢あうたことを反覆くりかへして只たゞ悦よろこんだ。途中とちゆうへ一晩ひとばん泊とまつたといふやうなことをいつて勘次かんじが心こゝろ忙せはしく聞きく迄までは理由わけをいはなかつた。勘次かんじは漸やうやくお品しなに頼たのまれて來きたのだといふことを知しつた。勘次かんじはお品しなが病氣びやうきに罹かゝつたのだといふのを聞きいて萬一もしかといふ懸念けねんがぎつくり胸むねにこたへた。さうして反覆くりかへしてどんな鹽梅あんばいだと聞きいた。噺はなしの容子ようすではそれ程ほどでもないのかと思おもつても見みたが、それでも勘次かんじは口くちを利きくにも唾つばが喉のどからぐつと突つつ返かへして來くるやうで落付おちつかれなかつた。
 其その日ひの夜中よなかに彼等かれらは立たつた。勘次かんじは自分じぶんも急いそぐし使つかひを疲つかれた足あしで歩あるかせることも出來できないので霞かすみヶ浦うらを汽船きせんで土浦つちうらの町まちへ出でた。夜よるは汽船きせんで明あけたがどうしたのか途中とちうで故障こしやうが出來できたので土浦つちうらへ着ついたのは豫定よていの時間じかんよりは遙はろかに後おくれて居ゐた。土浦つちうらの町まちで勘次かんじは鰯いわしを一包ひとつゝみ買かつて手拭てねぐひで括くゝつてぶらさげた。土浦つちうらから彼かれは疲つかれた足あしを後あとに捨すてゝ自分じぶんは力ちからの限かぎり歩あるいた。それでも村ならへはひつた時ときは行ゆき違ちがふ人ひとがぼんやり分わかる位くらゐで自分じぶんの戸口とぐちに立たつた時ときは薄暗うすくらい手てランプが柱はしらに懸かゝつて燻くすぶつて居ゐた。勘次かんじはひつそりとした家いへのなかに直すぐに蒲團ふとんへくるまつて居ゐるお品しなの姿すがたを見みた。それからお品しなの足あしを揣さすつて居ゐるおつぎに目めを移うつした。 勘次かんじは大戸おほどをがらりと開あけて閾しきゐを跨またいだ時とき何なにもいはずに只たゞ
「どうしてえ」といふのが先さきであつた。お品しなは勘次かんじの聲こゑを聞きいて思おもはず枕まくらを動うごかして
「勘次かんじさんか」といつて更さらに
「南みなみのおとつゝあは行ゆき違ちげえにでもならなかつたんべかな」といつた。
「行逢いきやつたよ。そんだがお前めえどんな鹽梅あんべえなんでえ」
「俺おらそれ程ほどでねえと思おもつて居ゐたが三四日さんよつか横よこに成なつた切きりでなあ、それでも今日等けふらはちつたあえゝやうだから此この分ぶんぢや直すぐに吹ふつ返けえすかとも思おもつてんのよ」
「そんぢやよかつた、俺おら只たゞぢや歩あるいてもよかつたが、南みなみこと又また歩あるかせちや濟すまねえから同志どうしに土浦つちうらまで汽船じようきで乘のつ着つけたんだが、南みなみは草臥くたびれたもんだから俺おら先さきへ出でたんだがな、南みなみもあの分ぶんぢや今夜こんやもなかか容易よういぢやあんめえよ、それに汽舩じようきが又また後おくれつちやつてな」
 勘次かんじはいひながら草鞋わらじをとつた。手拭てぬぐひの端はしへ括くゝつて來きた鰯いわしの包つゝみをかさりとお品しなの枕元まくらもとへ投なげて、首くびへつけて居ゐた風呂敷ふろしき包をどさりと置おいて勘次かんじは庭にはへ出でて足あしを洗あらつた。勘次かんじはお品しなの枕元まくらもとへ座ざを占しめた。
「そんなに惡わるくなくつちやそれでもよかつた、俺おらどうしたかと思おもつてな」勘次かんじは改あらためて又またいつた。
「お品しなおまんまは喰たべてか」勘次かんじはつけ足たした。
「先刻さつきおつうに米こめのお粥けえ炊たいて貰もらつてそれでもやつと掻かつ込こんだところだよ」「それぢやどうした、途中とちゆうで見付みつけて來きたんだから一疋ぴきやつて見みねえか」勘次かんじは手てランプをお品しなの枕元まくらもとへ持もつて來きて鰯いわしの包つゝみを解といた。鰯いわしは手てランプの光ひかりできららと青あをく見みえた。
「ほんによなあ」お品しなは俯伏うつぶしになつて恁かういつた。
「おつう、其處そこへ火ひでも吹ふつたけて見みねえか」勘次かんじはいつた。
「勘次かんじさんそら大變たいへんだつけな、俺おらそんなにや要えらなかつたな」
「今いまだから何時いつまでも保もつよ、さうしてお前めえも力ちからつけろな」
「汽船じようきに乘のつて來きたつて餘よつ程ぽど費用かゝりも掛かゝつたんべな」
「さうよ、二人ふたりで六十錢せんばかりだが此これは俺おれ出だしたのよ、南みなみに出ださせる譯わけにも行えかねえかんな」
「それぢや稼かせえだ錢ぜねそれだけ立投たてなげにしつちやつたな」
「そんでも財布せえふにやまあだ有あるよ、七日なぬかばかり働はたらえてそれでも二兩りやうは殘のこつたかんな、そんで又また行いく筈はずで前借さきがり少すこしして來きたんだ、こつちの方はうから行いつてる連中れんぢうが保證ほしようしてくれてな」勘次かんじは誇ほこり顏がほにいつた。
「俺おら今日けふ見みてえだらえゝが、酷ひどく行逢いきやひたくなつてなあ」お品しなは俯伏うつぶした額ひたひを枕まくらにつけた。
「どうせ此處ここらの始末しまつもしねえで行いつたんだから、一遍いつぺんは途中とちうで歸けえつて見みなくつちや成ならねえのがだから同おなじ事ことだよ」勘次かんじはお品しなを覗のぞき込こむやうにしていつた。
「それでも俵たはらにしちや置おいたな」勘次かんじは壁際かべぎはの麥藁俵むぎわらだはらを見みていつた。お品しなはまだ俯伏うつぶした儘まゝである。「あつちに居ゐちや錢ぜには要えらねえな、煙草たばこ一服ぷく吸すふべえぢやなし、十五日目にちめが晦日みそかでそれまでは勘定かんぢやうなしで其その間あひだは米こめでも薪まきでもみんな通帳かよひで借かりて置おく位くれえなんだから、十五日目にちめに成ならなくつちや財布せえふも膨ふくれねえが、又また百ひやくでも出でつこはねえかんな」勘次かんじは更さらに出先でさきのことをお品しなへ聞きかせた。
「米こめばかり炊たえても毎日まいにち一升しようづゝは要える位くれえだから骨ほねも隨分ずゐぶん折をれんが出でせえすりや二貫くわんと三貫ぐわんは殘のこせつから、歸けえるまでにや俺おれもどうにか成なると思おもつてんのよ、さうすりや鹽鮭しほびき位ぐれえは買かあことも出來できらな」
「そんぢやよかつた、土方どかたなんちや碌ろくな奴等やつらは居えねえつていふからどうしたかと思おもつてな」お品しなは首くびを擡もたげた。
「そんな奴等やつらと交際つきえゝした日ひにや限かぎりはねえが、隅すみの方はうにちゞまつてりや何なんともゆはねえな」勘次かんじがついて居ゐる間あひだにおつぎは枯粗朶かれそだを折をつて火鉢ひばちへ火ひを起おこした。勘次かんじは火箸ひばしを渡わたして鰯いわしを三みつばかり乘のせた。鰯いわしの油あぶらがぢりりと垂たれて青あをい焔ほのほが立たつた。鰯いわしの臭にほひが薄うすい煙けむりと共ともに室内しつないに滿みちた。さうして其その臭にほひがお品しなの食慾しよくよくを促うながした。お品しなは俯伏うつぶしたなりで煙臭けぶりくさくなつた鰯いわしを喰たべた。
「どうした鹽辛しよつぱかあ有あんめえ」
「有繋まさか佳味うめえな」「此これでもこゝらの商人あきんどは持もつちや來きねえぞ」勘次かんじは一心いつしんに見みながらいつた。
 お品しなは二匹にひきへ手てをつけて箸はしを置おきながら懷ふところで眠ねむつて居ゐる與吉よきちを覗のぞいて
「起おきて居ゐたら大騷おほさわぎだんべ」といつた。
「いまつとたべろな」勘次かんじはいつた。
「澤山たくさんだよ、おつうげもやつてくろうな」
「俺おれも飯めしでも食くはうかえ」勘次かんじは風呂敷包ふろしきづゝみから辨當べんたうの殘のこりを出だして冷つめたい儘まゝぷすすと噛かぢつた。
「おうつ、お茶ちやは冷つめたくなつたつけかな」お品しなはいつた。
「要えらねえぞ仕事しごとに出でりや毎日まえんちかうだ」勘次かんじは梅干うめぼしを少すこしづゝ嘗なめ減へらした。辨當べんたうが盡つきてから勘次かんじは鰯いわしをおつぎへ挾はさんでやつた。さうして自分じぶんでも一口くちたべた。
「此こりや佳味うめえこたあ佳味うめえが餘あんまりあまくつて俺おらがにや胸むねが惡わるくなるやうだな」勘次かんじは冷さめた湯ゆを幾杯いくはいか傾かたぶけた。勘次かんじは風呂敷ふろしきから袋ふくろを出だしてお品しなの枕元まくらもとへ置おいて
「米こめこれだけ殘のこつたから持もつて來きたんだ、あつちに居ゐればえゝが幾日いつかでも明あけると炊たかれつちやつても仕しやうねえかんな、そんぢや此こりやおつうげやつて置おくんだ」
 勘次かんじは米こめの小ちひさな袋ふくろをおつぎへ渡わたした。
「袋ふくろなんぞ又また何なんだと思おもつたよ」お品しなは輕かるくいつた。
「それでも薪まきは持もつて來くる譯わけにも行いかねえから置おいて來きつちやつた」勘次かんじは自みづから嘲あざけるやうに目めから口くちへ掛かけて冷つめたい笑わらひが動うごいた。「お品しな、足あしでもさすつてやんべぢやねえか」勘次かんじはお品しなの裾すその方はうへ行いつた。
「えゝよ勘次かんじさん、俺おら今日けふは日ひのうちから心持こゝろもちえゝんだから、先刻さつきもおつうが揣さすつてやんべなんていふもんだから少しもやつてくろつて云ゆつた處ところだよ、こんぢや二三日にさんちも過すぎたら勘次かんじさんは又また行いけべえよ」お品しなは快こゝろよげにいつた。
「今夜こんやはひどく心持こゝろもちえゝんだよ、えゝよ本當ほんたうだよ勘次かんじさん、お前めえ草臥くたびれたんべえな」更さらにお品しなは威勢ゐせいがついていつた。
 夜よは深ふけた。外そとの闇やみは氷こほつたかと思おもふやうに只たゞしんとした。蒟蒻こんにやくの水みづにも紙かみの如ごとき氷こほりが閉とぢた。

三

 次つぎの朝あさ霜しもは白しろく庭葢にはぶたの藁わらにおりた。切干きりぼしの筵むしろは三枚さんまいばかり其その庭葢にはぶたの上うへに敷しいた儘まゝで、切干きりぼしには氷こほりを粉末ふんまつにしたやうな霜しもが凝こつて居ゐて、東ひがしの森もりの隙間すきまから射さし透とほす朝日あさひにきららと光ひかつた。白しろい切干きりぼしは蒸むさずに干ほしたのであつた。切干きりぼしは雨あめが降ふらねば埃ほこりだらけに成ならうが芥ごみが交まじらうが晝ひるも夜よるも筵むしろは敷しき放はなしである。
 勘次かんじは霜柱しもばしらの立たつてる小徑こみちを南みなみへ行いつた。昨夜ゆうべ遲おそかつたことやら何なにやら噺はなしをして暇ひまどつた。庭先にはさきから續つゞく小ちひさな桑畑くはばたけの向むかふに家いへが見みえるので、平生へいぜいそれを勘次かんじの家いへでも唯たゞ南みなみとのみいつて居ゐる。彼かれが薦こもつくこを擔かついで歸かへつて來きた時ときは日向ひなたの霜しもが少すこし解とけて粘ねばついて居ゐた。お品しなは勘次かんじが一寸ちよつとの間ま居ゐなく成なつたので酷ひどく寂さびしかつた。此この朝あさになつてからもお品しなの容態ようだいがいゝので勘次かんじはほつと安心あんしんした。さうして斜なゝめに遠とほくから射さす冬ふゆの日ひを浴あびながら庭葢にはぶたの上うへに筵むしろを敷しいて俵たはらを編あみはじめた。薦こもつくこは兩端りやうたんに足あしが附ついて居いる。丁度ちやうど荷鞍にぐらの骨ほねのやうな簡單かんたんな道具だうぐである。其その足あしから足あしへ渡わたした棒ぼうへ藁わらを一掴ひとつかみづゝ當あてゝは八人坊主はちにんばうずをあつちへこつちへ打ぶつ違ちがひながら繩なはを締しめつゝ編あむのである。八人坊主はちにんばうずといふのは其その繩なはを捲まいたいはゞ小ちひさな錘おもりである、八やつつあるので八人坊主はちにんばうずといつて居ゐる。小作米こさくまいを入いれる藁俵わらだはらを四五俵分へうぶん作つくらねば成ならぬことが稼かせぎに出でる時ときから彼かれには心掛こころがかりであつた。すぐつた藁わらも繩なはも別べつに取とつて置おきながら只たゞ忙せはしくて放棄うつちやつて出でて行いつたのである。 お品しなは毎日まいにち閉しめ切きつて居ゐた表おもての雨戸あまどを一枚まいだけ開あけさせた。からりとした蒼あをい空そらが見みえて日ひが自分じぶんの居ゐる蒲團ふとんに近ちかくまで偃はつた。お品しなは此これまでは明あかるい外そとを見みようと思おもふには餘あまりに心こゝろが鬱うつして居ゐた。お品しなは庭先にはさきの栗くりの木きから垂たれた大根だいこが褐色かつしよくに干ひて居ゐるのを見みた。おつぎも勘次かんじの横よこへ筵むしろを敷しいて又また大根だいこを切きつて居ゐる。其その庖丁はうちやうのとんんと鳴なる間あひだに忙せはしく八人坊主はちにんばうずを動うごかしてはさらさらと藁わらを扱しごく音おとが微かすかに交まじつて聞きこえる。お品しなは二人ふたりの姿すがたを前まへにして酷ひどく心強こゝろづよく感かんじた。其その日ひは栗くりの木きに懸かけた大根だいこの動うごかぬ程ほど穩おだやかな日ひであつた。お品しなは此この分ぶんで行ゆけば一枚紙いちまいがみを剥はがすやうに快こゝろよくなることゝ確信かくしんした。勘次かんじは藁俵わらだはらを編あみ了をへて、さうして端はしを縛しばつた小ちひさな藁わらの束たばを丸まるく開ひらいて、それを足あしの底そこに踏ふんで踵かゝとを中心ちうしんに手てと足あしとを筆規ぶんまはしのやうにしてぐるると廻まはりながら丸まるい俵たはらぼつちを作つくつた。勘次かんじはお品しながどうにか始末しまつをして置おいた麥藁俵むぎわらだはらを明あけて仕上しあげた計ばかりの藁俵わらだはらへ米こめを量はかり込こんだ。米こめには赤あかい粒つぶもあつたが籾あらが少すこし交まじつて居ゐてそれが目めに立たつた。「籾あらが少すこしたかゝつたな」勘次かんじはふとさういつた。
「さうだつけかな、それでも俺おら唐箕たうみは強つよく立たてた積つもりなんだがなよ、今年ことしは赤あかも夥多しつかりだが磨臼するすの切きれ方かたもどういふもんだか惡わりいんだよ」とお品しなは少すこし身みを動うごかして分疏いひわけするやうにいつた。
「尤もつとも此この位くれえぢや旦那だんなも大目おほめに見みてくれべえから心配しんぺえはあんめえがなよ」勘次かんじは直すぐにお品しなの病氣びやうきに心付こゝろづいて恁かういつた。壁際かべぎはには藁わらの器用きような俵たはらが規則正きそくたゞしく積つみ換かへられた。お品しなはそれを一心しんに見みた。それもお品しなを快こゝろよくする一ひとつであつた。勘次かんじは俵たはらの側そばな手桶てをけの蓋ふたをとつて
「此こりや蒟蒻こんにやくだな」といつた。
「俺おらそれ仕入しいれたつきり起おきられねえんだよ」お品しなは枕まくらを手てで動うごかしていつた。勘次かんじは又また葢ふたをした。
 靜しづかな空そらをぢりりと移うつつて行ゆく日ひが傾かたぶいたかと思おもふと一散さんに落おちはじめた。冬ふゆの日ひはもう短みじかい頂點ちやうてんに達たつして居ゐるのである。勘次かんじはまだ日ひが有あるからといつて鍬くはを擔かついで麥畑むぎばたけへ出でた。然しかし幾いくらも耕たがやさぬうちに日ひは落おちて俄にはかに冷つめたく成なつた世間せけんは暗澹あんたんとして來きた。お品しなは勘次かんじを出だして酷ひどく遣瀬やるせないやうな心持こゝろもちになつて、雨戸あまどを引ひかせて闇くらい方はうへ向むいて目めを閉とぢた。 冬至とうじはもう間あひだが二日しか無なくなつた。朝あさの内うちに勘次かんじは蒟蒻こんにやくの葢ふたをとつて見みて
「どうしたもんだかな、俺おれでも擔かついて歩あるつてんべかな、恁かうして置おいたんぢや仕しやうねえかんな」お品しなへ相談さうだんして見みた。
「さうよな、それよりか俺おらどつちかつちつたら大根だいこでも漬つけて貰もれへてえな、毎日まいんち栗くりの木き見みて居ゐて干過ほしすぎやしめえかと思おもつて心配しんぺえしてんだからよ」お品しなは訴うつたへるやうにいつてさうして更さらに
「自分じぶんで丈夫ぢやうぶでせえありや疾とつくにやつちまつたんだが」と小聲こごゑでいつた。お品しなはどうも勘次かんじを出だすのが厭いやであつた。然しかし何なんだかさう明白地あからさまにもいはれないので恁かういつたのであつた。
「勘次かんじさん鹽しほ見みてくんねえか、俺おら大丈夫だえぢよぶ有あると思おもつてたつけがなよ、それからこつちの桶をけの糠ぬかがえゝんだよ、そつちのがにや房州砂ばうしうずな交まじつてんだから」お品しなはいつた。
「おうい」勘次かんじはいつて、
「房州砂ばうしうずなでも何なんでも構かまあめえ、どうで糠ぬか喰くふんぢやあんめえし、それにこつちなちつと凝結こごつてら」
「勘次かんじさんそんでも入せえんなよ、毒どくだつちんだから、俺おれ折角せつかく別べつにしてたんだから」お品しなは少すこし身みを起おこし掛かけていつた。
「さうかそんぢやさうすべよ」それから鹽しほを改あらためて見みて
「どうして此これだけ使つかへ切きれるもんけえ」と勘次かんじはいつた。お品しなは勘次かんじが梯子はしごを掛かけて一ひとつつに大根だいこを外はずすのも小糠こぬかを筵むしろへ量はかるのも白しろい鹽しほを小糠こぬかへ交まぜるのも滿足氣まんぞくげに見みて居ゐた。
 お品しなは勘次かんじを外ほかへ遣やるのが厭いやなのでさうはいはずに時々とききおつぎに足あしをさすらせた。さうすると勘次かんじは「どうした幾いくらか惡わるいのか」と自分じぶんも一心しんに蒲團ふとんの裾すそへ手てを掛かける。勘次かんじは庭にはから外そとへは出でられなかつた。
 それでも冬至とうじが明日あすと迫せまつた日ひに勘次かんじは蒟蒻こんにやくを持もつて出でた。お品しなもそれは止とめなかつた。もう幾人いくにんか歩あるいた後あとなので、思おもふやうには捌はけなかつたがそれでも勘次かんじはお品しなにひかされて、まだ殘のこつて居ゐる蒟蒻こんにやくを擔かついで歸かへつて來きて畢しまつた。
「蒟蒻こんにやくはお品しながもんだから、錢ぜにはみんなおめえげ遣やつて置おくべ」勘次かんじは銅貨どうくわをぢやららとお品しなの枕元まくらもとへ明あけた。お品しなは銅貨どうくわを一つつ勘定かんぢやうした。さうして資本もとでを引ひいても幾いくらかの剩餘あまりがあつたので
「勘次かんじさん思おもひの外ほかだつけな、まあだあと餘程よつぽどあんべえか」といつた。
「幾いくらでもねえな、はあ此丈これだけぢや又また出でる程ほどのこつてもあんめえよ」勘次かんじはいつた。お品しなは自分じぶんの手てで錢ぜにを蒲團ふとんの下したへ入いれた。其その日ひお品しなは勘次かんじを出だして情なさけないやうな心持こゝろもちがして居ゐたのであるが、思おもつたよりは商あきなひをして來きて呉くれたので一日にちの不足ふそくが全まつたく恢復くわいふくされた。さうして
「菜なは畑はたけへ置おきつ放ぱなしだつけべな」勘次かんじがいつた時ときお品しなも驚おどろいたやうに
「ほんにさうだつけなまあ、後おくれつちやつたつけなあ、俺おら忘わすれてたつけが大丈夫だえぢよぶだんべかなあ」といつた。
「そんぢや俺おら今いまつからでも曳ひける丈だけ曳ひくべ」勘次かんじはおつぎを連つれて出でた。冬至とうじになるまで畑はたけの菜なを打棄うつちやつて置おくものは村むらには一人ひとりもないのであつた。勘次かんじは荷車にぐるまを借かりて黄昏ひくれまでに二車くるま挽ひいた。青菜あをなの下葉したばはもうよくく黄色きいろに枯かれて居ゐた。お品しなは二人ふたりを出だし薄暗うすぐらくなつた家いへにぼつさりして居ゐても畑はたけの收穫しうくわくを思案しあんして寂さびしい不足ふそくを感かんじはしなかつた。 夏季かきの忙いそがしいさうして野菜やさいの缺乏けつばふした時ときには彼等かれらの唯一ゆゐいつの副食物ふくしよくぶつが鹽しほを噛かむやうな漬物つけものに限かぎられて居ゐるので、大根だいこでも青菜あをなでも比較的ひかくてき餘計よけいな蓄たくはへをすることが彼等かれらには重大ぢゆうだいな條件でうけんの一ひとつに成なつてるのである。
 冬至とうじの日ひも靜しづかであつた。此この頃ごろになつてから此處ここばかりは忘わすれたかと思おもふやうに西風にしかぜが止やんで居ゐる。晝ひるの一ひとしきりは冷つめたい空氣くうきを透とほして日ひが暖あたゝかに射さし掛かけた。お品しなは朝あさから心持こゝろもちが晴々はれれして日ひが昇のぼるに連つれて蒲團ふとんへ起おき直なほつて見みたが、身體からだが力ちからの無ないながらに妙めうに輕かるく成なつたことを感かんじた。自分じぶんの蒲團ふとんの側そばまで射さし込こむ日ひに誘さそひ出だされたやうに、雨戸あまどの閾際しきゐぎはまで出でて與吉よきちを抱だいては倒たふして見みたり、擽くすぐつて見みたりして騷さわがした。
 勘次かんじはおつぎを相手あひてに井戸端ゐどばたで青菜あをなの始末しまつをして居ゐる。根ねを切きつて桶をけで洗あらつた青菜あをなは、地ちべたへ横よこたへた梯子はしごの上うへに一枚まい外はづして行いつて載のせた其その戸板といたへ積つまれた。菜なが洗あらひ畢をはつた時とき枯葉かれはの多おほいやうなのは皆みな釜かまで茹ゆでゝ後うしろの林はやしの楢ならの幹みきへ繩なはを渡わたして干菜ほしなに掛かけた。自分等じぶんらの晝餐ひるの菜さいにも一釜ひとかま茹ゆでた。お品しなは僅わづかな日數ひかずを横よこに成なつて居ゐたばかりに目めが衰おとろへたものか日ひの稍やゝ眩まぶしいのを感かんじつゝ其その日ひの光ひかりを全身ぜんしんに浴あびながら二人ふたりのするのを見みて居ゐた。さうして茹菜ゆでなの一皿ひとさらが幾いくらか渇かつを覺おぼえた所爲せゐか非常ひじやうに佳味うまく感かんじた。 青菜あをなの水みずが切きれたので勘次かんじは桶をけへ鹽しほを振ふつては青菜あをなを足あしでぎりりと蹂ふみつけて又また鹽しほを振ふつては蹂ふみつける。お品しなは鹽しほの加減かげんやら何なにやら先刻さつきから頻しきりに口くちを出だして居ゐる。勘次かんじはお品しなのいふ通とほりに運はこんで居ゐる。
 お品しなは起おきて居ゐても別べつに疲つかれもしないのでそつと草履ざうりを穿はいて後うしろの戸口とぐちから出でて楢ならの木きへ引ひつ張ぱつた干菜ほしなを見みた。それから林はやしを斜なゝめに田たの端はたへおりて又また牛胡頽子うしぐみの側そばに立たつて其處そこをそつと踏ふみ固かためた。それから暫しばらく周圍あたりを見みて立たつて居ゐた。お品しなは庭先にはさきから喚よぶ勘次かんじの大おほきな聲こゑを聞きいた。竹たけや木きの幹みきに手てを掛かけながら斜なゝめに林はやしをのぼつて後うしろの戸口とぐちから家うちへもどつた時とき更さらに叫さけんだ勘次かんじの聲こゑを聞きくと共ともに、天秤てんびんを擔かついだ儘まゝぼんやり立たつて居ゐる商人あきんどの姿すがたを庭葢にはぶたの上うへに見みた。
「お品しな卵たまご欲ほしいと」勘次かんじは次つぎの桶をけの青菜あをなに鹽しほを振ふり掛かけながらいつた。
「幾いくらか有あつたつけな」お品しなは戸棚とだなの抽斗ひきだしから白しろい皮かはの卵たまごを廿ばかり出だした。「おつう、四五日見みねえで居ゐたつけが塒とやにも幾いくらか有あつたつけべ、あがつて見みねえか」おつぎに吩附いひつけた。おつぎは米俵こめだはらへ登のぼつて其その上うへに低ひくく釣つつた竹籃たけかごの塒とやを覗のぞいた時とき、牝雞めんどりが一羽はけたゝましく飛とび出だして後うしろの楢ならの木きの中なかへ鳴なき込こんだ。他たの鷄にはとりも一しきり共ともに喧やかましく鳴ないた。おつぎは手てを延のばしては卵たまごを一つつに取とつて袂たもとへ入いれた。おつぎは袂たもとをぶららさせて危相あぶなさうに米俵こめだはらを降おりた。其處そこにも卵たまごは六つばかりあつた。商人あきんどは卸おろした四角かくなぼて笊ざるから眞鍮しんちうの皿さらと鍵かぎが吊つるされた秤はかりを出だした。
「掛かけは幾いくらだね」お品しなは聞きいた。
「十一半はんさ、近頃ちかごろどうも安やすくつてな」商人あきんどはいひながら淺あさい目笊めざるへ卵たまごを入いれて萠黄もえぎの紐ひものたどりを持もつて秤はかりの棹さをを目め八分ぶにして、さうして分銅ふんどうの絲いとをぎつと抑おさへた儘まゝ銀色ぎんいろの目めを數かぞへた。玩具おもちやのやうな小ちひさな十露盤そろばんを出だして商人あきんどは
「皆掛みながけが四百廿三匁もんめ二分ぶだからなそれ」秤はかりの目めをお品しなに見みせて十露盤そろばんの玉たまを彈はじいた。
「風袋ふうたいを引ひくと四百八匁もんめ二分ぶか、どうした幾いくつだ廿六かな、さうすると一ひとつが」商人あきんどのいひ畢をはらぬうちにお品しなは
「幾いくらなんでえ、此この風袋ふうたいは」と聞きいた。「十五匁もんめだな」
「大概てえげえ十匁もんめぢやねえけえ」
「そんだら見みさつせえそれ、十五匁もんめだんべ、俺おらがな他人たにんのがよりや大えけえんだかんな」商人あきんどは目笊めざるの目めを掛かけて見みせて
「はて、一つ十五匁もんめ七分ぶづゝだ、粒つぶは小ちひせえ方はうだな」商人あきんどはゆつくり十露盤そろばんの玉たまを彈はじいて
「四十六錢せん八厘りん六毛まう三朱しゆと成なるんだが、此こりや八厘りんとして貰もらつてな」と商人あきんどは財布さいふから自分じぶんの手てへ錢ぜにを明あけた。
「お品しなおめえ自分じぶんでも喰くつたらよかねえけ、幾いくつでも取とつて置おけな」勘次かんじは鹽しほだらけにした手てを止とめて遠とほくから呶鳴どなつた。
「此この錢ぜにで外ほかの物もの買かつて喰くつた方はうがえゝから此これ丈だけは遣やるとすべえよ、折角せつかく勘定かんぢやうもしたもんだからよ、俺おら大層たえそよくなつたんだから大丈夫だえぢよぶだよ」お品しなはいつた。
「そんなこといはねえで幾いくつでも取とつて置おけよ、癒なほり際ぎはが氣きを附つけねえぢやえかねえもんだから」勘次かんじは漬菜つけなの手てを放はなして檐下のきしたへ來きた。手ても足あしも茹ゆでたやうに赤あかくなつて居ゐる。
「それぢやちつとも殘のこしたものかな」お品しなは小ちひさなのを二つ取とつた。
「そんなんぢやねえのとれな」勘次かんじは大おほきなのを選えらんで三つとつた。卵たまごの皮かはには手ての鹽しほが少すこし附ついた。
「そんぢやそれ掛かけてんべ」商人あきんどは今度こんどは眞鍮しんちうの皿さらへ卵たまごを乘のせて
「こつちなんぞぢや、後あと幾いくらでも出來できらあな」といひながらたどりを持もつた。卵たまごが少すこし動うごくと秤はかりの棹さをがぐららと落付おちつかない。「誤魔化ごまくわしちや厭やだぞ」お品しなは寂さびしく笑わらひながらいつた。
「どうしておめえ、此この秤はかりなんざあ檢査けんさしたばかりだもの一分ぶでも此この通とほり跳はねたり垂たれたりして、どうして飛とんだ噺はなしだ」商人あきんどは分銅ふんどうの手てを抑おさへて又また目めを讀よんだ。
「五十匁もんめ一分ぶだな、さうすつと一ひとつ十六匁もんめ七分ぶづゝだ、大えけえからな」
「鹽しほがくつゝいてつから鹽しほの目方めかたもあんぞ」勘次かんじは側そばからいつて笑わらつた。商人あきんどは平然へいぜんとして居ゐる。
「五錢せん五厘りん六毛まう幾いくらつていふんだ、さうすつと先刻さつきのは幾いくらの勘定かんぢやうだつけな」
「四十六錢せん八厘りん幾いくらとか言いつたつけな」お品しなは直すぐにいつた。
「それぢや差引さしひき四十一錢せん三厘りん小端こばしか、こつちのおつかさま自分じぶんでも商あきねえしてつから記憶おべえがえゝやな」商人あきんどは十露盤そろばんを持もつて
「どうしたえ、鹽梅あんべえでも惡わりいやうだが風邪かぜでも引ひいたんぢやあんめえ」といつた。
「うむ、少すこし惡わるくつて仕しやうねえのよ」お品しなはいつて
「小端こばしは幾いくらになんでえ」と更さらに聞きいた。
「勘定かんぢやうにや成なんねえなどうも、近頃ちかごろは仕しやうねえよ文久錢ぶんきうせんだの青錢あをせんだのつちうのが薩張さつぱり出でなくなつちやつてな、それから何處どこへ行いつても恁かうして置おくんだ」商人あきんどがぼて笊ざるから燐寸マツチを出ださうとすると
「又また燐寸マツチぢやあんめえ」お品しなは微笑びせうした。
「こまけえ勘定かんぢやうにや近頃ちかごろ燐寸マツチと極きめて置おくんだが、何處どこの商人あきんどもさうのやうだな」商人あきんどは卵たまごを笊ざるへ入いれながらいひ續つゞけた。「酷ひどく安やすくなつちやつたな、寒さむく成なつちや保存もちがえゝのに却けえつて安やすいつちうんだから丸まるで反對あべこべになつちやつたんだな」勘次かんじは青菜あをなを桶をけへ並ならべつゝいつた。
「上海シヤンハイがへえつちやぐつと値ねが下さがつちやつてな、あつちぢやどれ程ほど安やすいもんだかよ、品しなが少すくねえ時ときに安やすくなるつちうんだから商人あきんども儲まうからねえ」天秤てんびんを擔かついで彼かれは又また更さらに
「相場さうばが下さげ氣味ぎみの時ときにやうつかりすつと損物そんものだかんな、なんでも百姓ひやくしやうして穀こく積つんで置おく者ものが一等とうだよ、卵拾たまごひろひもなあ、赤痢せきりでも流行はやつて來きてな、看護婦かんごふだの巡査じゆんさだの役場員やくばゐんだのつちう奴等やつら病人びやうにんの口くちでもひねつてみつしり喰くつてゞも呉くんなくつちや商人あきんどは駄目だめだよ」商人あきんどは行ゆき掛かけて
「また溜ためて置おいておくんなせえ」今度こんどは少すこし叮寧ていねいにいひ捨すてゝ去さつた。
 お品しなは錢ぜにを蒲團ふとんの下したの巾着きんちやくへ入いれた。さうして籰棚わくだなからまるめ箱を卸おろして三つの白しろい卵たまごを入いれた。以前いぜんは此この土地とちでも綿わたが採とれたので、夜よなべには女をんなが皆みな竹籰たかわくで絲いとを引ひいた。綿打弓わたうちゆみでびんびんとほかした綿わたは箸はしのやうな棒ぼうを心しんにして蝋燭らふそく位ぐらゐの大おほきさにくるると丸まるめる。それがまるめである。此このまるめから不器用ぶきような百姓ひやくしやうの手てが自在じざいに絲いとを引ひいた。此この頃ごろでは綿わたがすつかり採とれなくなつたので、まるめ箱ばこも煤すゝけた儘まゝ稀まれに保存ほぞんされて居ゐるのも絲屑いとくづや布ぬのの切端きれはしが入いれてある位くらゐに過すぎないのである。お品しなはそれから膨ふくれた巾着きんちやくの爲ために跳はねあげられた蒲團ふとんの端はしを手てで抑おさへた。それから又また横よこになつた。先刻さつきから疲勞ひらうしたやうな心持こゝろもちに成なつて居ゐたが横よこになると身體からだが溶とけるやうにぐつたりして微かすかに快こゝろよかつた。 其その晩ばん一年中ねんぢうの臟腑ざうふの砂拂すなはらひだといふ冬至とうじの蒟蒻こんにやくを皆みんなで喰たべた。お品しなは喰その日ひは明日あすからでも起おきられるやうに思おもつて居ゐた。さうして勘次かんじは仕事しごとの埓らちが明あいたので又また利根川とねがはへ行ゆかれることゝ心こゝろに期きして居ゐた。

四

 お品しなの容態ようだいは其その夜よから激變げきへんした。勘次かんじが漸やうやく眠ねむりに落おちた時ときお品しなは
「口くちが開あけなく成なつて仕しやうねえよう」と情なさけない聲こゑでいつた。お品しなは顎あごが釘附くきづけにされたやうに成なつて、唾つばを飮のむにも喉のどが狹せばめられたやうに感かんじた。それで自分じぶんにもどうすることも出來できないのに驚おどろいた。勘次かんじも吃驚びつくりして起おきた。
「どうしたんだよ大層たえそ惡わりいのか、朝あさまでしつかりしてろよ」と力ちからをつけて見みたが、自分じぶんでもどうしていゝのか解わからないので只たゞはららしながら夜よを明あかした。勘次かんじは只たゞお品しなが心配しんぱいになるので、近所きんじよの者ものを頼たのんで取とり敢あへず醫者いしやへ走はしらせた。さうして自分じぶんは枕元まくらもとへくつゝいて居ゐた。彼等かれらは容易よういなことで醫者いしやを聘よぶのではなかつた。然しかし其その最もつとも恐おそれを懷いだくべき金錢きんせんの問題もんだいが其その心こゝろを抑制よくせいするには勘次かんじは餘あまりに慌あわてゝ且かつ驚おどろいて居ゐた。醫者いしやは鬼怒川きぬがはを越こえて東ひがしに居ゐる。 勘次かんじは草臥くたぶれやしないかといつてはお品しなの足あしをさすつた。それでもお品しなの大儀相たいぎさうな容子ようすが彼かれの臆おくした心こゝろにびりりと響ひゞいて、迚とても午後ごゞまでは凝然ぢつとして居ゐることが出來できなくなつた。近所きんじよの女房にようばうが見みに來きて呉くれたのを幸さいはひに自分じぶんも後あとから走はしつて行いつた。鬼怒川きぬがはの渡わたしの船ふねで先刻さつきの使つかひと行違ゆきちがひに成なつた。船ふねから詞ことばが交換かうくわんされた。勘次かんじは醫者いしやと一緒しよに歸かへるからさういつてお品しなに安心あんしんさせて呉くれといつて醫者いしやの門もんを叩たゝいた。醫者いしやは丁度ちやうどそつちへ行ゆく序ついでも有あつたからと悠長いうちやうである。屹度きつと行いつては呉くれるにしても其その後あとに跟ついて行ゆくのでなくては勘次かんじには不安ふあんで堪たまらないのである、さうして彼かれはぽつさりと玄關げんくわんに踞うづくまつて待まつて居ゐることがせめてもの氣安きやすめであつた。醫者いしやは小ちひさな手鞄てかばんを一つ持もつて古ふるい帽子ばうしをちよつぽり載いたゞいて出でた。手鞄てかばんは勘次かんじが大事相だいじさうに持もつた。醫者いしやは特別とくべつの出來事できごとがなければ俥くるまには乘のらないので、いつも朴齒ほうばの日和下駄ひよりげたで短みじかい體躯からだをぽくくと運はこんで行ゆく。それで車錢くるませんだけでも幾いくら助たすかるか知しれないといふので貧乏びんばふな百姓ひやくしやうから能よく聘よばれて居ゐるのであつた。勘次かんじは途次みちちお品しなの容態ようだいを語かたつて醫者いしやの判斷はんだんを促うながして見みた。醫者いしやは一應おう見みなければ分わからぬといつて五月蠅うるさい勘次かんじに返辭へんじしなかつた。お品しなの病體びやうたいに手てを掛かけると醫者いしやは有繋さすがに首くびを傾かたぶけた。それが破傷風はしやうふうの徴候てうこうであることを知しつて恐怖心きようふしんを懷いだいた。さうして自分じぶんは注射器ちうしやきを持もたないからといつて辭退じたいして畢しまつた。勘次かんじは又また慌あわてゝ他たの醫者いしやへ駈かけつけた。其その醫者いしやは鉛筆えんぴつで手帖ててふの端はしへ一寸ちよつと書かきつけて、それでは直すぐに此これを藥舖くすりやで買かつて來くるのだといつた。それから自分じぶんの家うちへ此これを出だせば渡わたして呉くれるものがあるからと此これも手帖ててふの端はしを裂さいた。勘次かんじは又また川かはを越こえて走はしつた。藥舖くすりやでは罎びんへ入いれた藥くすりを二包ふたつゝみ渡わたして呉くれた。一罎ひとびんが七十五錢せんづゝだといはれて、勘次かんじは懷ふところが急きふにげつそりと減へつた心持こゝろもちがした。彼かれは蜻蛉返とんぼがへりに歸かへつて來きた。醫者いしやの家うちからは注射器ちうしやきを渡わたしてくれた。他ほかの病家びやうかを診みて醫者いしやは夕刻ゆふこくに來きた。醫者いしやはお品しなの大腿部だいたいぶを濕しめしたガーゼで拭ぬぐつてぎつと肉にくを抓つまみ上あげて針はりをぷつりと刺さした。暫しばらくして針はりを拔ぬいて指ゆびの先さきで針はりの趾あとを抑おさへて其處そこへ絆創膏ばんさうかうを貼はつた。それが凡すべて薄闇うすくらい手てランプの光ひかりで行おこなはれた。勘次かんじに手てランプを近ちかづけさせて醫者いしやはやつと注射ちうしやを畢をはつた。 翌日よくじつの午前ごぜんに來きて醫者いしやは復また注射ちうしやをして大抵たいてい此これでよからうといつて去さつた。然しかしお品しなの容態ようだいは依然いぜんとして恢復くわいふくの徴候ちようこうがないのみでなく次第しだいに大儀相たいぎさうに見みえはじめた。お品しなは其その夕刻ゆふこくから俄にはかに痙攣けいれんが起おこつた。身體からだがびりりと撼ゆるぎながら手ても足あしも引ひき緊しめられるやうに後うしろへ反そつた。痙攣けいれんは時々ときどき發作ほつさした。其その度たび毎ごとに病人びやうにんは見みて居ゐられない程ほど苦惱くなうする。顏かほが妙めうに蹙しがんで口くちが無理むりに横よこへ引ひき吊つられるやうに見みえる。勘次かんじはたつた一人ひとりのおつぎを相手あひてに手ての出だしやうもなかつた。さうしてしらら明あけといふと直すぐに又また醫者いしやへ駈かけつけた。醫者いしやは復また藥舖くすりやへ行いつて來こいといつた。勘次かんじは又また飛とんで行いつた。然しかし其その二號がうの血清けつせいは何處どこにも品切しなぎれであつた。それは或ある期間きかんを經過けいくわすれば効力かうりよくが無なくなるので餘計よけいな仕入しいれもしないのだと藥舖くすりやではいつた。それに値段ねだんが不廉たかいものだからといふのであつた。勘次かんじはそれでも幾いくら位ぐらゐするものかと思おもつて聞きいたら一罎ひとびんが三圓ゑんだといつた。勘次かんじは例令たとひ品物しなものが有あつた處ところで、自分じぶんの現在いまの力ちからでは到底たうていそれは求もとめられなかつたかも知しれぬと今更いまさらのやうに喫驚びつくりして懷ふところへ手てを入いれて見みた。 醫者いしやは更さらに勘次かんじを藥舖くすりやへ走はしらせた。勘次かんじは只たゞ醫者いしやのいふが儘まゝに息いきせき切きつて駈かけて歩あるく間あひだが、屹度きつとどうにか防ふせぎをつけてくれるだらうとの恃たのみもあるので僅わづかに自分じぶんの心こゝろを慰なぐさめ得うる唯ゆゐ一の機會きくわいであつた。醫者いしやは一號がうの倍量ばいりやうを注射ちうしやした。然しかしそれは徒勞とらうであつた。病人びやうにんの發作ほつさは間あひだが短みじかくなつた。病人びやうにんは其その度たびに呼吸こきふに壓迫あつぱくを感かんじた。近所きんじよの者ものも三四人にんで苦惱くなうする枕元まくらもとに居ゐて皆みな憂愁いうしうに包つゝまれた。お品しなは突然とつぜん
「野田のだへは知しらせてくれめえか」と聞きいた。勘次かんじも近所きんじよの者ものも卯平うへいへ知しらせることも忘わすれて只たゞ苦惱くなうする病人びやうにんを前まへに控ひかへて困こまつて居ゐるのみであつた。
「明日あしたは屹度きつと來くるやうにいつて遣やつたよ」勘次かんじはお品しなの耳みゝへ口くちを當あてていつた。今更いまさらのやうに近所きんじよの者ものが頼たのまれて夜通よどほしにも行ゆくといふことに成なつた。
 次つぎの日ひの午餐過ひるすぎに卯平うへいは使つかひと共ともにのつそりと其その長大ちやうだいな躯幹からだを表おもての戸口とぐちに運はこばせた。彼かれは閾しきゐを跨またぐと共ともに、其その時ときはもう只たゞ痛いたいいというて泣訴きふそして居ゐる病人びやうにんの聲こゑを聞きいた。「何處どこが痛いたいんだ、少すこしさすらせて見みつか」勘次かんじが聞きいても
「背中せなかが仕しやうがねえんだよ」と病人びやうにんはいふのみである。
「お品しなさん、おとつゝあ來きたよ、確乎しつかりしろよ」と近所きんじよの女房にようばうがいつた。それを聞きいてお品しなは暫時しばし靜しづかに成なつた。
「品しなどうしたえ、大儀こはえのか」寡言むくちな卯平うへいは此これだけいつた。
「おとつゝあ待まつてたよ、俺おら仕しやうねえよ」お品しなは情なさけなさ相さうにいつた。
「うむ、困こまつたなあ」卯平うへいは深ふかい皺しわを蹙しがめていつた。さうして後あとは一言ごんもいはない。お品しなの病状びやうじやうは段々だんん險惡けんあくに陷おちいつた。醫者いしやはモルヒネの注射ちうしやをして僅わづかに睡眠すゐみんの状態じやうたいを保たもたせて其その苦痛くつうから遁のがれさせようとした。それでも暫しばらくすると病人びやうにんは復また意識いしきを恢復くわいふくして、びりりと身體からだを撼ふるはせて、太ふとい繩なはでぐつと吊つるされたかと思おもふやうに後うしろへ反そりかへつて、其その劇烈げきれつな痙攣けいれんに苦くるしめられた。
「先生せんせいさん、わたしや此これでもどうしたものでがせうね」お品しなは突然とつぜんに聞きいた。醫者いしやは只たゞ口髭くちひげを捻ひねつて默だまつて居ゐた。
「どうでせうね先生せんせいさん」勘次かんじも聞きいた。
「まあ大丈夫だいぢやうぶだらうつて病人びやうにんへだけはいつて居ゐたらいゝでせう」醫者いしやは耳語さゝやいた。
「お品しな、大丈夫だいぢやうぶだとよ、夫それから我慢がまんして確乎しつかりしてろとよ」勘次かんじは病人びやうにんの耳みゝで呶鳴どなつた。
「そんでも俺おら明日あすの日ひまではとつても持もたねえと思おもふよ。本當ほんたうに俺おら大儀こはいゝなあ」お品しなは切せつな相さうにいつた。齒はの間あひだを漸やうやくに洩もれる聲こゑは悲かなしい響ひゞきを傳つたへて然しかも意識いしきは明瞭めいれうであることを示しめした。醫者いしやは遂つひに極量きよくりやうのモルヒネを注射ちうしやして去さつた。 夜よになつて痙攣けいれんは間斷かんだんなく發作ほつさした。熱度ねつどは非常ひじやうに昂進かうしんした。液體えきたいの一滴てきをも攝取せつしゆすることが出來できないにも拘かゝはらず、亂みだれた髮かみの毛け毎ごとに傳つたひて落おちるかと思おもふやうに汗あせが玉たまをなして垂たれた。蒲團ふとんを濕ぬらす汗あせの臭くさみが鼻はなを衝ついた。
「勘次かんじさん此處ここに居ゐてくろうよ」お品しなは苦くるしい内うちにも只管ひたすら勘次かんじを慕したつた。
「おうよ、こゝに居ゐたよ、何處どこへも行ゆきやしねえよ」勘次かんじは其その度たびに耳みゝへ口くちを當あてていつた。
「勘次かんじさん」お品しなは又また喚よんた。
「怎的どうしたよ」勘次かんじのいつたのはお品しなに通つうじなかつたのか
「おとつゝあ、俺おらとつてもなあ」とお品しなは少時しばし間あひだを措おいて、さうして勘次かんじの手てを執とつた。
「おつう汝われはなあ、よきもなあ」といつて又また發作ほつさの苦惱くなうに陷おちいつた。
「勘次かんじさん、俺おら死しんだらなあ、棺桶くわんをけへ入いれてくろうよ……」勘次かんじは聞きかうとすると暫しばらく間あひだを隔へだてて
「後うしろの田たの畔くろになあ、牛胡頽子うしぐみのとこでなあ」お品しなは切きれれにいつた。勘次かんじは略ほゞ其その意いを了解れうかいした。
 お品しなはそれから劇烈げきれつな發作ほつさに遮さへぎられてもういはなかつた。突然とつぜん
「風呂敷ふろしき、、」
と理由わけの解わからぬ囈語うはごとをいつて、意識いしきは全まつたく不明ふめいに成なつた。遂つひには異常いじやうな力ちからが加くははつたかと思おもふやうにお品しなの足あしは蒲團ふとんを蹴けつて身體からだが激動げきどうした。枕元まくらもとに居ゐた人々ひととは各自てんでに苦くるしむお品しなの足あしを抑おさへた。恁かうして人々ひととは刻々こくくに死しの運命うんめいに逼せまられて行ゆくお品しなの病體びやうたいを壓迫あつぱくした。お品しなの發作ほつさが止やんだ時ときは微かすかな其その呼吸こきふも止とまつた。 夜よは森しんとして居ゐた。雨戸あまどが微かすかに動うごいて落葉おちばの庭にはを走はしるのもさららと聞きかれた。お品しなの身體からだは足あしの方はうから冷つめたくなつた。お品しなが死しんだといふことを意識いしきした時ときに勘次かんじもおつぎもみんな怺こらへた情じやうが一時じに激發げきはつした。さうして遠慮ゑんりよをする餘裕よゆうを有もたない彼等かれらは聲こゑを放はなつて泣ないた。枕元まくらもとのものは皆みな共ともに泣ないた。與吉よきちは獨ひとり死しんだお品しなの側そばに熟睡じゆくすゐして居ゐた。卯平うへいは取とり取あへずお品しなの手てを胸むねで合あはせてやつた。さうして機はたの道具だうぐの一ひとつである杼ひを蒲團ふとんへ乘のせた。猫ねこが死人しにんを越こえて渡わたると化ばけるといつて杼ひは猫ねこの防禦ばうぎよであつた。杼ひを乘のせて置おけば猫ねこは渡わたらないと信しんぜられて居ゐるのである。
 夜よは益ますす深ふけて冷ひえ切きつて居ゐた。家いへの内うちには一塊くわいの煨おきも貯たくはへてはなかつた。枕元まくらもとに居ゐた近所きんじよの人々ひととは勘次かんじとおつぎの泣なき止やむまでは身體からだを動うごかすことも出來できないで凝然ぢつと冷つめたい手てを懷ふところに暖あたゝめて居ゐた。おつぎは漸やうやく竈かまどへ落葉おちばを燻くべて茶ちやを沸わかした、みんな只たゞぽつさりとして茶ちやを啜すゝつた。
「勘次かんじもかせえて知しらせやがればえゝのに」卯平うへいがぶすりと呟つぶやく聲こゑは低ひくくしかもみんなの耳みゝの底そこに響ひゞいた。卯平うへいは其その日ひの未明みめいに使つかひの來くるまではお品しなの病氣びやうきはちつとも知しらずに居ゐた。驚おどろいて來きて見みればもうこんな始末しまつである。卯平うへいも泣ないた。彼かれは煙管きせるを噛かんでは只たゞ舌皷したつゞみを打うつて唾つばを嚥のんだ。勘次かんじは只たゞ泣ないて居ゐた。彼かれはお品しなの發病はつびやうからどれ程ほど苦心くしんして其その身みを勞らうしたか知しれぬ。お品しなの病氣びやうきを案あんずる外ほか彼かれの心こゝろには何なにもなかつた。其その當時たうじには卯平うへいに不平ふへいをいはれやうといふやうな懸念けねんは寸毫すこしも頭あたまに起おこらなかつたのである。 お品しなの死しは卯平うへいをも痛いたく落膽らくたんせしめた。卯平うへいは七十一の老爺おやぢであつた。一昨年をととしの秋あきから卯平うへいは野田のだの醤油藏しやうゆぐらへ火ひの番ばんに傭やとはれた。卯平うへいはお品しなが三つの時ときに、死しんだお袋ふくろの處ところへ入夫にふふになつたのである。五つの時ときから甘あまへたのでお品しなは卯平うへいに懷なづいて居ゐた。お袋ふくろの生いきて居ゐるうちは卯平うへいもまだ壯さかりであつたが、お袋ふくろが亡なくなつて卯平うへいの皺しわが深ふかく刻きざまれてからは以前いぜんから善よくなかつた勘次かんじとの間あひだが段々だんん隔へだつて、お品しなもそれには困こまつた。到頭たうとう村むらの紹介業せうかいげふをして居ゐる者ものの勸すゝめに任まかせて卯平うへいがいふ儘まゝに奉公ほうこうに出だしたのであつた。
 病人びやうにんの枕元まくらもとに居ゐた近所きんじよの者ものは一杯ぱいの茶ちやを啜すゝつて村むらの姻戚みよりへ知しらせに出でるものもあつた。それから葬式さうしきのことに就ついて相談さうだんをした。葬式さうしきはほんの姻戚みよりと近所きんじよとだけで明日あすの内うちに濟すますといふことに極きめた。夜よがあけると近所きんじよの人々ひとびとは寺てらへ行いつたり無常道具むじやうだうぐを買かひに行いつたり、他村たそんの姻戚みよりへの知しらせに行いつたりして家いへには近所きんじよの女房にようばうが二三人にん義理ぎりをいひに來きて居ゐた。姻戚みよりといつてもお品しなの爲ためには待またなくては成ならぬといふものはないので勘次かんじはおつぎと共ともに筵むしろを捲まくつて、其處そこへ盥たらひを据すゑてお品しなの死體したいを淨きよめて遣やつた。劇烈げきれつな病苦びやうくの爲ために其その力ちからない死體したいはげつそりと酷ひどい窶やつれやうをして居ゐた。卯平うへいは只たゞぽつさりとしてそれを見みて居ゐた。死體したいは復また其その穢きたない夜具やぐへ横よこたへられた。盥たらひの汚けがれた微温湯ぬるまゆは簀すの子この上うへから土つちに注そゝがれた。さうして其その沾ぬれた簀すの子こには捲まくつた筵むしろが又また敷しかれた。朝あさから雨戸あまどは開あけ放はなたれて歩あるけばぎししと鳴なる簀すの子この上うへの筵むしろは草箒くさばうきで掃はかれた。さうして東隣ひがしどなりから借かりて來きた蓙ござが五六枚まい敷しかれた。それから土地とちの習慣しふくわんで勘次かんじは淨きよめてやつたお品しなの死體したいは一切さいを近所きんじよの手てに任まかせた。 近所きんじよの女房等にようばうらは一反たんの晒木綿さらしもめんを半分はんぶん切きつてそれで形かたばかりの短みじかい經帷子きやうかたびらと死相しさうを隱かくす頭巾づきんとふんごみとを縫ぬつてそれを着きせた。ふんごみは只たゞ三角かくにして足袋たびの代かはりに爪先つまさきへ穿はかせるのであつた。脚絆きやはんは切きれの儘まゝ麻あさで足あしへ括くゝり附つけた。此これも其その木綿もめんで縫ぬつた頭陀袋づだぶくろを首くびから懸かけさせて三途づの川かはの渡錢わたしせんだといふ六文もんの錢ぜにを入いれてやつた。髮かみは麻あさで結むすんで白櫛しろぐしを揷さして遣やつた。お品しなの硬着かうちやくした身體からだは曲まげて立膝たてひざにして棺桶くわんをけへ入いれられた。首くびが葢ふたに觸さはるので骨ほねの挫くぢけるまで抑おさへつけられてすくみが掛かけられた。すくみといふのは蹙ちゞめた儘まゝの形かたちが保たもたれるやうに死體したいの下したから荒繩あらなはを廻まはして置おいて首筋くびすぢの處ところでぎつしりと括くゝることである。麁末そまつな松板まついたで拵こしらへた出來合できあひの棺桶くわんをけはみりりと鳴なつた。恁かういふ無残むざんな扱あつかひはどうしても他人たにんの手てに任まかせられねばならなかつた。板いたの儘まゝばららに成なつて居ゐる棺臺くわんだいは買かつて來きてから近所きんじよの手てで釘付くぎづけにされた。其處そこには淺あさい箱はこの倒さかさにしたものが出來できた。其その棺臺くわんだいの上うへには死體したいを入いれた棺桶くわんをけが載のせられた。 勘次かんじは其その朝あさ未明みめいにそつと家いへの後うしろの楢ならの木きの間あひだを田たの端はしへおりて境木さかひぎの牛胡頽子うしぐみの傍そばを注意ちういして見みた。唐鍬たうぐはか何なにかで動うごかした土つちの跡あとが目めに附ついた。勘次かんじは手てにして行いつた草刈鎌くさかりがまでそくくと土つちをつゝくやうにして掘ほつた。さうして其その軟やはらかに成なつた土つちを手てで浚さらつた。襤褸ぼろの包つゝみが出でた。彼かれは其處そこに小ちひさな一塊肉くわいにくを發見はつけんしたのである。勘次かんじはそれを大事だいじに懷ふところへ入いれた。惡事あくじの發覺はつかくでも恐おそれるやうな容子ようすで彼かれは周圍あたりを見廻みまはした。彼かれは更さらに古ふるい油紙あぶらがみで包つゝんで片付かたづけて置おいて、お品しなの死體したいが棺桶くわんをけに入いれられた時とき彼かれはそつとお品しなの懷ふところに抱いだかせた。お品しなの痩やせ切きつた手てが勘次かんじのする儘まゝにそれを確乎しつかと抱だき締しめて、其その骨ほねばかりの頬ほゝが、ぴつたりと擦すりつけられた。葬式さうしきの日ひは赤口しやくこうといふ日ひであつた。
 勘次かんじは近所きんじよと姻戚みよりとの外ほかには一飯ぱんも出ださなかつたがそれでも村むらのものは皆みな二錢せんづゝ持もつて弔くやみに來きた。さうしてさつさと歸かへつて行いつた。遠とほく離はなれた寺てらからは住職ぢうしよくと小坊主こばうずとが、褪さめた萠黄もえぎの法被はつぴを着きた供とも一人ひとり連つれて挾箱はさみばこを擔かつがせて歩あるいて來きた。小坊主こばうずは直すぐに棺桶くわんをけの葢ふたをとつて白しろい木綿もめんを捲まくつて窶やつれた頬ほゝへ剃刀かみそりを一寸ちよつと當あてた。此この形式的けいしきてきの顏剃かほそりが濟すんでから葢ふたは釘くぎで打うち附つけられた。荒繩あらなはが十文字もんじに掛かけられた。晒木綿さらしもめんの残のこつた半反はんだんでそれがぐるると捲まかれた。桶をけには更さらに天葢てんがいが載のせられた。天葢てんがいというても兩端りやうたんが蕨わらびのやうに捲まかれた狹せまい松板まついたを二枚まい十字じに合あはせたまでのものに過すぎない簡單かんたんなものである。煤すゝけた壁かべには此これも古ふるぼけた赤あかい曼荼羅まんだらの大幅おほふくが飾かざりのやうに掛かけられた。棺くわんは僅わづかな人ひとで葬はうむられた。それでも白提灯しろぢやうちんが二張ふたはり翳かざされた。裂さき竹だけを格子かうしの目めに編あんでいゝ加減かげんの大おほきさに成なるとぐるりと四方はうを一つに纏まとめて括くゝつた花籠はなかごも二つ翳かざされた。孰どれも青竹あをだけの柄えが附つけられた。其その籠かごへは髭ひげのやうに裂さき竹だけを立たてゝ其その裂さき竹だけには赤あかや黄きや青あをや其その他たの色紙いろがみで刻きざんだ花はなを飾かざつた。其その花籠はなかごは又また底そこへ紙かみを敷しいて死しんだものゝ年齡としの數かずだけ小錢こぜにを入いれて、それを翳かざした人ひとが時々ときどきざららと振ふつては籠かごの目めから其その小錢こぜにを振ふり落おとした。村むらの小供こどもが爭あらそつてそれを拾ひろつた。提灯ちやうちんと花籠はなかごは先さきに立たつた。後あとからは村むらの念佛衆ねんぶつしうが赤あかい胴どうの太皷たいこを首くびへ懸かけてだらりだらりとだらけた叩たゝきやうをしながら一同どうに聲こゑを擧あげて跟ついて行いつた。柩ひつぎは小徑こみちを避さけて大道わうらいを行いつた。村むらの者ものは自分じぶんの門かどからそれを覗のぞいた。棺桶くわんをけは据すわりが惡わるい所爲せゐか途中とちうで止やまずぐらりりと動搖どうえうした。勘次かんじはそれでも羽織はおり袴はかまで位牌ゐはいを持もつた。それは皆みな借かりたので羽織はおりの紐ひもには紙撚こよりがつけてあつた。 墓はかの穴あなは燒やけた樣やうな赤土あかつちが四方はうへ堆うづたかく掻かき上あげられてあつた。其處そこには從來これまで隙間すきまのない程ほど穴あなが掘ほられて、幾多いくたの人ひとが埋うづめられたので手ての骨ほねや足あしの骨ほねがいつものやうに掘ほり出だされて投なげられてあつた。法被はつぴを着きた寺てらの供ともが棺桶くわんをけを卷まいた半反はんだんの白木綿しろもめんをとつて挾箱はさんばこに入いれた。軈やがて棺桶くわんをけは荒繩あらなはでさげて其その赤あかい土つちの底そこに踏ふみつけられた。麁末そまつな棺臺くわんだいは少すこし堆うづたかく成なつた土つちの上うへに置おかれて、二ふたつの白張提灯しらはりちやうちんと二ふたつの花籠はなかごとが其その傍そばに立たてられた。お品しなは生來せいらい土つちを踏ふまない日ひはないといつていゝ位ぐらゐであつた。さうしてそれは凍いてる冬ふゆの季節きせつを除のぞいては大抵たいていは直接ちよくせつに足あしの底そこが土つちについて居ゐた。お品しなは恁かうして冷つめたい屍かばねに成なつてからも其その足あしの底そこは棺桶くわんをけの板いた一枚まいを隔へだてただけで更さらに永久えいきうに土つちと相あひ接せつして居ゐるのであつた。
 小ちひさな葬式さうしきながら柩ひつぎが出でた後あとは旋風つむじかぜが埃ほこりを吹ふつ拂ぱらつた樣やうにからりとして居ゐた。手傳てつだひに來きて居ゐた女房等にようばうらはそれでなくても膳立ぜんだてをする客きやくが少すくなくて暇ひまであつたから滅切めつきり手持てもちがなくなつた。それでも立たちながら椀わんと箸はしとを持もつて口くちを動うごかして居ゐるものもあつた。膳部ぜんぶは極きまつた通とほり皿さらも平ひらも壺つぼもつけられた。それでも切昆布きりこぶと鹿尾菜ひじきと油揚あぶらげと豆腐とうふとの外ほかは百姓ひやくしやうの手てで作つくつたものばかりで料理れうりされた。皿さらには細こまかく刻きざんで鹽しほで揉もんだ大根だいこと人參にんじんとの膾なますがちよつぽりと乘のせられた。さういふ残物のこりものと冷つめたく成なつた豆腐汁とうふじるとをつゝいても麥むぎの交まじらぬ飯めしが其その口くちには此この上うへもない滋味じみなので、女房等にようばうらは其その強健きやうけんで且かつ擴大くわくだいされた胃ゐの容いれる限かぎりは口くちが之これを貪むさぼつて止やまないのである。彼等かれらは裏戸うらどの陰かげに聚あつまつて雜談ざつだんに耽ふけつた。「どうしたつけまあ、酷ひどく棺桶くわんをけぐららしたんぢやなかつたつけゝえ」
「其その筈はずだんべな、後あとが心配しんぺえで仕しやうねえ佛ほとけはあゝえに動いごくんだつちぞおめえ」
「勘次かんじさんこと欲ほしくつて後あとへ残のこしてくのが辛つれえんだごつさら」
「そんだがよ、餘あんまり欲ほしがられつと遂しめえにや迎むけえに來きて連つれ行ゆかれつとよ」
「おゝ厭やだ俺おら」
「連つれてつてくろつちつたつておめえ等らこた迎むけえに來くるものもあんめえな」
 口々くちぐちに恁こんなことが遠慮ゑんりよもなく反覆くりかへされた。間あひだが少時しばし途切とぎれた時とき
「お品しなさんも可惜あつたら命いのちをなあ」と一人ひとりが思おもひ出だしたやうにいつた。
「本當ほんたうだ他人ひとのやらねえこつてもありやしめえし」他たの女房にようばうが相槌あひづちを打うつた。
「風邪かぜ引ひいたなんてか、今度こんだの風邪かぜは強つええから起おきらんねえなんて、しらばつくれてな」
「死しぬ者もの貧乏びんばふなんだよ」
「そんだがお品しなさんは自分じぶんのがばかりぢやねえつちんぢやねえけ」
「さうだとよ、大えけえ聲こゑぢやゆはんねえが、五十錢ごくわんとか八十錢はちくわんとか取とつて他人ひとのがも行やつたんだとよ」
「八十錢はちくわんづゝも取とつちやおめえ、女をんなの手てぢやたえしたもんだがな、今度こんだ自分じぶんで死しんちまあなんて、行やんねえこつたなあ」
「罪つみ作つくつた罰ばつぢやねえか」
 遠慮ゑんりよもなくそれからそれと移うつるのである。
「そんなことゆつて、今いま出でた佛ほとけのことをおめえ等ら、とつゝかれつから見みろよ」
 他たの一人ひとりの女房にようばうがいつた時とき噺はなしが暫時しばらく途切とぎれて靜しづまつた。一人ひとりの女房にようばうが皿さらの大根だいこを手てで撮つまんで口くちへ入いれた。「さうえ處とこ他人ひとに見みられたらどうしたもんだえ」側そばからいはれて
「見みてやあしめえな」と其その女房にようばうは裏戸うらどの口くちから庭にはの方はうを見みた。さうして
「俺おら見みてえな婆ばゞあはどうで此これから娶よめにでも行いくあてがあんぢやなし、構かまあねえこたあ構かまあねえがな」といつて笑わらつた。
 一同みんなどつと笑聲わらひごゑを發はつした。
 柩ひつぎを送おくつた人々ひとびとが離れれに歸かへつて來くるまでは雜談ざつだんがそれからそれと止やまなかつた。平日へいじつ何等なんらの慰藉ゐしやを與あたへらるゝ機會きくわいをも有いうして居ゐないで、然しかも聞ききたがり、知しりたがり、噺はなしたがる彼等かれらは三人にんとさへ聚あつまれば膨脹ばうちやうした瓦斯ガスが袋ふくろの破綻はたんを求もとめて遁にげ去さる如ごとく、遂つひには前後ぜんごの分別ふんべつもなく其その舌したを動うごかすのである。偶たまま抽斗ひきだしから出だした垢あかの附つかぬ半纏はんてんを被きて、髮かみにはどんな姿なりにも櫛くしを入いれて、さうして弔くやみを濟すますまでは彼等かれらは平常いつもにないしほらしい容子ようすを保たもつのである。それは改あらたまつて不馴ふなれな義理ぎりを述のべねばならぬといふ懸念けねんが、僅わづかながら彼等かれらの心こゝろを支配しはいして居ゐるからである。然しかし土間どまへおりて、襷たすきが掛かけられて、膳ぜんや椀わんを洗あらつたり拭ふいたり其その手てを忙いそがしく動うごかすやうに成なれば、彼等かれらの心こゝろはそれに曳ひかされて其その聞ききたがり、知しりたがり、噺はなしたがる性情せいじやうの自然しぜんに歸かへるのである。假令たとひ他人たにんの爲ためには悲かなしい日ひでも其その一日じつだけは自己じこの生活せいくわつから離はなれて若干じやくかんの人々ひとびとと一緒しよに集合しふがふすることが彼等かれらには寧むしろ愉快ゆくわいな一日にちでなければならぬ。間斷かんだんなく消耗せうまうして行ゆく肉體にくたいの缺損けつそんを補給ほきふするために攝取せつしゆする食料しよくれうは一椀わんと雖いへども悉こととく自己じこの慘憺さんたんたる勞力らうりよくの一部ぶを割さいて居ゐるのである。然しかし他人たにんを悼いたむ一日にちは其處そこに自己じこのためには何等なんらの損失そんしつもなくて十分ぶんに口腹こうふくの慾よくを滿足まんぞくせしめることが出來できる。他人たにんの悲哀ひあいはどれ程ほど痛切つうせつでもそれは自己じこ當面たうめんの問題もんだいではない。如斯かくのごとくにして彼等かれらの聚あつまる處ところには常つねに笑聲せうせいを絶たたないのである。 お品しなも恁かういふ伴侶なかまの一人ひとりであつた。それが今日けふは其その笑聲せうせいを後あとにして冷つめたい土つちに歸きしたのである。

五

 お品しなは自分じぶんの手てで自分じぶんの身みを殺ころしたのである。お品しなは十九の暮くれにおつぎを産うんでから其その次つぎの年としにも亦また姙娠にんしんした。其その時ときは彼等かれらは窮迫きうはくの極度きよくどに達たつして居ゐたので其その胎兒たいじは死しんだお袋ふくろの手てで七月目めに墮胎だたいして畢しまつた。それはまだ秋あきの暑あつい頃ころであつた。強健きやうけんなお品しなは四五日にち經たつと林はやしの中なかで草刈くさかりをして居ゐた。それでも無理むりをした爲ために其その後ご大煩おほわづらひはなかつたが恢復くわいふくするまでには暫しばらくぶららして居ゐた。それからといふものはどういふものかお品しなは姙娠にんしんしなかつた。おつぎが十三の時とき與吉よきちが生うまれた。此この時ときは勘次かんじもお品しなも腹はらの子こを大切たいせつにした。女をんなの子こが十三といふともう役やくに立たつので、與吉よきちを育そだてながら夫婦ふうふは十分ぶんに働はたらくことが出來できた。與吉よきちが三つに成なつたのでおつぎは他よそへ奉公ほうこうに出だすことに夫婦ふうふの間あひだには決定けつていされた。其その頃ころ十五の女をんなの子こでは一年ねんの給金きふきんは精々せいい十圓ゑん位ぐらゐのものであつた。それでもそれ丈だけの收入しうにふの外ほかに食料しよくれうの減げんずることが貧乏びんばふな世帶しよたいには非常ひじやうな影響えいきやうなのである。それが稻いねの穗首ほくびの垂たれる頃ころからお品しなは思案しあんの首くびを傾かしげるやうになつた。身體からだの容子ようすが變へんに成なつたことを心付こゝろづいたからである。十年ねん餘あまりも保もたなかつた腹はらは與吉よきちが止とまつてから癖くせが附ついたものと見みえて又また姙娠にんしんしたのである。お品しなも勘次かんじもそれには當惑たうわくした。おつぎを奉公ほうこうに出だして畢しまへば、二人ふたりの子こを抱だいてお品しなは從來これまでのやうに働はたらくことが出來できない、僅わづかな稼かせぎでもそれが停止ていしされることは彼等かれらの生活せいくわつの爲ためには非常ひじやうな打撃だげきでなければならぬ。其その内うちに稻いねを刈かつたり、籾もみを干ほしたり忙いそがしい收穫しうくわくの季節きせつが來きて、冴さえた空そらの下したに夫婦ふうふは毎日まいにち埃ほこりを浴あびて居ゐた。有繋さすがに罪つみなやうな心持こゝろもちもするので夫婦ふうふは只たゞ困こまつて其その日ひを過すごして居ゐた。それも夜よるに成なつて疲つかれた身體からだを横よこにし甘睡かんすゐに陷おちいるまでの少時間せうじかん彼等かれらは互たがひに決けつし難がたい思案しあんを交換かうくわんするのであつた。從來これまでも夫婦ふうふの間あひだは孰いづれが本位ほんゐであるか分わからぬ程ほど勘次かんじには決斷けつだんの力ちからが缺乏けつばふして居ゐた。「どうでもおめえの腹はらだから好すきにした方はうがえゝやな」勘次かんじは恁かういふのである。然しかしそれは怎的どうでもいゝといふ云いひ擲なぐりではなくて、凡すべてがお品しなに對たいして命令めいれいをするには勘次かんじの心こゝろは餘あまり憚はばかつて居ゐたのである。
「そんでも、俺おれがにも困こまんべな」お品しなは投なげ掛かけるやうにいふのである。勘次かんじはお品しなが恁かうする積つもりだときつぱりいつて畢しまへば決けつして反對はんたいをするのではない。といつてお品しなは獨斷どくだんで決行けつかうするのには餘あまり大事だいじであつたのである。さうしてそれは決定けつていされる機會きくわいもなくて夫婦ふうふは依然いぜんとして農事のうじに忙殺ばうさつされて居ゐた。
 其その間あひだに空そらを渡わたる凩こがらしが俄にはかに哀かなしい音信おどづれを齎もたらした。欅けやきの梢こずゑは、どうでもう此これまでだといふやうに慌あわたゞしく其その赭あかく成なつた枯葉かれはを地上ちじやうに投なげつけた。其その棄すて去さられた輕かろい小ちひさな落葉おちばは、自分じぶんを引ひき止とめて呉くれる蔭かげを求もとめて轉々ころろと走はしつては干ほした藁わらの間あひだでも籾もみの筵むしろでも何處どこでも其その身みを託たくした。周圍あたりは凡すべてが只たゞ騷さわがしく且かつ混雜こんざつした。其その内うちに勘次かんじは秋あきから募集ぼしふのあつた開鑿工事かいさくこうじへ人ひとに任まかせて行いつたのである。
「只たゞかうしてぐづづして居ゐても仕しやうあんめえな」お品しなは其その時ときも勘次かんじの判斷はんだんを促うながして見みた。「俺おれもさうゆはれても困こまつから、おめえ好すきにしてくろうよ」勘次かんじは只たゞ恁かういつた。
 勘次かんじが去さつてからお品しなは其その混雜こんざつした然しかも寂さびしい世間せけんに交まじつて遣瀬やるせのないやうな心持こゝろもちがして到頭たうとう罪惡ざいあくを決行けつかうして畢しまつた。お品しなの腹はらは四月つきであつた。其その頃ころの腹はらが一番ばん危險きけんだといはれて居ゐる如ごとくお品しなはそれが原因もとで斃たふれたのである。胎兒たいじは四月つき一杯ぱい籠こもつたので兩性りやうせいが明あきらかに區別くべつされて居ゐた。小ちひさい股またの間あひだには飯粒程めしつぶほどの突起とつきがあつた。お品しなは有繋さすがに惜をしい果敢はかない心持こゝろもちがした。第だい一に事ことの發覺はつかくを畏おそれた。それで一旦たんは能よく世間せけんの女をんなのするやうに床ゆかの下したに埋うづめたのをお品しなは更さらに田たの端はたの牛胡頽子うしぐみの側そばに襤褸ぼろへくるんで埋うづめたのである。
 お品しなは身體からだの恢復くわいふくするまで凝然ぢつとして蒲團ふとんにくるまつて居ゐれば或あるひはよかつたかも知しれぬ。十幾年前いくねんまへには一切さいを死しんだお袋ふくろが處理しよりしてくれたのであつたが、今度こんどは勘次かんじも居ゐないしでお品しなは生計くらしの心配しんぱいもしなくては居ゐられなかつた。一ひとつにはそれを世間せけんに隱蔽いんぺいしようといふ念慮ねんりよから知しらぬ容子ようすを粧よそほふ爲ために強しひても其その身みを動うごかしたのであつた。然しかしながら其その身みを殺ころした黴菌ばいきんがどうして侵入しんにふしたであつたらうか。お品しなは卵膜らんまくを破やぶる手術しゆじゆつに他人たにんを煩わずらはさなかつた。さうして其その揷入さうにふした酸漿ほゝづきの根ねが知覺ちかくのないまでに輕微けいびな創傷さうしやうを粘膜ねんまくに與あたへて其處そこに黴菌ばいきんを移植いしよくしたのであつたらうか、それとも毎日まいにち煙けぶりの如ごとく浴あびせ掛かけた埃ほこりから來きたのであつたらうか、それを明あきらめることは不可能ふかのうでなければならぬ。然しかし孰いづれにしても病毒びやうどくは土つちが齎もたらしたのでなければならなかつた。 葬式さうしきの次つぎの日ひは又また近所きんじよの人ひとが來きた。勘次かんじは其その借かりた羽織はおりと袴はかまを着きて村中むらぢうへ義理ぎりに廻まはつた。土瓶どびんへ入いれた水みづを持もつて墓參はかまゐりに行いつて、それから膳椀ぜんわんも皆みな返かへして近所きんじよの人々ひととも歸かへつた後のち勘次かんじは㷀然けいぜんとして古ふるい机つくゑの上うへに置おかれた白木しらきの位牌ゐはいに對たいして堪たまらなく寂さびしい哀あはれつぽい心持こゝろもちになつた。二三日にちの間あひだは片口かたくちや摺鉢すりばちに入いれた葬式さうしきの時ときの残物ざんぶつを喰たべて一家かは只たゞばんやりとして暮くらした。雨戸あまどはいつものやうに引ひいた儘まゝで陰氣いんきであつた。卯平うへいを加くはへて四人にんはお互たがひが只たゞ冷ひやゝかであつた。卯平うへいは其その薄暗うすぐらい家うちの中なかに只たゞ煙草たばこを吹ふかしては大おほきな眞鍮しんちうの煙管きせるで火鉢ひばちを叩たゝいて居ゐた。卯平うへいと勘次かんじとは其その間あひだ碌ろくに口くちも利きかなかつた。勘次かんじは自分じぶんの身體からだと自分じぶんの心こゝろとが別々べつつに成なつたやうな心持こゝろもちで自分じぶんが自分じぶんをどうする事ことも出來できなかつた。それでも小作米こさくまいのことは其その念頭ねんとうから沒ぼつし去さることはなかつた。貧乏びんばふな小作人こさくにんの常つねとして彼等かれらは何時いつでも恐怖心きようふしんに襲おそはれて居ゐる。殊ことに其その地主ぢぬしを憚はゞかることは尋常じんじやうではない。さうして自分じぶんの作つくり來きたつた土地とちは死しんでも噛かぢり附ついて居ゐたい程ほどそれを惜をしむのである。彼等かれらの最初さいしよに踏ふんだ土つちの強大きやうだいな牽引力けんいんりよくは永久えいきうに彼等かれらを遠とほく放はなたない。彼等かれらは到底たうてい其その土つちに苦くるしみ通とほさねばならぬ運命うんめいを持もつて居ゐるのである。 勘次かんじはお品しなの葬式さうしきが濟すむと直すぐに新あたらしい俵たはらへ入いれた小作米こさくまいを地主ぢぬしへ運はこんで行ゆかねば成ならぬとそれが心こゝろを苦くるしめて居ゐた。然しかし其その時ときは其その新あたらしい俵たはらの一つは輪わに成なつた繩なはから拔ぬけて、米こめは叩たゝいても幾いくらも出でなかつた。勘次かんじは次つぎの年としには殆ほとんど自分じぶん一人ひとりの手てで農事のうじを勵はげまなくてはならぬ。例年れいねんのやうに忙いそがしい季節きせつに日傭ひように行ゆくことも出來できまいし、それにはお袋ふくろに捨すてられた二人ふたりの子供こどもも有あることだし、今いまから穀こくの用意よういもしなくては成ならぬと思おもふと自分じぶんの身上しんしやうから一俵ぺうの米こめを減げんじては到底たうてい立たち行ゆけぬことを深ふかく思案しあんして彼かれは眠ねむらないこともあつた。然しかし他たに方法はうはふもないので彼かれは地主ぢぬしへ哀訴あいそして小作米こさくまいの半分はんぶんを次つぎの秋あきまで貸かして貰もらつた。地主ぢぬしは東隣ひがしどなりの舊主人きうしゆじんであつたのでそれも承諾しようだくされた。彼かれは更さらに其その僅わづかな米こめの一部ぶを割さいて錢ぜにに換かへねばならぬ程ほど懷ふところが窮きうして居ゐたのである。
 勘次かんじはそれから復また利根川とねがはの工事こうじへ行ゆかねばならないと思おもつて居ゐた。それは彼かれが僅わづかの間あひだに見みた放浪者はうらうしやの怖おそろしさを思おもつて、假令たとひどうしても其その統領とうりやうを欺あざむいて其その僅少きんせうな前借ぜんしやくの金かねを踏ふみ倒たふす程ほどの料簡れうけんが起おこされなかつたのである。其その内うちに張元ちやうもとから葉書はがきが來きた。彼かれは只管ひたすら恐怖きようふした。然しかし二人ふたりの子こを見棄みすてゝ行ゆくことが出來できないので、どうしていゝか判斷はんだんもつかなかつた。さうする内うちにお品しなの七日も過すぎた。彼かれは煩悶はんもんした。唯たゞ一つ卯平うへいが野田のだへ行ゆくのを暫しばらく猶豫いうよして貰もらつて自分じぶんは其その間あひだに少すこしでも小遣錢こづかひせんを稼かせいで來きたいと思おもつた。然しかしそれも直接ちよくせつには云いひ出だせないので、例れいの桑畑くはばたけ一枚まい隔へだてた南みなみへ頼たのんだ。數日來すうじつらい彼かれは卯平うへいが其その大おほきな體躯からだを火鉢ひばちの側そばに据すゑて煙管きせるを噛かんではむつゝりとして居ゐるのを見みると、何なんとなく憚はゞかつて成なるべく其その視線しせんを避さけるやうに遠とほざかつて居ゐることを餘儀よぎなくされるのであつた。 勘次かんじとお品しなは相思さうしの間柄あひだがらであつた。勘次かんじが東隣ひがしどなりの主人しゆじんに傭やとはれたのは十七の冬ふゆで十九の暮くれにお品しなの婿むこに成なつてからも依然いぜんとして主人しゆじんの許もとに勤つとめて居ゐた。彼かれは其その當時たうじお品しなの家うちへは隣となりづかりといふので能よく出入でいつた。一ひとつには形かたちづくつて來きたお品しなの姿すがたを見みたい所爲せゐでもあつた。彼かれは秋あきの大豆打だいづうちといふ日ひの晩ばんなどには、唐箕たうみへ掛かけたり俵たはらに作つくつたりする間あひだに二升しようや三升じようの大豆だいづは竊ひそかに隱かくして置おいてお品しなの家うちへ持もつて行いつた。さうして豆熬まめいりを噛かじつては夜更よふけまで噺はなしをすることもあつた。お品しなの家うちからは近所きんじよに風呂ふろの立たたぬ時ときは能よく來きた。忙いそがしい仕事しごとには傭やとはれても來きた。さういふ間あひだに彼等かれらの關係くわんけいが成立なりたつたのである。それはお品しなが十六の秋あきである。それから足掛あしかけ三年ねん經たつた。勘次かんじには主人しゆじんの家うちが愉快ゆくわいに能よく働はたらくことが出來できた。彼かれの體躯からだは寧むしろ矮小こつぶであるが、其そのきりつと緊しまつた筋肉きんにくが段々だんん仕事しごとを上手じやうずにした。
 假令たとひどんな物ものが彼等かれらの間あひだを隔へだてようとしても彼等かれらが相あひ近ちかづく機會きくわいを見出みいだしたことは鬱蒼うつさうとして遮さへぎつて居ゐる密樹みつじゆの梢こずゑを透とほしてどこからか日ひが地上ちじやうに光ひかりを投なげて居ゐるやうなものであつた。彼等かれらの心こゝろは唯たゞ明あかるかつたのである。 お品しなは十九の春はるに懷胎くわいたいした。自分じぶんでもそれは暫しばらく知しらずに居ゐた。季節きせつが段々だんんぽかついて、仕事しごとには單衣ひとへものでなければならぬ頃ころに成なつたので女同士をんなどうしの目めは隱かくしおほせないやうに成なつた。お袋ふくろはお品しなをまだ子供こどものやうに思おもつて迂濶うくわつにそれを心付こゝろづかなかつた。本當ほんたうにさうだと思おもつた時ときはお品しなは間まもなく肩かたで息いきするやうに成なつた。さうして身體からだがもう棄すてゝ置おけない場合ばあひに成なつたので兩方りやうはうの姻戚みよりの者ものでごたたと協議けふぎが起おこつた。勘次かんじもお品しなも其その時とき互たがひに相あひ慕したふ心こゝろが鰾膠にべの如ごとく強つよかつた。彼等かれらは惡戲者いたづらものに水みづをさゝれて慌あわてた機會はづみに或ある夜よ遁にげ出だして畢しまつた。それは、此この儘まゝでは二人ふたりは迚とても添そはされぬ容子ようすだからどうしても一ひとつに成ならうといふのならば何處どこへか二人ふたりで身みを隱かくすのである。さうして愈いよよとなれば俺おれがどうにでも其處そこは始末しまつをつけて遣やるから、何なんでも愚圖ぐづ>して居ゐちや駄目だめだとお品しなの心こゝろを教唆そゝつたのであつた。お品しなから一心しんに勘次かんじへ迫せまつた。勘次かんじは其その頃ころからお品しなのいふなりに成なるのであつた。二人ふたりは遠とほくは行ゆけないので、隣村となりむらの知合しりあひへ身みを投とうじた。兩方りやうはうの姻戚みよりが騷さわぎ出だした。恁かういふ同志どうしへのこんな惡戲いたづらは何處どこでも能よく反覆くりかへされるのであつた。さうして成功せいこうした惡戲者いたづらものは「仕事しごとは何なんでも牝鷄めんどりでなくつちや甘うまく行いかねえよ」といつては陰かげで笑わらふのである。
「外聞げえぶん曝さらしやがつて」と卯平うへいは怒おこつたがそれが爲ために事ことは容易よういに運はこばれた。勘次かんじは婿むこに成なつたのである。簡單かんたんな式しきが行おこなはれた。俄にはかに媒妁人ばいしやくにんと定さだめられたものが一人ひとりで勘次かんじを連つれて行いつた。卯平うへいはむつゝりとしてそれを受うけた。平生へいぜい行ゆきつけた家うちなので勘次かんじは極きまり惡相わるさうに坐すわつた。お品しなは不斷衣ふだんぎの儘まゝ襷掛たすきがけで大儀相たいぎさうな體躯からだを動うごかして居ゐて勘次かんじの側そばへは坐すわらなかつた。媒妁人ばいしやくにんが只たゞ酒さけを飮のんで騷さわいだ丈だけであつた。お品しなは間まもなく女をんなの子こを産うんだ。それがおつぎであつた。季節きせつは暮くれの押おし詰つまつた忙いそがしい時ときであつた。お袋ふくろはお品しなが好すいて居ゐるので、勘次かんじを不足ふそくな婿むこと思おもつては居ゐなかつた。勘次かんじは其その暮くれも亦また主人しゆじんへ身みを任まかせる筈はずで前借ぜんしやくした給金きふきんを、お品しなの家うちへ注つぎ込こんだのでお袋ふくろは却かへつて悦よろこんで居ゐた。卯平うへいは唯たゞ勘次かんじを蟲むしが好すかなかつた。自分じぶんは其その大おほきな體躯からだでぐいいと仕事しごとをしつけたのに勘次かんじが小ちひさな體躯からだでちよここと駈かけ歩あるいたり、ただ吩咐いひつけばかり聞きいて居ゐるので自分じぶんの機轉きてんといふものが一向かうなかつたりするので酷ひどく齒痒はがゆく思おもつて居ゐた。然しかし自分じぶんは入夫にふふといふ關係くわんけいもあるしそれに生來せいらいの寡言むくちなので姻戚みよりの間あひだの協議けふぎにも彼かれは「どうでもわしはようがすからえゝ鹽梅あんべいに極きめておくんなせえ」とのみいふのであつた。
 勘次かんじは百姓ひやくしやうの尤もつとも忙せはしい其その頃ころの五月ぐわつに病氣びやうきに成なつた。彼かれは轡くつわへ附つけた竹竿たけざをの端はしを執とつて馬うまを馭ぎよしながら、毎日まいにち泥どろだらけになつて田たの代掻しろかきをした。どうかするとそんな季節きせつに東南風いなさが吹ふいて慄ふるへる程ほど冷ひえることがある。勘次かんじは其その冷ひえが障さはつたのであつたらうか心持こゝろもちが惡わるいというて田たから戻もどつて來くるとそれつ切きり枕まくらも上あがらぬやうになつた。能よく馬うまの病氣びやうきに飮のませる赤玉あかだまといふ藥くすりを幾粒いくつぶか嚥のんで彼かれは蒲團ふとんへくるまつて居ゐた。彼かれはどうにか病氣びやうきの凌しのぎがつけば卯平うへいの側そばへは行ゆきたくなかつた。それと一ひとつには我慢がまんして仕事しごとに出でれば碌ろくには働はたらけなくても一日にちの勤つとめを果はたしたことに成なるけれども、丸まるで休やすんで畢しまへば其その日ひだけの割當勘定わりあてかんぢやうが給金きふきんから差引さしひかれなければ成ならぬので彼かれはそれを畏おそれた。然しかし病氣びやうきは馬うまに飮のませる藥くすりの赤玉あかだまでは直すぐには癒なほらなかつた。それで彼かれはお品しなの厄介やくかいに成なる積つもりで、次つぎの朝あさ早はやく朋輩ほうばいの背せに運はこばれた。卯平うへいは澁しぶり切きつた顏かほで迎むかへた。お品しなが蒲團ふとんを敷しいて遣やつたので勘次かんじはそれへごろりと俯伏うつぶしになつて其その額ひたひを交叉かうさした手てに埋うづめた。家うちの者ものは皆みな田たへ出でなければならなかつた。病人びやうにんに構かまつて居ゐることは仕事しごとが許ゆるさなかつた。お袋ふくろは出でる時ときに表おもての大戸おほども閉たてながら「腹はら減へつたら此處こゝにあんぞ」といつてばたりと飯臺はんだいの蓋ふたをした。後あとで勘次かんじは蒲團ふとんからずり出だして見みたら、麥むぎばかりのぽろろした飯めしであつた。其その時分じぶんお品しなの家うちではさういふ食料しよくれうで生命いのちを繋つないで居ゐたのである。勘次かんじは奉公ほうこうにばかり出でて居ゐたのでそれ程ほど麁末そまつな物ものを口くちにしたことはない。それでどうしても手てを出ださうといふ心こゝろが起おこらなかつた。午餐ひるに家うちの者ものは田たから戻もどつて其その飯めしを喰たべた。ちつとはどうだとお袋ふくろに勸すゝめられても勘次かんじは唯たゞ俯伏うつぶしに成なつて居ゐた。
「此この野郎やらうこんな忙せはしい時ときに轉ころがり込こみやがつてくたばる積つもりでもあんべえ」と卯平うへいは平生へいぜいになく恁こんなことをいつた。勘次かんじは後あとで獨ひとり泣ないた。彼かれはお品しながこつそり蒲團ふとんの下したへ入いれて呉くれた煎餅せんべいを噛かぢつたりして二三日にちごろろして居ゐた。其その頃ころは駄菓子店だぐわしみせも滅多めつたに無なかつたので此これ丈だけのことがお品しなには餘程よほどの心竭こゝろづくしであつたのである。勘次かんじはどうも卯平うへいが厭いやで且かつ怖おそろしくつて仕しやうがないので少すこし身體からだが恢復くわいふくしかけると皆みんなが田たへ出でた後あとでそつと拔ぬけて村むらの中うちの姻戚みよりの處ところへ行いつて板藏いたぐらの二階かいへ隱かくれて寢ねて居ゐた。夜よになつたらどうして知しつたかお品しなはおつぎを背負せおつて鷄にはとりを一羽は持もつて來きた。「勘次かんじさん惡わるく思おもはねえでくろうよ、俺おら惡わるくする積つもりはねえが、仕しやうねえからよ」とお品しなは訴うつたへるやうにいふのであつた。お品しなは毎晩まいばんのやうに來きて板藏いたぐらのさるを内うちから卸おろして泊とまつて行いつた。それでも勘次かんじは卯平うへいの側そばが厭いやなので戻もどらないといふ積つもりで他たの村落むらへ漂泊へうはくした。復また土地とちへ歸かへつて來くると、畑はたけに居ゐても田たに居ゐてもお品しなが迫せまつて來くるので、彼かれは農具のうぐを棄すてゝ遁にげることさへあつた。それが如何どうしたものか何時いつの間まにやら酷ひどく自分じぶんからお品しなの側そばへ行ゆきたく成なつて畢しまつて、他人たにんから却かへつて揶揄からかはれるやうに成たつたのである。
 勘次かんじは奉公ほうこうの年季ねんきを勤つとめあげて歸かへつたと成なつた時とき、卯平うへいとは一ひとつ家うちで竈かまどを別べつにすることに成なつた。夫婦ふうふと乳呑兒ちのみごと三人にんの所帶しよたいで彼等かれらは卯平うへいから殼蕎麥からそばが一斗と五升しようと麥むぎが一斗とと、後あとにも先さきにもたつた此これ丈だけが分わけられた。正月しやうぐわつの饂飩うどんも打うてなかつた。有繋さすがにお袋ふくろは小麥粉こむぎこを隱かくしてお品しなへ遣やつた。それでも勘次かんじは怖おそろしい卯平うへいと一ひとつ竈かまどであるよりも却かへつて本意ほんいであつた。お袋ふくろが死しんでから老おいた卯平うへいは勘次かんじと一ひとつに成ならなければならなかつた。其その時ときはもう勘次かんじが主あるじであつた。さうして疾とうに自分じぶんの住すんで居ゐる土地とちまでが自分じぶんの所有ものではなかつた。それは借錢しやくせんの極きまりをつける爲ために人ひとが立たつて東隣ひがしどなりへ格外かくぐわいな値ねで持もたせたのである。それ程ほど彼かれの家いへは窮きうして居ゐた。勘次かんじには卯平うへいは畏おそろしいよりも其その時ときでは寧むしろ厭いやな老爺おやぢに成なつて居ゐた。二人ふたりは滅多めつたに口くちも利きかぬ。それを見みて居ゐなければ成ならぬお品しなの苦心くしんは容易よういなものではなかつたのである。 勘次かんじに頼たのまれて南みなみの亭主ていしゆが話はなしをした時ときに卯平うへいはどうしたものかと案あんじた程ほどでもなく「子奴等こめらが困こまるといへばどうでも仕しざらによ、仕しねえでどうするもんか」と煙管きせるを手てに持もつて其その癖くせの舌皷したつゞみを打うちながらいつた。南みなみに居ゐて案あんじながら挨拶あいさつを待まつて居ゐた勘次かんじは勢いきほひづいて
「そんぢや、おとつゝあ俺おれ行いつ來くつから」といつた。此この時ときばかりは穩おだやかな挨拶あいさつが交換かうくわんされた。
 勘次かんじが居ゐなく成なつてから卯平うへいはむつゝりした顏かほに微笑びせうを浮うかべては與吉よきちを抱だいて泣なかれることもあつた。與吉よきちは夜よる俄にはかに泣なき出だして止やまぬことがある。お品しなが死しぬまで被きて居ゐた蒲團ふとんの中なかにおつぎは與吉よきちを抱だいてくるまるのであつた。與吉よきちが夜泣よなきをする時とき卯平うへいは枕元まくらもとの燐寸マツチをすつて煙草たばこへ火ひを移うつしては燃もえさしを手てランプへ點つけて
「おつかあが見めえんだかも知しんねえ、さうら明あかるく成なつた。汝わりや姊ねえに抱だかさつてんだ。可怖おつかねえことあるもんか」卯平うへいは重おもい調子てうしでいふのである。與吉よきちは壁かべの何處どこともなく見みては火ひの附ついたやうに身みを慄ふるはして泣ないて犇ひしとおつぎへ抱だきつく。おつぎは與吉よきちを膝ひざへ抱だいて泣なき止やむまでは兩手りやうてで掩おほうて居ゐる。それが泣なき出だしたら毎夜まいよのやうなのでおつぎは、玉砂糖たまざたうを蒲團ふとんの下したへ入いれて置おいて泣なく時ときには甞なめさせた。それでも泣なき募つのつた時ときは口くちへ入いれた砂糖さたうを吐はき出だしては愈いよよ烈はげしく泣なくのである。おつぎは焦ぢれて邪險じやけんに與吉よきちをゆさぶることもあつた。それで與吉よきちは遂しまひには砂糖さたうを口くちにしながらすややと眠ねむる。卯平うへいは與吉よきちが靜しづかに成なるまでは横よこに成なつた儘まゝおつぎの方はうを向むいて薄闇うすぐらい手てランプに其その目めを光ひからせて居ゐる。 與吉よきちはおつぎに抱だかれる時ときいつも能よくおつぎの乳房ちぶさを弄いぢるのであつた。五月蠅うるさがつて邪險じやけんに叱しかつて見みても與吉よきちは甘あまえて笑わらつて居ゐる。それでも泣なく時ときにお品しなのしたやうに懷ふところを開あけて乳房ちぶさを含ふくませて見みても其その小ちひさな乳房ちぶさは間違まちがつても吸すはなかつた。砂糖さたうを附つけて見みても欺あざむけなかつた。おつぎは與吉よきちが腹はらを減へらして泣なく時ときには米こめを水みづに浸ひたして置おいて摺鉢すりばちですつて、それをくつつと煮にて砂糖さたうを入いれて嘗なめさせた。與吉よきちは一箸ひとはし嘗なめては舌鼓したつゞみを打うつて其その小ちひさな白しろい齒はを出だして、頭あたまを後うしろへひつゝける程ほど身みを反そらしておつぎの顏かほを凝然ぢつと見みては甘あまえた聲こゑを立たてて笑わらふのである。與吉よきちはそれが欲ほしくなれば小ちひさな手てで煤すゝけた籰棚わくだなを指さした。其處そこには彼かれの好このむ砂糖さたうの小ちひさな袋ふくろが載のせてあるのであつた。
 おつぎは勘次かんじが吩咐いひつけて行いつた通とほり桶をけへ入いれてある米こめと麥むぎとの交まぜたのを飯めしに炊たいて、芋いもと大根だいこの汁しるを拵こしらへる外ほかどうといふ仕事しごともなかつた。其その間あひだには與吉よきちを背負せおつて林はやしの中なかを歩あるいて竹たけの竿さをで作つくつた鍵かぎの手てで枯枝かれえだを採とつては麁朶そだを束たばねるのが務つとめであつた。おつぎは麥藁むぎわらで田螺たにしのやうな形かたちに捻よぢれた籠かごを作つくつてそれを與吉よきちへ持もたせた。卯平うへいはぶらりと出でて行いつては歸かへりには駄菓子だぐわしを少すこし袂たもとへ入いれて來くる。さうして卯平うへいは菓子くわしを持もつた右みぎの手てを左ひだりの袖口そでくちから出だして與吉よきちへ見みせる、與吉よきちはふららと漸やうやく歩あるいて行いつては、衝つき當あたり相さうに卯平うへいへ捉つかまつて袂たもとを探さがす。さうすると菓子くわしを持もつた手てが更さらに卯平うへいの左ひだりの袂たもとから出でる。與吉よきちは危あぶな相さうに卯平うへいの身體からだを傳つたひつゝ左ひだりへ廻まはつて行ゆく。さうすると卯平うへいの手てが與吉よきちの頭あたまの上うへに乘のつて菓子くわしが頭あたまへ落おとされる。與吉よきちが頭あたまへ手てをやる時ときに菓子くわしは足下あしもとへぽたりと落おちる。與吉よきちは慌あわてゝ菓子くわしを拾ひろつては聲こゑを立たてゝ笑わらふのである。菓子くわしは何時いつまでも減へらないやうに砂糖さたうで固かためた黒くろい鐵砲玉てつぱうだまが能よく與あたへられた。頭あたまから落おちてころろと鐵砲玉てつぱうだまが遠とほく轉ころがつて行ゆくのを、倒たふれながら逐おひ掛かけて行いく與吉よきちを見みて卯平うへいのむつゝりとした顏かほが溶とけるのである。與吉よきちは躓つまづいて倒たふれても其その時ときは決けつして泣なくことがない。鐵砲玉てつぱうだまは麥藁むぎわらの籠かごへも入いれられた。與吉よきちはそれを大事相だいじさうに持もつては時ゝ《ときき》覗のぞきながら、おつぎが炊事すゐじの間あひだを大人おとなしくして坐すわつて居ゐるのであつた。
六

 春はるは空そらからさうして土つちから微かすかに動うごく。毎日まいにちのやうに西にしから埃ほこりを捲まいて來くる疾風しつぷうがどうかするとはたと止とまつて、空際くうさいにはふわわとした綿わたのやうな白しろい雲くもがほつかりと暖あたゝかい日光につくわうを浴あびようとして僅わづかに立たち騰のぼつたといふやうに、動うごきもしないで凝然ぢつとして居ゐることがある。水みづに近ちかい濕しめつた土つちが暖あたゝかい日光につくわうを思おもふ一杯ぱいに吸すうて其その勢いきほひづいた土つちの微かすかな刺戟しげきを根ねに感かんぜしめるので、田圃たんぼの榛はんの木きの地味ぢみな蕾つぼみは目めに立たたぬ間まに少すこしづゝ延のびてひららと動うごき易やすくなる。其その刺戟しげきから蛙かへるはまだ蟄居ちつきよの状態じやうたいに在ありながら、稀まれにはそつちでもこつちでもくゝゝと鳴なき出だすことがある。空そらから射さす日ひの光ひかりはそろろと熱度ねつどを増まして、土つちはそれを幾いくらでも吸すうて止やまぬ。土つちは凡すべてを段々だんんと刺戟しげきして堀ほりの邊ほとりには蘆あしやとだしばや其その他たの草くさが空そらと相あひ映えいじてすつきりと其その首くびを擡もたげる。軟やはらかさに滿みたされた空氣くうきを更さらに鈍にぶくするやうに、榛はんの木きの花はなはひららと止やまず動うごきながら煤すゝのやうな花粉くわふんを撒まき散ちらして居ゐる。蛙かへるは假死かしの状態じやうたいから離はなれて軟やはらかな草くさの上うへに手てを突ついては、驚おどろいたやうな容子ようすをして空そらを仰あふいで見みる。さうして彼等かれらは慌あわてたやうに聲こゑを放はなつて其その長ながい睡眠すゐみんから復活ふくくわつしたことを空そらに向むかつて告つげる。それで遠とほく聞きく時ときは彼等かれらの騷さわがしい聲こゑは只たゞ空そらにのみ響ひゞいて快こゝろよげである。 彼等かれらは更さらに春はるの到いたつたことを一切さいの生物せいぶつに向むかつて促うながす。草くさや木きが心こゝろづいて其その活力くわつりよくを存分ぞんぶんに發揮はつきするのを見みないうちは鳴なくことを止やめまいと努つとめる。田圃たんぼの榛はんの木きは疾とうに花はなを捨すてゝ自分じぶんが先さきに嫩葉わかばの姿すがたに成なつて見みせる。黄色味きいろみを含ふくんだ嫩葉わかばが爽さわやかで且かつ朗ほがらかな朝日あさひを浴あびて快こゝろよい光ひかりを保たもちながら蒼あをい空そらの下したに、まだ猶豫たゆたうて居ゐる周圍しうゐの林はやしを見みる。岬みさきのやうな形かたちに偃はうて居ゐる水田すゐでんを抱かゝへて周圍しうゐの林はやしは漸やうやく其その本性ほんしやうのまにに勝手かつてに白しろつぽいのや赤あかつぽいのや、黄色きいろつぽいのや種々いろろに茂しげつて、それが氣きが付ついた時ときに急いそいで一ひとつの深ふかい緑みどりに成なるのである。雜木林ざふきばやしの其處そこら此處こゝらに散在さんざいして居ゐる開墾地かいこんちの麥むぎもすつと首くびを出だして、蠶豆そらまめの花はなも可憐かれんな黒くろい瞳ひとみを聚あつめて羞はづかし相さうに葉はの間あいだからこつそりと四方はうを覗のぞく。雜木林ざふきばやしの間あひだには又また芒すゝきの硬直かうちよくな葉はが空そらを刺ささうとして立たつ。其その麥むぎや芒すゝきの下したに居きよを求もとめる雲雀ひばりが時々ときき空そらを占しめて春はるが深ふけたと喚よびかける。さうすると其その同族どうぞくの聲こゑのみが空間くうかんを支配しはいして居可ゐべき筈はずだと思おもつて居ゐる蛙かへるは、其その囀さへづる聲こゑを壓あつし去さらうとして互たがひの身體からだを飛とび越こえ飛び越え鳴なき立たてるので小勢こぜいな雲雀ひばりはすつとおりて麥むぎや芒すゝきの根ねに潜ひそんで畢しまふ。さうしては蛙かへるの鳴なかぬ日中につちうにのみ、之これを仰あふげば眩まばゆさに堪たへぬやうに其その身みを遙はるかに煌きらめく日ひの光ひかりの中なかに沒ぼつして其その小ちひさな咽のどの拗切ちぎれるまでは劇はげしく鳴ならさうとするのである。蛙かへるは愈いよよ益ますす鳴なき矜ほこつて樫かしの木きのやうな大おほきな常緑木ときはぎの古葉ふるはをも一時じにからりと落おとさせねば止やまないとする。 此この時とき凡すべての樹木じゆもくやそれから冬季とうきの間あひだにはぐつたりと地ちに附ついて居ゐた凡すべての雜草ざつさうが爪立つまだてして只たゞ空そらへへと暖あたゝかな光ひかりを求もとめて止やまぬ。土つちがそれを凝然ぢつと曳ひきとめて放はなさない。それで一切さいの草木さうもくは土つちと直角ちよくかくの度どを保たもつて居ゐる、冬季とうきの間あひだは土つちと平行へいかうすることを好このんで居ゐた人ひとも鐵てつの針はりが磁石じしやくに吸すはれる如ごとく土つちに直立ちよくりつして各自てんでに手てに農具のうぐを執とる。紺こんの股引ももひきを藁わらで括くゝつて皆みな田たを耕たがやし始はじめる。水みづが欲ほしいと人ひとが思おもふ時とき蛙かへるは一齊せいに裂さけるかと思おもふ程ほど喉のどの袋ふくろを膨脹ばうちやうさせて身みを撼ゆるがしながら殊更ことさらに鳴なき立たてる。白しろい絓絲すがいとのやうな雨あめは水みづが田たに滿みつるまでは注そゝいで又また注そゝぐ。鳴なくべき時ときに鳴なく爲ためにのみ生うまれて來きた蛙かへるは苅株かりかぶを引ひつ返かへしし働はたらいて居ゐる人々ひととの周圍しうゐから足下あしもとから逼せまつて敏捷びんせうに其その手てを動うごかせせと促うながして止やまぬ。蛙かへるがぴつたりと聲こゑを呑のむ時ときには日中につちうの暖あたゝかさに人ひともぐつたりと成なつて田圃たんぼの短みじかい草くさにごろりと横よこに成なる。更さらに蛙かへるはひつそりと靜しづかな夜よるになると如何いかに自分じぶんの聲こゑが遠とほく且かつ遙はるかに響ひゞくかを矜ほこるものゝ如ごとく力ちからを極きはめて鳴なく。雨戸あまどを閉とづる時とき蛙かへるの聲こゑは滅切めつきり遠とほく隔へだつてそれがぐつたりと疲つかれた耳みゝを擽くすぐつて百姓ひやくしやうの凡すべてを安やすらかな眠ねむりに誘いざなふのである。熟睡じゆくすゐすることによつて百姓ひやくしやうは皆みな短みじかい時間じかんに肉體にくたいの消耗せうまうを恢復くわいふくする。彼等かれらが雨戸あまどの隙間すきまから射さす夜明よあけの白しろい光ひかりに驚おどろいて蒲團ふとんを蹴けつて外そとに出でると、今更いまさらのやうに耳みゝに迫せまる蛙かへるの聲こゑに其その覺醒かくせいを促うながされて、井戸端ゐどばたの冷つめたい水みづに全まつたく朝あさの元氣げんきを喚よび返かへすのである。草木くさきは遠とほく遙はるかに響ひゞけと鳴なく其その聲こゑに撼ゆすられつゝ夜よるの間あひだに生長せいちやうする。櫟くぬぎや楢ならや其その他たの雜木ざふきは蛙かへるが鳴なけば鳴なく程ほどさうしてそれが鳴なき止やむ季節きせつまでは幾いくらでも繁茂はんもすることを繼續けいぞくしようとする。其處そこには毛蟲けむしや其その他たの淺猿あさましい損害そんがいが或あるひは有あるにしても、しととと屡しばば梢こずゑを打うつ雨あめが空そらの蒼あをさを移うつしたかと思おもふやうに力強ちからづよい深ふかいい緑みどりが地上ちじやうを掩おほうて爽さわやかな冷すゞしい陰かげを作つくるのである。 鬼怒川きぬがはの西岸せいがん一部ぶの地ちにも恁かうして春はるは來きたり且かつ推移すゐいした。憂うれひあるものも無ないものも等ひとしく耒耟らいしを執とつて各おのの其その處ところに就ついた。勘次かんじも其その一人ひとりである。
 勘次かんじは春はるの間あひだにお品しなの四十九日にちも過すごした。白木しらきの位牌ゐはいに心こゝろばかりの手向たむけをしただけで一錢せんでも彼かれは冗費じようひを怖おそれた。彼かれが再ふたゝび利根川とねがはの工事こうじへ行いつた時ときは冬ふゆは漸やうやく險惡けんあくな空そらを彼等かれらの頭上づじやうに表あらはした。霙みぞれや雪ゆきや雨あめが時ときとして彼等かれらの勞働らうどうに怖おそるべき障害しやうがいを與あたへて彼等かれらを一日にち其その寒さむい部屋へやに閉とぢ込こめた。一日にちの工賃こうちんは非常ひじやうな節約せつやくをしても次つぎの日ひに仕事しごとに出でなければ一錢せんも自分じぶんの手てには残のこらなくなる。それは食料しよくれうと薪まきとの不廉ふれんな供給きようきふを仰あふがねばならぬからである。勘次かんじはお品しなの發病はつびやうから葬式さうしきまでには彼かれにしては過大くわだいな費用ひようを要えうした。それでも葬具さうぐや其その他たの雜費ざつぴには二錢せんづつでも村むらの凡すべてが持もつて來きた香奠かうでんと、お品しなの蒲團ふとんの下したに入いれてあつた蓄たくはへとでどうにかすることが出來できた。それでも醫者いしやへの謝儀しやぎや其その他たで彼自身かれじしんの懷中ふところはげつそりと減へつて畢しまつた。さうして小作米こさくまいを賣うつた苦くるしい懷ふところからそれでも彼かれは自分じぶんの居ゐない間あひだの手當てあてに五十錢せんを託たくして行いつた。それも卯平うへいへ直接ちよくせつではなくて南みなみへ頼たのんで卯平うへいへ渡わたして貰もらつた。勘次かんじが行いつてから其その錢ぜにを出だされた時とき卯平うへいは「さう疑うたぐるならわしは預あづかりますめえ」といつて拒絶きよぜつした。
「まあ其麽そんなことゆはねえで折角せつかくのことに、勘次かんじさんも惡わるい料簡れうけんでしたんでもなかんべえから」と宥なだめても到頭たうとう卯平うへいは聽きかなかつた。
 勘次かんじはどうにか稼かせぎ出だして歸かへりたいと思おもつて一生懸命しやうけんめいになつたがそれは僅わづかに生命せいめいを繋つなぎ得えたに過すぎないのであつた。近所きんじよの村落むらから行いつたものは凌しのぎ切きれないで夜遁よにげして畢しまつたものもあつた。それでも勘次かんじは僅わづかに持もつて出でた財布さいふの錢ぜにを減へらさなかつたといふ丈だけのことに繋つなぎ止とめた。
「おとつゝあ居ゐて呉くれたなあ」と媚こびるやうにいつて自分じぶんの家うちの閾しきゐを跨またいだ時ときは足あしに知覺ちかくのない程ほどに彼かれは草臥くたびれて夜よるは闇くらくなつて居ゐた。有繋さすがに二人ふたりの子こは悦よろこんで與吉よきちは勘次かんじの手てに縋すがつた。卯平うへいがしたやうに鐵砲玉てつぽうだまが勘次かんじの手てから出でることゝ思おもつたらしかつた。勘次かんじは苦くるしい懷ふところから何なにも買かつては來こなかつた。彼かれは什麽どんなにしても無邪氣むじやきな子この爲ために小ちひさな菓子くわしの一袋ひとふくろも持もつて來こなかつたことを心こゝろに悔くいた。
「まんま」というて小ちひさな與吉よきちは勘次かんじに求もとめた。
「そんぢや爺ぢいが砂糖さたうでも嘗なめろ」とおつぎは與吉よきちを抱だいて籰棚わくだなの袋ふくろをとつた。寡言むくちな卯平うへいは一寸ちよつと見向みむいたきりで歸かへつたかともいはない。勘次かんじが草臥くたびれた容子ようすをして居ゐるのが態わざとらしいやうに見みえるので卯平うへいは苦にがい顏かほをして、火ひの消きえた煙管きせるをぎつと噛かみしめては思おもひ出だしたやうに雁首がんくびを火鉢ひばちへ叩たゝき付つけた。吸穀すひがらがひつゝいてるので彼かれは力ちから一杯ぱいに叩たゝきつけた。勘次かんじにはそれが當あてつけにでもされるやうに心こゝろに響ひゞいた。「おつぎみんなでも嘗なめさせろ、さうして汝われも嘗なめつちめえ、おとつゝあ稼かせえで來きたから汝等わつらも此これからよかんべえ」卯平うへいはいつた。勘次かんじは漸やうやく歸かへつた其その箭先やさきにかういふことで自分じぶんの家うちでも酷ひどく落付おちつかない、こそつぱくて成ならない心持こゝろもちがするので彼かれは足あしも洗あらはずに近所きんじよへ義理ぎりも足たすからといつて出でて行いつた。
「明日あしただつてえゝのに」卯平うへいは後あとで呟つぶやいた。彼かれはぶすりりと口くちは利きくのであつたがそれでも先刻さつきからのやうにひねくれ曲まがつたことは此これまではいつたことはなかつた。
 彼かれは死しんだお品しなのことを思おもつて二人ふたりの子こが憐あはれになつて勘次かんじの居ゐない間あひだの面倒めんだうを見みる氣きに成なつた。彼かれは僅わづかな菓子くわしの袋ふくろから小ちひさな與吉よきちに慕したはれて見みると有繋さすがに憎にくい心持こゝろもちも起おこらなかつた。其その間あひだ彼かれは何なんにも不足ふそくに思おもつては居ゐなかつた。それを勘次かんじが歸かへつて見みると性來しやうらい好すきでない勘次かんじへ忽たちまちに二人ふたりの子こは靡なびいて畢しまつた。彼かれは此これまでの心竭こゝろづくしを勘次かんじに奪うばはれたやうで、ふつと不快ふくわいな感かんじを起おこしたのである。それもどんな姿なりにも勘次かんじが義理ぎりを述のべればそれでもまだよかつたが、勘次かんじは妙めうに身みがひけてそれが喉のどまで出でても抑おさへつけられたやうで聲こゑに發はつすることが出來できなかつたのである。
 懷ふところのさむしい勘次かんじはさうして身みがひけるのを卯平うへいには却かへつて餘所よそ>しくされるやうな感かんじを與あたへた。勘次かんじは卯平うへいにも子供こどもにも濟すまぬやうな氣きがしたので近所きんじよへ義理ぎりを足たすというて出でて菓子くわしの一袋ひとふくろを懷ふところへ入いれて來きた。其その時とき與吉よきちはもう眠ねむつて居ゐた。卯平うへいは變へんなことをすると思おもつて見みて居ゐた。さうして又また更さらに自分じぶんが酷ひどく隔へだてられるやうに思おもつた。彼かれは五十錢せんの錢ぜにのことを思おもひ出だして忌々敷いまましくなつた。「勘次等かんじら懷ふところはよかつぺ」卯平うへいはぶつゝりと聞きいた。
「おとつゝあ、俺おらえゝ所ところなもんぢやねえ、やつとのことで逃にげるやうにして來きたんだ、あんな所ところへなんざあ決けつして行いくもんぢやねえ、とつても駄目だめなこつた、俺おらも懲こりつちやつたよ」勘次かんじは慌あわてゝいつた。彼かれは逢あふ人ひと毎ごとに必かならずよからううといはれるのを非常ひじやうに怖おそれて居ゐた。
「うむ、さうかなあ」卯平うへいは氣きのないやうにいつた。
「どうで俺おら餘計者よけいものだ、居ゐやしねえからえゝや、幾いくら持もつてたつて構かまやしねえ」彼かれは更さらに獨語つぶやいた。勘次かんじは蒼あをくなつた。卯平うへいは勘次かんじが屹度きつと錢ぜにを隱かくして居ゐるのだと思おもつたのである。彼かれはそんなこんなが不快ふくわいに堪たへないので次つぎの日ひ野田のだへ立たつて畢しまつた。
 野田のだで卯平うへいの役目やくめといへば夜よるになつて大おほきな藏々くららの間あひだを拍子木ひやうしぎ叩たゝいて歩あるく丈だけで老人としよりの體からだにもそれは格別かくべつの辛抱しんぼうではなかつた。晝ひるは午睡ひるねが許ゆるされてあるので其その時間じかんを割さいて器用きような彼かれには内職ないしよくの小遣取こづかひどりも少すこしは出來できた。好すきな煙草たばことコツプ酒ざけに渇かつすることはなかつた。暑あつい時ときにはさつぱりした浴衣ゆかたを引ひつ掛かけて居ゐることも出來できた。其處そこは彼かれには住すみ辛づらい處ところでもなかつた。只たゞ凍いての酷ひどい冬ふゆの夜よなどには以前いぜんからの持病ぢびやうである疝氣せんきでどうかすると腰こしがきややと痛いたむこともあつたが、其その時とき丈だけは勘次かんじとまづくなければお品しなの側そばでおとつゝあといはれて居ゐたい心持こゝろもちもするのであつた。生來せいらい子こを持もつたことのない彼かれはお品しな一人ひとりが手頼てたのみであつた。お品しなに死しなれて彼かれは全まつたく孤立こりつした。さうして老後らうごは到底たうてい勘次かんじの手てに託たくさねばならぬことに成なつて畢しまつたのである。それでも不見目みじめな貧相ひんさうな勘次かんじは依然いぜんとして彼かれには蟲むしが好すかなかつた。彼かれは野田のだへ行いけば比較的ひかくてきに不自由ふじいうのない生活せいくわつがして行いかれるので汝等わつらが厄介やくかいには成ならねえでも俺おれはまだ立たつて行いかれると、恁かうして哀愁あいしうに掩おほはれた心こゝろの一方ぱうには老人としよりの僻ひがみと愚癡ぐちとが起おこつたのであつた。卯平うへいは心こゝろに涙なみだを呑のんだ。 勘次かんじは悄然せうぜんとして居ゐた。與吉よきちが泣なく度たびに彼かれは困こまつた。さうして毎日まいにちお品しなのことを思おもひ出だしては、天秤てんびんで手桶てをけを擔かついだ姿すがたが庭にはにも戸口とぐちにも時ときとしては座敷ざしきにも見みえることがあつた。側そばに居ゐるやうな氣きがして思おもはず顧かへりみることもあるのであつた。彼かれはお品しなを思おもひ出だすと與吉よきちを抱だいては「なあ、おつかあは居ゐねえんだぞ、おつかあが乳房ちつこ欲ほしがんねえんだぞ」と始終しじういつて聞きかせた。お品しなが居ゐないと殊更ことさらにいふのはそれは一つには彼自身かれじしんの斷念あきらめの爲ためでもあつたのである。
 お品しなは豆腐とうふを擔かついで居ゐる時ときは能よく麥酒ビールの明罎あきびんを手桶てをけへ括くゝつて行いつた。それで歸かへりの手桶てをけが輕かるくなつた時ときは勘次かんじの好すきな酒さけがこぼぼと罎びんの中なかで鳴なつて居ゐた。お品しなは酒店さかだなへ豆腐とうふを置おいては其その錢ぜにだけ酒さけを入いれて貰もらふので豆腐とうふの儲まうけだけ廉やすい酒さけを買かつて勘次かんじを悦よろこばせるのであつた。それはお品しなの死しぬ年としのことだけである。お品しなは漸やうやく商あきなひを覺おぼえたといつて居ゐたのはまだ其その夏なつの頃ころからである。初はじめは極きまりが惡わるくて他人たにんの閾しきゐを跨またぐのを逡巡もぢぢして居ゐた。其その位くらゐだから變へんな赤あかい顏かほもして餘計よけいに不愛想ぶあいさうにも見みえるのであつたが、後のちには相應さうおうに時候じこうの挨拶あいさつもいへるやうに成なつたとお品しなは能よく勘次かんじへ語かたつたのである。勘次かんじは追憶つゐおくに堪たへなくなつてはお品しなの墓塋はかに泣ないた。彼かれは紙かみが雨あめに溶とけてだらりとこけた白張提灯しらはりちやうちんを恨うらめし相さうに見みるのであつた。 勘次かんじは悄しをれた首くびを擡もたげて三人にんの口くちを糊のりするために日傭ひように出でた。彼かれは能よく隣となりの主人しゆじんに使つかつて貰もらつた。米こめは屹度きつと彼かれが搗つかせられた。上手じやうずな彼かれは減へらさないでさうして白しろく搗ついた。彼かれは時ときとしては主人しゆじんのうつかりして居ゐる間まに藏くらから餘計よけいな米こめを量はかり出だして、そつと隱かくして置おいて夜よる自分じぶんの家いへに持もつて來くることがあつた。それも僅わづか二升しようか三升じように過すぎない。其その位くらゐでは主人しゆじんの注意ちういを惹ひくには足たらなかつた。さうして其その米こめは窮迫きうはくした彼かれの厨くりやを少時しばし濕うるほすのである。或ある時とき彼かれは復また主人しゆじんの米こめをそつと掠かすめて股引もゝひきへ入いれて目めにつかぬやうに薪たきゞの積つんだ間あひだへ押おし込こんで置おいた。傭人やとひにんがそれを發見はつけんして竊ひそかに主人しゆじんの内儀かみさんに告つげた。内儀かみさんは僅わづかなことだから棄すてゝ置おいて遣やれといつたが然しかし傭人やとひにんは一つには惡戯いたづらから米こめを明あけて其その代かはりに一杯ぱいに土つちを入いれて置おいた。勘次かんじは發覺はつかくしたことを怖おそれ且かつ恥はぢて次つぎの日ひには來こなかつた。それから數日間すうじつかんは主人しゆじんの家うちに姿すがたを見みせなかつた。内儀かみさんは傭人やとひにんの惡戯いたづらを聞きいて寧むしろ憐あはれになつて又またこちらから仕事しごとを吩咐いひつけてやつた。更さらに袋ふくろへ米こめと挽割麥ひきわりむぎとを交まぜたのを入いれて、それから此これは傭人やとひにんにも炊たいてやれないのだからお前まへがよければ持もつて行いつて秋あきにでもなつたら糯粟もちあはの少すこしも返かへせと二三斗ど入はひつた粳粟うるちあはの俵たわらとを一つに遣やつた。勘次かんじは主人しゆじんの爲ために一所懸命しよけんめい働はたらいた。其その以前いぜんからも彼かれは只たゞ隣となりの主人しゆじんから見棄みすてられないやうと心こゝろには思おもつて居ゐるのであつた。然しかし非常ひじやうな勞働らうどうは傭人やとひにんの仲間なかまには忌いまれた。それは傭人やとひにんも彼かれに倣ならつて自分じぶんも其その勞力らうりよくを偸ぬすむことが出來できないからである。 さうする内うちに世間せけんは復また春はるが移うつつて雨あめが忙いそがしく田畑たはたへ水みづを供給きようきふした。勘次かんじは自分じぶんの後うしろの田たへ出でて刈株かりかぶを引ひつ返かへしては耕たがやした。おつぎも萬能まんのうを持もつて勘次かんじの後あとに跟ついた。勘次かんじはお品しなの手てが減へつた丈だけはおつぎを使つかつてどうにか從來これまで作つくつた土地とちは始末しまつをつけようと思おもつた。殊ことに田たは直すぐ後うしろなので什麽どんなにしても手放てばなすまいとした。一且たん地主ぢぬしへ還かへして畢しまつたら再ふたゝび自分じぶんが欲ほしくなつても容易よういに手てに入いれることが出來できないのを怖おそれたからである。今いまにおつぎを一人前にんまへに仕込しこんで見みると勘次かんじは心こゝろに思おもつて居ゐる。勘次かんじは萬能まんのうをぶつりと打うち込こんではぐつと大おほきな土つちの塊かたまりを引返ひきかへす。おつぎは漸やうやく小ちひさな塊かたまりを起おこす。勘次かんじの手ては速すみやかに運動うんどうしてずんんと先さきへ進すゝむ。おつぎは段々だんん後おくれて小ちひさな塊かたまりを淺あさく起おこして進すゝんで行ゆく。さうすると
「そんなに可怖おつかなびつくりやんぢやねえかうすんだ」勘次かんじは遲緩もどかし相さうにおつぎの萬能まんのうをとつて打うち込こんで見みせる。
「そんでもおとつゝあ、俺おらがにやさういにや出來できねえんだもの」
「そんな料簡れうけんだから汝等わツら駄目だめだ、本當ほんたうにやつて見みる積つもりでやつて見みろ」
 おつぎは勘次かんじに後おくれつゝ手ての力ちからの及およぶ限かぎり働はたらいた。 與吉よきちは田圃たんぼの堀ほりの邊ほとりに筵むしろを敷しいて其處そこに置おいてある。
「えんとして居ゐろ、動いごくんぢやねえぞ動いごくとぽかあんと堀ほりの中なかさ落おつこちつかんな、そうら蛙けえるぽかあんと落おつこつた。動いごくなあ、此處こゝに棒ぼうあつた、そうら此これでも持もつてろ、泣なくんぢやねえぞ、姉ねえは此この田たン中なかに居ゐんだかんな、泣なくとおとつゝあにあつぷつて怒おこられつかんな」おつぎは頬ほゝを擦すりつけて能よくいひ含ふくめた。與吉よきちは土つちだらけの短みぢかい棒ぼうで岸きしの土つちを叩たゝいて居ゐる。さうして時々ときき後あとを向むいては姉あねの姿すがたを見みて安心あんしんして棒ぼうでぴたたと叩たゝいて居ゐる。棒ぼうの先さきが水みづを打うつので與吉よきちは悦よろこんだ。それも少時しばしの間あひだに飽あいた。おつぎは與吉よきちがまた見みた時ときには田たの向むかふの端はしに行いつて居ゐた。
「姉ねえよう」と與吉よきちは喚よんだ。おつぎは返辭へんじしなかつた。與吉よきちは又また喚よんだ。さうして泣なき出だした。おつぎは立たつて行いかうとすると
「構かまあねえで置おけ、耕うなつてあつちへ行いつてからにしろ」勘次かんじは性急せいきふに嚴きびしくおつぎを止とめた。おつぎは仕方しかたなく泣なくのも構かまはずに耕たがやした。
 勘次かんじは先さきへへと耕たがやして堀ほりの側そばまで來きた。
「泣なくな、今いま姉ねえが後あとから來くらあ」勘次かんじはかういつて、與吉よきちに一瞥べつを與あたへたのみで一心しんに其その手てを動うごかして居ゐる。與吉よきちはおつぎが漸やうやく近ちかづいた時とき一しきり又また泣ないた。「よきはどうしたんだ」おつぎは岸きしへ上あがつて泥どろだらけの足あしで草くさの上うへに膝ひざを突ついた。與吉よきちは笑交わらひまじりに泣ないて兩手りやうてを出だして抱だかれようとする。
「姉ねえは泥どろだらけで仕しやうあんめえな、汚よごれてもえゝのかよきは」いひながらおつぎは與吉よきちを抱だいた。
「どうした、蛙奴けえるめ居ゐねえか、此この棒ぼうでばたたと叩はたいてやれ、さうしたら痛いてえようつて蛙奴けえるめが泣なくべえな、泣なくな蛙けえるだよう、よきは泣なかねえようつてなあ」おつぎは與吉よきちを抱だいた儘まゝ勘次かんじの方ほうを見みて
「おとつゝあ、あつちへ行えつちやつた、姉ねえも行えかなくつちやなんねえ、おとつゝあに怒おこられつかんな、又またえんとして居ゐろ」おつぎはそつと與吉よきちを筵むしろへ卸おろした。
「かせえてやれ、何なにしてんだ、えゝ加減かげんにしろ」勘次かんじは後うしろを向むいて呶鳴どなつた。
「それ見みろな怒おこられつから、そら此處こゝにえゝものが有あつた」おつぎは田圃たんぼにある鼠麹草はゝこぐさの花はなを挘むしつて筵むしろへ載のせて遣やつた。さうして又また危あぶないやうにそうつと田たへおりた。與吉よきちは只たゞ鼠麹草はゝこぐさの花はなを弄いぢつて居ゐた。
 堀ほりは雨あめの後あとの水みづを聚あつめてさららと岸きしを浸ひたして行ゆく。青あをく茂しげつて傾かたむいて居ゐる川楊かはやなぎの枝えだが一つ水みづについて、流ながれ去さる力ちからに輕かるく動うごかされて居ゐる。水みづは僅わづかに觸ふれて居ゐる其その枝えだの爲ために下流かりうへ放射線状はうしやせんじやうを描ゑがいて居ゐる。蘆あしのやうで然しかも極きはめて細ほそい可憐かれんなとだしばがびりりと撼ゆるがされながら岸きしの水みづに立たつて居ゐる。お玉杓子たまじやくしが水みづの勢いきほひに怺こらへられぬやうにしては、俄にはかに水みづに浸ひたされて銀ぎんのやうに光ひかつて居ゐる岸きしの草くさの中なかに隱かくれやうとする。さうしては又また凡すべての幼をさないものゝ特有もちまへで凝然ぢつとして居をられなくて可憐かれんな尾ををひららと動うごかしながら、力ちからに餘あまる水みづの勢いきほひにぐつと持もち去さられつゝ泳およいで居ゐる。與吉よきちは鼠麹草はゝこぐさの花はなを水みづへ投なげた。花はなが上流じやうりうに向むいて落おちると、ぐるりと下流かりうへ押おし向むけられてずんずんと運はこばれて行ゆく。岸きしの草くさの中なかに居ゐた蛙かはづは剽輕へうきんに其その花はなへ飛とび付ついて、それからぐつと後うしろの足あしで水みづを掻かいて向むかふの岸きしへ着ついてふわりと浮ういた儘まゝ大おほきな目めを睜みはつてこちらを見みる。鼠麹草はゝこぐさの花はなが皆みな投なげ竭つくされて與吉よきちは又またおつぎを喚よんだ。「おうい」とおつぎの情じやうを含ふくんだ聲こゑが遠とほくからいつた。おつぎの返辭へんじを聞きいては與吉よきちは口癖くちぐせのやうに姉ねえよと喚よぶ。其その度たび毎ごとにおつぎは忙いそがしい手てを動うごかしながらそれに應おうずるのである。
 正午ひるにはまだ間まがあるうちに午餐ひるの支度したくを急いそいでおつぎは田圃たんぼから茶ちやを沸わかしにのぼる。與吉よきちは悦よろこんでおつぎの背せに噛かぢりついた。勘次かんじは後あとで獨ひとり耕たがやした。青あをい煙けむりが楢ならの木きから立たつて軈やがて
「沸わいたぞう」とおつぎの聲こゑで喚よばれるまでは勘次かんじは忙いそがしい其その手てを止とめなかつた。
 午餐過ひるすぎからおつぎは縫針ぬひばりへ絲いとを透とほして竿さをへ附つけて與吉よきちに持もたせた。與吉よきちは外ほかの子供こどものするやうに其その針はりを擧あげて見みては又また水みづへ投なげて大人おとなしくして居ゐる。暫しばらく時間じかんが經たつと又また姉ねえようと喚よぶ。おつぎは堀ほりの近ちかくへ耕たがやして來きた時ときに見みると與吉よきちの竿さをは絲いとがとれて居ゐた。おつぎは岸きしへ上あがつた。
「どうしたんでえ、よきは」おつぎは見みると針はりが向むかふの岸きしから出でた低ひくい川楊かはやなぎの枝えだに纏まつはつて絲いとの端はしが水みづについて下流かりうへ向むいて居ゐる。おつぎは二町ちやうばかり上流じやうりうの板橋いたばしを渡わたつて行いつて、漸やうやくのことで枝えだを曲まげて其その針はりをとつた。さうして又また與吉よきちの棒ぼうへ附つけてやつた。「はあ引ひつ懸かけんぢやねえぞ大變たえへんだかんな」おつぎは極きはめて輕かるく叱しかつて又また田たへおりた。勘次かんじは又また呶鳴どなつた。
「そんでもよきは絲いと切きつちまつたんだもの」
 おつぎは危あやぶむやうにして控ひかへ目めに聲こゑを立たてゝいつた。おつぎは默だまつて其その手てを動うごかして居ゐる。與吉よきちは返辭へんじがなくても懷なつかし相さうに姉ねえようと數次しばば喚よび掛かけた。おつぎの姿すがたが遠とほくなれば筵むしろへ口くちのつく程ほど屈かゞんで聲こゑを限かぎりに喚よんだ。
 其その晩ばん勘次かんじは二人ふたりを連つれて近所きんじよへ風呂ふろを貰もらひに行いつた。おつぎは其處そこへ聚あつまつた近所きんじよの女房にようばうに自分じぶんの手てを見みせて
「俺おらこんなに肉刺まめ出でつちやつたんだよ」と呟つぶやいた。
「ほんによな、痛いたかつぺえなそりや、そんでもおつかあが居ゐねえから働はたらかなくつちやなんねえな」女房にようばうは慰なぐさめるやうにいつた。
「おつかあのねえものは厭やだな」おつぎはいつて勘次かんじを見みると直すぐに首くびを俛たれた。勘次かんじは側そばで凝然ぢつとそれを聞きいて居ゐた。
「おつう等らだつて今いまに善ええこともあらな、そんだがおつかゞ無なくつちや衣物きもの欲ほしくつても此こればかりは仕しやうがねえのよな」女房にようばうはいつた。勘次かんじは其麽そんなことは云いはずに居ゐて呉くれゝばいゝのにと思おもひながら六むづか敷しい顏かほをして默だまつて居ゐた。
「此この肉刺まめはとがめめえか」おつぎは手ての平ひらの處々ところろに出でた肉刺まめを見みて心配相しんぱいさうにいつた。「何なんでとがめるもんか」勘次かんじは抑制よくせいした或ある物ものが激發げきはつしたやうに直すぐに打消うちけした。
 勘次かんじは家いへに戻もどると飯臺はんだいの底そこにくつゝいて居ゐる飯めしの中なかから米粒こめつぶばかり拾ひろひ出だしてそれを煙草たばこの吸殼すひがらと煉合ねりあはせた。さうして針はりの先さきでおつぎの湯ゆから出でたばかりで軟やはらかく成なつた手ての肉刺まめをついて汁液みづを出だして其處そこへそれを貼はつて遣やつた。
「しくくすんな」おつぎは貼はつた箇所かしよを見みていつた。
「液汁みづ出だしたばかりにやちつた痛えてえとも、その代けえしすぐ癒なほつから」勘次かんじはおつぎを凝然ぢつと見みてそれからもう鼾いびきをかいて居ゐる與吉よきちを見みた。
「肉刺まめなんぞ出でたらば出でたつておとつゝあげいふもんだ、他人ひとのげなんぞ見みせたりなにつかするもんぢやねえ、汝等わツらなんにも知しらねえから仕しやうねえ、田耕たうねえ始はじまりにやおとつゝあ等ら見みてえな手てだつてかうえに出でんだか見みろ。それ痛いてえの我慢がまんしいい行やりせえすりや固かたまつちあんだ」勘次かんじは自分じぶんの手てをおつぎへ示しめした。
「おつかゞ無なくなつて困こまんな汝わればかしぢやねえんだから」勘次かんじは暫しばらく間あひだを置おいてぽつさりとしていつた。
「身上しんしやうの爲ためだから汝われも我慢がまんするもんだ、見みろ汝等處わツらとこぢやねえ、武州ぶしうの方はうへなんぞ遣やられて泣なき拔ぬいてるものせえあら」と彼かれは又また辛からうじていつた。大人おとなしく默だまつて居ゐたおつぎは
「武州ぶしうツちやどつちの方はうだんべ」寧むしろあどけなく聞きいた。
「あつちの方はうよ、汝われが足あしぢや一日にや歩あるけねえ處ところだ」勘次かんじは雨戸あまどの方はうを向むいて西南せいなんを示しめした。「遠とほいんだな、其處そこへ行いつたらどうすんだんべ」
「機織はたおりするものもあれば百姓ひやくしやうするものもあんのよ」
「機教はたをされぢやよかんべな」
「何なんでえゝことあるもんか、家うちへなんざあ滅多めつたに來きられやしねえんだぞ、そんで朝あさから晩迄ばんまでみつしら使つかあれて、それ處どこぢやねえ病氣びやうきに成なつたつて餘程よつぽどでなくつちや葉書はがきもよこさせやしねえ」
「そんぢや、さうえ處とこへ行いつちやひでえな、逃にげて來くることも出來できねえんだんべか」
「直すぐ捉つかめえられつちあからそんなに遁にげられつかえ」
「巡査じゆんさに捉つかまんだんべか」
「さうなもんか、巡査じゆんさでなくつたつて遁にげ出だせば直すぐ捉つかめえるやうに人ひとが番ばんしてんのよ、なあ、そんでもなくつちや遠とほくの者ものばかり頼たのんで置おくんだもの仕しやうあるもんか」
「そんでも厭やだつちつたらどうすんだんべ」
「厭やだなんていつた位くれえひでえとも立金たてきんしなくつちやなんねえから」
「どういにすんだんべそら」
「そらなあ、幾いくら勤つとめたつて途中とちうで厭やだからなんて出でつちめえば、借かりた丈だけの給金きふきんはみんな取とつくる返けえされんのよ、なあ、それから泣なききも居ゐなくつちやなんねえのよ」
「そんぢや俺おらさうえ處とこへ行いかねえでよかつたつけな」おつぎは熱心ねつしんにいつた。
「そんだから汝等わツらこた遣やりやしねえ。汝われこと奉公ほうこうにやれば其その錢ぜねで俺おら借金しやくきんも無なくなるし、よきことだつて輕業師かるわざげでも出だしつちめえばそれこそ樂らくになつちあんだが、おつかゞ無なくつちや辛つれえつて後あとで泣なかれんの厭やだから俺おら土ちゝ噛かぢつてもそんな料簡れうけんは出ださねんだ」
「おとつゝあ、奉公ほうこうすれば借金しやくきんなくなんだんべか」
「おつかせえ居えれば汝われことも奉公ほうこうに出だして、おとつゝあ等らもえゝ錢ぜね捉つかめえんだが、おつかゞ無なくなつておとつゝあだつて困こまつてんだ、それから汝われだつて奉公ほうこうに行いつた積つもりで辛抱しんばうするもんだ、なあ、俺おら汝等わツらげみじめ見みせてえこたあ有ありやしねんだから」 勘次かんじはしみみと反覆くりかへした。
 勘次かんじはおつぎに身體からだ不相應ふさうおうな仕事しごとをさせて居ゐることを知しつて居ゐる。それで自分じぶんが朝あさは屹度きつと先さきへ起おきて竈かまどの下したへ火ひを點つける。其その時とき疲つかれた少女せうぢよはまだぐつたりと正體しやうたいもなく枕まくらからこけて居ゐる。白しろい蒸氣ゆげが釜かまの蓋ふたから勢いきほひよく洩もれてやがて火ひが引ひかれてからおつぎは起おこされる。帯おびを締しめた儘まゝ横よこになつたおつぎは容易よういに開あかない目めをこすつて井戸端ゐどばたへ行ゆく。蓬々ぼううと解とけた髮かみへ櫛くしを入いれて冷つめたい水みづへ手てを入いれた時ときおつぎは漸やうやく蘇生いきかへつたやうになる。それでも目めはまだ赤あかくて態度たいどがふららと懶相だるさうである。
「さあ、飯おまんま出來できたぞ」勘次かんじは釜かまから茶碗ちやわんへ飯めしを移うつす。さうして自分じぶんで農具のうぐを執とつておつぎへ持もたせてそれからさつさと連つれ出だすのである。
 籾種もみだねがぽつちりと水みづを突つき上あげて萌もえ出だすと漸やうやく強つよくなつた日光につくわうに緑みどり深ふかくなつた嫩葉わかばがぐつたりとする。軟やはらかな風かぜが凉すゞしく吹ふいて松まつの花粉くわふんが埃ほこりのやうに濕しめつた土つちを掩おほうて、小麥こむぎの穗ほにもびつしりと黴かびのやうな花はなが附ついた。百姓ひやくしやうは皆みな自分じぶんの手足てあしに不足ふそくを感かんずる程ほど忙いそがしくなる。勘次かんじは一意い只たゞ仕事しごとの手後ておくれになるのを怖おそれた。草臥くたびれても疲つかれても彼かれは毎日まいにち未明みめいに起おきて夜よまで其その手足てあしを動うごかして止やまぬ。おつぎも其その後あとに跟ついて草臥くたびれた身體からだを引ひきずられた。晩餐ゆふめしの支度したくに與吉よきちを負おうて先さきへ歸かへるのがおつぎにはせめてもの骨休ほねやすめであつた。 勘次かんじは麥むぎの間あひだへ大豆だいづを蒔まいた。畦間うねまへ淺あさく堀ほりのやうな凹くぼみを拵こしらへてそこへぽろろと種たねを落おとして行ゆく。勘次かんじはぐいいと畦間うねまを掘ほつて行ゆく。後あとからおつぎが種たねを落おとした。おつぎのまだ短みじかい身體からだは麥むぎの出揃でそろつた白しろい穗ほから僅わづかに其その被かぶつた手拭てぬぐひと肩かたとが表あらはれて居ゐる。與吉よきちは道みちの側はたの薦こもの上うへに大人おとなしくして居ゐる。おつぎの白しろい手拭てぬぐひが段々だんん麥むぎの穗ほに隱かくれると與吉よきちは姉ねえようと喚よぶ。おつぎはおういと返辭へんじをする。おつぎの聲こゑが聞きこえると與吉よきちは凝然ぢつとして居ゐる。勘次かんじは畦間うねまを作つくりあげてそれから自分じぶんも忙いそがしく大豆だいづを落おとし初はじめた。勘次かんじは間懶まだるつこいおつぎの手てもとを見みて其その畝うねをひよつと覗のぞいた。種たねと種たねとの間隔かんかくが不平均ふへいきんで四粒つぶも五粒つぶも一つに落おちてる處ところがあつた。
「此このざまはどうしたんだ、こんなこつて生計くらしが出來できつか」と呶鳴どなりながら彼かれは突然とつぜんおつぎを擲なぐつた。おつぎは麥むぎの幹からと共ともに倒たふれた。おつぎは倒たふれた儘まゝしくくと泣ないた。
「大概てえげえ解わかり相さうなもんぢやねえか、こんなざまぢや種たねばかし要いつて仕しやうありやしねえ」勘次かんじは後あとを呟つぶやいた。隣となりの畑はたけに此これも大豆だいづを蒔まいて居ゐた百姓ひやくしやうは駈かけて來きた。「勘次かんじさんどうしたもんだいまあ、其麽そんな荒あらつぺえことして」と勘次かんじを抑おさへた。
「おつぎ泣なかねえでさあ起おきて仕事しごとしろ、おとつゝあげは俺おれ謝罪あやまつてやつかんなあ、與吉よきちが泣ねえてら、さあ行いつて見みさつせ」百姓ひやくしやうは更さらにおつぎを賺すかした。與吉よきちはおつぎの姿すがたが見みえないので頻しきりに喚よんだ。それでもおつぎの聲こゑは聞きこえないので火ひの點ついたやうに泣なき出だしたのである。おつぎは啜すゝり泣なきしながら與吉よきちを抱だいた。
「お袋ふくろもねえのにおめえいゝ加減かげんにしろよ、可哀想かあいさうぢやねえか、そんなことしておめえ幾いくつだと思おもふんだ、さう自分じぶんの氣きのやうに出來できるもんぢやねえ、佛ほとけの障さはりにも成なんべぢやねえか」隣畑となりばたけの百姓ひやくしやうはいつた。勘次かんじは默だまつて畢しまつて何なんともいはなかつた。與吉よきちはおつぎに抱だかれたので、おつぎの目がまだ濕うるうて居ゐるうちに泣なき止やんだ。
 勘次かんじは其その日ひの夕方ゆふがたおつぎが晩餐ゆふめしの支度したくに立たつた時とき自分じぶんも一ひとつに家うちへ戻もどつた。
 彼かれは膝ひざがしらで四よつ偃ばひに歩あるきながら座敷ざしきへあがつて財布さいふを懷ふところへ捩ねぢ込こんでふいと出でた。彼かれは風呂敷包ふろしきづゝみを持もつて歸かへつた。彼かれが戸口とぐちに立たつた時ときは家うちの内なかは眞闇まつくらで一寸ちよつとは物ものの見分みわけもつかなかつた。
 草臥くたびれ切きつた身體からだで彼かれは其その夜よも二人ふたりを連つれて、自分じぶんの所有ものではない其その茂しげつた小ちひさな桑畑くはばたけを越こえて南みなみの風呂ふろへ行いつた。其處そこにはいつものやうに風呂ふろを貰もらひに女房等にようばうらが聚あつまつて居ゐた。「能よくなあ、おつうはよきこと面倒めんだう見みんな、女をんなの子こは斯かうだからいゝのさな、直すぐ役やくに立たつかんな」女房にようばうの一人ひとりがいつた。
「おつぎはどうしたんでえ、今夜こんやひどく威勢ゐせえ惡わりいな」他たの女房にようばうがいつた。
「先刻さつき俺おれに打ぶつとばされたかんでもあんべえ」勘次かんじは苦笑くせうしながらいつた。
「何なんでだつぺなまあ、おめえそんなに仕しねえで面倒めんだう見みてやらつせえよ、此これがおめえ女をんなつ子こでもなくつて見みさつせえ、こんな小ちひせえの抱だけえて仕しやうあるもんぢやねえな」
「さうだともよ、こらおつうでも無なくつちや育そだたなかつたかも知しんねえぞ、それこそ因果いんぐわ見みなくつちやなんねえや、なあおつう」女房等にようばうらはいつた。
「俺おらがとこちつともこら離はなんねえんだよ仕しやうねえやうだよ本當ほんたうに」おつぎはもう段々だんん手てに餘あまつて來きた與吉よきちを膝ひざにしていつた。
「今いまぢや、まるつきしおつかのやうな氣きがしてんだな、屹度きつと」女房にようばうらはまた與吉よきちを見みていつた。勘次かんじは側そばで只たゞ目めを屡叩しばたゝいた。
 家うちへ戻もどつてから勘次かんじは
「おつう、手てランプ持もつて來きて見みせえ、汝われげ見みせるものあんだから」
 おつぎは出でる時ときに吹消ふつけしたブリキの手てランプを點つけて、まだ容子ようすがはききとしなかつた。勘次かんじは先刻さつきの風呂敷包ふろしきづゝみを解といた。小ちひさく疊たゝんだ辨慶縞べんけいじまの單衣ひとへが出でた。
「汝われげ此これ遣やんべと思おもつて持もつて來きたんだ。此こんでもなよ、おつかゞ地絲ぢいとで織おつたんだぞ、今いまぢや絲いとなんぞ引ひくものなあねえが、おつか等ら毎晩まいばんのやうに引ひいたもんだ、紺こんもなあ能ようく染そまつてつから丈夫ぢやうぶだぞ、おつかは幾いくらも引ひつ掛かけねえつちやつたから、まあだまるつきり新あたらしいやうだ見みろ、どうした手てランプまつとこつちへ出だして見みせえまあ」勘次かんじは單衣ひとへを少すこし開ひらいて鼻はなへ當あてて臭にほひを嗅かいで見みた。「ちつたあ黴臭かびくさくなつたやうだが、そんでも此この位くれえぢや一日いちんち干ほせば臭くさえな直なほつから」勘次かんじは分疏いひわけでもするやうにいつた。
 おつぎは左手ひだりてに持もち換かへた手てランプを翳かざして單衣ひとへを弄いぢつては浴後よくごのつやゝかな顏かほに微笑びせうを含ふくんだ。勘次かんじはおつぎの顏かほばかり見みて居ゐた。さうして其その機嫌きげんが恢復くわいふくしかけたのを見みて
「どうした、それでも汝わりや氣きにつたか、おつかゞ物ものはみんな汝われがもんだかんな、俺おら汝わツ等らがだとなりや幾いくら困こまつたつて、はあ決けつして質しちになんざ置おかねえから、大事でえじにして汝われ能ようく藏しまつて置おいたえ」と彼かれは滿足まんぞくらしく見みえた。おつぎは手てランプを置おいて勘次かんじがしたやうに鼻はなへ當あてゝ臭にほひを嗅かいで見みたり、左ひだりの手てだけを袖そでへ透とほして見みたりした。
「俺おらがにや此こんぢや引ひきじるやうぢやあんめえか」おつぎはそれから手てで釣つるして見みたりした。
「藏しまつて置おいて、俺おらいまつと大えかく成なつてから着きべかな」
「どうでも汝われがもんだから汝われが好すきにしろな」勘次かんじはおつぎの手てが動うごくに從したがつて目めを移うつした。手てランプのぼうと立たつ油煙ゆえんがほぐれた髮かみへ靡なびき掛かゝるのも知しらずにおつぎはそつちこつちへ單衣ひとへを弄いぢつて居ゐた。
「汝われうつかりして、そうれ燃もえつちまあぞ」勘次かんじは油煙ゆえんが復また傾かたむいた時とき慌あわてゝおつぎの髮かみへ手てを當あてゝいつた。

七

 勘次かんじの田畑たはたは晩秋ばんしうの收穫しうくわくがみじめなものであつた。それは氣候きこうが惡わるいのでもなく、又また土地とちが惡わるいのでもない。耕耘かううんの時期じきを逸いつして居ゐるのと、肥料ひれうの缺乏けつばふとで幾いくら焦慮あせつても到底たうてい滿足まんぞくな結果けつくわが得えられないのである。貧乏びんばふな百姓ひやくしやうはいつでも土つちにくつゝいて食料しよくれうを獲うることにばかり腐心ふしんして居ゐるにも拘かゝはらず、其その作物さくもつが俵たはらになれば既すでに大部分だいぶぶんは彼等かれらの所有しよいうではない。其その所有しよいうであり得うるのは作物さくもつが根ねを以もつて田たや畑はたの土つちに立たつて居ゐる間あひだのみである。小作料こさくれうを拂はらつて畢しまへば既すでに手てをつけられた短みじかい冬季とうきを凌しのぐ丈だけのことがともすれば漸やうやくのことである。彼等かれらは自分じぶんで田畑たはたが忙いそがしい時ときにも其その日ひに追おはれる食料しよくれうを求もとめる爲ために比較的ひかくてき收入みいりのいゝ日傭ひように行ゆく。百姓ひやくしやうといへば什麽どんなに愚昧ぐまいでも凡すべての作物さくもつを耕作かうさくする季節きせつを知しらないことはない。村落むらの端はしから端はしまで皆みな同どう一の仕事しごとに屈託くつたくして居ゐるのだから其その季節きせつを假令たとひ自分じぶんが忘わすれたとしても全まつたく忘わすれ去さることの出來できるものではない。然しかしもう季節きせつだと知しつて見みても其その日ひ>の食料しよくれうを求もとめる爲ために勞力らうりよくを割さくのと、肥料ひれうの工夫くふうがつかなかつたりするのとで作物さくもつの生育せいいくからいへば三日みつかを爭あらそふやうな時ときでも思おもひながら手てが出でないのである。以前いぜんのやうに天然てんねんの肥料ひれうを獲うることが今いまでは出來できなくなつて畢しまつた。何處どこの林はやしでも落葉おちばを掻かくことや青草あをぐさを刈かることが皆みな錢ぜにに餘裕よゆうのあるものゝ手てに歸きして畢しまつた。それと共ともに林はやしは封鎖ふうさされたやうな姿すがたに成なつて居ゐる。冬ふゆ毎ごとに熊手くまでの爪つめの及およぶ限かぎり掻かいて行ゆくので、草くさも隨したがつて短みじかくなつて腰こしを沒ぼつするやうな處ところは滅多めつたにない。其その草くさも更さらに土つちから刈かつて行ゆくので次第しだいに土つちが痩やせて行ゆく。だから空手からてでは何處どこへ行いつても竊取せつしゆせざる限かぎりは存分ぞんぶんに軟やはらかな草くさを刈かることは出來できない。貧乏びんばうな百姓ひやくしやうは落葉おちばでも青草あをぐさでも、他人ひとの熊手くまでや鎌かまを入いれ去さつた後あとに求もとめる。さうして瘠やせて行ゆく土つちを更さらに骨ほねまで噛かむやうなことをして居ゐるのである。一般ぱんには落葉おちばや青草あをぐさの缺乏けつばふを感かんずると共ともに便利べんりな各種かくしゆの人造肥料じんざうひれうが供給きようきふされる。然しかしそれも依然いぜんとして金錢きんせんに幾いくらでも餘裕よゆうのある人ひとにのみ便利べんりなのであつて、貧乏びんばふな百姓ひやくしやうには牛うしや馬うまが馬塞棒ませぼうで遮さへぎられたやうな形かたちでなければならぬ。さうかといつて其それ等らの肥料ひれうなしには到底たうてい一般ぱんに定さだめられてある小作料こさくれうを支拂しはらふ丈だけの收穫しうくわくは得えられないので慘憺さんたんたる工夫くふうが彼等かれらの心こゝろを往來わうらいする。さうして又また食料しよくれうを求もとめる爲ために勞力らうりよくを他たに割さくことによつて、作物さくもつの畦間うねまを耕たがやすことも雜草ざつさうを除のぞくことも一切さいが手後ておくれに成なる。季節きせつが暑あつくなれば雨あめがあつて三日かも見みないうちには雜草ざつさうは驚おどろくべき迅速じんそくな發育はついくを遂とげる。それが著いちじるしく作物さくもつの勢力せいりよくを阻害そがいする。それだけ收穫しうくわくの減少げんせうを來きたさねばならぬ筈はずである。要えうするに勤勉きんべんな彼等かれらは成熟せいじゆくの以前いぜんに於おいて既すでに青々せいいたる作物さくもつの活力くわつりよくを殺そいで食くつて居ゐるのである。收穫しうくわくの季節きせつが全まつたく終をはりを告つげると彼等かれらは草木さうもくの凋落てうらくと共ともに萎靡ゐびして畢しまはねばならぬ。草木さうもくの眠ねむりに落おち去さる少すくなくとも五六十日にちの間あひだは、彼等かれらは稀まれに冬懇ふゆばりというて麥むぎの畦間うねまを耕たがやすことや林はやしの間あひだに落葉おちばや薪たきゞを求もとめることがあるに過すぎぬ。自分じぶんの食料しよくれうに換かへる丈だけの錢ぜにを獲うることが其その期間きかんの仕事しごとに於おいては見出みいだされないのである。蛇へびや蛙かへるや其その他たの蟲類むしるゐが假死かしの状態じやうたいに在ある間あひだに彼等かれらは目前もくぜんに逼せまつて居をる未來みらいの苦くるしみを招まねく爲ために、過去くわこの苦くるしかつた記念きねんである其その缺乏けつばふした米こめや麥むぎを日ひ毎ごとに消耗せうまうして行ゆくのである。彼等かれらは手てに内職ないしよくを持もつて居をらぬ。自分じぶんの使用しようすべき爲ためにのみは筵むしろも草履ざうりも畚もつこも草鞋わらぢも其その他たのものも藁わらで作つくることを知しつて居をれども、大抵たいていは刈かり後おくれになつた藁わらでは立派りつぱな製作せいさくは得えられないのである。それであるのに彼等かれらは肥料ひれうの缺乏けつばふを訴うつたへつゝ其その藁屑わらくづや粟幹あはがらや其その他たのものが庭にはに散ちらばつて居ゐても容易よういにそれを始末しまつしようとしない。他人ひとの注意ちういを受うけてもそれでも改あらためることをしない。彼等かれらは苦くるしい時ときに苦くるしむことより外ほかに何なんにも知しることがないのである。 勘次かんじも彼等かれらの仲間なかまである。然しかしながら彼かれは境遇きやうぐうの異常いじやうな刺戟しげきから寸時すんじも其その身みを安住あんぢゆうせしむる餘裕よゆうを有もたなかつた。彼かれも他たの貧乏びんばふな百姓ひやくしやうのするやうに冬ふゆの季節きせつになれば薪たきゞを採とつて壁かべに積つんで置おくことをした。彼かれは近來きんらいに成なつてから隣となりの主人しゆじんが林はやしを改良かいりやうする爲ために雜木林ざふきばやしを一旦たん開墾かいこんして畑はたけにするといふことに成なつたので其その一部ぶを擔當たんたうした。彼かれは小ちひさな身體からだである。然しかし彼かれは重量ぢうりやうある唐鍬たうぐはを振ふり翳かざして一鍬くは毎ごとにぶつりと土つちをとつては後うしろへそつと投なげつゝ進すゝむ。彼かれは其その開墾かいこんの仕事しごとが上手じやうずで且かつ好すきである。其そのきりつと緊しまつた身體からだは小ちひさいにしてもそれが各部かくぶの平均へいきんを保たもつて唐鍬たうぐはを執とるときには彼かれと唐鍬たうぐはとは唯たゞ一體たいである。唐鍬たうぐはの廣ひろい刄先はさきが木きの根ねに切きり込こむ時ときには彼かれの身體からだも一ひとつにぐざりと其その根ねを切きつて透とほるかと思おもふやうである。土つちを切きり起おこすことの上手じやうずなのは彼かれの天性てんせいである。それで彼かれは遠とほく利根川とねがはの工事こうじへも行いつたのであつた。彼かれは自分じぶんの伎倆うでを恃たのんで居ゐる。彼かれは以前いぜんからも少すこしづつ開墾かいこんの仕事しごとをした。其その賃錢ちんせんによつて其その土地とちを深ふかくも淺あさくも速はやくも遲おそくも仕上しあげることを知しつて居ゐた。竹林ちくりんを開墾かいこんした時とき彼かれは根ねの閉とぢた儘まゝ一坪つぼの大おほきさを只たゞ四よつの塊かたまりに掘ほり起おこしたことがある。それでも其その頃ころまではさういふ仕事しごとが幾いくらも無なかつたので、其その賃錢ちんせんは仕事しごとを始はじめる時とき其その研とぎ減へらした唐鍬たうぐはの刄先はさきを打うたせる鍛冶かぢの手間てまと、異常いじやうな勞働らうどうの爲ために費つひやす其その食料しよくれうを除のぞいては幾いくらもなかつたのである。 彼かれは主人しゆじんの開墾地かいこんちが春はる一杯ぱいの仕事しごとには十分ぶんであることを悦よろこんだ。錢ぜにの外ほかに彼かれは米こめと麥むぎとの報酬ほうしうを受うけることにした。おつぎは別べつに仕事しごとといつてはなかつたが彼かれはおつぎを一人ひとりでは家うちに置おかなかつた。與吉よきちを連つれておつぎは開墾地かいこんちへ行いつて居ゐた。勘次かんじが其その鍛錬たんれんした筋力きんりよくを奮ふるつて居ゐる間まにおつぎはそこらの林はやしから雀枝すゞめえだを採とつて小ちひさな麁朶そだを作つくつて居ゐる。小ちひさな枝えだは土地とちでは雀枝すゞめえだといはれて居ゐる。枯かれた雀枝すゞめえだを採とることは何處どこの林はやしでも持主もちぬしが八釜敷やかましくいはなかつた。
 勘次かんじは雨あめでも降ふらねば毎日まいにち必かならず唐鍬たうぐはを擔かついで出でた。或ある日ひ彼かれは木きの株かぶへ唐鍬たうぐはを強つよく打込うちこんでぐつとこじ扛あげようとした時とき鍛きたへのいゝ刃はと白橿しらかしの柄えとは強つよかつたのでどうもなかつたが、鐵てつの楔くさびで柄えの先さきを締しめた其その唐鍬たうぐはの四角かくな穴あなの處ところが俄にはかに緩ゆるんだ。其處そこはひつといはれて居ゐる。ひつに大おほきな罅ひゞが入いつたのである。柄えがやがてがたたに動うごいた。
「えゝ、箆棒べらぼう、一日いちんちの手間てま鍛冶屋かぢやへ打ぶつ込こんちあなくつちやなんねえ」彼かれは呟つぶやいた。
 次つぎの朝あさ彼かれは未明みめいに鍛冶かぢへ走はしつた。「わし行いつて來きあんすから、此等こつらこと見みてゝおくんなせえ」おつぎと與吉よきちとを南みなみの女房にようばうへ頼たのんだ。
「他ほかへは行いくんぢやねえぞ、えゝか、よきは泣なかさねえやうにしてんだぞ」彼かれはおつぎへもいつて出でた。おつぎは其麽そんな注意ちういを人前ひとまへでされることがもう耻はづかしく厭いやな心持こゝろもちがするやうに成なつて居ゐた。
 勘次かんじは鬼怒川きぬがはの渡わたしを越こえて土手どてを傳つたひて、柄えのない唐鍬たうぐはを持もつて行いつた。鍛冶かぢは其その時とき仕事しごとが支つかへて居ゐたが、それでも恁かういふ職業しよくげふに缺かくべからざる道具だうぐといふと何處どこでもさういふ例れいの速すみやかに拵こしらへてくれた。
「隨分ずゐぶん荒あれえことしたと見めえつけな、俺おらも近頃ちかごろになつて此この位くれえな唐鍬たうぐは滅多めつた打ぶつたこたあねえよ、」鍛冶かぢは赤あかく熱ねつした其その唐鍬たうぐはを暫しばらく槌つちで叩たゝいて、それから土中どちうへ据すゑた桶をけの泥どろを溶といたやうな水みづへぢうと浸ひたして、更さらに又また小ちひさな槌つちでちんんと叩たゝいて
「こんだこさ大丈夫だいぢようぶだ、先せんにやどうして罅ひゞなんぞいつたけかよ」鍛冶かぢは汗あせの額ひたひを勘次かんじに向むけて
「柄えが折をつちよれねえうちは動いごきつこねえから」といつて又また
「身體からだの割わりにしちや圖づ無ねえな」と鍛冶かぢは微笑びせうした。鐵てつの臭にほひのする唐鍬たうぐはを提さげて勘次かんじは復また土手どてを走はしつた。
 其その日ひも西風にしかぜが枯木かれきの林はやしから麥畑むぎばたけからさうして鬼怒川きぬがはを渡わたつて吹ふいた。鬼怒川きぬがはの水みづは白しろい波なみが立たつて、遠とほくからはそれが粟あはを生しやうじた肌はだへのやうに只たゞこそばゆく見みえた。西風にしかぜは川かはに吹ふき落おちる時とき西岸せいがんの篠しのをざわわと撼ゆるがす。更さらに東岸とうがんの土手どてを傳つたうて吹ふき上あげる時とき、土手どての短みじかい枯芝かれしばの葉はを一葉ひとはづゝ烈はげしく靡なびけた。其その枯芝かれしばの間あひだにどうしたものか氣きまぐれな蒲公英たんぽの黄色きいろな頭あたまがぽつつと見みえる。どうかすると土手どては靜しづかで暖あたゝかなことがあるので、遂つひ騙だまされて蒲公英たんぽがまだ遠とほい春はるを遲緩もどかしげに首くびを出だして見みては、また寒さむく成なつたのに驚おどろいて蹙ちゞまつたやうな姿すがたである。 勘次かんじは唐鍬たうぐはを持もつて復また自分じぶんの活力くわつりよくを恢復くわいふくし得えたやうに、それから又また一日にち仕事しごとを怠おこたれば身内みうちがみりりして何なんだか知しらぬが其その仕事しごとに催促さいそくされて成ならぬやうな心持こゝろもちがした。
 鬼怒川きぬがはの水みづは落おちて此方こちらの土手どてから連つらなつて居ゐる大おほきな洲すが其その流ながれを西岸せいがんの篠しのの下したまで蹙ちゞめて居ゐる。廣ひろく且かつ遠とほい洲すには只たゞ西風にしかぜが僅わづかに乾かわいた砂すなをさららと掃はくやうにして吹ふいて居ゐる。それで白しろく乾燥かんさうした洲すは只たゞからりと清潔せいけつに見みえる。さういふ間あひだにどうしたものか此これも氣きまぐれな人ひとが、遠とほくは其その砂すなから生はえたやうに見みえてちらほらと散ちらばつて少すこしづゝ動うごいて居ゐる。勘次かんじは土手どてからおりて見みた。動うごいて居ゐる人々ひととは萬能まんのうで其その砂すなを掘ほつて居ゐるのであつた。西風にしかぜが乾かわかしてはさらさらと掃はいて居ゐても洲すには猶なほ幾いくらか波なみの趾あとがついて居ゐる。其その砂すなの中なかからは短みじかい木片もくへんが出でる。二三寸すんから五六寸すん位ぐらゐな稀まれには一尺しやく位ぐらゐなものも掘ほり起おこされる。皆みな研とぎ減へらしたやうな木片もくへんのみである。人々ひととは冷つめたく成なつた手てを口くちへ當あてゝ白しろい暖あたゝかい息いきを吹ふつ掛かけながら一心しんに先さきへ先さきへと掘ほり起おこしつゝ行ゆく。「どうするんだね」勘次かんじは一人ひとりの側そばへ立たつて聞きいた。ひよつと首くびを擡もたげたのは婆ばあさんであつた。婆ばあさんは腰こしをのして強つよい西風にしかぜによろける足あしを踏ふみしめて
「此これ干ほして置おいて燃もすのさ」と穢きたない白髮しらがと手拭てぬぐひとを吹ふかれながら目めを蹙しかめていつた。
「どうしても斯かう成なつちやべろろ燃もえて飽氣あつけなかんべえね」勘次かんじは聞きいた。
「赤あけえ灰はひに成なつてな、火ひも弱よえのさ、そんでも麁朶そだ買かあよりやえゝかんな、松麁朶まつそだだちつたつてこつちの方はうへ來きちや生なまで卅五把はだの何なんだのつて、ちつちえ癖くせにな、俺おらやうな婆ばゝあでも十把ぱ位ぐれえは背負しよへんだもの、近頃ちかごろぢや燃もうす物ものが一番ばん不自由ふじようで仕しやうねえのさな」婆ばあさんはいつた。
「松麁朶まつそだで卅五把はぢや相場さうばはさうでもねえが、商人あきんどがまるき直なほすんだから小ちひさくもなる筈はずだな」勘次かんじは首くびを傾かたむけていつた。
「さうだごつさらよなあ、そりやさうとおめえさん何處どこだね」萬能まんのうを杖つゑにして婆ばあさんはいつた。
「俺おら川向かはむかうさ」
「そんぢや燃もうす木きは有あつ處とこだね」婆ばあさんは更さらに勘次かんじの唐鍬たうぐはを見みて
「たいした唐鍬たうぐはだが餘よつ程ぽどすんだつぺな」
「さうさ今いま打ぶたせちや三十掛さんじふがけは屹度きつとだな」
「三十掛さんじふがけツちや幾いくらするごつさら、目方めかたもしつかり掛かゝんべな」
「一貫目いつくわんめもねえがな」勘次かんじは自慢じまんらしく婆ばあさんへ唐鍬たうぐはを持もたせた。
「おういや、俺おらがにや引ひつたゝねえやうだ、おめえさん自分じぶんで使つかあのけまあ、何なにしたごつさらよ此こんな道具だうぐなあ」「毎日まいんち木根きねつ子こ起おこしてたんだが、唐鍬たうぐはのひつ痛いためつちやつたから直なほし來きた處とこさ」
「そんぢやおめえさん燃もうす物ものにや不自由ふじいうなしでえゝな」婆ばあさんは羨うらやまし相さうにいつた。さうして小ちひさな木片もくへんを入いれる爲ために持もつて來きた麻あさの穢きたない袋ふくろを草刈籠くさかりかごから出だした。
 僅わづかに鬼怒川きぬがはの水みづを隔へだてゝ西にしは林はやしが連つらなつて居ゐる。村落むらも田たも畑はたけも其その林はやしに包つゝまれて居ゐる。東ひがしは只たゞ低ひくい水田すゐでんと畑はたけとで村落むらが其その間あひだに點在てんざいして居ゐる。其處そこに家いへを圍かこんで僅わづかな木立こだちが有あるばかりである。隨したがつて薪たきゞの缺乏けつばふから豆幹まめがらや藁わらのやうなものも皆みな燃料ねんれうとして保存ほぞんされて居ゐることは勘次かんじも能よく知しつて居ゐた。然しかし其その薪たきゞの缺乏けつばふから自然しぜんにかういふ砂すなの中なかに洪水こうずゐが齎もたらした木片もくへんの埋うづまつて居ゐるのを知しつて之これを求もとめて居ゐるのだといふことは彼かれは始はじめて見みて始はじめて知しつた。彼かれは滅多めつたに川かはを越こえて出でることはなかつたのである。
 勘次かんじは自分じぶんの壁際かべぎはには薪たきゞが一杯ぱいに積つまれてある。其その上うへに開墾かいこんの仕事しごとに携たづさはつて何なんといつても薪たきゞは段々だんだん殖ふえて行ゆくばかりである。更さらに其その開墾かいこんに第だい一の要件えうけんである道具だうぐが今いまは完全くわんぜんして自分じぶんの手てに提さげられてある。彼かれは恁かういふ辛苦しんくをしてまでも些少させうな木片もくへんを求もとめて居ゐる人々ひとびとの前まへに矜ほこりを感かんじた。彼かれは自分じぶんの境遇きやうぐうが什麽どんなであるかは思おもはなかつた。又また恁かういふ人々ひとびとの憐あはれなことも想おもひやる暇いとまがなかつた。さうして彼かれは自分じぶんの技倆うでが愉快ゆくわいになつた。彼かれは再ふたゝび土手どてから見みおろした。萬能まんのうを持もつて居ゐるのは皆みな女をんなで十三四の子こも交まじつて居ゐるのであつた。人々ひととの掘ほり起おこした趾あとは畑はたけの土つちを蚯蚓みゝずが擡もたげたやうな形かたちに、濕しめつた砂すなのうねねと連つらなつて居ゐるのが彼かれの目めに映うつつた。 彼かれは家うちに歸かへると共ともに唐鍬たうぐはの柄えを付つけた。鉈なたの刀背みねで鐵てつの楔くさびを打うち込こんでさうして柄えを執とつて動うごかして見みた。次つぎの朝あさからもう勘次かんじの姿すがたは林はやしに見出みいだされた。
 主人しゆじんから與あたへられた穀物こくもつは彼かれの一家かを暖あたゝめた。彼かれは近來きんらいにない心こころの餘裕よゆうを感かんじた。然しかしさういふ僅わづかな彼かれに幸さいはひした事柄ことがらでも幾いくらか他人たにんの嫉妬しつとを招まねいた。他たの百姓ひやくしやうにも悶躁もがいて居ゐる者ものは幾いくらもある。さういふ伴侶なかまの間あひだには僅わづかに五圓ゑんの金錢かねでもそれは懷ふところに入はひつたとなれば直すぐに世間せけんの目めに立たつ。彼等かれらは幾いくらづゝでも自分じぶんの爲ためになることを見出みいださうといふことの外ほかに、目めを峙そばたてゝ周圍しうゐに注意ちういして居ゐるのである。彼等かれらは他人ひとが自分じぶんと同等どうとう以下いかに苦くるしんで居ゐると思おもつて居ゐる間あひだは相互さうごに苦くるしんで居ゐることに一種しゆの安心あんしんを感かんずるのである。然しかし其その一人ひとりでも懷ふところのいゝのが目めにつけば自分じぶんは後あとへ捨すてられたやうな酷ひどく切せつないやうな妙めうな心持こゝろもちになつて、そこに嫉妬しつとの念ねんが起おこるのである。それだから彼等かれらは他たの蹉跌つまづきを見みると其その僻ひがんだ心こゝろの中うちに竊ひそかに痛快つうくわいを感かんぜざるを得えないのである。 勘次かんじの家いへには薪たきゞが山やまのやうに積つまれてある。それが彼等かれらの伴侶なかまの注目ちうもくを惹ひいた。それとはなしに數次しばしば彼かれの主人しゆじんに告つげられた。開墾地かいこんちで木きを焚たいた其その灰はひをも家いへに運はこんだといふことまで主人しゆじんの耳みゝに入はひつた。勘次かんじは開墾かいこんの手間賃てまちんを比較的ひかくてき餘計よけいに與あたへられる代かはりには櫟くぬぎの根ねは一つも運はこばない筈はずであつた。彼等かれらの伴侶なかまはさういふことをも知しつて居ゐた。晝餐ひるの後あとや手ての冷つめたく成なつた時ときなどには彼かれはそこらの木きを聚あつめて燃もやす。木きの根ねが燻くすぶつていつでも青あをい煙けむりが少すこしづゝ立たつて居ゐる。彼かれは其その煙けむりに段々だんだん遠とほざかりつゝ唐鍬たうぐはを打うち込こんで居ゐる。毎日まいにち火ひは別べつな處ところで焚たかれた。彼かれは屹度きつと其その灰はひを掻かつ掃ぱいで去さつたのである。然しかし壁際かべぎはに積つんだ木きの根ねはそこには不正ふせいなものが交まじつて居ゐるにしても、大部分だいぶぶんは彼かれの非常ひじやうな勞苦らうくから獲えたものである。彼かれは林はやしの持主もちぬしに請こうて掘ほつたのである。それでも餘あまりに人ひとの口くちが八釜敷やかましいので主人しゆじんは只たゞ幾分いくぶんでも將來しやうらいの警いましめをしようと思おもつた。其その以前いぜんから勘次かんじは秋あきになれば掛稻かけいねを盜ぬすむとかいふ蔭口かげぐちを利きかれて巡査じゆんさの手帖ててふにも載のつて居ゐるのだといふやうなことがいはれて居ゐたのであつた。主人しゆじんはそれでも竊ひそかに人ひとを以もつて木きの根ねを運はこんだかどうかといふことを聞きかせて見みた。彼かれが心こゝろづいて謝罪しやざいするならばそれなりにして遣やらうと思おもつたからである。彼かれは主人しゆじんの心こゝろを知しる由よしはなかつた。「何處どこでも見みた方はうがようがす、わしは決けつして運はこんだ覺おぼえなんざねえから」彼かれは恐おそろしい權幕けんまくできつぱり斷ことわつた。
 主人しゆじんは村むらの駐在所ちうざいしよの巡査じゆんさへ耳打みゝうちをした。巡査じゆんさは或ある日ひぶらつと勘次かんじの家うちへ行いつた。其その日ひは朝あさから雨あめなので勘次かんじは仕事しごとにも出でられず、火鉢ひばちへ少すこしづゝ木きの根ねを燻くべてあたつて居ゐた。
「雨あめで困こまつたな、勘次かんじは大分だいぶ勉強べんきやうする相さうだな」巡査じゆんさは帶劍たいけんの鞘さやを掴つかんでいつた。
「へえ」勘次かんじは急きふに膝ひざを立たて直なほした。表おもての戸口とぐちへひよつこり現あらはれた巡査じゆんさの、外套ぐわいたうの頭巾づきんを深ふかく被かぶつて居ゐる顏かほが勘次かんじには只たゞ恐おそろしく見みえた。さうして其その聲こゑが刺とげを含ふくんで響ひゞいた。巡査じゆんさはぶらりと家いへの横手よこてへ行いつて壁際かべぎはの木きの根ねを見みた。勘次かんじは巡査じゆんさの後あとから跟ついて行いつた。
「大分だいぶ有あるな、此これは又またわしの來くるまで動うごかしちやならないからな」巡査じゆんさはいつた。勘次かんじは蒼あをくなつた。
「此こらわしが貰もらつて掘ほつたんでがすから何處どこと何處どこつて穴あなつ子こまでちやんと分わかつてんでがすから」彼かれは慌あわてゝいつた。
「そんなことはどうでもいゝんだ、動うごかすなといつたら動うごかさなけりやいゝんだ」
 巡査じゆんさは呼吸いきで霧きりのやうに少すこし霑ぬれた口髭くちひげを撚ひねりながら「櫟くぬぎの根ねが大分だいぶあるやうだな」といひ棄すてゝ去さつた。勘次かんじは雨あめに打うたれつゝ喪心さうしんしたやうに庭にはに立たつて居ゐる。戸口とぐちの蔭かげに隱かくれて聞きいて居ゐたおつぎは巡査じゆんさの去さつた後のち漸やうやく姿すがたを表あらはした。
「おとつゝあ」と小聲こごゑで喚よんだ。
「そんだから俺おら持もつて來くんなつてゆつたのに」更さらに小聲こごゑでおつぎはいつた。
「おとつゝあ、どうしたもんだべな」おつぎは聞きいた。
「俺おら旦那だんなに見放みはなされちや、迚とつても助たすかれめえ」勘次かんじは漸やうやく此これだけいつた。
「おとつゝあ、それぢや旦那だんなげ謝罪あやまつたらどうしたもんだんべ」
「そんなことゆつたつて、聽きくか聽きかねえか分わかるもんか」
「南みなみのおとつゝあげでも頼たのんで見みたらどうしたもんだんべ」
「汝等わつら頼たのまなくつたつてえゝから」
「そんぢやおとつゝあ、櫟くぬぎの根ねつ子こせえなけりやえゝんだんべか」
「そんだつて汝われは駐在所ちうざいしよに見みられつちやつたもの仕しやうあるもんか」
 勘次かんじはそれでも他たに分別ふんべつもないので仕方しかたなしに桑畑くはばたけを越こえて南みなみへ詑わびを頼たのみに行いつた。彼かれは古ふるい菅笠すげがさを一寸ちよつと頭あたまへ翳かざして首くびを蹙ちゞめて行いつた。主人しゆじんの挨拶あいさつは兎とに角かく明日あすのことにするからといつた丈だけだといふ返辭へんじである。勘次かんじはげつそりとして家うちへ歸かへると蒲團ふとんを被かぶつて畢しまつた。おつぎは自分じぶんも毎日まいにち行いつて居ゐたので開墾地かいこんちから運はこんだ櫟くぬぎの根ねは皆みな知しつて居ゐる。おつぎは其その櫟くぬぎの根ねを獨ひとりで竊ひそかに引ひき出だした。さうして黄昏時たそがれどきにおつぎはそれを草刈籠くさかりかごへ入いれて後うしろの竹藪たけやぶの中なかの古井戸ふるゐどへ投なげ落おとした。古井戸ふるゐどは暗くらくして且かつ深ふかい。おつぎは冷つめたい雨あめに沾ぬれてさうして少すこし縮ちゞれた髮かみが亂みだれてくつたりと頬ほゝに附ついて足あしには朽くちた竹たけの葉はがくつゝいて居ゐる。「おとつゝあ」おつぎは勘次かんじを喚よび起おこした。
「俺おら櫟くぬぎ根ねつ子こうつちやつたぞ」おつぎは更さらに聲こゑを殺ころしていつた。勘次かんじはひよつこり起おきて何なにもいはずにおつぎの顏かほを凝然ぢつと見みつめた。暗くらい家うちの中なかには漸やうやく手てランプが點ともされた。勘次かんじもおつぎも唯たゞ其その目めが光ひかつて見みえた。
 次つぎの日ひ巡査じゆんさは隣となりの傭人やとひにんを連つれて來きて壁際かべぎはの木きの根ねを檢しらべさせたが櫟くぬぎの根ねは案外あんぐわいに少すくなかつた。それでもおつぎの手てでは棄すて切きれなかつたのである。
「此こりや櫟くぬぎがもつと有あつた筈はずぢやないか勘次かんじはどうかしやしないか」巡査じゆんさは恁かういつてあたりを見みたが勘次かんじの小ちひさな建物たてものの何處どこにもそれは發見はつけんされなかつた。さういつても實際じつさいに巡査じゆんさの目めには櫟くぬぎと他ほかの雜木ざふきとを明瞭めいれうに識別しきべつし得えなかつたのである。
「勘次かんじ、それぢや此これを持もつて跟ついて來くるんだ」巡査じゆんさはいつた。勘次かんじは顫ふるへた。
「草刈籠くさかりかごでも何なんでもいゝ、此これを入いれて後あとから跟ついて」
「へえ、何處どこまで持もつて行いくんでがせう」勘次かんじは逡巡ぐつつして居ゐる。
「何處どこまでゝもいゝんだ」巡査じゆんさは呶鳴どなつてぴしやりと横手よこてで勘次かんじの頬ほゝを叩たゝいた。
 勘次かんじは草刈籠くさかりかごを脊負せおつて巡査じゆんさの後あとに跟ついて主人しゆじんの家いへの裏庭うらにはへ導みちびかれた。巡査じゆんさが縁側えんがはの坐蒲團ざぶとんへ腰こしを掛かけた時とき勘次かんじは籠かごを脊負せおつた儘まゝ首くびを俛たれて立たつた。それは餘あまりに見みえ透すいた仕事しごとなので有繋さすがに分別盛ふんべつざかりの主人しゆじんは出でなかつた。内儀かみさんが出でた。勘次かんじは益ますす萎しほれた。「勘次かんじ、お前まへまあそれを置おいて此處こゝへ掛かけて見みたらどうだね」内儀かみさんはいつた。勘次かんじはそれでも只たゞ立たつて居ゐる。
「品物しなものは此これだけなんでしたらうか」内儀かみさんは巡査じゆんさに聞きいた。
「此この位くらゐのものらしいやうでしたな、案外あんぐわい少すくなかつたんですな」巡査じゆんさは手帖ててふを反覆くりかへしながらいつた。
「さうでございますか」内儀かみさんは巡査じゆんさに會釋ゑしやくしてさうして
「どうしたね勘次かんじ、恁かうして連つれて來こられてもいゝ心持こゝろもちはすまいね」といつた。藁草履わらざうりを穿はいた勘次かんじの爪先つまさきに涙なみだがぽつりと落おちた。
「こんなことでお前まへ世間せけんが騷さわがしくて仕しやうがないのでね、私わたしの處ところでも本當ほんたうに困こまつて畢しまふんだよ」内儀かみさんは巡査じゆんさを一寸ちよつと見みてさうして
「此これから屹度きつとやらないなら今日けふの處ところだけは大目おほめに見みて戴いたゞいて警察けいさつへ連つれて行ゆかれないやうに伺うかゞつて見みてあげるがね、どうしたもんだね」と勘次かんじへいつた。
「何卒どうぞはあ、決けつしてやりませんから、へえお内儀かみさんどうぞ」勘次かんじは草刈籠くさかりかごを脊負せおうて前屈まへかゞみになつた身體からだを幾度いくどか屈かゞめていつた。涙なみだが又またぼろろと衣きものの裾すそから跳はねてほつつと庭にはの土つちに點てんじた。
「如何いかゞなもんでござんせうね此これは」内儀かみさんは微笑びせうを含ふくんで巡査じゆんさに向むかつていつた。
「さうですなあ」巡査じゆんさは首くびを傾かたむけていつて更さらに帶劍たいけんの鞘さやを膝ひざへとつて
「どうだ勘次かんじ、以來いらい愼つゝしめるか、此この次つぎにこんなことが有あつたら枯枝かれえだ一つでも赦ゆるさないからな、今日けふはまあ此これで歸かへれ、其その櫟くぬぎの根ねは此處こゝへ置おいて行ゆくんだぞ」勘次かんじは草刈籠くさかりかごを卸おろさうとした。「そんなもの此この庭にはへ置おけといふんぢやないんだ、置おく處ところは知しつてるんだろう、解わからない奴やつだな、それうつかりしないで足下あしもとを氣きをつけるんだ」巡査じゆんさは叱しかつた。勘次かんじはそつと土つちを踏ふんで庭にはを出でた。
 門もんの外そとにはおつぎが與吉よきちを連つれて歔欷すゝりなきして居ゐる。與吉よきちはおつぎの泣なくのを見みて自分じぶんも聲こゑを放はなつ。おつぎは聲こゑの洩もれぬやうに袂たもとでそれを掩おほうて居ゐる。
「よき泣なかねえで歸けえれ」勘次かんじは與吉よきちの手てを執とつた。三人にんは默だまつて歩あるいた。傭人等やとひにんらは笑わらつて勘次かんじの容子ようすを見みて居ゐた。
「おとつゝあ、どうしたつけ」おつぎは家うちに歸かへると共ともに聞きいた。
「そんでもまあ大丈夫だいぢやうぶになつた、櫟くぬぎ根ねつ子こなくつて助たすかつた」勘次かんじはげつそりと力ちからなくいつた。
「俺おら昨日きにやうは重おもたくつて酷ひどかつたつけぞ、其その所爲せゐか今日けふは肩かた痛いてえや」おつぎは悦よろこばしげにいつた。
「俺おらこゝで居ゐなくなつちや汝等わツらも大變たえへんだつけな」勘次かんじは間あひだを暫しばらく措おいてぽささとしていつた。
 此この事ことがあつてからも勘次かんじの姿すがたは直すぐに唐鍬たうぐは持もつて林はやしの中なかに見出みいだされた。
 五六日にち經たつて勘次かんじは針立はりだてと針箱はりばことを買かつて來きた。
「おつう、汝われも此これからお針はりにいけつかんな、そら此これ持もつて行えぐんだ、おつかゞ持もつてた古ふるいのなんざあ外聞げえぶん惡わるくつて厭やだなんていふから、此こんでもおとつゝあ等ら酷ひでえ錢ぜねで買かつて來きたんだぞ、それから善ええだの惡わりいだのつて膨ふくれたり何なにつかすんぢやねえぞ、なあ」勘次かんじは又また「よき汝われはおとつゝあが側そばに居ゐるんだぞ、えゝか、姊ねえは此これから汝われが衣物きもの拵こせえんでお針はりに行えくんだかんな、聽きかねえと酷ひでえぞ」と與吉よきちを抱だいて能よくいひ含ふくめた。
 おつぎはそれから村内そんないへ近所きんじよの娘むすめと共ともに通かよつた。おつぎは與吉よきちの小ちひさな單衣ひとへものを仕上しあげた時とき其その風呂敷包ふろしきづゝみを抱かゝへていそそと歸かへつて來きた。おつぎは針はり持もつやうに成なつてからはききとして俄にはかにませて來きたやうに見みえた。おつぎはもう十六である。辛苦しんくの間あひだに在ある丈だけに去年きよねんからでは何どれ程ほど大人おとなびて勘次かんじの助たすけに成なるか知しれない。殊ことに秋あきの頃ころに成なつてからは滅切めつきり機轉きてんも利きくやうになつて、死しんだお品しなに似にて來きたと他人ひとにはいはれるのであるが、毎日まいにち一ひとつに居ゐる自分じぶんにもさういへば身體からだの恰好かつかうまでどうやらさう見みえて來きたと勘次かんじも心こゝろで思おもつた。おつぎは今いまが遊あそびたい盛さかりに這入はひつたのであるが、勘次かんじからは一日いちにちでも唯たゞ一人ひとりで放はなされたことがない。村むらの休日ものびには近所きんじよの女房にようばうに連つれられて出でて見みることもあるが、屹度きつと與吉よきちがくつゝいて居ゐるのと、自分じぶんは炊事すゐじの間まを缺かかすことが出來できないのとで晝餐ひるでも晩餐ばんでも他人ひとより早はやく歸かへつて來こなければならない。
「俺おらいつそもの日びなんざ無ねえ方はうがえゝ、さうでせえなけりや出でてえた思おもはねえから」おつぎは熟つくく呟つぶやくことがあつた。「どうにか俺おらだつて成なつから」おつぎの呟つぶやくのを聞きいて勘次かんじは有繋さすがに心こゝろが切せつなくなる。それで云いひやうが無なくては恁かうぶすりと云いつて畢しまふのであつた。
 與吉よきちは四よつつに成なつた。惡戯いたづらも知しつて來きてそれ丈だけおつぎの手ては省はぶかれた。それでも與吉よきちの衣物きものはおつぎの手てには始末しまつが出來できないので、近所きんじよの女房にようばうへ頼たのんではどうにかして貰もらつた。お品しなが生いきて居ゐればそんな心配しんぱいはまだ十六のおつぎがするのではない。おつぎは更さらに自分じぶんの衣物きものに困こまつた。短みじかくなるばかりではなく綻ほころびにさへおつぎは當惑たうわくするのである。
「お針はり出來できなくつちや仕樣しやうねえなあ」おつぎは何時いつでも嘆息たんそくするのであつた。
「お針はりにでも何なんでも遣やれる時ときにや遣やつから、奉公ほうこうにでも行いつて見みろ、幾いくつに成なつたつて碌ろくなこと出來できるもんか、十六位ぐれえぢや貧乏人びんばふにんはまあだ行いけねえたつて仕しやうがあるもんか、さう汝われ見みてえに痩虱やせじらみたかつたやうにしつきりなし云いふもんぢやねえ」
「おとつゝあはそんだつて奉公ほうこうにでも行いつてるものげは家うちで拵こせえてやんだんべな」
「そんだつてなんだつて遣やれつ時ときでなくつちや遣やれねえから」
 十六ではまだ針はりを持もたなくつてもいゝといふのはそれは無理むりではない。然しかし勘次かんじの家いへでおつぎの一向かう針はりを知しらぬことは不便ふべんであつた。勘次かんじもそれを知しらないのではないが、今いまの處ところ自分じぶんには其その餘裕よゆうがないのでおつぎがさういふ度たびに彼かれの心こゝろは堪たへず苦くるしむので態わざと邪慳じやけんにいつて畢しまふのであつた。其その冬ふゆになつてからもおつぎは十六だといふ内うちに直すぐ十七になつて畢しまふと呟つぶやいたのであつた。「春はるにでもなつたらやれつかも知しんねえから」と勘次かんじは其その度たびにいつて居ゐた。おつぎは到底たうてい當あてにはならぬと心こゝろに斷念あきらめて居ゐたのであつた。それだけおつぎの滿足まんぞくは深ふかかつた。
 或ある晩ばんどうして記憶きおくを復活ふくくわつさせたかおつぎはふいといつた。
「井戸ゐどへ落おつことした櫟くぬぎ根ねつ子こは梯子はしご掛かけても取とれめえか」
「何故なぜそんなこといふんだ」勘次かんじは驚おどろいて目めを睜みはつた。
「そんでも可惜あつたらもんだからよ」
「汝われ自分じぶんで梯子はしご掛かけて這入へえんのか」
「俺おら可怖おつかねえから厭やだがな」
「そんなこといふもんぢやねえ、又また拘引つゝてかれたらどうする、そん時ときは汝われでも行えくのか」勘次かんじは恁かういつて苦笑くせうした。
 其その晩ばんは其それつ切きり二人ふたりの間あひだに噺はなしはなかつた。

八

 與吉よきちが五いつつの春はるに成なつた。ずんんと生長せいちやうして行ゆく彼かれの身體からだはおつぎの手てに重量ぢうりやうが過すぎて居ゐる。しがみ附ついて居ゐた筍たけのこの皮かはが自然しぜんに其その幹みきから離はなれるやうに、與吉よきちは段々だんんおつぎの手てから除のぞかれるやうに成なつた。それでも筍たけのこの皮かはが竹たけの幹みきに纏まつはつては横よこたはつて居ゐるやうに、與吉よきちがおつぎを懷なつかしがることに變かはりはなかつた。
 與吉よきちは近所きんじよの子供こどもと能よく田圃たんぼへ出でた。暖あたゝかい日ひには彼かれは單衣ひとへに換かへて、袂たもとを後うしろでぎつと縛しばつたり尻しりをぐるつと端折はしよつたりして貰もらふ間まも待遠まちどほで跳はねて居ゐる。「堀ほりの側そばへは行えぐんぢやねえぞ、衣物きもの汚よごすと聽きかねえぞ」おつぎがいふのを耳みゝへも入いれないで小笊こざるを手てにして走はしつて行ゆく。田圃たんぼの榛はんの木きはだらけた花はなが落おちて嫩葉わかばにはまだ少すこし暇ひまがあるので手持てもちなさ相さうに立たつて居ゐる季節きせつである。田たは僅わづかに濕うるほひを含ふくんで足あしの底そこに暖味あたゝかみを感かんずる。耕たがやす人ひとはまだ下おり立たたぬ。白しろつぽく乾かわいた刈株かりかぶの間あひだには注意ちういして見みれば處々ところろに極きはめて小ちひさな穴あながある。子供等こどもらは其その穴あなを探さがして歩あるくのである。彼等かれらは小ちひさな手てを粘ねばる土つちに揷込さしこんでは兩手りやうての力ちからを籠こめて引ひつ返かへす。其處そこには鰌どぜうがちよろろと跳返はねかへりつゝ其その身みを慌あわたゞしく動うごかして居ゐる。さうすると彼等かれらは孰いづれも聲こゑを立たてゝ騷さわぎながら、其その小ちひさな泥どろだらけの手てで捉とらへようとしては遁にげられつゝ漸やうやくのことで笊ざるへ入いれる。鰌どぜうは其そのこそつぱい笊ざるの中なかで暫しばらく其その身みを動うごかしては落付おちつく。他たの鰌どぜうが又また入いれられる時とき先刻さつきの鰌どぜうが一つに騷さわいでは落付おちつく。彼等かれらは斯かうして其その小ちひさな穴あなを求もとめて田たから田たへ移うつつて歩あるく。土地とちではそれを目掘めぼりというて居ゐる。與吉よきちには幾いくら泥どろになつても鰌どぜうは捕とれなかつた。仲間なかまの大おほきな子こはそれでも一匹ぴき位ぐらゐづつ與吉よきちの笊ざるにも入いれて遣やるのであつた。それで彼かれは後おくれながらも他たの子供こどもに跟ついて歩あるかずには居をられなかつたのである。 堀ほりには動うごかない水みづが空そらを映うつして湛たゝへて居ゐる處ところがある。さうかと思おもへば或あるひは水みづは一滴てきもなくて泥どろの上うへを筋すぢのやうに流ながれた砂すなの趾あとがちららと春はるの日ひを僅わづかに反射はんしやして居ゐる處ところがある。子供等こどもらは疎まばらな枯蘆かれあしの邊ほとりからおりて其處そこにも目掘めぼりを試こゝろみる。大おほきな子供こどもは大事だいじな笊ざるをそつと持もつておりる。小ちひさな子供こどもは堀ほりへおりながら笊ざるを傾かたぶけて鰌どぜうを滾こぼすことがある。大おほきな子供こどもはそれつといつて惡戯いたづらに其それを捕とらうとする。子供等こどもらは順次じゆんじに皆みなそれに傚ならはうとする。さうすると小ちひさな小供こどもは唯たゞ火ひの點ついたやうに泣なく。それと同時どうじに鰌どぜうが小ちひさな子供こどもの笊ざるに返かへされて子供こどもは其その鰌どぜうを覗のぞくと共ともに其その泣なく聲こゑがはたと止とまつて畢しまふのである。堀ほりの粘ねばついた泥どろはうつかりすると小ちひさな足あしを吸すひ附つけて放はなさない。さうするとみんなが遁にげるやうに岸きしへ上あがつて指ゆびを出だして其その先さきを屈曲くつきよくさせながら騷さわぐ。小ちひさな子供こどもは笊ざるを手てにした儘まゝ目めには手ても當あてずに聲こゑを放はなつて泣なく。與吉よきちは恁かうして能よく泣なかされた。彼かれには寸毫すこしも父兄ふけいの力ちからが被かうぶつて居ゐない。頑是ぐわんぜない子供こどもの間あひだにも家族かぞくの力ちからは非常ひじやうな勢いきほひを示しめして居ゐる。其その家族かぞくが一般ぱんから輕侮けいぶの眼めを以もつて見みられて居ゐるやうに、子供こどもの間あひだにも亦また小ちひさい與吉よきちは侮あなどられて居ゐた。それでも與吉よきちは歸かへりには小笊こざるの底そこに鰌どぜうがあるので悦よろこんで居ゐた。泣ないた當座たうざは萎しをれても彼かれは直すぐに機嫌きげんが出でて、其その僅わづかな獲物えものの笊ざるを誇ほこつておつぎの側そばに來くる時ときは何時いつもの甘あまえた與吉よきちである。彼かれは何處どこへでもべたりと坐すわるので臀しりを丸出まるだしに褰かかげてやつても衣物きものは泥どろだらけにした。それで叱しかられても泥どろの乾かわいた其その臀しりを叩たゝかれても、おつぎにされるのは彼かれにはちつとも怖おそろしくなかつた。彼かれは小言こごとは耳みゝへも入いれないで「姊ねえよう見みろよう」と小笊こざるを枉まげてはちよここと跳はねるやうにして小刻こきざみに足あしを動うごかしながらおつぎの譽ほめる詞ことばを促うながして止やまない。 彼かれは餘あまりに悦よろこんで騷さわいでひよつとすると危あぶない手てもとで鰌どぜうを庭にはへ落おとす事ことがある。鰌どぜうは乾かわいた庭にはの土つちにまぶれて苦くるしさうに動うごく。與吉よきちが抑おさへようとする時とき鷄にはとりがひよつと來きて嘴くちばしで啄つゝいて駈かけて行いつて畢しまふ。他たの鷄にはとりがそれを追おひ掛かける。與吉よきちはさうすると又また一ひとしきり泣なくのである。
「汝われあんまりうつかりしてつかんだわ」おつぎは笑わらひながら、立たつてる與吉よきちの頭あたまを抱だいてそれから手水盥てうづだらひへ水みづを汲くんで鰌どぜうを入いれて遣やる。與吉よきちは水みづへ手てを入いれては鰌どぜうの騷さわぐのを見みて直すぐに聲こゑを立たてて笑わらふ。おつぎはさうして置おいて泥どろだらけの手足てあしを洗あらつてやる。
 與吉よきちは時々ときき鰌どぜうを持もつて來きた。おつぎは衣物きものの泥どろになるのを叱しかりながらそれでも威勢ゐせいよく田圃たんぼへ出だしてやつた。其その度たびに他ほかの子供等こどもらの後うしろから
「泣なかさねえでよきことも連つれでつてくろうな」といふおつぎの聲こゑが追おひ掛かけるのであつた。僅わづかな鰌どぜうは味噌汁みそしるへ入いれて箸はしで骨ほねを扱しごいて與吉よきちへやつた。自分じぶんでは骨ほねと頭あたまとを暫しばらく口くちへ含ふくんでそれから捨すてた。
 田たがそろろと耕たがやされるやうに成なつた。子供等こどもらは又また一ひとつつの塊かたまりに耕たがやされた田たを渡わたつて、其その塊かたまりの上うへを辷すべりながら越こえながら、極きはめて小ちひさい慈姑くわゐのやうなゑぐの根ねをとつた。それは土地とちでは訛なまつてゑごと喚よばれて居ゐる。そこらの田たにはゑぐが多おほいので秋あきの頃ころに成なると茂しげつた稻いねの陰かげに小ちひさな白しろい花はなが咲さく。與吉よきちも他たの子供こどものするやうに小笊こざるを持もつて出でた。鰌どぜうとは違ちがつて此これは彼かれの手てにも僅わづかづゝは採とることが出來できた。少すこしづゝ採とつては毎日まいにちのやうに蓄たくはへた。おつぎは茶ちやを沸わかす度たびにそれを灰はひの中なかへ投なげ込こんで燒やいてやる。火ひを弄いぢることが危あぶないので與吉よきちは獨ひとりで竈かまどへ手てをつけることは禁きんぜられて居ゐる。灰はひの中なかへ入いれたばかりで與吉よきちは「ようう」といつておつぎに迫せまる。與吉よきちは燒やける間あひだが遲緩もどかしいのである。
「そんなに燒やけめえな、そんぢや姊ねえは構かまあねえぞ」とおつぎはゑぐを掻かき出だして遣やる。與吉よきちは口くちへ入いれてもまだがりりで且かつ苦にがいので吐はき出だして畢しまふ。
「そうら見みろ、大えけえ姿なりしていふこと聽きかねえから」おつぎは怒おこつたやうな容子ようすをして見みせる。
「姊ねえよ、よう」と與吉よきちは又また強請せがむ。其その時ときはもう皮かはに皴しわが寄よつて燒やけたゑぐが與吉よきちの手てに載のせられる。
「汝われ熱あつえぞ」とおつぎがいへば與吉よきちは手てを引ひいてゑぐは土間どまへ落おちる。それを又また手てに載のせてやると與吉よきちはおつぎがするやうにふううと灰はひを吹ふく。與吉よきちは後あとも後あともとおつぎにせがんで、勘次かんじに呶鳴どなられては止やめるのである。
 蓄たくはへられたゑぐが小笊こざるに一杯ぱいに成なつた時ときおつぎは小笊こざるを手てに持もつて
「よきげ此これ煮にてやつぺか、砂糖さたうでも入せえたら佳味うまかつぺな」獨語ひとりごとのやうにいつた。
「煮にてくろうよう」與吉よきちはそれを聞きいて又またせがんでおつぎへ飛とびついて、被かぶつて居ゐる手拭てぬぐひを引ひつ張ぱつた。おつぎは
「おゝ痛いてえまあ」と顏かほを蹙しかめて引ひかれる儘まゝに首くびを傾かたぶけていつた。亂みだれた髮かみの三筋みすぢ四筋よすぢが手拭てぬぐひと共ともに強つよく引ひかれたのである。
「其麽そんなもの鹽しほでゞも茹ゆでてやれ」勘次かんじは俄にはかに呶鳴どなつた。
「砂糖さたうだなんて、默だまつてれば知しらねえでるもの、泣なかれたらどうすんだ、砂糖さたうだの醤油しやうゆだのつてそんなことしたつ位くれえなんぼ損そんだか知しれやしねえ、おとつゝあ等らそんな錢ぜねなんざ一錢ひやくだつて持もつてねえから、鹽しほだつて容易よういなもんぢやねえや、そんな餘計よけいなもの何なんになるもんぢやねえ」勘次かんじは反覆くりかへして叱しかつた。與吉よきちはおつぎの陰かげへ廻まはつて抱だきついた。「どうしたもんだんべまあ、ぢつき怒おこんだから」おつぎは小言こごとを聞きいて呟つぶやいた。
「そんだつて、おとつゝあ等らそんな處とこぢやねえから」勘次かんじはがつかり聲こゑを落おとしていつた。さうして沈默ちんもくした。
 おつぎもお品しなが死しんでから苦くるしい生活せいくわつの間あひだに二たび春はるを迎むかへた。おつぎは餘儀よぎなくされつゝ生活せいくわつの壓迫あつぱくに對たいする抵抗力ていかうりよくを促進そくしんした。餘所よその女をんなの子このやうに長閑のどかな春はるは知しられないでおつぎは生理上せいりじやうにも著いちじるしい變化へんくわを遂とげた。お品しなが死しんだ時ときはおつぎはまだ落葉おちばを燻くべるとては竹たけの火箸ひばしの先さきを直すぐに燃もやして畢しまふ程ほど下手へたな子こであつた。それが横よこにも竪たてにも大おほきくなつて、肌膚はだもつやゝかに見みえて髮かみも長ながくなつた。おつぎの家いへの後うしろの崖がけのやうに成なつた處ところからは村むらのものが能よく黄色きいろな粘土ねんどを採とつた。髮かみが黏ねばるやうになるとおつぎは其その粘土ねんどをこすりつけて、肌はだぬぎになつた儘まゝ黄色きいろく染そまつた頭あたまを井戸ゐどの側そばで洗あらふのである。さうして其そのふつさりとした髮かみは二度ど梳すく處ところは三度ど梳すくやうに成なつた。おつぎは又また髮かみへつける胡麻ごまの油あぶらを元結もとゆひで縛しばつた小ちひさな罎びんへ入いれて大事だいじに藏しまつて置おくのである。短みじかい期間きかんではあるが針はり持もつやうになつてからは赤あかい襷たすきも絎くけた。半纏はんてんも洗濯せんたくした。どうにか自分じぶんの手てで仕上しあげた身丈みたけに足たりる衣物きものを着きておつぎは俄にはかに大人おとなびたやうに成なつた。田たや畑はたけに出でる時ときにはまだ糊のりのぬけない半纏はんてんへ赤あかい襷たすきを肩かたから掛かけて勘次かんじの後うしろに跟ついて行ゆく。おつぎは仕事しごとにかゝる時ときには其その半纏はんてんはとつて木きの枝えだへ懸かける。おつぎの姿すがたは漸やうやく村むらの注目ちうもくに値あたひした。 春はるの野のを飾かざつて黄色きいろな布ぬのを掩おほうたやうな菜なの花はなも、春はるらしい雨あめがちららと降ふつて霜しもに燒やけたやうな葉はが滅切めつきりと青あをみを加くはへて來きた頃ころは其その開ひらいた葉はの心部しんぶには只たゞ僅わづかな突起とつきを見出みいだす。然しかしそこには蕾つぼみが明あきらかに形かたちを成なして居ゐるのである。空そらからは暖あたゝかい日光につくわうが招まねいて土つちからは長ながい手てがずんんとさし扛あげては更さらに長ながくさし扛あげるので其その派手はでな花はなが麥むぎや小麥こむぎの穗ほにも沒却ぼつきやくされることなく廣ひろい野のを占しめるのである。おつぎも其その心部しんぶに見みえる蕾つぼみであつた。然しかし其その蕾つぼみはさし扛あげられないのみではなく壓おさへる手ての強つよい力ちからが加くはへられてある。勘次かんじは寸時すんじもおつぎを自分じぶんの側そばから放はなすまいとして居ゐる。隨したがつて空そらの日光につくわうが招まねくやうに女をんなの心こゝろを促うながすべき村むらの青年せいねんとの間あひだにはおつぎは何なんの關係くわんけいも繋つながれなかつた。おつぎが十七といふ年齡としを聞きいて孰いづれも今更いまさらのやうに其その注意ちういを惹起ひきおこしたのである。冬ふゆの季節きせつに埃ほこりを捲まいて來くる西風にしかぜは先まづ何處どこよりもおつぎの家いへの雨戸あまどを今日けふも來きたぞと叩たゝく。それは村むらの西端せいたんに在あるからである。位置ゐちがさういふ逐おひやられたやうな形かたちに成なつて居ゐる上うへに、生活せいくわつの状態じやうたいから自然しぜんに或ある程度ていどまでは注意ちういの目めから逸それて日陰ひかげに居ゐると等ひとしいものがあつたのである。勘次かんじの監督かんとくの手ては蕾つぼみの成長せいちやうを止とゞめる冷ひやゝかな空氣くうきで、さうして之これを覗ねらふものを防遏ばうあつする堅固けんごな牆壁しやうへきである。然しかし春はるの季節きせつを地上ちじやうの草木さうもくが知しつた時、どれ程ほど白しろく霜しもが結むすんでも草木さうもくの活力くわつりよくは動うごいて止やまぬ如ごとく、おつぎの心こゝろは外部ぐわいぶから加くはへる監督かんとくの手てを以もつて奪うばひ去さることは出來できない。 おつぎは勘次かんじの後あとへ跟ついて畑はたけへ往來わうらいする途上とじやうで紺こんの仕事衣しごとぎに身みを堅かためた村むらの青年せいねんに逢あふ時ときには有繋さすがに心こゝろは惹ひかされた。肩かたにした鍬くはの柄えへおつぎは兩手りやうてを掛かけて居ゐる。其その握にぎつた手てに頬ほゝを持もたせるやうにして、おつぎは幾いくらか首くびを傾かたむけつゝ手拭てぬぐひの下したから黒くろい瞳ひとみで青年せいねんを見みるのであつた。勘次かんじは後あとから跟ついて來くるおつぎの態度たいどまで知しることは出來できなかつた。おつぎは數次しばばさうして村むらの青年せいねんを見みた。然しかし一語ごも交換かうくわんする機會きくわいを有もたなかつた。おつぎはどうといふこともなく寧むしろ殆ほとんど無意識むいしきに行ゆき交かふ青年せいねんを見みるのであつたが、手拭てぬぐひの下したに光ひかる暖あたゝかい二ふたつの瞳ひとみには情じやうを含ふくんで居ゐることが青年等せいねんらの目めにも微妙びめうに感應かんおうした。恁かうしておつぎもいつか口くちの端はに上のばつたのである。それでも到底たうてい青年せいねんがおつぎと相あひ接せつするのは勘次かんじの監督かんとくの下もとに白晝はくちう往來わうらいで一瞥べつして行ゆき違ちがふ其その瞬間しゆんかんに限かぎられて居ゐた。それ故ゆゑ一般ぱんの子女しぢよのやうではなくおつぎの心こゝろにも男をとこに對たいする恐怖きようふの幕まくを無理むりに引拂ひきはらはれる機會きくわいが嘗かつて一度ひとたびも與あたへられなかつた。おつぎは往來わうらいを行ゆくとては手拭てぬぐひの被かぶりやうにも心こゝろを配くばる只たゞの女をんなである。それが家いへに歸かへれば直たゞちに苦くるしい所帶しよたいの人ひとに成ならねばならぬ。そこにおつぎの心こゝろは別人べつにんの如ごとく異常いじやうに引ひき緊しめられるのであつた。 復また爽さわやかな初夏しよかが來きて百姓ひやくしやうは忙せはしくなつた。おつぎは死しんだお品しなが地機ぢばたに掛かけたのだといふ辨慶縞べんけいじまの單衣ひとへを着きて出でるやうに成なつた。針はりを持もつやうに成なつた時ときおつぎは此これも自分じぶんの手てで仕上しあげたのであつた。夫それは傍そばで見みて居ゐては危あぶな相さうな手てもとで幾度いくたびか針はりの運はこびやうを間違まちがつて解といたこともあつたが、遂しまひには身體からだにしつくり合あふやうに成なつて居ゐた。死しんだお品しなはおつぎが生うまれたばかりに直すぐに竈かまどを別べつにして、不見目みじめな生計くらしをしたので當時たうじは晴はれの衣物きものであつた其その單衣ひとへに身みを包つゝんで見みる機會きくわいもなく空むなしく藏しまつた儘まゝになつて居ゐたのである。それに其その頃ころは紺こんが七日なぬかからも經たたねば沸わかないやうな藍瓶あゐがめで染そめられたので、今いまの普通ふつうの反物たんもののやうな水みづで落おちないかと思おもへば日ひに褪さめるといふのではなく、勘次かんじがいつたやうに洗濯せんたくしても却かへつて冴さえるやうなので、それに地質ぢしつもしつかりと丈夫ぢやうぶなものであつた。おつぎが洗あらひ曝ざらしの袷あはせを棄すてゝ辨慶縞べんけいじまの單衣ひとへで出でるやうに成なつてからは一際ひときは人ひとの注目ちうもくを惹ひいた。例れいの赤あかい襷たすきが後うしろで交叉かうさして袖そでを短みじかく扱こきあげる。其その扱こきあげられた肩かたは衣物きものの皴しわで少すこし張はつて身體からだを確乎しつかとさせて見みせる。現あらはれた腕うでには紺こんの手刺てさしが穿うがたれてある。漸やうやく暑あつい日ひを厭いとうておつぎは白しろい菅笠すげがさを戴いたゞいた。白しろい菅笠すげがさは雨あめに曝さらされゝばそれで破やぶれて畢しまふので、夏なつのはじめには屹度きつと何處どこでも新あたらしいのに換かへられるのである。おつぎは勘次かんじに引ひかれて麥むぎの畦間うねまを耕たがやした。鍬くはを入いれるのが手後ておくれになつた麥むぎは穗ほが白しろく出でて居ゐる。時々ときき立たつて鍬くはに附ついた土つちを足あしの底そこで扱こきおろすおつぎの姿すがたがさややと微かすかな響ひゞきを立たてゝ動うごく白しろい穗ほの上うへに見みえる。餘所よそを一寸ちよつと見みる度たびに大おほきな菅笠すげがさがぐるりと動うごく。菅笠すげがさは日ひを避さけるのみではなく女をんなの爲ためには風情ふぜいある飾かざりである。髮かみには白しろい手拭てぬぐひを被かぶつて笠かさの竹骨たけぼねが其その髮かみを抑おさへる時ときに其處そこには小ちひさな比較的ひかくてき厚あつい蒲團ふとんが置おかれてある。さういふ間隔かんかくを保たもつて菅笠すげがさは前屈まへかゞみに高たかく据すゑられるのである。女等をんならは皆みな少時しばしの休憩時間きうけいじかんにも汗あせを拭ぬぐふには笠かさをとつて地上ちじやうに置おく。一ひとつには紐ひもの汚よごれるのを厭いとうて屹度きつと倒さかさにして裏うらを見みせるのである。さうして厚あつい笠蒲團かさぶとんの赤あかい切きれが丸まるく白しろい笠かさの中央まんなかに黒くろい絎紐くけひもと調和てうわを保たもつのである。おつぎの笠蒲團かさぶとんは赤あかや黄きや青あをの小ちひさな切きれを聚あつめて縫ぬつたのであつた。然しかしおつぎの帶おびだけは古ふるかつた。餘所よその女をんなの子こは大抵たいていは綺麗きれいな赤あかい帶おびを締しめて、ぐるりと褰からげた衣物きものの裾すそは帶おびの結むすび目めの下したへ入いれて只管ひたすらに後姿うしろすがたを氣きにするのである。一杯いつぱいに青あをく茂しげつた桑畑くはばたけ抔などに白しろい大おほきな菅笠すげがさと赤あかい帶おびとの後姿うしろすがたが、殊ことには空そらから投なげる強つよい日光につくわうに反映はんえいして其その赤あかい帶おびが燃もえるやうに見みえたり、菅笠すげがさが更さらに大おほきく白しろく光ひかつたりする時ときには有繋さすがに人ひとの目めを惹ひかねばならぬ。彼等かれらの姿すがたは斯かくして遠とほく隔へだてゝ見みるべきものであるが然しかしながら其その近ちかづいた時ときでも、跳はねあげられた笠かさの後うしろには兩頬りやうほほへ垂たれてさうして其その黒くろい絎紐くけひもで締しめられた手拭てぬぐひの隙間すきまから少すこし亂みだれた髮かみが覗のぞいて居ゐて其處そこにも一種しゆの風情ふぜいが發見はつけんされねばならぬ。 雨あめを含ふくんだ雲くもが時々ときき遮さへぎるとはいへ、暑あつい日ひのもとに黄熟くわうじゆくした麥むぎが刈かられた時とき畑はたけはからりと成なつて境木さかひぎに植うゑられてある卯木うつぎのびつしりと附ついた白しろい花はなが其處そこにも此處こゝにも目めに立たつて、俄にはかに濶々ひろろとしたことを感かんずると共ともに支さゝへるものが無なくなる丈だけ目めに入いる女をんなの姿すがたが殖ふえるのである。彼等かれらは少時しばしの休憩きうけいにも必かならず刈かり倒たふした麥むぎを臀しりに敷しいて其その白しろい卯木うつぎの下したに僅わづかでも日ひを避さける。
 到底たうてい彼等かれらの白しろい菅笠すげがさと赤あかい帶おびとは廣ひろい野のを飾かざる大輪たいりんの花はなでなければならぬ。其その一ひとつの要件えうけんがおつぎには缺かけて居ゐた。
 暑あつい氣候きこうは百姓ひやくしやうの凡すべてを其その狹苦せまくるしい住居すまゐから遠とほく野のに誘さそうて、相互さうごに其その青春せいしゆんのつやゝかな俤おもかげに憧憬あこがれしめるのに、さうして刺とげの生はえた野茨のばらさへ白しろい衣ころもを飾かざつて快こゝろよいひたたと抱だき合あふては互たがひに首肯うなづきながら竭つきない思おもひを私語さゝやいて居ゐるのに、おつぎは嘗かつて青年せいねんとの間あひだに一語ごを交まじへることさへ其その權能けんのうを抑おさへられて居ゐた。孰いづれにしてもおつぎの心こゝろには有繋さすがに微かすかな不足ふそくを感かんずるのであつた。勘次かんじは洗あらひ曝ざらしの襦袢じゆばんを褌ふんどし一つの裸はだかへ引ひつ掛かけて、船頭せんどうが被かぶるやうな藺草ゐぐさの編笠あみがさへ麻あさの紐ひもを附つけて居ゐる。 勘次かんじに導みちびかれておつぎは仕事しごとが著いちじるしく上手じやうずになつた。おつぎが畑はたけへ往來わうらいする時ときは村むらの女房等にようばうらは能よくいつた。
「何なんちう、おつかさまに似にて來きたこつたかな、歩あるきつきまでそつくりだ」
「雀斑そばかすがぽちちしてつ處とこまでなあ」お品しなには目めと鼻はなのあたりに雀斑そばかすが少すこしあつたのである。おつぎにも其それがその儘まゝで嫣然にこりとする時ときにはそれが却かへつて科しなをつくらせた。
「勘次かんじさん譯わけのねえもんだな、まあだ此間こねえだだと思おもつてたのにな、嫁よめにやつてもえゝ位くれえぢやねえけえ、お品しなさんもおめえ此この位くれえの時ときぢやなかつたつけかよ」女房等にようばうらは又また揶揄半分からかひはんぶんに恁かういふこともいつた。おつぎは勘次かんじがさういはれる時とき何時いつも赤あかい顏かほをして餘所よそを向むいて畢しまふのである。勘次かんじはお品しなのことをいはれる度たびに、おつぎの身體からだをさう思おもつては熟々つくくと見みる度たびに、お品しなの記憶きおくが喚返よびかへされて一種しゆの堪たへ難がたい刺戟しげきを感かんぜざるを得えない。それと同時どうじに女房にようばうが欲ほしいといふ切せつない念慮ねんりよを湧わかすのである。遠慮ゑんりよの無ない女房等にようばうらにお品しなの噺はなしをされるのは徒いたづらに哀愁あいしうを催もよほすに過すぎないのであるが、又また一方ぼうには噺はなしをして見みて貰もらひたいやうな心持こゝろもちもしてならぬことがあつた。
「勘次かんじさんどうしたい、えゝ鹽梅あんべえのが有あんだが後あと持もつてもよかねえかえ」と彼かれに女房にようばうを周旋しうせんしようといふ者ものはお品しなが死しんでから間まもなく幾いくらもあつた。勘次かんじは只たゞお品しなにのみ焦こがれて居ゐたのであるが、段々だんん日數ひかずが經たつて不自由ふじいうを感かんずると共ともに耳みゝを聳そばだてゝさういふ噺はなしを聞きくやうに成なつた。然しかし其麽そんな噺はなしをして聞きかせる人々ひととは勘次かんじの酷ひどい貧乏びんばふなのと、二人ふたりの子こが有あるのとで到底たうてい後妻ごさいは居ゐつかれないといふ見越みこしが先さきに立たつて、心底しんそこから周旋しうせんを仕しようといふのではない。唯たゞ暇ひまを惜をしがる勘次かんじが何處どこへでも鍬くはや鎌かまを棄すてゝ釣込つりこまれるので遂つひ惡戯いたづらにじらして見みるのである。殊ことにおつぎが大おほきくなればなる程ほど、其その働はたらきが目めに立たてば立たつ程ほど後妻ごさいには居憎ゐにくい處ところだと人ひとは思おもつた。貧乏世帶びんばふじよたいへ後妻ごさいにでもならうといふものには實際じつさい碌ろくな者ものは無ないといふのが一般ぱんの斷案だんあんであつた。他人ひとは只たゞ彼かれの心こゝろを苛立いらだたせた。さうして彼かれの尋常外なみはずれた態度たいどが、却かへつて惡戯好いたづらずきの心こゝろを挑發てうはつするのみであつた。「まゝよう、まゝようでえ、まゝあな、ら、ぬう」
勘次かんじは小聲こごゑで唄うたうて行ゆくのがどうかすると人ひとの耳みゝにも響ひゞくやうに成なつた。
 其その頃ころは勘次かんじの庭にはの栗くりの梢こずゑも、それへ繁殖はんしよくして残酷ざんこくに葉はを喰くひ荒あらす栗毛蟲くりけむしのやうな毒々どくくしい花はなが漸やうやく白しろく成なつて、何處どこの村落むらにもふつさりとした青葉あをばの梢こずゑから栗くりの木きが比較的ひかくてきに多おほいことを示しめして其その白しろい花はなが目めについた。村落むらを埋うづめて居ゐる梢こずゑからふわわと蒸氣ゆげが立たち騰あがらうといふ形かたちに栗くりの花はなは一杯ぱいである。空そらは降ふらないながらに低ひくい雲くもが蟠わだかまつて、時々ときき目めに鮮あざやかで且かつ黒くろずんだ青葉あをばの上うへにかつと黄色きいろな明あかるい光ひかりを投なげる。何處どことなく濕しめつぽく頭あたまを抑おさへるやうに重苦おもくるしい感かんじがする。
 悉こととく畑はたへ走はしつた村落むらの内うちには稀まれにさういふ青葉あをばの間あひだに鯉幟こひのぼりがばささと飜ひるがへつてはぐたりと成なつて、それが朝あさから永ながい日ひを一日にち、さうして其その家族かぞくが日ひは沒ぼつしたにしても何時いつになくまだ明あかるい内うちに浴ゆあみをして女をんなまでが裂さいた菖蒲しやうぶを髮かみに卷まいて、忙せはしい日ひと日ひの間あひだをそれでも晴衣はれぎの姿すがたになる端午たんごの日ひの來くるのを懶ものうげに待まつて居ゐる。さういふ青葉あをばの村落むらから村落むらを女をんなの飴屋あめやが太皷たいこを叩たゝいて歩あるいた。明屋あきやばかりの村落むらを雨あめが降ふらねば女をんなは端はしから端はしと唄うたうて歩あるく。勘次かんじが唄うたうたのは其その女をんなの唄うたである。女をんなは聲こゑを高たかく唄うたうては又また聲こゑを低ひくくして其その句くを反覆はんぷくする。其その唄うたふ處ところは毎日まいにち唯たゞ此この一句くに限かぎられて居ゐた。女をんなは年増としまで一人ひとりの子こを負おうて居ゐる。鬼怒川きぬがはを徃復わうふくする高瀬船たかせぶねの船頭せんどうが被かぶる編笠あみがさを戴いたゞいて、洗あらひ曝ざらしの單衣ひとへを裾すそは左ひだりの小褄こづまをとつて帶おびへ挾はさんだ丈だけで、飴あめは箱はこへ入いれて肩かたから掛かけてある。暮あつい日ひは笠かさの編目あみめを透とほして女をんなの顏かほに細ほそい強つよい線せんを描ゑがく。女をんなの顏かほは窶やつれて居ゐた。子こは概おほむね眠ねむつて居ゐた。耳みゝもとで鳴なる太皷たいこの喧やかましい音おととお袋ふくろの唄うたふ聲こゑとがいつとはなしに誘さそつたのであつたかも知しれぬ。首くびは寧むしろ倒さかさまに垂たれて額ひたひがいつでも暑あつい日ひに照てられて汗あせばんで居ゐた。百姓ひやくしやうは皆みな此この見窄みすぼらしい女をんなを顧かへりみなかつた。村落むらから村落むらへ野のを渡わたる時とき女をんなの姿すがたは人目ひとめを惹ひくべき要點えうてんが一つも備そなはつて居ゐなかつた。然しかしいつの間まにか人ひとが遠とほくより見みるやうに成なつた。行ゆき違ちがふ女房等にようばうらは額ひたひに照てられて眠ねむつて居ゐる子こを見みて痛々敷いたたしいと思おもふのであつた。女をんなは唄うたはなくても太皷たいこの音ねが村落むらの子こを遠とほくから誘さそふのに氣きの乘のらぬ唄うたひやうをして只たゞ其その一句くを反覆くりかへすのである。女をんなは背中せなかの子こが眠ねむつて居ゐるのを悦よろこんで其その子こが什麽どんな姿なりであるかは心付こゝろづかない。只たゞ小ちひさな銅貨どうくわを持もつて走はしつて來くる村落むらの子こを待まちつゝ誘さそひつゝ歩あるくのである。女をんなは何處どこから出でてどう行ゆくといふことも忙せはしく只たゞ田畑たはたに勞働らうどうして居ゐる百姓ひやくしやうの間あひだには知しられなかつた。毎日まいにちさうして歩あるいて居ゐた女をんなが知しりたがり聞ききたがる女房等にようばうらの間あひだに、各自てんでに口喧くちやかましい陰占かげうらなひを逞たくましくされると間まもなく、或ある日ひ村外むらはずれの青葉あをばの中なかへ太皷たいこの音おとと唄うたの聲こゑとが遠とほく微かすかに沒ぼつし去さつた切きり、軈やがて梅雨つゆが夥おびたゞしく且かつ毒々どくくしい其その栗くりの花はなの腐くさるまではと降ふり出だしたので其その女をんなの穢きたなげな窶やつれた姿すがたは再ふたゝび見みられなかつた。 勘次かんじは耳みゝの底そこに響ひゞいた其その句くを獨ひとり感かんに堪たへたやうに唄うたうては行ゆくのである。彼かれは自分じぶんの聲こゑが高たかいと思おもつた時とき他人ひとに聞きかれることを恥はづるやうに突然とつぜんあたりを見みることがあつた。曲まがり角かどでひよつと逢あふ時ときそれが口輕くちがるな女房にようばうであれば二三歩ぽ行やり過すごしては
「どうしたえ、勘次かんじさん彼女あれげ焦こがれたんぢやあんめえ、尤もつとも年頃としごろは持もつゝけだから連つれつ子この一人ひとり位ぐれえは我慢がまんも出來できらあな、そんだがあれつ切きり來きなくなつちやつて困こまつたな」と遠慮ゑんりよもなく揶揄からかうては、少すこし隔へだたると態わざと聲こゑを立たてゝ其その句くを唄うたつたりする。さうすると勘次かんじは家うちに歸かへるまで一句くも唄うたはない。然しかし彼かれは暫しばらくそれを唄うたふことを止やめなかつた。
 彼かれは只たゞ女房にようばうが欲ほしいいとのみ思おもつた。

九

 勘次かんじは依然いぜんとして苦くるしい生活せいくわつの外そとに一歩ぽも遁のがれ去さることが出來できないで居ゐる。お品しなが死しんだ時とき理由わけをいうて借かりた小作米こさくまいの滯とゞこほりもまだ一粒つぶも返かへしてない。大暑たいしよの日ひが井戸ゐどの水みづまで減へらして炒いりつける頃ころはそれまでに幾度いくたびか勘次かんじの穀桶こくをけは空からに成なるのである。彼かれは一般ぱんの百姓ひやくしやうがすることは仕しなくては成ならないので、殊ことには副食物ふくしよくぶつとして必要ひつえうなので茄子なすや南瓜たうなすや胡瓜きうりやさういふ物ものも一通ひととほりは作つくつた。彼かれは村外むらはづれの櫟林くぬぎばやしの側そばに居ゐたので自分じぶんの家いへの近ちかくにはさういふ物ものを作つくる畑はたけが一枚まいもなかつた。それでも胡瓜きうりだけは垣根かきねの内側うちがはへ一列れつに植うゑて後うしろの林はやしに交まじつた短みじかい竹たけを伐きつて手てに立たてた。竹たけの立たつてる林はやしは彼かれの所有しよいうではないけれど、彼かれは恁かうして必要ひつえうの度たび毎ごとに強しひては隱かくさない盜ぬすみを敢あへてするのである。南瓜たうなすも庭にはの隅すみへ粟幹あはがらで圍かこうた厠かはやの側そばへ植うゑた。それから庭にはの栗くりの木きへも絡からませた。茄子なすだけは遠とほい畑はたけの麥むぎの畦間うねまへ植うゑた。彼かれは甘藷さつまいもの外ほかには到底たうていさういふ凡すべての苗なへを仕立したてることが出來できないので、又また立派りつぱな苗なへを買かひに行ゆく丈だけの餘裕よゆうもないので、容子ようすから見みれば近村きんそんではあるが何處どことも確乎しかとは知しれない天秤商人てんびんあきうどからそれを求もとめた。天秤商人てんびんあきうどの持もつて來くるのは大抵たいてい屑くづばかりである。それでも勘次かんじは廉やすいのを悦よろこんだ。彼かれは其その僅わづかな錢ぜにを幾度いくたびか勘定かんぢやうして渡わたした。 麥むぎが刈かられて其その束たばが兩端りやうはしを切きつ殺そいだ竹たけの棒ぼうへ透とほして畑はたけの外そとへ擔かつぎ出だされた時とき、趾あとには陸稻をかぼや大豆だいづがひよろろと青あをばんだ畑はたけに勘次かんじの茄子なすは短みじかい畝うねが五畝うねばかりになつて立たつて居ゐた。下葉したはは黄色きいろくなつて居ゐたがそれでも麥むぎが暫しばらく日ひを掩おほうたので皆みな根ねづいて生長せいちやうしかけて居ゐた。假令たとひ痩やせさせないまでも肥こやして行ゆくことをしない畑はたけの土つちに茄子なすは干稻ひねびてそれで處々ところろに一ひとつ宛づゝ花はなを持もつて居ゐた。勘次かんじは朝あさのまだ凉すゞしい、葉はに濕しめりのある間あひだに竈かまどの灰はひを持もつて行いつて其その葉はに掛かけて遣やる丈だけの手數てすうは竭つくしたのである。それで幾いくらでも活溌くわつぱつに運動うんどうする瓜葉蟲うりはむしは防ふせがれた。それは羽はねが赤あかいので赤蠅あかばへと土地とちではいつて居ゐる。木きの灰はひでは油蟲あぶらむしの湧わくのはどうも出來できなかつた。それから又また根切蟲ねきりむしが残酷ざんこくに堅かたい莖くきを根ねもとからぷきりと噛かみ倒たふして植うゑた數かずの減へるにも拘かゝはらず、彼かれは遠とほく畑はたけに出でて土つちに潜伏せんぷくして居ゐる其その憎にくむべき害蟲がいちうを探さがし出だして其その丈夫ぢやうぶな體からだをひしぎ潰つぶして遣やる丈だけの餘裕よゆうを身體からだにも心こゝろにも持もつて居ゐない。垣根かきねの胡瓜きうりは季節きせつの南みなみが吹ふいて、朝あさの靄もやがしつとりと乾かわいた庭にはの土つちを濕しめしておりると何なにを僻ひがんでか葉はの陰かげに下さがる瓜うりが、萎しぼんだ花はなのとれぬうちに尻しりが曲まがつて忽たちまちに蔓つるも葉はもがららに枯かれて畢しまつたのであつた。只たゞ南瓜たうなすだけは其その特有もちまへの大おほきな葉はをずんんと擴ひろげて蔓つるの先さきが忽たちまちに厠かはやの低ひくい廂ひさしから垂たれた。殊ことに栗くりの木きに絡からんだのは白晝ひるまの忘わすれる程ほど長ながい間あひだ雨戸あまどは閉とぢた儘まゝで、假令たとひ油蝉あぶらぜみが炒いりつけるやうに其處そこらの木き毎ごとにしがみ附ついて聲こゑを限かぎりに鳴ないたにした處ところで、凡すべてが暑あつさに疲つかれたやうで寧むしろ極きはめて閑寂かんじやくな庭にはを覗のぞいては、葉はの陰かげながら段々だんんに日にに燒やけつゝ太ふとりつゝ臀しりの臍へそを剥むき出だしてどつしりと枝えだから垂たれ下さがつた。それが僅わづかに庭にはに威勢ゐせいをつけて居ゐる。 一般ぱんにさうではあるが殊ことに勘次かんじの手てに作つくられた蔬菜そさいは凡すべて其その成熟せいじゆくが後おくれた。それで其その蔬菜そさいが庖丁はうちやうにかゝる間あひだは口くちにこそつぱい干菜ほしなや切干きりぼしやそれも缺乏けつばうを告つげれば、此これでも彼等かれらの果敢はかない貯蓄心ちよちくしんを最もつとも發揮はつきした菜なや大根だいこんの鹽辛しほからい漬物つけものの桶をけにのみ其その副食物ふくしよくぶつを求もとめるのである。彼等かれらは勞働らうどうから來くる空腹くうふくを意識いしきする時ときは一寸いつすんも動うごくことの出來できない程ほど俄にはかに疲勞ひらうを感かんずることさへある。什麽どんな麁末そまつな物ものでも彼等かれらの口くちには問題もんだいではない。彼等かれらは味あじはふのではなくて要えうするに咽喉のどの孔あなを埋うづめるのである。冷水れいすゐを注そゝいで其そのぼろろな麥飯むぎめしを掻かき込こむ時とき彼等かれらの一人ひとりでも咀嚼そしやくするものはない。彼等かれらは只たゞ多量たりやうに嚥下えんげすることによつて其その精力せいりよくを恢復くわいふくし滿足まんぞくするのである。牛うしや馬うまでも地上ちじやうに軟やはらかな草くさの繁茂はんもする季節きせつが來くれば自然しぜんに乾草ほしぐさや藁わらを厭いとふやうになる。それが貧まづしい生活せいくわつの人人ひととのみは恁かうして甘あまんじて居ゐることを餘儀よぎなくされつゝあるのである。
 然しかし孰いづれも發汗はつかんに伴ともなうて渇かつした口くちに爽さわやかな蔬菜そさいの味あぢを欲ほつしないものはない。貧苦ひんくに惱なやんでさうして其その蔬菜そさいの缺乏けつばふを感かんじて居ゐるものは勘次かんじのみではない。さういふ伴侶なかまの殊ことに女をんなは人目ひとめの少すくない黄昏たそがれの小徑こみちにつやゝかな青物あをものを見みると遂つひした料簡れうけんからそれを拗切ちぎつて前垂まへだれに隱かくして來くることがある。畑はたけの作主さくぬしが其その損失そんしつ以外いぐわいにそれを惜をしむ心こゝろから蔭かげで勢いきほひ激はげしく怒おこらうともそれは顧かへりみる暇いとまを有もたない。勘次かんじの痩やせた茄子畑なすばたけもさうして襲おそはれた。其その莖くきを痛いためても構かまはぬ拗切ちぎりやうを見みて失望しつばうと憤懣ふんまんの情じやうとを自然しぜんに經驗けいけんせざるを得えなかつた。然しかしながら彼かれはつくくと忌々敷いまましい其その心持こゝろもちに熟じゆくして居ゐながら自分じぶんも亦また他たの虚きよに乘じようずることを敢あへてするのであつた。一ひとつにはどうで他人ひとにも盜とられるのだからといふ自暴自棄やけの理窟りくつが心こゝろのうちに捏造ねつざうされるのである。一ひとつには良心りやうしんの苛責かしやくを餘所よそにしてさうして又またそれが何處どこまでも發見はつけんせられないものであるならば他人ひとの物ものを盜とることは口腹こうふくの慾よくを滿足まんぞくせしむるには容易よういで且かつ輕便けいべんな手段しゆだんでなければならぬ筈はずである。恁かういふ理由わけで比較的ひかくてき餘裕よゆうのある百姓ひやくしやうよりも貧乏びんばふな百姓ひやくしやうは十分ぶん早はやく然しかも數次しばば其その新鮮しんせんな蔬菜そさいを味あぢあふのである。偶たまま市場しぢやうに遠とほく馬うまの脊せで運はこぶ者ものは其その成熟せいじゆくの期きを早はやめたつやゝかな數かずが幾いくら有あつても自分じぶんの口くちには入いれない。少すこしづゝでも他ほかの必要品ひつえうひんを求もとめる爲ために錢ぜにに換かへようとするのである。季節きせつが熟じゆくさねば收穫しうくわくの多量たりやうを望のぞむことが出來できないので、彼等かれらが食料しよくれうとして畑はたけへ手てをつけるのは凡すべてが存分ぞんぶんの生育せいいくを遂とげた後あとでなければならぬ。其處そこが相互さうごに盜ぬすむものをして乘じようぜしめる機會きくわいである。 與吉よきちは能よく貧乏びんばふな伴侶なかまの子こが佳味相うまさうに青物あをものを噛かじつて居ゐるのを見みておつぎに強請せがむことがあつた。勘次かんじの家うちではどうかすると朝あさに成なつて大おほきな南瓜たうなすが土間どまに轉ころがつて居ゐることがある。それで庭にはの南瓜たうなすは一ひとつも減へつて居ゐない。
「こらどうしたんでえおとつゝあ」與吉よきちは悦よろこんで危あぶな相さうに抱だいては聞きく。
「弄いぢんぢやねえ」勘次かんじは只たゞ恐おそろしい目めをして叱しかるやうに抑おさへる。勘次かんじはまだ肌はだの白しろく且かつ薄赤味うすあかみを帶おびた人形にんぎやうの手足てあしのやうな甘藷さつまいもを飯めしへ炊たき込こむことがあつた。
「佳味うめえな」とおつぎがいつた時とき
「〆粕しめかすで作つくつからよ」勘次かんじはいつた。
「旦那だんなぢや、〆粕しめかす許ばかり使つかあんだつぺか」おつぎは自分じぶんの知しらぬ不廉ふれんな肥料ひれうのことに就ついて聞きいた。勘次かんじは氣きがついて
「甘藷さつま喰くつたなんていふんぢやねえぞ」與吉よきちを警いましめた。勘次かんじは彼かれの大豆畑だいづばたけの近ちかくに隣となりの主人しゆじんの甘藷畑さつまばたけとそれから其その途中とちうに南瓜畑たうなすばたけがあつたので、他たの畑はたけのものよりも自然しぜんにそれを盜とつた。少すこしづつ盜とつた。南瓜たうなすは晝間ひるま見みて置おいて夜よるになるとそつと蔓つるを曳ひいて所在ありかを探さがすのである。甘藷さつまいもは土つちを掻かつ掃ぱいて探さがし掘ぼりにするのは心こゝろが忙せはし過すぎるのでぐつと引ひき拔ぬく。彼かれは日中につちう甘藷畑さつまいもばたけの側そばを過すぎては自分じぶんの荒あらした趾あとを見みて心こゝろに酷ひどいとは思おもふのであるがそれを埋うめて置おくには心こゝろが咎とがめた。恁かういふ伴侶なかまは千菜荒せんざいあらしといふ名稱めいしようの下もとに喚よばれた。 與吉よきちは獨ひとりで村むらを遊あそんで歩あるいた。秋あきが深ふけて甘藷さつまいもが蒸むされるやうに成なつた。與吉よきちは能よくさういふ處ところへ行いつては欲ほし相さうな顏かほをして默だまつて見みて居ゐるので何處どこでも熱あつい甘藷さつまいもが與あたへられるのであつた。或ある時とき彼かれは
「俺おらあ家うちで甘藷さつまくつたなんてゆはねえんだ」甘藷さつまいもを手てに持もつて怖おづづいつた。彼かれは只たゞ嬉うれしかつたのである。
「何故なぜゆはねえんだ」與あたへた人ひとは聞きいた。
「何故なぜでもだ」
「そんぢやえゝ、其その甘藷さつま取とつ返けえしつちまあから」と驚おどろかされて
「そんでも俺家おらぢのおとつゝあ甘藷さつま喰くつたなんてゆふんぢやねえぞつて云ゆつたんだ」與吉よきちは媚こびるやうな容子ようすでいつた。
「よきら家への甘藷さつまうめえか」
「旦那だんなのがはうめえつて云ゆつたんだ」
「おとつゝあ云ゆつたのか姊ねえ云ゆつたのか」
「姊ねえぢやねえ、おとつゝあだ」
「おとつゝあは家うちで甘藷さつまくつて旦那だんなのがうめえつちつたのか」
「さうなんだわ」無心むしんな與吉よきちは誘さそひ出だされるまゝにいつて畢しまつた。然しかし相互さうごに畑はたけを荒あらしては、痩やせた骨身ほねみを噛かじり合あうて居ゐるやうな彼等かれらの間あひだにこんなことが無なければ殊更ことさらに勘次かんじばかりが注目ちうもくされるのではなかつたのである。

一〇

 秋あきも朝あさは冷ひやゝかに成なつた。稻いねの穗ほは北きたが吹ふけば南みなみへ向むいたり、南みなみが吹ふけば北きたへ向むいたりして其その重相おもさうな首くびを止やまず動うごかしてはさららと寂さびしく笑わらひはじめた。強つよい秋あきの雨あめが一夜やざああと降ふつた。次つぎの日ひには空そらは些いさゝかの微粒物びりふぶつも止とゞめないといつたやうに凄すごい程ほど晴はれて、山やまも滅切めつきり近ちかく成なつて居ゐた。しつとりと落付おちついた空氣くうきを透とほして、日光につくわうが妙めうに肌膚はだへ揉もみ込こむやうに暖あたゝかで且かつ暑あつかつた。春はるのやうな日ひに騙だまされて雲雀ひばりは、そつけない三稜形りようけいの種たねが膨ふくれつゝまだ一杯ぱいに白しろい蕎麥畑そばばたけやそれから陸稻畑をかぼばたけの上うへに囀さへづつた。それでも幾いくらか羽はねの運動うんどうが鈍にぶく成なつて居ゐるのか春はるのやうではなく低ひくく徘徊さまようて皺嗄しやがれた喉のどを鳴ならして居ゐる。周圍しうゐの臺地だいちからは土瓶どびんの蓋ふたをとつて釣瓶つるべをごつと傾かたむけたやうに雨水あまみづが一杯ぱいに田たに聚あつまつて稻いねの穗首ほくびが少すこし浸ひたつた。田圃たんぼも堀ほりも一ひとつに成なつた水みづは土瓶どびんの口くちから吐はき出だすやうに徐おもむろに低ひくい田たへと落おちる。村落むらの子供等こどもらは「三平ぺいぴいつくく」と雲雀ひばりの鳴聲なきごゑを眞似まねしながら、小笊こざるを持もつたり叉手さでを持もつたりしてぢやぶぶと快こゝろよい田圃たんぼの水みづを渉わたつて歩あるいた。其處そこには又また此これも春はるのやうな日ひに騙だまされて、疾とうから鳴なかなく成なつて居ゐた蛙かへるがふわりと浮ういてはこそつぱい稻いねの穗ほに捉つかまりながらげららと鳴ないた。一杯ぱいに塞ふさがつて居ゐる稻いねの穗ほの下したをそろろと偃はひながら水みづが低ひくく成なつた時とき秋あきの日ひは落おち掛かけた。さうして什麽どんな時ときでも其その本能ほんのうを衝動そゝる機會きくわいがあれば鳴なくのだといつて待まつて居ゐる其その蛙かへるもひつそりとした。大雨おほあめの後あとの畑はたけへは百姓ひやくしやうは大抵たいてい控ひかへ目めにして出でなかつた。 勘次かんじは黄昏たそがれ近ちかくなつてから獨ひとりで草刈籠くさかりかごを背負せおつて出でた。彼かれは何時いつもの道みちへは出でないで後うしろの田圃たんぼから林はやしへ、それから遠とほく迂廻うくわいして畑地はたちへ出でた。日ひはまだほんのりと明あかるかつたので勘次かんじはそつちこつちと空からな草刈籠くさかりかごを背負せおつた儘まゝ歩あるいた。彼かれは其それでも良心りやうしんの苛責かしやくに對たいして編笠あみがさで其その顏かほを隔へだてた。日ひがとつぷりと暮くれた時とき彼かれは道端みちばたへ草刈籠くさかりかごを卸おろした。其處そこには畑はたけの周圍まはりに一畝ひとうねづつに作つくつた蜀黍もろこしが丈たけ高たかく突つつ立たつて居ゐる。草刈籠くさかりかごがすつと地上ちじやうにこける時とき蜀黍もろこしの大おほきな葉はへ觸ふれてがさりと鳴なつた。更さらに其その葉はは何處どこにも感かんじない微風びふうに動搖どうえうして自分じぶんのみが怖おぢたやうに騷さわいで居ゐる。穗ほは何なにを騷さわぐのかと訝いぶかるやうに少すこし俯目ふしめに見みおろして居ゐる。勘次かんじは菜切庖丁なきりばうちやうを取出とりだして、其その高たかい蜀黍もろこしの幹みきをぐつと曲まげては穗首ほくびに近ちかく斜なゝめに伐きつた。穗ほは勘次かんじの手てに止とまつて幹みきは急きふに跳はね返かへつた。さうして戰慄せんりつした。勘次かんじは重おもく成なつた草刈籠くさかりかごを背負せおつて今度こんどは野のらの道みちを一散いつさんに自分じぶんの家うちへ歸かへつた。次つぎの朝あさ勘次かんじは軒端のきばたへ横よこに竹たけを渡わたして、ゆつさりとする其その穗ほを縛しばつて打ぶつ違ちがひに掛かけた。南みなみへ低ひくくなつた日ひが其それを覗のぞくやうに射さし掛かけた。 其その日ひは孰いづれもいひ合あはせたやうに畑はたけへ出でた。一日にち照てつたので畑はたけは大抵たいていぱささに乾かわいて居ゐる。蜀黍もろこしの穗ほを伐きりに出でた村むらの一人ひとりは自分じぶんの畑はたけがぞつくりと荒あらされて居ゐるのを發見はつけんして驚おどろいた。彼かれは畑はたけへ來きたなり穗ほは一本ぽんも伐きらないで其その儘まゝ駐在所ちうざいしよへ驅かけつけた。巡査じゆんさはそれでも直すぐに官服くわんぷくを着きて被害者ひがいしやと一緒しよに現場げんぢやうへ來きて見みて伐きられた穗ほの數かずを改あらためて手帖ててふへ止とめた。被害者ひがいしやが駐在所ちうざいしよへ驅かけつける間まに、畑はたけの遠とほくに離はなれれに散ちらばつて居ゐる百姓等ひやくしやうらは悉ことごとく其それを知しつた。被害者ひがいしやは途次みちみち大聲おほごゑを出だして呶鳴どなつて行いつたからである。なんでも昨夜さくや遲おそく野のらから歸かへるものが有あつたといふがそれぢや其それに相違さうゐないだらうといふことが傳つたへられた。勘次かんじも畑はたけへ出でて居ゐて騷さわぎに成なりはじめたのを知しつた。彼かれは直すぐに飛とんで歸かへつて悉ことごとく蜀黍もろこしの穗ほを外はづして、そつと近ちかくの林はやしへ隱かくして筵むしろを二枚まいばかり掩おほうた。
「癖くせになつから、みつしら懲こりらかした方はうがえゝ、俺方おらはうは畑はたけが五月蠅うるさくつて本當ほんたうに仕しやうねえ」
「見みせしめに行やつ時ときにや、こつぴどく行やんなくつちやえかねえよ」「村落むらの内うちようく見みせえすりや直すぐに分わからな、蜀黍もろこしなんぞ何處どこへ隱かくせるもんぢやねえ」
抔などと近ちかい畑同士はたけどうしは呶鳴どなり合あつた。其その聲こゑは被害者ひがいしやの耳みゝにも這入はひつてむかかと激げきした其その心こゝろに勢いきほひを附つけた。
「數かずが分わかつたらもう後あとへ手てを附つけてもえゝ」巡査じゆんさは畑はたけを去さつた。
「わしも行いつて見みあんせう、自分じぶんの畑はたけのがは一目ひとめ見みりや分わかりあんすから」恁かういつて被害者ひがいしやは蜀黍もろこしの穗ほを二三本ぼん持もつて村落むらへ戻もどつた。巡査じゆんさは其處そこら此處ここらと二三軒げん見みて歩あるいて勘次かんじの庭にはへ立たつた。それは勘次かんじは二三の者ものと共ともに巡査じゆんさの注意人物ちういじんぶつであつたからである。然しかし彼かれの貧まづしい建物たてものの何處どこにも隱匿いんとくされる餘地よちを發見はつけんすることが出來できなかつた。其その時ときは勘次かんじが餘所よそへ運はこんだ後あとなのである。巡査じゆんさは檐のきに渡わたした竹たけの棒ぼうを見みて
「此こりやどうするんだい」と聞きいた。被害者ひがいしやは先刻さつきから雨垂あまだれの水みづで土つちの窪くぼんだあたりを見みて居ゐたが
「はてな」と首くびを傾かたぶけて
「蜀黍粒もろこしつぶ落おつこつてあんすぞ、さうすつと此處ここへ引ひつ懸かけたの又また何處どこへか持もつてつちやつたな」被害者ひがいしやはいつた。巡査じゆんさは首肯うなづいた。
「此この粒つぶでがすから、わしがに相違さうゐありあんせん、彼等あつらがな此こんなに出來できつこねえんですから、それ證據しようこにや屹度きつと自分じぶんの畑はたけのがな一ひとつ穗ぽでも伐とつちやねえから見みさつせ、わしが此こんでも〆粕しめかす入せえて作つくつたんでがすから」被害者ひがいしやは熱心ねつしんにいつた。勘次かんじは其その時とき不安ふあんな態度たいどでぽつさりと自分じぶんの庭にはに立たつた。彼かれは既すでに巡査じゆんさの檐下のきしたに立たつてるのを見みて悚然ぞつとした。「勘次かんじ、此この竹たけはどうしたんだな」巡査じゆんさは横目よこめに勘次かんじを見みていつた。
「わし此こらあ、蜀黍もろこし伐きつて引ひつ懸かけべと思おもつたんでがす」
「うむ、此この粒つぶの零こぼれたのはどうしたんだ、蜀黍もろこしなんだらう此これは」
「へえ、なに、わしが一攫ひとつかみ引ひつ扱こいて來きて見みたの打棄うつちやつたんでがした」勘次かんじは恁かういつて蒼あをく成なつた。巡査じゆんさは更さらに被害者ひがいしやに勘次かんじの畑はたけを案内あんないさせた。悄然せうぜんとして後あとに跟ついて來くる勘次かんじを要えうはないからと巡査じゆんさは邪慳じやけんに叱しかつて逐おひやつた。勘次かんじの畑はたけの蜀黍もろこしは被害者ひがいしやがいつたやうに、情なさけないやうな見窄みすぼらしい穗ほがさらりと立たつてそれでも其その恐怖心きようふしんに驅かられたといふやうに特有もちまへな一種しゆの騷さわがしい響ひゞきを立たてつゝあつた。穗ほは一ひとつも伐きつてはなかつた。
「此これだからわし云いつたんでがす、ねえそれ、此この粒つぶでがすかんね」被害者ひがいしやは威勢ゐせいが出でた。
「稻いねつ束たば擔かつぐんだつて、わし等ら口くちへ出だしちや云ゆはねえが、ちやんと知しつてんでがすから、さう云いつちや何なんだが其麽そんなことするもなあ、極きまつたやうなもんですかんね」被害者ひがいしやは更さらに手柄てがらでもしたやうにいつた。
「もう解わかつたから、それぢや自分じぶんの仕事しごとをするがいい、後のちにわしが申報書しんぱうしよを拵こしらへて來きて遣やるから、それへ印形いんぎやうを捺おせばそれで手續てつゞきは濟すむんだからな」巡査じゆんさはさういつてさうして被害者ひがいしやが
「そんぢや、わし蜀黍もろこし隱かくして置おく處とこ見出めつけあんすから、屹度きつと有あんに極きまつてんだから」といふ聲こゑを後あとにして畑はたけの小徑こみちをうねりつゝ行いつた。「今度こんだこさあ、捕縛つかまつちや一杯いつぺえに引ひつ喰くらあんだんべ」畑同士はたけどうしは痛快つうくわいに感かんじつゝ口々くちちに恁かういふことをいつた。
「おつう俺おらとつても今度こんだあ駄目だめだよ」勘次かんじは果敢はかない自分じぶんの心持こゝろもちを唯ゆゐ一の家族かぞくであるおつぎの身體からだへ投なげ掛かけるやうに萎しをれ切きつていつた。勘次かんじは衷心ちうしんから恐怖きようふしたのである。其それ程ほどならば何故なぜ彼かれは蜀黍もろこしの穗ほを伐きることを敢あへてしたのであつたらうか。彼かれは此これまでも畑はたけの物ものを盜とつたのは一度どや二度どではない。其それは些少させうであつたが彼かれは盜とりたくなつた時とき機會きくわいさへあれば何時いつでも盜とりつゝあつたのである。彼かれは身みを殺ころさうとまで其その薄弱はくじやくな意思いしが少すこしのことにも彼かれを苦くるしめる時とき、彼かれを衝動そそつて盜性たうせいがむかかと首くびを擡もたげつゝあつたのである。勘次かんじはもう仕事しごとをする處どころではない。彼かれは到底たうてい寸時すんじも其その家いへに堪たへられなく成なつて、隣となりの彼かれの主人しゆじんに縋すがらうとした。其その閾しきゐを越こすことが彼かれにはどれ程ほど辛つらかつたか知しれぬ。主人しゆじんは不在ふざいであつた。
「お内儀かみさん、わしも又また間違まちがえしあんしてどうも此これお内儀かみさん處とこへは閾しきゐが高たかくつて何なんでがすが、わし居ゐなくでも成なつちや子奴等こめら仕しやうがあせんから、助たすかれるもんならわしもはあ……」と彼かれはぐつたり首くびを俛たれた。 主人しゆじんの内儀かみさんは勘次かんじが蜀黍もろこしを伐きつたことはもう知しつて居ゐた。まだ癖くせが止やまないかと一度どは腹はらを立たてても見みたり惘あきれもしたりしたが、然しかし何處どこといつて庇護かばつてくれるものが無ないので恁かうして來くるのだと、目前もくぜんに其その萎しをれた姿すがたを見みると有繋さすがに憐あはれに成なつて叱しかる處どころではなかつた。それではどうか心配しんぱいして見みてやらうといはれて勘次かんじは顏かほが蘇生いきかへつたやうに成なつた。彼かれは何なんでも主人しゆじんが盡力じんりよくして呉くれゝば成就じやうじゆすると思おもつて居ゐるのである。それでも自分じぶんの家いへには居をられないので、どうか隱かくしてくれと彼かれは土藏どざうへ入いれて貰もらつた。勘次かんじは其處そこでも不安ふあんに堪たへないので其處そこに暫しばらく使つかはずに藏しまつてある四尺桶しやくをけへこつそりと潜もぐつて居ゐた。
 巡査じゆんさは午後ごごに申報書しんぱうしよの印いんを取とりに來きて勘次かんじの家いへへ行いつて見みた。勘次かんじは何處どこへ行いつたと巡査じゆんさに聞きかれておつぎは只たゞ知しらないといつた。さうして巡査じゆんさの後姿うしろすがたが垣根かきねを出でた時とき竊ひそかに泣ないた。
 被害者ひがいしやは到頭たうう隱匿いんとくした箇處かしよを發見はつけんして巡査じゆんさを導みちびいた。雜木林ざふきばやしの繁茂はんもした間あひだの、もう硬こはく成なつた草くさの中なかへ蜀黍もろこしの穗ほは縛しばつた儘まゝどさりと置おいてあつたのである。其處そこにはもうそつけなくなつた女郎花をみなへしの莖くきがけろりと立たつて、枝えだまで折をられた栗くりが低ひくいながらに梢こずゑの方はうにだけは僅わづかに笑ゑんで居ゐる。其その小ちひさな芝栗しばぐりが偶然ひよつくり落おちてさへ驚おどろいて騷さわぐだらうと思おもふやうに薄弱はくじやくな蟋蟀こほろぎがそつちこつちで微かすかに鳴ないて居ゐる。一寸ちよつと他人ひとの目めには觸ふれぬ場所ばしよであつた。穗ほを掩おほうた其その筵むしろが勘次かんじの所業しわざであることを的確てきかくに證據立しようこだてゝ居ゐた。 主人しゆじんの内儀かみさんは一應おう被害者ひがいしやへ噺はなしをつけて見みた。被害者ひがいしやの家族かぞくは律義者りちぎもので皆みな激げきし切きつて居ゐる。七十ばかりに成なる被害者ひがいしやの老人ぢいさんが殊ことに頑固ぐわんこに主張しゆちやうした。
「泥棒どろぼうなんぞする奴やざあ、わし大嫌だえきれえでがすから、わし等ら畑はたけの茄子なす引ひん挘もぎつたんだつてちやんと知しつちや居ゐんでがすから、いや全まつたくでがす、お内儀かみさん處とこの甘藷さつまも盜とりあんしたとも、ぐうづら蔓つる引ひつこ拔ぬいて打棄うつちやつて、いや本當ほんたうでがす、わしや嘘ちくなんざあいふな嫌きれえでがすから、其それ處どこぢやがあせんお内儀かみさん、夜よる伐きつて來きて、朝あさつぱらに成なつたらはあ引ひつ懸かけたに相違さうゐねえつちんでがすから、なにわしも筵むしろ打ぶつ掛かけた處ところ見みあんした、筵むしろで分わかるから駄目だめでがす、いや全まつたく酷ひでえ野郎やらうでがすどうも」内儀かみさんは其それは豫期よきして居ゐた。
「そりやさうさね、此この前まへも私わたしの處ところで救すくつて遣やつたのにそれに復またかうなんだから、まあ病氣びやうきさね此これも、困こまつたもんだが然しかしあれを懲役ちやうえきに遣やつて見みた處ところで子供等こどもらが泣なくばかりだからね、それにまあ本當ほんたういへば一ひとつ村落むらに斯かうして居ゐるんだから先さきが困こまり切きつてる内うちに勘辨かんべんして遣やつたと成なると一生しやう先さきは身みがひけて居ゐる道理だうりだがそれが一杯ぱいの罪つみにでも落おとして見みると、先さきでは帳消ちやうけしにでも成なつたやうな積つもりで居ゐまいものでもなし、さうすると敵かたき一人ひとり拵こしらへて置おくやうなものだしね、他人ひとに叩たゝかれたのでは眠ねむれるが、叩たゝいたのでは眠ねむれないとさへいふんだから、何なんでも後腹あとばらの病やめない方はうが善いいやうだがどうだね」「そんでもお内儀かみさん、わしや卯平うへいことみじめ見みせてんのが他人ひとのこつても忌々敷いめえましいんでさ、わしや血氣けつきの頃ころから卯平うへいたあ棒組ぼうぐみで仕事しごともしたんでがすが、卯平うへいはあんでもあれが嚊等かゝあら育そだつ時分じぶんの事ことなんぞ思おもつちや疎末そまつにや成なんねえんでがすかんね、それお内儀かみさん卯平うへいは幾いくつに成なりあんすね、わし等らだらなあに、あゝた野郎やらうなんざあ槍やりでゝも何なんでも突つつ刺ぷしつちあんでがすがね」老人ぢいさんは憤慨ふんがいに堪たへぬやうに固かためた拳こぶしを膝ひざがしらへ當あてゝいつた。
「尤もつともさねそりや、それだが腹はらの立たつ時分じぶんは憎にくい奴やつだと思おもつても後悔こうくわいする時ときが無ないともいひないしね、少すこしのことで二代だいも三代だいも仲直なかなほりが出來できないやうな實例ためしが幾いくらも世間せけんには有あるもんだからね」内儀かみさんは反覆くりかへしていつた。然しかし容易よういに彼等かれらの心こゝろは落居おちゐない。暫しばらく噺はなしは途切とぎれて居ゐた。
「遠とほくの方はうへ遣やつたなんていつたつけがおりせは又また孫まごが出來できた相さうだね、今度こんどのは男をとこだつてそれでも善よかつたねえ」
 内儀かみさんは側そばに居ゐた老母ばあさんへ向むいて突然とつぜん恁かういひ掛かけた。さうして内儀かみさんは冷つめたく成なつて居ゐた茶碗ちやわんを手てにした。其それを見みて被害者ひがいしやの女房にようばうは土間どまへ駈かけおりて竈かまどの口くちへ火ひを點つけてふううと火吹竹ひふきだけを吹ふいた。
「はあいさうでござりますよ、お内儀かみさんの厄介やつけえに成なりあんしたつけが、あれも今いまぢや大層たえそうえゝ鹽梅あんべいでがしてない、四人目よつたりめ漸やつとそんでも男をとこでがすよ、お内儀かみさんに云やあれた時ときにやわし等らもはあ澁しびれえて居ゐたんでがしたが、身上しんしやうもあん時ときかんぢやよくなるしね、兄弟中きやうでえぢうで今いまぢやりせが一番ばんだつて云ゆつてつ處とこなのせ、お内儀かみさんあれなら大丈夫でえぢよぶだからつて云ゆつて呉くれあんしたつけが婿むこも心底しんていが善よくつてね、爺婆ぢゝばゝあげつて、わし等らげ斯かうた物もの遣よこしあんしたよ」老母ばあさんは待まち構かまへてゞも居ゐたやうに小風呂敷こぶろしきの包つゝみを解といて手織ておりのやうに見みえる疎末そまつな反物たんものを出だして手柄相てがらさうに見みせた。内儀かみさんは仕方しかたないといふ容子ようすで反物たんものへ手てを掛かけて「それでも孫まご抱だきには行いつたかね」
「ほんに、わしや今日けふらお内儀かみさん處とこさ行えくべと思おもつて居ゐたら、何なんちこつたか恁こんな騷さわぎではあ行いくも出來できねえで、わしや昨日きのふ歸けえつて來きた處ところなのせえ、お内儀かみさん」老母ばあさんは幾いくらでも勢いきほひづいて饒舌しやべらうとする。熱あつい茶ちやが漸やうやく内儀かみさんの前まへに汲くまれた。被害者ひがいしやは老父ぢいさんと座敷ざしきの隅すみで先刻さつきからこそそと噺はなしをして居ゐる。さうして更さらに老母ばあさんを喚よんだ。
「うむ、さうだともよ」といふ老母ばあさんの聲こゑがすると皆みな坐ざに直なほつて
「それぢや、お内儀かみさん、先刻さつきのがなお内儀かみさんえゝやうに行やつて見みておくんなせえ」被害者ひがいしやはいつた。
「わしや、一剋者いつこくものだからお内儀かみさん惡わるく思おもはねえでおくんなせえ」老父ぢいさんもいつた。
「どうぞねえお内儀かみさん」老母ばあさんもいつた。内儀かみさんはそれから又また暫しばらく雜談ざふだんをして皆みんなで笑わらつて歸かへつた。腹はらに在あるだけのことをいはして畢しまへば彼等かれらはそれだけ心こゝろが晴々せいせいとして勢いきほひが段々だんん鈍にぶつて來くるので、其その間あひだは機嫌きげんもとつて見みて、さうして極きまり切きつた理窟りくつも反覆はんぷくして聞きかせて居ゐるうちにはころりと落おちて畢しまふといふ其その呼吸こきふを内儀かみさんは能よく知しつて居ゐるのである。
 其その夜よおつぎは内儀かみさんに喚よばれて隣となりへ泊とまつた。内儀かみさんはおつぎと與吉よきちを只たゞ二人ふたり其その家いへに置おくには忍しのびなかつたのである。夜よになつてから勘次かんじは土藏どざうから出だされて傭人やとひにんの側そばに一夜やを明あかした。彼かれは未明みめいに復また土藏どざうへ隱かくれた。内儀かみさんは傭人やとひにんの口くちを堅かたく警いましめて外そとへ洩もれないやうと苦心くしんをした。其その日ひも巡査じゆんさは勘次かんじの家いへのあたりを徘徊はいくわいしたがそれでも其その東隣ひがしどなりの門もんを叩たゝいて穿鑿せんさくするまでには至いたらなかつた。内儀かみさんは什麽どんなにしても救すくつて遣やりたいと思おもひ出だしたら其處そこに障害しやうがいが起おこれば却かへつてそれを破やぶらうと種々しゆじゆに工夫くふうも凝こらして見みるのであつた。それで被害者ひがいしやの方はうの噺はなしも極きまつたのだから此この上うへは警察けいさつの手加減てかげんに俟まつより外ほかに道みちは無ないのであるが、不在ふざいであつた主人しゆじんは其その日ひも歸かへらない。勘次かんじは只管ひたすらに主人しゆじんの力ちからに倚よつてのみ救すくはれるものと念ねんじて居ゐる。内儀かみさんも主人しゆじんを待まちあぐんで居ゐる。さうして復また夜よるが來きた。内儀かみさんはもう凝然ぢつとしては居ゐられない。それでおつぎを連つれて、提灯ちやうちんを點つけて竊ひそかに土藏どざうの二階かいへ昇のぼつた。「おとつゝあ」おつぎは聲こゑを殺ころしながら力ちからを入いれていつた。勘次かんじは返辭へんじがない。おつぎは更さらに幾度いくたびか喚よんでそれからお内儀かみさんが喚よんだ時とき汚よごれた身體からだを桶をけの中なかから現あらはした。
「旦那だんながまだ歸かへらないのでね、警察けいさつの方はうの噺はなしが出來できないで困こまつて居ゐるんだが、どうだねお前まへ警察けいさつへ出でても盜とらないといひ切きれるかね、さうすりや私わたしが始末しまつをして遣やるがね」内儀かみさんはいつて聞きかせた。
「へえ」勘次かんじは只たゞ首くびを俛たれて居ゐる。
「どうだね」内儀かみさんは反覆くりかへした。
「わしがにや、とつても持もち切きれあんせん」勘次かんじは萎しをれて顫ふるへて居ゐる。
「おとつゝあは何なんちんだんべな」おつぎは齒痒相はがいさうにいつて一聲せい更さらに
「おとつゝあ」と力ちからを入いれて
「盜とらねえつて云ゆへよ、おとつゝあ」
 おつぎは熱心ねつしんに勘次かんじを見みた。
「そんでも俺おら、あすこへ出でちや、とつても白状はくじやうしねえ譯わけにや行ゆかねえよ」
「そんな料簡れうけんでなく私わたしは自分じぶんのが伐きつたんですつていへば、そんでいゝやうに始末しまつしてやるだから」内儀かみさんが力ちからを附つけて見みても勘次かんじは只ただ首くびを俛たれて居ゐる。
「さう云ゆへせえすりやえゝつちのになあ、おとつゝあは」おつぎは落膽がつかりしたやうにいつた。内儀かみさんとおつぎは恁かうして熟睡じゆくすゐした身體からだを直立ちよくりつせしめやうと苦心くしんする程ほどの徒むだな力ちからを盡つくしたのであつた。
 傭人やとひにんもすつかり眠ねむりに落おちたと思おもふ頃ころ内儀かみさんとおつぎとの黒くろい姿すがたが竊ひそかに裏うらの竹藪たけやぶに動うごいた。落おちて居ゐる竹たけの枝えだが足あしの下したにぽちちと折をれて鳴なつた。乾いぬゐの方はうの垣根かきねの側そばへ來きた時ときに内儀かみさんは、垣根かきねの土つちに附ついた處ところを力任ちからまかせにぼりりと破やぶつた。おつぎも兩手りやうてを掛かけて破やぶつた。幾年いくねんとなしに隙間すきまを生しやうずれば小笹をざさを繼つぎ足たしししつゝあつた竹たけの垣根かきねは、土つちの處ところがどすすに朽くちて居ゐるので直すぐに大おほきな穴あなが明あいた。おつぎは其處そこから潜くぐつて出でた。突然とつぜんぱたたとけたゝましい羽音はおとが直すぐ頭あたまの上うへで騷さわいだ。竹たけの梢こずゑに泊とまつて居ゐた鳩はとが俄にはかに驚おどろいて遠とほく逃にげたのである。「さむしかないかい」内儀かみさんは垣根越かきねごしに聞きいた。
「大丈夫だいぢやうぶですよ、お内儀かみさん」おつぎは少すこし歩あるき掛かけていつた。
「おやもうそつちの方はうへ行いつたのかい、それぢや彼處あすこを叩たゝくんだよ」内儀かみさんはいつて分わかれた。おつぎは直すぐに自分じぶんの裏戸口うらどぐちに立たつた。そつと開あけて這入はひつて見みると、自分じぶんの家うちながらおつぎはひやりとした。塒とやの鷄にはとりは闇くらい中なかで凝然ぢつとして居ゐながらくゝうと細ほそい長ながい妙めうな聲こゑを出だした。鼠ねずみが二三匹びきがたたと騷さわいで、何なにかで壓おさへつけられたかと思おもふやうにちううと苦くるしげな聲こゑを立たてて鳴ないた。おつぎは手探てさぐりに壁際かべぎはの草刈鎌くさかりがまを執とつた。又またそつと戸とを閉たてゝ出でる時とき頸筋くびすぢの髮かみの毛けをこそつぱい手てで一攫ひとつかみにされるやうに感かんじた。おつぎは外そとの壁際かべぎはの草刈籠くさかりかごを脊負せおつた。どうした機會はずみであつたか此これも壁際かべぎはに立たて掛かけた竹箒たけばうきが倒たふれて柄えがかちつと草刈籠くさかりかごを打うつた。おつぎはひよつと顧かへりみた。
 夜よるは闇やみである。凄すごく冴さえた空そらへぞつくりと立たつた隣となりの森もりの梢こずゑにくつゝいて天あまの川がはが低ひくく西にしへ傾かたぶきつゝ流ながれて居ゐる。
 暫しばらくしておつぎは自分等じぶんらの手てで作つくつた蜀黍もろこしの側そばに立たつた。痩やせた蜀黍もろこしは眠ねむつたかと思おもふやうにしつとりとして居ゐては、軈やがてざわわと鳴なつた。おつぎは草刈鎌くさかりがまでざくりりと其その穗ほを伐きつた。さうしてぎつと押おし込こんで重おもく成なつた草刈籠くさかりかごを脊負せおつた。其處そこらの畑はたけには土つちが眼めを開ひらいたやうに處々ところろぽつりりと秋蕎麥あきそばの花はなが白しろく見みえて居ゐる。おつぎは足速あしばやに臺地だいちの畑はたけから蜀黍もろこしの葉はのざわつく小徑こみちを低地ていちの畑はたけへおりて漸やうやくのことで鬼怒川きぬがはの土手どてへ出でた。おつぎは四よつ偃ばひに成なつて芝しばに捉つかまりながら登のぼつた。其その時ときおつぎの心こゝろには斜なゝめに土手どての中腹ちうふくへつけられた小徑こみちを見出みいだして居ゐる程ほどの餘裕よゆうがなかつたのである。土手どての内側うちがはは水際みづぎはから篠しのが一杯ぱいに繁茂はんもして夜目よめにはそれがごつしやりと自分じぶんを壓あつして見みえる。篠しのの間あひだから水みづがしららと見みえて、篠しのの根ねを洗あらつて行ゆく水みづの響ひゞきがちろろと耳みゝに近ちかく聞きこえる。おつぎは汀みぎはへおりようと思おもつて篠しのを分わけて見みると其處そこは崖がけに成なつて居ゐて爪先つまさきから落おちた小ちひさな土つちの塊かたまりがぽちちと水みづに鳴なつた。おつぎは更さらに篠しのを分わけておりようとすると、其處そこも崖がけで目めの前まへにひよつこりと高瀬船たかせぶねの帆柱ほばしらが闇やみを衝ついて立たつて居ゐる。水みづに近ちかくこそそと人ひとの噺聲はなしごゑが聞きこえる。黄昏たそがれに漸やうやく其處そこへ繋かゝつた高瀬船たかせぶねが、其處そこらで食料しよくれうを求もとめ歩あるいて遲おそく晩餐ばんさんを濟すましてまだ眠ねむらずに居ゐたのであつたらう。それは高瀬船たかせぶねの船頭夫婦せんどうふうふが、足たりても足たりなくても自分じぶんの家族かぞくの唯一ゆゐいつの住居すまゐである其その舳へさきに造つくられた箱はこのやうな狹せばいせえじの中なかで噺はなして居ゐる聲こゑであつた。乳呑兒ちのみごの泣なく聲こゑも交まじつて聞きこえた。おつぎは後あとへ退去すさつた。おつぎは殆ほとんど無意識むいしきに土手どてを南みなみへ走はしつた。處々ところろ誰だれかゞ道芝みちしばの葉はを縛しばり合あはせて置おいたので、おつぎは幾度いくたびかそれへ爪先つまさきを引ひつ掛かけて蹶つまづいた。 土手どての篠しのは段々だんんに疎まばらに成なつて水みづが一杯ぱいに見みえて來きた。鬼怒川きぬがはの水みづは土手どてより遙はるかに低ひくく闇やみの底そこにしららと薄うすく光ひかつて居ゐる。夜よるの手ては對岸たいがんの松林まつばやしの陰翳かげを其その水みづに投なげて、川幅かわはゞは僅わづかに半分はんぶんに蹙せばめられて見みえる。蟋蟀こほろぎは其處そこらあたり一杯ぱいに鳴なきしきつて、其その聚あつまつた聲こゑは空そらにまで響ひゞかうとしては沈しづみつゝゝ、それがゆつたりと大おほきな波動はどうの如ごとく自然しぜんに抑揚よくやうを成なしつゝある。おつぎは到頭たうとう渡船場とせんばまで來きた。おつぎはそれから水際みづぎはへおりようとすると水みづを渡わたつて靜しづかに然しかも近ちかく人ひとの聲こゑがして、時々ときどきしやぶつといふ響ひゞきが水みづに起おこる。不審ふしんに思おもつて躊躇ちうちよして居ゐると突然とつぜん目めの前まへに對岸たいがんの松林まつばやしの陰翳かげから白しろく光ひかつて居ゐる水みづの上うへへ舳へさきが出でて船ふねが現あらはれた。渡わたし船ぶねが深夜しんやに人ひとを乘のせたのでしやぶつといふ響ひゞきは舟棹ふなさをが水みづを掻かつ切きる度たびに鳴なつたのである。おつぎは又また土手どてへ戻もどつて大おほきな川柳かはやなぎの傍そばに身みを避さけた。二三語ごを交換かうくわんして人ひとは去さつたやうである。船頭せんどうは闇くらい小屋こやの戸とをがらつと開あけて又またがらつと閉とぢた。おつぎは暫しばらく待まつて居ゐてそれからそくくと船ふねを繋つないだあたりへ下おりた。おつぎは直すぐ側そばでかささと何なにかが動うごくのを聞きくと共ともに、ゐいいと豚ぶたらしい鳴聲なきごゑのするのを聞きいた。「行えくのかあ」とまだ眠ねむらなかつた船頭せんどうは突然とつぜん特有もちまへの大聲おほごゑで呶鳴どなつた。おつぎは驚おどろいて又また一散さんに土手どてを走はしつた。船頭せんどうはがらつと戸とを開あけて、人ひとの走はしつたやうな響ひゞきが明あきらかに耳みゝに感かんじたので、遙はるかに闇くらい土手どてを透すかして見みてぶつついひながら彼かれは更さらに豚小屋ぶたごやに近ちかづいて燐寸マツチをさつと擦すつて見みて「油斷ゆだんなんねえ」と呟つぶやいて又また戸とを閉とぢた。彼かれは内職ないしよくに飼かつた豚ぶたが近頃ちかごろ子こを生うんだので他人たにんが覘ねらひはせぬかと懸念けねんしつゝあつたのである。おつぎは何處どこでも構かまはぬと土手どての篠しのを分わけて一ひとつつに蜀黍もろこしの穗ほを力ちからの限かぎり水みづに投とうじた。おつぎは空からな草刈籠くさかりかごを脊負せおつて急いそいで歸かへつた。
 おつぎがこととと叩たゝいた時とき内儀かみさんは直すぐに戸とを開あけて
「どうしたい、大變たいへん遲おそかつたね」と聞きいた。
「お内儀かみさんいふ通とほりにしあんしたよ」
「其その蜀黍もろこしは何處どこへ遣やつたい」
「わたしやどうしてえゝか知しんねえから川かはへ持もつて行いつて打棄うつちやりあんした」
「さうかい、能よく行やつて來きたね、まあ上あがりな」内儀かみさんはランプを自分じぶんの頭あたまの上うへに上あげて凝然ぢつと首くびを低ひくくしておつぎの容子ようすを見みた。
「どうしたんだえ、おつぎはまあ、其その衣物きものは」
「本當ほんたうにまあ」おつぎは始はじめて心付こゝろづいたやうで「先刻さつき土手どてさ行えく時とき、堀ほりつ子こん處とこへ辷すべつたんですが、其そん時ときかうえに汚よごしたんでせうよ」とおつぎは泥どろに成なつた腰こしのあたりへ手てを當あてた。
「お内儀かみさん、わたしや飛とんだことを仕しあんした」おつぎは又またいつた。
「どうしたんだえ」
「わたしや、鎌かま何處どこへ遣やつちやつたか分わかんなく仕しつちやつたんでさ」
「今夜こんや持もつてつたのかえ」
「さうなんでさ、わたしや蜀黍もろこし打棄うつちやつ時ときまで有あつと思おもつてたら見めえねえんでさ、私等家わたしらぢのおとつつあは道具だうぐつちと酷ひどく怒おこんですから」
「草刈鎌くさかりがまの一挺ちやうや二挺ちやうお前まへどうするもんぢやない、あつちへ廻まはつて足あしでも洗あらつてさあ」内儀かみさんの口くちもとには微かすかな笑わらひが浮うかんだ。
 次つぎの日ひに漸やうやく主人しゆじんは歸かへつた。巡査じゆんさへ噺はなしをして見みたが其その時ときはもう被害者ひがいしやからの申報書しんぱうしよが分署ぶんしよへ提出ていしゆつされてあつたので更さらに分署長ぶんしよちやうへ懇請こんせいして見みた。さうして被害者ひがいしやから事實じじつが相違さうゐしたといふ意味いみの取消とりけしを出だせばそれで善いいといふことにまで運はこびがついた。微罪びざいといふので其その筋すぢの手加減てかげんが出來できたのである。内儀かみさんは復また被害者ひがいしやの家うちへ行いつて其それ丈だけの筋道すぢみちを聞きかせたが、どうしても今度こんどはうんといはない。
「どうもわし等ら分署ぶんしよへなんぞ出でんな、なんぼにも厭やでがすかんね、屹度きつと怒おこられんでがすからはあ」とのみいふのである。
「さうだがね、此處ここまで噺はなしがついて居ゐるんだから此方こつちでそれだけのことは仕して呉くれなくつちや此これまでのことが水みづの泡あわなんだからね」と道理だうりを聞きかせても「盜とらつた上うへに恁かうして暇ひま潰つぶして、おまけに分署ぶんしよへ出でて怒おこられたり何なにつかすんぢや、こんな詰つまんねえこたあ滅多めつたありあんせんかんね、それに書付かきつけだつてどうしてえゝんだか分わかんねえし」彼かれは只たゞ嚴いかめしく見みえる警察官けいさつくわんが恐おそろしくてどうしても足あしが進すゝまないのである。
「そりや書付かきつけなんぞは、旦那だんなが書かいて遣やるから心配しんぱいにや成ならないがね」内儀かみさんは漸やうやく近所きんじよの者ものを一人ひとり跟ついてくやうにして遣やるといふことにしたので被害者ひがいしやも思おもひ切きつて出でることに成なつた。彼等かれらが歸かへつた時ときは反對あべこべに威勢ゐせいがよかつた。
「どうしたつけね」聞きかれて
「髭ひげのかう生はえた部長ぶちやうさんだつていふ可怖おつかねえ人ひとでがしたがね、盜ぬすまつたなんて屆とゞけしてゝさうして警察けいさつへ餘計よけいな手間てま掛かけて不埓ふらちな奴やつだなんて呶鳴どならつた時ときにやどうすべかと思おもつて、そんぢや其その書付かきつけ持もつて歸けえりますべつて云いふべかと思おもひあんしたつけ、さうしたら暫しばらく書付かきつけ見みてたつけが此これは誰たれが書かいたつて聞きくから、わし等ら方はうの旦那だんなでがすつて云ゆつたら、さうかそんぢやよしし歸けえれなんていふもんだからほつと息いきつきあんした、瘧おこり落おちたやうでさあはあ、そんだからわし等らなんぼにもあゝい處ところへは出でんな厭やで」
 彼かれは少時しばし間あひだを措おいて
「そんだが、旦那だんなはたいしたもんでがすね、旦那だんな書かいたんだつて云ゆつたらなあ」と彼かれは更さらに跟ついて行いつた近所きんじよの者ものを顧かへりみていつた。
 事件じけんは如此かくのごとくにして一見けん妙めうな然しかも最もつとも普通ふつうな方法はうはふを踏ふんで終局しうきよくが告つげられた。被害者ひがいしやの損害そんがいに對たいする賠償ばいしやうは僅わづかであるとはいひながら一時じ主人しゆじんの手てから出でてそれが被害者ひがいしやに渡わたされた。「わしも此これからは決けつして他人たにんの物ものは塵ちりつ葉ぱ一本ぽんでも盜とりませんからどうぞ」
 と勘次かんじは有繋さすがに泣ないた。彼かれはまだお品しなが死しんだ年としの小作米こさくまいの滯とゞこほりも拂はらつてはないし、加之それのみでなく卯平うへいから譲ゆづられた借財しやくざいの残のこりもちつとも極きまりがついて無ないのに又また今度こんどの間違まちがひから僅わづかながら新あらたな負擔ふたんが加くははつたのである。彼かれが懸命けんめいの勞働らうどうは舊きうに倍ばいして著いちじるしく人ひとの目めに立たつた。
 或ある日ひ主人しゆじんの内儀かみさんは偶然ひよつとした機會はづみがあつて勘次かんじに噺はなしをした。
「あれでなかかおつぎにも驚おどろいたもんだね」内儀かみさんはいつた。
「はあどうか仕しあんしたんべか、お内儀かみさん」勘次かんじは怪訝けげんな容子ようすをして且かつ辛つらい厭いやなことでもいひ出だされるかと案あんずるやうに怖おづづいつた。
「どうしたつていふんぢやないが、此この間あひだの晩ばんのことを知しつてるかね」
「何なんでがせうね、お内儀かみさん」
「夜中よなかにあの蜀黍もろこし伐きらせたことだがね、實じつはあの時ときはね、警察けいさつの方はうが間まに合あはなければお前まへに盜とらないと何處どこまでもいはして置おいて、さうして旦那だんなが歸かへつてからのことと思おもつたもんだから、それにやお前まへが白状はくじようして畢しまつても困こまるし、自分じぶんの畑はたけがそつくりして居ゐても不味まづいからね、それも今いまに成なつちや何なにもそんなこと仕しなくつても善よかつたやうなものだが、其その時ときは私わたしもどうかしてと思おもつてね、それだがおつぎが度胸どきようのあるのぢや私わたしも喫驚びつくりしたよ」内儀かみさんはいつた。「へえわしもおつうに聞ききあんした、鎌かま一挺ちやう見めえねえもんだからどうしたつちつたら、お内儀かみさんいふから伐きつたんだなんて、そんでも鎌かまは笹さゝん中なかに有ありあんしたつけや」
「さうかい、どんな鎌かまだかおつぎは心配しんぱいして居ゐたからね」
「なあにはあ、減へつちやつた鎌かまだから惜をしかあねえんですがね」
「おつぎのことはそんなことでは無闇むやみに怒おこらないやうにしなよ、面倒めんだう見みてね」
「それからわしもお内儀かみさん、恁かうして獨ひとりで辛抱しんばうしてんでがすが、わし等ら嚊かゝあも死しぬ時ときにや子奴等こめらこたあ心配しんぺえしたんでがすかんね、夫それからわしもおつうが行いきてえつちもんだからお針はりにも遣やりあんすしね、襷たすきなんぞも欲ほしいいつちもんだからわし等ら見みてえな貧乏人びんばふにんにや餘計よけいなもんぢやありあんすが赤あけえの買かつて遣やつたんでがさ、此これさうだことしてお内儀かみさん處とこへも小作こさくの借さがりも持もつて來きねえで濟すまねえんですが、嚊かゝあが單衣物ひてえものも質しちに入せえてたの出だして遣やつたんでがすがね、畑はたけへなんぞ出でんのにや餘あんまり過すぎ物ものなんだが、それ一枚めえ切きりだからわしも構かまあねえで見みてんのせ、そんだがお内儀かみさん奇態きたえに汚よごしあんせんかんね」勘次かんじは最後さいごの一語ごに力ちからを入いれていつた。
「さうだよ、さうして遣やれば勵はげみが違ちがふからね」内儀かみさんはいつて又また
「おつぎも能よく働はたらけるやうに成なつたね、それだが此この間あひだのやうな處ところを見みると死しんだお品しなが乘のり移うつつたかと思おもふやうさね」
「わしもはあ、あれがこたあ魂消たまげてつことあんでがすがね」
「さういつちや何なんだがお品しなも隨分ずゐぶんお前まへぢや意地いぢ燒やいて苦勞くらうしたことも有あるからね」「へえ、わしやはあ可怖おつかなくつて仕しやうねえんですから、わし出でらんねえ處ところへは嚊かゝあばかり出でええ仕したんでがすから」
「さうだつけねえ」内儀かみさんは微笑びせうして
「おつぎは心持こゝろもちまでお袋ふくろの方はうだね、お前まへの姊あねだがおつたはあゝいふ性質たちなのに一つ腹はらから出でても違ちがふもんだね」
「わし等ら姊あねはお内儀かみさん、碌ろくでなしですかんね」彼かれは恥はぢてさうして自分じぶんを庇護かばふやうに其その姊あねといふのを卑下くさして僻ひがんだやうな苦笑くせうを敢あへてした。
「おつたは今いま何處どこに居ゐるね」
「下しもの方ほうに居ゐあんすがね、わしは往來いきゝなしでさ、同胞きやうでえだたあ思おもはねえからつてわし斷ことわつたんでがすから、わし等ら嚊かゝあ死しんだ時ときだつて來きもしねえんですかんね、お内儀かみさんさうえ者もなあ有ありあんすめえね」
「さうだつけかね」
「わしや、姊あねにや到頭たうとう小作こさくに持もつてくべと思おもつてたの一俵ぺうぺてんに掛かけられたことあんですから、自分じぶんのが始末しまつすれば直すぐ返けえすからつて持もつて行いつてそれつ切きりなんでさ、わし等ら嚊かゝあ生いきてる頃ころなもんだから、嚊かゝあとろつぴ催促せえそくに行いききしたんだが、無なくつちや遣やらんねえからつて喧嘩けんくわ吹ふつ掛かけるつちんだから嚊かゝあも忌々敷えめえがしがつて居ゐたが先さきが不法ふはふなんだから駄目だめでさね、それ處どこぢやねえ、盲目めくらに成なつた自分じぶんの餓鬼がきの錢ぜにせえ騙だまして叩はたくんだから」
「盲目めくらといふのはどうしたんだねそれは」
「野田のだへ醤油屋奉公しやうゆやばうこうに行いつてゝ餘あんまり飯めし食くひ過すぎたの原因もとで眼めへ出でたなんていふんですが、廿位はたちぐれえで潰つぶれつちやつたんでさ、さうしたらそれ打棄うつちやつて夜遁よにげ見みてえせまるで、自分じぶんの村落むらにだつて居ゐらんなく成なつたんでがすから」「さういふことがねえ、能よく出來できたもんだね、自分じぶんの本當ほんたうの子こをねえまあ、おつたは酷ひどいといふことは聞きいちや居ゐたがねえ」内儀かみさんは驚おどろいた容子ようすでいつた。
「そんだがお内儀かみさん其その盲目めぐら奇態きたえで、麥搗むぎつきでも米搗こめつきでも畑耕はたけうねえでも何なんでも百姓仕事ひやくしやうしごとは行やんでさ、薄うすら明あかりにや見めえんだなんていふんだがそんでも奇態きたえなのせどうも、そんで極ごく堅かてえもんだから他人ひとにも面倒めんどう見みられて其その位くれえだから錢ぜにも持もつてんでさ、さうしたら何處どこで聞きいたか來きて騙だまして連つれてつてね、えゝわしら等ら姊あねせお内儀かみさん」彼かれは目めを峙そばだてた。
「盲目めくらも有繋まさかお袋ふくろだから畸形かたわに成なつちや他人ひとの處とこなんぞよりやえゝと思おもつたんでがせうね、さうしたらお内儀かみさん盲目めくらが錢ぜに叩はたいつちやつたら又また打棄うつちやつて、聞きいて見みちや酷ひでえ噺はなしなのせ本當ほんたうに、そん時ときにや盲目めくらもわしが處とこへ泣なきついて來きて、わしもはあ、二十先はたちさきにも成なつて幾いくらなんだつて騙だまさつるなんて盲目めくらことも忌々敷えめえましいやうでがしたが、わしも其そん時ときや嚊かゝあに死しなれた當座たうざなもんだからさう薄情はくじやうなことも出來できねえと思おもつて、そんでも一晩ばん泊とめて、わしも困こまつちや居ゐたが穀こくもちつたあ遣やつたのせ、わしやお内儀かみさん嚊かゝあおつ殺ころしてからつちものは乞食こじきげだつて手攫てづかみで物もの出だしたこたあねえんでがすかんね、そらおつうげもはあ斷ことわつて置おくんでがすから、わしやお内儀かみさん其それ丈だけは心掛こゝろがけてんでがすよ」勘次かんじは内儀かみさんの心裡こゝろに伏在ふくざいして居ゐる何物なにものかを求もとめるやうな態度たいどでいつた。「さうだともさね、さういふ心掛こゝろがけで居ゐさへすりや決けつして間違まちがひはないからね」内儀かみさんはいつて更さらに以前いぜんからの噺はなしに幾いくらか釣つり込こまれて居ゐるやうで
「そりやさうと其その盲目めくらはどうしたね」
「村落むらに居ゐあんさ、何處どこつちつたつて行ゆき場所ばしよはねえんですから、なあに獨ひとりでせえありや却けえつて懷ふところはえゝんでがすから」
「それはまあ、おつたはさうとしても、それがさ、彦次ひこじはどうしたんだね、私わたしもおつたのことは暫しばらく前まへに見みたつ切きりだが」
「お内儀かみさん、夫婦ふうふ揃そろつてなくつちや行やれるもんぢやありあんせんぞ、親爺おやぢだつてお内儀かみさん自分じぶんの女あまつ子こ女郎ぢよらうに賣うつて百五十兩りやうとかだつていひあんしたつけがそれ歸けえりに軍鷄喧嘩しやもげんくわへ引ひつ掛かゝつて、七十兩りやうも奪とられて來きたつちんでがすから噺はなしにや成なんねえですよ、そつからわしや姊等夫婦あねらふうふのこたあ大嫌だえきれえなんでさあ」
「本當ほんたうとは思おもへないやうなことだね」
「お内儀かみさん本當ほんたうですともね、わしあ嘘ちくなんざお内儀かみげいひあんせんから」
「そりや本當ほんたうにや相違さうゐないだらうがね」
「そんだがお内儀かみさん、其その女あまつ子こも直すぐ遁にげて來きつちめえあんしたね、今いまぢや何なんとか云いつて厭やだら構かまあねえ相さうでがすね」
「私わたしもそんなことは知しらないが、新聞しんぶんで騷さわぎはあつたやうだつけね」内儀かみさんは何處どこかさういふ噺はなしには氣きが乘のらぬやうで
「おつたも見みた處ところぢや體裁ていさいがよくてね」
「さうなんでさ、うまいもんだからわしも到頭たうとう米こめ一俵ぺう損そんさせられちやつて」勘次かんじはそれをいふ度たびに惜をし相さうな容子ようすが見みえるのである。
「さういつちやお前まへの姊あねのこと惡わるくばかりいふやうだが、舅しうとが鬼怒川きぬがはへ落おちて死しんだなんて大騷おほさわぎしたことが有あつたつけねえ」「さうでさ、餘よつ程ぽどに成なりあんすがね、ありや鬼怒川きぬがはへ蚤のみ叩はたくつて行いつてそれつ切きりに成なつちやつたのせ」
「彦次ひこじは實子じつしなんだね」
「えゝ、暫しばらく目めが不自由ふじいうで別べつに小ちひさく作つくつて隱居いんきよしてたんですが、蚤のみは居ゐた容子ようすなんでがすね、一度どなんざあ畑はたけの側そばで叩たてえたら其處そこら通とほつた人ひとみんなぞよよ偃はひ上あがられて酷ひでえ目めに逢あつたちんですから、そんで其處そこらで叩たてえちや仕しやうねえからなんて云いはれたんでがせうね、それから何なんでも蓙ござ持もつて鬼怒川きぬがはさ行ゆく積つもりに成なつたんでがすね、鬼怒川きぬがはまでは有繋まさが餘よつ程ぽどありあんさね、足あしもとが本當ほんたうぢやねえからずんぶらのめつちやつたもんでさ、本當ほんたうに飽氣あつけねえ噺はなしで、それお内儀かみさんわし等ら姊あねは他人ひとが死骸しげえ見付めつけて大騷おほさわぎして知しらせに來きたら、直すぐはあ死人しにんの衣物きものから始末しまつして掛かゝつたつちんですから」
「自分じぶんで取とつて畢しまふ積つもりなんだね」
「兄弟等きやうでえらげ分わけてなんざあ遣やんねえ積つむりなんでさね」
「衣物きものだつて幾いくらも無ないんだらうがね、それにまあどうして川かはへなんて其麽そんな遠とほくへ蓙ござばかり持もつてね、行ゆくうちにや居ゐた蚤のみもみんな飛とんで了しまふだらうがね、まあさういのも運めぐり合あはせだね」
「はあ耄碌まうろくしてたんでがすから、餘あんまり耄碌まうろくしちや厭やがられあんすかんね」
「厭いやがられるつてお前まへそんなものぢやないよ、舅しうとだもの、婿むこだの娘むすめだのといふものは餘計よけい氣きをつけなくちや成ならないものなんだね」内儀かみさんは窘たしなめる樣やうにいつた。「そりやさうですがね、お内儀かみさん」勘次かんじは何なんだが隱事いんじでも發あばかれたやうに慌あわてゝいつてさうして苦笑くせうした。
「おつたは本當ほんたうに舅しうとは善よくしなかつた相さうだな、自分等じぶんらの方はうの饀あんへは砂糖さたうを入いれても舅しうとの方はうへは砂糖さたうを入いれなかつたなんて暫しばらく前まへに聞きいたつけが」内儀かみさんは獨ひとりで低聲こごゑにいつた。
「どうでがしたかねそれは」勘次かんじは先刻さつきの容子ようすとは違ちがつて、俄にはかに庇護かばひでもするやうな態度たいどでいつた。
「そんなに仕しなくつたつて幾いくらも生いきやしない老人としよりのことをな」内儀かみさんは熟つくづくと復またいつた。勘次かんじは餘計よけいに萎しをれた。
「勘次かんじも錢ぜには自分じぶんの手てから湧わかすやうにして辛抱しんばうしてりや辛つらいことばかり無ないから、何なんでも人間にんげんは子供次第こどもしだいだよ、後あとで厄介やくかいに成ならなくちや成ならないんだから子供こどもの面倒めんだうは見みないな間違まちがひだよ」内儀かみさんは勵はげますやうにさうしてしんみりといつた。暫しばらく噺はなしが途切とぎれた時とき勘次かんじは突然とつぜん
「お内儀かみさん變へんなこと聞きくやうでがすが帶おびにする布片きれはどの位くれえ有あつたらえゝもんでがせうね」と聞きいた。
「おつぎにでも締しめさせるのかい」
「へえ、今いまのが古ふるくつて厭やだなんて強請ねだれんで、何時いつでもわし怒おこるんでがすが、お内儀かみさん處とこへも不義理ふぎりばかりしてそんな處ところぢやねえつて云ゆつて聞きかせても、みんな赤あけえの締しめてるもんだから欲ほしくつて仕しやうねえんでさ」
「さうだね、帶おびはまあ一丈ぢやうつていふんだが、其處そこらの子この締しめるのは什麽どんなものだかさね」「わしらおつうはそれ四尺しやくもあればえゝつちんですがね、それだからわしお内儀かみさんにでも聞きかねえぢや分わかんねえと思おもつて」
「さうさ成程なるほど、外そとへ出でる處ところだけ有あれば善いいんだから、それにや四尺しやくもあつたら澤山たくさんだね、斯かうこつちばかり附つければね」内儀かみさんは自分じぶんの帶おびへ手てを當あてゝ見みていつた。
「それお内儀かみさん、兩方りやうはうへ附つけんだつて恁かういに縛しばつて中なかへたぐめた端はじつ子こが赤あかくなくつちや見みつともねえつてね、そんな處ところどうでもよかんべと思おもふんだが、尤もつとも其處そこは一尺しやくでえゝなんて云いふんでさ」
「成程なるほどね、私等わたしら今いままでさういふことにや氣きが附つかなかつたが、結むすび目めも仕事しごとするんだから其麽そんなに大おほきくなくつたつて構かまはないし、四尺しやく五寸すんもあれば丸まるで新あたらしいやうに見みえるんだね」
「そんでお内儀かみさん、どの位くれえしたもんでがせうね錢ぜには、たんと出でんぢやはあ仕しやうねえが」勘次かんじは危あやぶむやうにいつた。
「幾いくらもしないね、其それ丈だけぢや」
「そんでも大凡おほよそまあどの位くれえしたもんでがせうね」勘次かんじは又また反覆くりかへして促うながした。
「唐縮緬たうちりめんも近頃ちかごろぢや廉やすくなつたから一尺しやく十二三錢位せんぐらゐのものかね、上等じやうとうで十四五錢せんしかしないだらうね」
「さうでがすか、わしやまた大變たいへん出でんだとばかし思おもつてあんした」
「それも反物たんものに成なつてるのを切きらしてさうだよ、それからもつと廉やすくも出來できるのさ、村むらの店みせなんぞぢや錢ぜにばかりとつて虱しらみが潜もぐり相さうなのでね」内儀かみさんは微笑びせうした。
「さういふ短みじかいのは端布片はしぎれで買かふに限かぎるのさ、幾いくらにもつかないもんだよ、私わたしが近頃ちかごろ出でる序ついでもあるから買かつて來きて遣やつても善いいよ」「さうですか、そんぢやお内儀かみさんどうかさうしておくんなせえ、お内儀かみさんに見みて貰もれえせえすりや大丈夫だえぢようぶでがすから、なあに赤あかくせえありや什麽どんなんでも構かまあねえんでがすがね」
「一日にちお前まへが日傭ひように來きさへすりやそれ丈だけは出でて畢しまふから、欲ほしいといふものなら拵こしらへて遣やるが善いいよ、そりや欲ほしい筈はずさおつぎも明あければ十八に成なるんだつけね」内儀かみさんは同情どうじやうしていつた。
「わしに怒おこらつるもんだから蔭かげでぐずず云ゆつて困こまんでさ」勘次かんじは更さらに
「そんぢやまあ善よかつた、わし等らそんなこたあちつとも分わかんねえから、夫それからはあお内儀かみさんに聞きいてんべと思おもつてたのせ」といつて何處どことなくそわわと悦よろこばしさを禁きんじ得えないものゝ如ごとくである。
「女をんなの子こは此これで飾かざりだから他人ひとにも見みられるからね」内儀かみさんは懇ねんごろにいつた。
「わし等ら自分じぶんぢや什麽どんな襤褸ぼろだつて構かまあねえが此これで女あまつ子こにやねえ、わしもこんでお内儀かみさんに聞きく迄までにや心配しんぺえしあんしたよ」勘次かんじは僅わづかな帶おびのことが大おほきな事件じけんの解決かいけつでも與あたへられたやうに心こゝろの底そこから勢いきほひづいて内儀かみさんの前まへに感謝かんしやした。

一一

 勘次かんじは極きはめて狹せまい周圍しうゐを有いうして居ゐる。然しかし彼かれの痩やせた小ちひさな體躯からだは、其その狹せまい周圍しうゐと反撥はんぱつして居ゐるやうな關係くわんけいが自然しぜんに成立なりたつて居ゐる。彼かれは決けつして他人たにんと爭鬪さうとうを惹ひき起おこした例ためしもなく、寧むしろ極きはめて平穩へいをんな態度たいどを保たもつて居ゐる。唯たゞ彼等かれらのやうな貧まづしい生活せいくわつの者ものは相互さうごに猜忌さいぎと嫉妬しつととの目めを峙そばだてゝ居ゐる。勘次かんじは異常いじやうな勞働らうどうによつて報酬はうしうを得えようとする一方ぱうに一錢せんと雖いへども容易よういに其その懷ふところを減げんじまいとのみ心懸こゝろがけて居ゐる。彼等かれらのやうな低ひくい階級かいきふの間あひだでも相互さうごの交誼かうぎを少すこしでも破やぶらないやうにするのには、其處そこには必かならず其それに對たいして金錢きんせんの若干じやくかんが犧牲ぎせいに供きようされねばならぬ。絶對ぜつたいに其その犧牲ぎせいを惜をしむものは他たの憎惡ぞうをを買かふに至いたらないまでも、相互さうごの間あひだは疎略そりやくにならねばならぬ。然しかし其麽そんなことは勘次かんじを苦くるしめて其そのさもしい心こゝろの或ある物ものを挽囘ばんくわいさせる力ちからを有いうして居ゐないのみでなく、殆ほとんど何なんの響ひゞきをも彼かれの心こゝろに傳つたふるものではない。彼かれは只たゞ其その日ひ>の生活せいくわつが自分じぶんの心こゝろに幾いくらでも餘裕よゆうを與あたへて呉くれればとのみ焦慮あせつて居ゐるのである。彼かれの心こゝろを滿足まんぞくせしめる程度ていどは、譬たとへば目前もくぜんに在ある低ひくい竹たけの垣根かきねを破壤はくわいして一歩ぽ足あしを其その域内ゐきないに趾あとつけるだけのことに過すぎないのである。然しかも竹たけの垣根かきねは朽くちて居ゐる。朽くちた低ひくい竹たけの垣根かきねは其その強つよい手ての筋力きんりよくを以もつて破壤はくわいするに何なんの造作ざうさもない筈はずであるが、手ての先端せんたんを觸ふれしめることさへ出來できないで居ゐるのである。彼かれは長ながい時間じかん氷雪ひようせつの間あひだを渉わたつた後のち、一杯ぱいの冷つめたい釣瓶つるべの水みづを注そゝぐことによつて快こゝよよい暖氣だんきを其その赤あかく成なつた足あしに感かんずる樣やうに、僅少きんせうな或ある物ものが彼かれの顏面がんめんの僻ひがんだ筋すぢを伸のべるに十分ぶんであるのに、彼かれは其その冷水れいすゐの一杯ぱいをさへ空むなしく求もとめつゝあつたのである。自然しぜんに形かたちづくられて居ゐる階級かいきふの相違さうゐを有いうして居ゐる者もの又または長ながい間あひだ彼かれの生活せいくわつの内情ないじやうを知悉ちしつして居ゐる者ものからは彼かれは同情どうじやうの眼まなこを以もつて視みられて居ゐるけれども、こせせとした其その態度たいどと、狐疑こぎして居ゐるやうな其その容貌ようばうとは其處そこに敢あへて憎惡ぞうをすべき何物なにものも存在そんざいして居ゐないにしても到底たうてい彼等かれらの伴侶なかまの凡すべてと融和ゆうわさるべき所以ゆゑんのものではない。彼かれは彼等かれらの伴侶なかまに在あつては、幾度いくたびかいひふらされて居ゐる如ごとく水みづに落おとした菜種油なたねあぶらの一滴てきである。水みづが動うごく時とき油あぶらは隨したがつて動うごかねば成ならぬ。水みづが傾かたむく時とき油あぶらは亦また傾かたむかねば成ならぬ。併しかし水みづが平靜へいせいの度どを保たもつ時とき油あぶらは更さらに怖おそれたやうに一所しよに凝集ぎようしふする。兩者りやうしやの間あひだには何等なんら其その性質せいしつを變化へんくわせしむべき作用さようの起おこるでもなく、其それは水みづが油あぶらを疎外そぐわいするのか、油あぶらが水みづを反撥はんぱつするのか遂つひに溶とけ合あふ機會きくわいが無ないのである。之これを攪亂かうらんする他たの力ちからが加くはへられねば兩者りやうしやは唯たゞ平靜へいせいである。村落むらの空氣くうきが平靜へいせいである如ごとく、勘次かんじと他たの凡すべてとの間あひだも極きはめて平靜へいせいでそれで相あひ容いれないのである。勘次かんじは其その菜種油なたねあぶらのやうに櫟林くぬぎばやしと相あひ接せつしつゝ村落むらの西端せいたんに僻在へきざいして親子おやこ三人にんが只たゞ凝結ぎようけつしたやうな状態じやうたいを保たもつて落付おちついて居ゐるのである。 偶然ぐうぜんに起おこつた彼かれの破廉耻はれんちな行爲かうゐが俄にはかに村落むらの耳目じもくを聳動しようどうしても、兎とにも角かくにも一家かを處理しよりして行ゆかねばならぬ凡すべての者ものは、彼等かれらに共通きようつうな聞ききたがり知しりたがる性情せいじやうに驅かられつゝも、寧むしろ地味ぢみで移氣うつりぎな心こゝろが際限さいげんもなく一ひとつを逐おふには年齡ねんれいが餘あまりに彼等かれらを冷靜れいせいな方向はうかうに傾かたむかしめて居ゐる。それでなくても其その知しりたがり聞ききたがる性情せいじやうを刺戟しげきすべきことは些細ささいであるとはいひながら相あひ尋ついで彼等かれらの耳みゝに聞きこえるので勘次かんじのみが問題もんだいでは無なくなるのである。然しかしながら若わかい衆しゆと稱しようする青年せいねんの一部ぶは勘次かんじの家いへに不斷ふだんの注目ちうもくを怠おこたらない。其それはおつぎの姿すがたを忘わすれ去さることが出來できないからである。苟且かりそめにも血液けつえきの循環じゆんくわんが彼等かれらの肉體にくたいに停止ていしされない限かぎりは、一旦たん心こゝろに映うつつた女をんなの容姿かたちを各自かくじの胸むねから消滅せうめつさせることは不可能ふかのうでなければならぬ。然しかし彼等かれらは一方ぱうに有いうして居ゐる矛盾むじゆんした羞耻しうちの念ねんに制せいせられて燃もえるやうな心情しんじやうから竊ひそかに果敢はかない目めの光ひかりを主しゆとして夜よに向むかつて注そゝぐのである。
 夜よは彼等かれらの世界せかいである。
 熟練じゆくれんな漁師れふしは大洋たいやうの波なみに任まかせて舷こべりから繩なはに繼ついだ壺つぼを沈しづめる。其その繩なはを探さぐつて沈しづめた赤あかい土燒どやきの壺つぼが再ふたゝび舷こべりに引ひきつけられる時とき、其處そこには凝然ぢつとして蛸たこが足あしの疣いぼを以もつて内側うちがはに吸すひついて居ゐる。恁かうして漁師れふしは烱眼けいがんを以もつて獲物えものを過あやまたぬ道みちを波なみの間あひだに窮きはめて居ゐるのである。僅わづかな村落むらの内うちで毎日まいにち凡すべての目めに熟じゆくして居ゐる女をんなの所在ありかを覘ねらふことは、蛸壺たこつぼを沈しづめるやうな其麽そんな寧むしろあてどもないものではない。木この葉はが陰翳かげを落おとして呉くれぬ冬ふゆの夜よには覘ねらうて歩あるく彼等かれらは自分じぶんの羞耻心しうちしんを頭あたまから褞袍どてらで被おほうて居ゐる。短みじかい夜よの頃ころでも、朝あさの眠ねむたさが覿面てきめんに自分じぶんを窘たしなめるにも拘かゝはらずうそそと歩あるいて見みねば臭くさい古ふるぼけた蚊帳かやの中なかに諦あきらめて其その身みを横よこたへることが出來できないのである。彼等かれらが女をんなの所在ありかを覘ねらふのは極きはめて容易よういなものの樣やうではありながら蛸壺たこつぼが少すこしの妨さまたげもなく沈しづめられる樣やうではなく、父母ふぼの目めが闇やみの夜よにさへ光ひかりを放はなつて女をんなを彼等かれらから遮斷しやだんしようとして居ゐる。彼等かれらはそれで目めの光ひかりの及およぶ範圍内はんゐないには自分じぶんの身みを表あらはさないで目的もくてきを遂とげようと苦心くしんする。譬たとへて見みれば彼等かれらは狹せばいとはいひながら跳はねては越こせぬ堀ほりを隔へだてゝ、然しかも繁茂はんもした野茨のばらや川楊かはやなぎに身みを沒ぼつしつゝ女をんなの軟やはらかい手てを執とらうとするのである。其それは到底たうてい相あひ觸ふれることさへ不可能ふかのうである。焦燥あせつて堀ほりを飛とび越こえようとしては野茨のばらの刺とげに肌膚はだを傷きずつけたり、泥どろに衣物きものを汚よごしたり苦にがい失敗しつぱいの味あぢを嘗なめねばならぬ。其それ故ゆゑ彼等かれらは隱約いんやくの間あひだに巧妙かうめうな手段しゆだんを施ほどこさうとして其處そこに工夫くふうが凝こらされるのである。 既すでに漁師れふしの手てに生命せいめいを握にぎられて居ゐる蛸たこは力ちからを極きはめて壺つぼの内側うちがはに緊着きんちやくすれば什麽どんな強つよい手ての力ちからが袋ふくろのやうな其その頭あたまを持もつて曳ひかうとも、蛇へびが身體からだの一部ぶを穴あなに揷入さうにうしたやうに拗切ちぎれるまでも離はなれない。刄物はものを以もつて突つつ刺つあしても同どう一である。蛸壺たこつぼの底そこには必かならず小ちひさな穴あなが穿うがたれてある。臀しりからふつと息いきを吹ふつ掛かけると蛸たこは驚おどろいてすると壺つぼから逃にげる。それでも猶旦やつぱり騙だまされぬ時ときは小ちひさな穴あなから熱湯ねつたうをぽつちりと臀しりに注そゝげば蛸たこは必かならず慌あわてゝ漁師れふしの前まへに跳をどり出だす。熱あつい一滴てきによつて容易よういに蛸たこは騙だまされるのである。假令たとひ監視かんしの目めから逭のがれて女をんなに接近せつきんしたとしても、打うち込こんだ女をんなの情じやうが強こはければ蛸壺たこつぼの蛸たこが騙だまされる樣やうにころりと落おとす工夫くふうのつくまでは男をとこは忍耐にんたいと寧むしろ危險きけんとを併あわせて凌しのがねば成ならぬ。さうして纔わづかに相あひ接せつした兩性りやうせいが心こゝろから相あひ曳ひく時とき相あひ互たがひに他たの凡すべてに對たいして恐怖きようふの念ねんを懷いだきはじめるのである。
 空そらが夕日ゆふひの消きえ行ゆく光ひかりを西にしの底そこ深ふかく鎖とざして畢しまつて、薄うすい宵よひが地ちを低ひくく掩おほうて夜よが到いたつた時とき女をんなは井戸端ゐどばたで愉快ゆくわいに唄うたひながら一種しゆの調子てうしを持もつた手ての動うごかし樣やうをして米こめを研とぐ。女をんなは研桶とぎをけと唄うたとの二つの聲こゑが錯綜さくそうしつゝある間あひだにも木陰こかげに佇たゝずむ男をとこのけはひを悟さとる程ほど耳みゝの神經しんけいが興奮こうふんして居ゐる。其それが凉すゞしい夏なつの夜よで女をんなが男をとこを待まつ時ときには毎日まいにち汗あせに汚よごれ易やすいさうして其その飾かざりでなければ成ならぬ手拭てぬぐひの洗濯せんたくに暇ひまどるのである。庭にはの木陰こかげに身みを避さけてしんみりと互たがひの胸むねを反覆くりかへす時とき繁茂はんもした柹かきや栗くりの木きは彼等かれらが唯ゆゐ一の味方みかたで月夜つきよでさへ深ふかい陰翳かげが安全あんぜんに彼等かれらを包つゝむ。空そらに冴さえた月つきは放棄はうきしてある手水盥てうづだらひを覗のぞいては冷ひやゝかに笑わらうて居ゐる。彼等かれらが餘あまりに暇ひまどつて居ゐれば月つきはこつそりと首くびを傾かたむけて木この葉はの間あひだから覗のぞいて見みる。其それでも猶なほ彼等かれらが屈託くつたくして居をれば、彼等かれらを庇護ひごして居ゐる木きが柹かきの木きであれば梢こずゑからまだ青あをい實みを投なげて、其その瞬間しゆんかん驚おどろき易やすい彼等かれらが欺あざむかれて、彼等かれらの伴侶なかまの惡戯あくぎであるかを疑うたがうては慌あわてゝ周圍しうゐを見みる時とき、繁茂はんもした大おほきな葉はが凉すゞしい風かぜにさややと微笑びせうする。彼等かれらはかうして家いへの内うちから聲こゑを立たてゝ劇はげしく呼よばれるまでは怖おそれれも際限さいげんのない噺はなしに耽ふけるのである。 彼等かれらがさういふ苦辛くしんの間あひだに次つぎの日ひの身體からだの疲つかれを犧牲ぎせいにしてまでも僅わづかな時間じかんを相あひ對たいして居ゐながら互たがひの顏かほも見みることが出來できないで低ひくく殺ころした聲こゑにのみ滿足まんぞくする外ほかに、彼等かれらは林はやしの中なかに放はなたれた時とき想おもひ想おもはぬ凡すべてが只管ひたすらに甘あまい味あぢを貪むさぼるのである。林はやしは彼等かれらの天地てんちである。落葉おちばを掻かくとて熊手くまでを入いれる時とき彼等かれらは相あひ伴ともなうて自在じざいに徜徉さまよふことが默託もくきよされてある。然しかし熊手くまでの爪つめが速すみやかに木陰こかげの土つちに趾あとつける其その運動うんどうさへ一度どは一度どと短みじかい日ひを刻きざんで行ゆく樣やうな冬ふゆの季節きせつは餘あまりに冷つめたく彼等かれらの心こゝろを引ひき緊しめて居ゐる。
 到いたる處ところ畑はたけの玉蜀黍たうもろこしが葉はの間あひだからもささと赤あかい毛けを吹ふいて、其その大おほきな葉はがざわわと人ひとの心こゝろを騷さわがす樣やうに成なると、男女なんによの群むれが霖雨りんうの後あとの繁茂はんもした林はやしの下草したぐさに研とぎすました草刈鎌くさかりがまの刄はを入いれる。初はじめは朝あさまだきに馬うまの秣まぐさの一籠かごを刈かるに過すぎないけれど、燬やくやうな日ひのもとに畑はたも漸やうやく極きまりがついて村落むらの凡すべてが皆みな草刈くさかりに心こゝろを注そゝぐ樣やうに成なれば、若わかい同志どうしが相あひ誘さそうては遠とほく林はやしの小徑こみちを分わけて行ゆく。さうして自分じぶんの天地てんちに其その羽はねを一杯ぱいに擴ひろげる。何處どこを見みても只たゞ深ふかい緑みどりに鎖とざされた林はやしの中なかに彼等かれらは唄うたふ聲こゑに依よつて互たがひの所在ありかを知しつたり知しらせたりする。彼等かれらのしをらしい者ものはそれでも午前ごぜんの幾時間いくじかんを懸命けんめいに働はたらいて父ちゝなるものゝ小言こごとを聞きかぬまでに厩うまやの傍そばに草くさを積つんでは、午後ごごの幾時間いくじかんを勝手かつてに費つひやさうとする。一度どでもしめやかに語かたり合あうた兩性りやうせいが邂逅であへば彼等かれらは一切さいを忘わすれて、それでも有繋さすがに人目ひとめをのみは厭いとうて小徑こみちから一歩ぽ木きの間あひだに身みを避さける。繁茂はんもした青草あをぐさが側そば行ゆく人ひとにも知しられぬ樣やうに屈かゞんだ彼等かれらを幾いくらでも掩おほひ隱かくす。彼等かれらは極きまつた何なんの噺はなしも持もつて居ゐないのに快こゝろよく冷つめたい土つちに坐すわつて、遂つひには手てにした鎌かまの刄先はさきで少すこしづゝ土つちをほじくりつゝ女をんなは白しろい手拭てぬぐひの端はしを微動びどうさせては俯伏つゝぷしなから微笑びせうしながら際限さいげんもなく其處そこに凝然ぢつとして居ゐようとする。熬いりつける樣やうな油蝉あぶらぜみの聲こゑが彼等かれらの心こゝろを撼ゆるがしては鼻はなのつまつたやうなみんん蝉ぜみの聲こゑが其その心こゝろを溶とろかさうとする。藪蚊やぶかが彼等かれらの日ひに燒やけた赤あかい足あしへ針はりを刺さして、臀しりがたはら胡頽子ぐみの樣やうに血ちを吸すうて膨ふくれても、彼等かれらはちくりと刺戟しげきを與あたへられた時ときに慌あわてゝはたと叩たゝくのみで蚊かが逃にげようとも知しらぬ顏かほである。暑あつい日ひが草くさいきれで汗あせびつしりに成なつて居ゐる彼等かれらの身體からだに時刻じこくが過すぎたと枝えだの間あひだから強つよい光ひかりを投掛なげかけて促うながす迄までは、稀まれには痺しびれた足あしを投出なげだして聞ききも聞きかせもしなくて善いい噺はなしを反覆はんぷくしてのみ居ゐるのである。彼等かれらは恁かうして時間じかんを空むなしく費つひやしては遠とほく近ちかく蜩ひぐらしの聲こゑが一齊せいに忙いそがしく各自かくじの耳みゝを騷さわがして、大おほきな紗しやで掩おほうたかと思おもふ樣やうに薄うすい陰翳かげが世間せけんを包つゝむと彼等かれらは慌あわてゝ皆みな家路いへぢに就つく。どうかして餘あまりに後おくれると空からな草刈籠くさかりかごを倒さかしまに脊負せおつて、歩あるけばざわわと鳴なる樣やうに、大おほきな籠かごの目めへ楢ならや雜木ざふきの枝えだを揷さして黄昏たそがれの庭にはに身みを運はこんで刈積かりつんだ青草あをくさに近ちかく籠かごを卸おろす。父ちゝなるものは蚊柱かばしらの立たつてる厩うまやの側そばでぶるると鬣たてがみを撼ゆるがしながら、ぱさりりと尾をで臀しりの邊あたりを叩たゝいて居ゐる馬うまに秣まぐさを與あたへて居ゐる。母はゝなるものは青あをい烟けぶりに滿みちた竈かまどの前まへに立たつては裾うづくまりつゝ、燈火ともしびを點つける餘裕よゆうもなく我わが子こをぶつつと待まつて居ゐる。恁かうして忙いそがしさに楢ならや雜木ざふきの枝えだで欺あざむいた手段しゆだんが發見はつけんされないのである。うしろめたい女をんなは默だまつて何なによりも先まづ空からな手桶てをけを持もつて井戸端ゐどばたへ驅かけて行いつてはざあと水みづを汲くんでそれから汁しるの身みでも切きれてなければ慌あわたゞしくとんんと庖丁はうちやうの響ひゞきを立たてゝ、少すこしづゝでも母はゝなるものゝ小言こごとから遁のがれようとする。狹せまい庭にはの垣根かきねに黄色きいろな蝶てふが幾いくつも止とまつて頻しきりに羽はねを動うごかして居ゐるやうに一つつにひらりりと開ひらいては夜目よめにもほつかりと匂にほうて居ゐる月見草つきみさうは自分等じぶんらの夜よるが來きたと、駈かけ歩あるいて居ゐる女をんなに對たいして懷なつかし相さうに目めを睜みはるのである。彼等かれらの或ある者ものは更さらに夜よるの眠ねむりに就つく前まへに戸口とぐちに近ちかく蚊帳かやの裾すそにくるまつては竊ひそかに雨戸あまどの外そとに訪おとづるゝ男をとこを待またうとさへするのである。男をとこは雨戸あまどを開あけて忍しのぶ時とき月つきが冴さえ居ゐてさへ躊躇ちうちよせぬ。彼かれはそれでも疊た々みの上うへに射さし込こむ光ひかりを厭いとうて廂ひさしに近ちかく筵むしろを吊つる。歪ゆがんだ戸とがぎししと鳴なるのにそれが彼等かれらの西瓜すゐくわや瓜うりの畑はたけを襲おそふ頃ころであれば道端みちばたの草村くさむらから轡蟲くつわむしを捕とつて行いつて雨戸あまどの隙間すきまから放はなつ。轡蟲くつわむしは闇くらいなかへ放はなたれゝば、直たゞちに聲こゑを揃そろへて鳴なく。土地とちで其それが一般ぱんにがしややといふ名稱めいしようを與あたへられて居ゐるだけ喧やかましく只たゞがしややと鳴なく。がしややが鳴なき出だせば彼等かれらは安やすんじて雨戸あまどをこじるのである。それから又また箱はこを轉ころがしたやうな、隔へだての障子しやうじさへ無ない小ちひさな家いへで女をんなが男をとこを導みちびくとて、如何どうしても父母ちゝはゝの枕元まくらもとを過すぎねば成ならぬ時ときは、踏ふめばぎししと鳴なる床板ゆかいたに二人ふたりの足音あしおとを憚はゞかつて女をんなは闇やみに男をとこを脊負せおふのである。其處そこには假令たとへ重量ぢゆうりやうが加くはへられても、それは巧たくみに疲つかれて眠ねむい父母ちゝはゝの耳みゝを欺あざむくのである。 一般ぱんの子女しぢよの境涯きやうがいは如此かくのごとくにして稀まれには痛いたく叱しかられることもあつて其その時ときのみは萎しをれても明日あすは忽たちまち以前いぜんに還かへつて其その性情せいじやうの儘まゝに進すゝんで顧かへりみぬ。おつぎは其麽そんな伴侶なかまと一日にちでも一つに其その身みを放はなたれたことがないのである。
 勘次かんじが什麽どんなに八釜敷やかましくおつぎを抑おさへてもおつぎがそれで制せいせられても、勘次かんじは村むらの若者わかものがおつぎに想おもひを懸かけることに掣肘せいちうを加くはへる些さの力ちからをも有いうして居をらぬ。凡すべての村落むらの若者わかものが女をんなを覘ねらはうとする時ときは隨分ずゐぶん執念しふねく其それは丁度ちやうど、追おへば忽たちまちに遁にげる鷄とりがどうかして狹せまく戸口とぐちを開ひらいてある穀倉こくぐらに好このむ餌料ゑさを見出みいだして這入はひらうとする時ときに其その狹せまい戸口とぐちが身みを入いるゝに足たりなければ徒いたづらに首くびを揷さし込こんでは足掻あがいててさうして他ほかへ行いつて畢しまふ。其それが一度どで斷念だんねんすれば其それ迄までであるけれど、二度ふたたび三度みたび戸口とぐちに立たつて足掻あがき始はじめれば、去さつては來きたり、去さつては來きたり、首筋くびすぢの皮かはが擦すり剥むけて戸口とぐちに夥したゝか血ちの趾あとを印いんしても執念しふねく餌料ゑさを求もとめて止やまぬやうな形かたちでなければならぬ。各自かくじの心こゝろにおつぎを何どれ程ほど深ふかく思おもはうともそれは各自かくじが有いうする權能けんのうに屬ぞくして居ゐる。然しかしながらおつぎへ加くはへようとする其その手てを極端きよくたんに防遏ばうあつしようとすることも勘次かんじが有いうする權能けんのうである。相互さうごに其その權能けんのうを越こえて他たの領域りやうゐきを冒をかす時とき其處そこには必かならず葛藤かつとうが伴ともなはれる筈はずでなければ成ならぬ。若者わかものは相あひ聚あつまれば皆みな不平ふへいの情じやうを語かたり合あうて、勝手かつてに勘次かんじを邪魔じやまなこそつぱい者ものにして居ゐた。其その癖くせ彼等かれらは皆みな互たがひに自分じぶん獨ひとりのみがおつぎを獲えようとして及およばぬ手てを延のばして居をるのである。萬まん一目的もくてきが遂とげられたことが有あつたとしても其それは只たゞ一人にんに限かぎられて居ゐて、爾餘じよの幾人いくにんは空むなしく然しかも極きはめて輕かるい不快ふくわいと嫉妬しつととから口々くちぐちに其その一人にんに向むかつて厭味いやみをいうて止やまねば成ならぬ。然しかしながら遂つひに其その一人にんが彼等かれらの間あひだに發見はつけんされなかつた。彼等かれらの怨恨うらみが凡すべて勘次かんじの一身しんに聚あつまつた。それでも淡白たんぱくな彼等かれらの怨恨うらみは三人にん以上いじやうが聚あつまつて口くちを開ひらけば必かならず笑聲せうせいを絶たたぬ程ほどのものであつた。怨恨うらみといふよりも焦燥じれつたさであつた。おつぎの身體からだには恁かうして事件じけんを惹ひき起おこすべき機會きくわいが與あたへられなかつた。それでも只たつた一人ひとりおつぎと手てを執とつて語かたることにまで近ちかづき得えたものがあつた。勘次かんじはどれ程ほど嚴重げんぢうにしてもおつぎが厠かはやに通かよふ時間じかんをさへ狹せまい庭にはの夜よの中なかへ放はなつことを拒こばむことは出來できなかつた。執念深しふねんぶかい一人にんが偶然ぐうぜんさういふ機會きくわいを發見はつけんした。彼かれは、まだ羞恥はぢと恐怖おそれとが全身ぜんしんを支配しはいして居ゐるおつぎを捕とらへて只たゞ凝然ぢつと動うごかさないまでには幾度いくたびか手てを換かへて苦心くしんした。勘次かんじが戸との内うちから呼よんでも厠かはやの側そばで返辭へんじをするおつぎの聲こゑは最初さいしよの間あひだは疑念ぎねんを懷いだかせるまでには至いたらなかつた。其それでも彼等かれらが心こゝろに深ふかく互たがひの情じやうを刻きざむまで猜忌さいぎの目めを睜みはつて居ゐる勘次かんじを欺あざむきおほせることは出來できなかつた。 或ある晩ばん勘次かんじはがらつと戸とを開あけて出でた。劇はげしく開あけた戸とが稍やゝ朽くち掛かけた閾しきゐの溝みぞを外はづれようとしてぎつしりと固着こちやくした。彼かれは苛立いらだつて戸とを叩たゝいて溝みぞに復ふくすと其その儘まゝ飛とび出だした。彼かれは直すぐ自分じぶんに近ちかく手拭てぬぐひ被かぶつたおつぎの姿すがたが徐おもむろに動うごいて來くるのを見みた。其それと同時どうじに竊ひそかに落おち行ゆく草履ざうりの音おとが勘次かんじの耳みゝに響ひゞいた。彼かれは其それを耳みゝに感かんずる瞬間しゆんかん右みぎの手てが壁際かべぎはの木きの根ねに掛かゝつて、木きの根ねは彼かれの力ちから一杯ぱいに木陰こかげの闇やみに投とうぜられた。木きの根ねはどさりと遠とほく落おちて庭にはの土つちをさくつて餘勢よせいが幾度いくどかもんどりを打うつた。勘次かんじは續つゞいて擲なげうつた。曲者くせものは既すでに遁にげ落おちたけれど彼かれの不意ふいの襲撃しふげきに慌あわてゝ節ふしくれ立だつた柹かきの根ねに蹶つまづいて倒たふれた。彼かれは次つきの日ひ足あしを引ひきずらねば歩あるけぬ程ほど足首あしくびの關節くわんせつに疼痛とうつうを感かんじたのであつた。勘次かんじはぽつさりと立たつて居ゐるおつぎを突つきのめす樣やうに戸口とぐちに送おくつてがらりと戸とを閉とぢて掛金かけがねを掛かけた。 其その夜よはまだ各おののが一つ加くははつた年齡ねんれいの數かず程ほどの熬豆いりまめを噛かじつて鬼おにをやらうた夜よから、幾いくらも隔へだたらないので、鹽鰮しほいわしの頭あたまと共ともに戸口とぐちに揷さした柊ひゝらぎの葉はも一向いつかうに乾かわいた容子やうすの見みえない程ほどのことであつた。おつぎは十八じふはちというても其その年齡としに達たつしたといふばかりで、恁こんな場合ばあひを巧たくみに繕つくらふといふ料簡れうけんさへ苟且かりそめにも持もつて居ゐない程ほど一面めんに於おいては濁にごりのない可憐かれんな少女せうぢよであつた。おつぎは萎しをれて只たゞぽつさりと立たつて居ゐる。勘次かんじの目めは薄闇うすくらい手てランプに光ひかつた。
「おつう」と一聲せい呶鳴どなつて情じやうの激げきした勘次かんじは咄嗟とつさに次つぎの語ことばが出だせなかつた。
「何なにしてけつかつたんだ」勘次かんじはおつぎを睨にらみつけた。おつぎは俯向うつむいて默だまつて居ゐる。
「さあ云ゆつて見みろ、嘘ちく云ゆつたつて知しつてつゝお」勘次かんじは猶なほも激はげしく訊たずねた。
「汝わりや何時いつでも何なんちつた、おとつゝあげは決けつして心配しんぺえ掛かけねえからつて云ゆつたんぢやねえか、そんでも汝わりや心配しんぺえ掛かけねえのか、掛かけねえつちんだら云ゆつて見みろ」彼かれは忌々敷相いまましさうに且かつ刄やいばを以もつて心部むねを突つき通とほされる苦くるしさを忍しのんだかと思おもふやうな容子ようすでわくくする胸むねから聲こゑを絞しぼつていつた。彼かれは暫しばらく間あひだを措おいては又また、噛かんでで噛締かみしめても噛かみ切きれぬ或ある物ものに對たいするやうな焦燥じれつたさと、期待きたいして居ゐた或ある物ものを俄にはかに奪うばひ去さられた樣やうな絶望ぜつばうとが混淆こんかうし紛糾ふんきうした自暴自棄やけの態度たいどを以もつておつぎを責せめた。彼かれの擧動きよどうは殆ほとんど發作的ほつさてきであつた。おつぎの聲こゑを殺ころして泣なく聲こゑは隙間すきまだらけな戸との外そとに絶たええに漏もれた。 從來これまでとてもおつぎは假令たとひ異性いせいを慕したふ性情せいじやうが漸やうやく發達はつたつして來きたとはいひながら、竊ひそかに其その手てを執とられた時ときは、後あとでは寧むしろ悔くいるまでも羞恥はぢと恐怖おそれとそれから勘次かんじを憚はゞかることから由よつて來きたる抑制よくせいの念ねんとが慌あわてゝ其その手てを振ふり挘もきらせるのであつた。其それが段々だんん厭いやでない誘惑いうわくの手てに乘のつて甘あまい味あぢを僅わづかに感かんずる程度ていどまで近ちかづいた刹那せつな一切さいが破壞はくわいし去さられたのである。おつぎは以前いぜんに還かへつて恐怖きようふの手てに深ふかく其その身みを沒却ぼつきやくせねばならなく成なつた。深ふかい罪惡ざいあくを包藏はうざうして居ゐない其その夜よの事件じけんはそれで濟すんだ。勘次かんじは依然やつぱりおつぎには只たゞ一ひとつしか無ない大樹たいじゆの陰かげであつた。然しかし勘次かんじ自身じしんには如何どんな種類しゆるゐの物ものでも現在げんざい彼かれの心こゝろに與あたへ得うる滿足まんぞくの程度ていどは、失うしなうたお品しなを追憶つゐおくすることから享うける哀愁あいしうの十分ぶんの一にも及およばない。彼かれは最早もはやそれ以上いじやう彼かれの心裏しんりに残存ざんぞんして居ゐる或ある物ものをまで奪うばひ去さられることには堪たへないのである。彼かれは僅わづかに三人にんの家族かぞくが油あぶらの如ごとく水みづに彈はじかれても疎外そぐわいされても只たゞ凝結ぎようけつして居ゐることにのみ、假令たとひ慰藉ゐしやされないまでも不安ふあんを感かんずることなしに其その日ひ>と刻きざんで暮くらして行ゆくことが出來できるのである。彼かれは一度どでもおつぎが自分じぶんを離はなれたことを發見はつけんし或あるひは意識いしきしては一種しゆの嫉妬しつとを感かんぜずには居をられなかつた。彼かれはさうして悲痛ひつうの感かんに責せめ訶さいなまれた。村落むらの若者わかものは彼かれの爲ためには仇敵きうてきである。それと同時どうじに若者わかものの爲ためには彼かれは蝮蛇まむしの毒牙どくがの如ごときものでなければ成ならぬ。其それでありながら些さの威嚴ゐげんも勢力せいりよくもない彼かれは凡すべての若者わかものから彼かれを苛立いらだたしめる惡戯いたづらを以もつて報むくいられた。青草あをくさの中なかに身みを沒ぼつして居ゐる毒蛇どくじやに直接ちよくせつ手てを觸ふれようとするものは一人にんもないけれど、遠とほくから土塊どくわいを擲ほつたり、棒ぼうの先さきでつゝいたり徒いたづらに怒おこる牙きばを振ふるはせることは彼等かれらの好このんでする處ところであつた。勘次かんじの削けづつたやうな痩やせた顏かほが何時いつでも僻ひがんでさうして怒おこり易やすいのを彼等かれらは嘲笑てうせうの眼まなこを以もつて遠とほくから覗のぞくのである。彼等かれらは夜よる垣根かきねの側そばに立たつて指ゆびを口くちに啣くはへてぴゆううと劇はげしく鳴ならして見みたり、戸口とぐちに近ちかく竊ひそかに下駄げたの齒はの趾あとを附つけて置おいたり、勘次かんじが眠ねむりに落おちようとする頃ころ假聲こはいろを使つかつておつぎを喚よんだりした。勘次かんじは其その度たびに心こゝろが苛立いらだつたけれど、霧きりでも捉つかむ樣やうな、誰たれの所爲しよゐとも判明はんめいしない惡戯いたづらをどうすることも出來できなかつた。然しかし表面へうめんに現あらはれた影響えいきやうの無ない惡戯いたづらは永ながく持續ぢぞくしなかつた。 春はるは冬ふゆに遠とほくして又また冬ふゆと相あひ隣となりして居ゐる。季節きせつの變化へんくわを反覆くりかへしつゝ月日つきひは容赦ようしやなく推移すゐいした。

一二

 冬ふゆは低ひくく地ちを偃はうて沈しづんだ。舊暦きうれきの暮くれが近ちかく成なつて婚姻こんいんの多おほく行おこなはれる季節きせつが來きた。町まちの建具師たてぐしの店先みせさきに据すゑられた簟笥たんすや長持ながもちから疎末そまつな金具かなぐが光ひかるのを見みるやうに成なつた。おつぎが通かようた針はりの師匠ししやうの家うちでも嫁よめが極きまつた。其その當日たうじつに成なると針子はりこは孰いづれも藏しまつて置おいた半纏はんてんへ赤あかい襷たすきを掛かけて、其處そこらの掃除さうぢやら、芋いもや大根だいこんを洗あらふことやら朝あさから大騷おほさわぎをして笑わらひながら手傳てつだひをした。おつぎも行いつて皆みんなと一緒しよに働はたらいた。おつぎは赤絲大名あかいとだいみやうの半纏はんてんで萌黄もえぎの襷たすきを掛かけて居ゐた。針子等はりこらは毎年まいねん春はるが漸やうやく暖あたゝかく成なつて百姓ひやくしやうの仕事しごとが忙いそがしくなると又またの冬ふゆまで暇ひまをとるとて一日にち皆みんなで鍬くはを持もつて畑はたけの仕事しごとの手傳てつだひに行ゆく。廣ひろくもない畑はたけへ残のこらずが一度どに鍬くはを入いれるので各おののが互たがひに邪魔じやまに成なりつゝ人數にんずの半なかばは始終しじう鍬くはの柄えを杖つゑに突ついては立たつて遠とほくへ目めを配くばりつゝ笑わらひさゞめく。彼等かれらの白しろい手拭てぬぐひが聚あつまつて遙はるかに人ひとの目めを惹ひく外ほか師匠ししやうの家うちに格別かくべつの利益りえきもなく彼等かれら自分等じぶんらのみが一日にちを樂たのしく暮くらし得うるのである。其それだから彼等かれらは婚姻こんいんの當日たうじつにも仕事しごとの割合わりあひにしては餘あまりに多人數たにんずに過すぎるので、一ひとつ仕事しごとに集あつまつては屈託くつたくない容子ようすをして饒舌しやべるのであつた。「どうえ嫁樣よめさまだんべな」
「善ええ女をんなだんべえな」
「早はやく來くればえゝな、俺おら見みてえな」
 彼等かれらはさういふことをすら口々くちちに反覆くりかへしつゝ密々ひそそと耳語さゝやいた。
「白粉おしろい附つけて來くんだな」一番ばん年としの少すくない子こがいつた。
「どうしたもんだえ、白粉おしろい附つけんだんべかとまあ」年嵩としかさが笑わらつた。
「水白粉みづおしろい持もつて來くんだか知しんねえぞ」
「只たゞの水みづ見みてえな白粉おしろいも有あんだつて云ゆつけぞ」
 彼等かれらはさういふ罪つみのない穿鑿せんさくからそれから
「俺おらお給仕きふじに出でなくつちや成なんねえか知しんねえが、耻はづかしくつて厭やだな」
「嫁樣よめさままつと耻はづかしかつぺな」
「そんだが俺おら嫁樣よめさまの衣物きものどういんだか見みてえもんだな」半分はんぶんは望のぞむやうな半分はんぶんは氣遺きづかふやうな互たがひの心こゝろを語かたるのであつた。
 夜よに成なつて板いたの間まの娘等むすめらが座敷ざしきの方はうへ引ひかれた頃ころ勝手口かつてぐちに村落むらの若者わかものが五六人にん立たつた。彼等かれらは婚姻こんいんの夜よには屹度きつと極きまつた例ためしの饂飩うどんを貰もらひに來きたのである。晝ひるの間あひだに用意よういされた饂飩うどんが彼等かれらに與あたへられた。彼等かれらの手てには饂飩うどんの大おほきな笊ざると二升樽しようだるとそれから醤油しやうゆの容器いれものである麥酒罎ビールびんとが提さげられた。垣根かきねの外そとへ出でた時とき彼等かれらは假聲こわいろを出だしてどつと囃はやし立たてゝ又また囃はやした。彼等かれらは途次みちみちも騷さわぐことを止やめないで到頭たうとう村落むらの念佛寮ねんぶつれうへ引ひきとつた。其處そこには此これも褞袍どてらを被はおつた彼等かれらの伴侶なかまが圍爐裏ゐろりへ麁朶そだを燻くべて暖あたゝまりながら待まつて居ゐた。念佛衆ねんぶつしゆうの使つかつて居ゐる鍋なべや土瓶どびんや茶碗ちやわんが只たゞごたたと投なげ出だされてあつた。臺だいつきの手てランプは近所きんじよから借かりて來きたのであつた。麁朶そだの焔ほのほが手てランプに光ひかりを添そへて居ゐた。婚姻こんいんの席上せきじやうでは酒さけの後あとには長ながく繼つながる樣やうといふ縁起えんぎを祝いはうて、一ひとつには膳部ぜんぶの簡單かんたんなのとで饂飩うどんを饗もてなすのである。蕎麥そばは短みじかく切きれるとて何處どこでも厭いとうた。どんな婚姻こんいんでもそれを若わかい衆しゆが貰もらひに行ゆく。貧乏びんばふな所帶しよたいであれば彼等かれらは幾いくら少量せうりやうでも不足ふそくをいはぬ。然しかし多少たせうの財産ざいさんを有いうして居ゐると彼等かれらが認みとめて居ゐる家うちでそれを惜をしめば彼等かれらは不平ふへいを訴うつたへて止やまぬ。どうかすると闇くらい木陰こかげに潜伏せんぷくして居ゐて嫁よめの車くるまが近ちかづいた時とき突然とつぜん、其その車くるまを顛覆てんぷくさせてやれといふやうな威嚇的ゐかくてきの暴言ばうげんをすら吐はくことがある。然しかし從來じゆうらい其麽そんなことは滅多めつたになく、別段べつだんに認みとむべき弊害へいがいが伴ともなふのでもないのであつた。それで普通ふつうどの家うちでも彼等かれらが滿足まんぞくを買かひ得うる分量ぶんりやうを前以まへもつて用意よういして居ゐるのである。 彼等かれらはさういふ夜よに褞袍どてらを被かぶつて他人たにんの裏戸口うらどぐちに立たたねば成ならぬ必要ひつえうな條件でうけんを一ひとつも有もつて居ゐない。只たゞ彼等かれらの凡すべては藁わらを打うつて繩なはを綯なふべき夜よるの務つとめを捨すてて公然こうぜん一所しよに集合しふがふする機會きくわいを見出みいだすことを求もとめて居ゐる。集合しふがふすることが直たゞちに彼等かれらに娯樂ごらくを與あたへるからである。兩性りやうせいが然しかも他人たにんの手てを藉かりて一ひとつに成なる婚姻こんいんの事實じじつを聯想れんさうすることから彼等かれらの心こゝろが微妙びめうに刺戟しげきされる。彼等かれらの凡すべては悉ことごとく異性いせいを知しり又また知しらんとして居ゐる。彼等かれらは他人たにんの目めを偸ぬすむのには幾多いくたの支障さはり、それは其その爲ために相あひ慕したふ念慮ねんりよが寧むしろ却かへつて熾さかんに且かつ永續えいぞくすることすら有ありながら、當事者たうじしやたる彼等かれらには五月繩うるさい其その支障さはりをこつそりと拂はらひ退のけねば成ならぬ焦燥じれつたい感かんが止やまないのに、周圍しうゐの凡すべてが杯さかづきを擧あげてくれる其その夜よの當人同士たうにんどうしを念頭ねんとうに浮うかべる時とき彼等かれらは淡あはい嫉妬しつとを沸わかさねば成ならぬ。それで彼等かれらの心こゝろには喰くつてやれ、飮のんでやれ、さうして遣やらねば腹はらが癒いえぬといふ觀念くわんねんが期きせずして一致いつちするのである。笊ざるで運はこんだ饂飩うどんが多人數たにんずうの彼等かれらに到底たうてい十分ぶんの滿足まんぞくを與あたへ得うるものではない。然しかし彼等かれらは其麽そんなことに頓着とんぢやくを持もたぬ。 酒さけが煤すゝけた土瓶どびんで沸わかされた。彼等かれらは各自かくじに茶碗ちやわんへ注ついでぐいと飮のんだ。其處そこには燗かんの加減かげんも何なにも無なかつた。各自かくじの喉のどがそれを要求えうきうするのではなくて一種しゆの因襲いんしふが彼等かれらにそれを強しひるのである。彼等かれらはじりりと喉のどが焦こげる樣やうに感かんじても苦にがい顏かほを蹙しかめつゝ飮のんで見みる者ものさへある。比較的ひかくてき少量せうりやうな酒さけが注つぐ度たびに手てにする度たびに筵むしろの上うへに滾こぼれても彼等かれらは惜をしまない。彼等かれらはそれから茶碗ちやわんも箸はしもべたりと筵むしろの上うへへ置おいて、單純たんじゆんに水みづへ醤油しようゆを注さした液汁したぢに浸ひたして騷々敷さううしく饂飩うどんを啜すゝつた。
 彼等かれらは平生へいぜいでもさうであるのに酒さけの爲ために幾分いくぶんでも興奮こうふんして居ゐるので、各自かくじの口くちから更さらに聞きくに堪たへぬ雜言ざふごんが吐はき出だされた。不作法ぶさはふな言辭げんじに麻痺まひして居ゐる彼等かれらはどうしたら相互さうごに感動かんどうを與あたへ得うるかと苦心くしんしつゝあつたかと思おもふ樣やうな卑猥ひわいな一句くが唐突だしぬけに或ある一人にんの口くちから出でると他たの一人にんが又またそれに應おうじた。彼等かれらの間あひだには異分子いぶんしを交まじへて居をらぬ。彼等かれらは時ときによつては怖おそれて控目ひかへめにしつゝ身體からだが萎縮すくんだやうに成なつて居ゐる程ほど物ものに臆おくする習慣しふくわんがある。然しかし恁かうして儕輩さいはいのみが聚あつまれば殆ほとんど別人べつじんである。饂飩うどんが竭つきて茶碗ちやわんが亂雜らんざつに投なげ出だされた時とき夜よるの遲おそいことに無頓着むとんぢやくな彼等かれらはそれから暫しばらく止とめどもなく雜談ざつだんに耽ふけつた。彼等かれらは遂つひに自分じぶんの村落むらに野合やがふの夫婦ふうふが幾組いくくみあるかといふことをさへ數かぞへ出だした。そつちからもこつらからも其それが數かぞへられた。左手さしゆの指ゆびが二度ど曲まげて二度ど起おこされても盡つくせなかつた。勿論もちろん畢しまひには配偶はいぐうの缺かけたものまで僂指るしされた。其それ等らの夫婦ふうふの間あひだに生うまれた者ものも幾人いくにんか彼等かれらの間あひだに介在かいざいして居ゐた。有繋さすがに其その幾人いくにんは自分じぶんの父母ふぼが喚よばれるので苦にがい笑わらひを噛かんで控ひかへて居ゐる。さうすると他たの者ものはそれを興きようあることにがややと囃はやし立たてた。 噺はなしが少すこしだれた時とき
「勘次かんじさん等ら見みてえなゝ、ありや勘定かんぢやうにやへえんねえもんだんべか」と呶鳴どなつたものがあつた。此この唐突たうとつな發言はつげんで暫しばらく靜止せいしして居ゐた彼等かれらは俄にはかに威勢ゐせいが出でて拍手はくしゆした。
「勘次かんじさんに聞きいて見みろ」といふ聲こゑが隅すみの方はうから出でた。
「其麽そんなこと云ゆつたつ位くれえ、打ぶん擲なぐらつら篦棒臭べらぼうくせえ」打うち消けす聲こゑが聞きこえた。
「そんぢや、おつぎに聞きいて見みろ」
「足あしでも打折ぶつちよられんなえ」
「薪雜棒まきざつぽうふられてか」
 笑聲せうせいが雜然ざつぜんとして寮れうの内うちは一層そう騷さわがしく成なつた。
「今日けふらも見みろ、角かどの店みせで自棄酒やけざけ飮のんで怒おこつてたつけぞ」一人ひとりが自慢じまんらしく新あらたな事實じじつを提供ていきようした。
「どうしてよ」一同どうが耳みゝを峙そばだてた。
「おつぎことお針はりつ子等こらと一緒しよに手傳てづでえに遣やつたの知しつてべな」
「知しつてらなそら」
「そんでよ、手傳てづでえに遣やつてゝも、はあ、日暮ひぐれに成なつたら、あつかもつかして凝然ぢつとしちや居ゐらんねえんだ、そんで愚圖ぐづ>云ゆつてんの面白おもしれえから俺おら聞きいてたな、丁度ちやうどえゝ鹽梅あんべえに俺おれ草履ざうり買かひに行いつて出でつかせてな」
「毎日暮まいひぐれぢやねえけ徳利とつくりおつ立たてゝんな」
「さうなんだ、近頃ちかごろ唐鍬たうぐは使つけえ骨ほね折おれつからつて仕事しごと畢しまつちや一合がふ位ぐれえ引ひつ掛かけて直すぐ行いつちやあんだつちけが、それ今日けふは早はやくから來きてたんだつちきや、店みせのおとつゝあに聞きいたな俺おら」噺手はなしては自分じぶんが先まづ興きように入いつた樣やうに又またいつた。「俺おら今日けふうめえ處とこ聞きいつちやつたな」
「何なんだつて云ゆつけ」
「酷ひでえ阿魔あまだ、夕飯ゆふめしも何なにも仕しやうありやしねえなんてな、獨ひとりでぐうづづ云ゆつてな、そんで與吉よきちこと何遍なんべんも迎むけえに遣やつてな、さうすつとあの與吉よきちの野郎やらうまた、今いま直すぐに饂飩うどん饗ふるまつてよこすとう、なんてのたくりり歸けえつて來くんだ、さうすつと又また駄目だめだ汝わりや復また行いつて來こう、直すぐに來こうつて云ゆふんだぞなんて怒おこつた見みてえになあ、俺おら可笑をかしくつて仕樣しやう無なかつたつけぞ」噺手はなしては左右さいうを向むきつゝいつた。皆みな復また拍子ひやうしして囃はやし立たてた。
「そんぢや直すぐよこしたつぺ」
「うむ、途中とちうで行逢いきやつたんだんべ、直すぐ來きたつきや」
「あつちだつて其その位くれえ知しつてらな」
「おつぎは店みせへよつたつけか」二人ふたりが一度どにいつた。
「寄よんねえや、さうしたらおつう、なんておとつゝあ喚よばつたんだ、たいした聲こゑしてな、そんでもおつうは行いつちまあのよ、さうしたら又また、おつうなんて呶鳴どなつてな、勘定かんぢやうすんのにも慌あわくつて錢ぜに落おつことしたり何なんかして後あとから駈かけてつたんだ、五合がふも飮のんだつぺつちけな、可怖おつかねえ目めつきしつちやつてな、そんだがおつぎは聽きかねえぞなかか、つツツと行いつちやつてな」噺手はなしては暫時しばし口くちを鎖とざした。
「今日けふは若わけえ衆等しら行いくと思おもつてはあ、夜よるまで置おけねえんだな」
「極きまつてらあな」
「そんだつて箆棒べらぼう、若わけえ衆等しらだつてさうだことばかりするものぢやねえ、詰つまんねえ」憤慨ふんがいしてかういふものも
「外聞げえぶん惡わりいも何なんにも知しんねえんだな」嘲笑てうせうの意味いみではあるが何處どことなく沈しづんで又また斯かういふ者ものも有あつた。「おつぎはそんだが頭髮あたまてかか光ひからかせた處とこら善よく成なつちやつたつけぞ」俄にはかに思おもひ出だした樣やうに先刻せんこくの噺手はなしてがいつた。
「そんで、おとつゝあ餘計よけい仕しやう無なくなつちやつたんだんべえ」臀しりへ釘くぎを揷さして臺だいに乘のつて居ゐる手てランプの油煙ゆえんがそつちへこつちへ靡なびく光ひかりの下もとに茶碗ちやわんを箸はしで叩たゝきながら又またわあつと騷さわぎ出だした。
 勘次かんじは今いま開墾かいこんの仕事しごとの爲ために春はるまでには主人しゆじんの手てから三四十圓ゑんの金かねを與あたへられる樣やうにまで成なつた。大部分だいぶぶんは借財しやくざいの舊ふるい穴あなへ埋うめても彼かれは懷ふところに窮屈きうくつを感かんじない程度ていどに進すゝんだ。一圓ゑんの錢ぜにが絶たえず財布さいふに在あり得うるならば彼等かれらは嘆なげく處ところは無ないのである。彼かれは只たゞ主人しゆじんに倚よつて居ゐさへすれば善よいと思おもつて居ゐる。恁かういふ遠慮ゑんりよのない蔭口かげぐちを利きかれるまでには苦くるしい間あひだの三四年ねんを過すごして來きたのである。彼かれの生活せいくわつはほつかりと夜明よあけの光ひかりを見みたのであつた。おつぎは此この時とき廿はたちの聲こゑを聞きいて居ゐたのである。

一三

 初秋しよしうの風かぜが吊放つりはなしの蚊帳かやの裾すそをさららと吹ふいて、疾とうから玉蜀黍たうもろこしが竈かまどの灰はひの中なかでぱりりと威勢ゐせいよく燃もえる麥藁むぎわらの火ひに燒やかれて、其その殼からがそつちにもこつちにも捨すてられる。畑はたけの仕事しごとが暫時ざんじ極きまりがついて百姓ひやくしやうの家いへには盆ぼんが來きた。其その日ひも晝過迄ひるすぎまで仕事しごとをして居ゐた勘次かんじはそれでも慌あわたゞしく庭にはへ箒はうきを入いれて目めに立たつ草くさは鎌かまの刄先はさきで掻かつ切きつた。戸とも障子しやうじもない煤すゝけ切きつた佛壇ぶつだんはおつぎを使つかつて佛器ぶつきや其その他たの掃除さうぢをして、賽さいの目めに刻きざんだ茄子なすを盛もつた芋いもの葉はと、寂さびしいみそ萩はぎの短みじかい小ちひさな花束はなたばとを供そなへた。みそ萩はぎの側そばには茶碗ちやわんへ一杯ぱいに水みづが沒くまれた。夕方ゆふがた近ちかく成なつてから三人にんは雨戸あまどを締しめて、火ひのない提灯ちやうちんを持もつて田圃たんぼを越こえて墓地ぼちへ行いつた。お品しなの塔婆たふばの前まへにそれから其處そこら一杯ぱいの卵塔らんたふの前まへに線香せんかうを少すこしづゝ手向たむけて、火ひを點つけてほつかりと赤あかく成なつた提灯ちやうちんを提さげて戻もどつた。冥途めいどから來きた佛ほとけが其その火ひに宿やどつたしるしだといつて必かならず提灯ちやうちんが墓地ぼちから點つけられるのである。おつぎは勘次かんじの懷ふところが幾いくらか暖あたゝかに成なつたので、廉物やすものではあるが中形ちうがたの浴衣地ゆかたぢも拵こしらへて貰もらつた。おつぎはもう十九の秋あきであつた。おつぎは其その浴衣地ゆかたぢを着きてお品しなの墓はかへ行いつたのである。髮かみは晝ひるの内うちに近所きんじよの娘同士むすめどうしが汗染あせじみた襦袢じゆばん一ひとつの姿すがたで互たがひに結ゆひ合あうたのである。おつぎは浴衣地ゆかたぢへ赤あかい帶おびを締しめた。勘次かんじは紺こんの筒袖つゝそでの單衣ひとへで日ひに燒やけた足あしが短みじかい裾すそから出でて居ゐた。おつぎの裝よそほひは側そばでは疎末そまつであつても、處々ところろちらりりと白しろい穗先ほさきが覗のぞいて大抵たいていはまだ冴さええとして只たゞ一枚まいの青疊あをだゝみを敷しいた樣やうな田圃たんぼの間あひだをくつきりと際立きはだつて目めに立たつのであつた。三人にんが田甫たんぼを往復わうふくしてから暫しばらく經たつて村落むらの内うちからは何處どこの家いへからも提灯ちやうちん持もつて田甫たんぼの道みちを老人としよりと子供こどもとがぞろろ通とほつた。勘次かんじは提灯ちやうちんの火ひを佛壇ぶつだんの燈明皿とうみやうざらへ移うつした。煤すゝけ切きつた佛壇ぶつだんの菜種油なたねあぶらの明あかりは遠とほい國くにからでも光ひかつて來くるやうにぽつちりと微かすかに見みえた。お袋ふくろのよりも先まづ白木しらきの儘まゝのお品しなの位牌ゐはいに心こゝろからの線香せんかうの煙けぶりが靡なびいた。勘次かんじもおつぎもみそ萩はぎの小ちひさな花束はなたばの先さきを茶碗ちやわんの水みづに浸ひたして其その水みづをはらりと芋いもの葉はへ盛もつた茄子なすへ振ふり掛かけけた。勘次かんじは雨戸あまどを一杯ぱいに開あけた。おつぎは浴衣ゆかたをとつて襦袢じゆばん一ひとつに成なつて、笊ざるに水みづを切きつて置おいた糯米もちごめを竈かまどで蒸むし始はじめた。勘次かんじは裸はだかで臼うすや杵きねを洗あらうて檐端のきばに据すゑた。彼等かれらはさういふ仕事しごとがあるので墓はかへ行ゆくにも人ひとよりも先立さきだつて非常ひじやうに急いそいだのであつたが、それでも米こめが蒸むせるまでには家いへの内うちは薄闇うすくらく成なつて居ゐた。日ひのまだ落おちない内うちから庭にはを覗のぞいて居ゐた月つきが白しろく、軈やがてそれが稍やゝ黄色味きいろみを帶おびて來きて庭にはの茂しげつた柿かきの木きや栗くりの木きにほつかりと陰翳かげを投なげた。おつぎが忙いそがしくどさりと臼うすへ落おとしたふかしからぼうつと白しろい蒸氣ゆげが立たつた。其その蒸氣ゆげの中なかに月つきが一瞬間しゆんかん目めを蹙しかめて直すぐにつやゝかな姿すがたに成なつた。おつぎは熱あついふかしを蒸籠せいろうから杓子しやくしで臼うすへ扱こき落おとしながら側そばに立たつて居ゐる與吉よきちへ少すこし遣やつた。程ほどよく蒸むした其そのふかしを與吉よきちは甘相うまさうにたべた。おつぎも指ゆびに附ついたのを前齒まへばで噛かむやうにして口くちへ入いれた。蒸氣ゆげの立たつ臼うすを勘次かんじは暫しばらく杵きねの先さきで捏こねた。杵きねの先さきが粘ねばつて離はなれなく成なる。おつぎは米研桶こめとぎをけへ水みづを汲くんでそれへ浮うかべた杓子しやくしで杵きねの先さきを扱落こきおとして臼うすの中なかを丸まるい形かたちに直なほす。さうすると勘次かんじは力ちからを極きはめて臼うすの中央ちうあうを打うつ。それが幾度いくども反覆はんぷくされた。庭にはの木立こだちの陰翳かげが濃こく成なつて月つきの光ひかりはきららと臼うすから反射はんしやした。蒸暑むしあつい中うちにも凡すべてが水みづの樣やうな月つきの光ひかりを浴あびて凉すゞしい微風びふうが土つちに觸ふれて渡わたつた。おつぎは臼うすから餅もちを拗切ねぢきつて茗荷めうがの葉はに乘のせて一ひとつつ膳ぜんへ並ならべた。少すこし丸まるみを缺かいた十三日にちの月つきが白しろく其その一つつの茗荷めうがの葉はの上うへに光ひかつた。冷水れいすゐを打うつた樣やうな柹かきの葉はがゆららと動うごいて後うしろの林はやしの竹たけの梢こずゑもさららと鳴なつた。 それでも忙いそがしいおつぎは汗あせを流ながしながら先まづ茗荷めうがの餅もちを佛壇ぶつだんに供そなへた。それから別べつに拗切ねぢきつた餅もちが豆粉きなこと共ともに手てランプの下もとに置おかれた。與吉よきちは直すぐに座敷ざしきへ坐すわつて待まつた。晩餐ばんさんが畢をはると踊子をどりこを誘さそふ太鼓たいこの音おとが漸やうやく沈しづみ掛かけた夜氣やきを騷さわがして聞きこえ始はじめた。檐のきに立たつた蚊柱かばしらが崩くづれて軈やがて座敷ざしきを襲おそうた。勘次かんじは麥藁むぎわらを一捉ひとつかみ軒端のきばへ投なげて、刈かつた青草あをぐさをそれへ打ぶつ掛かけて、燐寸マツチの火ひを點つけてさうして抑おさへつけた。ぷすすと燻いぶる煙けぶりが蚊かを遠とほく散亂さんらんせしめる。ぽつと焔ほのほが立たつて燃もえあがれば水みづを打うつた。彼等かれらは目鼻めはなにしみる青あをい煙けぶりの中なかに裸體はだかの儘まゝ凝然ぢつとして居ゐる。煙けぶりが餘所よそへ逸それゝば箕みで煽あふつて家いへの内うちへ向むかはせた。おつぎは勝手かつての始末しまつをしてそれから井戸端ゐどばたで、だららと垂たれる汗あせを水みづで拭ぬぐつた。手拭てぬぐひを浸ひたす度たびに小ちひさな手水盥てうずだらひの水みづに月つきが全まつたく其その影かげを失うしなつて暫しばらくすると手水盥てうずだらひの周圍しうゐから聚あつまる樣やうに段々だんんと月つきの形かたちが纏まとまつて見みえて來くる。踊子をどりこを誘さそふ太鼓たいこの音おとが自分じぶんの村落むらのは直すぐ垣根かきねの外そとの樣やうに、遠とほい村落むらのは繁茂はんもして居ゐる林はやしの彼方あなたに空そらに響ひゞいて聞きこえる。それが井戸端ゐどばたに立たつて居ゐるおつぎの心こゝろを誘導そゝつた。同年輩どうねんぱいの子こは皆みな踊をどりに行ゆくのである。おつぎには幾分いくぶんそれが羨うらやましくぼうつとして太鼓たいこに聞きき惚ほれて居ゐた。軟やはらかな月つきの光ひかりにおつぎの肌膚はだは白しろく見みえて居ゐた。おつぎは耳みゝに響ひゞく太鼓たいこの音おとを聞ききながら、まだ縺ほつれぬ髮かみを少すこし首くびを傾かたむけつゝ兩方りやうはうの拇指おやゆびの股またで代かはり代がはりに髱たぼを輕かるく後うしろへ扱こいた。おつぎは汗あせを拭ぬぐつてさつぱりとした身體からだへ復また浴衣ゆかたを着きた。「おとつゝあ、あの太鼓たいこは何處どこだんべ」おつぎは帶おびの端はしを氣きにして後うしろへ手てを廻まはしながら聞きいた。
「どれ、あの遠とほくのがゝ、分わかるもんか何處どこだか」勘次かんじは燃もえた處ところだけがつくりと減へつた蚊燻かいぶしの青草あをくさに目めを注そゝぎながら氣乘きのりのしない樣やうにいつた。
「俺おら方はうへはまあだ、他村ほかむらから來くる頃ころぢやあんめえな」
「おとつゝあ等らがにや分わかるもんかよ、そんなこと」
「そんでも、他村ほかむらから來くんだつて云ゆつけぞ、支度したくして來くんだつて俺おら今日けふ頭髮あたま結ゆつてゝ聞きいたんだぞ」
「さうえ者もな、さうえ者ものよ」
「俺おら行いつてんべ、よきも行いつて見みろなあ、姉ねえと一緒しよに」おつぎは獨語ひとりごとした。
「汝わツ等らことばかし遣やれつかえ」勘次かんじは突然とつぜん呶鳴どなつた。
「そんでも、南みなみのおつかさん行ゆきたけりや連つれてくつちつたんだぞ」
「箆棒べらぼう、そんなことされつかえ、踊をどりなんざあ後あと幾日いくかだつてあらあ、今夜こんやらつから行えかねえつたつてえゝから、他人ひとに云ゆはれつとはあ、其それに乘のつてあふりり出てたがんだから」勘次かんじは一概がいに叱しかりつけた。おつぎは締しめ掛かけた帶おびを解といて傍そばへ投なげ棄すてた。
 次つぎの日ひの晩餐ばんさんには例年れいねんの如ごとく饂飩うどんが打うたれた。小麥粉こむぎこを少すこし鹽しほを入いれた水みづで捏こねて、それを玉たまにして、筵むしろの間あひだへ入いれて足あしで蹂ふんで、棒ぼうへ卷まいては薄うすく延のばして、更さらに幾いくつかに疊たゝんでそくくと庖丁はうちやうで斷たつた。饂飩うどんの切きり端はしは皆みな一寸ちよつと一箇所かしよを撮つまんで三角形かくけいに拵こしらへて膳ぜんへ並ならべて佛壇ぶつだんへ供そなへた。其その切きり端はしは其その翌朝よくあさ各自かくじが自分じぶんの田畑たはたをぐるりと廻まはつては菽まめや稻いねの穗ほや其その他たの作物さくもつを佛ほとけへ供そなへるのであるが、佛ほとけも其その朝あさ野廻のまはりに出でるのだといふので其その佛ほとけの笠かさに供そなへるのだといふのである。 踊子をどりこを誘さそふ太鼓たいこの音おとは夜よを待まち兼かねて鳴なり出だした。勘次かんじは其その夜よ蚊燻かいぶしの支度したくもしないで紺こんの單衣ひとへへぐるると無造作むざうさに三尺帶じやくおびを卷まいて、雨戸あまどをがららと閉たて始はじめた。さうして
「おつう支度したくして見みろ、俺おれ連つれてんから」勘次かんじは性急せいきふにおつぎを促うながし立たてた。大戸おほどの鍵かぎを外そとから掛かけて三人にんが庭にはに立たつた時とき月つきは雲翳うんえいを遠とほざかつて靜しづかに柹かきの木きの上うへに懸かゝつて居ゐた。
 毎年まいねん極きまつた踊をどりの場所ばしよは村むらの社やしろの大おほきな樅もみの木陰こかげである。勘次等かんじら三人にんが行いつた時ときは踊子をどりこはもう大分だいぶ集あつまつて居ゐた。一足ひとあし森もりに入はひれば劇はげしく叩たゝく太鼓たいこの音おとが、その急いそいで遠とほくへ響ひゞき去さるのを周圍しうゐから遮さへぎり止とめようとして錯雜さくざつして茂しげつて居ゐる幹みきや小枝こえだに打當ぶツつかつて紛糾こぐらかつて居ゐるやうに、森もり一杯いつぱいに鳴なり響ひゞいて上うへへへと恐おそろしく人々ひととの心こゝろを誘導そゝつた。男女なんによが入いり交まじつて太鼓たいこを中央ちうあうに輪わを描ゑがいて居ゐる。それが一定ていの間隔かんかくを措おいては一同どうが袋ふくろの口くちの紐ひもを引ひいた樣やうに輪わが蹙しぼまつて、ぱらりりと手拍子てびやうしをとつて、復また以前いぜんのやうに擴ひろがる。さうしては其その踊をどりの手てを反覆はんぷくしつゝ徐おもむろに太鼓たいこの周圍しうゐを廻めぐる。女をんなは袖そでを長ながく見みせる爲ために手拭てぬぐひを折をつて兩方りやうはうの袂たもとの先さきへ縫ぬひつけて、それから扱帶しごきを襷たすきにして結むすんだ長ながい端はしを後うしろへだらりと垂たれて居ゐる。扱帶しごきは踊をどりの手てを描ゑがく度たび毎ごとに袂たもとと共ともにゆらりりと搖ゆれる。男をとこは少すこし亂暴らんばうに女をんなの身體からだにこすりつきながら踊をどる。女をんなは五月繩うるさい時ときには一時ちよつと踊をどりの手てを止やめて對手あひてを叱しかつたり叩たゝいたり、然しかも其その特性とくせいのつゝましさを保たもつて拍子ひやうしを合あはせ乍ながら多勢おほぜいの間あひだに揉もまれつゝ同どう一線せんを反覆はんぷくしつゝ踊をどる。漸次ぜんじに人勢にんずが殖ふえて大おほきな輪わの内側うちがはに更さらに小ちひさな輪わが描ゑがかれた。太鼓たいこが倦怠だれれば「太鼓たいこが疎おろかぢや踊をどりもおろかだ」と口々くちちに促うながし促うながし交互たがひに唄うたの聲こゑを張はり揚あげて踊をどる。太鼓たいこの手ては疲つかれゝば更さらに人ひとが交代かうたいして撥ばちも折をれよと鳴ならす。踊子をどりこは皆みな一杯ぱいに裝飾さうしよくした笠かさを戴いたゞいて居ゐる。裝飾さうしよくといつても夜目よめに鮮あざやかな樣やうに、饅頭まんぢうや其その他たの物ものを包つゝむ白しろいへぎ皮かはを夥おびたゞしく括くゝり附つけて置おくのである。其それが月光げつくわうを遮さへぎつて居ゐる樅もみの木陰こかげに著いちじるしく目めに立たつて、身みを動うごかす度たびに一齊せいにがさがさと鳴なりながら波なみの如ごとく動うごいて彼等かれらの風姿ふうしを添そへて居ゐる。彼等かれらが幾夜いくよも踊をどつて不用ふように歸きした時ときには、それが彼等かれらの歩あるいた路みちの傍はたに埃ほこりに塗まみれながら到いたる處ところに抛棄はうきせられて散亂さんらんして居ゐるのを見みるのである。
 其その踊をどりの周圍しうゐには漸やうやく村落むらの見物けんぶつが聚あつまつた。混雜こんざつして群集ぐんしふと少すこし離はなれて村落むらの俄商人にはかあきんどが筵むしろを敷しいて駄菓子だぐわしや梨なしや甜瓜まくはうりや西瓜すゐくわを並ならべて居ゐる。油煙ゆえんがぼうつと騰あがるカンテラの光ひかりがさういふ凡すべてを凉すゞしく見みせて居ゐる。殊ことに斷たち割わつた西瓜すゐくわの赤あかい切きれは小ちひさな店みせの第だい一の飾かざりである。踊子をどりこの渇かつした喉のどには自分等じぶんらが立たてる埃ほこりの掛かゝるのも頓着とんちやくなく只管ひたすらそれを佳味うまく感かんずるのである。それが少女せうぢよであれば少すくなくとも三四人にんが群むれて飾かざられた花笠はながさ深ふかく顏かほが掩おほはれて居ゐるのにそれでも猶且やつぱり知しられることを恥はぢらうて漸やうやく手ての及およぶ程度ていどにカンテラの光ひかりの範圍はんゐから遠とほざからうとしつゝ西瓜すゐくわの一片きれづつを求もとめる。俄商人にはかあきんどはカンテラの光明くわうみやうと木陰こかげの薄うすい闇やみとの間あひだに立たつた其その姿すがたが明瞭はつきりと見極みきはめ難がたいので、頻しきりに目めを蹙しかめつゝ求もとめられる儘まゝに筵むしろの端はしに立たつて西瓜すゐくわを出だして遣やる。踊子をどりこは其それを手てにして慌あわたゞしく木陰こかげに隱かくれる。其處そこには必かならず各おののの口くちから發はつする笑聲わらひごゑが聞きかれるのである。カンテラの光ひかりの爲ために却かへつて眼界がんかいを狹せばめられた商人あきんどは木陰こかげの闇やみから見みれば滑稽こつけいな程ほど絶たえず其その眼めを蹙しかめつゝ外そとの闇やみを透すかして騷さわがしい群集ぐんしふを見みて居ゐる。 勘次かんじは與吉よきちの求もとめる儘まゝに西瓜すゐくわの一片きれを與あたへて自分じぶんは商人あきんどの狹せまい筵むしろの端はしへ腰こしを卸おろした。おつぎは暫しばらく店みせの側そばに立たつて居ゐたが、明あかるい光ひかりを厭いとうて軈やがて樅もみの木きの下したに與吉よきちと共ともに身みを避さけた。勘次かんじは俄にはかに眼めを聳そびやかすやうにして木陰こかげの闇やみを見みた。彼かれは其處そこにおつぎの浴衣姿ゆかたすがたが凝然じつとして居ゐるのを見みて筵むしろから離はなれることは仕しなかつた。
「おつぎさん能よく來きたつけな」列れつを離はなれた踊子をどりこが汗あせの胸むねを少すこし開ひらいて、袂たもとで頻しきりに煽あふぎながら樅もみの木きの側そばに立たつていひ掛かけた。
「おゝ暑あついやまあ、咽むせつ返けえる樣やうだ」と、袂たもとの端はしで汗あせを拭ふきながら
「おつぎさん、踊をどんねえか」と他ほかの一人ひとりがいつた。
「俺おら厭やだよ、おとつゝあ居えつから」おつぎは小聲こごゑでいつた。誘さそうた踊子をどりこは目めを蹙しかめて居ゐる勘次かんじの容子ようすを見みて自分じぶんが睨にらみつけられて居ゐる樣やうに感かんじたので、他たへ孤鼠々々こそそと身みを避さけた。女同士をんなどうしの眼めには姿すがたを變へんじた踊子をどりこが皆みな一見けんして了解れうかいされるのであつた。
 踊をどりを見みながら輪わの周圍しうゐに立たつて居ゐる村落むらの女等をんならは手てと手てを突つゝき合あうて勘次かんじの容子ようすを見みてはくすくすと竊ひそかに冷笑れいせうを浴あびせ掛かけるのであつた。カンテラの光ひかりは樅もみの木陰こかげの何處いづこからでも明瞭はつきりと勘次かんじの容子ようすを目めに立たたせる樣やうにぼううと油煙ゆえんを立たてながら、周圍しうゐの眼まなこと首肯うなづき合あうて赤あかい舌したをべろべろと吐はきつゝゆらめいた おつぎの姿すがたが五六人にん立たつた中なかに見みえなく成なつた時とき勘次かんじは商人あきんどの筵むしろを立たつてすつと樅もみの木きの側そばへ行いつた。おつぎは一二歩ほ位置ゐちを變かへた丈だけであつたので、彼かれは直すぐにおつぎの白しろい姿すがたと相あひ接せつして立たつた。女同士をんなどうしは勘次かんじの姿すがたを見みて少すこし身みを避さけた。五六本ぽん屹立きつりつした樅もみの木きは引ひつ扱こいた樣やうな梢こずゑが相あひ倚よつて、先刻さつきから明あかるい光ひかりを厭いとふ踊子をどりこを掩おほうて一杯ぱいに陰翳かげを投なげて居ゐたのであるが、凝然ぢつとした靜しづかな月つきが幾いくらか首くびを傾かたむけたと思おもつたら樅もみの梢こずゑの間あひだから少すこし覗のぞいて、踊子をどりこが形かたちづくつて居ゐる輪わの一端たんをかつと明あかるくした。彼等かれらの戴いたゞいて居ゐる裝飾さうしよくが其その光ひかりに觸ふれゝば悉ことごとく目めを射いるやうにはつきりと白しろく見みえ出だした。殆ほとんど疲勞ひらうといふことを感かんじないであらうかと怪あやしまれる彼等かれらは益々ますす興きように乘じようじて少すこし亂雜らんざつに成なり掛かけた。白しろいシヤツの上うへに浴衣ゆかたを肩かたまで捲まくつて、臀しりを褰からげて草鞋わらぢを穿はいた幾人いくにんが列れつから離はなれたと思おもつたら、其處そこらに立たつて見物けんぶつして居ゐる女等をんならに向むかつて海嘯つなみの如ごとく襲おそうた。女同士をんなどうしはわあと只たゞ笑わらひ聲ごゑを發はつして各自てんでに對手あひてを突ついたり叩たゝいたりして亂みだれつゝ騷さわいだ。突然とつぜん一人ひとりがおつぎの髮かみへひよつと手てを掛かけた。「此こらまあ、どうしたもんだ」おつぎが驚おどろいて叫さけんだ時とき、對手あひてはおつぎの櫛くしを奪うばつて混雜こんざつした群集ぐんしふの中なかへ身みを沒ぼつした。おつぎは髮かみへ惡戯いたづらされたことを嫌きらつて思おもはず手てを當あてて見みて櫛くしの無なくなつたのを知しつた。
「他人ひとの櫛くしまあ」おつぎは其それを追おはうとして覺おぼえず足あしを蹂ふみ出だすと、一歩ぽ運はこんだ勘次かんじの手てがむづとおつぎの首筋くびすぢを捉とらへた。彼かれは同時どうじにおつぎの小鬢こびんを横よこに打うつた。おつぎが慌あわてゝ後うしろを向むかうとする時とき、復ふたゝび劇はげしく打うつた手てがおつぎの鼻はなに當あたつた。おつぎは兩手りやうてで鼻はなを抑おさへて縮ちゞまつた。女同士をんなどうしは樅もみの木陰こかげに身みを峙そばめて手ての出だし樣やうもなかつた。
 一ひとつには平生ふだんからおつぎに對たいする勘次かんじの態度たいどを知しつて居ゐて其處そこに一種しゆの恐怖きようふを感かんじて居ゐたからでもあつた。
「どうして汝わりや、櫛くしなんぞ取とらつたんだ」勘次かんじはからびた喉のどから絞しぼり出だす樣やうな聲こゑで詰問きつもんした。
「こうれ、此この阿魔奴あまめ、しらばくれやがつて、どうしたんだよ」勘次かんじは屈かゞんだ儘まゝのおつぎをぐいと突ついた。おつぎは轉ころがり相さうにして漸やうやく土つちへ手てを突ついた。
「何なに爲すんだな、おとつゝあ」おつぎは慌あわてゝ顏かほを捩ねぢ向むけて少すこし泣なき聲ごゑで寧むしろ鋭するどくいつた。「何なに爲すんだとう、づううしい阿魔あまだ、櫛くし何故どうして取とらつたんだか云ゆつて見みろつちんだ、此こんでも分わかんねえのか、云ゆつて見みろよ」勘次かんじは暫しばらく間あひだを措おいて、又またかつと忌々敷いまましくなつたやうに
「云ゆつて見みろつちのに、云ゆつて見みろよ」と反覆くりかへしておつぎを責せめた。
「どうしてつちつたつて、俺おらがにや分わかんねえよ」おつぎは恨うらめし相さうに然しかしながら周圍しうゐに憚はゞかる樣やうにして小聲こごゑでいつた。袂たもとは顏かほを掩おほうた儘まゝである。
「分わかんねえとう、何なんにも知しらねえ者もので他人ひとの櫛くしなんぞ取とつか」勘次かんじは苦くるしい息いきを吐つくやうにして
「そんだら汝わりや」と齒はでぎつと噛かみ殺ころした樣やうな聲こゑでいつた。暫時しばらく凝然ぢつと見みて居ゐた彼かれはおつぎを蹴けつた。おつぎは前まへへのめつた。然しかしおつぎは泣なかなかつた。「おゝ痛いてえまあ」群集ぐんしふの中なかから假聲こわいろでいつた。踊をどりの列れつは先刻さつきから崩くづれて堵との如ごとく勘次かんじとおつぎの周圍まはりに集あつまつたのである。おつぎは此この聲こゑを聞きくと共ともに亂みだれ掛かけた衣物きものの合あはせ目めを繕つくろうた。
「櫛くしとつたな此處ここに居ゐたよう」と此これも喉のどの底そこからかすれて出でるやうな聲こゑが群集ぐんしふの中なかから發はつせられた。
「持もつてたら、やつちめえ」
「厭やだよう、おとつゝあに打ぶん擲なぐられつから、おとつゝあ勘辨かんべんしてくろよう」と歔欷すゝりなくやうな假聲こわいろが更さらに聞きこえた。惘然ばうぜんとして見みて居ゐた凡すべてがどよめいた。「おとつゝあ明あかり點つけべえかあ」と群集ぐんしふの後あとから呶鳴どなると共ともに凡すべてが復またどつと笑わらつた。
 おつぎはむつくり起おきてさつさと行ゆき掛かけた。
「汝われ何處どこさ行えくんだ。こうれ」勘次かんじは引ひつ捉つかまうとしたがおつぎは身みを捩ねぢつてさつさと行ゆく。勘次かんじは慌あわてゝ草履ざうりの爪先つまさきが蹶つまづきつゝおつぎの後あとに跟ついた。
「おつう」彼かれは心こゝろもとなげに喚よんだ。與吉よきちはどうした理由わけとも分わからないので先刻さつきから只たゞ泣ないて居ゐた。
 太鼓たいこが止やんで踊をどりは全まつたく亂みだれて畢しまつた。それでなくても彼等かれらは一しきり踊をどれば田圃たんぼを越こえて三々五々さんさんごゝと男をとこは女をんなを伴ともなうて、畑はたの小徑こみちから林はやしを過すぎて村落むらから村落むらへと太鼓たいこの音おとを尋たづねて行ゆくのである。
 勘次かんじの後うしろから彼等かれらはぞろろと跟ついて行いつた。或ある者ものは足速あしばやに駈かけ拔ぬけては
「燒餅やきもち燒やくとて手てを燒やいてえ、其その手てでお釋迦しやかの團子だんご捏こねたあ」と當あてつけに唄うたうてずんん行いつて畢しまふ。後うしろの群集ぐんしふはそれに應おうじて指ゆびを啣くはへてぴううと鳴ならしながら勘次かんじの心こゝろを苛立いらだたせた。勘次かんじは何どれ程ほどそれが激げきした心こゝろに忌々敷いまましくくても其それを窘たしなめて叱しかつて遣やる何なんの手てがかりも有もつて居をらぬ。三人にんは只たゞ默だまつて歩あるいた。 社やしろの森もりの外そとは白しろい月夜つきよである。勘次かんじが村落外むらはづれの家いへに歸かへつた時ときは踊子をどりこは皆みな自分じぶんの嚮むかふ處ところに赴おもむいて三人にんのみが靜しづかに深ふけ行ゆく庭にはにぽつさりと立たつたのであつた。各所かくしよの太鼓たいこの音おとが興味きようみは却かへつて此これからだといふ樣やうに沈しづんだ夜よを透とほして一直線ちよくせんに響ひゞいて來くる。唄うたの聲こゑは遠とほく近ちかく聞きこえる。夜よるは全まつたく踊をどるものゝ領域りやうゐきに歸きした。彼等かれらは玉蜀黍たうもろこしの葉はがざわわと妙めうに心こゝろを騷さわがせて、花粉くわふんの臭にほひが更さらに心こゝろの或ある物ものを衝動そゝる畑はたけの間あひだを行ゆくとては、踊をどつて唄うたうて渇かつした喉のどに其處そこに瓜うりが作つくつてあるのを知しれば竊ひそかに瓜うりや西瓜すゐくわを盗ぬすんで路傍みちばたの草くさの中なかに打うち割わつた皮かはを投なげ棄すてゝ行ゆくのである。彼等かれらの間あひだに惡戯いたづらの好すきな五六人にんが夜よが深ふけてからそつと勘次かんじの庭にはへ立たつて見みた。其その時ときは只たゞ自分等じぶんらの陰翳かげが稍やゝ長ながく庭にはの土つちに映えいじて、月つきは隙間すきまだらけの古ふるぼけた雨戸あまどをほのかに白しろく見みせて居ゐた。周圍しうゐは泣なき止やんだ後あとのやうに餘あまりに寂さびしかつた。五六人にんは只たゞぽつさりと歸かへつて畢しまつた。 おつぎは次つきの朝あさ櫛くしを探さがしに出でた。同おなじ年輩ねんぱいの間あひだには誰たれの惡戯いたづらであるかが其その場ばで凡すべての耳みゝに知しれ渡わたつて居ゐた。
「櫛くしなんざ持もつてゐねえぞはあ、それよりやあ、歸けえつて柹かきの木きのざく股またでも見みた方はうがえゝと」朋輩ほうばいの一人ひとりがおつぎへいつた。おつぎは自分じぶんの庭にはの柹木かきのきの幹みきが二股またに成なつた處ところに櫛くしがそつと載のせてあるのを發見はつけんした。櫛くしは鼈甲模擬べつかふまがひのゴムの櫛くしであつた。齒はが二枚まいばかり缺かけて居ゐた。おつぎは損所そんしよを凝然ぢつと見みて直すぐに髮かみへ揷さした。
 櫛くしの事件じけんは其それつ切きりで畢をはつた。勘次かんじは何なにかにつけてはおつううと懷なつかしげに喚よんで一家かは人ひとの目めに立たつ程ほど極きはめて睦むつましかつた。然しかしかういふ事件じけんは村落むらの凡すべての口くちを久ひさしく防ふせぐことは出來できなかつた。殊ことに女房等にようばうらの間あひだには
「勘次かんじさんもどうしたつちんだんべ、俺おら可怖おつかねえやうだつけぞ」
「本當ほんたうによ、丸まるつきり狂氣きちげえのやうだものなあ」といふ驚異きやういの聲こゑが到いたる處ところに反覆はんぷくされた。
「唯たゞたあ思おもへねえよ、勘次かんじさんもあゝいに仕しねえでもよかんべと思おもふのになあ」嘆聲たんせいを發はつしては各自かくじの心こゝろに伏在ふくざいして居ゐる或ある物ものを口くちには明白地あからさまに云いふことを憚はゞかる樣やうに眼めと眼めを見合みあはせて互たがひに笑わらうては僅わづかに「厭やだだ」といふ底そこに一種しゆの意味いみを含ふくんだ一語ごを投なげ棄すてゝ別わかれるのである。殊ことには村落むらの若者わかものの間あひだへは寸毫すんがうも遠慮ゑんりよの無ない想像さうざうに伴ともなふ陰口かげぐちを逞たくましくせしめる好箇かうこの材料ざいれうを提供ていきようしたのであつた。

一四

 夏なつが循環じゆんくわんした。
 暑あつい日ひの刺戟しげきが驚おどろくべき活動力くわつどうりよくを百姓ひやくしやうの手足てあしに與あたへる。百姓ひやくしやうは馬うまや荷車にぐるまを駈かつて刈かり倒たふした麥むきをせつせと運はこぶ。永ながい日ひは僅わづかな日數ひかずの内うちに目めに渺々べうべうたる畑はたけをからりとさせて、暫しばらくすると天候てんこうは極きはまりない變化へんくわの手てを一杯ぱいに擴ひろげて、黄色きいろに熟じゆくする梅うめの小枝こえだを苦くるしめて居ゐる蚜蟲あぶらむしも滅亡めつばうして畢しまふ程ほどの霖雨りんうが惘あきれもしないで降ふり續つゞく。さうすると麥むきを刈かつた跟あとの菽まめや陸穗をかぼが渇かつした口くちへ冷つめたい水みづを獲えた樣やうに勢いきほひづいて、四五日にちの内うちに青あをい葉はを以もつて畑はたけの土つちが寸隙すんげきもなく掩おほはれる。雨あめは蹂ふみ固かためてある百姓ひやくしやうの庭にはの土つちにも蔊菜いぬがしらや石龍芮たがらしの黄色きいろい小粒こつぶな花はなを持もたせて、棟やのむねにさへ長ながい短みじかい草くさを生しやうぜしめる。自然しぜんの意志いしは只管ひたすらに地上ちじやうの到いたる處ところに軟やはらかな青あをい葉はを以もつて掩おほひ隱かくさうとのみ力ちからを注そゝいで居ゐるのである。其その意志いしに逆さからうて猶豫たゆたうて居ゐるのは百姓ひやくしやうの手てで丁寧ていねいに捏こねられた水田すゐでんのみである。夏なつが漸やうやく深ふけると自然しぜんは其その心こゝろを焦燥あせらせて、霖雨りんうが低ひくい田たに水みづを滿みたしめて、堀ほりにも茂しげつた草くさを沒ぼつして岸きしを越こえしめる。稻草いなぐさを以もつて田たの空地くうちを埋うづめることが一日にちでも速すみやかなればそれだけ餘計よけいな報酬はうしうを晩秋ばんしうの收穫しうくわくに於おいて與あたへるからと教をしへて自然しぜんは百姓ひやくしやうの體力たいりよくの及およぶ限かきり活動くわつどうせしめる。さうすると百姓ひやくしやうは田たのやうにどろろと往來わうらいの土つちをも捏こねて馬うまと共ともに泥どろに塗まみれながら田植たうゑにのみ屈託くつたくする。彼等かれらは雨あめを藁わらの蓑みのに避さけて左手ひだりてに持もつた苗なへを少すこしづつ取とつて後退あとずさりに深ふかい泥どろから股引もゝひきの足あしを引ひき拔ぬき引ひき拔ぬき植うゑ退のく。恁かうして宏濶くわうくわつな水田すゐでんは、一日にち泥どろに浸ひたつた儘まゝでも愉快相ゆくわいさうに唄うたふ聲こゑがそつちからもこつちからも響ひゞくと共ともに、段々だんんに淺あさい緑みどりが掩おほうて、多忙たばうで且かつ活溌くわつぱつな夏なつの自然しぜんは先さきに植うゑられた田たから漸次ぜんじに深ふかい緑みどりを染そめて行ゆく。田たが凡すべて植うゑ畢をはつた時ときには畦畔くろにも短みじかい草くさが生はえて居ゐて土つちの黒くろい部分ぶぶんが何處どこにも見みえなく成なる。自然しぜんは始はじめて自己じこの滿足まんぞくを得えた樣やうにからりと快こゝろよい空そらを拭ぬぐうて暑あつい日ひの光ひかりを投なげ掛かける。青田あをたの畦畔くろには處々しよよに萱草くわんさうが開ひらいて、田たの草くさを掻かくとては村落むらの少女むすめが赤あかい帶おびを暑あつい日ひに燃もやさない日ひでも、萎しぼんでは開ひらいて朱杯しゆはいの如ごとく點々てんんと耕地かうちを彩いろどるのである。百姓ひやくしやうは忙いそがしい田植たうゑが畢をはれば何處どこの家いへでも秋あきの收穫しうくわくを待まつ準備じゆんびが全まつたく施ほどこされたので、各自かくじの勞らうを劬ねぎらふ爲ために相當さうたうな饗應もてなしが行おこなはれるのである。其それが早苗振さなぶりである。 勘次かんじとおつぎは南みなみの早苗振さなぶりの日ひに傭やとはれて行いつて居ゐた。勘次かんじの家いへから南みなみへ行ゆく小徑こみちを挾はさんだ桑畑くはばたけは刈取かりとつてから草くさの生はえた位くらゐに枝えだが立たち始はじめて居ゐた。桑くはの間あひだには馬鈴薯じやがいもが茂しげつて花はなを持もつて居ゐた。南みなみの家いへでは少すこしばかり養蠶やうさんをしたので百姓ひやくしやうの仕事しごとが凡すべて手後ておくれに成なつたのであつた。村落むらの大抵たいていが田植たうゑを畢をはり掛かけたので慌あわてゝ大勢おほぜいの手てを傭やとうた。其その日ひは晴はれて心持こゝろもちがよかつたのと、一同どうが非常ひじやうな奮發ふんぱつをしたのとで仕事しごとは日ひの高たかい内うちに濟すんだ。南みなみの女房にようばうは仕事しごとの見極みきはめがついたのでおつぎを連つれて、其その晩ばんの惣菜そうざいの用意よういをする爲ために一足あし先さきへ田たから歸かへつた。女房にようばうは忙いそがしい思おもひをしながら麥むぎを熬いつて香煎かうせんも篩ふるつて置おいた。
 田植たうゑの同勢どうぜいは股引もゝひき穿はいた儘まゝ泥どろの足あしをずつと堀ほりの水みづに立たてゝ、股引もゝひきの紺地こんぢがはつきりと成なるまで兩手りやうてでごししと扱しごいた。溶とけた泥どろが煙けぶりの如ごとく水みづを濁にごらしてずんんと流ながされる。さうしてから其その股引もゝひきを脱ぬいでざぶぶと洗あらふ者ものも有あつた。彼等かれらが歸かへつて家いへの内うちは急きふにがややと賑にぎやかに成なつた。裏戸口うらとぐちの柹かきの木きの下したに据すゑられた風呂ふろには牛うしが舌したを出だして鼻はなを舐なめづつて居ゐる樣やうな焔ほのほが煙けぶりと共ともにべろろと立たつて燻いぶりつゝ燃もえて居ゐる。傭やとはれて來きた女房等にようばうらの一人ひとりが蓋ふたをとつてがららと掻かき廻まはして、それから復また火吹竹ひふきだけでふううと吹ふいた。焔ほのほの赤あかい舌したがべろろと長ながく立たつた。 再ふたゝび蓋ふたをとつた時ときには掃除さうぢの足たらぬ風呂桶ふろをけのなかには前夜ぜんやの垢あかが一杯ぱいに浮ういて居ゐた。其麽そんなことには關かまはずに田植たうゑの同勢どうぜいはずんんと這入はひつた。彼等かれらは殆ほとんど只たゞ手拭てぬぐひでぼちややと身體からだをこすつて出でた。足あしの爪先つまさきに詰つまつた泥どろを落おとすことさへ仕しなかつた。
「燻けぶつてえのそつちへおん出ださなくつちや仕しやうねえや」風呂ふろから出でた儘まゝ拭ぬぐひもせぬ足あしに下駄げたを穿はいて裸はだかの臀しりを他人たにんに向むけて立たつた一人にんが後うしろを顧かへりみていつた。
「なあに管かまあねえ」後あとから目めを蹙しかめながら一人ひとりが首筋くびすぢまで沈しづんだ。それから風呂桶ふろをけへ腰こしを掛かけてごししと洗あらひながら
「此こりや燻けぶつてえ」と復また沈しづんだ儘まゝごししと垢あかを落おとして居ゐたが
「あゝ善ええ處とこだ、よう、おつぎ、少ちつと此處ここまで來きてくんねえか」といつた。彼かれは百姓ひやくしやうの間あひだには馬うまを曳ひいて歩あるく村落むらの博勞ばくらうであつた。
「どうしたもんだんべ、兼かねさん等ら自分じぶんで這入へえんのに燻けむつたけりや、おん出だしてからへえつたら善よかんべなあ、それに怎的どうしたもんだ一同みんな居ゐて、水汲みずくみに來きたものなんぞ使つかあねえたつてよかんべなあ」おつぎは輕かるく窘たしなめる樣やうにいつて二つの手桶てをけをそつと置おいて、燻いぶつて居ゐる薪たきゞを出だして遣やつた。
「おつぎに掻かん出だして貰もらあんでなくつちや厭やだつちから俺おら管かまあねえんだな、そんでなけりや幾いくらでも出だして遣やらざらによ」側そばから直すぐにいつた。「燻けぶつてえの無なく成なつたら酷ひどく晴々せいいしてへえつてる樣やうぢやなくなつた。俺おら莫迦ばかな目めに逢あつちやつたえ」兼かね博勞ばくらうはがぶりと風呂ふろの音おとをさせて立たちながらいつた。
「どうしたもんだ、他人ひとのこと使つかつて小憎こにくらしいこと、そんなこと云いふとおつけて遣やつから」おつぎは燻いぶつた薪たきゞを兼かね博勞ばくらうの近ちかくへ出だした。兼かね博勞ばくらうは慌あわてゝ
「謝罪あやまつたた」とずつと身みを引ひいた。おつぎが手桶てをけの側そばへ戻もどつたら
「ああ、おつぎぎ少ちつと待まつてゝくろえ、俺おれえゝ物もの出だすから」兼かね博勞ばくらうは口速くちばやに喚よび掛かけた。
「おゝ厭やなこつた、要えらねえよ」おつぎは少すこし身みを屈かがめて手桶てをけの柄えを攫つかんで其その儘まゝ身みを延のばすと手桶てをけの底そこが三寸ずんばかり地ちを離はなれた。
「えゝ、此これ出だすべつちのに」兼かね博勞ばくらうは後あとから投なげた。それは梢こずゑから風呂ふろの中なかへ落おちた蔕へたのない青あをい柹かきであつた。柹かきは手桶てをけの水みづへぽたりと落おちて、水みづのとばちりが少すこしおつぎの足あしへ掛かゝつた。
「憎にくらしいことまあ、惡戯いたづらばかし仕して」おつぎは嫣然にこりとして後うしろを見みた。
「後うしろ見みせえすりやそんでえゝんだ」と風呂ふろの側そばに居ゐた一人ひとりがいつた。
「俺おら其その雀班そばつかす見みせえすりや氣きが濟すんでんだよ」兼かね博勞ばくらうは後あとに跟ついていつた。
「何程なんぼすれつからしなんだんべ兼かねさんは、他人ひとのこと本當ほんたうに」とおつぎは手桶てをけを置おいて水みづに泛うかんだ青あをい柹かきを兼かね博勞ばくらうへ投なげた。「兼かねさんすつかり惚ほれられつちやつた」と風呂桶ふろをけの傍そばからいつた。おつぎは顏かほを赧あかくして慌あわたゞしく手桶てをけを持もつて遁にげた。一杯ぱいに汲くんだ手桶てをけの水みづが少すこし波立なみだつて滾こぼれた。風呂桶ふろをけの傍そばでは四十五十に成なる百姓ひやくしやうも居ゐて一同みんなが愉快相ゆくわいさうにどよめいた。おつぎが手桶てをけを持もつた時とき勘次かんじは裏戸うらどの垣根口かきねぐちにひよつこりと出でた。彼かれは衣物きものを換かへに桑畑くはばたけの小徑こみちを越こえて自分じぶんの家うちへ行いつたのであつた。彼かれは風呂ふろの側そばの騷さわぎをちらと耳みゝにしてそれからおつぎの後姿うしろすがたを目めにしたので怪訝けげんな容子ようすをして庭にはにはひつて來きた。一同どうは打合うちあはせた樣やうに默もくして畢しまつた。
 落おち掛かけた日ひが少時しばし竹藪たけやぶを透とほして濕しめつた土つちに射さし掛かけて、それから井戸ゐどを圍かこんだ井桁ゐげたに蒞のぞんで陰氣いんきに茂しげつた山梔子くちなしの花はなを際立はきだつて白しろくした。暫しばらくして青あをい煙けむりの滿みちた家いへの内うちには心しんも切きらぬランプが釣つるされて、板いたの間まには一同どうぞろつと胡坐あぐらを掻かいて丸まるい坐ざが形かたちづくられた。
 此これも傭やとはれて來きた若わかい女房等にようばうらは竈かまどの前まへに立たつて内うちの女房にようばうとおつぎとに手てを藉かして居ゐた。徳利とくりが三四本ほん膳ぜんの前まへに運はこばれた。「お蔭かげでどうも捗はか行ゆきあんした。どうぞゆつくり行やつておくんなせえ」亭主ていしゆは改あらたまつて挨拶あいさつした。
「はい」と一同どうが時儀じぎをした。各自かくじの膳ぜんの隅すみへ一つ宛づゝ渡わたされた茶呑茶碗ちやのみぢやわんへ酒さけが注つがれようとした時とき
「あれ待まつてゝくんねえか」と内うちの女房にようばうが慌あわてゝいつた。
「おとつゝあん、お竈樣かまさま忘わすれたつけべな」女房にようばうは竈かまどから飯めしの釜かまを卸おろして布巾ふきんを手てにした儘まゝいつた。
「さうだつけな、ほんに」亭主ていしゆはいきなり一本ぽんの徳利とくりを手てにして土間どまへおりた。竈かまどの上うへの煤すゝけた小ちひさな神棚かみだなへは田たから提さげて來きた一把はの苗なへが載のせてあつた。彼かれは其その苗束なへたばへ徳利とくりから少すこし酒さけを注ついだ。
「酒さけそつちの方はうへたんと掛かけねえで貰もれえてえな」兼かね博勞ばくらうはけろりとした容子ようすをして戯談じやうだんをいつた。
「酒さけ飮のむ者もな、さうだに惜をしいもんだんべか」おつぎはこつそりいつた。
「そんだつて酒さけつちや人ひとの口くちさ入せえる樣やうに出來できてんだから、それ證據しようこにや俺おらが口くちさ入せえりやすぐ利きくから見みろえ」兼かね博勞ばくらうはいつた。亭主ていしゆは又また苗束なへたばへ香煎かうせんを少すこし振ふり掛かけた。それは稻いねの花はなに模擬なぞらつたので、稻いねの花はなが一杯ぱいに開ひらく樣やうとの縁起えんぎであつた。兼かね博勞ばくらうは其それを見みて急きふに土間どまへ下おりて行いつた。「どうれ、おめえ等ら饂飩粉うどんこな少ちつと持もつて來きて見みせえ、一ツ爪尻つまじりでえゝんだ、おゝえ持もつて來こうな、おつぎでもえゝや、よう」と兼かね博勞ばくらうは促うながした。
「どうしたもんだ、大威張おほえばりして」おつぎは呟つぶやきながら内うちの女房にようばうに聞きいて小麥粉こむぎこを一捉つかみ出だして遣やつた。
「さうら此これ掛かけて、此これが晩稻おくいねの花はなだ」兼かね博勞ばくらうは手てにした小麥粉こむぎこを悉こととく掛かけて畢しまつた。苗束なへたばは少すこし白しろく成なつた。
「何處どこにもさういに掛かけるもな有あんめえな」女房にようばうの一人ひとりが見みて居ゐていつた。
「俺おら晩稻おくいね作つくんだから、役場やくばの奴等やつら作つくつちやなんねえなんちつたつて、俺おら見みてえな、うつかりすつと乳ちゝツ岸ぎしまでへえるやうな深ふかん坊ばうの冷ひえつ處とこぢやどうしたつて晩稻おくいねでなくつちや穫とれるもんぢやねえな、それから俺おれ役場やくばで役人やくにんが講釋かうしやくすつから深ふかん坊ばうぢや斯かうだつち噺はなししたら、はつきり惡わりいたあ云ゆはねえんだから、夫それから俺おれ糞くそ攫つかんで見みねえ奴やつぢや駄目だめだつちんだ」彼かれは笑わらひながら獨ひとり饒舌しやべつた。
「根性こんじやう捩ねぢれてつからだあ、晩稻おくいねは作つくんなつちのに」女房にようばうの一人ひとりが又またいつた。
「俺おれか、いやどうも捩ねぢれてんにもなんにも」兼かね博勞ばくらうはいつて
「そうれ見みろえ、稻いねへ白しれえ花はなが咲さえたぞ、白坊主しろばうずの花はなだこりや」彼かれは手てに附ついた粉こを能よく叩たゝいた。「厭やだよ、白坊主しろばうずツち稻いねはあんめえな」女房にようばうが又またいつた。
「そんでも俺おら勘次かんじさんに聞きいたぞ」彼かれは少すこし首くびをすくめながら聲こゑを低ひくめていつた。袂たもとで口くちを抑おさへて女房等にようばうらは笑わらひを殺ころした。兼かね博勞ばくらうは態わざと笑わらひを嚥のんで再ふたゝび板いたの間まに胡坐あぐらを掻かいた。
 勘次かんじは小ちひさな時分じぶんから侮あなどられて能よく泣なかされた。彼かれは恐おそろしい泣蟲なきむしであつた。彼かれは何時いつの間まにか燗鍋かんなべといふ綽名あだなを附つけられた。彼かれは心こゝろに幾いくら其それを嫌きらつたか知しれない。卅越こえて四十に成なつても彼かれは鍋なべといふのが酷ひどく厭いやであつた。村落むらではそれを知しらぬ者ものはない。或ある時とき惡戯好いたづらずきな兼かね博勞ばくらうが勘次かんじの刈かつて居ゐる稻いねを、此これは何なんだえと聞きいた。態わざと聞きいたのであつた。其それは鍋割なべわれとも、それから芒のげが白しろいので白芒しらのげとも云いふのであつたが勘次かんじは
「此これは白坊主しろばうず」とそつけなくいつた。彼かれは鍋なべといふのが厭いやでさういつたのである。兼かね博勞ばくらうはうまく或ある物ものを攫とらへた樣やうに得意とくいに成なつて村落中むらぢゆうへ響ひゞかせた。口くちの惡わるい百姓等ひやくしやうらは勘次かんじがおつぎを連つれて田たへ出でて居ゐるのを見みて
「白坊主等しろばうずら夫婦ふうふして耕うなつてら」抔などと放言はうげんすることすらあるのであつた。 茶碗ちやわんには一杯ぱいづつ酒さけが注つがれた。一同どうはしをらしく茶碗ちやわんを口くちに當あてた。
「恁こんな物ものでよけりや、夥多みつしらやつておくんなせえ、まあだ後あとにも有ありやんすから」内うちの女房にようばうは鹽しほで煮にたかと思おもふ樣やうな白しろつぽい馬鈴薯じやがたらいもの大おほきな皿さらを膳ぜんへ乘のせて二處ふたとこへ置おいた。忽たちまち一杯ぱいを干ほして獻酬とりやりが始はじまつた。注つがれるものは茶碗ちやわんの手てを擧あげて相手あひてが持もつてる徳利とくりの口くちへ手てを掛かけて酒さけの滾こぼれるのを防ふせいだ。酒さけが始はじまつてから皆みなが妙めうに鹿爪しかつめらしく居ゐずまひを改あらためた。
「さあ、何卒どうぞずんん干ほしておくんなせえね」亭主ていしゆは促うながした。
「はい」挨拶あいさつが又また口々くちちに出でた。
 此この頃ごろでは不廉ふれんな酒さけは容易よういに席上せきじやうへは運はこばれなく成なつて居ゐたので隨したがつて他人たにんの買かつたのでも皆みな控ひかへ目めにする樣やうに成なつて居ゐた。南みなみでは養蠶やうさんの結果けつくわが好よかつたのと少すこしばかり餘あまつた桑くはが意外いぐわいな相場さうばで飛とんだのとで、一圓ゑんばかりの酒さけを奮發ふんぱつしたのであつた。其その晩ばんの料理れうりに使つかふ醤油しやうゆが要いるので兩方りやうはうを兼かねて亭主ていしゆは晝餐休ひるやすみの時刻じこくに天秤てんびん擔かついで鬼怒川きぬがはを渡わたつた。村落むらの店みせでは買かはずに直接ちよくせつ酒藏さかぐらへ行いつたので酒さけは白鳥徳利はくてうどくりの肩かたまで屆とゞいて居ゐた。 各自かくじの平生へいぜい渇かつして居ゐる口くちには酒さけは非常ひじやうに佳味うまく感かんずると共ともに、其その痲痺まひする力ちからに對たいする抵抗力ていかうりよくが衰おとろへて居ゐるので徳利とくりが一本ぽんづつ倒たふされて次つきの徳利とくりに手てが掛かゝつたと思おもふ頃ころ板いたの間までは一同どうのたしなみが亂みだれて威勢ゐせいが出でた。
「おめえ、さういに自分じぶんの處とこれえばかし置おかねえで干ほせな」と弱よわい者ものの處ところへ杯さかづきを聚あつめて困こまるのを見みようとさへする樣やうに成なつた。勘次かんじは獨ひとり側そばなる徳利とくりを引ひきつけて幾抔いくはいか傾かたむけて他人ひとよりも先さきに小鬢こびんの筋すぢが膨ふくれて居ゐた。
「俺おら、鉋かんなの持もたねえ大工でえくだ、鑿のみ一方ぽうつちんだから」といつて勘次かんじは相手あひてもないのに態わざとらしい笑わらひやうをして女房等にようばうらの居ゐる方はうを見みた。彼かれは俛たれ相さうに成なる首くびを起おこして數々しばば見みることを反覆くりかへした。おつぎは後うしろの方はうへ隱かくれて居ゐた。勘次かんじは箸はしを一本ぽん持もつて危險あぶない物ものにでも觸さはるやうに平椀ひらわんの馬鈴薯じやがたらいもを其その先さきへ刺さしては一杯ぱいに口くちを開あいて頬張ほゝばつた。平椀ひらわんには牛蒡ごばうと馬鈴薯じやがたらいもとが堆うづたかく盛もられて油揚あぶらあげが一枚まい載のせてある。「箆棒べらぼうに大えかく成なつたつけな、此この馬鈴薯じやがいもはなあ」一人ひとりがいつた。
「此こんでも桑くはの間あひださ作つくつたんだが、思おもひの外ほかだつけのさ」亭主ていしゆは自慢じまんらしくそれでも態わざと聲こゑを落おとしていつた。
「桑くはの間あひだでかう出來できつかな、そりやさうと何處どこさ作つくつたんでえまあ」
「裏うらの垣根外くねそとさ、土つちはかたで赤あかつぽうろくだが、掃溜はきだめみつしら掘ほつ込こんで置おいた處ところだから、其それが出でたと見めえんのさ、思おもひの外ほか土地とちは嫌きらあねえもんだよ、此こんなもんでも作つくつちや桑くはにや惡わるかんべが」
「大丈夫だいぢやうぶだとも、馬鈴薯じやがいもが大えかく成なる樣やうぢや其その肥料こやしは桑くはも吸すふから、いや桑くはの根ねつ子この遠とほくへ踏ふん出だすんぢや魂消たまげたもんだから、目めも有ありもしねえのに肥料こやしの方はうへ眞直まつすぐにずうつと來くつかんな」
「此これでどの位くれえ殖ふえるものだと思おもつたら一ツ株かぶで一升しよう位ぐれえづゝも起おこせるよ」亭主ていしゆがいへば
「うむ、さうかな、さうすつと割わりの善ええもんだな」各自てんでにさういつて居ゐると
「能よく牛蒡ごぼうは保もたせたつけな」といふものがあつた。
「なあに、踏ふん固がためる處ところへ活いけてせえ置おけば大丈夫でえぢやうぶなものさ、俺おら家ぢや田植たうゑ迄までは有あるやうに庭にはへ埋うめて置おくのよ」亭主ていしゆは自分じぶんも椀わんの牛蒡ごぼうを挾はさんでいつた。
「さうだが、俺おら家ぢなんぞぢや、それまでにや無なく成なつちまあから一度どでもさういに活いけて置おいたことあねえな」と一人ひとりがいへば「俺おらなんざ、腹はらさ藏しまつて置おくから盜とられつこなしだ」兼かね博勞ばくらうは口くちを出だした。
「牛蒡ごばうもうつかりして繩なはで縛しばつて活いけちや、其處そこから腐くされがへえつて酷ひでえもんだな、藁わらは餘よつ程ぽど嫌きれえだと見めえんのさな」勘次かんじは横合よこあひからいつた。
「どうしたかよ」疑うたがひの聲こゑが發はつせられた。
「どうしたかなもんぢやねえ、俺おら家ぢで行やつたこと有あんだもの」彼かれは相手あひてに壓あつせられた樣やうに聲こゑを低ひくめて
「なあおつう、さうだな」と身體からだを横よこに向むけていつた。板いたの間まと土間どまとの界さかひに立たつて居ゐる柱はしらの陰かげにランプの光ひかりから身みを避さけるやうにして一座ざの獻酬けんしうを見みて居ゐた女房等にようばうらの手てが俄にはかにおつぎの臀しりをつゝいて
「おつうとそれ、返辭へんじするもんだ」小聲こごゑでいつて微かすかに笑わらつた。勘次かんじは怪訝けげんな容子ようすをして柱はしらの陰かげを凝然ぢつと見みて目めを蹙しかめた。
「おつぎは居ゐるよおめえ、さういに見みねえでも」柱はしらの陰かげからいつて私語さゞめいた。勘次かんじは板いたの間まの端はしに近ちかく居ゐたのであるが膳ぜんを越こえて身體からだをぐつと前まへへ延のばしては徳利とくりを動うごかして空からに成なつたのは女房等にようばうらへ渡わたして何處どことなしに心こゝろを配くばる樣やうにそわわとして居ゐる。
「はてな、懷ふとこれえ入せえた筈はずだつけが」と兼かね博勞ばくらうは懷ふところから周圍あたりを探さがして側そばへ落おちた小ちひさな紙包かみづゝみを手てにして「こうれ、うめえ物もの見みろえまあ」といつて開あけて見みると一寸すんばかりの蟷螂かまきりが斧をのを擡もたげてちよろちよろと歩あるき出だした。
「へゝえ、此こん畜生奴ちきしよめこんでも怒おこつてらあ」兼かね博勞ばくらうはちよいと蟷螂かまきりをつゝいて見みて獨ひとり興きようがつて笑わらつた。
「どうしたもんだんべ大えけえ姿なりして」と女房にようばうは皆みな笑わらつた。
「あれ俺おら知しつてら」おつぎの傍そばに居ゐた與吉よきちは兼かね博勞ばくらうの側そばへ行いつて
「鴉からすのきんたまから出でんだぞこら」といつた。
「汝わツ等ら知しりもしねえで」勘次かんじは與吉よきちを甘あまやかす樣やうにしていつた。
「そんだつて俺おら見みた、笹さゝつ葉ぱの枝えだにくつゝいてた處ところから出でたんだ」與吉よきちは蟷螂かまきりを弄いぢりながらいつた。
「勘次かんじさん駄目だめだよ、學校がくこへ遣やつちや半年はんとしたあ云ゆはんねえから、下手へたんすつと今いまの子奴等こめらにや遣やり込こめられつちやからおとつゝあ此これ知しつてつかなんちあれたつて、困こまらなどうもなあ」側そばからいつたので勘次かんじは有繋さすがに嫣然にこりとした。
 白鳥徳利はくてうどくりの口くちが底そこよりも低ひくく成なつた時とき一座ざの間あひだには馬うまの噺はなしが出でた。馬うまといふ奴やつはあの身體からだで酒さけの二杯はいも口くちへ入いれてやると忽たちまちにどろんとして駻馬かんばでも靜しづかに成なる、博勞ばくらうは以前いぜんはさうして惡わるい馬うまを嵌はめ込こんだものである。現在いまでもそんなことで油斷ゆだんは成ならぬ、村落むらが貧乏びんばふしたから荷車にぐるまばかり殖ふえて馬うまが減へつて畢しまつたが荷車にぐるまの檢査けんさに行いつて見みて驚おどろいた抔などといふことや、朝鮮牛てうせんうしが大分だいぶ輸入ゆにふされたが狗いねころの樣やうな身體からだで割合わりあひに不廉たかいからどうしたものだか抔などといふことが際限さいげんもなくがややと大聲おほごゑで呶鳴どなり合あうた。「博勞ばくらうなんちい奴等やつらは泥棒根性どろぼうこんじやう無なくつちや出來できね商賣しやうべえだな、嘘ちくらつぽう打ぶんぬいて、兼等かねら汝わりや、俺おれことせえおつ嵌ぱめる積つもりしやがつて」兼かね博勞ばくらうの向側むかうがはから戯談じようだんらしい調子てうしでいふと
「箆棒べらぼう、おつ嵌ぱめんなもんぢやねえ、それ厭やだら錢ぜに出だせよ錢ぜに、なあ、錢ぜに出ださねえ積つもりすんのが泥棒どろぼうより太ふてえんだな、西にしのおとつゝあ等ら躊躇逡巡しつゝくむつゝくだから、かたで」
「そんだから見みろえ、博勞ばくらうで藏くら建たてた奴やつあ有ありやしねえ、罰ばちたかつてつから」
「どうした、そんだが此間こねえだの白しろは善よかつたんべ、彼あれさ打ぶてな、あゝ西にしのおとつゝあ、白しろぢや徴發ちようはつはさんねえぞ」
「えゝから、それよりか、そんなに不廉たけえこと云ゆはねえで、なあ、米こめ一俵ぺう打ぶつべえぢやねえか」
「徒勞だめだよそんぢや、あんでも六錢の横薦よこゞも乘のつけて曳ひいて來きたんだぞ、血統證けつとうしようまで有あんぞ、あゝ、彼あの手てはねえぞ」
「何なんでえ汝われがまた、牡馬をんまと牝馬めんまだけの血統證けつとうしようだんべ、そんなもの何なんに成なるもんぢやねえ、俺おれ知しらねえと思おもつて、俺おら白河しらかはの市いちで聞きいてらあ」
「博勞ばくらううまく練ねれねえ樣やうだな、ようしそんぢや俺おれ一つ打ぶつてやんべ」二人ふたりが戯談交じやうだんまじりに劇はげしく惡口あくこうを云いつて居ゐるとふと側そばから凭かういつた。
「そんぢや、それ干ほせな、兼かねさんもそれ」彼かれは二人ふたりの茶碗ちやわんを自分じぶんの手てで交換かうくわんさせて、それを兩方りやうはうへ渡わたして酒さけを注ついだ。
「どうだえ、博勞ばくらううまく打ぶてたんべ、どつちも依怙贔負えこひいきなしつち處とこだ」相手あひては得意とくいに成なつて云いつた。「こつちのおとつゝあ、幾いくつだつけな、少ちつと白しろく成なつたな」突然とつぜん一人ひとりが呶鳴どなつた。
「さうよな」亭主ていしゆは頭髮あたまに手てを當あてゝいつた時とき
「おめえ、俺おら家ぢのおとつゝあもどうしてか酷ひどく白しろく成なつたんだが、斯こんで年齡としはさういにとつちや居ゐねえんだぞ」其處そこへ小ちひさな子こを抱だいて坐すわつた内うちの女房にようばうが微笑びせうしながらいつた。
「俺おれと同年齡おねえどしだよ」獨ひとりぼつちに成なつて居ゐた勘次かんじは横よこから口くちを挾はさんだ。
「どうだかよ」
「なあに、どうだかなもんぢやねえ」
 勘次かんじは口くちを角つののやうにしていつた。
「本當ほんたうにさうなんだよおめえ」女房にようばうは側そばからいつた。
「そんぢや勘次かんじさんおめえ幾いくつでえ」相手あひては乘地のりぢになつて聞きいた。
「さうよ、俺おらこつちのおとつゝあと同年齡おねえどしだつけな」彼かれは自身じしんの創意さういではなくて何處どこかで聞きいた記憶きおくを其その儘まゝ反覆はんぷくしてさうして戯談じやうだんを敢あへてした。
「えゝ箆棒べらぼうな」と相手あひてはいつて畢しまつた。内うちの女房にようばうは兩方りやうはうの頭髮あたまを熟つくくと見みて
「そんだが勘次かんじさんは本當ほんたうに若わけえな。俺おら家ぢのおとつゝあ等らたあ、たえした違ちげえだな」といつた。
「勘次かんじさん等らまあだ十七だな」兼かね博勞ばくらうは直すぐに後あとを跟ついていつた。女房等にようばうらは復また竊ひそかに袂たもとで口くちを掩おほうた。兼かね博勞ばくらうが顧かへりみた時とき女房等にようばうらは割わつた燭奴つけぎの先さきを突つつ掛かけては香煎かうせんを口くちへ含ふくんで面倒めんだうに嘗なめて居ゐたのであつた。「香煎かうせん嘗なめんのにや、笑わらつちやいかねえつちけぞ、おめえ等ら」兼かね博勞ばくらうはいつた。先刻さつきから笑わらふ癖くせのついてた女房等にようばうらは一時じにぷつと吹出ふきだして粉こなが其處そこらに散ちつた。乾燥かんさうして居ゐる粉こなの爲ために咽むせて女房等にようばうらは頻しきりに咳せきをした。彼等かれらは驅かけおりて手桶てをけの水みづをがぶりと飮のんで漸やうやく胸むねを落附おちつけた。
「おゝ、酷ひでえ目めに逢あつた。粉鼻こなはなの方はうさへえつて鼻はなつんんして仕しやうありやしねえや、本當ほんたうに兼かねさんは人ひとが惡わりいや、なんぼ憎にくらしいか知しれやしねえ、其處そこらに薪雜棒まきざつぽうでも有あれば打ぶつ飛とばして遣やりてえ樣やうだ」涙なみだの目めを拭ぬぐつて恨うらめしげに女房等にようばうらは云いふのであつた。
「そんだから俺おれ、笑わらつちやえかねえつて云ゆつたんだな、それ聽きかねえから」兼かね博勞ばくらうは態わざと平然へいぜんとして云いつた、恁かうしてがみみいふ聲こゑが錯雜こぐらかつた時とき
「博勞ばくらうさん一つやつゝけつかな」兼かね博勞ばくらうは一聲こゑ殊ことに大おほきく呶鳴どなつたと思おもつたら茶碗ちやわんの酒さけを一口くちにぐつと干ほして兩手りやうてに茶碗ちやわんを伏ふせて、板いたの間まにぱかかぱかかと蹄ひづめに傚ならうて拍子ひやうし取とつた響ひゞきを立たてながら
「三春みはるから白河しらかはの方はうへこんでも横薦よこごも乘のつけたの繋つないで曳ひいて來くつ處とこらえゝかんな、能よく聞きいて見みせえ、此この手てにや行いかねえぞ」彼かれは其その自慢じまんの下したから「どううどうよ、ほうい、ほいとう」
と馬うまへの掛聲かけごゑを尤もつともらしくした。茶碗ちやわんの拍子ひやうしに連つれて一同どうはぴつたり靜しづかに成なつた。
「はあえゝえゝえゝ」とぼうと太ふとい聲こゑで唄うたひ出だして
「枯芝かれしばあえにいゝゝゝゝえゝ、はあえ、止とまるうえ、てふふのおゝゝゝゝえ、はあ、ありや氣きがあゝゝゝゝえ、え、はあ知しれえゝぬうよおうゝゝ」と彼かれは眼めを瞑つぶつて少すこし上向うはむきに首くびを傾かたむけて一杯ぱいの聲こゑを絞しぼつて極きはめて悠長いうちやうにさうして句くの續つゞきを
「えゝ傍そばにえゝ、菜種なたねえのおゝゝゝゝえ、えゝ花はながあえ、あゝえるうゝゝゝゝえゝ、ほういほい」と唄うたひ畢をはつた時とき顏かほが殊更ことさらに赤あかく成なつて汗あせが吊つるしランプに光ひかつて見みえた。彼かれは手てでぐるりと拭ぬぐつた。
「箆棒べらぼうに迂遠まだるつけえ唄うただな、此この夜よの短みじけえのに眠ねむつたく成なつちやあな」側そばから惡口あくこうを吐ついた。
「えゝから西にしのおとつゝあ、耳糞みゝくそほじくつて聞きいてろえ」兼かね博勞ばくらうはいつて
「はあえゝえゝ、えゝ朝あさのうゝゝえゝえ、はあ出掛でがけえにいゝゝゝゝえ」と又また唄うたひ出だした。
「朝あさの出掛でがけにどの山やま見みても雲くもの掛かゝらぬ山やまはない」と唄うたつて茶碗ちやわんを動うごかしては
「ぱかかぱかかとなあ斯かう、廿三坂さか越こえて引ひく處とこだぜ、畜生ちきしやうあばさけんなえ」と彼かれは更さらに
「ひゝいん」と馬うまの啼なき聲ごゑをしてそれから
「廿三坂さかか、白河しらかはのこつちだ、畢しめえの坂さかが箆棒べらぼうに長ながくつてな」といつて又また
「はあえゝえゝえゝ」と左さも氣きの乘のつたらしく
「奧おくの博勞ばくらうさん何處どこで夜よが明あけた、廿三坂さか七つ目めで」と愉快ゆくわいな聲こゑで唄うたつた。「夜引よびきすつ時ときにや人間にんげんも眠ねむつたく成なりや馬うまも眠ねむつたく成なつてな、石坂いしざかだから畜生等ちきしやうらがくたりりはあ、なんぼにも歩あるかねえな、そん時ときにや、おうい一つどうだね遣やつゝけちやあと許ばかりでなあ、博勞等ばくらうらぞろろ繼つながつて來くんだから、峯みねの方はうでも谷底たにそこの方はうでも一度どに大變たいへんだあ、さうすつと駒こまつ子奴等こめらひゝんなんてあばさけてぱかかぱかかと斯かう運はこびが違ちがつて來くらな、皆みんなおつかげばかし喰くつ附ついてたの引ひつ放ぱなして來くんだから足あしが不揃ふぞろひだなどうしても、それに坂さかが急きふだつちと倒旋毛さかさつむじおつ立たてる樣やうだから畜生ちきしやうなんぼにも足あしが出でねえな、其奴そいつへ合あはせて唄うたあんだからゆつくり行やんなくつちやなんねえな」兼かね博勞ばくらうは帶おびを解といて裸はだかに成なつて衣物きものを後うしろへ投なげた。帶おびは一重ひとへで左ひだりの腰骨こしぼねの處ところでだらりと結むすんであつた。兩方りやうはうの端はしが赤あかい切きれで縁ふちをとつてある。粗あらい棒縞ぼうじまの染拔そめぬきでそれは馬うまの飾かざりの鉢卷はちまきに用もちひる布片きれであつた。
「此處ここらの馬うまだつて見みろえ、博勞節ばくらうぶし門かどツ先つあきでやつたつ位くれえ厩まやん中なかで畜生ちきしやう身體からだゆさぶつて大騷おほさわぎだな」彼かれは獨ひとりで酒席しゆせきを賑にぎはした。彼かれはさうして土つちのやうな汗あせと埃ほこりとで染そまつた手拭てぬぐひで首筋くびすぢから身體からだ一杯ぱいに拭ぬぐつた。それから
「おゝ痒かいい」とぴしやり手てで蚊かを叩たゝいた。彼かれの唄うたに連つれて各自めいめいが更さらに唄うたつた。皆みな箸はしで茶碗ちやわんを叩たゝいて拍子ひやうしを合あはせた。さういふ騷さわぎに成なつてから酒さけは減へらなかつた。勘次かんじは獨ひとりで唄うたふこともなく絶たえず何物なにものかを探さがすやうな目めで土間どまのあたりをきよろろと見みて居ゐたが「おつう」と唐突だしぬけに喚よんだ。彼かれは勢いきほひよく喚よんで見みて自分じぶんで拍子拔ひやうしぬけした樣やうにして居ゐたが
「此これさ馬鈴薯じやがいもでもくんねえか」と椀わんをづうつと出だした。
「どうしたもんだおとつゝあは、お平ひらの盛換もりけえするもな有あんめえな、馬鈴薯じやがいもは前めえに幾いくらでも有あんのに」おつぎは更さらに窘たしなめるやうに
「おとつゝあは酩酊よつぱらつたつてそんなに顛倒ぐれなけりやよかつぺなあ」と獨ひとり呟つぶやいた。
「云ゆつて見みたのよ」勘次かんじは態わざと笑わらつて椀わんを膳ぜんへ置おいた。
「おつか樣等さまらもこつちへ來こうな、一杯いつぺえやれな」彼かれは更さらに板いたの間まの隅すみの方はうに居ゐる女房等にようばうらにいつた。
「ほんに仲間入なかまいりしたらよかつぺ」内うちの女房にようばうもいつた。若わかい女房等にようばうらは仲間なかまには成ならなかつた。さうして唯たゞ笑わらつて居ゐた。唄うたひ騷さわぐ聲こゑに凡すべてが心こゝろを奪とられて居ゐると
「汝わりや梅うめ噛かじつたんべ、學校がつこの先生せんせいげ姊ねえ訴えつけてやつから、腹はら痛いたくつたつて我慢がまんしてるもんだ」
 おつぎは眠ねむい眼めをこすりながらしくく泣ないて居ゐる與吉よきちを横よこにして背中せなかを叩たゝいては撫いたはりながらいつた。
「どうしたんだあ、腹はら痛いてえのか毒消どくけしでも呑のませて見みつか、俺おらもはあ、梅うめだの李すもんもだの成熟できちやびややすんだよ、出でて行やんだから云ゆつたつて聽きかねえしなあ」内うちの女房にようばうはすややと眠ねむつた膝ひざの子この蚊かを追おひながらいつた。
「汝われ梅うめなんぞ噛かじつて、おとつゝあ腹はら抉ゑぐり拔ぬいてやつから待まつてろ」勘次かんじは疾とうから澁しぶつて居ゐた舌したでいつた。「そんなこと云ゆはねえつたつて泣ないてんのに何なんだつぺな、おとつゝあ」おつぎは勘次かんじを叱しかつた。勘次かんじは口くちを嵌つぐんで箸はしの先さきへ馬鈴薯じやがいもを刺さした。與吉よきちは瞼まぶたが弛ゆるんでいつか輕かるい鼾いびきを掻かいた。
「さあ、お飯まんまだえ」唄うたも騷さわぎも止やんで一同どうの口くちから俄にはかに催促さいそくが出でた。女房等にようばうらは皆みなで給仕きふじをした。内うちの女房にようばうは
「おつぎも身體からだみつしりして來きたなあ、女をんなも廿はたちと成なつちや役やくに立たつなあ」とおつぎを見みていつた。勘次かんじは茶碗ちやわんから少すこし飯粒めしつぶを零こぼしては危險あぶない手てつきで箸はしを持もつた儘まゝ指ゆびの先さきで抓つまんで口くちへ持もつて行いつた。
「おとつゝあ、さういに零こぼしちや駄目だめだな」おつぎは勘次かんじの茶碗ちやわんへ手てを添そへた。
「勘次かんじさん」と内うちの女房にようばうは喚よび掛かけた。勘次かんじが目めを蹙しかめて見みた時とき
「勘次かんじさん、はあおつぎこたあ出だしても善よかねえけえ」女房にようばうはいつた。
「嫁よめになんざ出だせねえよ、今いまん處ところ俺おれ困こまつから」勘次かんじはそつけなくいつた。
「不自由ふじいうな處ところありや出だして、自分じぶんでも引ひつ込こむのよ」兼かね博勞ばくらうは遠慮ゑんりよなくいつた。
「俺おらそんな噺はなしや聽きかねえ、貰もらひたけりや幾いくらでも有あらあ」勘次かんじは斥しりぞけた。
「そんだつておめえ、そつちこつち口くち掛かけて置おかねえぢや、直ぢき年齡としばかしとらせつちやつて仕しやうねえぞ、俺おらも一人ひとり出だしたがおめえ容易よういぢやねえよ、さうだかうだ云ゆはれねえ内うちだぞおめえ」女房にようばうはいつた。「えゝよ卅まで獨ひとりぢや置おかねえから此これげはいまに聟むことんだから」勘次かんじは喧嘩けんくわでもする樣やうな容子ようすで硬こはばつた舌したでいつた。女房にようばうは默だまつて口くちの邊あたりに冷ひやゝかな笑ゑみを含ふくんで膝ひざをそつと動うごかしてぐつすり眠ねむりこけた自分じぶんの子こを見みた。
「どうしたえ、儘まゝよよでもやんねえか勘次かんじさん。まゝにならぬとお鉢はちを投なげりや其處そこらあたりは飯まゝだらけだあ、過多げえに六むづかしいこと云いふなえ」兼かね博勞ばくらうは米こめの飯めしを掻かつ込こみながらいつた。腹はらを一杯ぱいに膨ふくらませた一座ざは
「どうも御馳走樣ごつゝおさまでがした」と義理ぎりを述のべて土間どまの下駄げたをがらら掻かき探さぐつてがやや騷さわぎながら歸かへり掛かけた。
「おつう、よきこと起おこせ」勘次かんじはさういつて自分じぶんも一ひとつに蹣跚よろけながら立たつた。おつぎは與吉よきちの身體からだを劇はげしく動うごかしたが熟睡じゆくすゐして畢しまつたので容易よういに目めを開ひらかなかつた。與吉よきちは草履ざうりを穿はくにもおつぎの心こゝろを苛立いらだたせた。
「おつう」と劇はげしく喚よぶ勘次かんじの聲こゑが裏うらの垣根かきねの外そとから聞きこえた。さうすると又また
「何なにしてけつかんだ」と勘次かんじは裏戸口うらとぐちから一同どうを驚おどろかして呶鳴どなつた。
「勘次かんじさん與吉よきちこと起おこしてた處とこなんだよ」内うちの女房にようばうは分疏いひわけしてやつた。
「汝わりや何時いつでもさうだ、ぐづづしてやがつて」勘次かんじは猶なほも憤いきどほつていつた。
「待まつてれば善ええんだなおとつゝあ、洗あらひまでも仕しねえのにどうしたもんだ」酒席しゆせきの趾あとを見みておつぎは呟つぶやいた。「管かまあねえで歸けえれよ、おとつゝあ酩酊よつぱらつてんだから」女房にようばうはおつぎの意いを汲くんでやつた。後あとでは亂雜らんざつに散ちらかした道具だうぐの始末しまつをしながら女房等にようばうらはいつた。
「勘次かんじさんが心持こゝろもちも分わかんねえな」
「幾いくら嚊かゝあの嫉妬やきもち燒やくもんでも、あゝえもなあねえな」
「あゝえのが何なんかの生うまれ變かはりつちんでも有あんべな、可怖おつかねえやうだよ本當ほんたうにな」
「近頃ちかごろそれに何なんぢやねえけえ、あら程ほど欲ほしがつたのに後妻あと貰もらあべえたあ、云ゆはねえんぢやねえけえ」孰いづれの心こゝろにも口くちにはいはなくて了解れうかいされて居ゐる或ある物ものを少すこしづつ現あらはさうとして有繋さすがに躊躇ちうちよする樣やうにして噺合はなしあうた。勘次等かんじら三人にんが出でて垣根かきねの外そとへ行いつたと思おもふ頃ころ、椀わんを拭ふいて居ゐた一人ひとりが慌あわただしく立たつて外そとへ出でた。暫しばらくして歸かへつて來くるといきなり
「どうしたものだおめえは、他人ひとの後あとなんぞ尾行つけて行いつて、罪つみだから見みろよ」一人ひとりがいつた。
「さうぢやねえよ、有撃まさかおめえ、他人ひとのこと俺おれだつて」分疏いひわけした。
「そんぢや何なんに行いつたんだ」
「小便せうべん垂たつたく成なつたからよ」軈やがて抑おさへ切きれぬ笑わらひが顏かほに浮うかんで
「そんだから過多げえに飮のむなつちんだ、なんておつぎに怒おこられれ行いんけわ」といつた。
「そうれおめえ、罪つみだよ」遠慮ゑんりよもなく皆みなどつと笑わらつた。
 夜よは深ふけて居ゐた。きろろきろろと風船玉ふうせんだまを擦こすり合あはせる樣やうな蛙かへるの聲こゑが錯雜さくざつして聞きこえて居ゐた。
十五

 霜しもが竊ひそかに地ちを掩おほうた。
 晩秋ばんしうの冴さえた空氣くうきは地上ちじやうの凡すべてを乾燥かんさうせしめる。思おもひの儘まゝに枝葉えだはを擴ひろげた獨活うどの實みへ目白めじろの聚あつまつて鳴なくのが愉快ゆくわいらしくもあれど、何なんとなく忙いそがしげであつて、それも少時しばしの間まに何處どこでも草木さうもくの葉はが硬こはばつたり傷きずついたりして一切さいが只たゞがささと混雜こんざつして畢しまつた。さういふ處ところへ季節きせつの冬ふゆは厭いやでも行ゆき渡わたらねばならないのであるがそれでも暖あたゝかい日ひがあつたり、冷つめたい日ひがあつたりして冬ふゆは只管ひたすら躊躇ちうちよしつゝ地上ちじやうに沈しづまうとした。さうして霜しもを一度ど偃ははせて見みた。凡すべての草木さうもくは更さらに慌あわてた。地味ぢみな常磐木ときはぎを除のぞいた外ほかに皆みな次つぎの春はるの用意よういの出來できるまでは凄すごい姿すがたに成なつてまでも凝然ぢつとしがみついて居ゐる。冬ふゆは復また霜しもを偃ははせて見みた。恐おそろしく潔癖けつぺきな霜しもは其その見窄みすぼらしい草木さうもくの葉はを地上ちじやうに躪にじりつけた。人間にんげんの手てを藉かりたものは田たでも畑はたでも人間にんげんの手てを藉かりて到處いたるところをからりとさせる。其その時とき畑はたには刷毛はけの先さきでかすつた樣やうに麥むぎや小麥こむぎで仄ほのかに青味あをみを保たもつて居ゐる。それから冬ふゆは又また百姓ひやくしやうをして寂さびしい外そとから專もつぱら内うちに力ちからを致いたさせる。百姓等ひやくしやうらは忙いそがしく藁わらで俵たわらを編あんで米こめを入いれて春はる以來いらいの報酬はうしうを目前もくぜんに積つんで娯よろこぶのである。 彼等かれらの間あひだには恁かういふ時ときに、さうして冬ふゆが本當ほんたうにまだ彼等かれらの上うへに泣ないて見みせない内うちに相あひ前後ぜんごして何處どこの村落むらにも「まち」が來くるのである。其それは村落毎むらごとに建たてられてある社やしろの祭まつりのことである。貧乏びんばふな勘次かんじの村落むらでも以前いぜんからの慣例くわんれいで村落むらに相應さうおうした方法はうはふを以もつて祭まつりが行おこなはれた。
 當日たうじつは白しろい狩衣かりぎぬの神官しんくわんが獨ひとりで氏子うぢこの總代そうだいといふのが四五人にん、極きまりの惡相わるさうな容子ようすで後あとへ跟ついて馬場先ばゞさきを進すゝんで行いつた。一人にんは農具のうぐの箕みを持もつて居ゐる。總代等そうだいらはそれでも羽織袴はおりはかまの姿すがたであるが一人ひとりでも滿足まんぞくに袴はかまの紐ひもを結むすんだのはない。更さらに其その後あとから鏡かゞみを拔ぬいた四斗樽とだるを馬うまの荷繩になはに括くゝつて太ふとい棒ぼうで擔かついで跟ついた。四斗樽とだるには濁にごつたやうな甘酒あまざけがだぶぶと動うごいて居ゐる。神官しんくわんの白しろい指貫さしぬきの袴はかまには泥どろの跳はねた趾あとも見みえて隨分ずゐぶん汚よごれて居ゐた。神官しんくわんは埃ほこりだらけな板いたの間まへ漸やうやく蓙ござを敷しいた狹せまい拜殿はいでんへ坐すわつて榊さかきの小ちひさな枝えだをいぢつて、それから卓しよくの供物くもつを恰好かつかうよくして居ゐる間まに總代等そうだいらは箕みへ入いれて行いつた注連繩しめなはを樅もみの木きから樅もみの木きへ引ひつ張ぱつて末社まつしやの飾かざりをした。 村落むらの者ものは段々だんんに器量きりやう相當さうたうな晴衣はれぎを着きて神社じんじやの前まへに聚あつまつた。目めに立たつのは猶且やつぱり女をんなの子こで、疎末そまつな手織木綿ておりもめんであつてもメリンスの帶おびと前垂まへだれとが彼等かれらを十分ぶんに粧よそほうて居ゐる。十位とをぐらゐの子こでもそれから廿はたちに成なるものでも皆みな前垂まへだれを掛かけて居ゐる。前垂まへだれがなければ彼等かれらの姿すがたは索寞さくばくとして畢しまはねば成ならぬ。彼等かれらは足あしに合あはぬ不恰好ぶかつかうな皺しわの寄よつた白しろい足袋たびを穿はいて居ゐる。遠國ゑんごくの山やまから切きり出だすのだといふ模擬まがひの重おもい臺だいへゴム製せいの表おもてを打うつた下駄げたを突つつ掛かけて居ゐるものもある。彼等かれらは其その年齡ねんれいに應おうじて三人にん五人にんと互たがひに手てを曳ひきながら垣根かきねの側そばや辻つじの角かどに立たつて居ゐては思おもひ出だした時ときに其處そこら此處ここらと移うつつて歩あるくのである。彼等かれらは只たゞ朋輩ほうばいと共ともに立たつて居ゐることより外ほかに「まち」というても別べつに目的もくてきもなければ娯樂ごらくもないのである。其それで彼等かれらは少すこしでも異ことなつた出來事できごとを見逃みのがすことを敢あへてしないのである。
 神官しんくわんは小ちひさな筑波蜜柑つくばみかんだの駄菓子だぐわしだの鯣するめだのを少すこしばかりづつ供そなへた卓しよくの前まへに坐すわつて祝詞のつとを上あげた。其それは大おほきな厚あつい紙かみへ書かいたので、それを更さらに紙かみへ包つゝんだのであつた。包紙つゝみがみは幾度いくたびか懷ふところへ出だし入いれしたと見みえて痛いたく擦すれて汚よごれて居ゐる。祝詞のつとは極きはめて短文たんぶんであつた。神官しんくわんはそれを極きはめて悠長いうちやうに聲こゑを張はり上あげて讀よんだがそれでも幾いくらも時間じかんが要いらなかつた。 それが一枚まいあれば何處どこの神社じんじやへ行いつても役やくに立たてゝ居ゐるものと見みえて短みじかい文中ぶんちうに讀上よみあぐべき神社じんじやの名なは書かいてなくて何郡なにごほり何村なにむら何神社なにじんじやといふ文字もじで埋うづめてある。神官しんくわんは其處そこに讀よみ至いたると當日たうじつの神社じんじやを只たゞ口くちの先さきでいふのである。有繋さすがに彼かれは間違まちがふことなしに讀よみ退のけた。神官しんくわんが卓しよくの横手よこてへ座ざを換かへて一寸ちよつと笏しやくで指圖さしづをすると氏子うぢこの總代等そうだいらが順次じゆんじに榊さかきの小枝こえだの玉串たまくしを持もつて卓しよくの前まへに出でて其その玉串たまくしを捧さゝげて拍手はくしゆした。彼等かれらは只たゞ怖おづづして拍手はくしゆも鳴ならなかつた。立たちながら袴はかまの裾すそを踏ふんで蹌踉よろけては驚おどろいた容子ようすをして周圍あたりを見みるのもあつた。恁かういふ作法さはふをも見物けんぶつの凡すべては左さも熱心ねつしんらしい態度たいどで拜殿はいでんに迫せまつて見みて居ゐた。
 おつぎも與吉よきちの手てを執とつて群集ぐんしふに交まじつて立たつて居ゐた。勘次かんじも其處そこに在あつたのであるが然しかし彼かれはずつと後うしろの樅もみの木陰こかげにぽつさりとして居ゐたのであつた。簡單かんたん乍ながら一日にちの式しきが畢をはつた時とき四斗樽とだるの甘酒あまざけが柄杓ひしやくで汲出くみだして周圍しうゐに立たつて居ゐる人々ひととに與あたへられた。主しゆとして子供等こどもらが先さきを爭あらそうて其その大おほきな茶碗ちやわんを換かへた。彼等かれらは寧むしろ自分じぶんの家うちで造つくつたものゝ方はうが佳味うまいにも拘かゝわらず大勢おほぜいと共ともに騷さわぐのが愉快ゆくわいなので、水許みづばかりのやうな甘酒あまざけを幾杯いくはいも傾かたむけるのである。當日たうじつからでは數日前すうじつぜんに當番たうばんの者ものが村落中むらぢうを歩あるいて二合がふづゝでも三合がふづゝでも白米はくまいを貰もらつて、夜よになれば當番たうばんの者等ものらは集あつまつた白米はくまいで晩餐ばんさんの飯めしを十分ぶんに焚たいて其その他たは悉ことごとく甘酒あまざけに造つくり込こむ。甘酒あまざけは時間じかんが短みじかいのと麹かうぢが少すくないのとで熱あつい湯ゆで造つくり込こむのが例れいである。それだから忽たちまちに甘あまく成なるけれども亦また忽たちまちに酸味さんみを帶おびて來くる。彼等かれらは當日たうじつの前夜ぜんやに口見くちみだといつて近隣きんりんの者等ものらが寄よつてたかつて、鍋なべで幾杯いくはいとなく沸わかしては飮のむので夥したゝか減へらして畢しまつて、それへ一杯ぱいに水みづを注さして置おくのである。 子供等こどもらの間あひだに交まじつて與吉よきちも互たがひの身體からだを掻かき分わける樣やうにして飮のんだ。村落むらの者ものが飮のんでる後うしろから木陰こかげに佇たゝずんで居ゐた乞食こじきがぞろろと來きて曲物まげものの小鉢こばちを出だして要求えうきうした。
「よき、それえゝ加減かげんにするもんだよ汝わりや」おつぎはまだ茶碗ちやわんを放はなさない與吉よきちの手てを曳ひいた。
「待まつてろ汝わツ等ら、さうだにさはり出でねえで、小穢こぎたねえ」
「此奴等こねやつら、汝わツ等らげ呉くれはぐつたこた有ありやしねえ、それにさうだに騷さわぎやがつて、五月繩うるせえ奴等やつらだ待まつてるもんだ」
「そうれお前等めえら注つえで遣やんのにそんな小鉢こばちなんぞ桶をけの上うへさ突出つんださせちや畢をへねえな、それだらだら垂たツらあ、柄杓ひしやくそつちへおん出だして行やるもんだ」
 下駄げたを穿はいて立たつた氏子うぢこの總代等そうだいらが乞食こじきを叱しかつたり當番たうばんに注意ちういしたりした。神官等しんくわんらが石いしの華表とりゐを出でて行いつた後のちは暫しばらくして人ひとも散ちつて、華表とりゐの傍そばには大おほきな文字もじを表あらはした白木綿しろもめんの幟旗のぼりばたが高たかく突つつ立たつてばささと鳴なつて居ゐた。散亂さんらんした人々ひととは其その癖くせの其處そこにぼつゝり此處ここにぼつゝりと固かたまつて立たつてるのであつた。
 暫しばらくして短みじかい日ひが傾かたむいた。社やしろの森もりを包つゝんで時雨しぐれの雲くもが東ひがしの空そら一杯ぱいに擴ひろがつた。濃厚のうこうな鼠色ねずみいろの雲くもは凄すごく人ひとに迫せまつて來くるやうで、然しかもくつきりと森もりを浮うかした。かつと横よこに射さし掛かける日ひの光ひかりが其その凄すごい雲くもの色いろを稍やゝ和やはらげて天鵞絨びろうどのやうな滑なめらかな感かんじを與あたへた。更さらにくすんだ赭あかい欅けやきの梢こずゑにも微妙びめうな色彩しきさいを發揮はつきせしめて、殊ことに其その間あひだに交まじつた槭もみぢの大樹たいじゆは此これも冴さえない梢こずゑに日ひは全力ぜんりよくを傾注けいちゆうして驚おどろくべき莊嚴さうごんで且かつ鮮麗せんれいな光ひかりを放射はうしやせしめた。時雨しぐれの雲くもに映えいずる槭もみぢの梢こずゑは確然かくぜんと浮うき上あがつて居ゐながら天鵞絨びろうどの地ぢに深ふかく浸しみ込こんで居ゐる樣やうにも見みえた。其その前まへに空そらを支さゝへて立たつた二條でうの白しろい柱はしらは幟旗のぼりばたであつた。幟旗のぼりばたは止やまずばたたと飜ひるがへつた。更さらに俄にはかにごつと立たつた風かぜに森もりの梢こずゑの葉はは散亂さんらんして鮮あざやかな光ひかりを保たもちながら空中くうちうに閃ひらめいた。數分時すうふんじの後のち世間せけんは忽たちまちに暗澹あんたんたる光ひかりに包つゝまれて時雨しぐれがざあと來きた。村落むらの何處どこにも晴衣はれぎの姿すがたを見みなく成なつた。おつぎは與吉よきちを連つれて疾とつくに歸かへつて居ゐたのであつた。 夜よるに成なつて雨あめが歇やんだ。
 村落むらの者ものは段々だんんに瞽女ごぜの泊とまつた小店こみせの近ちかくへ集あつまつて戸口とぐちに近ちかく立たつた。戸とは悉こととく開放あけはなつて障子しやうじも外はづしてある。瞽女ごぜは各自かくじに晩餐ばんさんを求もとめて去さつた後あとであつた。瞽女ごぜは村落むらから村落むらの「まち」を渡わたつて歩あるいて毎年まいねん泊とめて貰もらふ宿やどに就ついてそれから村落中むらぢうを戸毎こごとに唄うたうて歩あるく間あひだに、處々ところろで一人分いちにんぶんづゝの晩餐ばんさんの馳走ちそうを承諾しようだくして貰もらつて置おく。それで彼等かれらは夜よるの時刻じこくが來くると、目明めあきの手曳てびきがだんだんと其その家々いへへに配くばつて歩あるく。さうしては復また手曳てびきがそれを集あつめて打うち連つれて歸かへつて來くる。目めの不自由ふじいうな彼等かれらは漸やうやくのことで自分じぶんの求もとめる家いへに就ついても板いたの間まの端はしなどにぽつさりとして膳ぜんの運はこばれるのを待まつて居ゐるので一同どうの腹はらが滿みたされて再ふたゝび杖つゑに縋すがるまでには面倒めんだうな時間じかんを要えうするのである。
 小店こみせの座敷ざしきには瞽女ごぜの大おほきな荷物にもつと袋ふくろへ入いれた三味線さみせんとが置おいてあつて淋さびしく見みえて居ゐた。只たゞ一人ひとりの巫女くちよせが彼等かれらに特有とくいうの態度たいどを保たもつて正座しやうざを張はつて、其その何時いつでも放はなさない荷物にもつを前まへへ置おいてしやんと坐すわつて居ゐるのであつた。表おもてには村落むらの者ものが漸やうやく殖ふえて土間どまから座敷ざしきへ上あがる者ものもあつた。彼等かれらは理由わけもなしに只たゞ騷さわぎはじめた。彼等かれらは沼邊ぬまべの葦あしのやうに集あつまれば互たがひに只たゞざわわと騷さわぐのである。巫女くちよせはかなりの婆ばあさんであつたので、白粉おしろいつけた瞽女等ごぜらに向むかつて揶揄からかふ樣やうな言辭ことばは彼等かれらの間あひだには發はつせられなかつた。「どうしたえ、口寄くちよせ一ひとつやつて見みねえかえ」大勢おほぜいの中うちから切きり出だしたものがあつた。葦あしの葉末はずゑが微風びふうにも靡なびけられる樣やうに此この一語ごの爲ために皆みなぞよよと復また騷さわいだ。群集ぐんしふの中うちにはおつぎも交まじつて居ゐた。若わかい衆等しゆらは先刻さつきからそれに注目ちうもくして居ゐたが
「どうした、彼奴等あいつらこと寄よせてんべぢやねえか」
「おつぎこと出だしてんべぢやねえか」彼等かれらはひそそと竊ひそかに喋しめし合あはせた。
「寄よせてんべえと」群集ぐんしふの後うしろの方はうから呶鳴どなつた。
「そんぢや此方こつちへ出でさつせえな」店みせの女房にようばうはいつた。群集ぐんしふは一時じに威勢ゐせいがついて巫女くちよせの膝ひざ近ちかくまでぎつしりと座敷ざしきを塞ふさいだ。勘次かんじもおつぎも座敷ざしきに窮屈きうくつな居ゐずまひをして居ゐた。店みせの女房にようばうは少すこし剥はげた塗盆ぬりぼんへ水みづを一杯ぱいに汲くんだ飯茶碗めしぢやわんを載のせて
「ちつとおめえ等ら退しやつてくんねえか」といひながら人々ひととの間あひだを足探あしさぐりに歩あるいて巫女くちよせの婆ばあさんの前まへへ置おいた。
「そんぢや誰だれだんべ、寄よせんな」女房にようばうは立たつた儘まゝ一同どうを見廻みまはして嫣然にこりとしていつた。それでも暫しばらくは凡すべてが口くちを緘つぐんで居ゐた。巫女くせよせの婆ばあさんは箱はこを包つゝんだ荷物にもつを其その儘まゝ自分じぶんの膝ひざへ引ひきつけて待まつて居ゐる。
「俺おれやんべ、そんぢや」若わかい衆しゆの一人ひとりが婆ばあさんの前まへへ出でて「俺おら生口いきぐち寄よせて見みてえんだが、幾いくらだんべ一口ひとくちは」
「五錢せんづゝでさ」巫女くちよせの婆ばあさんは落付おちついていつた。
「此こら只たゞ默だまつてゝえゝんだつけかな」といふと
「えゝんだよそんで、自分じぶんの思おもつてたの出でて來くんだから」
「かんぜん撚より拵こせえて水みづ掻かん廻まあせば、えゝんだよ」側そばから巫女くちよせの婆ばあさんのいふのも待またずに口くちを出だした。
「三度とでえゝんだつけかな」婆ばあさんの前まへへ坐すわつた一人ひとりは後うしろの方はうを向むいていつて彼かれは不器用ぶきような紙捻こよりを拵こしらへて其その先さきを茶碗ちやわんの水みづへ浸ひたして三度ど丁寧ていねいに掻かき廻まはして其その儘まゝ紙捻こよりを水みづに浸ひたして置おいた。
「見みろよ、近頃ちかごろ薩張さつぱり來きてくんねえが、俺おれこと厭やにでも成なつたんぢやねえかなんて出でつから」と店みせの女房にようばうは戯談ぜうだんを交まじへた。
 巫女くちよせは暫しばらく手てを合あはせて口くちの中なかで何なにか念ねんじて居ゐたが風呂敷包ふろしきづゝみの儘まゝ箱はこへ兩肘りやうひぢを突ついて段々だんんに諸國しよこくの神々かみみの名なを喚よんで、一座ざに聚あつめるといふ意味いみを熟練じゆくれんしたいひ方かたで調子てうしをとつていつた。がややと騷さわいで居ゐた家いへの内外ないぐわいは共ともにひつそりと成なつた。
「行々子よしきり土用どようへ入へえつた見みてえに、ぴつたりしつちやつたな」と呶鳴どなつたものがあつた。漸やうやく靜しづまつた群集ぐんしふは少時しばしどよめいた。然しかし直すぐに復また靜しづまつた。「白紙しらがみ手頼たより水みづ手頼たより、紙捻こより手頼たよりにい……」と巫女くちよせの婆ばあさんの聲こゑは前齒まへばが少すこし缺かけて居ゐる爲ために句切くきりが稍やゝ不明ふめいであるがそれでも澁滯じふたいすることなくずんんと句くを逐おうて行いつた。斜なゝめに茶碗ちやわんの水みづに立たつた紙捻こよりがだんんに水みづを吸すうて點頭うなづいた樣やうにくたりと成なつた。
「どうせよ一つにや成なれぬ身みを、別わかれたいとは思おもへども……」と一同どうの耳みゝに響ひゞいた時とき「出でたた」と靜しづまつて居ゐた群集ぐんしふの中なかから聲こゑが發はつせられた。巫女くちよせの婆ばあさんは突ついて居ゐる肘ひぢを少すこし動うごかして乘地のりぢに成なつた。
「俺おれが我わが身みというたとて、自由自儘じいうじまゝに成なるならば、今日けふの巫女あづさも要いるまいにい……」婆ばあさんは同おなじやうな句くを反覆くりかへした。
「出でた處ところでまつと饒舌しやべらせろえ」と一人ひとりが更さらに紙捻こよりを持もつて水みづを掻かき廻まはした。
「かんぜん捻よりくたたして云いふこと聽きかねえや」いひながら彼かれは手てを止やめた。
「俺おれがよ心こゝろはこうなれど、怒おこるまえぞえ見棄みすてまえ、互たがひに顏かほも合あはせたら、言辭ことばも掛かけてくだされよう……」巫女くちよせは時々ときき調子てうしを張はり上あげていつた。
「さうださうだ、そんでなくつちやおとつゝあ泣なくぞ」群集ぐんしふの後うしろから呶鳴どなつた。群集ぐんしふは少時しばし復またどよめいたが一句くでも巫女くちよせのいふことを聞きき外はづすまいとして靜しづまつた。巫女くちよせの婆ばあさんの姿勢しせいが箱はこを離はなれて以前いぜんに復ふくした時とき抑壓よくあつされたやうに成なつて居ゐた凡すべてが俄にはかにがややと騷さわぎ出だした。彼等かれらは絶たえず勘次かんじとおつぎとに對たいして冷笑れいせうを浴あびせ拂かけてゐるのであつたが、然しかしそれを知しらぬ二人ふたりは只たゞ凝然ぢつとして居ゐた。凡すべてが騷さわぐ間あひだに在あつてさうして居ゐる二人ふたりの容子ようすは態わざとらしく見みえるまで際立きわだつて居ゐた。巫女くちよせの唱となへたことだけでは惡戯いたづらな若わかい衆しゆの意志こゝろも知しらない二人ふたりには自分等じぶんらがいはれて居ゐることゝは心こゝろづく筈はずがなかつたのである。 群集ぐんしふの後うしろの方はうからの俄にはかな騷さわぎが内側うちがはに及およんだ。晩餐ばんさんを濟すまして瞽女ごぜが手てを曳ひき連つれて來きた處ところなのである。それを若わかい衆しゆが揶揄半分からかひはんぶんに道みちを開ひらいてやらうとしては遣やるまいとして騷さわいだのであつた。瞽女ごぜは危險相あぶなさうにして漸やうやく座敷ざしきへ上あがつた時とき
「目めも見めえねえのにさうだに押廻おしまはすなえ」瞽女ごぜの後あとに跟ついて座敷ざしきの端はしまで割込わりこんで來きた近所きんじよの爺ぢいさんさんがいつた。若わかい衆等しゆらは只たゞ
「ほういい」と假聲こわいろで囃はやした。爺ぢいさんは勘次かんじが側そばに居ゐたのを見みつけて
「なあ、勘次かんじさん、こんで若わけえものゝ處ところがえゝかんな」といひ掛かけた。外そとでは再ふたゝび囃はやし立たてゝ騷さわいだ。白しろい手拭てぬぐひを髷まげの後うしろが少すこし現あらはれた瞽女被ごぜかぶりにして居ゐる瞽女ごぜが殖ふえたので座敷ざしきは俄にはかに生いきたやうに成なつた。瞽女ごぜは一ひとつに固かたまつて成なるべくランプの明あかるい光ひかりを避さけようとして居ゐる。其その態度たいどを心憎こゝろにくく思おもふ若わかい衆しゆが
「俺おら其その手拭てぬげ被かぶつてこつち向むいてる姐樣あねさまこと寄よせて見みてえもんだな」立たち塞ふさがつた陰かげから瞽女ごぜの一人ひとりへ揶揄からかつていつたものがある。
「何なんちいか寄よせて見みせえ」先刻さつきの爺ぢいさんはいつた。彼かれの顏かほには痘痕あばたを深ふかく印いんして居ゐる。「どうした寄よせて見みんのか、そんだら俺おれかんぜん捻より拵こせえてやつかれえ」爺ぢいさんが更さらにいつた時とき返辭へんじがなかつた。
「えゝ、情なさけねえ奴等やつらだな」爺ぢいさんは捻より掛かけた紙かみを棄すてた。店先みせさきの駄菓子だぐわしを入いれた店臺みせだいをがたたと動うごかす者ものがあつた。
「菓子くわしなんぞまた盜とつちや畢をへねえぞ、うむ、そつちの方はうの酒樽さかだるん處とこにも立たつてゝ飮のみ口ぐちでも引ひつこ拔ぬかねえで貰もらあべえぞ、みんな」と痘痕あばたの爺ぢいさんは獨ひとり乘地のりぢに成なつていふのであつた。
「さうぢやねえんだよ、店臺みせでえ自分じぶんで歩あるき出だし始はじまつたから俺おれ抑つかめえた處とこなんだよ」
「えゝからガラスでもおつ缺かかねえやうにしろえ、此方こつちのおつかさまに怒おこられつから」
「そんでも店臺みせでえは四つ足あしへ何なにか穿はいてら、土鍋どなべに片口かたくちに皿さらだ、どれもも能よく打ぶつ缺かけてらあ」
「何處どこらか歩あるいて來きたと見みえて足あし埃ほこりだらけだと」二三人にんの聲こゑで戯談ぜうだんを返かへした。家いへの内外うちそとのむつとした空氣くうきが益ますすざわついた。店臺みせだいへは暑あつい頃ころには蟻ありの襲おそふのを厭いとうて四つの足あしへ皿さらや丼どんぶりの類るゐを穿はかせて始終しじう水みづを湛たゝへて置おくことを怠おこたらないのであつた。
「どうれ、誰だれも寄よせねえけりや俺おれでも寄よせてんべかえ」後うしろの方はうから一人ひとり進すゝんで來きたものがあつた。
「只たゞぢや駄目だめだぞ」痘痕あばたの爺ぢいさんは直すぐに要いらぬことをいつた。「そんぢや困こまつたなあ、おめえどうした婆ばあさまこと死口しにぐちでも寄よせて見みねえか」
「俺おら厭やだよ、待まつてつから早はやく來きてくろなんて云ゆはれた日ひにや縁起えんぎでもねえから」爺ぢいさんは爪つめで頭あたまを掻かいた。
「酷ひどくおめえ近頃ちかごろぽささしつちやつてんだな、あゝだ婆ばゞあでも焦こがれてる所爲せゐぢやあんめえ、頭髮あたままで拔ぬけた樣やうだな」剽輕へうきんな相手あひては爺ぢいさんの頭あたまへ手てを掛かけてゆささと動うごかした。乘地のりぢに成なつて居ゐた爺ぢいさんは少すこし白しろい膜まくを以もつて掩おほはれた樣やうな眼めを睜みはつて稍やゝ辟易へきえきした。
「大豆打でえづぶちにかつ轉ころがつた見みてえに面中つらぢう穴めどだらけにしてなあ」剽輕へうきんな相手あひては益ますす惡口あくこうを逞たくましくした。群衆ぐんしふは一聲ひとこゑの畢をはる毎ごとに笑わらひどよめいた。
「篦棒べらぼう、さうだ軟やつけえ面つらで風かぜ吹ふく處とこ歩あるけるもんぢやねえ」爺ぢいさんはむきに成なつていつた。
「どうした赤あけえ手拭てねげ被かぶらせらつたんべえ」
「俺おらさうだ手拭てねげなんざあ被かぶつたこたねえよ」
「そんでも疱瘡神はうそうがみは赤あけえ手拭てねげ好すきだつちげな」
「そんだつて俺おら被かぶんねえよ」痘痕あばたの爺ぢいさんはすつかり悄しをれて畢しまつた。群集ぐんしふは皆みな腹はらを抱かゝへた。
「どうれ、俺おら歸けえつて牛蒡ごぼうでも拵こせえべえ、明日あした天秤棒てんびんぼう檐かついで出でる支障さはりにならあ」剽輕へうきんな相手あひては思おもひ出だしたやうにいつた。
「どうせ、おめえ等らやうに紺屋こんやの弟子でし見みてえな手足てあしの者もな牛蒡ごばうでも檐かついで歩あるくのにや丁度ちやうどよかんべ」復讎ふくしうでも仕得しえたやうな容子ようすで爺ぢいさんはいつた。「資本もとでの二兩りやう二分ぶ位ぐれえでこんで餓鬼奴等がきめらまでにや四五人にんも命いのち繋つないで行いくのにや赤あけえ手拭てねげでも被かぶつてる樣やうな放心うつかりした料簡れうけんぢや居ゐらんねえかんな」彼かれは復また爺ぢいさんの頭あたまへ手てを掛かけていつてついと行いつて畢しまつた。後あとでは波なみが巖いはに打うちつける樣やうに暫しばらく騷さわいだ。若わかい女をんなは皆みな十分ぶん笑わらつて、又また痘痕あばたの爺ぢいさんを熟々つくくと見みては思おもひ出だして袂たもとで口くちを掩おほうた。到頭たうとう極きまり惡相わるさうにして爺ぢいさんも去さつて畢しまつた。
「此この箱はこん中なかにや何なんだね入へえつてんなあ、人形坊にんぎやうばうだつて本當ほんたうかね」前まへの方はうに居ゐた若わかい衆しゆが巫女くちよせの荷物にもつへ手てを掛かけていつた。
「なあに今いまぢや幣束へいそくだとよ」と他たの者ものがいつた。
「此こら見みせらんねえんでさ、此これ見みられつと何程なんぼ寄よせて見みても當あたんなくなつちやつてね、自分じぶんで居ゐねえ間まに見みらつても屹度きつと知しれんでさ」婆ばあさんは風呂敷ふろしきを捲まくり掛かけた若わかい衆しゆの手てをそつと拂はらつていつた。さうすると
「見みせらんねえよ、其それが種たねだから」呶鳴どなつたものがあつた。
 さういふ騷さわぎをして居ゐる間まに幾度いくどかもぢぢと身體からだを動うごかして居ゐた勘次かんじは思おもひ切きつて婆ばあさんの前まへへ進すゝんだ。「わしげ一つ寄よせて見みておくんなせえ、死口しにぐちでがさ」
「そんぢや笹さゝつ葉ぱ折をつちよつて來きておくんなせえ」巫女くちよせの婆ばあさんはいつた。
「此方こつちで折をつちよつて遣やんべ」と勘次かんじが立たち掛かけた時とき後うしろの方はうで呶鳴どなつた。暫しばらくして小ちひさな竹たけの葉はが手てから手てへ傳つたへられて茶碗ちやわんの水みづの中なかに置おかれた。一同どうは再ふたゝび靜しづまつた。勘次かんじは竹たけの葉はを以もつて茶碗ちやわんの水みづを三度ど掻かき廻まはしてそつと手てを放はなした。ランプの光ひかりに竹たけの葉はは水みづから出でた部分ぶぶんは青あをく、水みづに沒ぼつした部分ぶぶんは水銀すゐぎんのやうに白しろく光ひかつた。巫女くちよせの婆ばあさんは先刻さつきと同おなじく箱はこへ肱ひぢを突ついて
「能よく喚よび出だしてくれたぞよう……」と極きまつたやうな句くを反覆くりかへしつゝまだ十分ぶんの意味いみを成なさないのに勘次かんじは整然ちやんと坐すわつた膝ひざへ兩手りやうてを棒ぼうのやうに突ついてぐつたりと頭かしらを俛たれた。おつぎもしをらしく俯向うつむいた。島田しまだに結ゆうたおつぎの頭髮かみが明あかるいランプに光ひかつた。おつぎは特とくに勘次かんじに許ゆるされて未明みめいに鬼怒川きぬがはの渡わたしを越こえて朋輩同志ほうばいどうしと共ともに髮結かみゆひの許もとへ行いつたのであつた。髷まげには油あぶらが能よく乘のつて居ゐて上手じやうず掛かけた金房きんぶさが少すこしざらりとして動搖ゆらめいた。巫女くちよせが漸次ぜんじに句くを逐おうて行ゆくうちに「姿すがた隱かくれて出でて見みれば、何なに知しるまいと思おもだろが、俺おれは其その身みの處ところへは、日日ひにち毎日まいにちついてるぞ、雨あめは降ふらねど箕みのに成なり、笠かさに成なりてよ……」と巫女くちよせの聲こゑは前齒まへばの少すこし缺かけたにも拘かゝはらず、一つには一同どうがひつそりとして咳拂せきばらひをもせぬ故せいであらうが極きはめて明瞭めいれうに聞ききとられた。
「一度どならず、二度ど三度ど、不思議ふしぎ打ぶたせて知しらせたに……」婆ばあさんの聲こゑが次ついで響ひゞいた。勘次かんじもおつぎも只たゞ凝然ぢつとして居ゐるのみである。
「俺おれが達者たつしやで居ゐるならば……」といふ句くが讀よまれたと思おもふと軈やがて
「呉くれるよ程ほどの心こゝろなら、ほんに苦勞くろでも大儀たいぎでも、蕾つぼみの花はなを散ちらさずに、どうか咲さかせてくだされよう……」熟練じゆくれんした聲こゑの調子てうしが、さうでなくても興味きようみを持もつて居ゐる一同どうの耳みゝにしみじみと響ひゞいた。
「鴉からすの鳴なかない日ひはあれど、草葉くさばの陰かげで……」婆ばあさんが自分じぶんの聲こゑに乘のつて來きた時とき勘次かんじはぼろろと涙なみだを零こぼした。おつぎもそつと涙なみだを拭ぬぐつた。
「ほんの假座かりざのことなれば、此これにて俺おれは歸かへるぞよう……」それから又また
「鴉からすの鳴なきがそでなくもう……」と反覆くりかへしつゝ巫女くちよせの婆ばあさんの聲こゑは輕かるく引ひいてそつと拔ぬいたやうに止やんだ。
「俺おれ濟すまねえ」勘次かんじはぽつさりといつて又また涙なみだを横よこに拭ぬぐつた。「本當ほんたうに出でたんだよ、可怖おつかねえやうだな」其處そこに居ゐた若わかい女房にようばうはしみみといつた。それから續つゞいて他たの二三人にんが身みの上うへやら生口いきぐちやらを寄よせた。さうして座敷ざしきの隅すみに居ゐた瞽女ごぜが代かはつて三味線さみせんの袋ふくろをすつと扱こきおろした時とき巫女くちよせは荷物にもつの箱はこを脊負しよつて自分じぶんの泊とまつた宿やどへ歸かへつて行いつた。
 三味線さみせんの撥ばちが一度ど絃いとに觸ふれるとしんみりとした座敷ざしきが急きふに勢いきほひづいてランプの光ひかりが俄にはかに明あかるいやうに成なつた。勘次かんじはそれを聞きくに堪たへないで、彼かれは其その夜よに限かぎつて自分じぶんで與吉よきちの手てを曳ひいて自分じぶんの家うちへと闇やみの中なかへ身みを沒ぼつした。若わかい衆しゆうは三人にんの後姿うしろすがたを見みて
「蛬きりぎりすぢやねえが、口くち鳴ならさねえぢや居ゐらんねえな」といつた。
「そんだが、今夜こんやはしみみ泣ないたんぢやねえけ、あんでもお品しなさんこた何程なんぼ惜をしいか知しんねえのがだかんな」
「今いまだつて其その噺はなしすつと幾いくらでもしてんだかんな」
「そんだがよ、先刻さつき見みてえに泣ないてんのに惡口わるくちなんぞいふな罪つみだよなあ」と若わかい女房等にようばうらはそれでもしんみりといつた。
 其その夜よから暫しばらくの間あひだ勘次かんじは以前いぜんとは異かはつておつぎを獨ひとり放はなして出だすことが有ある樣やうに成なつた。さうかと思おもつて居ゐる内うちに村落中むらぢうが復また勘次かんじのおつぎに對たいする態度たいどの全まつたく以前いぜんに還かへつたことを認みとめずには居ゐられなくなつた。村落むらの目めは勢いきほひ嫉妬しつとと猜忌さいぎとそれから新あらたに起おこつた事件じけんに對たいするやうな興味きようみとを以もつて勘次かんじの上うへに注そゝがれねばならなかつた。
十六

 勘次かんじは殆ほとんど事毎ことごとに冷笑れいせうの眼まなこを以もつて見みられて居ゐるのであつたが然しかしそれが厭いやな感情かんじやうを彼かれに與あたへるよりも、彼かれは彼かれの懷ふところに幾分いくぶんの餘裕よゆうを生しやうじて來きたことが凡すべての不滿ふまんを償つぐなうて猶なほ餘あまりあることであつた。お品しながまだ生いきて居ゐる頃ころ隣となりの主人しゆじんの内儀かみさんに向むかつて
「お内儀かみさん等ら何なんにも心配しんぺえなんざ無なくつて晴々せいいとして居えんでござんせうね」お品しなはつくくといつたことがある。
「何故なぜそんなこといふんだい」内儀かみさんは怪あやしんで聞きいたら
「そんでもお内儀かみさん等ら喰たべる心配しんぺえなんざちつともねえんだから、わたしやさうだと思おもつてせえ」お品しなはいつた。内儀かみさんは成程なるほどさういふ心持こゝろもちで居ゐるのかと、それから種々いろろと身分みぶん相應さうおうな苦勞くらうの止やまぬことを噺はなして聞きかせると
「さうでござんせうかねお内儀かみさん、わたし等らまた明あけても暮くれても無ねえ足たんねえの心配しんぺえばかしゝてんだから、さういことねえ人ひとは心配しんぺえなんちやねえんだとばかし思おもつてたんでござんすよ、ねえ本當ほんたうに」お品しなは感かんに堪たへたやうにいつたのであつた。お品しながそれ程ほど苦勞くらうした米穀べいこくの問題もんだいが其その死後しご四五年間ねんかんの惨憺さんたんたる境遇きやうぐうから漸やうやく解決かいけつが告つげられようとしたのである。彼かれは毎年まいねん冬ふゆからまだ草木さうもくの萌もえ出ださぬ春はるまでの内うちに彼等かれらにしては驚おどろくべき巨額きよがくの四五十圓ゑんを贏かち得うるのであつた。其それは古ふるい創痍さういの穴あなに投とうぜられるにしても彼かれは土間どまの鷄にはとりの塒とやの下したに三人にんが安心あんしんして居ゐるだけの食料しよくれうを求もとめて置おくことが出來できる樣やうに成なつた。おつぎは二十はたちの聲こゑを聞きいて與吉よきちは學校がくかうへ出でる樣やうに成なつた。彼かれは絶たえず或ある物ものを探さがすやうな然しかも隱蔽いんぺいした心裏しんりの或ある物ものを知しられまいといふやうな、不見目みじめな容貌ようばうを村落むらの内うちに曝さらす必要ひつえうが漸やうやく減げんじて來きた。彼かれは段々だんん彼等かれらの伴侶なかまに向むかつて以前いぜんの如ごとくこせせと徒いたづらに遠慮ゑんりよした態度たいどがなくなつた。彼かれは村落むらの凡すべてに向むかつて拂はらつた恐怖きようふの念ねんを悉ことごとく東隣ひがしどなりの家族かぞくにのみ捧さゝげて畢しまつた。 其その間あひだ彼かれと卯平うへいとは只たゞ一回くわい逢あつたのみである。卯平うへいはお品しなが三年目ねんめの盆ぼんにふいと來きてふいと立たつたのである。卯平うへいは八十に近ちかく成なつて居ゐながら恐おそろしい岩疊がんでふな身體からだが髮かみは白しろく且かつ少すくなく成なつたが肌膚はだには潤澤じゆんたくがあつた。卯平うへいは夜よるは火ひの番ばんをしても暑あつい日ひには庭にはの草挘くさむしりをしたり、他たの藏々くららへの使つかひに行いつたり、幾分いくぶんの忙いそがしさを感かんじても、使つかひに行ゆけば屹度きつと茶菓子ちやぐわしを包つゝまれたり、手拭てぬぐひを貰もらつたり、それから主人しゆじんからは給料きふれう以外いぐわいの賞與しやうよがあつたりするので少すこし堅固けんごにすれば、懷ふところには小錢こぜにを蓄たくはへて置おくことも出來できるのであつたが彼かれは能よくコツプ酒ざけを傾かたむけたので彼かれの懷ふところは決けつして餘裕よゆうを存そんしては居ゐなかつた。野田のだは郷里きやうりからは比較的ひかくてき近ちかいので醤油藏しやうゆぐらが段々だんん發達はつたつして行ゆくに連つれて傭やとはれて行ゆく壯丁わかものが殖ふえて來きた。郷里きやうりでは傭人やとひにんの給料きふれうが暴騰ばうとうして來きた程ほどどの村落むらからも壯丁わかものが行いつた。其それが頻しきりに交代かうたいされるので、卯平うへいは一度どしか郷里きやうりの土つちを踏ふまなくても種々しゆゆの變化へんくわを耳みゝにした。彼かれは一番ばんおつぎのことが念頭ねんとうに浮うかぶ。十七の秋あきに見みたおつぎの姿すがたがお品しなに能よくも似にて居ゐたことを思おもひ出だしては、他人ひとの噂うはさも聞きいて見みて時々とききは逢あつても見みたい心持こゝろもちがした。然しかしお品しなが死しんだ時とき野田のだへの立たち際ぎはがよくなかつたことを彼自身かれじしんの心こゝろにも悔くゆる處ところがあつたので強しひて厭いやな勘次かんじへ挨拶あいさつをして一時いつときなりとも肩身かたみを狹せまくせねばならないのを厭いとうて遂つひ憶劫おくくふに成なるのであつた。年齡としを積つむに從したがつて短みじかく感かんずる月日つきひがさういふ間あひだに循環じゆんくわんして、くすんで見みえることの多おほい江戸川えどがはの水みづを往復わうふくする通運丸つううんまるの牛うしが吼ほえるやうな汽笛きてきも身みに沁しみて、冬ふゆの寒さむさが酷ひどくなると以前いぜんからの癖くせで腰こしに疼痛いたみを感かんずることがあつた。藏くらの傭人やとひにんの爲ために抱かゝへてある醫者いしやに見みて貰もらつても、老病らうびやうだから藥くすりを飮のんで見みた處ところで、さう效驗きゝめが見みえるのではないがそれでも、飮のみたけりや飮のむが善いいといふのみで別段べつだん身みに沁しみていつてくれるのでもない。卯平うへいは幾いくら飮のんでも自分じぶんの懷ふところが痛いたまないのだからと思おもつて見みても醫者いしやのいふ通とほりどうもはききとしないので晝間ひるまは成なるべく蒲團ふとんにくるまる樣やうにして居ゐた。 卯平うへいは年末ねんまつの出代でがはりの季節きせつになれば其その持病ぢびやうを苦くにして、奉公ほうこうもどうしたものかと悲觀ひくわんすることもあるが、我慢がまんをすれば凌しのげるので遂つひ居据ゐすわりに成なつて居ゐるうちに何時いつでも春はるの季節きせつに還かへつて、郊外かうぐわいに際涯さいがいもなく植うゑられた桃もゝの花はなが一杯ぱいに赤あかくなると其その木陰こかげの麥むぎが青あをく地ちを掩おほうて、江戸川えどがはの水みづを溯さかのぼる高瀬船たかせぶねの白帆しらほも暖あたたかく見みえて、大おほきな藏々くららの建物たてものが空むなしく成なる程ほど一切さいの傭人やとひにんが桃畑もゝばたけに一日にちの愉快ゆくわいを竭つくすやうになれば病氣びやうきもけそりと忘わすれるのが例れいであつた。
 清潔好きれいずきな彼かれは命令めいれいされるまでもなく、庭にはにぽつちりでも草くさが見みえれば挘むしらずには居ゐられない。狹苦せまくるしいにしてもきちんとした傭人部屋やとひにんべやの周圍しうゐの土つちに箒目はうきめを入いれて水みづでも打うつて見みたり、其處そこらで作つくる朝顏あさがほの苗なへを貰もらつてどんな姿なりにも鉢はちへ植うゑて見みたりして居ゐると奉公ほうこうが辛つらくも思おもはないのであつた。それも二三年ねんの間あひだで普通ふつうの人間にんげんならばもう到底たうてい役やくにも立たたぬ年齡ねんれいに達たつして居ゐるので、假令たとひ彼かれの境遇きやうぐうが安佚あんいつを許ゆるさない爲ために恁かうして精神的せいしんてきに健康けんかうが保たもたれて居ゐるのだとしても、彼かれの老躯らうくは日毎ひごとに空腹くうふくから來くる疲勞ひらうを醫いする爲ために食料しよくれうを攝取せつしゆする僅わづかな滿足まんぞくが其その度毎たびごとに目先めさきの知しれてる彼かれを拉らつして其その行ゆく可べき處ところに導みちびいて居ゐるのである。 復また冬ふゆが來きた時とき、彼かれは今いままでの腰こしの痛いたみと違ちがつた一種しゆの疾患しつくわんを生しやうじたやうに感かんじた。醫者いしやは依然いぜん僂痲質斯レウマチスなのだといつて、寒さむい夜よに火ひの番ばんをして歩あるくのは絶對ぜつたいに惡わるいといふのであつた。それでも彼かれは我慢がまんの出來できるだけ務つとめた。出代でがはりの季節きせつが來きた時とき彼かれはまた頻しきりに惑まどうたが、どうも其處そこを立たつて畢しまふのが惜をしい心持こゝろもちもするし、逡巡しりごみして復また居据ゐすわりになつた。郷里きやうりから來きたものに聞きいて彼かれは勘次かんじが次第しだいに順境じゆんきやうに赴おもむきつゝあることを知しつた。彼かれは心こゝろが復また動搖どうえうして脆もろく成なつた心こゝろが酷ひどく哀あはれつぽく情なさけなくなつた。然しかし長ながい間あひだ機嫌きげんを損そこね合あうた勘次かんじの許もとへ歸かへるのには彼かれは空手からてではならぬといふことを深ふかく念ねんとした。彼かれは夫それからといふもの成なるべくコツプ酒ざけも節制せつせいして懷ふところを暖あたゝめようとした。從來じうらい彼かれが遠とほく奉公ほうこうに出でて居ゐて幾いくらでも慰藉ゐしやの途みちを發見はつけんして居ゐたのは割合わりあひに暖あたゝかな懷ふところを殆ほとんど費つひやしつゝあつたからである。それで彼かれは今いまさう氣きがついて見みても身體からだの養生やうじやうをしなくてはならぬといふことが一方ぱうに有あるのでそれが思おもふ程ほどにはいかなかつた。さういふ心配しんぱいが又また春はるも暖あたゝかに成なつて病氣びやうきを忘わすれると歸かへることも其その儘まゝに消滅せうめつして畢しまふのである。然しかしどう我慢がまんをして見みても後あと幾年いくねんも勤つとまらないといふことを周圍しうゐの人ひとも見みて居ゐるのである。殊ことに永ながい間あひだ野田のだへ身上しんしやうを持もつて近所きんじよの藏くらの親方おやかたをして居ゐるのが郷里きやうりの近ちかくから出でたので自然しぜん知合しりあひであつたが、それが卯平うへいに引退いんたいを勸すゝめた。彼かれは故郷こきやうへ幾年目いくねんめかで行ゆく序ついでもあるし、幸さいはひ勘次かんじのことは村落むらに居ゐる内うちに知しつて居ゐたから相談さうだんをして來きてやらうといつた。卯平うへいは近頃ちかごろ滅切めつきり窪くぼんだ茶色ちやいろの眼めを蹙しかめるやうにしながら微かすかな笑ゑみを浮うかべた。 親方おやかたが勘次かんじへ噺はなしをした時とき
「わしや、なあに、家うちのもんだから面倒めんだう見みねえた云ゆはねえね」勘次かんじは油あぶらの乘のらぬ態度たいどでいつた。
「勘次かんじさん近頃ちかごろ工合ぐあひがえゝといふ噺はなしだが」親方おやかたも義理ぎり一遍ぺんのやうにいふと
「工合ぐあひえゝつちこともねえが、此こんでも命懸いのちがけで働はたれえてんだから、他人ひとのがにや大えけえ錢ぜねになるやうにも見めえべが、俺おらにこんで爺樣ぢさまが代でえの借金しやくきん拔ぬけねえで居えんだからそれせえなけりや泣なかねえでも畢をへんだよ、そんだがそれでばかり動いごき取とれねえな」
「そんぢや、其その時ときにや勘次かんじさんも善いい理由わけだね」
「そりやさうだが」勘次かんじは何處どことなく拍子ひやうしを變かへていつた。
「勘次かんじさん等らそれでも穀類こくるゐはなかか有ある容子ようすだね」突込つゝこんで聞きくと
「其その位くれえなくつちや仕しやうねえもの、俺おら此處ここへ來きた當座たうざにや病氣びやうきん時ときでもからつき挽割麥ひきわりばかしの飯めしなんぞおん出だされて、俺おら隨分ずいぶん辛つれえ目めに逢あつたんだよ、こんでさうえこた、忘わすらんねえもんだかんな」勘次かんじは到頭たうとう要領えうりやうを得えない返辭へんじをするのみであつた。
 藏くらの親方おやかたは勘次かんじがどういふ料簡れうけんであるといふことは卯平うへいへはいはなかつた。假令たとひどうした處ところで勘次かんじの許もとへ歸かへらねばならぬことに極きまつて居ゐるのだから、それには戸板といたへ乘のせてやる樣やうな病氣びやうきの起おこるまで奉公ほうこうさせて置おくよりも、丈夫ぢやうぶなうちに暇ひまを取とらせて還かへして畢しまへば、或あるひは勘次かんじとの間あひだも思おもつた程ほどのこともないだらうと、程ほどよいことに卯平うへいへ噺はなした。卯平うへいは固もとより親方おやかたから家うちの容子ようすやおつぎの成人せいじんしたことや、隣近所となりきんじよのことも逐ちく一聞きかされた。卯平うへいは窪くぼんだ茶色ちやいろの眼めに暖あたゝかな光ひかりを湛たたへた。 卯平うへいは短みじかい時間じかんであつたが氣きがついてから心掛こゝろがけたので財布さいふには幾いくらかの蓄たくはへもあつた。僅わづかな衣物きものであるがそれでも煤すゝけたやうに褪さめた風呂敷ふろしきに大おほきな包つゝみが二つ出來できた。一つの不用ふようの分ぶんは運河うんがから鬼怒川きぬがはへ通かよふ高瀬船たかせぶねへ頼たのんで自分じぶんの村落むらの河岸かしへ揚あげて貰もらふことにして、彼かれは煙草たばこの一服ぷくをも忘わすれない樣やうに身みにつけた。彼かれは股引もゝひきに草鞋わらぢを穿はいて其その大風呂敷おほぶろしきを脊負せおつて立たつた。麥酒ビールの明罎あきびん二本ほんへ一杯ぱいの醤油しやうゆを莎草繩くゞなはで括くゝつて提さげた。それから彼かれは又また煎餅せんべいを一袋ふくろ買かつた。醤油しやうゆと米こめとが善よいので佳味うまい煎餅せんべいであつた。彼かれは三つの時ときに別わかれて五つの秋あきに一寸ちよつと見みた與吉よきちがもう八つか九つに成なつて居ゐると恁かう數かぞへて見みて土産みやげが買かひたく成なつたのである。煎餅せんべいの袋ふくろは毎日まいにち使つかつて居ゐた手拭てぬぐひで括くゝつて荷締にじめの紐ひもへ縛しばりつけた。彼かれは冬ふゆになつてまた起おこりかけた僂痲質斯レウマチスを恐おそれて極きはめてそろろと歩ほを運はこんだ。利根川とねがはを渡わたつてからは枯木かれきの林はやしは索寞さくばくとして連續れんぞくしつゝ彼かれを呑のんだ。彼かれは處々ところろへのつそりと腰こしを卸おろして好すきな煙草たばこをふかした。荷物にもつを路傍みちばたへ卸おろす時とき彼かれは屹度きつと縛しばりつけた手拭てぬぐひの包つゝみへ手てを掛かけて新聞紙しんぶんしの袋ふくろのがささと鳴なるのを聞きいて安心あんしんした。枯木かれきの林はやしは立たち騰のぼる煙草たばこの煙けぶりが根ねの切きれた儘まゝすつと急いそいで枝えだに絡からんで消散せうさんするのも隱かくさずに空洞からりとして居ゐる。卯平うへいが凝然ぢつとして居ゐると萵雀あをじが忍しのびびに乾かわいた落葉おちばを踏ふんで彼かれの近ちかくまで來きてはすいと枝えだへ飛とんだ。彼かれは周圍しうゐには一切さい心こゝろを惹ひかされることもなく袂たもとの燐寸マツチへ火ひを點つけては又また燐寸マツチを袂たもとへ入いれて、さうしてからげつそりと落おちた兩頬りやうほゝの肉にくが更さらにぴつちりと齒齦はぐきに吸すひついて畢しまふまで徐ゆるりと煙草たばこを吸すうて、煙管きせるをすつと拔ぬいてから又また齒齦はぐきへ空氣くうきを吸すうて煙けぶりと一つに飮のんで畢しまつたかと思おもふやうにごくりと唾つばを嚥のんで、それから煙けぶりを吐はき出だすのである。彼かれは周圍しうゐが寂さびしいとも何なんとも思おもはなかつた。然しかし彼自身かれじしんは見みるから枯燥こさうして憐あはれげであつた。彼かれは少すこしきややと痛いたむ腰こしを延のばして荷物にもつを脊負せおつて立たつた。捨すてた燐寸マツチの燃もえさしが道端みちばたの枯草かれくさに火ひを點つけて愚弄ぐろうするやうな火ひがべろろと擴ひろがつても、見向みむかうともせぬ程ほど彼かれは懶ものうげである。野田のだからは十里りに足たらぬ平地へいちの道みちを鬼怒川きぬがはに沿そうた自分じぶんの村落むらまで來くるのに、冬ふゆの短みじかい日ひが雜木林ざふきばやしの梢こずゑに彼かれを待またなかつた。彼かれは自分じぶんの家いへに着ついた時ときは醤油しやうゆを提さげた手てが痛いたい程ほど冷ひえて居ゐた。彼かれは漸やつとのことで戸口とぐちに立たつた。勘次かんじを喚よばうとして見みたら内うちはひつそりと闇くらい。戸口とぐちに手てを當あてゝ見みたら鍵かぎが掛かけてあつた。「居ゐたかえ」それでも卯平うへいは呶鳴どなつて見みたが返辭へんじがない。卯平うへいは口くちの内うちで呟つぶやいて裏戸口うらとぐちへ廻まはつて見みたら其處そこは内うちから掛金かけがねが掛かゝつて居ゐる。彼かれはそれでも煙管きせるを出だして戸との隙間すきまから掛金かけがねをぐつと突ついたら栓せんを揷さしてなかつたので直すぐに外はづれた。彼かれは闇くらい閾しきゐを跨またいで袂たもとの燐寸マツチをすつと點つけた。幾年いくねん居ゐなくても勝手かつてを知しつて居ゐるので彼かれは柱はしらへ懸かけてある手てランプを點つけて、取とり敢あへず手足てあしを暖あたゝめる爲ために麁朶そだをぽちちと折をつて火鉢ひばちへ燻くべた。煤すゝけた藥罐やくわんを五徳とくへ掛かけてそれから彼かれは草鞋わらぢをとつた。乾かわいた道みちを歩あるいて來きたので幾いくらも汚よごれない足あしの底そこを二三度どづゝ手てでこすつて座敷ざしきへ上あがつた。
 勘次かんじは南みなみの風呂ふろへ行いつて居ゐた。彼かれは晝ひるは寸暇すんかをも惜をしんで勞働らうどうをするので一つには其それが夜よなべの仕事しごとを勵はげみ得えない程ほどの疲勞ひらうを覺おぼえしめて居ゐるのでもあるが、少すこし懷ふところが窮屈きうくつでなくなつてからは長ながい夜よの休憇時間きうけいじかんには滅多めつたに繩なはを綯なふこともなく風呂ふろに行いつては能よく噺はなしをしながら出殼でがらの茶ちやを啜すゝつた。
 其その夜よ與吉よきちは南みなみの女房にようばうから薄荷はくかの入はひつた駄菓子だぐわしを二つばかり貰もらつた。裏うらの垣根かきねから桑畑くはばたけを越こえて歩あるきながら與吉よきちは菓子くわしを舐しやぶつた。「どれ、俺おれげもちつと出だして見みねえか」おつぎは與吉よきちの手てから少すこし缺かいて自分じぶんの口くちへ入いれた。
「姊ねえは大えかくおつ缺けえちや厭やだぞう」與吉よきちは懸念けねんしていふと
「おゝ薄荷はくかだこら、口くちん中なかすううすら、おとつゝあげも遣やつて見みろ」おつぎは又また菓子くわしへ手てを掛かけようとすると
「えゝから、よきげ嘗なめさせろ」勘次かんじはおつぎを制せいした。三人にんは他人ひとの目めが開あいてない闇夜やみよの小徑こみちを恁かうして自分じぶんの庭にはへ戻もどつた。
「どうしたんだんべ、おとつゝあ」おつぎは戸との隙間すきまから射さす明あかりを見みて俄にはかに立たち止どまつていつた。勘次かんじは竦すくんだやうに成なつて默だまつた。おつぎは戸との隙間すきまから覗のぞいて
「爺ぢい見みてえだな、おとつゝあ」と小聲こごゑで告つげた。それから勘次かんじも覗のぞいて、鍵かぎを外はづして這入はひつた。與吉よきちは見識みしらぬ爺ぢいさんが居ゐるので羞はにかんでおつぎの後うしろへ隱かくれた。
「爺ぢいだ」とおつぎは叫さけんで卯平うへいの側そばへ寄よつた。
「爺ぢいは今日けふ來きたのか」おつぎの挨拶あいさつに續つゞいて
「おとつゝあ遲おそかつたな」勘次かんじもいつた。
「出でだすのもそんなに早はやかなかつたつけが、暫しばらく歩あるきつけねえ所爲せゐかなんぼにも足あしが出でねえで、かういに遲おそくなる積つもりもなかつたつけが」卯平うへいは重おもい口くちでいつた。
「餘よつ程ぽど待まつてゝか爺ぢいは」おつぎは麁朶そだを折をり足たしながらいつた。
「火ひい吹ふつたけたばかりよ」卯平うへいは其その窪くぼんだ茶色ちやいろの眼めを蹙しかめるるやうにして「おつうも大えかくなつたな、途中とちうでなんぞ行逢いきやつちや分わかんねえな、そんだが汝わりや有繋まさか俺おれこた忘わすれなかつたつけな」
「忘わすれめえな爺ぢいは」おつぎは卯平うへいに對たいしてこそつぱい一皮かはが間あひだを隔へだてゝ居ゐるやうな感かんじがして居ゐながら、其その癖くせの甘あまえた樣やうな舌したでいつてちううと鳴なり出だした藥罐やくわんへ手てを掛かけた。卯平うへいはおつぎの挨拶あいさつを今更いまさらの如ごとくしみみと嬉うれしく感かんじた。卯平うへいはお品しなが死しんで三年目ねんめの盆ぼんに來きた時とき不器用ぶきような容子ようすの彼かれがどうして思おもひついたかおつぎへ花簪はなかんざしを一つ買かつて來きた。十七のおつぎがどれ程ほどそれを喜よろこんだか知しれなかつた。おつぎは決けつしてそれを忘わすれなかつた。
「爺ぢいげお茶ちや入せえべえ」おつぎは立たつて茶碗ちやわんを洗あらつた。卯平うへいは濃霧のうむに塞ふさがれた森もりの中なかへ踏込ふみこむやうな一種しゆの不安ふあんを感かんじつゝ來きたのであつたが、彼かれはおつぎの仕打しうちに心こゝろが晴々せいいした。卯平うへいは、まだ菓子くわしを舐しやぶりながら隱かくれるやうにして居ゐる與吉よきちを見みて
「俺おれこと忘わすれたんべ此こら、大えかく成なつたと思おもつて來きたつけが本當ほんたうに分わかんねえ程ほど大えかく成なつたな」寡言むくちな卯平うへいが此この夜よは種々いろろに饒舌しやべつた。
「此こんでも學校がくかうへ行いくんだもの」おつぎは茶ちやを入いれながらいつた。
「さうら」と卯平うへいは荷物にもつへ縛しばりつけた煎餅せんべいの包つゝみを與吉よきちへ投なげ出だしてやつた。「おつう、手拭てねげ解とえて見みねえか、野田のだでも一番ばんうめえんだから」卯平うへいはいつたがおつぎの手てが暇ひまどれるので自分じぶんで手拭てぬぐひを解といて勘次かんじの前まへへ出だして、彼かれは更さらに一枚まいをとつて與吉よきちへ遣やつた。
「よき、それ貰もらあもんだ。爺ぢい呉くれるつちのに」おつぎは茶碗ちやわんを卯平うへいと勘次かんじとの前まへへ据すゑつゝいつた。
「こつちへ上あがつて貰もらあもんだ」勘次かんじもいつた。土間どまに立たつて居ゐた與吉よきちはそつと草履ざうりを脱ぬいで危險相あぶなさうに手てを出だして取とつた。さうして直すぐに偸ぬすむやうに噛かんだ。
「遠とほくの方はうのがんだぞ、汝われうまかんべ」おつぎは自分じぶんも一枚まいを噛かじり乍ながらいつた。
「うまかねえやそんなに」與吉よきちはおつぎの袂たもとへ隱かくれるやうにしていつた。甘味あまみの強つよい菓子くわしを噛かんだ口くちに、さうして醤油しやうゆの味あぢを區別くべつするまで發達はつたつした舌したを持もたない與吉よきちは卯平うへいが遠とほく齎もたらしたと聞きかせられた程ほどには感かんじなかつたのである。
「其麽そんなこといふもんぢやねえ、そんだら姊ねえげよこしつちめえ」おつぎは小ちひさな聲こゑでいつて尻目しりめに掛かけた。與吉よきちはさういひ乍ながら手てにした丈だけはぽりりと噛かんだ。乾燥かんさうした響ひゞきが三人にんの口くちに鳴なつた。
 卯平うへいは幾杯いくはいも只たゞ茶ちやを啜すゝつた。壯健たつしやだといつても彼かれは齒はがげつそりと落おちて軟やはらかな物ものでなければ噛かめなくなつて居ゐた。卯平うへいは又またおつぎへ醤油しやうゆの罎びんを出だして「俺おれ持もつて來くればなんぼでも譯わけねえんだが荷物にもつがあるもんだから、此これつ切きりしか持もつちや來きねえつちやつた、此こんでも俺おら藏くらぢや此この上うへはねえんだ、炊事かしきは汝われすんだんべから、汝われそつちへ藏しまつて置おけな」
「大變たえへんだつけな爺ぢい、荷物にもつあんのになあ、此これだけぢや暫しばらくあんべよ」おつぎは罎びんを柱はしらの傍そばへ置おいた。
「荷物にもつはさうでもねえが、身體からだ利きかねえでな、どうも」卯平うへいは煙管きせるを噛かんだ。
「爺ぢいはどうしたつぺ、お飯まんまたべたんべか」おつぎは敢あへていひ掛かけるといふ態度たいどでもなく勘次かんじに向むかつていつた。
「おらどつちでもえゝや」卯平うへいは少すこし遠慮ゑんりよを交まじへていつた。
「どつちでもえゝつて腹はら減へつちやしやうあんめえな」おつぎは茶碗ちやわんと箸はしとを棚たなから卸おろした。
「菜なつ葉ぱの漬つけたなどうしたんべ」おつぎは顧かへりみて聞きいた。
「俺おら要いらねえや、齒は悪わるくなつちやつて噛かまんねえから」
「そんぢや細こまかく刻きざんだらどうしたんべ」おつぎはとんんと庖丁はうちやうを使つかつた。
「お汁つけまあ、ちつとも身みなんざねえや、よき汝われみんな芋いもすくつちやつたな」
 おつぎは鍋葢なべぶたをとつていつた。
「お汁つけも何なにも要いらねえから一杯ぺえ掻かつ込こんべ」卯平うへいは遲緩もどかし相さうにいつた。
「そんぢや此この醤油しやうゆ掛かけてんべな」おつぎは卯平うへいの前まへに膳ぜんを据すゑて罎びんの醤油しやうゆを菜漬なづけへ掛かけた。
「それ、底そこの方はうへ廻まはつて零こぼれらな」勘次かんじは先刻さつきから、怒おこつたやうな羞はにかんだやうな、何なんだか落付おちつきの惡わるい手持てもちのない顏かほをして、却かへつて自分じぶんをば凝然ぢいつと見みもせぬ卯平うへいの目めから外それるやうに、餘所よそを見みては又またちらと卯平うへいを見みつゝあつたが此この時ときおつぎの手許てもとへ嘴くちばしを容いれた。其その時とき醤油しやうゆがごつと出でて菜漬なづけが漂たゞよふばかりに成なつた。「そうれ見みろ」勘次かんじはそつけなくいつた。おつぎが罎びんを再ふたゝび柱はしらの傍そばへ置おくと、
「まだ其處そこで引ひつくるけえしちや大變たえへんだぞ、戸棚とだなへでも入せえて置おけ」勘次かんじは復また注意ちういした。卯平うへいは藥罐やくわんの湯ゆを注ついで三杯ばいを喫きつした。僅わづかに醤油しやうゆの味あぢのみが數年來すうねんらいの彼かれの舌したに好味かうみたるを失うしなはなかつたが、挽割麥ひきわりむぎの勝かつた粗剛こはい飯めしは齒齦はぐきが到底たうていそれを咀嚼そしやくし能あたはぬのでこそつぱい儘まゝに嚥のみ下くだした。おつぎが膳ぜんを引ひかうとすると
「其その醤油しやうゆは打棄うつちやらねえで大事でえじにして置おけ」勘次かんじは小皿こざらの數滴すうてきを惜をしんだ。
「其麽そんなこと云ゆはねえつたつて打棄うつちやるもなあんめえな」おつぎは干渉かんせふに過すぎた勘次かんじの注意ちういが厭いやだと思おもふよりも、偶たまま逢あつた卯平うへいの側そばでいはれるのが極きまりが惡わるいので喉のどの底そこで呟つぶやいた。
「姊ねえ今いま一枚めえくんねえか」與吉よきちは流ながし元もとに手てを動うごかして居ゐるおつぎへ極きはめて小ちひさな聲こゑで請求せいきうした。
「汝わりや、そつから佳味うまかねえなんていふもんぢやねえ、直すぐ欲ほしくなる癖くせに」おつぎはこつそり叱しかつた。
「そうら汝われげ買かつて來きたんだ、欲ほしけりや幾いくらでも持もつてけ」卯平うへいは不器用ぶきようないひ方かたをしながら煎餅せんべいをとつて遣やつた。與吉よきちはそれでも窪くぼんだ目めを蹙しがめて居ゐる卯平うへいがまだこそつぱくて指ゆびの先さきで下唇したくちびるを口くちの中なかへ押おし込こむやうにしながら額越ひたひごしに卯平うへいを見みた。
十七

 次つぎの朝あさ與吉よきちはまだ皆みなの膳ぜんの据すゑられぬうちから學校がくかうへ行ゆくとては騷さわいだ。村落むらの生徒等せいとらは登校とうかうの早はやいことを教師けうしから只たゞ一言ごんでも褒ほめられて見みたいので、慌あわてなくても善いいのに汁しるも煮立にたたぬうちから強請せがむのである。與吉よきちは此これで毎朝まいあさおつぎから五月蝿うるさがられて居ゐた。與吉よきちは風呂敷包ふろしきづゝみを脊負せおつておつぎに辨當べんたうを包つゝんで貰もらひながら
「煎餅せんべいくんねえか」と要求えいきうした。
「まださうだこと、そんだから汝われげは見みせらんねえつちんだ、爺ぢいに怒おこられつから見みろ」おつぎは叱しかつて顧かへりみなかつた。勘次かんじは其その時とき外そとの壁際かべぎはに積つんだ木きの根ねをぱかりりと割わつて居ゐた。卯平うへいは一日にち歩あるいた草臥くたびれが酷ひどく出でたやうでもあるし、又また自分じぶんの村落むらへ歸かへつたので心こゝろが悠長のんびりとした樣やうでもあるし、それに此この數年來すうねんらいは火ひの番ばんの癖くせで朝あさはゆつくりとして居ゐるのが例れいであつたので、彼かれは其その時とき蒲團ふとんの中なかに凝然ぢつと目めを開あいておつぎの働はたらいて居ゐるのを見みて居ゐたが
「欲ほしいつちんだら出だして遣やれえ」彼かれはいつた。おつぎは戸棚とだなから煎餅せんべいを一枚まい出だして與吉よきちへ渡わたした。與吉よきちはすつと奪うばふ樣やうにして取とつた。
「しらばつくれて」おつぎは斜なゝめに脊負せおつた書藉しよせきの上うへから與吉よきちをぱたと叩たゝいた。與吉よきちは霜しもの白しろく掩おほうた庭にはを小ちひさな下駄げたでかららと鳴ならしながら遁にげるやうに駈かけて行いつた。卯平うへいは窪くぼんだ目めを蹙しがめて一種しゆの暖あたゝかな表情へうじやうを示しめして與吉よきちの後姿うしろすがたを見みた。勘次かんじは割わつた薪まきを草刈籠くさかりかごへ入いれて竈かまどの前まへへ置おいて朝餉あさげの膳ぜんに向むかつて、一碗わんを盛もつた。おつぎは氣きがついた樣やうに「爺ぢいこと起おこすべか」といつて勘次かんじが返辭へんじせぬ内うちに
「爺ぢい、お飯まんま出來できたよ」卯平うへいを喚よんだ。
「先さきやつてくろえ」卯平うへいはさういつて暫しばらく經たつてから蒲團ふとんを出でて井戸端ゐどばたへ行いつた。卯平うへいは幾年目いくねんめかで冷つめたい水みづで顏かほを洗あらつた。彼かれは近來きんらいにない晨起はやおきをしたので、霜しもの白しろい庭にはに立たつて硬こはばつた足あしの爪先つまさきが痛いたくなる程ほど冷つめたいのを感かんじた。火鉢ひばちの側そばへ坐すわつても煙草たばこの火ひもないので彼かれは自分じぶんで竈かまどの下したの燃もえさしを灰はひの儘まゝとつた。おつぎは勘次かんじが煙草たばこを吸すはないので一寸ちよつと煙草たばこの火ひをとることにまでは心附こゝろづかなかつた。野田のだでは始終しじうかんんと堅炭かたずみを熾おこして湯ゆは幾いくらでも沸たぎつて夜よるでも室内しつないに火氣くわきの去さることはないのである。卯平うへいは後おくれて箸はしを執とつたが、飯めしは暖あたゝかいといふ迄までで大釜おほがまで炊たいた樣やうに程ほどよい軟やはらかさを保たもつては居ゐないし、汁しるも其その舌したに酷ひどくこそつぱく且かつ不味まづかつた。彼かれは味噌みそには分量ぶんりやうを増ます爲ために醤油粕しやうゆかすが掻かき交まぜてあることを知しつた。勘次かんじは鍬くはを執とつて立たつた。彼かれは毎日まいにち唐鍬たうぐはを持もつて出でて居ゐるのであつたが此この日ひはおつぎを連つれて麥畑むぎばたけの冬墾ふゆばりに出でるのであつた。卯平うへいは獨ひとりで㷀然ぽさりと残のこされた。丈夫ぢやうぶな建物たてものに箒はうきを入いれて清潔せいけつに住すんで來きた彼かれは天井てんじやうもない屋根裏やねうらから煤すゝが垂たれてさうして雨戸あまどを開あけてない薄闇うすくらい家いへの内うちに凝然ぢつとしては妙めうに心こゝろが滅入めいつた。毎日まいにち朝あさから尻切襦袢しりきりじゆばん一つで熱湯ねつたうの桶をけを右みぎの手てで肩かたに支さゝへては駈かけ歩あるく威勢ゐせいの善いい壯丁わかものの間あひだに交まじつて唄うたの聲こゑを聞きいて居ゐたのに、一つには草臥くたびれも出でた爲ためでもあるが僅わづか一日にちの隔へだてで彼かれは俄にはかに年齡としをとつた程ほどげつそりと窶やつれたやうな心持こゝろもちに成なつた。皆みなの夜具やぐは只たゞ壁際かべぎはに端はしを捲まくつた儘まゝで突つきつけてある。卯平うへいは其處そこを凝然ぢつと見みた。箱枕はこまくらの括くゝりは紙かみで包つゝんでないばかりでなく、切地きれぢの縞目しまめも分わからぬ程ほど汚きたなく脂肪あぶらに染そまつて居ゐる。土間どまの壁際かべぎはに吊つつた竹籃たけかごの塒とやには鷄にはとりの糞ふんが一杯ぱいに溜たまつたと見みえて異臭いしうが鼻はなを衝ついた。卯平うへいは天性ねが清潔好きれいずきであつたが、百姓ひやくしやうの生活せいくわつをして、それに非常ひじやうな貧乏びんばふから什麽どんなにしても穢きたない物ものの間あひだに起臥きぐわせねばならぬので彼かれも野田のだへ行ゆくまではそれをも別段べつだん苦くにはしなかつたのであるが、假令たとひ幾年いくねんでも清潔せいけつな住すまひをした彼かれは天性てんせいを助長じよちやうして一種しゆの習慣しふくわんを養やしなつた。彼かれが家いへに歸かへつたのはお品しなが死しんだ時ときでも、それから三年目ねんめの盆ぼんの時ときでも家いへは空洞からりと清潔きれいに成なつて居ゐてそれほど汚穢むさい感かんじは與あたへられなかつた。彼かれは今いま熾さかんな暑あつい日ひを仰あふいだ目めを放はなつて俄にはかに物陰ものかげを探さがさうとするものゝやうに酷ひどく勝手かつてが違ちがつたのである。 彼かれは暫しばらく好すきな煙草たばこに屈託くつたくして居ゐたが漸やうやく日ひが暖あたゝかく成なり掛かけたので、稀まれに生存せいぞんして居ゐる往年わうねんの朋輩ほうばいや近所きんじよへの義理ぎりかたた顏かほを出だす積つもりで外そとへ出でた。勘次かんじとおつぎとが晝餐ひるに歸かへつて來きた時ときに卯平うへいは居ゐなかつた。彼かれは夜よるに成なつてのつそりと戸口とぐちに立たつた。勘次かんじが庭にはへ出でようとして大戸おほどをがらりと開あけた時とき卯平うへいと衝突つきあたり相さうに成なつた。勘次かんじは足あしもとにずるると横よこたはつた蛇へびを見みつけた刹那せつなの如ごとく悚然ぞつとして退去すさつた。
 卯平うへいは缺かけた齒齦はぐきで煙管きせるを横よこに噛かんでは脣くちびるをぎつと締しめると口くちが芒すゝきで裂さいた樣やうに見みえた。老衰らうすゐしてから餘計よけいにのつそりした卯平うへいの身體からだは、それでも以前いぜんのがつしりした骨格ほねぐみが聳そびえて側そばに居ゐる勘次かんじを異樣いやうに壓あつした。卯平うへいは五六日にちの間あひだ毎日まいにち唯たゞぶららと出でては黄昏近たそがれちかくかそれでなければ夜よるに成なつて歸かへつた。勘次かんじは毎日まいにち唐鍬たうぐは持もつて林はやしへ出でた。おつぎは半纏はんてんを引掛ひつかけて針はりの師匠しゝやうへ通かよつた。おつぎはもう幾年いくねんといふ永ながい間あひだのことではあるが、それでも極きまつた月日つきひを繼續けいぞくして針仕事はりしごとを勵はげむ餘裕よゆうがなく漸やうやく手てについたかと思おもふと途中とちうを切きつたり止やめたりするので思おもふ樣やうな上達じやうたつはなかつた。おつぎは暇ひまを偸ぬすんでは一生懸命しやうけんめいで針はりを執とつた。卯平うへいがのつそりとして箸はしを持もつのは毎朝まいあさこせせと忙いそがしい勘次かんじが草鞋わらぢを穿はいて出でようとする時ときである。おつぎは卯平うへいの爲ために火鉢ひばちへ煨おきを活いけてやつたり、お鉢はちを側そばへ供そなへたりするので幾いくらか時間じかんが後おくれる。さうすると勘次かんじは擔かついだ唐鍬たうぐはをどさりと置おいたり、閾しきゐを出でたり這入はひつたり、唯たゞ忸怩もぢぢとして居ゐては、口くちに出だせない或ある物ものを包つゝむやうな恐おそろしい權幕けんまくでおつぎを見みる、勘次かんじはそれでも慊あきたらないでおつぎの姿すがたが戸口とぐちを出でるまでは庭にはに立たつて居ゐることもある。勘次かんじは毎朝まいあさ出でて行ゆく方面はうめんが異ことなつて居ゐるにも拘かゝはらず、同時どうじに立たつて行ゆくのを見みなければ心こゝろが濟すまないのであつた。毎朝まいあささうするので「おとつゝあは行いけな、爺ぢいこと見みてやんなくつちや成なんめえな」おつぎは竊ひそかに勘次かんじを窘たしなめていふことがある。勘次かんじは恐おそろしい權幕けんまくで凝然ぢつと立たつた儘まゝおつぎを睨にらんでさうして卯平うへいをちらと一瞥べつしては、卯平うへいの目めを憚はゞかる樣やうにしてさつさと唐鍬たうぐはを擔かついで出でて行ゆく。卯平うへいは自分じぶんの爲ためにおつぎが遲おそく成なる時ときには
「俺おら自分じぶんでやつから汝わりや構かまあねえで行いけよ」おつぎを促うながし立たてた。卯平うへいは當座たうざの内うちは其處そこら此處ここらへ行いつては自分じぶんからは求もとめないでも、暫しばらく遭あはなかつた間柄あひだがらで、短みじかい日ひの落おちるのも知しらずに噺はなしをしては百姓ひやくしやう相當さうたうな不味まづい馳走ちそうに成なるのであつたが、段々だんん互たがひに珍めづらしくなくなつてからは彼かれは餘あまり外そとへも出でないで㷀然ぽつさりとして好すきな煙草たばこにのみ屈託くつたくした。彼かれは晝飯ひるめしといふと殊ことに冷つめたい粗剛こはい飯めしを厭いとうて箸はしを執とるのが辛つらいやうでもあつた。其それで彼かれは時々ときき村落むらの店みせへ行いつて豆腐とうふの一丁位ちやうぐらゐに腹はらを塞ふさげた。皿さらの豆腐とうふを隅すみから箸はしで拗切ちぎつて見みては餘あまりに冷つめたいので、腰こしの痛いたみを思おもひ出だして小ちひさな鍋なべを借かりて暖あたゝめた。さうしては遂つひ一杯ぱいの酒さけが欲ほしくなつて其處そこでむつゝりと時間じかんを潰つぶした。豆腐とうふは彼かれの齒齦はぐきに最もつとも適當てきたうした食料しよくれうであつた。 卯平うへいは身體からだが惡わるく成なつてから僅わづかの間あひだでも覺悟かくごをしたので幾いくらでも財布さいふには蓄たくはへが出來できて居ゐた。彼かれは何程なにほど節約せつやくしても遂つひにじりりと減へつて行ゆくのみである財布さいふに縋すがつて、芒すゝきで裂さいた樣やうに閉とぢた其その口くちに何なんでも噛かみ殺ころして居ゐるのだといふ容子やうすをして其その日ひ々々と刻きざんで過すごした。彼かれは一日にち凝然ぢつとして冷つめたい火鉢ひばちの前まへに胡坐あぐらを掻かいて居ゐることもあつた
 與吉よきちは學校がくかうから歸かへつてひつそりとした家いへに只たゞ卯平うへいがむつゝりとして居ゐるのを見みると威勢ゐせいよく駈かけて來きたのも悄しよげて風呂敷包ふろしきづゝみの書籍しよせきをばたりと座敷ざしきへ投なげて庭にはへ出でて畢しまふ。卯平うへいは
「よき、待まつてろ、そら」と財布さいふから面倒めんだうに五厘りんの銅貨どうくわを拾ひろひ出だして投なげてやる。與吉よきちは戸との陰かげに居ゐては忸怩もぢぢして容易よういに取とらないで然しかも欲ほし相さうに筵むしろの上うへの銅貨どうくわを見みる。卯平うへいはさうすると又またのつそりと懶ものうげに身體からだを戸口とぐちまで動うごかして與吉よきちの手てに渡わたしてやる。與吉よきちは一散さんに駈かけて菓子くわしを求もとめに行ゆく。卯平うへいの窪くぼんだ茶色ちやいろの眼めが後あとで獨ひとり蹙しがんだやうに成なるのである。 卯平うへいが村落むらの店みせに懶ものうい身體からだを据すゑて煙草たばこを吹ふかして居ゐる處ところへ與吉よきちは行合いきあはせることがあつても遠とほくの方はうから卯平うへいを見みて居ゐて、近ちかづきもしないが去さらうともしないで居ゐる。卯平うへいは屹度きつとガラス戸どを立たてて店臺みせだいから自分じぶんで菓子くわしをとつてやる。それでも與吉よきちは菓子くわしを噛かぢりながら側そばへは寄よらうともしなかつた。
「與吉よきちらたえしたもんだな、始終とほしてもらつてな」店みせの女房にようばうがいふのを聞きくのは與吉よきちよりも寧むしろ卯平うへいが心こゝろに滿足まんぞくを感かんずるのであつた。然しかし與吉よきちは恁かうして段々だんん卯平うへいに近ちかづいて學校がくかうから歸かへつたといつては
「爺ぢい」といつて戸口とぐちに立たつやうに成なつた。遂つひには彼かれは
「爺ぢいくんねえか」と上あがり框がまちに胸むねを持もたせて、ばたたと下駄げたで土間どまを叩たゝきながら卯平うへいに錢ぜにを請こふやうに成なつた。それでも彼かれは錢ぜにとは明白地あからさまにはいはない。
「汝わりや、何なにくろつちんでえ」むつゝりした卯平うへいが態わざとかう聞きくと
「呉くんねえか、買かあんだから」與吉よきちは又またぼんやりと然しかも熱心ねつしんに要求えうきうする。其その態度たいどを卯平うへいは只たゞ快こゝろよく思おもふのであつた。
 與吉よきちが懷なづくまでには日數ひかずが經たつた。卯平うへいは勘次かんじとの間あひだは豫期よきして居ゐた如ごとく冷ひやゝがではあつたが、丁度ちやうど落付おちつかない藁屑わらくづを足あしで掻かつ拂ぱいては鷄にはとりが到頭たうとう其その巣すを作つくるやうに、彼かれは互たがひにこそつぱい勘次かんじの側そばに幾分いくぶんづゝでも身みも心こゝろも落付おちつけねばならなく餘儀よぎなくされた。さうして彼かれは自分じぶんの定さだまつた家いへ其その物ものは假令たとひどうであらうとも、心こゝろの一部ぶには遠慮ゑんりよから離はなれた餘裕よゆうが生しやうじて來きて彼かれは僅わづかに五六日にちと思おもふ内うちに卅日にち以上いじやうを經過けいくわして畢しまつたのであつた。其その間あひだ彼かれは只たゞの一度どでも軟やはらかな飯めしを快こゝろよく嚥のみ下くだしたことがない、勞働者らうどうしやの多おほく貪むさぼらねばならぬ強健きやうけんなる胃ゐは到底たうてい軟やはらかな物ものに堪たへ得うる處ところではない。齒はに硬こはく感かんずる物ものでなければ食事しよくじから食事しよくじまでの間あひだを保たもち能あたはぬ程ほど忽たちまちに空腹くうふくを感かんじて畢しまふからである。隨したがつて孰いづれの家庭かていに在あつても老者らうしやと壯者さうしやとの間あひだには此この點てんの調和てうわが難事なんじである。然しかし卯平うへいは老衰らうすゐの身みを漸やうやくのことで投なげ掛かけた心こゝろの底そこに蟠わだかまつた遠慮ゑんりよと性來せいらいの寡言むくちとで、自分じぶんから要求えうきうすることは寸毫すんがうもなかつた。彼かれは只たゞ空腹くうふくを凌しのぐ爲ために日毎ひごとに不味まづい口くちを強しひて動うごかしつゝあるのである。疎惡そあくな食料しよくれうは少時せうじからおつぎの目めにも口くちにも熟じゆくして居ゐるので、其處そこには何なんの心こゝろも附つかなかつた。不味相まづさうな容子ようすをして箸はしを執とるのは卯平うへいが凡すべての場合ばあひを通つうじての状態じやうたいなので、おつぎの目めには格別かくべつの注意ちういを起おこさしむべき動機どうきが一ひとつも捉とらへられなかつた。恁かうしておつぎは卯平うへいに向むかつて彼かれが幾分いくぶんづゝでも餘計よけいに滿足まんぞくし得うる程度ていどにまで心こゝろを竭つくすことが、善意ぜんいを以もつてしても寧むしろ冷淡れいたんであるが如ごとく見みえねばならなかつた。然しかし卯平うへいは決けつして衷心ちうしんからおつぎを憎にくまなかつた。卯平うへいは時々ときき外そとへ出でては豆腐とうふを喫きつして自分じぶんの膳ぜんの箸はしを執とらぬことはあるのであつたが、それでも勘次かんじは三人にんのみが家族かぞくであつた時ときよりも穀物こくもつの減少げんせうする量りやうが殖ふえて來きたことを忽たちまちに目めに止とめた。何どれ程ほど大おほきな身體からだでも卯平うへいは八十に近ちかい老衰者らうすゐしやである。一日いちにちの食料しよくれうがどれ程ほど要いるかそれは知しれたものである。それでも勘次かんじは從來これまでよりも餘計よけいに費つひやさねばならぬ穀物こくもつに就ついて彼かれの淺猿さもしい心こゝろが到底たうてい騷さわがされねばならなかつた。勘次かんじは卯平うへいの居ゐぬ時ときにはそれとはなく獨ひとりぶつつと呟つぶやくことがあつた。與吉よきちはそれを聞きいて居ゐた。彼かれは、火鉢ひばちの前まへに凝然ぢつとして居ゐては座敷ざしきへ上あがる鷄にはとりをしいいと逐おひつつむつゝりとして居ゐる卯平うへいに小ちひさな銅貨どうくわを貰もらつては、それを口くちへ入いれたり座敷ざしきへ落おとしたりしながら卯平うへいへ種々いろろなことを饒舌しやべつて聞きかせた。「爺ぢい」と喚よび掛かけて彼かれは或ある日ひ斯かういつた。
「爺ぢい來きてから米こめしつかり減へつてしやうねえつて云ゆつたぞう」
「うむ」卯平うへいは口くちに銜くはへた煙管きせるを徐おもむろに手てに取とつて
「おとつゝあでもあんべ」卯平うへいはげつそりといつた。
「おとつゝあ、何遍なんべんも云ゆつたんだわ」卯平うへいは又また煙管きせるを噛かんで手てが少すこし顫ふるへた。
「云ゆはざらに」と卯平うへいは凝然ぢつと目めを蹙しかめつゝ少すこし壤こはれた壁かべの一方ぱうを睨ねめつゝいつた。
 霜解しもどけの庭にはを掻かき立たてゝ居ゐた鷄とりがくるりと指ゆびを捲まいては足あしを擧あげて驚おどろいた樣やうに周圍あたりを見みて、又また足あしを踏ふみつけけのつそり歩あるいて戸口とぐちの閾しきゐへ暫しばらく乘のつてずつと延のばした首くびを少すこし傾かたむけて卯平うへいを見みてついと座敷ざしきへ立たつた。卯平うへいはいきなり煙管きせるを叩たゝきつけた。鷄とりは慌あわてゝ座敷ざしきの筵むしろへ泥どろを落おとして閾しきゐの外そとに脚あしを突つき出だした儘まゝ暫しばらく轉ころがつて居ゐたが、遂つひには蹌跟よろけけ鳴なき騷さわぎつゝ遠とほく遁にげた。白しろい毛けが拔ぬけて其處そこら中ぢうに夥おびたゞしく散亂さんらんした。煙管きせるは鷄とりから更さらに強つよく戸口とぐちの閾しきゐを打うつて庭にはの土つちに止とまつた。「爺ぢいとつてやんべか」暫しばらくして與吉よきちは卯平うへいの顏かほを覗のぞくやうにしていつた。
「よこせ」卯平うへいは暫しばらく經たつてからむつゝりとして舌したを鳴ならしながらいつた。
「さあ」與吉よきちの出だした煙管きせるを卯平うへいは拭ふきもせずに口くちへ銜くはへた。暫しばらくしてから卯平うへいは苦にがい顏かほをしてぢよりりとこそつぱい口くちの泥どろをぴよつと吐はき出だしてそれから口くちを衣物きものでこすつた。彼かれは又また煙草たばこを吸すひつけようとしては羅宇らうに罅ひゞが入いつたのを知しつた。彼かれはくたたに成なつた紙かみを袂たもとから探さぐり出だしてそれを睡つばで濡ぬらして極きはめて面倒めんだうにぐるると其その罅ひゞを捲まいた。卯平うへいはそれからふいと出でて夜よるまで歸かへらなかつた。勘次かんじは鷄とりの拔毛ぬけげを見みて鼬いたちが出でたのではないかといふ懸念けねんを懷いだいて其處そこら中ぢうを隈くまなく見みた。鷄とりは他ほかの鷄とりが悉こととく塒とやに就ついても歸かへらなかつた。鼬いたちは一羽は殺ころせば必かならず復また他ほかを襲おそふので勘次かんじは少すくなからず其その心こゝろを騷さわがしたのであつた。
「爺ぢい打ぶつとばしたんだわ」與吉よきちは勘次かんじへいつた。
「どうしてだ」勘次かんじは驚おどろいた眼めを睜みはつて慌あわてゝ聞きいた。
「座敷ざしきへ上あがつたら煙管きせる打ぶつゝけたんだ。そんで俺おれ煙管きせるとつてやつたんだ」勘次かんじは餌料ゑさを撒まいて鷄とりを聚あつめて見みた。一旦たん塒とやに就ついた鷄とりが餌料ゑさを見みてはみんな籃かごからばささと飛とびおりてこツこツと鳴なきながら爪つめで掻かつ拂ぱきき爭あらそうて啄つゝいた。勘次かんじは遂つひに鷄とりの數かずの不足ふそくして居ゐることを確たしかめざるを得えなかつた。卯平うへいは例れいの如ごとく豆腐とうふでコツプ酒ざけを傾かたむけて來きて晩餐ばんさんを欲ほつしなかつた。彼かれの皺しわ深ふかく刻きざんだ頬ほゝにほんのりと赤味あかみを帶おびて居ゐた。彼かれは火鉢ひばちの前まへに胡坐あぐらを掻かいた儘まゝ一言ごんもいはない。おつぎが甘あまえた舌したでいつても返辭へんじもしなかつた。勘次かんじも卯平うへいの側そばを退去すさつて只たゞ恐おそろしく僻ひがんだ容子ようすをして居ゐた。おつぎも遂つひにいはなかつた。與吉よきちは只たゞぐつすりと眠ねむつて居ゐた。 驚怖きやうふの餘あまり物陰ものかげに凝然ぢつと潜伏せんぷくして居ゐた鷄とりは次つぎの朝あさ漸やうやく他たの鷄とりの群むれに交まじつて歩あるいたけれど幾いくらかまだ跛足びつこ曳ひいて居ゐた。勘次かんじは態わざと卯平うへいへ見みせつける樣やうに其その夜よ塒とやに就ついた時とき其その鷄とりを籠かごに伏ふせて、戸口とぐちの庭葢にはぶたの上うへに三日かも四日かも置おいたのであつた。卯平うへいは捲まきつけた紙かみへ煙脂やにの浸しみた煙管きせるをぢううと鳴ならしながら難むづかしい顏かほが暫しばらく解とけなかつた。
 卯平うへいは清潔好きれいずきなのでむつゝりとしながら獨ひとりで居ゐる時ときには草箒くさばうきで土間どまの軒のきの下したを掃はいては鷄とりが足あしの爪つめで掻かき亂みだした庭葢にはぶたの周圍あたりをも掃はきつけて置おいた。彼かれは座敷ざしきの内うちも掃除さうぢをして毎朝まいあさ蒲團ふとんを整然ちやんと始末しまつする樣やうに寡言むくちな口くちからおつぎに吩咐いひつけた。清潔きれいに成なることは勘次かんじも惡わるいことには思おもはなかつたが、幾いくらもない家財道具かざいだうぐへ少すこしでも手てを掛かけられるのが懷ふところでも探さぐられる樣やうに勘次かんじには何なんとなく不安ふあんの念ねんが起おこされるのであつた。勘次かんじの目めには卯平うへいが能よく村落むらの店みせに行ゆくのは贅澤ぜいたくな老人としよりである樣やうに僻ひがんで見みえる廉かどもあつた。只たゞさうして居ゐる間うちに舊暦きうれきの年末ねんまつが近ちかづいて何處どこの家うちでも小麥こむぎや蕎麥そばの粉こを挽ひいた。 卯平うへいは時々とききは東隣ひがしとなりの門もんをも潜くゞつた。主人夫婦しゆじんふうふは丈夫ぢやうぶだといつても窶やつれた卯平うへいを見みると憐あはれになつて
「身體からだはどうしたえ」と能よく聞きいた。
「えゝ、今分いまぶんぢや、さうだに惡わりいつちこともねえが」と卯平うへいはいつも煮にえ切きらぬいひ方かたをして、其それを聞きかれることを有繋さすがに心こゝろの内うちに悦よろこんで窪くぼんだ目めを蹙しかめる樣やうにした。
「それでも勘次かんじは能よくするかえ」内儀かみさんが聞きけば
「ありや、はあ、以前めえかたつからあゝゆんだから」卯平うへいはぶすりといふのである。
「おつぎはどうだえ」
「ありやあそれ、勘次かんじたあ違ちがあから、何なんちつても有繋まさか赤あかん坊ばうん時ときつからのがだから」
「節挽せちびきはたんとした容子ようすかえそれでも」
「えゝ、おつうこと連つれてつて、南みなみで挽ひくなあ挽ひいたやうだが、桶をけさ入せえた儘まゝで蓋ふたしたつ切きり藏しまつて置おくから、わしやどのつ位くれえあるもんだか見みもしねえが」
「勘次かんじは軟やはらかい物ものでも少すこしは拵こしらえてくれるかね」
「えゝ、毎日まいんち同士どうしにたべちや居ゐんだがなあに齒はせえ丈夫ぢやうぶなら粗剛こうえつたつて管かまやしねえが」
「それぢや蕎麥粉そばこでも少すこし遣やらうかね蕎麥掻そばがきでも拵こしらへてたべた方はうが善いいよ、蕎麥そばに打うつちや冷ひえるが蕎麥掻そばがきは暖あつたまるといふからね」内儀かみさんは木綿もめんで作つくつた袋ふくろへ蕎麥粉そばこを二升しやうばかり入いれて
「勘次かんじも泣なきだから、それでも今いまに生計くらしもだんん善よくなんだらうから、さうすりや惡わるくばかりもすまいよ、どうも昔むかしから合性あひしやうが惡わるいんだからね、まあ年齡としとつたら仕方しかたがないから我慢がまんして居ゐるんだよ、餘あんまり酷ひどけりや他人ひとが共々ともも見みちや居ゐないから、それだが勘次かんじも有繋まさかそれ程ほどでもないんだらうしね」内儀かみさんは慰なぐさめていつた。卯平うへいは蕎麥粉そばこを大事だいじにして、勘次かんじが開墾かいこんに出でた後あとで藥罐やくわんの湯ゆを沸わかしては蕎麥掻そばがきを拵こしらへてたべた。其その頃ころは彼かれの提さげて來きた二罎びんの醤油しやうゆはもう無なくなつて居ゐた。彼かれは其その減へつて行ゆくのを更さらに惜おしいとは思おもはなかつたが、然しかし彼かれは自分じぶんが居ゐる内うちは容易よういに罎びんの分量ぶんりやうが減へらないのに、一日にち餘處よそへ行いつて居ゐた日ひは滅切めつきりと少すくなくなつて居ゐるのを或ある時ときふと發見はつけんして少すこし不快ふくわいに且かつ變へんに思おもひつゝあつた。繩なはで括くゝつた別べつの罎びんの底そこの方はうに醤油しやうゆが少すこしあつた。卯平うへいはそれでも其それを見みつけて漸やうやく蕎麥掻そばがきの味あぢを補おぎなつた。罎びんの底そこになつた醤油しやうゆは一番ばんの醤油粕しやうゆかすで造つくり込こんだ安物やすもので、鹽しほの辛からい味あぢが舌したを刺戟しげきするばかりでなく、苦味にがみさへ加くははつて居ゐる。彼等かれらは平生へいぜいさういふ醤油しやうゆでも滅多めつたに用もちゐないので多量たりやうに求もとめる時ときでも十錢せんを越こえないのである。以前いぜんの卯平うへいであればさういふ味あぢが普通ふつうで且かつ佳味うまく感かんずる筈はずなのであるが、數年來すうねんらい佳味うまい醤油しやうゆを惜氣をしげもなく使用しようして來きた口くちには恐おそろしい不味まづさを感かんぜずには居ゐられなかつた。それでも蕎麥掻そばがきは身體からだが暖あたゝまる樣やうで快こゝろよかつた。彼かれはたべた後あとの茶碗ちやわんへ沸たぎつた湯ゆを注ついで箸はしで茶碗ちやわんの内側うちがはを落おとして其その儘まゝ棚たなへ置おいた。さうしては彼かれは毎日まいにちの仕事しごとのやうに外そとへ出でた。勘次かんじは一日にちの仕事しごとを畢をへて歸かへつて來きては目敏めざとく卯平うへいの茶碗ちやわんを見みて不審ふしんに思おもつて桶をけの蓋ふたをとつて見みた。遂つひに彼かれは卯平うへいの袋ふくろを發見はつけんした。「おつう、汝われ此この蕎麥そばつ粉こな出だして遣やつたのか」勘次かんじはおつぎに聞きいた。
「俺おら出だすめえな」おつぎは何なにも解かいせぬ容子ようすでいつた。
「蕎麥そばツ掻かきなんぞにしたつて詰つまりやしねえ、碌ろくに有ありもしねえ粉こなだ」彼かれは呟つぶやいた。それから彼かれは又また
「此これも、はあ、有ありやしねえ」醤油しやうゆの罎びんを透すかして其それから振ふつて見みていつた。
「おとつゝあ、それにやねえのがんだぞ」おつぎは打うち消けした。
「えゝから、此これつ切きりぢやきかねえのがんだから」勘次かんじはおつぎを呶鳴どなりつけた。彼かれは更さらに袋ふくろの蕎麥粉そばこを桶をけへ明あけて畢しまつて猶なほぶつつして居ゐた。手てランプが薄闇うすぐらく點ともされた時とき卯平うへいはのつそり歸かへつて來きた。彼かれは膳ぜんに向むかはうともしないが火鉢ひばちの前まへにどさりと坐すわつた儘まゝ、例れいの蟠わだかまりの有相ありさうな容子ようすをしては右手うしゆの人ひとさし指ゆびを掛かけてぎつと握にぎつた煙管きせるを横よこに噛かんで居ゐた。
「おつう、汝われまつと此處ここさ火ひいとつてくんねえか」卯平うへいはそれだけいつて依然いぜんとして火ひもない煙管きせるを噛かんだ。おつぎは麁朶そだを折をつて藥罐やくわんの下したを燃もやしてやつた。藥罐やくわんが鳴なり出だした時とき卯平うへいは懶ものうさ相さうな身體からだをゆつさりと起おこして其處そこらを頻しきりに探さがしはじめた。
「何なんでえ爺ぢい」おつぎは直すぐに聞きいた。
「うむ、袋ふくろよ」卯平うへいは極きはめて簡單かんたんにいつた。「此これだんべ爺ぢい、蕎麥そばつ粉こなへえつてたのな、俺おらどうしたんだか知しんねえから桶をけん中なかさ明あけて置おいたつきや、そんぢや爺ぢいがんだつけなあそら、どうして袋ふくろさなんぞ入せえてたんでえ爺ぢいは」おつぎは事こともなげにいつた。
「蕎麥そばツ掻かきでもしたらよかつぺつてお内儀かみさん出だしたつけのよ」卯平うへいは舊もとの位置ゐちに坐すわつていつた。
「さうかあ、そんぢや惡わるかつたつけな爺ぢいそんぢや俺おれ今いま入せえてやつかんなよ」おつぎは勘次かんじが寢ねる壁際かべぎはの桶をけから先刻さつきのよりは遙はるかに多量たりやうを袋ふくろへ入いれてやつた。さうしておつぎは勘次かんじを尻目しりめで見みた。卯平うへいは復また蕎麥掻そばがきを拵こしらへた。
「俺おれ注ついでやつべか爺ぢい」火鉢ひばちの側そばに居ゐた與吉よきちは藥罐やくわんへ手てを掛かけた。卯平うへいは與吉よきちのするが儘まゝに任まかせた。卯平うへいは比較的ひかくてき悠長いうちやうに茶碗ちやわんを箸はしで掻かき交まぜた。
「出來できたかあ」與吉よきちは卯平うへいの腕うでへ小ちひさな手てを掛かけて覗のぞく樣やうにしていつた。
「よき、何なんでえ汝わりや、お飯まんまくつたばかしで」おつぎは與吉よきちを叱しかつた。
「汝われも喰くへ」卯平うへいは蕎麥掻そばがきを分わけてやつた。彼かれはさうして更さらに後あとの一杯ぱいを喫きつして其その茶碗ちやわんへ湯ゆを汲くんで飮のんだ。藥罐やくわんは輕かるくなつた。勘次かんじは冷つめたい手てを火ひにも翳かざさないで殊更ことさらに遠とほく卯平うへいの側そばを離はなれて蹙しかめた酷ひどい顏かほに恐怖きようふの相さうを表あらはして唯たゞ凝然ぢつと默だまつて居ゐた。冷つめたい三人にんは夜よるの温度をんどのしんんと降下かうかしつゝあるのを感かんじた。
一八

 卯平うへいは久振ひさしぶりで故郷こきやうに歳としを迎むかへた。彼等かれらの家いへの門松かどまつは只たゞ短みじかい松まつの枝えだと竹たけの枝えだとを小ちひさな杙くひに縛しばり付つけて垣根かきねの入口いりくちに立たてたのみである。神棚かみだなへは藁わらで太ふとく綯なつた蝦えびの形かたちを横よこに飾かざつて其處そこにも松まつの短みじかい枝えだをつけた。藁わらの蝦えびは卯平うへいが造つくつた。彼かれはむつゝりとしながらも軟やはらかに藁わらを打うつて熱心ねつしんに手てを動うごかした。それで歳男としをとこの役やくで飾かざりは勘次かんじにさせた。煤すゝけ切きつた棚たなに新あたらしい藁わらの蝦えびが活々いききとして見みえた。
 三ヶ日にちは與吉よきちも穢きたない衣物きものを棄すてゝ、おつぎも近所きんじよで髮かみを結ゆうて炊事すゐじの時ときでも餘所行よそゆきの半纏はんてんに襷たすきを掛かけて働はたらいた。勘次かんじは三ヶ日にちさへ全然まるる安佚あんいつを貪むさぼつては居ゐなかつた。彼かれは唐鍬たうぐはを擔かついで必かならず開墾地かいこんちへ出でたのである。彼かれは次第しだいに懷ふところの工合ぐあひが善よく成なり掛かけたので、今いまでは其その勢いきほひづいた唐鍬たうぐはの一打うちは一打うちと自分じぶんの蓄たくはへを積つんで行ゆく理由わけなので、彼かれは餘念よねんもなく極きはめて愉快ゆくわいに仕事しごとに從したがつて居ゐるやうに成なつたのである。歳としの首はじめといふので有繋さすがに彼かれの家いへでも相當さうたうに餅もちや饂飩うどんや蕎麥そばが其その日ひ>の例れいに依よつて供そなへられた。軟やはらかな餅もちが卯平うへいの齒齦はぐきには一番ばん適當てきたうして居ゐた。殊ことに陸稻をかぼの餅もちは足あしが弱よわいので、少すこし煮にれば直すぐくたたに溶とけようとする。卯平うへいには却かへつてそれが善よいので、彼かれはさうして呉くれるおつぎを何處どこまでも嬉うれしく思おもつた。彼かれは只たゞ一つでも善いいから始終しじゆう汁しるの中なかで必かならずくつつと煮にて欲ほしかつた。然しかしそれは一同みんなで祝いはふ時ときのみで、それさへ卯平うへいが只獨ただひとりゆつくりと味あぢはふには焙烙はうろくに乘のせる分量ぶんりやうが餘あまりに足たらなかつた。餅もちは四角かくに庖丁はうちやうを入いれると直すぐに勘次かんじは自分じぶんの枕元まくらもとの桶をけへ藏しまつて無斷むだんにはおつぎにさへ出だすことを許容ゆるさないのであつた。勘次かんじは假令たとひ什麽どんなことがあつても面まのあたり卯平うへいに向むかつて一言ごんでも呟つぶやいたことがないのみでなく、只管ひたすら或ある物ものを隱蔽いんぺいしようとするやうな恐怖きようふの状態じやうたいを現あらはして居ゐながら、陰かげでは爪つめの垢あか程ほどのことを目めに止とめて獨ひとりでぶつつとして居ゐた。勘次かんじは只たゞ一度どおつぎが自分じぶんの留守るすに卯平うへいの爲ために其その餅もちの僅わづかを燒やいてやつたのをすら發見はつけんしておつぎを叱しかつた。「そんだつておとつゝあは、よき欲ほしいつちから出だして俺おれと燒やいたんだあ、食くへたくなつちやしやうあんめえな」おつぎは甘あまえた舌したで言辭ことばは荒あらく勘次かんじを窘たしなめた。勘次かんじは其その以上いじやうを越こして再ふたゝびおつぎを叱しかることは能よくしなかつた。僅わづかな餅もちはさういふことで幾いくらも減へらないのに時間じかんが經たつて、寒冷かんれいな空氣くうきの爲ために陸稻をかぼの特色とくしよくを現あらはして切口きりくちから忽たちまちに罅割ひゞわれになつて堅かたく乾燥かんそうした。だんん燒やいて膨ふくれても外側そとがはは齒齦はぐきを痛いためる程ほど硬こはばつて來きた。卯平うへいは其その一つさへ滿足まんぞくに嚥のみ下くださうとするには寧むしろ粗剛こはいぼろろな飯めしよりも容易よういでなかつた。さうなつてからは勘次かんじは竭つきるまで能よく燒やいた。卯平うへいはむつゝりとして額ひたひに深ふかく刻きざんだ大おほきな皺しわを六むづヶ敷相しさうに動うごかしては堅かたい餅もちを舐しやぶつた。卯平うへいの膳ぜんには冷つめたく成なつた餅もちが屹度きつと残のこされた。腹はらを減へらして學校がくかうから歸かへつて來くる與吉よきちが何時いつでもそれを噛かじるのであつた。
 勘次かんじは又また蕎麥そばを打うつたことがあつた。彼かれは黄蜀葵ねりの粉こを繼つなぎにして打うつた。彼かれは又またおつぎへ注意ちういをして能よくは茹うでさせなかつた。手桶てをけの冷つめたい水みづで曝さらした蕎麥そばは杉箸すぎはしのやうに太ふといのに、黄蜀葵ねりの特色とくしよくの硬こはさと滑なめらかさとで椀わんから跳をどり出だし相さうに成なるのであつた。黄蜀葵ねりは能よく畑はたけの周圍まはりに作つくられて短みじかい莖くきには暑あつい日ひに大おほきな黄色きいろい花はなを開ひらく。其その根ねを乾燥かんさうして粉こにして入いれゝば蕎麥そばの分量かさが滅切めつきり殖ふえるといふので、滿腹まんぷくする程度ていどに於おいては只管ひたすら食料しよくれうの少量せうりやうなることのみを望のぞんで居ゐる勘次かんじは毎年まいねん作つくつて屹度きつとそれを用もちひつゝあつた。 卯平うへいの齒齦はぐきには蕎麥そばが辷すべつて噛かめなかつた。
「爺ぢいがにや佳味うまかあんめえ、おとつゝあはまつと丁寧ていねいに打ぶてばえゝのに疎忽敷そゝつかしいから」おつぎはどうかすると椀わんから落おち相さうになる蕎麥そばを啜すゝりながら卯平うへいの手てもとを見みていつた。
「どうせ俺おらあ、佳味うめえつたつてさうだに減へる程ほどでも食くふべぢやなし、管かまやしねえが」卯平うへいは皮肉ひにくらしい口調くてうでいつた。勘次かんじは只たゞ默だまつてむしややと不味相まづさうに噛かんだ。
 恁かうして居ゐる間あひだに春はるの彼岸ひがんが來きて日南ひなたの垣根かきねには耳菜草みゝなぐさや其その他たの雜草ざつさうが勢いきほひよく出でだして桑畑くはばたけの畦間うねまには冬ふゆを越こした薺なづなが線香せんかうの樣やうな薹たうを擡もたげて、其その先さきに粉米こごめに似にた花はなを聚あつめた。そつけない杉すぎの木きまでが何處どこから枝えだであるやら明瞭はつきりとは區別くべつもつかぬ樣やうな然しかも燒やけたかと思おもふ程ほど赤あかく成なつて居ゐる葉先はさきにざらりと蕾つぼみが附ついてこつそりと咲さいて畢しまつた。淋さびしい内うちにも春はるらしい空氣くうきが凡すべての物ものを撼うごかした。日ひはまだ南みなみを低ひくく渡わたりながら暖あたゝかい光ひかりを投なげる。偶たまたま夜よるの雨あめが歇やんでふうわりと軟やはらかな空そらが蒼あをく割われて稍やゝ昇のぼつた其その暖あたゝかな日ひが斜なゝめに射さし掛かけると、枯かれた桑畑くはばたけから、青あをい麥畑むぎばたけから、凡すべてから濕しめつた布ぬのを火ひに翳かざしたやうに凝こつた水蒸氣すゐじようきが見渡みわたす限かぎり白しろくほかかと立たち騰のぼつて低ひくく一帶たいに地ちを掩おほふことがあつた。 卯平うへいは村落むらに歸かへつてから往年むかしの伴侶なかまの間あひだへ再ふたゝび加くはゝつて念佛衆ねんぶつしゆうの一人にんになつた。家いへに在あつては孫まごの守もりをしたりしてどうしても獨ひとり離はなれた樣やうに成なつて居ゐる各自てんでが暢氣のんきにさうして放埓はうらつなことを云いひ合あうて騷さわぐので念佛寮ねんぶつれうは只たゞ愉快ゆくわいな場所ばしよであつた。彼岸ひがんへ掛かけては殊ことに毎日まいにち愉快ゆくわいであつた。何處どこの家うちからもそれ相應さうおうに佛ほとけへというて供そなへる馳走ちさうに飽あいて卯平うへいは始はじめて滿足まんぞくした口くちを拭ぬぐふことが出來できたのであつた。卯平うへいは段々だんん時候じこうが暖あたゝかく成なるに連つれて身體からだものんびりとして案あんじて居ゐた病氣びやうきの惱なやみも少すこしづつ薄うすらいだ。彼かれは手てもとの凡すべてが不自由ふじいうだらけな生活せいくわつに還かへつて來きたとはいふものゝ衰おとろへた身體からだを自分じぶんから毎夜まいよ苛いぢめる樣やうに引ひき立たてゝ居ゐる奉公ほうこうの務つとめをして居ゐた當時たうじと比くらべて、寧むしろ相あひ反はんした放縱はうじうな日頃ひごろが自然しぜんに精神せいしんにも肉體にくたいにも急激にはかな休養きうやうを與あたへたので彼かれは自分じぶんながら一時じはげつそりと衰おとろへた樣やうにも思おもはれて、懶ものうさに堪たへぬ樣やうに成なつたがそれでも其その休養きうやうの爲ために幾いくらづゝでも持病ぢびやうの苦くるしみを減げんじたので、さういふ理由わけを知しらない彼かれは、此この分ぶんでは二三年ねんはまだ野田のだに居ゐた方はうが増ましであつたと後悔こうくわいの念ねんが湧わくこともあつた。 季節きせつは雨あめに濕しめつた土つちへ稀まれにかつと暑あつい日ひの光ひかりが投なげられて、日歸ひがへりの空そらが強健きやうけんな百姓ひやくしやうの肌膚はだにさへぞくくと空氣くうきの冷ひやゝかさを感かんぜしめて、更さらにじめめと霧きりのやうな雨あめが斜なゝめに降ふり掛かけては軟やはらかに首くびを擡もたげはじめた麥むぎの穗ほの芒のげに微細びさいな水球すゐきうを宿やどして白しろい穗先ほさきを更さらに白しろくして世間せけんが只たゞ濕しめつぽく成なつたかと思おもふと、又またかつと日ひの光ひかりが射さして、空洞からりと明あかるく成なつて畑はたけにはしどろに倒たふれ掛かけた豌豆ゑんどうの花はなも心こゝろよげに首くびを擡もたげて微笑びせうする。さうすると畑はたを包つゝむ遠とほい近ちかい林はやしには嫩葉わかばの隙間すきまから少すくない日ひの光ひかりがまた軟やはらかなさうして稍やゝ深ふかい草くさの上うへにぽつりりと明あかるく覗のぞき込こんで、松まつの木きからはみんみん蝉ぜみの樣やうな松蝉まつぜみの聲こゑが擽くすぐつたい程ほど人ひとの鼓膜こまくに輕かるく響ひゞいて凡すべての心こゝろを衝動しようどうする。卯平うへいも他たの百姓ひやくしやうに誘さそはれたやうに只たゞ其その身みを凝然ぢつとさせてのみは居をられなかつた。他人ひとに倍ばいして忙せはしい勘次かんじがだんんに減へりつゝある俵たわらの内容ないようを苦くにして酷ひどい目めをしつゝ戸口とぐちを出入でいりするのを卯平うへいは見みるのが厭いやで且かつ辛つらかつた。それで彼かれは其處そこら此處ここらと他人たにんの仕事しごとを求もとめて歩あるいたのであつた。 卯平うへいは見みるから不器用ぶきような容子ようすをして居ゐて、恐おそろしく手先てさきの業わざの器用きような性來たちであつた。それで彼かれは仕事しごとに出でると成なつてからは方々はううへ傭やとはれて能よく俵たわらを編あんだ。麥俵むぎだわらもそれから堆肥つみごえを入いれて運はこぶ肥俵こやしだわらも編あんだ。ゆつくりと然しかも暇ひまなく手てを動うごかしては時々ときき好すきな煙草たばこを吸すうて少すこし口くちを開あいた儘まゝ煙管きせるの吸口すひくちをこけた頬ほゝに當あてて深ふかい考かんがへにでも惱なやんだ樣やうに只たゞ凝然ぢつとして居ゐる。煙けぶりは口くちから少すこしづゝ漏もれて鼻はなを傳つたひて騰あがる。彼かれは煙けぶりが騰あがる度たびに窪くぼんだ黄色きいろな目めを蹙しがめるやうにして、心こゝろづいた樣やうに吸殼すひがらを手ての平ひらに吹ふくのである。彼かれはかうして極きはめて悠長いうちやうに手てを動うごかす樣やうでありながら、それでも傭やとはれた先さきで其その日ひの扶持ふちはして貰もらふので、相應さうおうな錢ぜにを獲えつゝあるのであつた。
 卯平うへいは夏なつになれば何處どこでも忙いそがしい麥扱むぎこきや陸稻をかぼの草取くさとりに傭やとはれた。彼かれは自分じぶんの村落むらを離はなれて五日かも六日かも泊とまつて居ゐて歸かへらぬことがある。卯平うへいには先さきから先さきと歩あるいて居ゐることが却かへつて幸さいはひであつた。彼かれは鬼怒川きぬがはの高瀬船たかせぶねの船頭せんどうの衣物きものかと思おもふ樣やうな能よくもも繼つぎだらけな、それも自分じぶんの手てで膳つくろつて清潔きれいに洗あらひ曝ざらした仕事衣しごとぎを裾長すそながに着きて、手拭てぬぐひを被かぶつて暑あつい庭にはに小麥こむぎを叩たゝいて居ゐるのを其處そこ此處ここに見みることがある。横よこに轉ころがした臼うすを前まへに据すゑて小麥こむぎを攫つかんでは穗先ほさきを其その臼うすの腹はらに叩たゝきつけると種たねがぼろろと向むかふへ落おちる。のつそりとして悠長いうちやうな卯平うへいは壯時さうじに熟じゆくして居ゐた仕事しごとの呼吸こきふで大おほきな手てが肩かたから打うち下おろす時とき、まだ相當さうたうに捗はかどるのであつた。彼かれは恁かうしてぐるると傭やとはれて歩あるきながら綺麗きれいな花はなが咲さいて居ゐるのを見みると種たねを貰もらつたり根分ねわけをして貰もらつたりして庭先にはさきの栗くりの木きの側そばや井戸端ゐどばたに近ちかく植うゑた。 彼かれは忙いそがしい仕事しごとが畢しまひになつた時とき即すなはち稻刈いねかりから稻扱いねこきからさうして籾もみすりも濟すんで彼かれが得意とくいの俵編たわらあみもなくなつて、世間せけんがげつそりと寂さびしく沈しづんだ時ときに彼かれは急きふに勘次かんじと別べつな住すまひが仕したくなつた。彼かれは少すこしばかり餘あましてあつた蓄たくはへから蝕むしくひでも何なんでも柱はしらになる木きやら粟幹あはがらやらを求もとめて、家いへの横手よこてへ小ちひさな二間けん四方はう位ぐらゐな掘立小屋ほつたてごやを建たてる計畫けいくわくをした。彼かれは寒さむい西風にしかぜを厭いとうて殆ほとんど勘次かんじの家うちと相あひ接せつして東脇ひがしわきへ建たてようとした。勘次かんじは固もとより自分じぶんの懷ふところが目めに見みえて減へるのでもなし、それに就ついては決けつして陰かげで呟つぶやくことはなかつた。簡單かんたんな普請ふしんには大工だいくが少すこし鑿のみを使つかつた丈だけで其その他たは近所きんじよの人々ひととが手傳てつだつたので仕事しごとは只たゞ一日にちで畢をはつた。長ながい嵩張かさばつた粟幹あはがらで手薄てうすく葺ふいた屋根やねは此これも職人しよくにんの手てを借からなかつた。必要ひつえうな繩なはは卯平うへいが丈夫ぢやうぶに綯なつて置おいた。それから壁かべを塗ぬるのには間あひだを措おいて二三日にちかゝつた。勘次かんじも有繋さすがに勞力らうりよくを惜をしまなかつた。彼かれは粟幹あはがらが葺ふき上あげられた次つぎの日ひから二三日にち近所きんじよの馬うまを借かりて田たの傍そばの畑はたけから土つちを運搬つけた。畑はたけには其その時とき麥むぎが青あをく生はえて居ゐたが、それでも持主もちぬしは畑はたけが減へるだけ田たの面積めんせきが増ます理由わけなのと、土つちの分量ぶんりやうも格別かくべつの事ことでないのとで切きり取とることを否いなまなかつた。庭にはへ卸おろした土つちにはちらりりと青あをい麥むぎの軟やはらかな葉はが交まじつて居ゐた。勘次かんじは夕方ゆふがたに成なつて馬うまを返かへしながら、一日にちの餌料ゑさとしておつぎに煮にさせた麥むぎを笊ざるへ入いれて、それから刻きざんだ藁わらも添そへてやつた。勘次かんじは其その序ついでに餘計よけいな藁わらを切きつた。土つちは畢しまひの日ひの夕方ゆふがたに周圍しうゐに土手どてのやうな輪わを拵こしらへて其處そこに水みづを打うつてはぐちややと足あしで溲こねながら刻きざんだ藁わらを撒まいては踏ふみ込こんでさうして一晩ばん置おいた。さういふ間あひだに卯平うへいは鉈なたで篠しのを幾いくつかに裂さいて柱はしらと柱はしらとの間あひだへ壁かべの下地したぢに細こまかな格子目かうしめを編あんで居ゐた。篠しのは東隣ひがしどなりの主人しゆじんから請こうて苦竹まだけに交まじつたのを後うしろの林はやしから伐きつたのである。次つぎの日ひ土つちは能よく水みづを引ひいて居ゐて程ほどよく溲こねられた。勘次かんじはおつぎに其その泥どろを盥たらひへ運はこばせて置おいて不器用ぶきような手てもとで塗ぬつた。卯平うへいは猶なほも篠しので編あみ残のこした箇所かしよを拵こしらへて居ゐた。 塗ぬりたての壁かべは狹苦せまくるしい小屋こやの内側うちがはを濕しめつぽく且かつ闇くらくした。壁かべの土つちの段々だんんに乾かわくのが待遠まちどほで卯平うへいは毎日まいにち床ゆかの上うへの筵むしろに坐すわつて火ひを焚たいた。彼かれは近頃ちかごろに成なつてから毎日まいにちの樣やうに林はやしを歩あるいては麁朶そだを脊負せおつて來きて折をつては焚たき折をつては焚たきして居ゐた。壁かべを塗ぬる時とき格子目かうしめから内側うちがはへ捲まくれ出でた泥どろの一つつがだんんに白しろつぽく乾かわいて明あかるく成なつた時とき勘次かんじは又また内側うちがはから塗ぬつて捲まくれて出でた一つつを一帶たいに隱かくした。卯平うへいは掘立小屋ほつたてごやを建たてるとなつたら勘次かんじが此これ迄までになく油あぶらが乘のつた樣やうに威勢ゐせいよく仕事しごとをしてくれるのを何なんとなく嬉うれしく思おもつて見みたが、夫それでも仕事しごとをしながらしみみ口くちを利きくのでもなければ、毎日まいにち膳ぜんを竝ならべると屹度きつと僻ひがんだやうな顏かほをされるので、卯平うへいは一日にちも速はやく別べつに成なつて見みたい心こゝろから更さらに塗ぬつた壁かべの爲ために再ふたゝび闇くらくなつた小屋こやの明あかるく成なるのが遲緩もどかしさに堪たへぬのであつた。卯平うへいは狹せまいながらにどうにか土間どまも拵こしらへて其處そこへは自在鍵じざいかぎを一ひとつ吊つるして蔓つるのある鐵瓶てつびんを懸かけたり小鍋こなべを掛かけたりすることが出來できる樣やうにした。彼かれは勘次かんじから幾いくらかづゝの米こめや麥むぎを分わけさせて別居べつきよした當座たうざは自分じぶんの手てで煮焚にたきをした。それが却かへつて氣藥きらくでさうして少すこしづゝは彼かれの舌したに佳味うまく感かんずる程度ていどの物ものを求もとめて來くることが出來できた。 然しかしさうして居ゐても寒さむさが非常ひじやうに嚴きびしい時ときは彼かれは只たゞ狹苦せまくるしい小屋こやの中なかに麁朶そだを少すこしづつ折をり燻くべるよりも比較的ひかくてき廣ひろい竈かまどの前まへで横よこに轉ころがした大籠おほかごからがささと木この葉はを掻かき出だしてぼううと焔ほのほを立たてゝ暖あたゝまりたい心持こゝろもちがするのであつた。それで彼かれは勘次かんじの留守るすには竈かまどの前まへで悠長いうちやうに木この葉はを焚たいて顏かほや手足てあしの皮かはの燒やけた樣やうに赤あかくなるまであたつた。勘次かんじは時々ときき持もち込こんだ麁朶そだや木この葉はが理由わけもなく減へつて居ゐることを知しつて不快ふくわいな感かんを懷いどいてはこつそりと呟つぶやきつゝおつぎに當あたるのであつた。
 卯平うへいは暫しばらく隱居いんきよに落付おちついてからは一錢せんづゝでも懷ふところを拵こしらへねばならぬといふ決心けつしんから促うながされて、毎日まいにち煙管きせるを横よこに銜くはへては悠長いうちやうではあるが、然しかも間斷かんだんなく繩なはをちよりりと綯なつたり、それから草鞋わらぢを作つくつたりした。彼かれは原料げんれうの藁わらを勘次かんじに要求えうきうせずに五錢せんか十錢位せんぐらゐづゝ懷錢ふところせんを出だして能よく選すぐつた藁わらを其處そこ此處こゝで買かつて、穗先ほさきの處ところを持もつては肩かたから打ぶつ掛かけてがささと背負せおつて來くるのである。藁わらの小ちひさな極きまつた束たばが一把はは大抵たいてい一錢せんづゝであつた。其その一把はの藁わらが繩なはにすれば二房半位ばうはんぐらゐで、草鞋わらぢにすれば五足そくは仕上しあがるのであつた。それで彼かれの一日にちの仕事しごとは繩なはならば二十房ばうの大束おほたばが一把は、草鞋わらぢならば五足そくといふ處ところなので、一房ばうの繩なはが七錢せん五毛まうで一足そくの草鞋わらぢが一錢せん五厘りんといふ相場さうばだからどつちにしても一日にち熱心ねつしんに手てを動うごかせば彼かれは六七錢せんの儲まうけを獲えるのである。卯平うへいが求もとめる副食物ふくしよくもつは一日にち僅わづかに二錢せんもあれば十分ぶんなので彼かれは毎日まいにち藁わらを使つかつて居をれば四五錢せんづつの剰餘じようよを得うる理由わけではあるが、品物しなものを商あきなひに出でる日ひを別べつにしても氣きが乘のらないといつては朝あさからごろりと轉ころがつて居ゐることもあるので平均へいきんして見みると一日にちが幾いくらにも成ならないのであつた。然しかし其それ丈だけでさへ卯平うへいは始終しじう財布さいふの錢ぜにの出入でいりするのを心丈夫こゝろぢやうぶに思おもふのであつた。 勘次かんじはむつゝりとした卯平うへいの戸口とぐちを覗のぞいたこともないが、卯平うへいが直すぐに來きても來こなくても飯めしの出來できた時ときに喚よびに行ゆくのはおつぎであつた。卯平うへいは熱心ねつしんに藁仕事わらしごとをする時ときは自分じぶんで炊事すゐじをするのは時間じかんが酷ひどく惜をしくも成なつたり、面倒めんだうにも成なつたり、唯たゞ獨ひとりのみで㷀然ぽつさりとして居ゐると情なさけなくもなつたりするので、平生へいぜいは再ふたゝび一同みんなと一緒しよに箸はしを執とることにしたのである。彼かれはおつぎがはききと一言ひとことでもいうて呉くれる毎ごとに其その僻ひがまうとする心こゝろがどれ程ほど和やはらげられるか知しれないのである。彼かれは草鞋わらぢを作つくるとて四筋すぢの竪繩たてなはに軟やはらかな藁わらをうねねと透とほしては其その繩なはの間あひだに指ゆびを入いれてぎつと前まへへ引ひき緊しめる微かすかな運動うんどうの間あひだにも彼かれは勘次かんじに對たいして口くちにも擧動きよどうにも出だせぬ忌々敷いまましさが心こゝろの底そこに勃々むかかと首くびを擡もたげ始はじめることもあるのであつたが、おつぎの言辭ことばはいつでも其その火ひを消けし止とめる一杯ぱいの水みづなのであつた。おつぎはどうかすると目めの邊へんに在ある雀斑そばかすが一種しゆの嬌態しなを作つくつて甘あまえたやうな口くちの利方きゝかたをするのであつた。
 おつぎは勘次かんじの居ゐない時ときは牝鷄めんどりが消魂けたゝましく鳴ないて出でれば直すぐに塒とやを覗のぞいて暖あたゝかい卵たまごの一ひとつを採とつて卯平うへいの筵むしろへ轉ころがしてやることもあつた。おつぎは勘次かんじの敏捷びんせふな目めを欺あざむくには此これだけの深ふかい注意ちういを拂はらはなければならなかつた。それも稀まれなことで數かずは必かならず一ひとつに限かぎられて居ゐた。然しかし卯平うへいは其その僅少きんせうな厚意こういに對たいして窪くぼんだ茶色ちやいろの眼めを蹙しがめる樣やうにして、洗あらひもせぬ殼からの兩端りやうはしに小ちひさな穴あなを穿うがつて啜すゝるのであつた。彼かれはおつぎの意中いちうを能よく解かいして居ゐるので其その吸殼すひがらは決けつして目めにつく處ところへは棄すてないで細こまかに押おし揉もんで外そとへ出でる序ついでに他人たにんの垣根かきねの中なかなどへ放棄ほうつた。それからも一つ僻ひがまうとする彼かれの心こゝろを爽さわやかにするのは與吉よきちであつた。疾とうから甘あまえ切きつて居ゐる與吉よきちは卯平うへいの戸口とぐちに立たち塞ふさがつては錢ぜにを請こうた。狹せまい戸口とぐちは與吉よきちの小ちひさな身體からだでさへ卯平うへいの藁わらをいぢつて居ゐる手てもとを薄闇うすぐらくした。卯平うへいは藁屑わらくづと一つに投出なげだしてある胴亂どうらんから五厘りんの銅貨どうくわを出だしてやるのが例れいであるが、與吉よきちは自分じぶんで錢ぜにを出ださうとして胴亂どうらんの大おほきな金具かなぐが容易よういに開あかないので怒おこつて投なげ出だして見みたり、卯平うへいへ縋すがつたりした。卯平うへいは態わざと與吉よきちに倒たふされて轉ころがることもあつた。 勘次かんじは與吉よきちが卯平うへいから錢ぜにを貰もらふことを知しつてから只たゞさへ滅多めつたにくれたことのない彼かれは決けつして一度ども與あたへることがなかつた。卯平うへいはそれを知しつてさへ與吉よきちに要求えうきうされることが却かへつて彼かれの爲ためにはどれ程ほどの慰藉ゐしやであるか知しれないのであつた。卯平うへいは悲慘みじめな隱居いんきよに移うつるまでには野田のだから持もつて來きた少すこし許ばかりの蓄たくはへは幾いくらも財布さいふに残のこつては居ゐなかつた。彼かれは俄にはかに思おもひ出だした樣やうに一日にち熱心ねつしんに仕事しごとに屈託くつたくして見みたり、又また勘次かんじに對たいする自棄やけから酒さけも飮のんで見みたりした。酒さけといつても知しれた分量ぶんりやうであるが、それでも藁わら一筋ひとすぢづつを刻きざんで行ゆく仕事しごとの儲まうけにのみ手頼たよる彼かれの懷ふところを悲かなしくした。卯平うへいは其麽そんな果敢はかない仕事しごとでも、彼かれの身體からだが滯とゞこほりなく又また勘次かんじとの間あひだが融和ゆうわされて居ゐるならば彼かれは好すきなコツプ酒ざけの一杯ぱいを傾かたむける序ついでに、酒さけを壜びんに買かつて勘次かんじに與あたへることさへ不自由ふじいうを感かんじもしなければ、惜をしむこともないのであつた。勘次かんじも疲勞ひらうした日ひの夕方ゆふがたには唐鍬たうぐはを村落むらの店みせの軒下のきしたへ卸おろして一杯ぱいを傾かたむけて來くるのであるが、嘗かつて自分じぶんの家うちに運はこんだこともなければ臭くさい息いきを吐はく間あひだは卯平うへいへ顏かほを合あはせたこともなかつた。 卯平うへいは腰こしの疼痛いたみに惱なやまされて、餘計よけいにかささと乾からびて硬こはばつて居ゐる手てを動うごかし難がたくなると彼かれは一塊くわいの煨おきもない火鉢ひばちを枕元まくらもとに置おいて凝然ぢつと蒲團ふとんを被かぶつた儘まゝである。彼かれはさうでなくても嘗かつてはききと口くちを利きいたこともなく、殊更ことさら勘次かんじに對たいしては皺しなびた顏かほの筋肉きんにくを更さらに蹙しがめて居ゐるので、恁かうして凝然ぢつとして居ゐることをも勘次かんじは僂麻質斯レウマチスが惱なやまして居ゐるのだとは知しらないで、寧むしろ老人らうじんに通有つういうな倦怠けんたいに伴ともなふ睡眠すゐみんを貪むさぼつて居ゐるのだらう位ぐらゐに見みるのであつた。枕元まくらもとの火鉢ひばちは戸口とぐちからでは彼かれの薄うすい白髮しらがの頭あたまを掩おほうて居ゐた。彼かれはさうかと思おもふと起おきて一心しんに草鞋わらぢを作つくることがある。彼かれの仕事しごとは老衰らうすゐして面倒めんだうな樣やうであるが、其その天性てんせいの器用きようは失うしなはれなかつた。彼かれは五足そくづつを一ひとつに束たばねた草鞋わらぢとそれから繩なはが一荷物ひとにもつに成なると大風呂敷おほぶろしきで脊負しよつて出でた。それは大抵たいてい暖あたゝかな日ひに限かぎられて居ゐるのであつたが、其その時ときは彼かれの大おほきな躯幹からだはきりゝと帶おびを締しめて、股引もゝひきの上うへに高たかく尻しりを端折はしよつてまだ頼母たのもしげにがつしりとして見みえるのであつた。
 卯平うへいは斯かうして仕事しごとをして見みたり寐ねて見みたり、それから自分じぶんで小鍋立こなべだてをするかと思おもへば家族かぞく三人にんと共ともに膳ぜんへ向むかつたり、側そばから見みて居ゐる勘次かんじには氣きが知しれぬ爺ぢいさんであつた。卯平うへいは時々ときき鹽鮭しほざけの一切ひときれを古新聞紙ふるしんぶんしの端はしへ包つゝんで來きては火鉢ひばちへ鐵てつの火箸ひばしを渡わたして、少すこし燻いぶる麁朶そだの火ひに燒やいた。彼かれは危險あぶない手てもとで間違まちがつて落おとしては灰はひにくるまつても口くちでふううと吹ふいて手てでばたたと叩たゝくのみで洗あらふこともしなかつた。じりりと白しろく火箸ひばしへ燒やけ附ついた鹽しほが長ながく火箸ひばしに臭氣しうきを止とめた。勘次かんじは小屋こやで卯平うへいが鹽鮭しほざけを燒やく臭にほひを嗅かいでは一種しゆの刺戟しげきを感かんずると共ともに卯平うへいを嫉にくむやうな不快ふくわいの念ねんがどうかすると遂つひ起おこつた。それだが卯平うへいは又また獨ひとりでむつゝりと蒲團ふとんにくるまつて居ゐる時ときは父子おやこ三人にんの噺はなしが能よく聞きこえた。彼かれは自分じぶんが一緒しよに居ゐる時ときは互たがひに隔へだてが有相ありさうで居ゐて、自分じぶんが離はなれると俄にはかに陸むつまじ相さうに笑語さゝやくものゝ樣やうに彼かれは久ひさしい前まえから思おもつて居ゐた。其それを聞きくと彼かれは一種しゆの嫉妬しつとを伴ともなうた厭いやな心持こゝろもちに成なつて、蒲團ふとんを深ふかく被かぶつて見みても何なんとなく耳みゝについて、おつぎの一寸ちよつと甘あまえた樣やうな聲こゑや與吉よきちの無遠慮ぶゑんりよな無邪氣むじやきな聲こゑを聞きくと一方ぱうには又また彼等かれらの家族かぞくと一つに成なりたいやうな心持こゝろもちも起おこるし、彼かれは凝然ぢつと眼めを閉とぢて居ゐるので頭あたまの中なかが餘計よけいに紛糾こぐらかつて、種々いろろな状態じやうたいが明瞭はつきりと目先めさきにちらついてしみみと悲かなしい樣やうに成なつて見みたりして猶更なほさらに僂麻質斯レウマチスの疼痛いたみがぢりりと自分じぶんの身體からだを引緊ひきしめて畢しまふ樣やうにも感かんぜられた。彼かれはさういふ時ときおつぎでも與吉よきちでも「爺ぢいよう」と喚よんでくれゝばふいと懶ものうい首くびを擡もたげて明あかるい白晝はくちうの光ひかりを見みることによつて何なんとも知しれぬ嬉うれしさに涙なみだが一杯ぱいに漲みなぎることもあるのであつた。
 おつぎは八釜敷やかましく勘次かんじに使つかはれて晝ひるの間あひだは寸暇すんかもなかつた。夜よがひつそりとする頃ころはおつぎは能よく卯平うへいの小屋こやへ來きて惱なやんで居ゐる腰こしを揉もんでやつた。おつぎは卯平うへいを勦いたはるには幾いくら勘次かんじが八釜敷やかましくても一々斷ことわりをいうては出でなかつた。勘次かんじはおつぎが暫時しばしでも居ゐなくなると假令たとひ卯平うへいの側そばに居ゐるとは知しつても
「おつう」と例いつものやうに激はげしく呶鳴どなつて見みるのである。
「此處こゝに居ゐたよ、そんなに喚よばらなくつたつてえゝから、何なんだかおとつゝあは」おつぎの勘次かんじを叱しかる聲こゑは軟やはらかでさうして明瞭めいれうに勘次かんじの耳みゝに響ひびいた。勘次かんじは手てランプの光ひかりに只たゞ目めが酷ひどく光ひかるのみで一言ごんもなく屏息へいそくして畢しまふのである。彼かれは又また暫しばらくして大戸おほどをがらりと勢いきほひよく開あけて出でては又また少すこし隙間すきを残のこして大戸おほどを引ひいて丁度ちやうど内うちへ還かへつたと見みせて、殆ほとんど壁かべに接せつした卯平うへいの戸口とぐちに近ちかく立たつて見みるのである。手てランプも點つけぬ卯平うへいの狹せまい小屋こやの空氣くうきは黒くろく悄然ひつそりとして死しんだ樣やうである。勘次かんじは拔ぬき足あしして戻もどつては出來できるだけ靜しづかに戸とを閉とぢる。非常ひじやうに不平ふへいな相形さうぎやうをして居ゐても勘次かんじはおつぎが歸かへると直すぐに機嫌きげんが直なほつて「汝わりやそんなに夜更よふかしするもんぢやねえ」と勦いたはるやうな窘たしなめるやうな調子てうしていつて見みるのである。さうすると、
「明日あしたの障さはりにでも成なりやしめえし管かまあこたあんめえな、おとつゝあは」といつておつぎは勘次かんじを壓おしつけて畢しまふのである。
 卯平うへいはおつぎが看病かんびやうに來くる時ときは大抵たいてい
「汝わりやえゝよ」といふのが例れいである。彼かれは勘次かんじに遠慮ゑんりよをするのではなくて、おつぎがぶつついはれるのを懸念けねんするのであつた。それでも卯平うへいは心こゝろ竊ひそかにおつぎを待まちつゝあつた。彼かれが惱なやまされた僂麻質斯レウマチスは病氣びやうきの性質せいしつとして彼かれの頑丈ぐわんぢやうな身體からだから其その生命せいめいを奪うばひ去さるまでに力ちからを逞たくましくすることはなく、起おこつたり和やはらいだりして彼かれが歸かへつてから二度目どめの冬ふゆも一日々々いちにちちと短みじかい日ひを刻きざんで行いつた。
 狹苦せまくるしい掘立小屋ほつたてごやは彼かれが當初はじめに思おもひ込こんだ程ほど彼かれの爲ために幸さいはひな處ところではなかつた。

一九

「おゝ暑あつええ、なんち暑あつえこつたかな」おつたは前駒まへこまの下駄げたを引ひき擦ずつて
「おややまあ能よく斯かうなあ、何處どこにも草くさだら一ひとつなくつて、見みても晴々せええとする樣やうだ」と態わざとらしい樣やうにいつて庭にはに立たつた。さうしてから
「たんと穫とれべえなこんぢや、幹からばかしでもたえした出來できだな」といつて勘次かんじに近ちかく歩ほを運はこんだ。勘次かんじは庭先にはさきの栗くりの木きの陰かげへ二ふたつの臼うすを横よこに轉ころがしておつぎと二人ふたりで夏蕎麥なつそばを打うつて居ゐた。夏蕎麥なつそばは小麥こむぎでも打うつ樣やうに一ひとつ攫つかんでは肩かたから背負せおふやうにして臼うすの腹はらへ叩たゝきつけると三稜形りようけいの種子みがまだ少すこし青あをい葉はと共ともに落おちて殆ほとんど直射ちよくしやする日光につくわうを遮さへぎつて居ゐる栗くりの木きの陰かげから遠とほざかつて遙はるかに先さきの方はうまで轉ころがつて行ゆく。小麥こむぎと違ちがつて濕しめつぽい夏蕎麥なつそばは幹からがくたたとして幾度いくども叩たゝきつけねばなかか落おちない。それでも種子みは不規則ふきそくな成熟せいじゆくをして居ゐるので、まだ青あをいのはどうしてもしがみ附ついて居ゐる。二人ふたりは藁わらで縛くゝつた大おほきな束たばを解といては粘ねばつた物ものでも引ひき剥はがす樣やうに攫つかみ取とつて熱心ねつしんに忙せはしく臼うすの腹はらへ叩たゝきつけた。庭にはは卯平うへいが始終しじゆ草くさを挘むしつて掃除さうぢしてあるのに、蕎麥そばを打うつ前まへに一旦たん丁寧ていねいに箒はうきが渡わたつたので見みるから清潔せいけつに成なつて居ゐたのである。勘次かんじは暑あついので紺こんの襦袢じゆばんも腰こしのあたりへだらりとこかして、焦こげたやうな肌膚はだをさらけ出だして居ゐる。彼かれは更さらに栗くりの木きの茂しげつた葉はの間あひだから針はりの先さきで突つくやうにぽちりりと洩もれて射さす光ひかりを避さけて例いつもの如ごとく藺草ゐぐさの編笠あみがさを被かぶつて、麻あさの紐ひもを顎あごでぎつと結むすんである。毎日まいにち必かならず汗あせでぐつしりと濕しめるので、其その強靱きやうじんな纎維せんゐの力ちからが脆もろく成なつて、秋あきの冷つめたい季節きせつまでにはどうしても中途ちうとで一度どは換かへねばならぬと勘次かんじが自慢じまんして居ゐる紐ひもは埃ほこりが加くははつて汚よごれて居ゐた。勘次かんじはおつたの姿すがたをちらりと垣根かきねの入口いりぐちに見みた時とき不快ふくわいな目めを蹙しがめて知しらぬ容子ようすを粧よそほひながら只管ひたすら蕎麥そばの幹からに力ちからを注そゝいだのであつた。おつたは稍やゝ褐色ちやいろに腿さめた毛繻子けじゆすの洋傘かうもりを肩かたに打ぶつ掛かけた儘まゝ其處そこらに零こぼれた蕎麥そばの種子みを蹂ふまぬ樣やうに注意ちういしつゝ勘次かんじの横手よこてへ立たち止どまつた。おつたは幾年いくねんか以前まへの仕立したてと見みえる滅多めつたにない大形おほがたの鳴海絞なるみしぼりの浴衣ゆかたを片肌脱かたはだぬぎにして左ひだりの袖口そでぐちがだらりと膝ひざの下したまで垂たれて居ゐる。裾すそは片隅かたすみを端折はしよつて外そとから帶おびへ挾はさんだ。勘次かんじは何處どこまでも知しらぬ容子ようすを保たもつことは出來できなかつた。彼かれはおつたの態わざとらしい聲こゑも聞きかず、又また近ちかく立たつた其その姿すがたを眼めに映うつさない譯わけには行ゆかなかつた。彼かれは蕎麥そばを攫つかむのを止やめておつたの方はうを向むいた。彼かれは蹙しがめて居ゐた顏かほに少すこし極きまりの惡相わるさうな一種しゆの表情へうじやうを浮うかべた。「何なんでえ姊等あねら」勘次かんじは無意識むいしきにさういつた。彼かれの胸むねのあたりに湧わき出いづる汗あせは、僅わづかに曲折きよくせつをなしつゝ幾筋いくすぢかの流ながるゝ途みちを作つくつて居ゐる。其處そこには蕎麥そばの幹からから知しられぬ程ほどづつ立たつ埃ほこりが付ついて濕しめつて居ゐる。ぢりりと汗腺かんせんから搾しぼれ出いづる汗あせが其その趾あとつけられた流ながれの途みちを絶たたないで其處そこだけ蕎麥そばの埃ほこりを洗あらひ去さつて居ゐる。彼かれはおつたの前まへに其その暑相あつさうな身みを向むけた。
「どうしたつちこともねえがなよ、俺おらこつちの方はう通とほつたもんだから一寸ちよつくら踏ふん掛がゝつて見みた處ところさ」おつたは何なにか理由わけの有相ありさうな口吻くちつきで輕かるくいつた。
「俺おら暫しばらくこつちへも來きなかつたつけが、此こらおつぎぢやあんめえか、大層たえそえゝ娘むすめに成なつちやつたなあ、尤もつともはあ恁かうい手合てえはちつと見みねえでちや分わかんなく成なんな直すぐだかんな、其その割わりにしちや俺おら見みてえなもな年齡としはとんねえものさな」おつたは立たつた儘まゝ獨語ひとりごとの樣やうに、さうして少すこし張合はりあひのない樣やうに、何なにか噺はなしの端緒いとぐちでも求もとめたいといふ容子ようすで栗くりの木きの梢こずゑからだらりと垂たれてる南瓜たうなすの臀しりを見上みあげながらいつた。
 おつぎは此この時とき菅笠すげがさの端はしへ一寸ちよつと手てを掛かけておつたへ腰こしを屈かゞめた。おつぎは白しろい襦袢じゆばんの襟えりを覗のぞかせて、單衣ひとへの胸むねをきちんと合あはせて、さうして襷たすきと手刺てさしとで身みを堅かためて、暑あついのにも拘かゝはらず女をんなの節制たしなみを失うしなはなかつた。おつぎは蕎麥そばの手てを放はなして小走こばしりに驅かけて行いつた。菅笠すげがさをとつてだらりと被かぶつた手拭てぬぐひを外はづした時とき少すこし亂みだれた髮かみがぐつしやりと汗あせに濡ぬれてげつそりと衰おとろへたものゝ樣やうに覺おぼえた。おつたは開ひらいた儘まゝの洋傘かうもりを栗くりの木きの側そばへ仰向あふむけに置おいて默だまつて井戸端ゐどばたへ行いつて手水盥てうづだらひに一杯ぱいの水みづを汲くんだ。「冷つめたくつて本當ほんとに晴々せええとえゝ水みづぢやねえか、俺おら方ほの井戸ゐど見みてえに柄杓ひしやくで汲くみ出だすやうなんぢや、ぼかかぬるまつたくつて」おつたは復また獨語ひとりごとをいつた。勘次かんじは側そばを去さつたおつたを棄すてゝ、然しかも氣きの乘のらぬ樣やうに又また蕎麥そばを臼うすへ打うちつけ始はじめた。おつたは汗沁あせじみた手拭てぬぐひを頻しきりにごししと揉もみ出だして首筋くびすぢのあたりから一帶たいに幾度いくたびとなく拭ぬぐつて手水盥てうづだらひの水みづを換かへた。暫しばらくして家うちの廂ひさしからは青あをい煙けぶりが偃たつてだんんに薄うすい煙けぶりが後あとかららと暑あつい日ひに消散せうさんした。
「おとつゝあ、お茶ちや沸わいたぞ」おつぎは戸口とぐちへ出でて小聲こごゑで勘次かんじへ告つげた。
「うむ」勘次かんじは喉のどの底そこでいつて
「姊あね、お茶ちや沸わいたとう」彼かれは又またぶすりといつて蕎麥そばの手てを止やめなかつた。
「お茶ちやおあがんなせえね」おつぎは勘次かんじの尾しりに跟ついて少すこし聲高こわだかにいつた。おつたはぎりつと絞しぼつた手拭てぬぐひを開ひらいてばたたと叩たゝいた。井戸端ゐどばたにぼつさりと茂しげりながら日中につちうの暑あつさにぐつたりと葉はが萎しをれて居ゐる鳳仙花ほうせんくわの、やつと縋すがつて居ゐる花はなが手拭てぬぐひの端はしに觸ふれてぼろつと落おちた。側そばには長大ちやうだいな向日葵ひまわりが寧むしろ毒々どくくしい程ほど一杯ぱいに開ひらいて周圍しうゐに誇ほこつて居ゐる。草夾竹桃くさけふちくたうの花はながもささと茂しげつた儘まま向日葵ひまわりの側そばに列れつをなして居ゐる「能よくまあかういに作つくつたつけな、俺おらもはあ、好すきは好すきだが自分じぶんぢやそつちだこつちだで作つくれねえもんだ、此これまあ朝あさつぱら凉すゞしい内うちに見みたらどら程ほどえゝこつたかよ」おつたは濕しめつた手拭てぬぐひを幾いくつかに折をつて手てに攫つかんだ儘まゝ、栗くりの木きの側そばに置おいた洋傘かうもりを窄つぼめてゆつくりと家うちへ這入はひつた。おつぎは茶ちやを沸わかす火ひの爲ために汗あせが更さらに湧わいたのを手拭てぬぐひでふいて、それから亂みだれた髮かみに櫛くしを入いれて更さらに丁寧ていねいに手拭てぬぐひを被かぶつてさうしておつたを喚よんだのであつた。おつたは何處どこか落付おちつかぬ容子ようすで洋傘かうもりも外そとの壁際かべぎはに立たて掛かけて閾しきゐを跨またいだ。
「お暑あつうござんすねどうも」おつぎは襷たすきをとつて時儀じぎを述のべながらおつたへ茶ちやを侑すゝめた。三人にんは暫しばらく沈默ちんもくして居ゐた。
 東隣ひがしどなりの庭にはからは大勢おほぜいが揃そろつて連枷ふるぢで麥むぎを打うつて居ゐる響ひゞきが、森もりを透とほして夫それからどろりりと地ちを搖ゆすつて聞きこえた。自分等じぶんらが立たてる響ひゞきに誘さそはれて騷さわぐ彼等かれらの極きまつた囃はやしの聲こゑが「ほういい」と一人ひとりの口くちからさうして段々だんんと各自めいめいの口くちから一齊せいに迸ほとばしつて愉快相ゆくわいさうに聞きこえた。三人にんの耳みゝは同おなじく誘さそはれた樣やうに一種しゆの調子てうしを持もつた隣となりの庭にはの響ひゞきに耳みゝを傾かたむけつゝ沈默ちんもくの時間じかんを繼續けいぞくした。おつたは茶柱ちやばしらの立たつた茶碗ちやわんの中なかを見みてそれから一寸ちよつと嫣然につこりとして見みたり、庭にはの方はうを見みたりして居ゐた。おつたが庭にはを見みると勘次かんじは幾年いくねんも遭あはなかつた姊あねの容子ようすを有繋さすがにしみみと見みるのであつた。おつたは五十を幾いくつも越こえて居ゐる。小柄こがらな少すこしくりりと丸まるみを持もつた顏かほは、年齡程としほどには見みえないにしても漸やうやく深ふかい皺しわが刻きざんで居ゐるのに、髮かみは恐おそろしくつややとして居ゐる。おつたは髮かみを染そめて居ゐた。然しかし藥くすりの力ちからは肌膚はだを透とほして其その下したにまで及およぼすことは出來できなかつた。髮かみは染そめてから暫しばらく經たつたと見みえて一帶たいに肌膚はだについた僅わづかの部分ぶぶんが髮かみの凡すべてをそつくり突つき扛あげた樣やうに仄ほのかに白しろく見みえて居ゐた。勘次かんじは只たゞ響ひゞきを立たてながら容易よういに冷さめぬ熱あつい茶碗ちやわんを啜すゝつた。おつぎも幾年いくねんか逢あはぬ伯母をばの人ひとなづこい樣やうで理由わけの分わからぬ樣やうな容子ようすを偸ぬすみ視みた。「夏蕎麥なつそばでもとれんなかうい鹽梅あんべえぢや粒つぶも大えけえ樣やうだな」おつたは庭にはを見みた儘まゝ復また第だい一に目めに觸ふれる蕎麥そばに就ついていつた。此方こちらへ向むいて居ゐる二ふたつの臼うすの腹はらが、まだ先さきの軟やはらかな夏蕎麥なつそばの莖くきで薄青うすあをく染そまつたのが見みえて居ゐる。
「馬鹿ばかに降ふつてばかし居ゐた所爲せゐか幹からばかし延のびつちやつて、そんだがとれねえ方はうでもあんめえが、夏蕎麥なつそばとれる樣やうぢや世柄よがらよくねえつちから、恁こんなもなどうでもえゝやうなもんだが」勘次かんじのいひ方かたはこそつぱかつた。庭にはの油蝉あぶらぜみが暑あつくなれば暑あつくなる程ほど酷ひどくぢりりと熬いりつけるのみで、閑寂しづかな村落むらの端はしに偶たまま遭あうた姊弟きやうだいはかうして只たゞ餘所々々よそそしく相對あひたいした。
「本當ほんとに俺おら先刻さつきからさう思おもつてんだが立派りつぱな花はなぢやねえかな」おつたは庭先にはさきの草花くさばなに復また噺はなしを繼ついだ。
「うむ、そんだが碌ろくに有ありもしねえ肥料こやしばかし使つかあれて」
「おめえ植うゑたんぢやねえのか」
「なあに爺樣ぢいさまそつちこつちから持もつて來きて植うゑたてたのよ、去年きよねんはそんでも其處そこらへ玉蜀黍位たうもろこしぐれえ作つくれたつけが、此これ、邪魔じやまだとも云いはんねえしなあ」
「俺おら暫しばらく來きねえから知しらなかつたつけが、そんでも野田のだから引ひつこんでか」
「うむ、はあ二年ねんに成ならえ」
「餘よつ程ぽどの年齡としだつぺが丈夫ぢやうぶけえそんでも」
「丈夫ぢやうぶなこたあ、魂消たまげる程ほど丈夫ぢやうぶだが何なんでも自分じぶんの好すきなら働はたらく容子ようすで、其處そこらほうつき歩あるいちや小遣錢位こづけえぜねぐれえはとつてんだな鹽梅あんべえしきが」「そんぢや忙いそがしい時ときにやちつたあ手傳てつだつて貰もらへてよかんべな」
「なんだら一つ手傳てつだあなんちや有ありやしめえし、それからはあ、此方こつちも頼たのんもしねえが」
「尤もつともさういへば壯さかりの頃ころでも俺おらあ知しつてからは仕事しごとは上手じやうずで行やると出だしちやみつしら行やる樣やうだつけが、好すきぢやねえ鹽梅あんべえだつけのさな」
「其それ處どこぢやねえや、俺おらと一緒しよに居ゐんのせえ厭やなんだんべが、別々べつつに成なつちやつたな、つまんねえ、餘計よけいな錢ぜねなんぞ遣つかつて、俺おらだつて大えけえこと手間てま打ぶつこんだな、なあに俺おら爺樣ぢいさませえちつと其その積つもりで行やつて呉くれせえすりや、幾いくらでも面倒めんだう見みるつちつてんだが、如何どういふ料簡れうけんのもんだか俺おらがにや分わかんねえが」
「そんぢや、此この側そばな小屋こやぢやあんめえ、俺おら先刻さつき見みた時ときや肥料小屋こやしごやだとばかし思おもつてたな、本當ほんとにかうだ處とこへ醉狂すゐきやうな噺はなしよな、なんでも世よを渡わたしちや誰たれでも同おなじこと相續人さうぞくにんの氣味きあぢ惡わるくしねえ樣やうにやんなくつちや畢をへねえよ、そんだがそれも性分しやうぶんでなあ、他ほかからぢやしやうねえものよ」
「俺おらだつてこんで一人ひとり殖ふえちや殖ふえた丈だけに麥米むぎこめの心配しんぺえからして掛かゝんなくつちやなんねえんだから、其その積つもりで居ゐてくんなくつちや、此こんで心持こゝろもちぢや餘あんまり面白おもしろかねえかんな、毎日まいにち苦蟲にがむし喰くつ潰ちやしたやうな面つらつきばかしされたんぢや厭やんなつちまあぞ、本當ほんたうに」
「そりやさうにも何なんにもよ、他人たにんでせえこんで軟やつけえ言辭ことばでも掛かけられつと、後あとぢや欲ほしく成なるやうな物ものでも出だす料簡れうけんにもなるもんだかんなあ」おつたは斯かういひながら先刻さつきから雞とりの塒とやの下したに在ある二俵へうの俵たわらへ目めを注そゝいで居ゐた。「そんだがおめえもたえした働はたらきだと見めえんな、かうえに俵たわらまでちやんとして、大概てえげえな百姓ひやくしやうぢやおめえ此この手てにや行いかねえぞ、俺おら世辭つやいふわけぢやねえが」
 勘次かんじは漸やうやく噺はなしに吊つり込こまれた樣やうに此この時とき微笑びせうを洩もらして
「俺おらも今いまんなつてからぢやこれ、噺はなしするやうなもんだが一ひとしきりや泣ないたかんな本當ほんたうに、こんでも此この位くらえにすんにやゝつとこせえだぞ」といつた。
「おつぎも働はたらけ相さうだな、きりりとしてなあ、先刻さつき俺おら蕎麥そば打ぶつてんの見みてゝも心持こゝろもちえゝ樣やうだつけよ、仕事しごとはなんでも身拵みごしれえのえゝもんでなくつちやなあ、此これもおめえが仕込しこみの所爲せゐだんべが」おつたはさういつて又また
「そりやさうとおつかさまに其儘そつくりだなあ」と側そばに居ゐたおつぎに目めを移うつした。おつぎはそれを聞きくと共ともに身みを避さける樣やうに手桶てをけを持もつて庭にはへ出でた。
「俺おらもこんで嚊かゝあに死しなれた當座たうざにや此これも役やくに立たたねえから泣なきぬいたよ」勘次かんじは俄にはかにしんみりとしていつた。おつたはお品しなのことが勘次かんじの口くちから出でた時とき微かすかに苦笑くせうして
「ほんに、俺おら彼あん時ときにや來きねえつちやつたつけが、遠とほくの方はうへ行いつてたもんだから、おめえにやはあ惡わるく思おもはれべえたあ思おもつてたのよ」おつたは漸やうやくのことで然しかも表面へうめんは事こともなげにいつて畢しまつた。
「俺おら先刻さつきから見みてんだが道具だうぐは能よく大事でえじにすつと見みえて鎌かまなんぞでも光ひかつてつことなあ、それに能よくかう三日月姿みかづきなりに減へらせたもんだな、研とぎ方かたも餘よつ程ぽど氣きをつけなくつちやかうは出來できねえな、道具だうぐも斯かうすりや何時いつまでゝも使つかへて廉やすえものさな」おつたは少すこし慌あわてた樣やうに然しかも成なるべく落附おちつかうと勉つとめつゝ噺はなしを外そらした。「唐鍬たうぐはもたえしたもんぢやねえかな」おつたは態わざと唐鍬たうぐはの側そばに立たつた。
「うむ、そんでも俺おらが見みてえなゝ、滅多めつた持もつてるもなねえかんな」
「どうすんでえこんな大えけえの、引ひつ立たてるばかしでも大變たえへんなやうぢやねえけ」
「そんだつて姊あねは此これ見みろな」勘次かんじは掌てのひらをおつたの前まへへ出だした。百姓ひやくしやうにしては比較的ひかくてき小ちひさな手ては腫はれたかと思おもふ程ほどぽつりと膨ふくれて、どれ程ほど樫かしの柄えを攫つかんでも決けつして肉刺まめを生しやうずべき手てでないことを明あきらかに示しめして居ゐる。
「此こんだから知しらねえもな俺おれ手懷てぶところしてつと、如何どうしたんでえなんて聞きくから俺おらかういに腫はれつちやつて痛いたくつてしやうねえんだなんて、そろうつと出だして見みせつと、成なる程ほどこりや痛いたかんべえなんて魂消たまげらあな、唐鍬たうぐはなんざ錢ぜね出だしせえすりや幾いくらでも有あんが、此この手てつ平ぴらはねえぞ、二年ねん三年ねん唐鍬たうぐは持もつたんぢや恁かうは成なんねえかんな、俺おらがな唐鍬たうぐはの柄えさすつかりくつゝいちやつたんだから、こんで毎年まいとし四五反歩位たんぶりぐれえは打開墾ぶちおこすんだから」勘次かんじは蹙しがめた顏かほの筋すぢがゆるんだ樣やうになつておつたの前まへに誇ほこつた。
「旦那だんなの山林開墾やまおこしちやうめえのよ、場所ばしよによつちや陸稻をかぼも作つくれるし、俺おらこんでも三四反歩たんぶりづつは作つくつてんだが、今年ことしはえゝ鹽梅あんべえな降ふりだから大丈夫だえぢよぶだたあ思おもつてんのよ、どうえもんだか以前めえかたは陸稻をかぼつちとはあ、とれねえ樣やうなもんだつけがな」
「其麽そんなに作つくつちや大層たえそなもんぢやねえかな」おつたは驚おどろいたやうにいつた。「陸稻をかぼも地ぢが珍めづらしい内うちは出來できるもんだわ、穗ほの出でた割わりにや分ぶは拔ぬけねえが、そんでも開墾おこしたばかしにや草くさは出でねえから手間てまが要えらねえしな、それに肥料こやしつちやなんぼもしねえんだから、尤もつとも三年ねんも作つくつちや其その手てにや行いかねえが、其そん時ときや以前もとの山林やまになんだから可怖おつかねえこともなんにもねえのよ」
「餘よつ程ぽどとれべえな、三四反歩たんぶりも作つくつちやなあ」
「こんで穗ほの出際でぎはに雨あめでもえゝ鹽梅あんべえなら、反たんで四俵へうなんざどうしてもとれべと思おもつてんのよ」
「陸稻をかぼとも云いはんねえもんだな、以前めえかたと違ちがつて今いまの時世ときよぢやさうだからこんで場所ばしよによつちや、百姓ひやくしやうにもたえした起おき轉ころびがあるのよなあ、俺おら方はう見みてえに洪水みづで持もつてかれてばかし居ゐつ處とこも有あんのに山林やまんなかで米こめとれるなんて」
「さうよ、此處こゝらは洪水みづの心配しんぺえはさうだにしねえでもえゝ處とこだかんな」勘次かんじは從來これまで其その間あひだがどうであつたにしても偶然ぐうぜん逢あつたおつたに對たいしてだんん噺はなして居ゐるうちには同おなじ乳房ちぶさに縋すがつた骨肉こつにくの關係くわんけいが彼かれの淺猿さもしい心こゝろの底そこを披瀝ひらいてそれを陰蔽いんぺいするのには餘あまりに彼かれを放心うつかりとさせたのであつた。
「おつう、彼あの薤らつきやうでも出だして見みせえ、土用前どようめえに採とつて直すぐ漬つけたんだから、はあよかんべえ」
 勘次かんじは快こゝろよくおつぎに命めいじた。おつぎは古ふるい醤油樽しやうゆだるから白漬しろづけの薤らつきやうを片口かたくちへ出だしておつたの側そばへ侑すゝめた。勘次かんじは一つ撮つまんでかりりと噛かじつた。少すこし丸まるみがかつた頬ほゝに絶たえず微笑びせうを含ふくんで勘次かんじのいふことを聞きいて居ゐたおつたは何なにか更さらにいはうとして一寸ちよつと躊躇ちうちよしつゝある容子ようすが見みえた。勘次かんじもおつぎもそれは知しらなかつた。おつたは一杯ぱいに注ついである茶碗ちやわんへ又また茶ちやを注つがうとして俄にはかに止やめた。おつたは茶碗ちやわんをぐつと嚥のみ干ほした。「こんで同胞きやうでえのえゝ噺はなし聞きくな惡わるかねえもんだよ、有繋まさか自分じぶんばかしよくつて他ほかの同胞きやうでえにや管かまあねえつちいものもねえかんな」といつて庭にはの便所べんじよへ立たつてそれから再ふたゝび上あがり框がまちに腰こしを卸おろした。
「俺おらおめえにちつと相談さうだんに乘のつて貰もれえてえと思おもふこと有あつて來きたんだつけがなよ」おつたは態わざと改あらたまつた容子ようすでなくいひ掛かけた。
「何なんだんべ」勘次かんじはふつと彼かれの平生へいぜいに還かへらうとして例いつもの不安ふあんらしい目めを睜みはつておつたを見みた。
「なあにたえしたこつちやねえが、盲目めくらの野郎やらうげ嫁よめ世話せわされるもんだからどうしたもんだんべかと思おもつてよ」
「姊あね貰もらへたけりや他人ひとにや管かまあこたあ有あんめえな」勘次かんじはおつたがゆつくりといふのが畢をはらぬのにそつけなくいつた。
「さう云ゆつちめえばさうだがなよ、そんだつて同胞きやうでえに一噺ひとはなしもねえなんて後あとで文句もんく云ゆはれても、默だまつてちやおめえ口くちが開あけめえな、そんだから俺おらおめえげ耳打みゝうちして置おくべと思おもつたんだな」
「俺おら何なにも不服ふふくいふ席せきはねえな」勘次かんじは少すこし安心あんしんしたらしく、恁かう輕かるくいひ退のけた。
「そんだらえゝがなよ、彼あれもはあ廿七に成なるんだから俺おらもこんでまあ心配しんぺえはしてたんだが、自分じぶんでもそれ無ねえ足たんねえの心配しんぺえが絶たえねえもんだから、思おもつちや居ゐても手てが出でねえのよ、自分じぶんの餓鬼がきのことおめえ全然まるつきりどうなつても管かまあねえたあ思おもへねえよこんで」勘次かんじは足あしの先さきで土間どまの土つちを擦こすりながら默だまつておつたのいふのを聞きいた。
「彼あれもそれ中途ちうとで盲目めくらに成なつたんだから、それまでに働はたらいて身體からだは成熟できてるしおめえも知しつてる通とほりあんで居ゐて仕事しごとも出來できるしするもんだから、難有ありがてえことに不具かたわでも嫁よめ世話せわすべつちいものもあるやうな譯わけさなあ、何なんでも人間にんげんは働はたらき次第しでえだよ、おめえだつて働はたらくんでばかり他人ひとにや好よく云ゆはれてべえぢやねえけえ、そんで俺おれも其その女をんなは見みたが、女をんなはそれ惡わりいがな、そんだつて盲目めくらだもの目鼻立めはなだち見みべえぢやなし、心底しんてえせえよけりやえゝと思おもつてな」おつたは頻しきりに勘次かんじの衷心ちうしんからの同意どういを得えようとした。「そりやよかんべなそんぢや」勘次かんじは只たゞ簡單かんたんにさういつた。
「そんで娵よめ持もたせるにしても折角せつかくこつちに居ゐて働はたらいてんだから俺おら自分じぶんの處とこへは連つれて行ゆく譯わけにや行いかねえと思おもつてな何なんちつてもそれ、知しつてつ處とこでなくつちや盲目めくらだから面倒めんだう見みてくれるつち人ひともあんめえしなあ、それから俺おら其處そこんとこも心配しんぺえして居ゐたんだが、丁度ちやうど此この村落むらにえゝ鹽梅あんべえ貸かしてもえゝつち家うち有あるつちもんだから、序ついでだと思おもつて見みて來きたが、此處こゝからぢやあつちの方はうのそれ知しつてべえ仕切しきつて貸かすつちんだから、俺おら其處そこさ入えれてえと思おもつて、おそこそ聞きいて見みたんだが借かりんのにや保證人ほしようにん無なくつちや駄目だめだつちから、近ちかくぢやあるしおめえに保證ほしように立たつて貰もれえてえと思おもつてな」
「厭やだよ俺おらそんなこと」勘次かんじは慌あわてたやうにいつた。
「そんぢや仕しやうねえな、どうしてだんべなまた、折角せつかく彼あれが身みも堅かたまんだからさうして呉くれゝばえゝんだがな」おつたはがつかり投なげ掛かけた態度たいどでいつた。
「箆棒べらぼう、家賃やちんでも滯とゞこほつた日ひにや、俺おれ辨償まよはなくつちや成なりやすめえし、それこさあ俺おらが身上しんしやうなんざ潰つぶれても間まにやえやしねえ、厭やだにもなんにも」
「そんなこと云ゆつたつておめえ、彼あれだつて獨ひとりでゝも居ゐんぢやなし持もつもの持もつて働はたらくのに三十錢せんや五十錢せんの家賃やちんの拂はらへねえことも有あんめえな、それも何なんならおめえ一月ひとつきでも二月ふたつきでも見試みためして、そん時とき見込みこみなけりや身拔みぬけしても管かまえやしねえな」「そんでも厭やだよ、俺おらさうい噺はなしぢや聞ききたくもねえ」勘次かんじは素氣すげなくいつてすいと庭にはへ立たつて復また夏蕎麥なつそばへ手てを掛かけた。
「酷ひどく忙いそがしいこつたな」おつたは口くちを引ひき締しめて勘次かんじの後姿うしろすがたを見みた。
「忙いそがしいとも田たの草くさもまあだ掻かきやしねえんだ、土用どようになつてからだつて幾いくらも照てりやしめえし、降ふつてばかし居ゐつから見みろうあれ、隣となりの旦那等だんなたちだつて今頃いまごろ麥むぎ打ぶつてる騷さわぎだあ、百姓ひやくしやうは此この頃ごろの時節じせつに餘計よけいな暇ひまなんざねえから」勘次かんじは呟つぶやくやうにいつた。
 隣となりの庭にはでは先刻さつきよりも更さらに勢いきほひがついた樣やうに連枷ふるぢの響ひゞきが囃はやしの聲こゑを伴ともなひつゝ森もりを洩もれて聞きこえた。
「うむ、たえした挨拶あいさつだな、俺おらまた姊弟きやうでえつちやさうえもんぢやあんめえと思おもつてたんだつけな」おつたは少すこし勃然むつとした容子ようすを見みせた。
「姊等あねらが云いふこと聽きいたつ位くれえどんなことされつか分わかんねえから」勘次かんじは自棄やけに蕎麥そばの幹からを打うちつけけしつゝいつた。彼かれは而さうして一目ひとめもおつたを見みなかつた。
「什麽どんなことするつて俺おら泥棒どろぼうはしねえぞ、勘次かんじ」其その切きれた目尻めじりに一種しゆの凄味すごみを持もつておつたが立たつた時とき、卯平うへいはのつそりと戸口とぐちに大おほきな躯幹からだを運はこばせた。
 卯平うへいはおつたを見みて例いつもの如ごとく窪くぼんだ茶色ちやいろの目めを蹙しがめる樣やうにした。「おやこつちのおとつゝあん、暫しばらくでがしたねどうも、御機嫌ごきげんよろしがすね」おつたはそららしい程ほど打うつて變かはつた調子てうしでいつた。
「まあこつちへでも來きさつせえね」卯平うへいは隱居いんきよへおつたを導みちびいた。
「俺おらいま外ほかから歸けえつて來きたばかしだが、何なんでがすね」卯平うへいはぶすりと聞きいた。
「ほんにはあ、他人ひとにや聞きかせたくもねえこつたがねえ、わしもそれ盲目めくらの野郎やらうが一人ひとりあんだが、これ三十近ちかくにもなるものをねえ、只たゞ打棄うつちやつても置おけねえから嫁よめとらせべと思おもつて、えゝ鹽梅あんべえのがそれ口くち掛かゝつたもんだから勘次かんじげも一噺はなしすべと思おもつて來きた處ところなのさ、わしもこんで義理ぎりは缺かくの厭やだかんね」
「さうしたら此この村落むらにえゝ鹽梅あんべえの家うちあるもんだから借かりて身上しんしやう持もたせべと思おもつて保證ほしように立たつてくろつちつた處ところがたえした挨拶あいさつなのさ、三十錢せんか五十錢せんの家賃やちんをねえ、不便ふびんだんべぢやねえかねえ不具かたわの甥おひつ子このことをねえ、保證ほしように立たつた位くれえ身上しんしやう潰つぶれるつち挨拶あいさつなのさ、ねえこれ、年齡としとつちやこつちのおとつゝあん先さきも短みじけえのに心底しんてえのえゝものでなくつちや、萬一まさかの時ときが心配しんぺえだからねえ、後あとの者ものの厄介やくけえに成なりてえつちな皆みんなおんなじだんべぢやねえか、ねえこつちのおとつゝあんさうでがせう、そんでそれ娵よめつちのが心底しんてえのえゝ女をんなだつちんだからわしも欲ほしいのさ本當ほんたうの噺はなしがねえ、さう云ゆつちや我慾がよくの樣やうだがおんなじもんなら軟やつけえ言辭ことばでも掛かけてくれる嫁よめでなくつちやねえ、さうぢやあんめえかね」おつたは狹せまい戸口とぐちに立たつた儘まゝ洋傘かさの先さきで土つちへ穴あなを穿うがちながら勘次かんじの方はうをぢろつと見みつゝいきり立たつていつた。「そりや、はあ、さうだが」只たゞ此これだけいつて寡言むくちな卯平うへいは自分じぶんの意いを得えたといふ樣やうに始終しじう窪くぼんだ目めを蹙しがめて手てからは煙管きせるを放はなさなかつた。勘次かんじは庭にはから偸ぬすむやうに視みては卯平うへいがおつたへ威勢ゐせいをつけて居ゐるやうに思おもつた。彼かれは解といて打うつて更さらに藁わらで括くゝつた蕎麥そばの束たばをどさりと遠とほくへ擲はふつた。葉はが更さらにぐつたりと萎しをれた鳳仙花ほうせんくわの枝えだがすかりと裂さけて先さきが地ちについた。
「姊等あねら、大層たえそなこと云ゆつたつて、老人としよりの面倒めんだう見みたゝ云ゆへめえ」勘次かんじはぶつつと獨語どくごした。おつたの耳みゝにも微かすかにそれが聞きこえた。おつたは屹きつと見みた。
「おとつゝあ默だまつてるもんだ」おつぎは輕かるく勘次かんじを制せいして
「お晝餐ひるだぞはあ」とおつぎは更さらに勘次かんじへ注意ちういした。
「そんぢやこつちのおとつゝあん、お八釜敷やかましがした、わしや歸けえりませうはあ、一刻こくも居ゐちや邪魔じやまでがせうから、こつちのおとつゝあんも邪魔じやまに成なんねえ方はうがようがすよねえ」おつたは洋傘かさを開ひらいて
「岡目をかめでも知しれまさあねえ、假令たとひどうでも俵たはらまで持もつてられて、辨償まよつて見みた處ところで三十錢せんか五十錢せんのことだんべぢやねえか、出來できるも出來できねえもあるもんぢやねえ」とおつたは忌々敷いまましさに其その口くちを止とめなかつた。
「お晝餐ひるはどうでがすね」おつぎはそれでも怖おづづおつたへいつた。
「俺おら、はあ要えらねえともね」おつたは蕎麥そばの種子みの一杯ぱいに散ちらけた庭にはを遠慮ゑんりよもなく一直線ちよくせんに不駄げたの跡あとをつけた。「勘次等かんじら、親子おやこ仲なかよくつてよかんべ、世間せけんの聞きこえも立派りつぱだあ、親身しんみのもなあ、お蔭かげで肩身かたみが廣ひろくつてえゝや」おつたは庭にはの出口でぐちから一寸ちよつと顧かへりみていつた。さうしてさつさと行いつて畢しまつた。隣となりの庭にはの麥打むぎうちの連中れんぢうは、靜しづかになつたこちらの庭にはを嘲あざけるやうに騷さわいでは又また騷さわぐのが聞きこえた。勘次かんじは只ただ力ちからを極きはめて蕎麥そばの幹からを打うつて遂つひに一言ごんも吐はかなかつた。おつぎは垣根かきねの上うへに浮うかんだおつたの洋傘かさが見みえなくなるまで暫しばらくぽつさりとして庭にはに立たつた。卯平うへいは煙管きせるを噛かんだ儘まゝ凝然ぢつとして默だまつて居ゐた。卯平うへいは暫しばらくして鳳仙花ほうせんくわの折をれたのを見みつけて井戸端ゐどばたへ立たつた。彼かれはいきなり蕎麥幹そばがらの束たばを大おほきな足あしで蹴けつた。彼かれは更さらに短みじかい竹たけの棒ぼうを持もつて行いつてきつと力ちからを極きめて地ちに突つき透とほした。垂たれた鳳仙花ほうせんくわの枝えだは竹たけの杖つゑに縛しばりつけようとして手てを觸ふれたらぽろりと莖くきから離はなれて畢しまつた。卯平うへいは忌々敷相いまいましさうに打棄うつちやつた。卯平うへいがのつそりと大おほきな躯幹からだを立たてた傍そばに向日葵ひまはりは悉ことごとく日ひに背そむいて昂然かうぜんとして立たつて居ゐる。向日葵ひまはりは蕾つぼみが非常ひじやうに膨ふくれて黄色きいろに成なつてから卯平うへいが植うゑたのであつた。其その時ときはもう蕾つぼみはどうしても日ひのいふこと聽きいて動うがかないので、暑あついさうして乾燥かんさうの烈はげしい日ひがそれを憎にくんで硬こはい下葉したばをがささに枯からした。それでも強つよい莖くきはすつと立たつて、大抵たいていはがつかりと暑あつさに打うたれて居ゐる草木さうもくの間あひだに誇ほこつたやうに見みえた。其その一杯ぱいに開ひらいた皿さらの樣やうな花はなが庭先にはさきからいつでも冷ひやゝかな三人にんを嘲あざけるものゝやうに見みえるのであつた。 竹たけの棒ぼうはぎつと突つき透とほした儘まゝいつまでも空むなしく鳳仙花ほうせんくわの傍そばに立たつて居ゐた。

二〇

 秋あきだ。
 孰いづれの梢こずゑも繁茂はんもする力ちからが其その極度きよくどに達たつして其處そこに凋落てうらくの俤おもかげが微かすかに浮うかんだ。毎日まいにち透徹とうてつした空そらをぢりりと軋きしりながら高熱かうねつを放射はうしやしつゝあつた日ひも餘あまりに長ながい晝ひるの時間じかんに倦うまうとして、空そらからさうして地上ちじやうの凡すべてが漸やうやく變調へんてうを呈ていした。心こゝろもとなげな雲くもが簇々むららと南みなみから駈かけ走はしつて、其その度たび毎ごとに驟雨しううをざあと斜なゝめに注そゝぐ。雨あめは畑はたの乾かわいた土つちにまぶれて、軈やがて飛沫しぶきを作物さくもつの下葉したばに蹴けつて、更さらに濁水だくすゐが白しろい泡あわを乘のせつゝ低ひくきを求もとめて去さつた。それも僅わづかに桑くはの木きへ絡からんだ晝顏ひるがほの花はなに一杯ぱいの量りやうを注そゝいでは慌あわてゝ疾驅しつくしつゝからりと熱ねつした空そらが拭ぬぐはれることも有あるのであるが、驟雨しううは後あとから後あとからと驅かつて來くるので曉あかつきの白しらまぬうちから麥むぎを搗ついて庭には一杯ぱいに筵むしろを干ほした百姓ひやくしやうをどうかすると五月蠅うるさく苛いぢめた。土地とちでいふ其その降ふつ掛かけは一日にちで止やまねば三日かとか五日かとか必かならず奇數きすうの日ひで畢をはつた。降ふつ掛かけが來きてから瓜畑うりばたけは悉ことごとく蔓つるも葉はも俄にはかにがららに枯かれて悲慘みじめに成なつて畢しまつた。極きはめてそつと然しかも騷さわがし相さうに動うごく雲くもが高たかく低ひくく反對はんたいの方向はうかうに交叉かうさしつゝあるのを見みると共ともに、枯燥こさうしかけた草木くさきの葉はが相あひ觸ふれ相あひ打うつてはだんんと破やぶれつゝざわわと悲かなしげな響ひゞきを立たてゝ鳴なつた。凄すごい程ほど冴さえた夜よるの空そらは忙いそがしげな雲くもが月つきを呑のんで直すぐに後うしろへ吐はき出だしし走はしつた。月つきは反對はんたいに遁にげつゝ走はしつた。秋風あきかぜだ。櫟くぬぎや楢ならや雜木ざふきや凡すべてが節制たしなみを失うしなつて悉ことごとく裏葉うらはも肌膚はだも隱かくす隙すきがなくざあつと吹ふかれて只たゞ騷さわいだ。夜よるは寂さびしさに凡すべての梢こずゑが相あひ耳語さゝやきつゝ餘計よけいに騷さわいだ。まだ暑あつい空氣くうきを冷つめたくしつゝ豪雨がううが更さらに幾日いくにちか草木くさきの葉はを苛いぢめては降ふつてて又また降ふつた。例年れいねんの如ごとき季節きせつの洪水こうずゐが残酷ざんこくに河川かせんの沿岸えんがんを舐ねぶつた。洪水こうずゐの去さつた後あとは、丁度ちやうど過激くわげきな精神せいしんの疲勞ひらうから俄にはかに老衰らうすゐした者ものの如ごとく、半死はんしの状態じやうたいを呈ていした草木さうもくは皆みな白髮はくはつに變へんじて其その力ちからない葉先はさきを秋風あきかぜに吹ふき靡なびかされた。鬼怒川きぬがはの土手どてに繁茂はんもした篠しのの根ねに纏まつはつて居ゐる短みじかい鴨跖草つゆぐさも葉はから莖くきから泥どろに塗まみれて居ゐながら尚なほ生命せいめいを保たもちつゝ日毎ひごとに憐あはれげな花はなをつけた。蛼こほろぎが滅入めいる樣やうに其その蔭かげに鳴ないた。空そらを遙はるかに飛とんだ椋鳥むくどりの群むれが幾いくつかに分わかれて、地上ちじやうに低ひくく騷さわいでは梢こずゑを求もとめてぎいいと鳴なきつゝ落付おちつかなかつた。到いたる處ところ荒あれた藪やぶの端はしや土手どての瘠やせた篠しのの梢こずゑに乘のり掛かゝつて、之これを噛かめば齒はがこぼれるといはれて居ゐる毒どくな仙人草せんにんさうが其その手てを幾いくらでも延のばして思おもひ切きつて蟠わだかまつた蔓つるが白しろい花はなを一杯ぱいにつけて、さうして活々いききとしたものは自分じぶんのみであることを誇ほこるものゝ如ごとく、秋風あきかぜに吹ふかれつゝ白しろい布ぬのの樣やうにふははと動うごいた。 勘次かんじの村落むらは臺地だいちであるのと鬼怒川きぬがはの土手どてが篠しのの密生みつせいした根ねの力ちからを以もつて僅わづかながら崩壤ほうくわいする土つちを引ひき止とめたので損害そんがいが輕かるく濟すんだ。それでも幾日いくにちか降ふり續つゞいた雨あめが水みづを蓄たくはへて低ひくい畑はたは暫しばらく乾かわくことがなかつた。田たも其その水みづの爲ために浸ひたつた箇所かしよが少すくなくなかつた。勘次かんじは日ひとなく夜よとなく田畑たはたを歩あるいて只管ひたすら心こゝろを惱なやましたが、漸やうやく自分じぶんの田畑たはたの作物さくもつが僅わづかな損害そんがいに畢をはつたことを慥たしかめた時ときは彼かれは激甚げきじんな被害地ひがいちの状况じやうきやうを傳聞でんぶんして自分じぶんの寧むしろ幸さいはひであつたことを竊ひそかに悦よろこんだ。彼かれが大豆だいづを引ひいて庭にはに運はこんだ頃ころはまだ暑あつい日ひが落付おちついて毬いがの割われ始はじめた栗くりの木きの梢こずゑから庭にはをぢりりと照てらして居ゐた。根ねが幾日いくにちもぐつしりと水みづに浸ひたつてた大豆だいづは黄色味きいろみの勝かつた褐色ちやいろの莢さやも幹からも泥どろで汚よごれた樣やうに黒くろずんで居ゐた。
 大豆だいづを引ひいたのはそれでも稀まれな晴天せいてんであつたので「いひ返がへし」に來くる筈はずに成なつて居ゐた南みなみの女房にようばうを頼たのんだ。彼等かれらは相互さうごの便宜上べんぎじやう手間てまの交換かうくわんをするのであるが、彼等かれらはそれを「いひどり」というて居ゐる。それで其その借かりた手間てまを返かへすのがいひがへしである。大豆だいづは庭にはに運はこぶと共ともに一攫ひとつかみにしては根ねを上うへにして先さきを丸まるく開あいて互たがひの幹みきが支柱しちうに成なるやうにして庭には一杯ぱいに立たてゝ干ほした。煙草たばこを一服ぷく吸すふだけの時間じかんに、成熟せいじゆくしきつた大豆だいづは漸やうやくぱちちと輕かるい快こゝろよい響ひゞきを立たてつゝ爆はぜ始はじめた。大豆だいづは悉ことごとく庭にはの土つちに倒たふされた。三人にんは連枷ふるぢを執とつて端はしからだんんと幹からを打うつた。おつぎと南みなみの女房にようばうとは相あひ竝ならんで勘次かんじに對たいして交互かうごに打うち卸おろす連枷ふるぢがどさりりと庭にはの土つちを打うつと硬こはばつた大豆だいづの幹からはしやりゝゝと乾燥かんさうした輕かるい響ひゞきを交まじへてくすんだ穢きたない莢さやが白しろく割われて薄青うすあをいつやゝかな豆まめの粒つぶが威勢ゐせいよく跳はね出だしてみんな幹からの下したに潜もぐり込こんで畢しまふ。三人にんが一遍ぺん大豆だいづの幹からを踏ふんで渡わたつたら幹からがぐつと落付おちついた。 おつぎは晝餐ひるの支度したくの茶ちやを沸わかした。三人にんは食事しよくじの後あとの口くちを鳴ならしながら戸口とぐちに出でてそれから栗くりの木きの陰かげに暫しばらく蹲うづくまつた儘まゝ憩いこうて居ゐた。
「おややまあ、こつちの方はうはえゝこつたなあ、大豆でえづでもかうだにとれて」おつたは小柄こがらな身體からだを割合わりあひに大股おほまたに運はこんで妙めうな足拍手あしびやうしを取とりつゝ這入はひつて來きた。勘次かんじはちらと見みて栗くりの木きの幹みきを後うしろにした儘まゝ俯向うつむいて畢しまつた。おつたは更さらに介意かいいないやうな態度たいどでずつと戸口とぐちへ行いつて、斜なゝめに肩かたへ掛かけた風呂敷包ふろしきづゝみをおろした。
「おゝ重おもたかつた」と少すこし汗あせばんだ額ひたひを手拭てぬぐひでふきながら洋傘かうもりを仰向あふむけに戸口とぐちへ置おいて、洋傘かうもりの中なかへ其その風呂敷包ふろしきづゝみを置おいた。南みなみの女房にようばうはおつたを見みて立たつた。
「おやまあ、暫しばらくでがしたね」とおつたは、先さきに世辭せじをいうた。
「さういへばまあ、あつちの方はうは酷ひでえ洪水みづだつち噺はなしだつけがどうでござんしたね」女房にようばうは手拭てぬぐひをとつていつた。
「噺はなしの外ほかでがさどうも、彼此かれこれはあ、小卅日こさんじいんちにも成なんべが、まあだかたでどつちから手てえつけてえゝか分わかんねえんでがさどうもはあ、わし等ら方はう見みてえに洪水みづばかし出でたんぢや、居ゐんのも厭やんなつちまあやうなのせ本當ほんたうに、さう云ゆつてもこつちの方はうはようがすね」おつたは相手あひてを見みつけて力ちからを得えたやうにいつた。
「此こんでもまさか、此この村落むらだつて隨分ずいぶんかぶつた處ところも有あんだから全然まるつきりなんともねえつちこともねえがねえ」南みなみの女房にようばうは聲こゑを低ひくくしていつた。「そんでも此處こゝらぢや居ゐる處とこにや支障さはりねえんだからなんちつても諦あきらめはようがさね、わし等ら方はうなんぞぢや、土手どてへ筵圍むしろがこひしてやつとこせ凌しのいだものなんぼ有あつたかせ、土手どてに居ゐても雨あめせえなけりやえゝが、降ふられちや酷ひでえつち噺はなしでがしたよ、そんでもまあわし等らあ、家うちに居えられんな居えられたんだからまあ同おなじにもようがしたのせ、そんでも床ゆかの上うへへ四斗樽とだるかう倒さかさにして置おえてね、其その上うへへ板いた渡わたしてやつとまあ居通ゐとほしあんしたがね、煮燒にやきすんのもやつとこせで、隣近所となりきんじよは有あつたつて往いつたり來きたりすんぢやなし、何程なんぼ心細こゝろぼせえか分わかんねえもんですよ、尤もつともこれ、死しぬ者ものせえあんだから斯かうして居えられんな難有ありがてえ樣やうなもんぢやあるが、そんでも四斗樽とだるの太ふてえ箍たがん處ところむぐつた時ときや、夜よる横よこに成なつて見みたつて直ぢき耳みゝの側そばでさららつとかう水みづが動うごいてんだから、放心うつかり眠ねむつたらそつくり持もつてかれつかどうだか分わかんねえと思おもつてね、ぼつちりともはあ云ゆはんねえで居ゐたのせえ、
 それから板いたの端はじん處とこからそろつと手てえ出だして見みつと宵よひの口くちにやさうでもねえのがひやつと手ての先さきが直すぐ水みづへ觸さあつた時ときにや悚然ぞつとする樣やうでがしたよ、それからはあ船ふねは枕元まくらもとへ繋つないでたんだが、本當ほんたうに枕元まくらもとなのせえ、みんなして凝こゞつて狹せめえつたつて窮屈きうくつだつてやつと居ゐる丈だけなんだから、天井てんじやうへは頭あたま打ぶつゝかり相さうで生命いのちでも何なんでも蹙ちゞめらつる樣やうなおもひでさ、そんでもまあ到頭たうとう遁にげもしねえで居ゐらつたんだから、家うちでも持もつてかれたものからぢや運うんがえゝのせえ、まあ晝間ひるまはなんちつても方々はうう見めえてえゝが、夜よるがなんぼにも小凄こすごくつてねえ」おつたは自分じぶんの怖おそろしかつた經驗けいけんを聞きいてくれるのを悦よろこぶやうに語かたり續つゞけるのであつた。「そんでまあ、それもえゝが蛙けえるだの蛇へびだのが來きてね、蛙けえるはなんだが蛇へびがなんぼにも厭いやではあ、棒ぼうで引ひつ掛かけて遠とほくの方はうへ打ぶん投なげて見みても、執念深しふねんぶけえつちのか又またぞよよ泳およいで來きて、それも夜よるがねえ萬一もしものことが有あつちやと思おもふもんだから明あかり點つけてたんだが其その所爲せゐか餘計よけいに來くる樣やうで、薄うすつ闇くれえ明あかりだからぢつき側そばへ來きてからでなくつちや分わかんねえし、首くび擡もちやげてんの見みちや本當ほんたうに厭やでねえ」おつたは幾いくらいつても竭つきない當時たうじを髣髴はうふつせしめようとする容子ようすでいつた。
 栗くりの木きの陰かげに居ゐた勘次かんじはだんんと幾いくらづゝでも洪水こうずゐの噺はなしに興味きようみを感かんじても來きたし、それから假令たとひどうでも尋たづねて來きた姊あねに挨拶あいさつもせぬのは他人たにんの手前てまへが許容ゆるさないので漸やうやく立たつて
「姊等あねらも隨分ずゐぶんひでえ目めに遭あつたんだな」彼かれはいひながら家いへの内うちへおつたを導みちびいた。大豆だいづの埃ほこりを厭いとうて雨戸あまどは閉しめ切きつてあつたので、大戸おほどを一杯ぱいに開あけても内うちは少すこし闇くらく且かつ暑あつかつた。おつぎは先頃さきごろの樣やうに直すぐに竈かまどを焚たいて柄杓ひしやくで二三杯ばいの水みづを茶釜ちやがまへ注さした。
「なんちつても、かうえ豆まめとれるなんておめえ等ら方はうはえゝのよなあ、俺おら方はうぢや土手どての近ちかくで手ての有あるもなあ、田たの畦豆くろまめ引ひつこ拔ぬえて土手どての中ちうツ腹ぱらへ干ほしちや見みた樣やうだが、まあだなんちつても莢さやが本當ほんたうに膨ふくれねえんだから、ほんの豆まめの形かたちしたつち位くれえなもんだべな、そりやさうと此この豆まめはえゝ豆まめだな、甘相うまさうでなあ」おつたは閾しきゐを跨またいで手先てさきの豆まめを少すこし攫つかんで見みていつた。それからおつたは洋傘かさと一つに置おいた先刻さつきの風呂敷包ふろしきづゝみを持もち込こんでさうして又また臀しりを据すゑた。「水みづん中なかに居ゐちや仕事しごとするにも仕事しごとはなしさなあ、それからみんな棒ぼうの先さきへ鈎はりくつゝけて魚釣さかなつりしたのよ、庭にはで幾いくらでも鮒ふな釣つれるつちんだから知しらねえものが見みちや酷ひどく困こまんねえ奴等やつらだと思おもふ位くれえなもんだんべのさ」おつたは一杯ぱいの茶ちやを啜すゝつて喉のどを濕うるほした。おつぎも南みなみの女房にようばうも眼めを据すゑて默だまつて聞きいて居ゐた。勘次かんじは六むづヶ敷しい顏かほをして居ゐながらも熱心ねつしんに聞きいた。
「後あとが酷ひどくつてな、縁えんの下したでも何なんでも泥えごみが一杯ぺえで、そえつあゝ掻かん出だせばえゝんだが床板ゆかいたが白しらつ黴かびに成なつちやつて此これがまだなかか干ひねえから疊たゝみなんざ何時いつ敷しつ込こめるもんだか分わかんねえのさ、そんでまた田たでも畑はたけでも引ひつ被かぶつた處とこは水みづ干ひてから腐くさつてるもんだから其その臭くせえことが又また噺はなしにやなんねえや、俺おら作物さくもつばかし困こまんだと思おもつたら、畑はたけの桐きりの木きでも樫かしの木きでも今いまん成なつてからぼろろ葉々はつぱが落おつこつちやつて可怖おつかねえもんだよ」おつたはいひながら風呂敷ふろしきを解といた。やまと煮にと書かいた牛肉ぎうにくの鑵詰くわんづめが三本ぼんと菓子くわしでもあるかと思おもふ小ちひさな紙包かみづゝみの堅かためた食鹽しよくえんの四つ五つとが出でた。
「此これなあ、そんでも難有ありがてえことに、水浸みづびたしに成なつた家いへさは役場やくばから一軒毎えつけんごめらに下さげ渡わたしになつたんだよ、俺おらまたこつちの家うちなんぞぢやどうえ鹽梅あんべえだと思おもつて暫しばらく外ほかへも出でたことねえもんだから出でても見みてえし、かうえ物もの自分じぶんでばかし口くち開あけつちやあのも何なんだと思おもつて持もつて來きて見みたのよ、俺おら一ひとつ手てえつけて見みたが何程なんぼえゝ味あぢのもんだか知しんねえや」おつたは空からになつたかなり大おほきな風呂敷ふろしきを幾いくつかに折をつた。「おゝえや、たえしたもんだね、此これ鹽しほだんべけまあ、見みてえたつて見みらつるもんぢやねえよ、かうえ物ものあねえ、能よくまあ持もつて來きて勘次かんじさん此こら大變たいへんだ」
 南みなみの女房にようばうは食鹽しよくえんの一箇こを手てにして見みながら羨うらやましげにいつた。おつぎも珍めづらし相さうにして南みなみの女房にようばうの手てを覗のぞいた。勘次かんじも白しろい食鹽しよくえんを爪つめの先さきで少すこしとつて口くちへ入いれた。
「鹽辛しよつぺえやまさか」彼かれは嫣然につこりとし乍ながら
「おつう、此これ藏しまつて置おけ、そんぢや」
といつて更さらに
「姊等あねらも酷ひどかんべ野のらは」と彼かれはおつたの染そめつゝあつた髮かみが、交まじつた白髮しらがをほんのりと見みせるまでに藥くすりの褪さめて穢きたなく成なつつたのを見みつゝいつた。
「米こめでも何なんでも一粒ひとつぶもとれやしねえのよ」おつたはぽさりとした樣やうにいつた。
「汁しんの身みなんざそんでも、どうにか出來できんのか」
「どうしてよおめえ、青あをえもな土手どての草くさばかしだつて云ゆつてる位くれえだもの、今日けふが今日けふ困こまつてんだな」
「そんぢや、姊あねげ茄子なすか南瓜たうなすでもやんべかなあ」勘次かんじは同情どうじやうが小すこし動うごいたやうにいつた。
「おやそんぢや俺おら家ぢでも葱ねぎの少すこしもあげあんせう」南みなみの女房にようばうはいつて桑畑くはばたけの小徑こみちを小走こばしりに駈かけて行いつた。
「おとつゝあ、それもなんだが、さうえに持もてやしめえし、米こめでも少すこしやつたらよかんべな、どうせ少すこし經たつと陸稻をかぼ刈かれんだもの」おつぎは口くちを添そへた。
「うむさうだなあ」と勘次かんじは南京米ナンキンまいの袋ふくろへ米こめを五升しようばかり、もう痩やせて居ゐる俵たわらから量はかり出だした。「挽割麥ひきわりもやつたらよかんべな」おつぎは又またいつた。
「此これさ交まぜてえゝけ」勘次かんじはおつたを顧かへりみていつた。
「うむ、一緒しよにしてくろ」とおつたは軟やはらかにいつた。勘次かんじは二ふたつを等半とうはんに交まぜてそれから又また大おほきな南瓜たうなすを三みつばかり土間どまへ竝ならべた。
「そんぢや大層たえそ厄介やつけえ掛かけて濟すまねえな、そんぢや俺おら米こめばかし脊負しよつてつて明日あしたでも又また南瓜たうなすはとりに來くるとすべえよ、そんぢや此こら、米こめ大變たいへんだから俺おれが風呂敷ふろしきぢやちつと小ちつちえんだが大えかえの有あれば貸かしてくんねえか」おつたはおつぎへいひ掛かけた。
「俺おら家ぢにやねえが、爺ぢいがな有あつたつけな、おとつゝあ」さういつておつぎは小走こばしりに卯平うへいの小屋こやへ行いつた。先刻さつきまで見みえなかつた卯平うへいが何處どこから歸かへつて來きたかむつゝりとして獨ひとりで煙管きせるを噛かんで居ゐた。
「爺ぢい居ゐたんだな、俺おら居ゐねえけりや默だまつて借かりてくべと思おもつたんだつけが、明日あしたまで伯母をばさん大えかえ風呂敷ふろしき要えるつちから貸かしてくんねえか、米こめ脊負しよつて行えくんだから」おつぎは突然だしぬけにいつた。
「うむ」と卯平うへいは不器用ぶきように風呂敷ふろしきを出だしてさうしておつぎの後うしろからおつたの側そばへのつそりと來きて立たつた。
「此これまあ、勘次等かんじらにも濟すまねえつちつてつ處ところさ、わし等らも洪水みづでねえ」おつたは風呂敷ふろしきで南京米なんきんまいの袋ふくろをきりつと包つゝんだ。
「そんぢや此この南瓜たうなすも俺おれ貰もらつてえゝんだな、馬鹿ばかに大えけえ南瓜たうなすぢやねえかな、明日あしたまで置おいてくろうな」おつたは始終しよつちう笑顏えがほを作つくつて居ゐる處ところへ南みなみの女房にようばうは葱ねぎを一束ひとたば藁わらでくるんだのを抱かゝへて來きた。「どうも濟すみませんねこら」おつたは勘次かんじを見みて
「どうしたもんだ、たえした葱ねぎぢやねえか、本當ほんたうに濟すまねえな、そんぢや此これも明日あしたまでとつて置おいてくろうな」と更さらに又また臀しりを据すゑて一杯ぱいの茶ちやを啜すゝつた。
「おやツ、此この栗くりは笑ゑんでんだなはあ」庭先にはさきの栗くりの梢こずゑに始はじめて目めをつけた樣やうにおつたはいつた。
「此間こねえだからなんでさ、ちつとばかしだが落おちたの有ありあんさ」おつぎは小笊こざるの底そこの粒栗つぶぐりを出だして
「あつちになけりや持もつてつたらようござんせう、大豆でえづもこれ打ぶつた處ところなら持もつてくとえゝんでがしたがね」おつぎは快こゝろよくいつた。
「さうだな、そんぢや貰もらつて行えくかな」おつたは手拭てぬぐひの兩端りやうはしへ栗くりを括くゝつた。
「こつちのおとつゝあん、此これわし役場やくばから下さがつたの持もつて來きて見みたんだが一つ分わけて貰もらつたらようがせう、滅多めつたねえ味あぢのもんだから」おつぎが先刻さつき藏しまふことを勘次かんじに促うながされてもおつたの手前てまへを憚はゞかつた樣やうにして其その儘まゝにして置おいた牛肉ぎうにくの鑵詰くわんづめの一つをおつたは卯平うへいへやつた。卯平うへいは窪くぼんだ目めを蹙しかめるやうにした。勘次かんじは放心うつかりした自分じぶんの懷ふところの物ものを奪うばはれた程ほどの驚愕きやうがくと不快ふくわいとの目めを以もつて卯平うへいとおつたとを見みた。おつたは重相おもさうな風呂敷包ふろしきづゝみをうんと脊負しよつて胸むねの結むすび目めへ兩手りやうてを掛かけて包つゝみの据すわりを好よくする爲ために二三度ど搖ゆすつた。
「そんぢや明日あしたまたお目めにかゝりあんせう」おつたは一同どうへ挨拶あいさつして「此こりやよかつた、本當ほんたうにまあ」聞きこえよがしに獨語どくごしながらおつたは庭にはから垣根かきねを出でた。勘次かんじは自分じぶんの側そばに牛鑵ぎうくわんを手てにして立たつた卯平うへいを改あらためて更さらに不快ふくわいな目めを以もつて凝視ぎようししながら、彼かれの心こゝろの裡うちには惜をしかつたといふ念慮ねんりよが何なんといふことはなしに只たゞふいと湧わいたのであつた。
「袋ふくろは明日あした持もつて來きてくんなくつちや畢をへねえぞ」と勘次かんじはおつたの後あとから追おひ掛かけるやうにしていつた。
 おつたは垣根かきねに添そうて後うしろの林はやしの側そばから田圃たんぼへ出でた。道端みちばたの竹たけの梢こずゑには何處どこまでも偃はうて一杯ぱいに乘のり掛かゝらねば止やむまいとする毒どくなせんにん草さうがくつきりと白しろく誇ほこつて居ゐる。小ちひさな身體からだでありながら少すこし鋭するどい嘴くちばしを持もつたばかりに、果敢はかない雀すゞめや頬白ほゝじろの前まへにのみ威力ゐりよくを逞たくましくする鵙もずが小ちひさな勝利者しようりしやの聲こゑを放はなつてきいいと際きはどく何處どこかの木きの天邊てつぺんで鳴ないて居ゐた。
 其その夜よ勘次かんじの家いへには突然とつぜん一同どうを驚愕きやうがくせしめた事件じけんが起おこつた。それは事こともなく濟すんでさうして餘あまりに滑稽こつけいな分子ぶんしを交まじへて居ゐた。與吉よきちは其その日ひの夕方ゆふがた、紙かみへ包つゝんだ食鹽しよくえんを一ひとつ盜ぬすんだ。彼かれは從來じうらい見みたことのない綺麗きれいな菓子くわしを發見はつけんしたと思おもつて心こゝろが躍をどつた。それでも彼かれは其その半分はんぶんを割わつていきなり嚥のみ下くだした。彼かれは喉のどがぢりりと焦こげつく程ほど非常ひじやうな苦惱くなうを感かんじた。勘次かんじもおつぎも只たゞ慌あわてた。勘次かんじは其その原因げんいんを知しつて「汝わりや馬鹿ばかだな本當ほんたうに、何なんち馬鹿ばかだんべなあ」と叱しかつて見みるだけであつた。勘次かんじが餘あまりに叱しかるので
「そんなに怒おこつたつて癒なほるめえな、おとつゝあは」と遂つひにはおつぎが勘次かんじを叱しかつた。與吉よきちは只たゞ苦くるしんで胸むねを掻かき挘むしる樣やうにしつゝ顛ころがつて泣ないた。卯平うへいは騷さわぎを聞きいてのつそりと來きた。
「水みづ飮のませて見みろ」彼かれは慌あわてるといふことを知しらぬものゝ如ごとく一言ごんいつた。おつぎは直すぐに柄杓ひしやくで水みづを汲くんだ。與吉よきちは幾いくらでも柄えに縋すがつて飮のんだ。
「雞にはとり納豆なつとうくつたつて死しなねえ内うちに水みづ飮のませりや何なんともねんだもの、水みづ飮のませりやそんなに騷さわぐにやあたらねえ」卯平うへいはいつて自分じぶんでも又また飮のませた。與吉よきちの枕元まくらもとに三人にんは徹宵よつぴて眠ねむらなかつた。恐おそろしく多量たりやうの水みづを飮のんだ與吉よきちは遂つひにすややと眠ねむつた。さうして翌朝よくあさけそそと癒なほつて驅かけ出だしたのであつた。
 次つぎの日ひおつたは復また來きた。おつたは自分じぶんが無意識むいしきに種たねを蒔まいた昨夜さくやの騷さわぎを知しつてる筈はずがないので、昨日きのふの如ごとく威勢ゐせいがよかつた。勘次かんじは睡眠すゐみんの不足ふそくから更さらに餘計よけいに不快ふくわいの目めを蹙しかめた。自分じぶんの風呂敷ふろしきへ軒のきの下したに竝ならべてある三つの南瓜たうなすを包つゝまうとしておつたは
「俺おれが南瓜たうなすは此これだつけかな」と不審相ふしんさうにいつた。「それだんべな」勘次かんじは漸やうやくこれだけいつた。淺猿さもしい彼かれはおつたへやつた南瓜たうなすを換かへて置おいたのであつた。
「どうしたつけ、昨日きのふの豆まめはそんでもたんと收穫とれた割合わりえゝだつけが」おつたが謎なぞのやうにいつても勘次かんじは更さらにはききといはなかつた。おつたも不快ふくわいな容子ようすをしながら南瓜たうなすと葱ねぎとを脊負しよつて別べつに口くちを利きくでもなく、只たゞ卯平うへいと二言ふたこと三言みこといつてもうどうでも好いいといふ態度たいどで出でて行いつた。勘次かんじはつくくと中間ちうかんの痛いたく痩やせて括くびれた俵たわらを見みた。
 財貨ざいくわによつて物質的ぶつしつてきの滿足まんぞくを自分じぶんの暖あたゝかな懷ふところに感かんじた時とき凡すべては此これを失うしなふまいとする恐怖きようふから絶たえず其その心こゝろを騷さわがせつゝあるやうに、無盡藏むじんざうな自然しぜんの懷ふところから財貨ざいくわが百姓ひやくしやうの手てに必かならず一度ど與あたへられる秋あきの季節きせつに成なれば、其その財貨ざいくわを保たもつた田たや畑はたけの穗先ほさきが之これを嫉ねたむ一部ぶの自然現象しぜんげんしやうに對たいして常つねに戰慄せんりつしつゝ且かつ泣ないた。二百十日かから廿日かの間あひだに渡わたつての暴風ばうふうは懸念けねんした程ほどのことはなく、只たゞ秋あきの空そらは六かし相さうに低ひくく成なつて棒ぼうのやうな雲くもへ煙けぶりの樣やうな雲くもがぽつりりと纏まつはつて居ゐる日ひが續つゞいて二三日にち晝ひるから夜よるへ掛かけてぼかかと暖あたゝかい空からつ風かぜが思おもひ切きり吹ふいた。小松こまつや櫟くぬぎの林はやしに交まじつて、之これに觸ふれゝば人ひとの肌膚はだへに血ちを見みせる程ほどの硬こはい意地いぢの惡わるい葉はを持もつた芒すゝきまでが、さうしなければ目めにも立たたないのに態々わざざと薄赤うすあかい軟やはらかな穗先ほさきを高たかくさし扛あげて、他ひと一倍ばいに騷さわいだ。暫しばらくして秋あきは眩まぶしい程ほど冴さえた空そらを見みせた。畑はたけには晝ひるが餘計よけいに明あかるい程ほど黄褐色くわうかつしよくに成熟せいじゆくした陸稻をかぼが一杯ぱいに首肯うなづいた。蕎麥そばは爽さわやかで且かつ細ほそく強つよい秋雨あきさめがしととと洗あらつて秋風あきかぜがそれを乾かわかした。洗あらつては乾かわかしし屡しばばそれが反覆はんぷくされてだんんに薄青うすあをく、さうして闇やみの夜よをさへ明あかるくする程ほど純白じゆんぱくに曝さらされた。臺地だいちの畑はたけは黄白くわうはく相あひ交まじつて地勢ちせいの儘まゝになだらかに起伏きふくして鬼怒川きぬがはの土手どてに近ちかく向方むかうへ低ひくくこけて居ゐる。さういふ畑はたけの周圍まはりに立たつて居ゐる蜀黍もろこしは強つよい莖くきがすつくりと穗ほを支さゝへて、それが疎まばらな垣根かきねのやうに連つらなつて畑はたけから畑はたけを繼つないでは幾いく十度どの屈折くつせつをなしつゝ段々だんんに短みぢかくなつて此これも鬼怒川きぬがはの土手どてに近ちかく竭つきる。土手どての篠しのの高たかさに見みえる蜀黍もろこしは南風なんぷうを受うけて、さし扛あげた手ての如ごとき形かたちをなしては先さきから先さきへと動うごいて、其その手てが溯さかのぼる白帆しらほを靜しづかに上流じやうりうへ押おし進すゝめて居ゐる。さうしては又また其その疎まばらな垣根かきねは長ながい短みじかいによつて遠とほくの林はやしの梢こずゑや冴さえた山々やままの頂いたゞきを撫なでゝ居ゐる。爽さわやかな秋あきは斯かくしてからりと展開てんかいした。 然しかし勘次かんじの作つくつた陸稻をかぼはかういふ畑はたけではなく、梢こずゑの荒すさんだ雜木林ざふきばやしの間あひだのみであつた。彼かの開墾地かいこんちへは周圍しうゐに隱かくれる場所ばしよが有ある所爲せゐか、村落むらの何處どこにも俄にはかに其その聲こゑを聞きかなくなつた雀すゞめが群ぐんをなして日毎ひごとに襲おそうた。彼かれはそれでも根こんよく白しろい瓦斯絲ガスいとを縱横じゆうわうに畑はたけの上うへに引ひつ張ぱつてひららと燭奴つけぎを吊つつて威おどして見みた。それでも狡獪かうくわいな雀すゞめの爲ために籾もみのまだ堅かたまらないで甘あまい液汁しるの如ごとき状態じやうたいをなして居ゐる内うちから小ちひさな嘴くちばしで噛かんで夥したゝかに籾殼もみがらが滾こぼされた。彼かれは空からつ風かぜが障さはつたとは思おもつて居ゐても、長ながい幹からを刈かり倒たふした時ときはそれでも熱心ねつしんで且かつ愉快ゆくわいであつたが、然しかし乾燥かんさうして米こめにした時ときには彼かれは夏なつの頃ころの豫想よさうと非常ひじやうな相違さうゐであることを確たしかめて落膽らくたんせざるを得えなかつた。
 彼かれの淺猿さもしい心こゝろが僅わづかな米こめや麥むぎを姊あねなるものゝおつたに騙だまして取とられたかと思おもひ出だしては暫しばらくの間あひだ忌々敷いまましさに堪たへなかつた。彼かれは勢いきほひ何なにかに當あたり散ちらさうとするのにおつぎと與吉よきちとに對たいしては餘あまりに深ふかい親したしみを有もつて居ゐた。斯かうして彼かれの卯平うへいに對たいする憎惡ぞうをの念ねんが彼かれの心こゝろへ錐きりを穿うがつて更さらに釘くぎを以もつて確然しつかと打うちつけられたのであつた。
二一

 勘次かんじが走はしつて鬼怒川きぬがはの岸きしに立たつた時ときは霧きりが一杯ぱいに降おりて、水みづは彼かれの足許あしもとから二三間げん先さきが見みえるのみであつた。岸きしには船ふねが繋つないでなかつた。彼かれは焦慮あせつて例いつもするやうに大聲おほごゑ出だして對岸むかうへ行いつた筈はずの船ふねを喚よんだ。「おうえ」と應おうずる聲こゑが水みづを渉わたつて強つよく然しかも近ちかく聞きこえた。勘次かんじは其その聲こゑに壓あつせられて默だまつた。直すぐに舳へさきが薄うすく霧きりの中なかから見みえた。勘次かんじは殆ほとんど咽むせぶやうな霧きりに包つゝまれて船ふねに立たつた。處々ところろさららと微かすかに響ひゞきを傳つたひて船ふねの底そこが支さゝへられようとする。初秋しよしうの洪水こうずゐ以來いらい河かはの中央ちうあうには大おほきな洲すが堆積たいせきされたので、船ふねは其その周圍しうゐを偃はうて遠とほく彎曲わんきよくを描ゑがかねば成ならぬ。勘次かんじは目めを掩おほはれたやうで心細こゝろぼそい霧きりの中なかに、其麽そんなことで著いちじるしく延長えんちやうされた水路すゐろを辿たどつて居ゐながら、悠然ゆつくりとして鈍にぶい棹さをの立たてやうをするのに心こゝろを焦慮あせらせて
「どうしたんべ、入へえつちや越こせめえか」船頭せんどうの方はうを向むいて彼かれはいつた。
「ぶくくやりたけりや入へえつた方はうがえゝや」船頭せんどうはそつけなくいつて徐おもむろに棹さをを立たてる。船底ふなぞこが觸さはつて立たつて居ゐる身體からだがぐらりと後うしろへ倒たふれ相さうに成なつた。勘次かんじは船頭せんどうが態わざと自分じぶんを突つきのめしたものゝやうに感かんじて酷ひどく手頼たよりない心持こゝろもちがした。彼かれは凝然ぢつと屈かゞんで船頭せんどうの操あやつる儘まゝに任まかせた。中央ちうあうの大おほきな洲すから續つゞく淺瀬あさせに支さゝへられて船ふねは例いつもの處ところへは着つけられなく成なつて居ゐる。只たゞ一人ひとりの乘客じようかくである勘次かんじは船頭せんどうの勝手かつてな處ところへおろされたやうに思おもつた。河楊かはやなぎが痩やせて、赤あかい實みを隱かくした枸杞くこの枝えだがぽつさりと垂たれて、大おほきな蓼たでの葉はが黄色きいろくなつて居ゐる岸きしへ船ふねはがさりと舳へさきを突つつ込こんだのである。それでも其處そこにはもう幾度いくたびか船ふねがつけられたと見みえて足趾あしあとらしいのが階段かいだんのやうに形かたちづけられてある。勘次かんじは河楊かはやなぎの枝えだに手てを掛かけて他人ひとの足趾あしあとを踏ふんだ。枝えだや葉はがざららと彼かれの蓙ござに觸ふれて鳴なつた。彼かれは三足目みあしめに岸きしに立たつた。岸きしは畑はたけで、洪水こうずゐが齎もたらした灰はひに似にてる泥えごみが一杯ぱいに乾かわいて大おほきな龜裂きれつを生しやうじて居ゐる。周圍しうゐの蜀黍もろこしが穗ほを伐きられた儘まゝ、少すこし遠とほくはぼんやりとして此これも霧きりの中なかに悄然ぽつさりと立たつて居ゐる。勘次かんじが顧ふりかへつた時とき、彼かれを打棄うつちやつた船ふねは沈しづんだ霧きりに隔へだてられて見みえなかつた。彼かれは蜀黍もろこしの幹からに添そうて足趾あしあとに從したがつて遙はるかに土手どての往來わうらいへ出でた。霧きりが一遍ぺんに晴はれた。彼かれは何なにかに騙だまされた後あとのやうに空洞からりとした周圍しうゐをぐるりと見廻みまはさない譯わけにはいかなかつた。彼かれは沿岸えんがんの洪水後こうずゐじの變化へんくわに驚愕おどろきの目めを睜みはつた。偶然ひよつと彼かれは俄にはかに透明とうめいに成なつた空氣くうきの中なかから驅かけつて來きて網膜まうまくの底そこにひつゝいたものゝやうにぽつちりと一つ目めについたものがある。それは遠とほい上流じやうりうに繋かゝつて居ゐる小ちひさな船ふねであつた。 其處そこには數本すうほんの竹竿たけざをが立たてられてあるのも同時どうじに彼かれの目めに入いつた。彼かれは直すぐにそれが鮭捕船さけとりぶねであることを知しつた。漁夫ぎよふは鮭さけが深夜しんやに網あみに懸かゝるのを待まちつゝ、假令たとひ連夜れんやに渡わたつてそれが空むなしからうともぽつちりとさへ眠ねむることなく、又また獲物えものが鋭するどく水みづを切きつて進すゝんで來くるのを彼等かれらの敏捷びんせふな目めが闇夜あんやにも必かならず逸いつすることなく、接近せつきんした一刹那せつな彼等かれらは水中すゐちうに躍をどつて機敏きびんに網あみを以もつて獲物えものを卷まくのである。彼等かれらは夜よが明あけると銀ぎんの如ごとく光ひかつて居ゐる獲物えものが一尾ぴでも船ふねに在あればそれを青竹あをだけの葉はに包つゝんで威勢ゐせいよく擔かついで出でる。さもなければ怜悧りこうな鮭さけが澱よどみに隱かくれて動うごかぬ白晝ひるの間あひだのみぐつたりと疲つかれた身體からだに僅わづかに一睡すいを偸ぬすむに過すぎないので、朝あさの明あかるく白しろい水みづにさへ凝然ぢつと其その目めを放はなたないのである。孰いづれにしても小ちひさな船ふねは今いま冷つめたい朝あさの靜しづけさを保たもつて居ゐるのである。只たゞ遙はるかに隔へだつた村落むらの木立こだちの梢こずゑから騰のぼる炊煙すゐえんが冴さえた冷つめたい空そらに吸すひこまれて居ゐるのみで、其その小ちひさな船ふねが中心點ちうしんてんをなして勘次かんじの目めには一つも動うごく物ものを見みなかつた。彼かれは暫しばらく又また凝然ぢつとして上流じやうりうの小船こぶねを見みて居ゐた。彼かれは氣きがついた時とき土手どてを一散さんに北きたへ急いそいだ。土手どては軈やがて水田すゐでんに添そうてうねねと遠とほく走はしつて居ゐる。土手どての道幅みちはゞが狹せまくなつた。それは刈かられてぐつしやりと濕しめつて居ゐる稻いねが土手どての芝しばの上うへ一杯ぱいに干ほされてあつたからである。稻いねはぼつつと簇むらがつて居ゐる野茨のばらの株かぶを除のぞいて悉こととく擴ひろげられてある。野茨のばらの葉ははもう落おちて畢しまつて、小ちひさな枝えだの先さきには赤あかいつやゝかな實みが一つづゝ翳かざされて居ゐる。草刈くさかりの鎌かまを遁のがれて確乎しつかと其その株かぶの根ねに縋すがつた嫁菜よめなの花はなが刺立とげだつた枝えだに倚より掛かゝりながらしつとりと朝あさの濕うるほひを帶おびて居ゐる。濡ぬれた稻いねの臭にほひが勘次かんじの鼻はなを衝ついた。螽いなごがぱららと足あしの響ひゞきに連つれて稻いねを渉わたつて遁にげた。彼かれは其その干ほされた稻いねの穗先ほさきを攫つかんで籾もみの幾粒いくつぶかを手てに扱しごいて見みた。彼かれは更さらに其その籾粒もみつぶを齒はで噛かんで見みた。彼かれは夫それから又また一散さんに走はしつた。彼かれは少すこしの間まに酷ひどく暇ひまどつたやうに感かんじた。足あしには脚絆きやはんと草鞋わらぢとを穿はいて背せには蓙ござを負おうて居ゐる。蓙ござは終たえず彼かれの背後はいごにがささと鳴なつて其その耳みゝを騷さわがした。彼かれは遂つひに土手どてから折をれて東ひがしへへと走はしつた。 村落むらがぽつりりと木立こだちを形かたどつて居ゐる外ほかには一帶たいに只たゞ連續れんぞくして居ゐる水田すゐでんを貫つらぬいて道みちは遙はるかに遠とほく、ひつゝいたやうな臺地だいちの林はやしを望のぞんで一直線ちよくせんである。彼かれは嘗かつて其處そこを歩あるいたことはあつた。然しかし彼かれの知しつてるのは幾屈曲いくくつきよくをなして居ゐた當時たうじである。彼かれは何時いつの間まにか極端きよくたんに人工的じんこうてきの整理せいりを施ほどこされた耕地かうちに驚愕おどろきの目めを睜みはつた。彼かれは溝渠こうきよの井然せいぜんとして居ゐるのに見惚みとれて畢しまつた。
 日ひは漸やうやく朝あさを離はなれて空そらに居据ゐすわつた。凡すべての物ものが明あかるい光ひかりを添そへた。然しかしながら周圍しうゐの何處いづこにも活々いききした緑みどりは絶たえて目めに映うつらなかつた。まだ幾いくらも刈かられてない田たは、黄褐色くわうかつしよくの明あかるい光ひかりを反射はんしやして、處々しよよの畑はたけに仕ある桑くはも、霜しもに逢あふまではと梢こずゑの小ちひさな軟やはらかな葉はの四五枚まいが潤うるほひを有もつて居ゐるのみである。ぽつつと簇むらがつた村落むらの木立こだちの孰いづれも悉こととく赭あかいくすんだ葉はを以もつて掩おほはれて居ゐる。さうして低ひくく相あひ接せつして居ゐる木立こだちとの間あひだに截然くつきりと強つよい線せんを描ゑがいて空そらは憎にくい程ほど冴さえて居ゐる。さうだ。凡すべての植物しよくぶつが有もつて居ゐる緑素りよくそは悉皆みんな空そらが持もつて居ゐるのだ。春はるになると空そらはそれを雨あめに溶解ようかいして撒まいてやるのだ。それだから濕うるほうた枝えだはどれでも青あをく彩いろどられねばならぬ筈はずである。それだから幾度いくたび百姓ひやくしやうの手てが耕たがやさうとも其その土つちを乾燥かんさうして濡ぬらさぬ工夫くふうを立たてない限かぎりは、思おもはぬ處ところにぽつりりと草くさの葉はが青あをく出でて、雨あめが降ふれば降ふる程ほど何處どこでも一杯ぱいに其その草くさの葉はが濃こく成なつて行ゆかねばならぬ筈はずである。それを晩秋ばんしうの空そらが悉皆みんな持もち去さるので滅切めつきりと冴さえる反對はんたいに草木くさきは凡すべてが乾燥かんさうしたりくすんだりして畢しまふのに相違さうゐないのである。 明あかるい日ひは全まつたく晝ひるに成なつた。處々ところろの島しまのやうな畑はたけの縁へりから田たへ偃はひ掛かゝつて居ゐる料理菊れうりぎくの黄きな花はなが就中なかでも一番ばん強つよく日光につくわうを反射はんしやして近ちかいよりは遠とほい程ほど快こゝろよく鮮あざやかに見みえて居ゐる。勘次かんじは始終しよつちう手拭てぬぐひを以もつて捲まいた右手めての肘ひぢを抱かゝへるやうにして伏目ふしめに歩あるいた。道みちに添そうて狹せまい堀ほりの淺あさい水みづに彼かれの目めが放はなたれた。がららに荒すさんだ狼把草たうこぎやゑぐがぽつつと水みづに浸ひたつて居ゐる。蒼あをい空そらは淺あさい水みづの底そこから遙はるかに深ふかく遠とほく光ひかつた。さうして何處どこからか迷まよひ出だして落付おちつく場所ばしよを見出みいだし兼かねて困こまつて居ゐるやうな白しろい雲くもが映うつつて、勘次かんじが走はしれば走はしる程ほど先さきへへと移うつつた。勘次かんじはそれを凝視みつめて行ゆくと何なんだか頭腦あたまがぐららするやうに感かんぜられた。彼かれは昨夜ゆふべは眠ねむらなかつた。彼かれの自分じぶん獨ひとりで噛かみ殺ころして居ゐねばならぬ忌々敷いまましさが頭腦あたまを刺戟しげきした。彼かれは只管ひたすら肘ひぢの瘡痍きずの實際じつさいよりも幾倍いくばい遙はるかに重おもく他人ひとには見みせたい一種しゆの解わからぬ心持こゝろもちを有もつて居ゐた。寸暇すんかをも惜をしんだ彼かれの心こゝろは從來これまでになく、自分じぶんの損失そんしつを顧かへりみる餘裕よゆうを有もたぬ程ほど惑亂わくらんし溷濁こんだくして居ゐた。白晝ひるの日ひは横頬よこほゝに暑あつい程ほどに射さし掛かけたが周圍あたりは依然やつぱり冷つめたかつた。堀ほりの淺あさい水みづには此これも冷つめたげに凝然ぢつと身みを沈しづめた蛙かへるが默だまつて彼かれを見みて居ゐた。遠とほい田圃たんぼを彼かれは前後ぜんごに只たゞ一人ひとりの行人かうじんであつた。遙はるかにぽつりりと見みえる稻刈いねかりの百姓ひやくしやうは㷀然ぽつさりとした彼かれの目めから隱かくれようとする樣やうに悉皆みんなずつと低ひくく身みを屈かゞめて居ゐる。明あかるい光ひかりに滿みちた田圃たんぼを其その惑亂わくらんし溷濁こんだくした心こゝろを懷いだいて寂さびしく歩數あゆみを積つんで行ゆく彼かれは、玻璃器はりきの水みづを日ひに翳かざして發見はつけんした一點てんの塵芥ごみであつた。 勘次かんじは田圃たんぼが竭つきた時とき村落むらを過すぎて臺地だいちへ出でた。村落むらの垣根かきねには稻いねを掛かけて居ゐる人々ひとびとがあつた。道みち行ゆく人ひとを見みたがる癖くせの彼等かれらは皆みな忙いそがしげな勘次かんじを見みた。勘次かんじは他人ひとが自分じぶんを見みることを知しつた時とき肘ひぢを復また叮嚀ていねいに抱だいた。臺地だいちには林はやしの間あひだに陰氣いんきな畑はたけが開墾かいこんされてあつた。彼かれは開墾地かいこんちの土質どしつと作物さくもつとを非常ひじやうな注意ちういで見みた。又また村落むらがあつて廣ひろい畑はたけが展開てんかいした。畑はたけは陸稻をかぼを刈かつた儘まゝの處ところが幾いくらもあつた。彼かれは陸稻をかぼの刈株かりかぶを叮嚀ていねいに草鞋わらぢの先さきで蹂ふんで見みた。百姓ひやくしやうがちらほらと動うごいて麥むぎを蒔まくべき土つちが清潔せいけつに耕たがやされつゝある。畑はたけの黒くろい土つちは彼等かれらの技巧ぎかうを發揮はつきして叮嚀ていねいに耕たがやされゝば日ひがまだそれを乾ほさない内うちは只たゞ清潔せいけつで快こゝろよい感かんじを見みる人ひとの心こゝろに與あたへるのである。
 さういふ村落むらを包つゝんで其處そこにも雜木林ざふきばやしが一帶たいに赭あかくなつて居ゐる。他たに先立さきだつて際きはどく燃もえるやうになつた白膠木ぬるでの葉はが黒くろい土つちと遠とほく相あひ映えいじて居ゐる。勘次かんじは自分じぶんの麥むぎを蒔まくべき畑はたけの用意よういがまだ十分ぶんでないことを思おもつた。彼かれは前年ぜんねん寒さむさが急きふに襲おそうた時とき、種たね蒔まく日ひが僅わづかに二日ふつかの相違さうゐで後おくれた麥むぎの意外いぐわいに收穫しうくわくの減少げんせうした苦にがい經驗けいけんを忘わすれ去さることが出來できなかつた。彼かれは標準へうじゆんとして教をしへられた其その日ひを外はづすことなく麥むぎは蒔まかねばならぬものと覺悟かくごをして居ゐるのである。それと共ともに一日にちでも斯かうして時間じかんを空費くうひする自分じぶんの瘡痍きずに就ついて彼かれは深ふかく悲かなしんだ。然しかしそれで居ゐながら彼かれは悲痛ひつうから來くる憤懣ふんまんの情じやうが、只たゞ其その瘡痍きずを何人なんぴとにも實際じつさい以上いじやうに重おもく見みせもし見みられもしたい果敢はかない念慮ねんりよを湧わかしむることより外ほかに何物なにものをも有もたなかつた。彼かれは殆ほとんど絶對ぜつたいに同情どうじやうと慰藉ゐしやとに渇かつして居ゐたのである。 畑はたけの黒くろい土つちにはぽつつと大根だいこんの葉はが繁しげつて居ゐる。周圍しうゐに冴さえた青あをい物ものは大根だいこんの葉はのみである。大根だいこんの葉はは、一旦たん地上ちじやうの緑みどりを奪うばうて透徹とうてつした空そらが其その濃厚のうこうな緑みどりを沈澱ちんでんさせて地上ちじやうに置おいた結晶體けつしやうたいでなければならぬ。晩秋ばんしうの氣きは只管ひたすらに沈しづまうとのみして居ゐる。生殖作用せいしよくさようを畢をはつた凡すべての作物さくもつの穗先ほさきは悉皆みんなもう俛首うなだれて居ゐる。蟲むしの聲こゑも地ちに沁しみ入いらうとして居ゐる。獨ひとり爽さわやかな緑みどりを與あたへられた大根だいこんの葉はも、幾いくら成長せいちやうしても強つよく引ひき締しめる晩秋ばんしうの氣きを受うけて地ちにひつゝくやうにして漸やつと斜なゝめに廣ひろがるのみで、毫すこしでも高たかく立たち昇のぼることを許容ゆるされて居をらぬ。恁かうして畑はたけの土つちは只たゞ冷つめたく凍こほるのを待まつて居ゐるのである。
 勘次かんじは漸やうやく整骨醫せいこついの門もんに達たつした。整骨醫せいこついの家いへはがら竹たけの垣根かきねに珊瑚樹さんごじゆの大木たいぼくが掩おほひかぶさつて陰氣いんきに見みえて居ゐた。戸板といたを三角形かくけいに合あはせて駕籠かごのやうに拵こしらへたのが垣根かきねの内うちに置おかれてあつた。誰たれか重おもい怪我人けがにんが運はこばれたのだと勘次かんじは直すぐに悟さとつてさうして何なんだか悚然ぞつとした。彼かれは業々げふふしい自分じぶんの扮裝いでたちに恥はぢて躊躇ちうちよしつゝ案内あんないを請こうた。ぽつさりとして玄關げんくわんに待まつて居ゐるのは悉皆みんな怪我人けがにんばかりである。首くびから白しろい布片きれを吊つつて此これも白しろく繃帶ほうたいした手てを持もたせたものもあつた。其處そこに蒼あをい顏かほをしてぐつたりと横よこたはつて居ゐるものもあつた。勘次かんじは怪我人けがにんの後うしろに隱かくれるやうにして自分じぶんの番ばんになるのを待まちながら周邊あたりが何なんとなく藥臭くすりくさくて恐おそろしいやうな感かんじに囚とらはれた。醫者いしやは一人ひとりの患部くわんぶを軟やはらかに柔もんでやつて居ゐたが勘次かんじをちらと見みた。勘次かんじは何なんだか睨にらまれたやうに感かんじた。醫者いしやは爼板まないたのやうな板いたの上うへに黄褐色くわうかつしよくな粉藥こぐすりを少すこし出だして、白しろい糊のりと煉ねり合あはせて、罎びんの酒さけのやうな液體えきたいでそれを緩ゆるめてそれから長ながい鋏はさみで白紙はくしを刻きざんで、眞鍮しんちうの箆へらで其その藥くすりを紙かみへ塗抹ぬつて患部くわんぶへ貼はつてやつた。怪我人等けがにんらは只たゞ凝然ぢつとして醫者いしやの熟練じゆくれんした手てもとを凝視ぎようしした。勘次かんじは他人ひとの後うしろから爪立つまだてをした。二三人にん小ちひさな療治れうぢが濟すんで十二三の男をとこの子こが仕事衣しごとぎの儘まゝな二十四五の百姓ひやくしやうに負おはれて醫者いしやの前まへに据すゑられた。醫者いしやは縁側えんがはの明あかるみへ座蒲團ざぶとんを敷しいて出でた。怪我人けがにんは醫者いしやの前まへへ出でると恐怖きようふに襲おそはれたやうに俄にはかに鳴咽をえつした。醫者いしやは横よこに膨ふくれた大おほきな身體からだでゆつたりと胡坐あぐらをかいた儘まゝ怪我人けがにんの左ひだりの手てを捲まくつて見みた。怪我人けがにんの上膊じやうはくが挫折ざせつしてぶらりと垂たれて居ゐた。醫者いしやは怪我人けがにんの患部くわんぶに手てを觸ふれて見みて「お前まへそつち持もつて」と簡單かんたんに顎あごで百姓ひやくしやうへ指圖さしづした。百姓ひやくしやうは怖おづづ怪我人けがにんの後うしろへ廻まはつて蒼あをい顏かほをして抱だいた。
「えゝか、ぎつと抱だいてるんだぞ」醫者いしやは足あしを怪我人けがにんの腹部ふくぶに當あてゝ兩手りやうてに挫折ざせつした手てを持もつて曳ひかうとした。怪我人けがにんは恐おそろしさにわつと聲こゑを放はなつて泣ないた。醫者いしやは手てを止とめた。
「お前まへ兄貴あにきだな、そんぢやえゝ、徒勞むだだ」と抱だいた手てを放はなたしめた。百姓ひやくしやうは骨肉こつにくの勦いたはりが泣なき號さけぶ子こをぎつと力ちからを籠こめて曳ひかせない。そんな思おもひきつた手段しゆだんに加くははることは出來できないのであつた。百姓ひやくしやうは泣なけば泣なく程ほど手てを緩ゆるめた。醫者いしやはそれで徒勞むだだといつた。百姓ひやくしやうは只たゞ蒼あをい顏かほをしてぼつとして居ゐるのみであつた。
 醫者いしやは更さらに家族かぞくに命めいじて近所きんじよの壯者わかものを喚よびにやつた。
「木きから落おつこつたな」醫者いしやは百姓ひやくしやうに聞きいた。
「えゝ、わしやはあ、どうしてえゝもんだか分わかんねえから畑はたけ耕うなつてた儘まゝ衣物きものも着きねえで斯かうして負おぶつて來きたんだが」と百姓ひやくしやうはいつて、それから
「わし柹かきの木きさ登のぼんな見みてたんだつけが、落おつこつたから驅かけてつて見みたら、目めえ引ひつゝけつちやつて、そんでも暫しばらく經たつたら泣なき出だしたんでわし抱だき起おこして手てへ觸さはつたら、痛いてええつちから捲まくつて見みたら、斯かうぶらんと成なつたつ切きりでわしもはあ、魂消たまげつちやつて」百姓ひやくしやうは只管ひたすらに慌あわてゝいつた。「本當ほんたうに此處こゝへ來きて居ゐちや毎日まいんちのやうに木きから落おつこつたつち怪我人けがにんが來くんだよまあ、椎しひの木きから落おつこつたの栗くりの木きから落おつこつたのつて、子供こどもの怪我けがは大概てえげえさうなんだから、男をとこつ子こ持もつちや心配しんぺえさねえ、そんだがこれ、怪我けがつちや過えゝまちだから、わし等らも下駄げた穿はきながらひよえつと轉ころがつた丈だけで手てつ首くび折をつちよれたんだなんて」と側そばに居ゐた婆ばあさんがいつた。
「わし等らがも毎日まいんちのやうに柹かきの木きさ登のぼつてゝ木登きのぼりは上手じやうずなんだから、それも雨あめでも降ふつたばかしならつるるして足あし引ひつ掛かゝんねえもんだが雨あめは降ふんねえし、そんなこたねえ筈はずなんだが、攫つかまつてた枝えだん處とこに蛇へび居ゐたとかつて慌あわくつておりべと思おもつたつちんだから、いつでもはあ枝えだなんざがさがさやつて天邊てつぺんの方はうで呶鳴どなつたりなにつかしてたんだつけが、かさあつちのが酷ひどく變へんな音おとだと思おもつて見みる内うちにや落おつこちんな早はえゝもんで、困こまつたこと出來できたのせ」百姓ひやくしやうは乘地のりぢになつていひ續つゞけた。勘次かんじは恐怖きようふの目めを睜みはつて耳みゝを傾かたむけた。
「柹かきの木きさ蛇へびがあがるやうぢや雨あめでもまた降ふらなけりやえゝが、百姓ひやくしやうにや大事でえじな處ところなんだからまあ、ちつと續つゞけさせてえもんだが」側そばから又また一人ひとりの怪我人けがにんが口くちを添そへた。勘次かんじは又また其その噺はなしを聞ききながら定さだまりない天候てんこうの變化へんくわを案あんじた。 軈やがて近所きんじよの壯者わかものが來きて以前いぜんの如ごとく怪我人けがにんを懷だいた。醫者いしやは先刻さつきのやうにして怪我けが人の恐怖きようふした顏かほを見みながら口くちを締しめてぎつと其その手てを曳ひいた。怪我人けがにんの手てはぼぎつと恐おそろしい音おとを立たてた。怪我人けがにんは只たゞ泣なき號さけんだ。
「よしし癒なほつちやつた」醫者いしやは手てを放はなつて、太ふとい軟やはらか相さうな指ゆびの腹はらで暫しばらく揉もむやうにしてそれから藥くすりを塗ぬつた紙かみを一杯ぱいに貼はつて燭奴つけぎのやうな薄うすい木きの板いたを當あてゝぐるりと繃帶ほうたいを施ほどこした。
「どのつ位くれえで癒なほつたもんでござんせうね、先生せんせいさん」百姓ひやくしやうは懸念けねんらしく聞きいた。
「さう直すぐにや癒なほらねえな」醫者いしやは無愛想ぶあいそにいつた。百姓ひやくしやうは依然いぜんとして蒼あをい顏かほをしながら怪我人けがにんを脊負しよつて歸かへつて行いつた。それから二三人にんの療治れうぢが濟すんで勘次かんじの番ばんに成なつた。
「此こりや大層たいそう大事だいじにしてあるな」醫者いしやは穢きたない手拭てぬぐひをとつて勘次かんじの肘ひぢを見みた。鐵てつの火箸ひばしで打うつた趾あとが指ゆびの如ごとくほのかに膨ふくれて居ゐた。
「どうしたんだえ此こら、夫婦喧嘩ふうふげんくわでもしたか」醫者いしやは毎日まいにち百姓ひやくしやうを相手あひてにして碎くだけて交際つきあふ習慣しふくわんがついて居ゐるので、どつしりと大おほきな身體からだからかういふ戯談じようだんも出でるのであつた。「なあにわしやはあ、嚊かゝあに死しなれてから七八年ねんにもなんでがすから」勘次かんじは少すこし苦笑くせうしていつた。
「さうか、そんぢや誰だれに打ぶたれたえ、まあだ壯さかりだからそんでも何處どこへか拵こしらえたかえ」輕微けいびな瘡痍きずを餘あまりに大袈裟おほげさに包つゝんだ勘次かんじの容子ようすを心こゝろから冷笑れいせうすることを禁きんじなかつた醫者いしやはかう揶揄からかひながら口髭くちひげを捻ひねつた。
「先生せんせいさん戯談じやうだんいつて、なあにわしや爺樣ぢいさまに打ぶたれたんでさ」勘次かんじは只管ひたすらに醫者いしやの前まへに追求つゐきうの壓迫あつぱくから遁のがれようとするやうにいつた。
 醫者いしやはそれからはもう默だまつて藥くすりを貼はつて形かたばかりの繃帶ほうたいをした。
「先生せんせいさん、わしやまあだ來きなくつちやなりあんすめえか」勘次かんじは懸念けねんらしい目めを以もつて聞きいた。
「此この藥くすりをやるから、自分じぶんで貼はつた方はうがえゝ、此これで癒なほるから」と醫者いしやは一袋ひとふくろの藥くすりを與あたへた。勘次かんじは一度ど整骨醫せいこついの門もんを潜くゞつてからは、世間せけんには這麽こんなに怪我人けがにんの數かずが有あるものだらうかと絶たえず驚愕おどろきと恐怖おそれとの念ねんに壓あつせられて居ゐたが、珊瑚樹さんごじゆの繁茂はんもした木蔭こかげから竹たけの垣根かきねを往來わうらいへ出でた時とき彼かれは身みも心こゝろも俄にはかに輕かるくなつたことを感かんじた。彼かれは小ちひさな怪我人けがにんから聯想れんさうして此これも毎日まいにち庭にはの木きを覘ねらつて居ゐる與吉よきちを憂うれへ出だした。彼かれは脚力きやくりよくの及およぶ限かぎり歸途きとを急いそいだ。彼かれは行ゆくく午前ごぜんに見みて暫しばらく忘わすれて居ゐた百姓ひやくしやうの活動くわつどうを再ふたゝび目前もくぜんに見みせ付つけられて隱かくれて居ゐた憤懣ふんまんの情じやうが復また勃々むかかと首くびを擡もたげた。彼かれは自分じぶんの瘡痍きずが輕かるく醫者いしやから宣告せんこくされた時ときは何なんとなく安心あんしんされたのであつたが、然しかし又また漸次だんだん道程みちのりを運はこびつゝ種々いろいろな雜念ざふねんが湧わくに連つれて、失望しつばうと不滿足ふまんぞくを心こゝろに懷いだきはじめた。彼かれは家いへに歸かへつた後のち瘡痍きずを重おもく見みせ掛かけようとするのには醫者いしやの診斷しんだんが寸毫すんがうも彼かれに味方みかたして居ゐなかつたからである。 彼かれの家いへに歸かへつたのは日ひが西にしに連つらなつた雜木林ざふきばやしの上うへに傾かたむかうとした頃ころであつた。彼かれは只たゞ其その儘まゝに自分じぶんの怪我けがと其その事實じじつとを掩おほうて置おくのが残のこり惜をしい心持こゝろもちがした。それで彼かれは其その足あしで直すぐに南みなみの家いへへ行いつた。脚絆きやはんと草鞋わらぢとで身みを堅かためた勘次かんじの容子ようすを不審ふしんに思おもつた南みなみの亭主ていしゆへ勘次かんじは突然とつぜん訴うつたへるやうにいつた。
「俺おら、爺樣ぢいさまに鐵火箸かなひばしで打ぶつ飛とばさつて、骨接ほねつぎへ行いつて來きた處とこだが、忙いそがし處ところ酷ひでえ目めに逢あつちやつた」勘次かんじはそれでも口くちが澁しぶつて思おもふ樣やうにいへなかつた。南みなみの亭主ていしゆは態々わざざ來きて噺はなしをされては棄すてゝ顧かへりみぬことも出來できなかつた。
「どうしたつちんでえまあ、勘次かんじさん」幾いくらか態わざとらしく驚おどろいたやうに聞きいた。
「昨日きのふの日暮ひぐれに俺おれ野のらから歸けえつて來きたら爺樣ぢさま雞にはとりげ餌料ゑさ撒まえてやつてつから見みたら、米こめ交まぜて置おいた食稻けしねの方ほう掻かん出だして撤まいてんぢやねえけ、夫それから俺おらもそれ遣やつたんぢや畢をへねつちつたな、雞にはとりげやんなそつちに別べつにして有あんだから撒まいてやんだらそつちのがにして呉くろつちつたのよ、雞にはとりげなんざ勿體もつていねえな、さうしたらいきなり鐵火箸かなひばしで俺おれこと打ぶつ飛とばして、汝わりや俺おれげ食くはせんのせえ惜をしいつ位くれえだから雞にはとりげやつてせえ其麽そんなこと云ゆへやがんだんべなんて、麽おら放心うつかりしてたもんだから逃にげ間まにやあねえで、此これかうえに怪我けがしつちやつたな、今いま蒔物まきものの忙いそがしい處ところへ打ぶつ込こんで、何處どこまでも癒なほんねえやうでもしやうねえから朝あさつ稼かせぎに骨接ほねつぎへ行えつたんだが、遠とほいのにそれに行えつて見みつと怪我人けがにんが來きて居ゐてちよつくらぢやねえもんだから、隨分ずいぶん急えそえだ積つもりだつけがこんなに遲おそくなつちやつて、何なんちつても日ひは短みじかくなつたかんな、さう云ゆつても怪我人けがにんちや有あるもんだな、」勘次かんじは漸やうやくさうして仔細しさいに事ことの顛末てんまつを打うち明あけた。「そんだが怪我けがは大變たいへんなこたねえのか」南みなみの亭主ていしゆはそれも義理ぎりだといふやうに聞きいた。
「うむ」と勘次かんじはいひ淀よどんだ。南みなみの亭主ていしゆは其その理由わけを覺さとることは出來できないのみでなく、其そのいひ澱よどんだことを不審ふしんに思おもふ心こゝろさへ起おこさぬ程ほど放心うつかりと聞きいて居ゐた。
「そんで爺樣ぢさまはどうしたつちんでえ」南みなみの亭主ていしゆはそれから先さきを聞きいた。
「俺おら朝あさつぱら出掛でかけつちやつてまあだ行逢えきやえもしねえから、どうするつちんだか分わかんねえが、どうせ甘うめえ面付つらつきもしちや居えらんめえな、此こんで怪我けがなんぞさせてえゝ心持こゝろもちぢやあんめえな、さうぢやねえけ」勘次かんじはだんん勢いきほひがついていつた。
「そんぢや噺はなしはどうゆ姿なりにもして置おかなくつちやしやうあんめえな、俺おれまあ噺はなしはして見みつから、どつちがどうのかうのつちつたつて仕しやうねえし、まさかおめえ手越てごししたな爺樣ぢさまだつちつたつて、親おやのこと謝罪あやまれつちことも云ゆはんねえから何氣なにげなしのことにして押おつゝけべぢやねえか、なあ」南みなみの亭主ていしゆはさういつて卯平うへいの狹せまい戸口とぐちに立たつて居ゐた。
「こつちのおとつゝあん、わしも此これ變へんな噺はなしだが勘次かんじさんに頼たのまれたやうな形かたちでまあ來きたんだがね、昨日きのふの日暮ひくれとかにそれ、そつちこつち仕したつちことだつけが、勘次かんじさんもそんなに惡わりい心持こゝろもちで云ゆつたんでもねえ鹽梅あんべえだし、まあ手てえついて謝罪あやまらせんの何なんだのつちことでなく、此こら其その場ば限かぎりとして仲善なかよくやつて貰もれえてえんだがどうしたもんだんべね、腹はらあ立たたせんなこら惡わりいかも知しんねえが、親子おやこと成なつてゝ此これ、ちつとのことで後あとで考かんげへて見みちやつまんねえもんだから、なあこつちのおとつゝあん」仲裁者ちうさいしやは軟やはらかにさうして然しかも厭いやといはれぬやうに打うち解とけて突つつ込こんだ。「なあに俺おらあどうもかうもねえんだが、彼あの野郎奴やらうめはあ、何なんぢやねえ、俺おれこと邪魔じやまなんだから、俺おらあ俺おれだと思おもつてつから管かまやしねえが、俺おれげ食くはせる物もの惜をしくつて仕しやうねえんだから、俺おれ家うちの物もの一粒ひとつぶでも減へらさねえやうに外ほかに行いつてりやえゝんだんべが、俺おれえそれから、俺おれことさうだに厭やなんだら自分じぶんで何處どこさでもけつかつた方はうがえゝ、厭やだら後あとから來きた者もの出でろつち氣きなんだから」卯平うへいは銜くはへた煙管きせるを少すこし顫ふるへる手てに持もつて途切とぎれながら漸やうやく此これだけいつた。
「そりちこつちのおとつゝあんさうだがな、先刻さつきもいふ通とほり腹はらも立たつべえが親子おやことなつて見みりや此これ、えゝことも有あるもんだからなあ、さう云ゆはねえでそれ、わしげ任まかせて不承ふしようしさつせえね」南みなみの亭主ていしゆは只たゞ反覆くりかへしていつた。
「斯かうだこた此これ、默だまつてりや隣近所となりきんじよでも分わかんねえもんだが勘次等かんじらえゝ暫しばらく味噌みそせえ無なくして置おくんだから、一杓子ひとつちやくしも有ありやしねえんだ。去年きよねんの暮くれにや味噌みそ搗つくつちんで俺おら働はたれえた錢ぜねで鹽しほ迄まで買かつたんだな、俺おれも硬こええ物もな噛かめねえから味噌みそなくつちや仕しやうねえな、俺おら壯さかりの頃ころつから味噌みそは好すきで味噌みそなくつちやなんぼにも身體からだに力ちからつかねえで困こまりりしたんだから、麥麹むぎつかうぢは鹽しほまで切きつて有あんだから豆まめせえ煮にりや直ぢきなのに、それ今いまんなつたつて搗つくべぢやなし、なんでも俺おれ死しねばえゝ位ぐれえにして待まつてんだんべが、此これ、味噌みそなんざ搗ついたからつてさう直すぐに手てえつけらつるもんぢやなし、俺おら明日あすが日ひにも死しぬかどうだか分わかりやしねえが、そんでも自分じぶんの見みてつ處ところで搗つきせえすりや明日あした死しぬにしたつて心持こゝろもちやえゝから」卯平うへいは獨ひとり呟つぶやくやうにしてそれから「あん時とき搗つきせえすりや今頃いまごら食くへば食くへんのに」と彼かれは其その癖くせの舌したを鳴ならした。
「俺おれ小忌々敷こえめえましいから打ぶつ飛とばしてやつたに」卯平うへいは暫しばらく措おいて又また少すこし聲こゑに力ちからを入いれていつた。
「さうかね、俺おらそんなこた知しらなかつたつけが、さうえこた幾いくら懇意こんいだ近所きんじよだつちつたつて一々いちち他人ひとの飯臺はんだいまで蓋ふたとつちや見みられねえから俺おらも知しらねえでたな、そんぢやそらまあ、味噌みそでも何なんでもさうえ理由わけぢやこつちのおとつゝあん好すきなやうに搗つかせることにしてな、大豆でえづはそれとつたしすつから行やる積つもりにせえなりや譯わけねえ噺はなしだな、さうしてこつちのおとつゝあん胸むね撫なでさつせえ、俺おれ惡わりいこた云ゆはねえから、なあこつちのおとつゝあん、そつちだこつちだやつちや誰だれよりも子奴等こめら可哀想かあいさうだから、それに同おなじもんぢや東ひがしの旦那等だんならが耳みゝへは入いれたくねえから、さうしさつせえよなあ」南みなみの亭主ていしゆはさういつて心こゝろでは段々だんんに臀しりごみするのであつた。卯平うへいは再ふたゝび煙管きせるを口くちにして沈默ちんもくした。南みなみの亭主ていしゆは勘次かんじを卯平うへいの狹せまい戸口とぐちに導みちびいた。勘次かんじは平常いつもならば自分じぶんの心こゝろから決けつして形式的けいしきてきな和睦わぼくを希望きばうしなかつた筈はずである。彼かれは反目はんもくして居ゐるだけならば久ひさしく馴なれて居ゐた。然しかし彼かれは從來じゆうらい嘗かつてなかつた卯平うへいの行爲かうゐに始はじめて恐怖心きようふしんを懷いだいたのであつた。
「そんぢやねえおとつゝあん、お互たげえに斯かう根ねに持もたねえことにしてね、勘次かんじさんおめえも忙いそがしくつて手てえつけねえでたかも知しんねえが、麹かうぢも鹽しほまで切きつて有あるつちんだから、後あとは豆まめ煑にるだけのことだし、味噌みそは搗つくことにしてな、斯かうえゝ鹽梅あんべえにしてくれさつせえね、先刻さつきもいふ通とほりそつちだこつちだねえやうにしなくちやねえ、こつちのおとつゝあん」南みなみの亭主ていしゆは二人ふたりを見較みくらべるやうにしていつた。勘次かんじは卯平うへいの前まへへ出でては只たゞ首くびを俛うなだれた。卯平うへいは凝然ぢつと横よこを向むいて勘次かんじをちらりとも見みなかつた。彼かれは從來これまでとは容子ようすが幾分いくぶん違ちがつて居ゐた。彼かれは其その癖くせの舌したを鳴ならして居ゐたが「畜生奴ちきしやうめ」と只たゞ一言ひとこといつた。さうして又また暫しばらく間あひだを措おいて
「畜生ちきしやうつちはれんの口惜くやしけりや、口惜くやしいちつて見みた方はうがえゝ、原因もとはつちへば己奴うのが手出てだしすんのが惡わりいんだから」と低ひくく然しかも鋭するどく彼かれは呟つぶやいて、芒すゝきで裂さいたやうに口くちをぎつと閉とぢて畢しまつた。勘次かんじは刈かられた草くさの如ごとく悄然せうぜんとした。
「こつちのおとつゝあん、そんぢや仕しやうねえよ、先刻さつきも俺おれそつから不承ふしようしてくろうつて堅かたしく云ゆつたんだつけな、そんぢや俺おれも困こまつから其處そこはお互たげえにかう物ものは云ゆはねえことにしてやつてくんなくつちやなあ」と南みなみの亭主ていしゆは一旦たん橋渡はしわたしをすれば後あとは再ふたゝびどうならうともそれは又また其その時ときだといふ心こゝろから其處そこは加いい加減かげんに繕つくろうて遁にげるやうに歸かへつた。彼かれはどちらからも依頼いらいされた仲裁人ちうさいにんではなかつた。彼等かれらは漸次しばば家族かぞくの間あひだの殊ことに夫婦ふうふの爭あらそひに深入ふかいりして却かへつて雙方さうはうから恨うらまれるやうな損そんな立場たちばに嵌はまつた經驗けいけんがあるので、壞こはれた茶碗ちやわんをそつと合あはせるだけの手數てすうで巧たくみに身みを引ひく方法はうはふと機會きくわいとを知しつて居ゐた。黄昏たそがれが彼かれに其その機會きくわいを與あたへた。
 勘次かんじは彼かれの輕微けいびな瘡痍きずを假令たとひ表面へうめんだけでも好いいから思おもひ切きつて重おもく見みてさうして彼かれに同情どうじやうの言葉ことばを惜をしまないものを求もとめたが、彼かれには些少すこしでも其その顛末てんまつを聞きいてくれべきものは醫者いしやと南みなみの亭主ていしゆとより外ほかはなかつた。然しかし餘あまりに能よく瘡痍きず其その物ものの性質せいしつを識別しきべつした醫者いしやは、彼かれに其その果敢はかない心こゝろを訴うつたへる餘裕よゆうを與あたへずに彼かれを頭あたまから壓おさへる樣やうに揶揄からかうた。彼かれは其處そこに何物なにものをも得えないで遁にげるやうに珊瑚樹さんごじゆの木蔭こかげを出でた。南みなみの亭主ていしゆも殊更ことさらに彼かれに同情どうじやうして慰藉ゐしやの言辭ことばを惜をしまぬ程ほど其その心こゝろが動うごかされなかつたのみでなく、彼かれは寧むしろ仲裁者ちうさいしやの地位ちゐに立たたねば成ならぬことに幾分いくぶんの迷惑めいわくを感かんじた。勘次かんじは決けつして仲裁ちうさいを依頼いらいしなかつた。彼かれは只たゞ自分じぶんの調子てうしに乘のつて噺はなしをしてくれることに滿足まんぞくを求もとめようとしたのみであつた。然しかしそれは悉こととく徒勞むだであつた。勘次かんじは羞恥しうちと恐怖きようふと憤懣ふんまんとの情じやうを沸わかしたが夫それでも薄弱はくじやくな彼かれは、それを僻ひがんだ目めに表現へうげんして逢あふ人ひと毎ごとに同情どうじやうしてくれと強しふるが如ごとく見みえるのみであつた。百姓ひやくしやうの凡すべては彼かれの心こゝろを推測すゐそくする程ほど鋭敏えいびんな目めを有もつて居ゐなかつた。彼かれは自棄やけに態わざと繃帶ほうたいの手てを抱だいて數日間すうじつかんぶららと遊あそんで居ゐた。忙いそがしい麥蒔むぎまきの季節きせつが迫せまつて百姓ひやくしやうは悉こととく畑はたけへ出でて居ゐるので晝間ひるまは彼かれの相手あひてになるものがなかつたのみでなく、今いまに働はたらかずには居をられぬからと陰かげで冷笑れいせうを浴あびせて居ゐるのであつた。此この季節きせつを空むねしく費つひやすことが一日にちでも非常ひじやうな損失そんしつであるといふ見易みやすい利害りがいの打算ださんから彼かれは到頭たうとう打うち負まかされて復また一所懸命しよけんめいに勞働らうどうに從事じうじした。彼かれはもう卯平うへいと一言ひとことも口くちを利きかなくなつた。寡言むくちなむつゝりとした卯平うへいは固もとより勘次かんじを顧かへりみようともしなかつた。おつぎはそれを心こゝろに苦くるしんで見みたがそれは到底たうてい及およばぬことであつた。村落むらの内うちには卯平うへいとの衝突しようとつがぱつと又また傳播でんぱされた。然しかしそれは分別ふんべつある壯年さうねんの間あひだにのみ解釋かいしやくし記憶きおくされた。其その事件じけんの内容ないようは勘次かんじのおつぎに對たいする行爲かうゐを猜忌さいぎと嫉妬しつととの目めを以もつて臆測おくそくを逞たくましくするやうに興味きようみを彼等かれらに與あたへなかつた。誰だれも自分じぶんから彼等かれらの間あひだに嘴くちばしを容いれようとはしない。遠とほい以前いぜんから紛糾こゞらけて來きた互たがひの感情かんじやうに根ねざした事件じけんがどんな些少させうなことであらうとも、決けつして快こゝろよく解決かいけつされる筈はずでないことを知しつて居ゐる人々ひとびとは幾いくら愚おろかでも自みづから好このんで其その難局なんきよくに當あたらうとはしないのであつた。
二二

 拂曉よあけの光ひかりはまだ行ゆき渡わたらぬ。薄うすい蒲團ふとんにくるまつて居ゐる百姓等ひやくしやうらの肌膚はだには寒冷かんれいの氣きがしみみと透とほつて、睡眠ねむりに落おちて居ゐながら、凡すべてが顎あごを掩おほふまでは無意識むいしきに蒲團ふとんの端はしを引ひいてもぢぢと動うごく頃ころであつた。かんんと凍こほつて鳴なる鉦かねの音ねが沈しづんだ村落むらの空氣くうきに響ひゞき渡わたつた。希望きばうと娯樂ごらくとに唆そゝのかされて待まつて居ゐた老人等としよりらは悉皆みんな、其その左ひだりの手てに提さげて撞木しゆもくで叩たゝいて居ゐる鉦かねの響ひびきを後おくれるな急いそげげと耳みゝに聞きいた。老人としよりは何處どこの家うちからも一齊もいに念佛寮ねんぶつれうを指さして集あつまつた。彼等かれらは孰いづれも、まだぐつすりと眠ねむつて居ゐる家族かぞくの者ものには竊そつと支度したくをして、動うごけぬ程ほど褞袍どてらを襲かさねて節制だらしなく紐ひもを締しめて、表おもての戸とを開あけるとひやりとする曉あけ近ちかい外氣ぐわいきに白しろい息いきを吹ふきながら、大おほきな塊かたまりが轉ころがつて行ゆくやうに其その姿すがたを運はこんだ。彼等かれらは外そとの壁際かべぎはから麁朶そだの一把はを持もつて行ゆく者ものも有あつた。舊暦きうれきの二月ぐわつの半なかばに成なると例年れいねんの如ごとく念佛ねんぶつの集あつまりが有あるのである。彼等かれらはそれが日輪にちりんに對たいする報謝はうしやを意味いみして居ゐるのでお天念佛てんねんぶつというて居ゐる。彼等かれらの口くちからさうして村落むらの一般ぱんから訛なまつて「おで念佛ねんぶつ」と喚よばれた。先驅さきがけの光ひかりが各自てんでの顏かほを微明ほのあかるくして日ひが地平線上ちへいせんじやうに其その輪郭りんくわくの一端たんを現あらはさうとする時間じかんを誤あやまらずに彼等かれらは揃そろつて念佛ねんぶつを唱となへる筈はずなので、まだ凡すべてが夜よの眠ねむりから離はなれぬ内うちに皆悉みんな口くちを嗽すゝいで待まつて居ゐねばならぬのである。念佛衆ねんぶつしうの内うちには選えらばれて法願ほふぐわんと喚よばれて居ゐる二人ふたりばかりの爺ぢいさんが、難むづかしくもない萬事ばんじの世話せわをした。法願ほうぐわんは凍こほり相さうな手てに鉦かねを提さげてちらほらと大おほきな塊かたまりのやうな姿すがたが動うごいて來くるまでは力ちからの限かぎり辻つじに立たつてかんんと叩たゝくのである。念佛寮ねんぶつれうの雨戸あまどは空洞からりと開あけ放はなたれて、殊更ことさらに身みに沁しむ寒さむさに圍爐裏ゐろりには麁朶そだの火ひが焔ほのほを立たてた。蔓つるのある煤すゝけた鐵瓶てつびんが自在鍵じざいかぎから低ひくく垂たれて焔ほのほを臀しりで抑おさへた。ぐるりと圍かこんだ老人としよりの不恰好ぶかくかうな姿すがたを火ひは明瞭はつきりと見みせた。軈やがて二番ばん雞どりが遠とほく近ちかく鳴ないて時間じかんが來きた。法願ほふぐわんは閾しきゐの側そばに太鼓たいこを据すゑて、其その後うしろへ段々だんんと一同どうが坐すわつて一齊せいに聲こゑを合あはせた。横よこに据すゑた太鼓たいこを兩手りやうてに持もつた二本ほんの撥ばちが兩方りやうはうから交互かうごに打うつて悠長いうちやうな鈍にぶい響ひゞきを立たてた。撥ばちに合あはせる一同どうの聲こゑは皺しなびて痩やせた喉のどから出でる濁にごつた聲こゑであつた。雜然ざつぜんたる其その聲こゑが波なみの如ごとく沈しづんで復また起おこつた。太鼓たいこの撥ばちは強つよく打うち輕かるく打うち、更さらに赤あかく塗ぬつた胴どうをそつと打うつて、さうして又まただらりりと強つよく輕かるく打うつことを反覆はんぷくした。念佛ねんぶつが畢をはるまでには段々だんんと遠とほい近ちかい木立こだちの輪郭りんくわくがくつきりとして青あをい蜜柑みかんの皮かはが日ひに當あたつた部分ぶぶんから少すこしづゝ彩いろどられて行ゆくやうに東ひがしの空そらが薄うすく黄色きいろに染そまつて段々だんんにそれが濃こく成なつて、さうして寒冷ひやゝかなうちにもほつかりと暖味あたゝかみを持もつたやうに明あかるく成なつた。念佛ねんぶつの濁にごつた聲こゑも明あかるく響ひゞいた。地上ちじやうを掩おほうた霜しもが滅切めつきりと白しろく見みえて寮れうの庭にはに立たてられた天棚てんだなの粧飾かざりの赤あかや青あをの紙かみが明瞭はつきりとして來きた。中心ちうしんに一本ぽんの青竹あをだけが立たてられて其その先端せんたんは青あをと赤あかと黄きとの襲かさねた色紙いろがみで包つゝんである。其その周圍しうゐには此これも四本ほんの青竹あをだけが立たてられてそれには繩なはが張はつてある。繩なはには注連しめのやうに刻きざんだ其その赤あかや青あをや黄きの紙かみが一杯ぱいにひららと吊つられてある。彼等かれらは昨日きのふの内うちに一切さいの粧飾かざりをして雞にはとりの鳴なくのを待まつたのである。其その天棚てんだなは以前もとは立派りつぱな木きの柱はしらを丁度ちやうど小ちひさな家いへの棟上むねあげでもしたやうな形かたちに組くまれたのであつた。現今いまではそれが無なく成なつたといふのは、一度ど此この地ちを襲おそうた暴風ばうふうの爲ために、厚あつい草葺くさぶきの念佛寮ねんぶつれうはごつしやりと潰つぶされた。其その時ときは幾多いくたの民家みんかが猶且やつぱり非常ひじやうな慘害さんがいを蒙かうむつて、村落むらの凡すべては自分じぶんの凌しのぎが漸やつとのことであつたので、殆ほとんど無用むようである寮れうの再建さいこんを顧かへりみるものはなかつた。さういふ間あひだに他人たにんの林はやしに鉈なたを入いれねば薪たきゞが獲えられぬ貧乏びんばふな百姓等ひやくしやうらがこそそと寮れうの木材もくざいを引ひいた。漸やつとのことで現今いまの寮れうが以前いぜんの幾分いくぶんの一の大おほきさに再建さいこんされるまでには其その棚たなも無残むざんな鋸のこぎりの齒はに掛かゝつて居ゐたのである。それでも、老人等としよりらは念佛ねんぶつの復活ふくくわつしたことに十分ぶんの感謝かんしやと滿足まんぞくとを有もつた。彼等かれらはそこに老後らうごに於おける無上むじやうの娯樂ごらくと慰藉ゐしやとを發見はつけんしつゝあるのである。 太鼓たいこが撥ばちと共ともにぽつさりと置おかれて悉皆みんな窮屈きうくつな圍爐裏ゐろりの邊あたりに聚あつまつた。寮れうの内うちも明あかるく成なつて立たち騰のぼる焔ほのほの光ひかりが稍やゝ消けされて來きた。近所きんじよの百姓ひやくしやうの雨戸あまどを開あける音おとが性急せいきふにがたぴしと聞きこえた。庭にはへおりた雞にはとりが欠伸あくびでもするやうに身體からだを反そらしながら、放心うつかりして居ゐてまだ鳴なき足たらなかつたといふ容子ようすをして喉のどの痛いたい程ほど鳴なくのが聞きこえた。何處どこの家いへにも青あをい煙けぶりが廂ひさしを偃はうて騰のぼつた。
 老人等としよりらは一先ひとまづ自分じぶんの家いへに歸かへつた。卯平うへいも隣となりの森もりの陰翳かげが一杯ぱいに掩おほうて居ゐる狹せまい庭にはに立たつた時ときは、勘次かんじはおつぎを連つれて開墾地かいこんちへ出でた後あとであつた。卯平うへいは庭にはに立たつた儘まゝ、空虚からになつてさうして雨戸あまどが閉とざしてある勘次かんじの家いへを凝然ぢつと見みた。家いへは窶やつれて居ゐる。然しかしながら假令たとひどうでも噺聲はなしごゑが聞きこえて青あをい煙けぶりが立たつて居ゐれば、僅わづかでも血ちが循環めぐつて居ゐるものゝやうに活いきて見みえるのであるが、靜寂ひつそりと人氣ひとけのなくなつた時ときは頽廢たいはいしつゝある其その建物たてものの何處どこにも生命いのちが保たもたれて居ゐるとは見みられぬ程ほど悲かなしげであつた。卯平うへいが薄闇うすぐらい庭にはの霜しもに下駄げたの趾あとをつけて出でてから間まもなく勘次かんじは褥しとねを蹴けつて竈かまどに火ひを點つけた。それからおつぎが朝餐あさげの膳ぜんを据すゑる迄までには勘次かんじはきりゝと仕事衣しごとぎに換かへて寒さむさに少すこし顫ふるへて居ゐた。おつぎも箸はしを執とる時ときは股引もゝひきの端はしを藁わらで括くゝつて置おいた。勘次かんじは開墾かいこんの土地とちが年々ねんねん遠とほくへ進すゝんで行いつて、現在いまでは例年いつもの面積めんせきでは廣過ひろすぎて居ゐたことを心こゝろづいたので、彼かれは少すこしの油斷ゆだんも出來できなくなつた。彼かれは毎日まいにちのやうにおつぎを連つれて、唐鍬たうぐはで切きり起おこした土つちの塊かたまりを萬能まんのうの背せで叩たゝいては解ほぐして平坦たひらにならさせつゝあつたのである。 卯平うへいは先まづ勘次かんじの戸口とぐちに近ちかづいた。表おもての大戸おほどには錠ぢやうがおろしてあつた。鍵かぎは固もとより勘次かんじの腰こしを離はなれないことを知しつて卯平うへいは手ても掛かけて見みなかつた。彼かれは又また裏戸うらどの口くちへ行いつて見みたが、掛金かけがねには栓せんを揷さしたと見みえて動うごかなかつた。卯平うへいはそれから懷手ふところでをした儘まゝ其その癖くせの舌したを鳴ならしながら悠長いうちやうに自分じぶんの狹せまい戸口とぐちに立たつた。内うちは只たゞ陰氣いんきで出でる時ときに端はしを捲まくつた夜具やぐも冷つめたく成なつて居ゐた。彼かれは漸やうやく火鉢ひばちに麁朶そだを燻くべた。彼かれは側そばに重箱ぢゆうばこと小鍋こなべとが置おかれてあるのを見みた。蓋ふたをとつたら重箱ぢゆうばこには飯めしがあつた。蓋ふたの裏うらには少すこし濕うるほひを持もつて居ゐた。其その朝あさおつぎは知しらずに喚よんだのであつたが、卯平うへいは居ゐなかつた。それでおつぎは出でる時とき飯めしと汁しるとを卯平うへいの小屋こやへ置おいて行いつたのである。卯平うへいは兎とに角かくおつぎに喚よばれて毎朝まいあさ暖あたゝかい飯めしと熱あつい汁しるとに腹はらを拵こしらへつゝあつたのである。彼かれは其その朝あさは褞袍どてらを着きても夜よのまだ明あけない内うちからの騷さわぎなので身體からだが冷ひえて居ゐた。夫それで彼かれは家うちに歸かへつたならば汁しるはどうでも、飯臺はんだいの中なかはまだ十分ぶんに暖氣だんきを保たもつて居ゐるだらうといふ希望きばうを懷いだいて、戸との開あかないことにまでは思おもひ至いたらなかつた。重箱ぢゆうばこはもう冷ひえて畢しまつた。彼かれは仕方しかたなしに小鍋こなべを火鉢ひばちへ掛かけた。彼かれは微かすかに白しろい水蒸氣ゆげが鍋なべから立たち始はじめた時ときお玉杓子たまじやくしで掻かき立たてゝ吸すつて見みたが猶且やつぱり冷つめたかつた。彼かれは復また火鉢ひばちへ麁朶そだを足たして重箱ぢゆうばこの飯めしを鍋なべへ入いれた。火鉢ひばちの割合わりあひには大おほきな鍋なべに頬ほゝが觸さはるばかりにしてふううと火ひを吹ふいた。鍋なべのぐずずと濁にごつた聲こゑを立たてゝ居ゐる間あひだ彼かれは皺しなびた大おほきな手てを火ひに翳かざしながら目めを蹙しかめて居ゐた。彼かれは凝然ぢつと遠とほくへ自分じぶんの心こゝろを放はなつたやうにぽうつとして居ゐては復また思おもひ出だしたやうに麁朶そだをぽちちと折をつて燻くべた。 彼かれは例年いつになく身體からだの窶やつれが見みえた。かささと乾燥かんさうした肌膚はだへが一般ぱんの老衰者らうすゐしやに通有つういうな哀あはれさを見みせて居ゐるばかりでなく、其その大おほきな身體からだは肉にくが落おちてげつそりと肩かたがこけた。彼かれは身體からだの窶やつれを自分じぶんでも知しつた。彼かれは此この一年ねんの間あひだに持病ぢびやうの僂麻質斯レウマチスが執念しふねく骨ほねの何處どこかを蝕はみつゝあるやうに感かんじた。暑あつい季節きせつになれば必かならず其その勢いきほひを潜ひそめた持病ぢびやうが彼かれを忘わすれて去さらなかつた。
 鍋なべの中なかは少すこしぷんと焦こげつく臭にほひがした。彼かれはお玉杓子たまじやくしで掻かき立たてた。鍋なべの底そこは手てを動うごかす毎ごとにぢりりと鳴なつた。彼かれは僅わづかに熱あつい雜炊ざふすゐが食道しよくだうを通過つうくわして胃ゐに落おちつく時ときほかりと感かんじた。さうして箸はしを措をいた後のち漸やうやく身體からだに快こゝろよい暖氣だんきの加くははつたことを知しつた。少量せうりやうの水みづを注ついだ鐵瓶てつびんの沸わくのを彼かれは復また凝然ぢつとして待まつた。彼かれは先刻さつきからどうかすると手てもとを探さぐるやうにして煙草入たばこいれを膝ひざにした。煙草入たばこいれは虚空からであつた。彼かれは自分じぶんの體力たいりよくが滅切めつきりと減へつて仕事しごとをするのに手てが利きかなくなつて、小遣錢こづかひせんの不足ふそくを感かんじた時とき、自棄やけに成なつた心こゝろから斷然だんぜん其その噛かむ程ほど好すきな煙草たばこを廢よさうとした。彼かれは悲慘みじめな自分じぶんを自分じぶんが苛いぢめてやるやうな心持こゝろもちを一方ぱうには有もつた。一方ぱうには又また無智むちな彼等かれらの伴侶なかまが能よくするやうに彼かれは持病ぢびやうの平癒へいゆを佛ほとけに祈いのつたのでもあつた。それが明日あすからといふ日ひに彼かれは其その残のこつた煙草たばこを殆ほとんど一日にち喫すひ續つゞけた。煙草入たばこいれの叺かますを倒さかさにして爪先つまさきでぱたたと彈はじいて少すこしの粉こでさへ餘あまさなかつた。其その後のち手てについた癖くせが何なにかにつけては煙管きせるを掴つかませるので、止やめたことを彼かれは心こゝろに悔くいることもあつた。然しかし彼かれは又また直すぐに佛ほとけに對たいしての誓約せいやくを破やぶることに非常ひじやうな恐怖きようふを懷いだいた。彼かれはどうしても斷念だんねんせねばならぬ心こゝろの苦くるしみを紛まぎらす爲ために蕗ふきの葉はや桑くはの葉はを干ほして煙管きせるの火皿ひざらにつめて見みたが、どれでも煙草たばこのやうにしつとりとした一種しゆの潤うるほひが火ひの足あしを引止ひきとめるやうな力ちからはなくて一度ど吸すへば直すぐに灰はひになつて、煙脂やにで塞ふさがらうとして居ゐる羅宇らうの空隙くうげきを透とほして煙けぶりが口くちに滿みちる時ときはつんとした厭いやな刺戟しげきを鼻はなに感かんずるのであつた。葡萄ぶだうの葉はを他人ひとに勸すゝめられて見みたが、此これも到底たうてい彼かれの嗜好しかうを欺あざむくことは出來できなかつた。彼かれは煙管きせるを手てにすることが慾念よくねんを忘わすれ得うる方法はうはふでないことを知しつて、彼かれは丁度ちやうど他人たにんに對たいする或ある憤懣ふんまんの情じやうから當あてつけに自分じぶんの愛兒あいじを夥したゝかに打うち据すゑる者もののやうに羅宇らうを踏ふみ潰つぶした。然しかしそれを誰たれも見みては居ゐなかつた。それでも彼かれは空虚からな煙草入たばこいれを放はなすに忍しのびない心持こゝろもちがした。彼かれは僅わづかな小遣錢こづかひせんを入いれて始終しじう腰こしにつけた。此これも空虚からに成なつてはくたたとして力ちからのない革かはの筒つゝには潰つぶれた儘まゝの煙管きせるを揷さして居ゐた。彼かれは暫しばらくさうして居ゐたがどうかしては忘わすれて癖くせづけられた手先てさきが不用ふような煙草入たばこいれを探さぐらせるのであつた。 日ひは漸やうやく庭にはの霜しもを溶とかして射さし掛かけた。彼かれは不快ふくわいな朝あさを目めに蹙しかめた復またぽつさりと念佛寮ねんぶつれうへ窶やつれた身みを運はこんだ。彼かれは田圃たんぼの側そばへおりて小徑こみちを行いつた。道筋みちすぢには處々ところろ離はなれ離ばなれな家いへの隙間すきまに小ちひさな麥畑むぎばたけがあつた。麥畑むぎばたけの畝うねは大抵たいてい東西とうざいに形かたちづけられてあつた。遠とほくから南みなみへ廻まはらうとして居ゐる日ひは思おもひの外ほかに暖あたゝかい光ひかりで一帶たいに霜しもを溶とかしたので、何處どこでも水みづを打うつたやうな濕うるほひを持もつて居ゐた。然しかし薄うすい日ひの光ひかりは畑はたけの畝うねが形かたちづくつて居ゐる長ながい小山こやまの頂點ちやうてんを越こえて幾いくらも其その力ちからを及およぼさなかつた。どの畝うねでも其その陰かげは依然いぜんとして白しろかつた。卯平うへいは田圃たんぼに從ついて北側きたがはの道みちを歩あるいたので彼かれの目めには悉こととく夜明よあけの如ごとき白しろい冷つめたい霜しもを以もつて掩おほはれて居ゐる畑はたけのみが映うつつた。
 午後ごごから村落むらのどの家いへからも風呂敷包ふろしきづゝみの飯めしつぎや重箱ぢゆうばこが寮れうへ運はこばれた。老人等としよりらは皆みな夫それを埃ほこりだらけな佛壇ぶつだんの前まへに供そなへた。穢きたない風呂敷包ふろしきづゝみが小山こやまの如ごとく積つまれた時とき念佛ねんぶつの太鼓たいこが復また鳴なつた。それから庭にはに聚あつまつた子供等こどもらの前まへに其その飯めしつぎや重箱ぢゆうばこの供物くもつが分與ぶんよされた。念佛衆ねんぶつしゆうはそれから更さらに酒さけを飮のんで各自てんでに重箱ぢゆうばこや飯めしつぎを箸はしでつゝいて近頃ちかごろにない口腹こうふくの慾よくを充みたしめた。獨ひとり卯平うへいは杯さかづきを手てにしなかつた。彼かれは他たの老人としよりに先立さきだつて自分じぶんの家うちの重箱ぢゆうばこを持もつてぽささと歸かへつた。大抵たいていの家うちでは米こめの菱餅ひしもちを出だすのが常例じやうれいであるが勘次かんじにはさういふ暇ひまがないのでおつぎは僅わづかに小豆飯あづきめしを炊たいて重箱ぢゆうばこを持もつて行いつたのであつた。凡すべての老人としよりが殆ほとんど狂きやうするばかりに騷さわぐ二日ふつかの其その一日にちが卯平うへいには不快ふくわいでさうして無意味むいみに費つひやされた。彼かれは夜よになつてから「爺ぢい、今朝けさのお飯まんま冷つめたく成なつたつけべ俺おら忘わすれて喚よばりに行えつたのがよ、さうしたら爺ぢいは疾とつくに居えねえのがんだもの、そんでも先刻さつきはがやや一杯ぺえ居えるやうだつけがあつちぢや甘うめえ物ものあつて爺等ぢいらとつ返けえしとつたんべなあ」とおつぎが少すこし甘あまえたやうにいつたことを彼かれは有繋さすがに憎にくいと思おもつては聞きかなかつた。

二三

 念佛ねんぶつは次つぎの日ひも同一どういつに反覆はんぷくされた。午後ごごになつて村落むらのどの家いへからも復また風呂敷包ふろしきづゝみが運はこばれた。子供等こどもらは學校がくかうから歸かへつて風呂數包ふろしきづゝみを脊負しよつたのも、乳呑兒ちのみごを帶おびで括くゝつたのも大抵たいていは寮れうの庭にはへ集あつまつた。
「さあそんぢや又また、みんな上あがれ」と婆ばあさん等らがいふと閾際しきゐぎはに迫せまつて待まつて居ゐた子供等こどもらは爭あらそうて席せきをとつた。彼等かれらは今日けふも狹せまい寮れうの内側うちがはにぎつしりと膝ひざを窄すぼめて坐すわつた。四五人にんの婆ばあさん等らは佛壇ぶつだんの前まへに積つまれてあつた風呂敷包ふろしきづゝみを解ときながらひそそと耳語さゝやいた。
「此こりや何なんだと思おもつたら、鮨すしだよ」と一人ひとりの婆ばあさんがいへば
「そんぢや、そつちへ別べつにして置おけよおめえ」
「そんぢやこつちのがも別べつにして置おくべよ、なあ」婆ばあさん等らは頗すこぶる慌あわてたやうに手てもと忙せはしく三つ四つの風呂敷包ふろしきづゝみをそつと佛壇ぶつだんへ隱かくした。さうして居ゐる内うちに他ほかの婆ばあさん等らは
「みんな、おとなしく仕しなくつちや、呉くんねえぞ」「さうだに洟はな垂たらしてるものげはやんねえことにすべえ」口々くちちに揶揄からかつた。子供等こどもらは一齊せいに洟はなを啜すゝつてさうして衣物きもので横よこに拭ぬぐつた。白しろい紙かみが一枚まいづつ子供等こどもらの前まへに擴ひろげられた。
「子奴等こめらこと云ゆつて、手洟てばななんぞかんだ手てぢや引ひかねえで呉くろえ、おめえ等らも勿體もつてえねえから」婆ばあさん等らが飯めしつぎを左ひだりの手てに抱かゝへて立たつた時とき、かう圍爐裏ゐろりの側そばから呶鳴どなつた。彼かれは小柄こがらな爺ぢいさんで一寸ちよつと婆ばあさん等らを顧かへりみて微笑びせうしながらいつたのである。彼かれは喉のどへ二重ぢゆうにした珠數じゆずを卷まいて居ゐた。彼かれの聲こゑは恐おそろしく大おほきかつた。婆ばあさん等らは
「はいい、そんぢや手てでも洗あらひますべよ」といつたり
「俺おらおめえ、手洟てばなはかまねえよ」といつたりがららと騷さわぎながら、笑わらひ私語さゝやきつゝ、濡ぬれた手てを前掛まへかけで拭ふいて再ふたゝび飯めしつぎを抱かゝへた。婆ばあさん等らは箸はしの先さきで少すこしづつ、飯めしつぎの物ものを突つつ掛かけて其その擴ひろげられた紙かみへ置おきつゝ、端はしからぐるりと廻まはつて行ゆく。紙かみは子供等こどもらの數かずの外ほかにも敷しかれてあつた。それは空虚からになつた飯めしつぎを返かへす時ときに其その中なかへ入いれてやる爲ためであつた。飯めしつぎには大抵たいてい菱餅ひしもちと小豆飯あづきめしとが入いれられてあつた。小豆飯あづきめしはどれもも米こめが能よく搗つけてないのでくすんでさうして腹はらの裂さけた小豆あづきが粉こを吐はいて餘計よけいに粘氣ねばりけのないぼろろな飯めしになつて居ゐた。それでも飯めしつぎの異ことなる毎ごとに小豆飯あづきめしの赤あかさが幾いくらかづつ變かはつて居ゐた。子供等こどもらは變かはつた小豆飯あづきめしが一箸々々ひとはししと殖ふえて行ゆくのが嬉うれしくて、外そとへ轉ころがつたのは慌あわてゝ手てでとつて紙かみへ載のせた。小豆飯あづきめしは昨日きのふに異ことなつたことはなかつたが、菱餅ひしもちは昨日きのふのやうに米こめのではなくてどれでも粟あはばかりであつた。子供等こどもらは大小だいせう異ことなつた粟あはの菱餅ひしもちが一つは一つと紙かみの上うへに分量ぶんりやうを増まして積つまれるのを樂たのしげにして、自分じぶんの紙かみから兩方りやうはうの隣となりの紙かみから遠とほくの方はうから、それから一つつに屈かゞんで箸はしを動うごかして居ゐる婆ばあさん等らの忙せはしい手てもとに目めを奪とられるのであつた。婆ばあさん等らはそははとしつゝ狹せまいので互たがひに衝突つきあたつては騷さわぎながら、自分じぶんの家いへに居ゐる時ときのやうな節制たしなみが少すこしも保たもたれて居ゐなかつた。「さあ、汝わつ等ら此これつきりだ」婆ばあさん等らが空虚からになつた最後さいごの飯めしつぎの底そこを叩たゝいて腰こしを伸のばした時とき、子供等こどもらは危あぶな相さうな手てで漸やうやく紙かみを包つゝんで、がたたと先さきを爭あらそうて立たつた。下駄げたを遠とほくへ跳はね飛とばされたり、轉ころがつたり、紙包かみづゝみの餅もちを落おとしたりして泣なく聲こゑが相あひ交まじつた。彼等かれらは庭にはへおりてから徐おもむろに其その紙かみを開ひらいて小豆飯あづきめしを手てで抓つまんで喫たべた。紙かみにくつゝいた小豆飯あづきめしを彼等かれらは齒はで噛かじるやうにしてとつた。破やぶれた紙かみを棄すてゝ菱餅ひしもちを懷ふところへ入いれるものもあつた。庭にはにはそつちにもこつちにも棄すてられた紙かみが白しろく亂みだれて散ちらばつて居ゐた。
 老人等としよりらは圍爐裏ゐろりに絶たえず薪たきぎを燻くべながら酒さけを沸わかし始はじめた。村落むらのどの家うちからか今日けふも念佛衆ねんぶつしうへというて供そなへられた二升樽しようだるを圍爐裏ゐろりの側そばへ引ひきつけて、臀しりの煤すゝけた土瓶どびんへごぼぼと注ついで自在鍵じざいかぎへ掛かけた。外そとが餘あまりに寒さむいからといふので念佛ねんぶつが濟すんでから誰たれかゞ雨戸あまどを二三枚まい引ひいたので寮れうの内うちは薄闇うすぐらくなつて居ゐた。佛壇ぶつだんの前まへには婆ばあさんが三四人にんでひそそと額ひたひを鳩あつめて居ゐる。
「此この婆奴等ばゝあめら、そつちの方はうで偸嘴ぬすみぐひしてねえで、佳味うめえ物もの有あつたら此方こつちへ持もつて來こう」先刻さつきの首くびへ珠數じゆずを卷まいた小柄こがらな爺ぢいさんが呶鳴どなつた。「盜ぬすんだつち譯わけぢやねえが、蓋ふたとつて見みた處ところなんだよ」さういつて婆ばあさん等らは風呂敷ふろしきの四隅よすみを掴つかんで圍爐裏ゐろりの側そばへ持もつて來きた。飯めしつぎには干瓢かんぺうを帶おびにした稻荷鮨いなりずしが少すこし白しろい腹はらを見みせてそつくりと積つまれてあつた。鮨すしは少すこし減へつて居ゐた。
「獨ひとりでせしめちやえかねえから」爺ぢいさんは戲談じようだんらしくいつた。
「獨ひとりぢやあんめえな、かうやつて三人にんも四人よつたりも居ゐたんだものなあ」
「さうだとも、此この位くれえ俺おらげよこしたつて本當ほんたうにすりやえゝんだよ、なあ、俺おらなんざ上あがつた酒さけだつてさうだに飮のむべぢやなし」婆ばあさん等らは抗辯かうべんするやうにいつた。悉皆みんなが一ひとつつと鮨すしを撮つまんだ。
「そりやさうと、酒さけどうしたえ」小柄こがらな爺ぢいさんはひよつと自在鍵じざいかぎの儘まゝ土瓶どびんを手てもとへ引ひきつけて、底そこへ手てを當あてゝ見みた。
「放心うつかりしてゝ此こら煑立にたツちやあ處とこだつけ」と急いそいで土瓶どびんを外はづして
「俺おらさうだ鮨すしなんざ自分じぶんぢや一ひとつでも欲ほしかねえんだから、さうだ物もので滿腹はらくちくしたつ位くれえ酒さけからツき甘うまくなくしつちやあから、」爺ぢいさんは土瓶どびんを疊たゝみの上うへへ置おいていつた。悉皆みんながずらりと座ざを作つくつた。茶呑茶碗ちやのみぢやわんが一ひとつつに置おかれて、何處どこからか供そなへられた芋いもや牛蒡ごばうや人參にんじんや其その他たの野菜やさいの煮〆《にしめ》が重箱ぢゆうばこの儘まゝ置おかれた。其處そこには膳ぜんも臺だいも何なにもなかつた。土瓶どびんの酒さけが徳利とくりへ移うつされて土瓶どびんは再ふたゝび自在鍵じざいかぎへ吊つるされた。二度目どめの酒さけが茶碗ちやわんへ注つがれた時とき「此こら駄目だめだ、焦臭こげくさくしツちやつた、酒さけ沸わかすのにや畢をへねえどうも氣きをつけなくつちや、酒さけと茶ちやはちつとでも臭味くさみ移うつらさんだから」小柄こがらな爺ぢいさんは茶碗ちやわんを口くちへ當あてゝ左さも憤慨ふんがいに堪たへぬものゝやうにいつた。
「なあに、土瓶どびんだつて二度目どめのが少すこしに仕しねえで、先刻さつきのがより餘計よけいなツ位くれえ注つぎせえすりや大丈夫だいぢようぶなんだが、それさうでねえと周圍まありがそれ焦こびつから」と側そばから直すぐに口くちが出でた。
「そんぢや、今度こんだ澤山しつかり入せえびやな、俺おら碌ろくに飮のんもしねえで、怒おこられちやつまんねえな」土瓶どびんを手てにした婆ばあさんは笑わらひながらいつた。
「本當ほんたうにすりや、一遍ぺん毎ごとに土瓶どびんの中なか水みづでゆすがなくつちや駄目だめなんだがな」
「そつから、はあ、鐵瓶てつびんの中なかさ徳利とつくりおしこめばえゝんだな、さうすりやどうだもかうだもねえんだな」
「折角せつかく甘うめえ酒さけ臺でえなしにして可惜物あつたらもんだな、此こらこんで餘程よつぽどえゝ酒さけだぞ」抔などといふ聲こゑが雜然ざつぜんとして聞きこえた。
「鐵瓶てつびんぢや徳利とつくり一本ぽんづつしかへえんねえから面倒臭めんだうくさかんべと思おもつてよ」と婆ばあさんはいひながら、一旦たん沸たぎつた鐵瓶てつびんを懸かけた。樽たるが空虚からになつて悉皆みんな飮のむ者ものは銘酊よつぱらつてがややと只たゞ騷さわいだ。
 卯平うへいは圍爐裏ゐろりの側そばを離はなれずにむつゝりとして杯さかづきをとらぬ婆ばあさん等らと火ひにあたりながら、煙管きせるを持もたぬ所在しよざいなさに麁朶そだの先さきを折をつて其その癖くせの舌したを鳴ならしつゝ齒齦はぐきをつゝいて居ゐた。彼かれは悉皆みんなが騷さわいで居ゐる間まに自分じぶんの腹はらに足たりるだけの鮨すしや惚菜そうざいやらを箸はしに挾はさんで杯さかづきへは手てを觸ふれようとしなかつた。老人等としよりらは自分じぶんの騷さわぐ方はうにばかり心こゝろを奪うばはれて卯平うへいのことはそつちのけにした儘まゝであつた。卯平うへいはそれでも種々いろいろな百姓料理ひやくしやうれうりの鹽辛しほからい重箱ぢゆうばこへ箸はしをつけて近頃ちかごろになく快こゝろよかつた。彼かれは腹はらに一杯ぱいになる迄までには、缺かけた齒齦はぐきで噛かんで嚥下のみくだして、更さらに次つぎの箸はしが口くちまで來くる其その悠長いうちやうな手ての運動うんどうが待遠まちどほで口腔こうかうの粘膜ねんまくからは自然しぜんに薄うすい水みづのやうな唾液つばの湧わいて出でるのを抑おさへることが出來できない程ほどであつた。 威勢ゐせいよく成なつた老人等としよりらは赤あかい胴どうの太鼓たいこを首筋くびすぢから胸むねへ吊つつて、だらりりと叩たゝいて先さきに立たつと足あしもと手てもと節制だらしなくなつた凡すべてが後あとかららと、殊ことに婆ばあさん等らは騷さわぎながら跟ついて出でる。軒端のきばから青竹あをだけの棚たなに添そうて敷しいてある筵むしろを渡わたつて徐おもむろに廻まはる。彼等かれらはそれをお山廻やままはりといふのである。相互さうごに踉蹌よろけながら踊をどりとも何なんともつかぬ剽輕へうきんな手足てあしの動うごかしやうをして、蓄たくはへて置おいた一年中ねんぢうの笑わらひを一時じに吐はき出だしたかと思おもふ程ほどの聲こゑを放はなつて止とめどもなくどよめいた。遂つひには列れつが亂みだれて互たがひに衝突しようとつしては足あしを踏ふんだり踏ふまれたりして、一人ひとりが倒たふれゝば後あとかららと折重をりかさなつて一ひとしきり同おなじ處ところに止とまつてはがややと騷さわいだ。彼等かれらは殆ほとんど冷却れいきやくしようとしつゝある肉體にくたいの孰いづれの部分ぶぶんかに失うしなはれんとしてほつちりと其その俤おもかげを止とめて居ゐた青春せいしゆんの血液けつえきの一滴てきが俄にはかに沸わいて彼等かれらの全體ぜんたいを支配しはいし且かつ活動くわつどうせしめたかと思おもふやうに、枯燥こさうしつゝある彼等かれらの顏かほにはどれでも華はなやかな紅べにを潮さして居ゐる。彼等かれらは全まつたく節制たしなみを失うしなつて居をる。彼等かれらは平生へいぜい家族かぞくに交まじつて、其その老衰らうすゐの身みがどうしても自然しぜんに壯者さうしやの間あひだに疎外そぐわいされつゝ、各自かくじは寧むしろ無意識むいしきでありながら然しかも鬱屈うつくつして懶ものうい月日つきひを過すごしつゝある時ときに、例年れいねんの定さだめである念佛ねんぶつの日ひはさういふ凡すべてを放はなつ自由境じいうきやうである。彼等かれらは其處そこに些すこしの遠慮ゑんりよをも有もつて居をらぬ。彼等かれらは冬季とうきの間あひだを長ながい夜よの眠ねむりに飽あきつゝ寒さむさに苛いぢめられて居ゐた苦くるしさを、もう空そらの何處どこにか其その勢いきほひを潜ひそめて躊躇ちうちよして居ゐる筈はずの春はるに先立さきだつて一度どに取返とりかへさうとするものゝ如ごとく騷さわいでで又また騷さわぐのである。酒さけが其處そこに火ひを點てんじた。庭にはの四本ほんの青竹あをだけに長はつた繩なはの赤あかや青あをや黄きの刻きざんだ注連しめがひららと動うごきながら老人等としよりらと一ひとつに私語さゝやくやうに見みえた。日ひは陽氣やうきな庭にはへ一杯ぱいに暖あたゝかな光ひかりを投なげた。庭にはには子供等こどもらや村落むらの者ものがぞろつと立たつて此この騷さわぎを笑わらつて見みて居ゐた。其その邊へんには難むづかし相さうなものは一ひとつも見みられなかつた。彼等かれらを包つゝんだ軟やはらかな空氣くうきが春はるの徴候きざしでなければならなかつた。 然しかしながら卯平うへいは只たゞ獨ひとり其その群むれに加くははらなかつた。老人等としよりらの勢いきほひがごつと庭にはに移うつつた時とき寮れうの内うちは其その騷さわぎの聲こゑが一杯ぱいに襲おそひ來きて喧やかましいにも拘かゝはらず寂さびしかつた。圍爐裏ゐろりの火ひも灰はひが白しろく掩おほうて滅切めつきりと衰おとろへた。卯平うへいは凝然ぢつと腕うでを拱こまねいた儘まゝ眼めを蹙しかめて燃もえ退のいた薪まきをすら突つき出ださうとしなかつた。彼かれには庭にはの節制だらしのない騷さわぎの聲こゑが其その耳みゝを支配しはいするよりも遠とほく且かつ遙はるかな闇やみに何物なにものをか搜さがさうとしつゝあるやうに只たゞ惘然ばうぜんとして居ゐるのであつた。與吉よきちは紙包かみづゝみの小豆飯あづきめしを盡つくして暫しばらく庭にはの騷さわぎを見みて居ゐたが寮れうの内うちに㷀然ぽつさりとして居ゐる卯平うへいを見出みいだして圍爐裏ゐろりに近ちかく迫せまつた。
「爺ぢいくんねえか」と彼かれは又また何時いつものやうに卯平うへいに甘あまえた。卯平うへいは其その聲こゑを聞きいても暫しばらく蹙しがんだ儘まゝで居ゐた。
 立春りつしゆんの日ひを過すぎてから、却かへつて黄昏たそがれの果敢はかない薄うすい光ひかりの空そらに吹ふき落おちる筈はずの西風にしかぜが何なにを憤いかつてか吹ふいてて吹ふき捲まくつて、夜よに渡わたつても幾日いくにちか止やまぬ程ほどな稀有けうな現象げんしやうに伴ともなうて、鬼怒川きぬがはの淺瀬あさせが氷こほりに閉とざされて、軈やがて氷こほりの塊かたまりが流ながれたといふ噂うはさが立たつたことがあつた。卯平うへいはそれと共ともに其その乾燥かんさうした肌膚はだが餘計よけいに荒あれて寒冷かんれいの氣きが骨ほねに徹てつしたかと思おもふと俄にはかに手ての自由じいうを失うしなつて來きたやうに自覺じかくした。彼かれは繩なはを綯なふにも草鞋わらぢを作つくるにも、其それが或ある凝塊しこりが凡すべての筋肉きんにくの作用さようを阻害そがいして居ゐるやうで各部かくぶに疼痛とうつうをさへ感かんずるのであつた。器用きような彼かれの手先てさきが彼自身かれじしんの物ものではなくなつた。彼かれは與吉よきちが狹せまい戸口とぐちに立たつ毎ごとに心こゝろから迎むかへる以前いぜんの卯平うへいではなくなつて居ゐた。それでも彼かれは與吉よきちを愛あいして居ゐた。「明日あしたにしろ」と彼かれは簡單かんたんに拒絶きよぜつしてさうしてそれつきりいはないことが有あるやうになつた。與吉よきちは屡しばばさういはれて悄然せうぜんとして居ゐるのを、卯平うへいは凝視みつめて餘計よけいに目めを蹙しかめつゝあるのであつた。さういふことが幾度いくたびか幾日いくにちか反覆くりかへされた後のち卯平うへいは與吉よきちへ一錢せんの銅貨どうくわを與あたへた。從來これまでに倍ばいして居ゐるのと殆ほとんど復また拒絶きよぜつされるのではないかといふ懸念けねんを懷いだきつゝある與吉よきちは何時いつでも其それに非常ひじやうな滿足まんぞくを表あらはした。其その容子ようすを見みる卯平うへいは勢いきほひ心こゝろが動うごかされた。
 自分じぶんの老衰者らうすゐしやであることを知しつた時とき諦あきらめのない凡すべては、動ともすれば互たがひに餘命よめいの幾何いくばくもない果敢はかなさを語かたり合あうて、それが戲談じようだんいうて笑語さゞめく時ときにさへ絶たえず反覆くりかへされて、各自かくじが痛切つうせつに感かんずる程度ていどの相違さうゐはあるにしても、死しの問題もんだいに苦くるしめられて居ゐるのは事實じじつである。卯平うへいの心こゝろにも同おなじく死しの觀念くわんねんが止やまず往來わうらいした。
 彼かれは其その手先てさきの自由じいうを失うしなうた時とき自棄やけの心こゝろから彼かれの風呂敷包ふろしきづゝみを解といた。野田のだに居ゐた頃ころ主人しゆじんや又または主人しゆじんの用ようでの出先でさきから貰もらつた幾筋いくすぢの手拭てぬぐひを繼つぎ合あはせて拵こしらへた浴衣ゆかたを出だした。清潔好きれいずきな彼かれには派手はでな手拭てぬぐひの模樣もやうが當時たうじ矜ほこりの一ひとつであつた。彼かれはもう自分じぶんの心こゝろを苛いぢめてやるやうな心持こゝろもちで目欲めぼしい物ものを漸次だんんに質入しちいれした。彼かれは眼前がんぜんに氷こほりが閉とぢては毎日まいにち暖あたゝかい日ひの光ひかりに溶解ようかいされるのを見みて居ゐた。彼かれにはそれが只たゞさういふ現象げんしやうとしてのみ眼めに映うつつた。彼かれは自由じいうを失うしなうた其その手先てさきが暖あたゝかい春はるの日ひが積つもつて漸次だんんに和やはらげられるであらうといふ微かすかな希望のぞみをさへ起おこさぬ程ほど身みも心こゝろも僻ひがんでさうして苦くるしんだ。彼かれの風呂敷包ふろしきづゝみから獲えつゝあつた金錢きんせんは些少すこしのものであつたが、それは時ときとして彼かれの硬こはばつた舌したに適てきした食料しよくれうの或ある物ものを求もとめる外ほかに一部分ぶぶんは與吉よきちの小ちひさな手てに落おとされるのであつた。果敢はかない煙草入たばこいれの叺かますの中なかを懸念けねんするやうに彼かれは數次しばしば覗のぞいた。陰鬱いんうつな狹せまい小屋こやの中なかで覗のぞく叺かますの底そこは闇くらかつた。僅わづかに交まじつた小ちひさな白しろい銀貨ぎんくわが見みる度たびに彼かれの心こゝろに幾いくらかの光ひかりを與あたへた。彼かれが什麽どんなに惜をしんでも叺かますの中なかの減へつて行ゆくのを防ふせぐことは出來できない。然しかも寡言むくちな彼かれは徒いたづらに自分じぶん獨ひとりが噛かみしめて、絶たえず只たゞ憔悴せうすゐしつゝ沈鬱ちんうつの状態じやうたいを持續ぢぞくした。彼かれは其その状態じやうたいを保たもつて念佛寮ねんぶつれうの圍爐裏ゐろりにどつかと懶ものうい身體からだを据すゑて居ゐた。 庭にはの騷さわぎは止やんで疾風しつぷうの襲おそうた如ごとく寮れうの内うちは復また雜然ざつぜんとして卯平うへいを圍かこんだ沈鬱ちんうつな空氣くうきを攪亂かくらんした。軈やがて老人等としよりらが互たがひの懷錢ふところせんを出だし合あうた二升樽しやうだるが運はこばれて酒さけが又また沸わかされた。酒さけの座ざは圍爐裏ゐろりに近ちかく形かたちづくられた。其その時ときまだ與吉よきちは去さらなかつた。卯平うへいは默だまつて五厘りんの銅貨どうくわを投なげた。側そばに居ゐた一人ひとりの老人としよりがそれを拾ひろはうとして見みせると與吉よきちは兩方りやうはうの手てを掛かけてそれから身みを以もつて俺おほうた。彼かれはそれを堅かたく掴つかんで
「爺ぢい、いま一ひとつくんねえか」と更さらに強請せがんだ。彼かれは五厘りんの銅貨どうくわを大事だいじにした。然しかし彼かれは暫しばらく一錢せんの銅貨どうくわに訓なれて居ゐたので心こゝろに僅わづかな不足ふそくを感かんじたのであつた。卯平うへいは口くちを緘つぐんで居ゐる。
「汝わりや、さうだこと云いふんぢやねえ、先刻さつきあゝだに何なにつか貰もらつて要いるもんか、まつと欲ほしいなんちへば俺おれ腹はら掻裂かつツえて小豆飯あづきめし掻出かんだしてやつから、汝わりや口くちばかし動いごかしてつから見みろうそれ、鴉からすに灸きう据すゑらツてら」と先刻さつきの首くびへ數珠ずゝを卷まいた爺ぢいさんががみみといつた。與吉よきちは羞はにかんだやうにして五厘りんの銅貨どうくわで脣くちびるをこすりながら立たつて居ゐた。彼かれの口くちの兩端りやうはしには鴉からすの灸きうといはれて居ゐる瘡かさが出來できて泥どろでもくつゝけたやうになつて居ゐた。「汝わりや錢ぜね欲ほしけりやおとつゝあに貰もらへ」爺ぢいさんは又また呶鳴どなつた。
「そんだつて駄目だめだあ、おとつゝあ等ら呉くれやしめえし」與吉よきちは漸やつといつた。
「おとつゝあ聾つんぼだから聞きけえねんだ、おとつゝあ呉くろうつと俺おれ見みてえに呶鳴どなつて見みろ、そんでなけれ耳みゝ引張ひツぱつてやれ」
「そんだつて厭やだあ俺おら、おとつゝあに打ぶつ飛とばされつから」
「えゝから行えけはあ、汝等わつら見みてえな餓鬼奴等がきめらごやや來きちや五月蠅うるさくつて仕しやうねえから」與吉よきちは悄々しををと立たつた。
「さうら」と卯平うへいは後あとから五厘りんの銅貨どうくわを庭にはへ投なげてやつた。
 さうして居ゐる間まに二度目どめの酒さけに與あづからぬ婆ばあさん等らは表おもての雨戸あまどを更さらに二三枚まい引ひいて餘計よけいに薄闇うすぐらく成なつた佛壇ぶつだんの前まへに凝集こゞつた。何時いつの間まにか念佛衆ねんぶつしゆう以外いぐわいの村落むらの女房にようばうも加くははつて十人にんばかりに成なつた。彼等かれらは外そとからの人目ひとめを雨戸あまどに避さけて其その唯一ゆゐいつの娯樂ごらくとされてある寶引はうびきをしようといふのであつた。疊たゝみには八本ほんの紺こんの寶引絲はうびきいとがざらりと投なげ出だされた。彼等かれらはそれを絲いとと喚よんで居ゐるけれども、機はたを織おつて切きり放はなした最後さいごの絲いとの端はしを繩なはのやうに綯なつた綱つなである。婆ばあさん等らは圓まるい座ざを作つくつて銘々めいいの前まへへ二錢せんづつの錢ぜにを置おいた。親おやに成なつた一人ひとりが八本ほんの綱つなの本もとを掴つかんで一度どぎつと指ゆびへ絡からんでばらりと投なげ出だすと、悉皆みんなが一ひとつづゝ掴つかんで此これも其その端はしを指ゆびへぎりつと絡からんで一度どに引ひくと七本ほんの綱つなが空むなしくすつとこける。只たゞ一本ぽんの綱つなの臀しりには彼等かれらのいふ「どツぺ」が附ついて居ゐてそれがどさりと疊たゝみを打うつて一人ひとりの手てもとへ引ひかれる。どつぺは一厘錢りんせんを三寸ずんばかりの厚あつさに穴あなを透とほしてぎつと括くゝつた錘おもりである。一厘錢りんせんは黄銅くわうどうの地色ぢいろがぴかかと光ひかるまで摩擦まさつされてあつた。どつぺを引ひいたのが更さらに親おやになつて一度ど毎ごとにどつぺは解といて他たの綱つなへつける。さうすると婆ばあさん等らは思案しあんしつゝ然しかも速すみやかに綱つなの一ひとつを抓つまんでは放はなしたり又また抓つまんだり極きはめて忙いそがしげに其その手てを動うごかす。彼等かれらは丁度ちやうど䰗くじを引ひくやうに屹度きつと一ひとつは當あたる筈はずのどつぺを悉皆みんなが心こゝろあてに掴つかんで引ひくのである。一度ど毎ごとに失望しつばうと滿足まんぞくとが悉皆みんなの顏かほにそれからそれと移うつつて行ゆく。 綱つなをぎつと束つかねて引ひかせる手てもとや、一ひとつづゝに思案しあんしながら然しかも掴つかんだら威勢ゐせいよくすいと引ひく手てもとは彼等かれらが硬こはばつた手てでありながら熟練じゆくれんしてさうして敏捷びんせふに運動うんどうする。綱つなの周圍しうゐから悉皆みんなの形かたちづくつて居ゐる輪わが縮ちゞまるやうにして、一ひとつ掴つかんでは又また其その輪わが擴ひろがるやうにしつゝ引ひく容子ようすは大勢おほぜいが一ひとつの紐ひもを打うつて居ゐるやうな形かたちにも見みえた。彼等かれらは忙いそがしく手てを動うごかして居ゐると共ともに聲こゑを殺ころしてひそそと然しかも力ちからを入いれて笑語さゞめいた。彼等かれらは戸外こぐわいの聞きこえを憚はばからぬならば興味きようみに乘じようじて放膽はうたんに騷さわぐ筈はずでなければならぬ。各自かくじの前まへに在ある錢ぜにはどつぺを引ひき當あてた者ものの手てに一ひとつづゝ引ひき去さられて誰たれの前まへにも全まつたくなくなつた時とき又また更さらに置おかれるのである。彼等かれらはそれに熱中ねつちうして全まつたく他たを忘わすれて居ゐる。寶引はうびきにも酒さけにも加くははらぬ老人等としよりらは棚たなの周圍しうゐを廻まはつてからは歸かへつたものも有あつて寮れうには幾いくらか人數にんずも減へつて居ゐたが、圍爐裏ゐろりの邊ほとりは醉ゑひが加くははつて寶引はうびきの群むれに行ゆかぬ婆ばあさん等らは酒さけの好すきな孰どれも威勢ゐせいのいゝものばかりであつた。「なあおめえ、こんで俺おらも若わけえ時ときにや面白おもしろえのがんだよなあ」と爺ぢいさんの肩かたへ靠もたれ掛かゝるものもあつた。
「篦棒べらぼう、以前めえかたのことなんぞ、外聞げえぶん惡わりい、俺おらなんざこんで隨分ずゐぶん無鐵砲がしよきなこたあしたが、こんで女をんなにや煎えれねえつちやつたから」と首くびに珠數じゆずを卷まいた爺ぢいさんが側そばでそれを見みて居ゐて呶鳴どなつた。
「おめえ、怒おこんなくつてもえゝやな、酒さけの座敷ざしきぢや其それつ位くれえなこた仕方しかたあんめえな」と叱しかられた婆ばあさんは右みぎの手てを上うへから左ひだりの手ての平ひらへ打うちつけて、大聲おほごゑを立たてゝ笑わらひながら
「どうしたんでえまあ一杯ぺえやらつせえね」と婆ばあさんは更さらに卯平うへいへ茶碗ちやわんを突つきつけた。卯平うへいは一杯ぱいをも口くちへ銜ふくまぬのに先刻さつきから只たゞ凝然ぢつとして、騷さわぎを聞きくでもなく聞きかぬでもない容子ようすをして胡坐あぐらをかいて居ゐた。二度目どめの酒さけは幾いくらか腹はらに餘計よけいであつた老人等としよりらはもう卯平うへいを見遁みのがしては置おかなかつたのである。
「俺おら暫しばらくやんねえから」卯平うへいはそつけなくいつて其その癖くせの舌したを鳴ならした。
「何なんでまた飮のまねえんだ、さうだにしんねりむつゝりしてねえで、ちつた威勢えせいつけて見みるもんだ、そうれ」と先刻さつきからの爺ぢいさんは茶碗ちやわんを突つきつけた。卯平うへいは復また舌したを鳴ならして、唾つばをぐつと嚥のんだ。
「俺おらはあ、暫しばらくやんねえから、煙草たばこは身體からだの工合ぐえゝ惡わりいから斷たつたんだから何なんだが、酒さけは此これ錢ぜねは稼かせげねえし、ちつとでも飮のめば又また飮のみたくなつから廢やめつちやつたな、酒さけもはあ以前めえかたた違ちがつて一杯ぺえ幾いくらつちんだから錢ぜねくんのむやうで」彼かれはぶすりとして然しかも力ちからのない聲こゑを投なげ掛かけるやうにしていつた。「さうだこと云やあねえで、そら來きたつとかう手てえつんだすもんだ、倦怠まだるつこくつて仕しやうねえ此等こツらがな」先刻さつきの爺ぢいさんは又また一杯ぱいをぐつと干ほして呶鳴どなつた。
「さうだよ、飮のまつせえよおめえ、めでゝえ酒さけだから、威勢えせえつければおめえ身體からだの工合ぐえゝだつてちつと位ぐれえなら癒なほつちやあよ」婆ばあさん等らは又また侑すゝめた。
「此この人ひとも勘次かんじどんにや善よくさんねえごつさら、困こまつたもんさな、そんだつておめえさうえもな仕しやうねえから、さうえにくよくよしねえ方はうがえゝよ」他たの婆ばあさんもいつた。
「身體からだの工合ぐえゝ惡わりいなんて、さうだ料簡れうけんだから卯平等うへいら仕しやうねえ、此等こツらようまづだなんて、ようまづなんち病氣びやうきは腹はらの蟲むしから出でんだから、なあに譯わきあねえだよ、蛇へびでかう扱こきおろすんだ、えゝか、俺おれこすつてやつから、いや本當ほんたうだよ俺おらがなんざあ」小柄こがらな爺ぢいさんは非常ひじやうな勢いきほひでいつた。
 首くびの珠數じゆずは彼かれの聲こゑが喉のどを膨脹ばうちやうさせるので其その度たび毎ごとに少すこしづゝ動うごいた。
「俺おら蛇へびは嫌きれえだから」卯平うへいは苦くるし相さうにいつた。
「蛇へび嫌きれえだと、さうだ大えけえ姿なりしてあばさけたこといふなえ、俺おらなんざ蛇へびでも毛蟲けむしでも可怖おつかねえなんちやねえだから、かうえゝか、斯かうだぞ」といひながら爺ぢいさんは後向うしろむきに立たつて、十分ぶんに酩酊よつぱらつた足あしを大股おほまたに踏ふんで、肌はだを脱ぬいだ兩方りやうはうの手てをぎつと握にぎつて、手拭てぬぐひで背中せなかを擦こするやうな形かたちをして見みせた。
「俺おらようまづぢや八九年ねんも惱なやんだんだが、蛇へびでこすればえゝつちから、此こら甘うめえこと聞きいたと思おもつてな、大えけえ青大將あをだいしやうぶらんと柹かきの木きからぶらさがつたから竹竿たけざをで掻かき落おとすべと思おもつたら、俺おら家ぢの婆奴等ばゝめら構かまあななんて云ゆつけが、えゝから汝等わツら默だまつて見みてろ、なんてそれから俺おれぐうつと頭あたまふん掴づかめえて、斯かう俺おれ背中せなかこすつたな、大えけえ青大將あをだいしやうだから畜生ちきしやう縮ちゞまつて屈曲えんぢぐんぢした時ときや引ひつ掛かゝつて仲々なかなか動いごかねえだ、それからうゝんと引ひき伸のばしちやこすつたな、さうしたら斯かう塊かたまりごりつつとこけんの知しれたつけな、さうしたらなあにけろりよ」 彼かれは一同どうへ向むけた背中せなかへ手てを廻まはして
「此處こゝらんとこに塊かたまり有あつたのがだが、それつきり何處どこさか行いつちやつたな、それから俺おれはあ、ようまづなんざ譯わきあねえつちつてんだ」彼かれの手先てさきが脊椎せきずゐに近ちかく觸ふれた。
「おゝえやまあ、大えけえ灸きうの痕あとぢやねえけえ」と一人ひとりの婆ばあさんが驚おどろいていつた。
「俺おらがな此こんで三百挺ちやう一遍ぺんに火ひい點つけたんだから、俺おらがむしやらなこと大好だえすきのがんだから、いや本當ほんたうだよ、俺おら恁こんで腹疫病はらやくびやうくつゝいた時ときだつて到頭たうとう寢ねねえつちやつたかんな、今いまぢや教をさつてつから餓鬼奴等がきめらまで赤せきれえ病びやうだなんて知しつてんが、俺おら壯さかりの頃ころあ何なんでも疫病やくびやうと覺おべえてたのがんだから、なあ卯平うへい、此こツ等らもそん時ときやつたから知しつてらな、俺おら一日いちんちに十六度ど手水場てうづばへ行いつたの一等とうだつけが、なあに病氣びやうきなんぞにや負まけらツるもんかつちんだから、其そん時ときにや村落中むらぢうかたではあ、みんなごろろしてんで俺おればかり藥箱くすりばこ持もつて醫者いしやの送迎おくりむけえしたな、隣近所となりきんじよ一軒毎えつけんごめら役やくにや立たたねえだから、いや本當ほんたうだよ、俺おら十五日んち下痢くだつて癒なほつたが俺おら強つよかつたかんな、いや強つええとも全まつたく、なあにツちんで俺おれ毎日まいんち酒さけぴん飮のんだな、酒さけ飮のんぢや惡わりいなんて醫者いしやなんちや駄目だめだなかたで、檳榔樹びんらうじゆとか何なんとかだなんてちつとばかしづゝ、削けづつた藥くすりなんぞ倦怠まだるつこくつて仕しやうねえから、當藥たうやく煎せんじ出だして氣日まいんち俺おれ片口かたくちで五杯へえづゝも飮のんだな、五合がふ位ぐれえへえつけべが、俺おら呼吸えきつかずだ、なあに呼吸えきついちや苦にがくつて仕しやうねえだよ」と彼かれは穢きたない手拭てぬぐひで顏かほの汗あせを一度どふいた。彼かれは七十を越こえても髮かみはまだ幾いくらも白しろくなかつた。彼かれは石いしの塊かたまりを投なげ出だしたやうな堅かたい身體からだに力ちからを入いれて獨ひとり威勢ゐぜいづいた。「俺おらそれから五百匁ひやくめ位ぐれえな軍鷄雜種しやもおとし一羽ぱ引ひつ縊くゝつて一遍ぺんに食くつちまつたな、さうしたら熱ねつ出でた」彼かれは俄にはかに聲こゑを低ひくくしたが、更さらに以前いぜんに還かへつて
「熱ねつは出でたがそれで俺おれぐつと身體からだにや力ちからつけつちやつたな、其その所爲せゐだな十五日んちで癒なほつたな、そんだから俺おら直すぐに麥むぎの八斗とはずんん搗つけたな、俺おらこんで體格なりはちつちえが強つをかつたな、俺おらがな無垢むくに強つええのがだから、いや本當ほんたうだよ、卯平等うへいらも仕事しごとぢや強つをかつたが、そりや強つええとも、そんだが此こら根性こんじやうやくざだから、疫病やくびやうくつゝいて太儀こはくつて仕しやうねえなんて、それから俺おれ、確乎しつかりしろツちへばどうも下痢くだつちや力ちから拔ぬけて仕しやうねえ、うんんなんて唸うなつて、そんだがあん時ときにや嚊かゝあは可哀相かはいさうなことしたな世間せけんの奴等やつら卯平うへいは嚊かゝあに崇とつつかれべえなんちから心配しんぺえすんなつて俺おれ云ゆつたんだな、そんだが此こら根性こんじやうねえから、俺おら心配しんぺえするもな大嫌だえきれえだ、それ、心配しんぺえしねえで一杯ぺえ引ひつ掛かけろつちんだ」爺ぢいさんは幾いくらでも乘地のりぢになつてまくしかけた。
「さうだよおめえ、酒さけの座敷ざしきでむつゝりしてるもな有あるもんぢやねえ」
「婆ばあさまの手てだつておめえ酒さけぢや酩酊よつぱらあからやつて見みさつせえよ」婆ばあさん等らは側そばから交互たがひに杯さかづきを侑すゝめた。彼等かれらは情なさけなげな卯平うへいを慰なぐさめようとするよりも、獨ひとりむつゝりとして居ゐる彼かれを伴侶なかまに引ひつ込こまうといふのと、變かはつて居ゐる彼かれの容子ようすに對たいして揶揄からかつても見みたいからとであつた。「俺おら錢ぜね出だしもしねえで、他人ひとの酒さけなんぞ」卯平うへいは口くちが粘ねばつて舌したが硬こはばつたやうにいつた。
「おめえ管かまあもんぢやねえな、其麽そんなこと」婆ばあさん等らは又またいつた。
「酒代さかで足たんなけりや、こつちの方はうに寺錢てらせん出來できてるよおめえ等ら」寶引はうびきの仲間なかまがこちらを顧かへりみていつた。
「要えらねえともそんな錢ぜねなんざ、俺おら博奕ばくちなんざ何なんでも嫌きれえだから」小柄こがらな爺ぢいさんは直すぐに呶鳴どなつた。
「俺おらはあ錢ぜねも有ありもしねえで」卯平うへいは他人ひとの騷さわぎに釣つり込こまれようとするよりも、自分じぶんの心裏しんりの或ある物ものを漸やつとのこと吐はき出ださうとするやうに呟つぶやいた。
「又またさうだこつたから仕しやうねえ、勘次等かんじら懷工合ふところぐえゝえゝつちんだから、要えらば何なんでも、汝われよこせつと斯かういふんだ。管かまあねえから奪取ふんだくつてやれ、俺おらだらさうだ、いや本當ほんたうだとも、聟むこなんぞに威張えばられてるなんちこと有あるもんか、卯平等うへいら根性こんじよう薄弱やくざだから仕しやうねえ」小柄こがらな爺ぢいさんは髮かみを一杯ぱいに汗あせで濕うるほした。
「威張えばらツる理由わけぢやねえが、俺おら俺おれでやんべと思おもつてんだから」卯平うへいは自分じぶんを庇護ひごするやうにいつた。
「聟むこなんぞ、承知しようちするもんぢやねえ、あゝだ泥棒野郎どろぼうやらう、俺おら嫌きれえだ、畑はたけでも田たでも油斷ゆだんなんねえから」
「そんだが、今いまぢや懷ふところちつたえゝ所爲せえか盜とるな盜とんねえよ」
「なあに俺おれ、蜀黍もろこし伐きつた時ときにや勘辨かんべんしめえと思おもつたんだつけがお内儀かみさんに來きらツたから我慢がまんしたんだ、俺おれ卯平うへいだら槍やりで突つつ刺ぶしてやんだ、いや俺おれにや本當ほんたうに行やられつとも、俺おら家族うちの奴等やつらげなんざぐづづは云やあせねえだ、俺おら家ぢぢや元日ぐわんじつにや闇くれえに起おきて、蓑みの着きて、圍爐裏端ゐろりばたで芋いも燒やえてくふ縁起えんぎなんだが、俺おら家ぢの奴等やつら外聞げえぶん惡わりいから厭やだなんて吐ぬかしやがつから、俺おれ、何なんだとう汝わツ等ら、厭やだつちんだら厭やだつて今いま一遍ぺん云ゆつて見みろ、俺おれ目玉めだまの黒くれえ内うちやさうはえがねえぞつちんだから、いや本當ほんたうに俺おら聽きかねえだから」彼かれは髮かみが餘計よけいに濕うるほひを増まして悉皆みんなの耳みゝの底そこに徹とほる程ほど呶鳴どなつて見みせた。「おめえ見みてえにさうは行いかねえよ、他人たにんは」卯平うへいはぽさりといつた。
「本當ほんたうにおめえ見みてえなもなねえよ、若わけえ時ときから毎晩まいばん酩酊よつぱらつちや後夜ごやが鷄とりでも構かまあねえ馬うま曳ひいて歸けえつちや戸との割われる程ほど叩たゝいて、さうしちや馬うまの裾湯すそゆ沸わえてねえつて云ゆつちや家族うちの者ものこと追おひ出だしてなあ、百姓ひやくしやうはおめえ夜中よなかまで眠ねむんねえで待まつちや居ゐらんねえな、そんだがおめえも相續人さうぞくにん善よく出來できて仕合しあはせだよなあ」側そばに居ゐて先刻さつきから聞きいて居ゐた婆ばあさんの一人ひとりがいつた。其その服裝なりは他たの老人等としよりらとは異ちがつて居ゐた。
「俺おれにや打ぶち出だされつとも、此こんで俺おら力ちからは強つをかつたかんな、仕事しごとぢや卯平うへいも強つをかつたが、かうだ大えけえ體格なりして相撲すまふぢや俺おれにやかたでぺたただ。俺おらやあつち内うちにや打ぶん投なげつちやあだから、あゝ、俺おら腕うでばかしぢやねえ、そらつ位くれえだから齒はも強つええだよ、俺おら麥打むぎぶちん時とき唐箕たうみ立たてゝちや半夏桃はんげもゝ貰もらつたの、ひよえつと口くちさ入せえたつきり、核たねまでがりり噛かぢつちやつたな、奇態きたいだよそんだが桃もゝ噛かぢつてつと鼻はなん中なかさ埃ほこりへえんねえかんな、俺おれが齒はぢや誰たれでも魂消たまげんだから眞鍮しんちうの煙管きせるなんざ、銜くうええてぎりりつとかう手てツ平ぴらでぶん廻まあすとぽろうつと噛かみ切きれちやあのがんだから、そんだから今いまでも、かうれ、此この通とほりだ」爺ぢいさんはぎりりと齒はを噛かみ合あはせて見みせた。「俺おらそれから、喧嘩けんくわぢや負まけたこたねえだよ、野郎やらう何なんだつち内うちにや打ぶつ張ぱるか、掻かつ轉ころがすかだな、ごろり轉ころがつた處ところ爪先つまさきと踵くびす持もつてかうぐるる引ひん廻まあすとどうだ大えけえ野郎やらうでも起おきらんねえだよ、から笑止をかしくつて仕しやうねえな、えゝか、斯かう、かうやんだよ、あゝ、俺おら本當ほんたうに強つええのがんだよ、それ卯平等うへいら駄目だめだな後うしろの方はうにばかし隱かくれてゝからつき」と爺ぢいさんは少すこし座ざを退さがつて兩手りやうてを以もつて喧嘩けんくわの相手あひてを苛いぢめるやうな容子ようすをして見みせた。
「そんだが俺おれ旦那だんなに云やあれてから、家族うちの奴等やつらことも怒おこんねえはあ、俺おれうめえ處とこ見みられつちやつたな、いや云やあれちや勿體もつてえながす、本當ほんたうに勿體もつてえねえだよ、お婆ばあさん」爺ぢいさんは首くびを俛たれて滅切めつきり靜しづかになつていつた。さうして彼かれは茶碗ちやわんの酒さけをだららと零こぼしながらに一口ひとくちに嚥のんだ。
 此この時とき外そとから女房にようばうが一人ひとり忙せはしく來きた。女房にようばうは佛壇ぶつだんの前まへへ行いつて
「駐在所ちうざいしよ來きたよ」悉皆みんなの中なかへ首くびを突つき入いれるやうにして竊そつと語かたつた。悉皆みんなは頻しきりに輸臝かちまけにのみ心こゝろを奪うばはれて居ゐた。彼等かれらの顏かほはにこことしたり又または暫しばらくどつぺを掴つかまぬものは難むづかしくなつた目めを蹙しがめたり口くちをむぐぐと動うごかしたりして自分じぶんは一向かうそれを知しらないのであつた。彼等かれらの各自めいいが持もつて居ゐる種々いろろな隱かくれた性情せいじやうが薄闇うすぐらい室しつの内うちにこつそりと思おもひ切きつて表現へうげんされて居ゐた。女房はようばうの言辭ことばは悉皆みんなの顏かほを唯たゞ驚愕おどろきの表情へうじやうを以もつて掩おほはしめた。一度どに女房にようばうを見みた彼等かれらには其その時ときまで私語さゞめき合あうた俤おもかげがちつともなかつた。彼等かれらは慌あわてゝ寶引絲はうびきいとも懷ふところへ隱かくして知しらぬ容子ようすを粧よそほうて圍爐裏ゐろりの側そばへ集あつまつた。「こつちの方はう酷ひどく威勢えせいえゝから俺おらも仲間入なかまいりさせてもらえてもんだ」寶引はうびきの婆ばあさん等らはいつた。
「此この婆等ばゝあら寄よれば觸さあれば博奕ばくちなんぞする氣きにばかし成なつて」爺ぢいさんは依然いぜんとして惡口わるくちを止やめなかつた。
「かうだ婆等ばゞあらだつてさうだに荷厄介にやつけえにしねえでくろよ、こんで俺おら家ぢぢやまあだ俺おれなくつちや闇くらやみだよおめえ、嫁よめがあの仕掛しかけだもの」婆ばあさんは更さらに
「俺おらあ仲間なかまも寺錢てらせんで後あと買かあから、獨ひとりでむつゝりしてねえで一ひとつやらつせえね」と卯平うへいへ杯さかづきを侑すゝめた。一同どうの威勢ゐせいが漸次しだいに卯平うへいの心こゝろを惹ひき立たてゝ到頭たうとう彼かれの大おほきな手てに茶碗ちやわんを執とらせた。婆ばあさん等らの袂たもとが觸ふれて輕かるく成なつてた徳利とくりが倒たふされた。婆ばあさん等らは慌あわてゝ手拭てぬぐひでふかうとした。小柄こがらな爺ぢいさんは突然いきなり疊たゝみへ口くちをつけてすううと呼吸いきもつかずに酒さけを啜すゝつてそれから強つよい咳せきをして、ざららに成なつた口くちの埃ほこりを手拭てぬぐひでこすつた。
「婆等ばゝあら勿體もつてえねえことすつから仕しやうねえ、いや勿體もつてえねえとも米こめの油あぶらだからこんで、それ證據しようこにや酒さけ飮のんだ明日あしたぢや面つら洗あらあ時ときつるるすつ處とこ奇態きてえだな、何なんでも人間にんげんは油あぶら吹ふき出だすやうだら身體からだは大丈夫だえぢやうぶだから、卯平うへいそうれ一杯ぺえ飮のめ」爺ぢいさんは又また口くちを手拭てぬぐひでこすりつゝいつた。「畜生ちきしやうだからあゝだ野郎やらうは、畜生ちきしやうとおんなじだから」爺ぢいさんは小ちひさな頭あたまの濕うるほひを又またすつと手拭てぬぐひでふいた。
「其麽そんなにおめえ、畜生ちきしやうだなんて、手てもとも見みもしねえで」と先刻さつきの服裝みなりの好いい婆ばあさんが窘たしなめるやうにいつた。
「いやツ、お婆ばあさん、手てもと見みねえつたつてさうに極きまつてんだから、いや本當ほんたうだよ。俺おら嘘ちくいふな嫌きれえだから、そんだがあの阿魔あまもづううしい阿魔あまだ、此間こねえだなんざおつかこた思おもひ出ださねえかつちつたら、思おもひ出ださねえなんて吐ぬかしやがつて」爺ぢいさんは又また乘地のりぢに成なつた。
「ありやあそれ、俺おれがにやえゝんだよ、隨分ずゐぶん辛つれえ目めに逢あつたから、お袋ふくろこと思まあねえこたねえが、悉皆みんな揶揄からけええしたからそんでさうだこといふやうん成なつたんだな、有繋まさかあれだつて困こまつちや居ゐんだから、何なんちつたつてあれにや罪つみやあねえよ」最後さいごの一句くをすつと低ひくくいつて彼かれは漸やうやく茶碗ちやわんの底そこを干ほした。
「勘次かんじも辛つらかつたんべが、俺おらも品しなに死しなつた時ときにや泣ねえたよ、あれこた三みつつの時ときツから育そだツたんだから」卯平うへいは又また情なさけなげな舌したがもう硬こはばつて畢しまつた。
「ほんにおめえもお品しなさんに死なくならつたのが不運くされだつけのさな、そんだがおめえ長命ながいきしたゞけええんだよ」婆ばあさん等らは口々くちぐちに慰なぐさめつゝいつた。
「手足てあしも利きかなくなつちやつて錢ぜねはとれずはあ、野田のだで拵こせえた單衣物ひてえものもなくしつちやつたな、どうせ此これ、來年らいねんの夏なつまで生いきてられつか何どうだか分わかりやすめえし、管かまあねえな」卯平うへいは口たゞ獨ひとりで呟つぶやくやうにぶすりといつた。彼かれは殆ほとんど其その舌したが味あぢを感かんぜぬであらうと思おもふやうに只たゞ茶碗ちやわんの酒さけを傾かたむけるのみであつた。「そんだが娘むすめも年頃としごろ來きてんのに遣やるとかとるとかしねえぢや可哀相かあいさうだよなあ」婆ばあさん等らの口くちはそれからそれと竭つきなかつた。酒さけに勢いきほひつけられた婆ばあさん等らは何なにかの穿鑿せんさくをせねば氣きが濟すまないのであつた。
「どうするこつたか自分じぶんの子供こどもでもありやすめえし、俺おらがにや分わかんねえな」卯平うへいは何處どこまでも乾からびたいひやうである。
「そんだがよ、噺はなしてやつとえゝんだな、出だすと極きまりや幾いくらでも口くちは有あらな」
「徒勞むだだよおめえ、誰だれがいふことだつて聽きく苦勞くらうはねえんだから」婆ばあさん等らは互たがひに勝手かつてなことをがややと語かたり續つゞけた。
「そんぢや隣となりの旦那だんなにでもようく噺はなしてもらつたら聽きくかも知しんねえぞ、それより外ほかあねえぞおめえ」婆ばあさんの一人ひとりが卯平うへいに向むかつていつた。
「さうすりやはあ、お互たげえにえゝ鹽梅あんべえで疵きずもつかねえんだから、俺おれもさうは思おもつちや居ゐんだが、此これ、いふのもをかしなもんで」卯平うへいの頬ほゝには稍やゝ紅べにを潮さして彼かれは婆ばあさんにいはれたことが嬉うれし相さうに見みえるのであつた。
「なあに、さうだもかうだも有あるもんか、えゝから、さうだ奴等やつら打ぶつ飛とばしてやれ」暫しばらく默だまつて居ゐた先刻さつきの爺ぢいさんは小柄こがらな身體からだを堅かためて又また呶鳴どなつた。
「うむ、なあに俺おれもそれから去年きよねんの秋あきは火箸ひばしで打ぶつ飛とばしてやつたな」卯平うへいは斯かういつて彼かれにしては著いちじるしく元氣げんきを恢復くわいふくして居ゐた。
「さうだとも、錢ぜねでも何なんでも呉くんなけりや、よこせつちばえゝんだ、錢ぜねねえなんちへば米こめでも麥むぎでも奪取ふんだくつてやれ」爺ぢいさんは周圍あたりへ唾つばを飛とばした。「それでも俺おれ打ぶつ飛とばしてから質しちの流ながれだなんち味噌みそ一樽たる買かつたな、麩味噌ふすまみそで佳味うまかねえが今いまぢやそんでもお汁つけは吸すへるこた吸すへんのよ」卯平うへいは自分じぶんの手柄てがらでも語かたるやうないひ方かたであつた。
「食料くひもの措をしがるなんち業ごふつくばりもねえもんぢやねえか、本當ほんたうに罰ばちつたかりだから、俺おらだら生いかしちや置おかねえ、いや全まつたくだよ、親おやのげ食かあせんの惜をしいなんち野郎やらうは突つつ刺ぷしたつて申まをし開ひらき立たつとも、俺おらだら立派りつぱに立たてゝ見みせらな、卯平うへい確乎しつかりしろ、俺おらだら勘次等かんじら位ぐれえなゝ又またうんち目めに逢ああせらな、いや本當ほんたうに俺おれに掛かゝつちや酷ひでえかんなこんで」爺ぢいさんは激はげしくさうして例れいの自慢じまんをいひ續つゞけた。
「さうだこと云ゆつたつておめえ、以前めえかたから他人ひとのこと切きつたこともねえ癖くせに」側そばから服裝みなりの好いい婆ばあさんが貶くさしていつた。
「そんだが、此この年齡としになつて懲役ちようえきに行えぐな厭やよ俺おれも」爺ぢいさんはずつと垂たれた頭あたまを手てで抑おさへて笑わらひこけた。婆ばあさん等らもどつと哄笑どよめいた。
「勘次等かんじら、そん時ときから俺おれた口くちも利きかねえや」卯平うへいは他人ひとには頓着とんぢやくなしにかういつて其その舌したを鳴ならして唾つばを嚥のんだ。
「口くち利きかねえ、そんだら口くち兩方りやうはうへふん裂ぜえてやれ、さあ利きくか利きかねえかと斯かうだ」小柄こがらな爺ぢいさんは自分じぶんの口くちを兩手りやうての指ゆびでぐつと擴ひろげていつた、圍爐裏ゐろりの邊あたりは暫しばらく騷さわぎが止やまなかつた。卯平うへいの心こゝろも假令たとひ一時的じてきでも周圍しうゐの刺戟しげきから幾分いくぶんの力ちからを添そへられて或ある勢いきほひを恢復くわいふくしたのであつた。「確乎しつかりしろえ、えゝから」小柄こがらな爺ぢいさんは別わかれる時とき復また呶鳴どなつた。卯平うへいの足あしもとは稍やゝ力ちからづいて見みえて居ゐた。
 卯平うへいは念佛寮ねんぶつれうから歸かへつて來きた時ときどかりと火鉢ひばちの前まへに坐すわつた。彼かれは勢いきほひづけられて居ゐた。勘次かんじは例れいの如ごとく遠とほざかつた。
「おつう、米こめと挽割麥ひきわり出だせ」卯平うへいは座ざに就つくと突然とつぜんかういつた。
「夥多みつしら出だせ」間あひだを措おいて又またいつた。
「何なにすんでえ、爺ぢいは」おつぎはそれを輕かるく受うけて斯かういつた。卯平うへいは目めを蹙しがめた。彼かれは闇夜あんやにずんずんと運はこんだ足あしが急きふに窪くぼみを踏ふんでがくりと調子てうしが狂くるつたやうな容子ようすであつた。
「明日あした、要えれば出だしてやんびやな、爺等ぢいらどうせ夜よるなんぞ要えりやすめえしなあ」おつぎは又また賺すかすやうにいつた。卯平うへいはもう反覆くりかへしていはなかつた。彼かれは只たゞ其その癖くせの舌したを鳴ならしてごくりと唾つばを嚥のむのみであつた。次つぎの朝あさに成なつて酒氣しゆきが悉こととく彼かれの身體からだから發散はつさんし盡つくしたら彼かれは平生へいぜいの卯平うへいであつた。

二四

 卯平うへいは決けつして惡人あくにんではなかつた。彼かれは性來せいらい嚴疊がんでふで大おほきな身體からだであつたけれど、其その蹙しかめたやうな目めには不斷ふだんに何處どこか軟やはらかな光ひかりを有もつて居ゐるやうで、思おもひ切きつてせねば成ならぬ事件じけんに出逢であうても二度どや三度どは逡巡しりごみするのがどうかといへば彼かれの癖くせの一つであつた。ぶすりと膠にべない容子ようすでも表面へうめんに現あらはれたよりも暖あたゝかで、女をんなに脆もろい處ところさへあるのであつた。彼かれが盛年さかりの頃ころに他人たにんの目めについたのは、自分自身じぶんじしんの仕事しごとには餘あまり精せいを出ださないやうに見みえることであつた。大概たいがいのことでは一向かうに騷さわがぬやうな彼かれの容子ようすが外ほかからではさうらしくも見みえるのであつた。も一つは服裝ふくさうを決けつして崩くずさぬことであつた。彼かれは他人たにんに傭やとはれて居ゐながら、草刈くさかりにでも出でる時ときは手拭てぬぐひと紺こんの單衣ひとへものと三尺帶じやくおびとを風呂敷ふろしきに包つゝんで馬うまの荷鞍にぐらに括くゝつた。其その頃ころは草くさというては悉皆みんな薙倒なぎたふして麁朶そだでも縛しばるやうに中央ちうあうを束つかねて馬うまに積つむのであつた。雜木林ざふきばやしの間あひだに馬うまを繋つないだ儘まゝで彼かれは衣物きものを改あらためてあてどもなくぶらつくのが好すきであつた。それでも彼かれの強健きやうけんな鍛練たんれんされた腕うでは定さだめられた一人分にんぶんの仕事しごとを果はたすのは日ひが稍やゝ傾かたぶいてからでも強あながち難事なんじではないのであつた。此この二つの外ほかには別段べつだん此これというて數かぞへる程ほど他人たにんの記憶きおくにも残のこつて居ゐなかつた。それでも彼かれの大おほきな躰躯からだと性來せいらいの器用きようとは主人しゆじんをして比較的ひかくてき餘計よけいな給料きふれうを惜をしませなかつた。彼かれは其その奉公ほうこうして獲えた給料きふれうを自分じぶんの身みに費つひやして其その頃ころでは餘所目よそめには疑うたがはれる年頃としごろの卅近ぢかくまで獨身どくしんの生活せいくわつを繼續けいぞくした。其その間あひだに彼かれは黴毒ばいどくを病やんだ。一時じはぶららと懶相だるさうな蒼あをい顏かほもして居ゐたが、病氣びやうきは暫しばらくして忘わすれたやうに其その強健きやうけんな身體からだの何處どこにか潜伏せんぷくして畢しまつた。彼かれは勿論もちろんそれを癒なほつたことゝ思おもつて居ゐた。其その内うちに彼かれは娶よめをとつて小ちひさな世帶しよたいを持もつて稼かせぐことになつた。娶よめは間まもなく懷姙くわいにんしたが胎兒たいじは死しんでさうして腐敗ふはいして出でた。自分じぶんも他人ひとも瘡かさツ子こだといつた。二三人にん生うまれたがどれも發育はついくしなかつた。それでも幼兒えうじの死しぬのは瘡かさツ子こだからといふのみで病毒びやうどくの慘害さんがいを知しる筈はずもなく隨したがつて怖おそれる筈はずもなかつた。お品しなの母はゝは非常ひじやうな貧乏びんばふな寡婦ごけで、足あしが立たつか立たたぬのお品しなを懷ふところにして悲慘みじめな生活せいくわつをして居ゐた。それを卯平うへいは心こゝろから哀憐あはれみの情じやうを以もつて見みて居ゐた。お品しなの母はゝは百姓ひやくしやうとしては格別かくべつの働はたらきを有もたなかつたから、寡婦ごけとして獨立どくりつして行ゆくには非常ひじやうな困難こんなんでなければ成ならぬだけ身體からだの何處どこにか軟やはらかな容子ようすがあつて、清潔好きれいずきな卯平うへいの心こゝろを惹ひいた。何處どこか人懷ひとなつこい處ところがあつて只管ひたすらに他人たにんの同情どうじやうに渇かつして居ゐたお品しなの母はゝの何物なにものをか求もとめるやうな態度たいどが漸やうやく二人ふたりを近ちかづけた。 其その頃ころ彼かれの女房にようばうは長ながい間あひだ病氣びやうきに惱なやまされて居ゐた。病氣びやうきは遂つひに恢復くわいふくしなかつた。女房にようばうは或ある年とし復また姙娠にんしんして臨月りんげつが近ちかくなつたら、どうしたものか數日すうじつの中うちに腹部ふくぶが膨脹ばうちやうして一夜やの内うちにもそれがずんんと目めに見みえる。女房にようばうは横臥わうぐわすることも其その苦痛くつうに堪たへないで、積つんだ蒲團ふとんに倚より掛かゝつて僅わづかに切せつない呼吸いきをついて居ゐた。胎兒たいじを泛うかしめた水みづが餘計よけいに溜たまつたのである。其その頃ころは醫者いしやの手てでさへそれをどうすることも出來できなかつた。加之それのみでなく彼かれは醫者いしやを聘よぶことが億劫おつくふで、大事だいじな生命いのちといふことを考かんがへることさへ心こゝろに暇いとまを持もたなかつた。僥倖げうかうにも卵膜らんまくを膨脹ばうちやうさせた液體みづが自分じぶんから逃にげ去さる途みちを求もとめて其その包圍はうゐを破やぶつた。數升すうしようの液體みづが迸ほとばしつて、驚おどろいて横よこたへた身みを蒲團ふとんの上うへに浮うかさうとした。それと共ともに安住あんぢうの場所ばしよを失うしなうた胎兒たいじは自然しぜんに母體ぼたいを離はなれて出でねばならなかつた。胎兒たいじは勿論もちろん死しんでさうして手てを出だした。其その時とき女房にようばうは非常ひじやうに疲憊ひはいして居ゐたが、我慢がまんをするからといつたばかりに卯平うへいはぐつと力ちからを入いれて引ひき出だした。彼かれの惡意あくいを有もたぬ手てが斯かくの如ごとく残酷ざんこくに働はたらかされたのは、夫婦ふうふの間あひだには僅わづかでも他人たにんの手てを藉かることに金錢上きんせんじやうの恐怖おそれを懷いだかしめられたからであつた。女房にようばうはそれでも死しなゝかつた。然しかし殆ほとんど想像さうざうされなかつた疼痛とうつうが滿身まんしんに沁しみ渡わたつた。軈やがて非常ひじやうな發熱はつねつが伴ともなつた。それからといふものは三年ねんも臥ふせつた儘まゝで季節きせつが暖あたゝかに成なれば稀まれには蒲團ふとんからずり出だして僅わづかに杖つゑに縋すがつては軟やはらかな春はるの日ひをさへ刺戟しげきに堪たへぬやうに眩まぶしがつて居ゐた。 お品しなの母はゝとの關係くわんけいが餘計よけいな告口つげぐちから女房にようばうの耳みゝに入はひつた。其その頃ころ暑あつさに向むいて居ゐた所爲せゐでもあつたが女房にようばうはそれを苦くにし始はじめてからがつかりと窶やつれたやうに見みえた。女房にようばうが死しんだ時ときは卯平うへいは枕元まくらもとに居ゐなかつた。村落むらには赤痢せきりが發生はつせいした。豫防よばうの注意ちういも何なにもない彼等かれらは互たがひに葬儀さうぎに喚よび合あうて少すこしの懸念けねんもなしに飮食いんしよくをしたので病氣びやうきは非常ひじやうな勢いきほひで蔓延まんえんしたのであつた。卯平うへいも患者くわんじやの一人にんでさうしてお品しなの家いへに惱なやんで居ゐた。お品しなの母はゝの懇切こんせつな介抱かいはうから彼かれは救すくはれた。彼かれはどうしても瀕死ひんしの女房にようばうの傍かたはらに病躯びやうくを運はこぶことが出來できなかつた。其その窶やつれた目めの憂うれへるのを彼かれは見みるに忍しのびなかつたからである。彼かれのさういふ意志いしは長ながい月日つきひの病苦びやうくに嘖さいなまれて僻ひがんだ女房にようばうの心こゝろに通つうずる理由わけがなかつた。さうして女房にようばうは激烈げきれつな神經痛しんけいつうを訴うつたへつゝ死しんだ。卯平うへいは有繋さすがに泣ないた。葬式さうしきは姻戚みよりと近所きんじよとで營いとなんだが、卯平うへいも漸やつと杖つゑに縋すがつて行いつた。
 其その秋あきの盆ぼんには赤痢せきりの騷さわぎも沈しづんで新あたらしい佛ほとけの數かずが殖ふえて居ゐた。墓地ぼちには掘ほり上あげた赤あかい土つちの小ちひさな塚つかが幾いくつも疎末そまつな棺臺くわんだいを載のせて居ゐた。大抵たいていは赤痢せきりに罹かゝつて漸やうやく身體からだに力ちからがついたばかりの人々ひととが例年れいねんの如ごとく草刈鎌くさかりがまを持もつて六日かの日ひの夕刻ゆふこくに墓薙はかなぎというて出でた。墓はかの邊ほとりは生はえるに任まかせた草くさが刈拂かりはらはれて見みるから清潔せいけつに成なつた。中央ちうあうに青竹あをだけの線香立せんかうたてが杙くひのやうに立たてられて、石碑せきひの前まへには一ひとつづゝ青竹あをだけの簀すの子このやうな小ちひさな棚たなが作つくられた。卯平うへいも墓薙はかなぎの群むれに加くははつた。彼かれのまだ力ちからない手てに持もつた鎌かまの刄先はさきが女房にようばうの棺臺くわんだいの下したを覗のぞいてからりと渡わたつた時とき彼かれは悚然ぞつとして手てを引ひいた。蛇へびが身體からだの後半こうはんを彼かれの足あしもとに現あらはして白しろい腹はらを見みせた。鎌かまの刄先はさきが蛇へびを切きつたのである。蛇へびは暫しばらく凝然ぢつとして居ゐて極きはめて徐おもむろに棺臺くわんだいの下したに隱かくれた。卯平うへいの顏かほは黄昏たそがれの光ひかりに蒼あをかつた。彼かれはそれから他出たしゆつすることも稀まれになつた。恢復くわいふくしかけた病後びやうごの疲勞ひらうが夜よるは粘ねばるやうな汗あせを分泌ぶんぴさせた。それから八日目かめに村落むらの者ものが佛ほとけを迎むかへに提灯ちやうちん持もつて行いつた時ときは刈かり拂はらはれた草くさが暑あついといつても秋あきらしくなつた日ひに其その生殖作用せいしよくさようを急いそがうとして聳然すつくりと首くびを擡もたげて居ゐた。村落むらの人々ひとびとは好奇心かうきしんに驅かられて怖おづづも棺臺くわんだいをそつと揚あげて見みた。蛇へびは依然いぜんとしてだらりと横よこたはつた儘まゝであつた。人々ひとびとは睜みはつた目めを見合みあはせた。村落むらの者ものが去さつた後あとには小ちひさな青竹あをだけの線香立せんかうたてからそこらの石碑せきひの前まへからぢりりと身みを燒やいて行ゆく火ひに苦くるしんで悶もだえるやうに煙けぶりはうねりながら立たち騰のぼつて寂寥せきれうたる黄昏たそがれの光ひかりの中なかに彷徨さまようた。それから又また四日目かめに佛ほとけを送おくつて村落むらの者ものは黄昏たそがれの墓地ぼちに落おち合あうた。蛇へびは猶且やつぱり棺臺くわんだいの陰かげを去さらなかつた。蛇へびは自由じいうに匍匐はらばふには餘あまりに瘡痍きずが大おほきかつた。反そり返かへつた唇くちびるのやうに膨ふくれた肉にくは埃ほこりに塗まみれて黒くろく變へんじて居ゐた。棺臺くわんだいを透すかして人ひとが之これを覗うかゞへば恐怖おそれを懷いだいて少すこしづゝのたくるのであつた。女房にようばうが出でたのだといつて村落むらの者ものは減へらず口ぐちを叩たゝいた。暫しばらくしてお品しなの母はゝの耳みゝへも蛇へびの噂うはさが傳つたはつた。それからといふものお品しなの母はゝは一夜やでも卯平うへいを自分じぶんの家うちから放はなさない。三みつつに成なつて居ゐたお品しなが卯平うへいを慕したうて確乎しつかと其その家うちに引ひき留とめたのはそれから間まもないことである。蛇へびの噺はなしは何時いつの間まにか消滅せうめつした。それは悉皆みんなが互たがひに心こゝろに記憶きおくを反覆くりかへして快こゝろよしとする程ほど彼等かれらを憎にくんでは居ゐなかつたからである。其その後のち長ながい歳月としつきを經へてお品しなの母はゝが死しんだ時とき以前いぜんの噺はなしを見みたり聞きいたりして居ゐた者ものの間あひだにのみ僅わづかに記憶きおくが喚よび返かへされた。お品しなの母はゝは腰こしに病氣びやうきを持もつて居ゐた。卯平うへいは自分じぶんの手てから作つくつた罪つみといふものは殆ほとんど見みられなかつた。唯たゞ彼かれは盛年さかりの頃ころは他たの傭人等やとひにんらと共ともに能よく猫ねこを殺ころして喫たべてた。尤もつとも其その頃ころは猫ねこでも犬いぬでも飼主かひぬしを離はなれて雞にはとりを狙ねらふのが彷徨うろついた。彼等かれらは罠わなを掛かけてそれを待まつた。然しかし大抵たいていの家々いへへでは雞にはとりでさへ家いへの内うちでは煮にるのを許容ゆるさないので、後うしろの庭にはへ竹たけで三本ぼんの脚あしを作つくつてそれへ鍋蔓なべつるを掛かけた程ほどであつたから、猫ねこを殺ころすことが恐おそろしい罪惡ざいあくのやうに見みられたのであつた。猫ねこは辛からい鹽鮭しほざけを與あたへれば腰こしが利きかない病氣びやうきに罹かゝると一般ぱんにいはれて居ゐるので卯平うへいが腰こしを惱なやんで居ゐるのを稀まれには猫ねこの祟たゝりだと戯談じようだんにいふものもあつた。それでもさういふ噂うはさは擴ひろがらなかつた。彼かれは憎惡ぞうをと嫉妬しつととを村落むらの誰たれからも買かはなかつた。憎惡ぞうをも嫉妬しつともない其處そこに故意わざと惡評あくひやうを生うみ出だす程ほど百姓ひやくしやうは邪心じやしんを有もつて居ゐなかつた。村落むらの西端せいたんに僻在へきざいして居ゐる彼かれには興味きようみを以もつて見みさせる一ひとつの條件でうけんも具そなへて居ゐなかつた。只たゞむつゝりとして他人たにんに訴うつたへることも求もとめることもない彼かれは一切さい村落むらとの交渉かうせふがなかつた。彼かれの一身しんの有無うむは少すこしも村落むらの爲ためには輕重けいちようする處ところがなかつた。
二五

 初冬しよとうの梢こずゑに慌あわたゞしく渡わたつてそれから暫しばらく騷さわいだ儘まゝ其その後のちは礑はたと忘わすれて居ゐて稀まれに思おもひ出だしたやうに枯木かれきの枝えだを泣なかせた西風にしかぜが、雜木林ざふきばやしの梢こずゑに白しろく連つらなつて居ゐる西にしの遠とほい山々やままの彼方かなたに横臥ねて居ゐたのが俄にはかに自分じぶんの威力ゐりよくを逞たくましくすべき冬ふゆの季節きせつが自分じぶんを棄すてゝ去さつたのに氣きがついて、吹ふくだけ吹ふかねば止やめられない其その特性とくせいを發揮はつきして毎日まいにち其その特有もちまへな力ちからが輕鬆けいしような土つちを空そらに捲まいた。
 其その日ひも拂曉あけがたから空そらが餘あまりにからりとして鈍にぶい軟やはらかな光ひかりを有もたなかつた。毎日まいにち吹ふき捲まくる疾風しつぷうが其その遠とほい西山せいざんの氷雪ひようせつを含ふくんで微細びさいに地上ちじやうを掩おほうて撒布さんぷしたかと思おもふやうに霜しもが白しろく凝こつて居ゐた。
 勘次かんじは平生いつもの如ごとくおつぎを連つれて開墾地かいこんちへ出でた。おつぎは半纏はんてんを後うしろへふはりと掛かけた儘まゝ手ても通とほさないで、肩かたへは襷たすきを斜なゝめに掛かけて萬能まんのうを擔かついで居ゐた。白しろい手拭てぬぐひとそれから手拭てぬぐひの外そとに少すこし覗のぞいた後おくれ毛げの歩あるく度たびにふららと動うごくのもしみみと冷つめた相さうであつた。草木さうもく及および地上ちじやうの霜しもに瞬まばたきしながら横よこにさうして斜なゝめに射さし掛かける日ひに遠とほい西にしの山々やままの雪ゆきが一頻ひとしきり光ひかつた。凡すべてを通つうじて褐色かつしよくの光ひかりで包つゝまれた。其その遠とほく連つらなつた山々やままの頂巓いたゞきにはぽつりりと大小だいせうの簇雲むらくもが凝こつた儘まゝに掻かき亂みだされて暫しばらく動うごかなかつた。遂つひにはそれが一つに成なつて山々やままの所在しよざいを暗くらまして、其その末端まつたんが油煙ゆえんの如ごとく空そらに向むかつて消散せうさんしつゝあるやうに見みえ始はじめた。其處そこには毎日まいにち必かならず喧嚚けんがうな跫音あしおとが人ひとの鼓膜こまくを騷さわがしつゝある其その巨人きよじんの群集ぐんじゆが、其その目めからは悲慘みじめな地上ちじやうの凡すべてを苛いぢめて爪先つまさきに蹴飛けとばさうとして、山々やままの彼方かなたから出立しゆつたつしたのだ。其その驚おどろくべき迅速じんそくな脚あしが空間くうかんを一直線ちよくせんに、さうして僅わづかな障害物しやうがいぶつであるべき梢こずゑの凡すべてを壓おしつけ壓おしつけ林はやしを越こえて疾驅しつくして來くるのは今いまもう直すぐである。竹たけを伐きつて束つかねたやうに寸隙すんげきもなく簇むらがつて居ゐる其その爪先つまさきに蹴けられては怖おびえに怖おびえた草木さうもくは皆みな聲こゑを放はなつて泣なくのである。さうしてもう泣なかねば成ならぬ時間じかんが迫せまつて居ゐる。 勘次かんじは霜しも白しろい自分じぶんの庭にはを往來わうらいへ出でると無器用ぶきような櫟くぬぎの林はやしが彼かれの行ゆくべき方かたに從したがつて道みちに沿そうて連つらなつて居ゐる。彼かの破やぶれて、毎日まいにち打うちつける疾風しつぷうの爲ために傾かたむけられた笹さゝの垣根かきねには、狹せまい往來わうらいを越こえて櫟くぬぎの落葉おちばが熊手くまでで掻かいたやうに聚あつまつて且かつ連つらなつて居ゐる。凡およそ櫟くぬぎの木き程ほど頑健ぐわんけんな木きは他たに有あるまい。乾燥かんさうした冬枯ふゆがれの草くさや落葉おちばに煙草たばこの吸殼すひがらが誤あやまつて火ひを點てんじて、それが熾さかんに林はやしを燒やき拂はらうても澁しぶの強つよい、表面へうめんが山葵わさびおろしのやうな櫟くぬぎの皮かはは、黒くろい火傷やけどを幹みき一杯ぱいに止とゞめても、他たの針葉樹しんえふじゆに見みるやうではなく、春はるの雨あめが數次しばば軟やはらかに濕うるほせば遂つひにはこそつぱい皮かはの何處どこからか白しろつぽい芽めを吹ふいて、粗剛そがうな厚あつい皮かはの圍かこみから遁のがれて爽快さうくわいな呼吸こきふを仕始しはじめたことを悦よろこぶやうにずんんと伸長しんちやうして、遂つひには伐きつてもも、猶且やつぱりずんんと骨立ほねだつて幹みきが更さらに形かたちづくられる程ほど旺盛わうせいな活力くわつりよくを恢復くわいふくするのである。彼等かれらはさういふ特性とくせいを有もつて居ゐながら了解れうかいし難がたい程ほど臆病おくびやうである。黄色きいろな光ひかりが快こゝろよく鮮あざやかに滿みちて居ゐる晩秋ばんしうの水みづのやうな淡あはい霜しもが竊ひそかにおりる以前いぜんから其その葉はは悉こととくくるると其その周圍しうゐが捲まくれ始はじめて、他たの雜木ざふきは其その葉はをからりと落おとして其その梢こずゑよりも遙はるかに低ひくく垂たれて居ゐる西にしの空そらの明あかるい入日いりひを透すかして見みせるやうに疎まばらに成なるのに、確乎しつかとしがみついて離はなれない。彼等かれらは漸やうやく樹相じゆさうを形かたちづくると共ともに鋸のこぎりの齒はが残酷ざんこくに渡わたつて少すこしでも餘裕よゆうを與あたへられないのである。それで彼等かれらの間あひだには自然しぜんに只たゞ恐怖きようふする性質せいしつのみが助長じよちやうされたのであるかも知しれない。それだから既すでに薪たきぎに伐きるべき時期じきを過すごして、大木たいぼくの相さうを具そなへて團栗どんぐりが其その淺あさい皿さらに載のせられるやうに成なれば、枯葉かれはは潔いさぎよく散ちり敷しいてからりと爽さわやかに樹相じゆさうを見みせるのである。丁度ちやうどそれは子孫しそんの繁殖はんしよくと自己じこの防禦ばうぎよとの必要ひつえうを全まつたく忘わすれさせられた梨なしの接木つぎきが、大おほきな刺とげを幹みきにも枝えだにも持もたなく成なつたやうに、恐怖おそれが彼等かれらを去さつたのである。 然しかしながら林はやしの櫟くぬぎは幾いくら遠とほく根ねを伸のばして迅速じんそくな生長せいちやうを遂とげようとしても、冷ひやゝかな秋あきが冬ふゆを地上ちじやうに導みちびくのである。彼等かれらは其その冬ふゆの季節きせつに於おいて生命せいめいを保たもつて行ゆくのには凡すべての機能きのうを停止ていしして引ひき緊しまらねば成ならぬ。それでなければ彼等かれらは氷雪ひようせつの爲ために枯死こしせねばならぬ。其その季節きせつに彼等かれらの最後さいごの運命うんめいである薪まきや炭すみに伐きられるやうに一番ばん適當てきたうした組織そしきに變化へんくわすることを餘儀よぎなくされるのである。彼等かれらはそれから其その貴重きちような呼吸器こきふきであつた枯葉かれはを一枚まいでも枝えだから放はなすまいとし又また離はなれまいとして居ゐる。生育せいいくの機能きのうが停止ていしされると共ともに粘着力ねんちやくりよくを失うしなふべき筈はずの葉柄えふへいが確乎しつかりと保たもたれてある。そこで乾燥かんさうした枯葉かれはは少すこしのことにさへ相あひ倚よつてさややと互たがひに恐怖きやうふを耳語さゝやくのである。然しかし樹木じゆもくが吸收きふしうして獲えた物質ぶつしつの一部ぶを地つち及および空氣くうきに還元くわんげんせしめようとして凡すべての葉はを梢こずゑから奪うばつて、到いたる處ところ空濶くうくわつで且かつ簡單かんたんにすることを好このむ冬ふゆの目めには、櫟くぬぎの枯葉かれはは錯雜さくざつし、溷濁こんだくして見みえねばならぬ。それで巨人きよじんを載のせた西風にしかぜが其その爪先つまさきにそれを蹴飛けとばさうとしても、恐おそろしく執念深しふねんぶかい枯葉かれはは泣ないてさうして其その力ちからを保たもたうとする。偶たまたま力ちからが足たりないで吹ふき散ちらされたのは、さういふ時ときに非常ひじやうに便利べんりなやうに捲まいてあるので、どんな陰かげでも其その身みを託たくする場所ばしよを求もとめてころろと轉ころがつて行いつては、自分じぶんの伴侶なかまが一つに相あひ倚より相あひ抱いだいて微風びふうにさへ絶たえず響ひゞきを立たてゝ戰慄せんりつしつゝあるのである。 勘次かんじは斯かういふ櫟くぬぎの木きを植うゑて林はやしを造つくるべき土地とちの開墾かいこんをする爲ためにもう幾年いくねんといふ間あひだ雇やとはれて其その力ちからを竭つくした。彼かれは漸やうやく林相りんさうを形かたちづくつて來きた櫟林くぬぎばやしに沿そうて田圃たんぼを越こえて走はしつた。田圃たんぼの鴫しぎが何なにに驚おどろいたかきゝと鳴ないて、刈株かりかぶを掠かすめるやうにして慌あわてゝ飛とんで行いつた。さうして後のちは白しろく閉とざした氷こほりが時々ときどきぴりりと鳴なつてしやりりと壞こはれるのみで只たゞ靜しづかであつた。田圃たんぼを透とほして林はやしの間あひだから見みえる其その遠とほい山々やままの雲くもは稍やゝ薄うすくなつて空そらを濁にごして居ゐた。軈やがて雜木林ざふきばやしの枝頭えださきが少すこし動うごいたと思おもつたらごうつといふ響ひゞきが勘次かんじの耳みゝに鳴なつた。巨人きよじんの脚あしが逼せまつたのである。彼かれはむつと思おもはず呼吸こきふが切迫せつぱくした。
 毎日まいにち吹ふき渡わたる西風にしかぜは乾燥かんさうしつゝある凡すべての物ものを更さらに乾燥かんさうさせねば止やまない。雨あめが稀まれにしんみりと降ふつても西風にしかぜは朝あさから一日にち青あをい常緑木ときはぎの葉はをも泥どろの中なかへ拗切ちぎつて撒布まきちらす程ほど吹ふき募つのれば、それだけで土つちはもう殆ほとんど乾かわかされるのである。土つちが保有ほいうすべき水分すゐぶんがそれ程ほど蒸發じようはつし盡つくしても其その吹ふき渡わたる間あひだは西風にしかぜは決けつして空そらに一滴てきの雨あめさへ催もよほさせぬ。それでも有繋さすがに深ふかく水みづを藏ざうして居ゐる土つちは垢あかの如ごとき表皮へうひのみを掻かき拂はらつて行ゆく疾風しつぷうの爲ためには容易よういに其その力ちからを失うしなはないで、夜よが更ふければ幾いくらでも空氣中くうきちうに保たもたれた水分すゐぶんを微細びさいに結晶けつしやうさせて一杯ぱいに白しろく引ひきつける。土つちが徹宵よつぴてさういふ作用さようを營いとなんだばかりに、日ひは拂曉あけがたの空そらから横よこにさうして斜なゝめに其その霜しもを解とかして、西風にしかぜは直たゞちにそれを乾かわかして残酷ざんこくに表土へうどの埃ほこりを空中くうちうに吹ふき捲まくる。其その力ちからが烈はげしい程ほど拂曉ふつげうの霜しもが白しろく、其それが白しろい程ほど亂みだれて飛とぶ鴉からすの如ごとき簇雲むらくもを遠とほい西山せいざんの頂巓いたゞきに伴ともなうて疾風しつぷうは驅かけるのである。兩方りやうはうが疲憊ひはいして勢いきほひを消耗せうまうする季節きせつの變化へんくわを見みるまでは其その爭あらそひは止やむことがない。 其その日ひも埃ほこりが天てんを焦こがして立たつた。其その埃ほこりは黄褐色くわうかつしよくで霧きりの如ごとく地上ちじやうの凡すべてを掩おほひ且かつ包つゝんだ。雜木林ざふきばやしは一齊せいに斜なゝめに傾かたぶかうとして梢こずゑは彎曲わんきよくを描ゑがいた。樹木じゆもくは皆みな互たがひに泣ないて囁さゝやきながら、幾いくらか日ひの明あかるさをも妨さまたげて居ゐる其その濃霧のうむから遁のがれようとするやうに間斷かんだんなく騷さわいだ。霧きりは悲慘みじめな凡すべての物ものを互たがひに知しらせまいとして吹ふき立たちち數すう十間けんの距離きよりに於おいては其その物體ぶつたいの形状けいじやうをも明あきらかに示しめさない。雜木林ざふきばやしの樹木じゆもくは開墾地かいこんちの周圍しうゐにも混亂こんらんした。然しかし勘次かんじが目めを放はなつて居ゐるのは足あしの爪先つまさき二三尺じやくの、今いま唐鍬たうぐはを以もつて伐去きりさつて遙はるかに後うしろへ引ひいてそつと棄すてた趾あとの一點てんである。埃ほこりは土つちに幾いくらでも濕うるほひを持もつた彼かれの足あしもとからは立たたなかつた。おつぎは勘次かんじが起おこした塊かたまりを一つつに萬能まんのうの脊せで叩たゝいてさらりと解ほぐして平たひらにならして居ゐる。輕鬆けいしような土つちから凝集こゞつて居ゐた塊かたまりは解ほぐせば直すぐに吹ふき拂はらはれた。おつぎは當面まともに埃ほこりを受うけるのには遠とほく吹ふきつける土砂どしやが頬ほゝを走はしつて不快ふくわいであつた。手拭てぬぐひの端はしを捲まくつて沿あびせる埃ほこりの爲ために髮かみの毛けの荒あれるのを酷ひどく嫌きらつた。それでも其その手てもとは疎略そりやくではなかつた。勘次かんじは矢立やたての如ごとき硬直かうちよくな身體からだを伸長しんちやうし屈曲くつきよくさせて一歩ぽ>と運はこんだ。彼かれは周圍しうゐに無數むすうな樹木じゆもくの泣ないて囁さゝやくのを耳みゝに入いれなかつた。加之それのみでなく彼かれは自分じぶんの耳朶みゝたぶらに鳴なるさへ心こゝろづかぬ程ほど懸命けんめいに唐鍬たうぐはを打うつた。彼かれは滿身まんしんに汗あせして居ゐた。 卯平うへいは暇ひまを惜をしがる勘次かんじが唐鍬たうぐはを執とつて出でた時とき朝餉あさげの後あとの口くちを五月蠅うるさく鳴ならしながら火鉢ひばちの前まへにどつかりと坐すわつて居ゐた。破やぶれた草葺くさぶきの家いへをゆさぶつて西風にしかぜがごうつと打うちつけて來きた時ときには火鉢ひばちの煨おきはまだ白しろく灰はひの皮かはを被かぶつて暖あたゝかゝつた。天井てんじやうもない屋根裏やねうらから煤すゝが微かすかにさららと散ちつて、時々ときどきぽつりと凝集こゞつた儘まゝに落おちた。喬木けうぼくが遮さへぎり立たつて其その梢こずゑに蒼あをい空そらを見みせて居ゐる庭にはへすら疾風しつぷうの驚おどろくべき周到しうたうな手てが袋ふくろの口くちを解といて倒さかさにしたやうに埃ほこりが滿みちてさららと沈しづんだ。一日にちさうして止とめ處どもなく駈かつて行ゆく巨人きよじんの爪先つまさきには此この平坦へいたんな田たや畑はたや山林さんりんの間あひだに介在かいざいして居ゐる各かく村落そんらくの茅屋あばらやは悉こととく落葉おちばを擡もたげて出でた茸きのこのやうな小ちひさな悲慘みじめな物ものでなければならなかつた。各自かくじの直上ちよくじやうを中心點ちうしんてんにして空そらに弧こを描ゑがいた其その輪郭外りんくわくぐわいの横よこにそれから斜なゝめに見みえる廣ひろく且かつ遠とほい空そらは黄褐色くわうかつしよくな霧きりの如ごとき埃ほこりの爲ために只たゞ熖ほのほに燒やかれたやうである。卯平うへいは自分じぶんの小屋こやに身みを窄すぼめた。暫しばらく彼かの火鉢ひばちから立たつて、狹せまい壁かべから壁かべに衡突ぶつかつて彷徨さまよひ出でた薄うすい煙けぶりが疾風しつぷうの爲ために直すぐにごうつと蹴散けちらされて畢しまつた。狹せまい小屋こやの内うちはそれから復また沈しづんだ。卯平うへいは少すこし開ひらいた戸口とぐちから其その小ちひさく蹙しがめた目めで外そとを見みた。狹せまい庭にはの先さきに紙捻こよりを植うゑたやうな桑畑くはばたけの乾燥かんさうしきつた輕鬆けいしような土つちが黄褐色くわうかつしよくな霧きりの中なかへ吹ふつ立たつて行ゆくのが見みえる。さうして南みなみの家うちは極きはめてぼんやりとして其その形態けいたいが現あらはれて又また隱かくれた。栗くりの木きの側そばに木きの枝えだを杙くひに打うつて拵こしらへた鍵かぎの手てへ引ひつ掛かけた桔槹はねつるべが、ごうつと吹ふく毎ごとにぐらりりと動うごいて釣瓶つるべが外はづれ相さうにしては外はづれまいとして爭あらそうて騷さわいで居ゐる。卯平うへいは彼かのぼんやりした心こゝろが其處そこへ繋つながれたやうに釣瓶つるべを凝視ぎようしした。彼かれは暫しばらくしてから庭にはに立たつた。彼かれは其その癖くせの舌したを鳴ならしながら釣瓶つるべへ手てを掛かけた。釣瓶つるべの底そこには僅わづかに保たもたれた水みづに埃ほこりが浸ひたされて沈しづんで居ゐた。外側そとがはは青あをい苔こけの儘まゝに乾燥かんさうして居ゐた。彼かれは鍵かぎの手ての杙くひを兩手りやうてに持もつて其その大おほきな身體からだの重量ぢうりやうを加くはへて竪たてに壓おさへて見みた。小ちひさな杙くひは毎日まいにち水みづの爲ために軟やはらかにされて居ゐる土つちへぐつと深ふかくはひつた。鍵かぎの手ては深ふかく釣瓶つるべの内側うちがはを覗のぞいて居ゐたので先刻さつきよりも確乎しつかと釣瓶つるべを引ひき止とめた。彼かれはそれから狹せまい戸口とぐちをぴたりと閉とざして枯燥こさうした手足てあしを穢きたない蒲團ふとんに包つゝんでごろりと横よこに成なつた。 午餐ひるに勘次かんじが戻もどつて、復また口中こうちうの粗剛こはい飯粒めしつぶを噛かみながら走はしつた後あとへ與吉よきちは鼻緒はなをの緩ゆるんだ下駄げたをかららと引ひきずつて學校がくかうから歸かへつて來きた。足袋たびも穿はかぬ足あしの甲かふが鮫さめの皮かはのやうにばりりと皹ひゞだらけに成なつて居ゐる。彼かれはまだ冷さめ切きらぬ茶釜ちやがまの湯ゆを汲くんで頻しきりに飯めしを掻込かつこんだ。粘膜ねんまくのやうに赤あかく濕うるほひを持もつた二つの道筋みちすぢを傳つたひて冷つめたく垂たれた洟はなを彼かれは啜すゝりながら、箸はしを横よこに持もち換かへて汁椀しるわんの鹽辛しほからい干納豆ほしなつとうを抓つまんで口くちへ入いれたり茶碗ちやわんの中なかへ撒まいたりして幾杯いくはいかの飯めしを盛もつた。飯粒めしつぶは茶碗ちやわんから彼かれの胸むねを傳つたひて土間どまへぼろろと落おちた。彼かれは土間どまに立たつた儘まゝ喫たべて居ゐた。彼かれは飯粒めしつぶの少すこし底そこに残のこつた茶碗ちやわんを膳ぜんの上うへに轉ころがしてばたりと飯臺はんだいの蓋ふたをした。卯平うへいは横臥わうぐわした儘まゝでおつぎが喚よんだ時ときに來こなかつた。おつぎが再ふたゝび聲こゑを掛かけて開墾地かいこんちへ出でてからも彼かれは暫しばらく懶ものうい身體からだを蒲團ふとんから起おこさなかつた。彼かれがふと思おもひ出だしたやうに狹せまい戸口とぐちを開あけて明あかるい外そとの埃ほこりに目めを蹙しがめて出でて行いつた時とき與吉よきちは慌あわたゞしく飯臺はんだいの蓋ふたをした處ところであつた。「汝わりや、今日けふはどうしてさうえに早はええんでえ」卯平うへいは太ふとい低ひくい聲こゑで聞きいた。
「あゝ」と與吉よきちは脣くちびるを反そらして洟はなを啜すゝりながら
「先生せんせいそんでも、明日あしたは日曜にちえうだから此これつ切きりで歸けえつてもえゝつちつたんだ」
「午餐おまんまくつたか」卯平うへいはのつそりと飯臺はんだいの側そばに近ちかづいた。
「汝わりや、爺ぢいが膳ぜんさかうだに滾こぼして」と彼かれは先刻さつきよりも低ひくい聲こゑで
「おとつゝあに見みらつたら怒おこられつから」斯かういつて又また
「汝わツ等らおとつゝあは怒おこりつ坊ぽだから」と沈しづんで呟つぶやくやうにいつた。彼かれは膳ぜんの上うへに散ちつて居ゐる飯粒めしつぶを一つつに撮つまんで、それから干納豆ほしなつとうは此これも一つつに汁椀しるわんの中なかへ入いれた。汁椀しるわんは手てに取とつて、椀わんの腹はらを左ひだりの手てに輕かるく打うちつけるやうにして納豆なつとうを平たひらにした。おつぎは午餐ひるから開墾地かいこんちへ出でる時とき、菜さいにする干納豆ほしなつとうを汁椀しるわんへ入いれて彼かれの爲ために膳ぜんを据すゑて行いつたのである。與吉よきちは遠慮ゑんりよもなく其その膳ぜんに向むかつたのである。卯平うへいは飯臺はんだいの蓋ふたを開あけて見みたが暖味あたゝかみがないので彼かれは躊躇ちうちよした。茶釜ちやがまの蓋ふたをとつて見みたが、蓋ふたの裏うらからはだららと滴したゝりが垂たれて僅わづかに水蒸氣ゆげが立たつた。茶釜ちやがまは冷さめて居ゐたのである。それ程ほどに空腹くうふくを感かんぜぬ彼かれは箸はしを執とるのが厭いやになつた。彼かれは身體からだが非常ひじやうに冷ひえて居ゐることを知しつた。それに右みぎの手てが肩かたのあたりで硬こはばつたやうで動うごかしやうによつてはきややと疼痛いたみを覺おぼえた。彼かれは病氣びやうきが其處そこに聚あつまつたのではないかと思おもつた。それが睡眠中すゐみんちうの身體からだの置おきやうで一時じの變調へんてうを來きたしたのだかどうだか分わからないにも拘かゝはらず、彼かれは唯たゞ病氣びやうき故ゆゑだと極きめて畢しまつた。極きめたといふよりも彼かれの果敢はかない僻ひがんだ心こゝろにはさう判斷はんだんするより外ほか何なにもなかつたのである。彼かれの心こゝろは只管ひたすら自分じぶんを悲慘みじめな方面はうめんに解釋かいしやくして居をればそれで濟すんで居ゐるのであつた。彼かれの窶やつれた身體からだから其その手てが酷ひどく自由じいうを失うしなつたやうに感かんぜられた。手ては輕かるく痺しびれたやうになつて居ゐた。彼かれは冷ひえた身體からだに暖氣だんきを欲ほつして、茶釜ちやがまを掛かけた竈かまどの前まへに懶だるい身體からだを据すゑて蹲裾うづくまつた。彼かれは更さらに熱あつい茶ちやの一杯ぱいが飮のみたかつたのである。彼かれは竈かまどの底そこにしつとりと落おちついた灰はひに接近せつきんして手てを翳かざして見みた。まだ軟やはらかに白しろい灰はひは微かすかに暖あたたかゝつた。彼かれはそれから大籠おほかごの落葉おちばを攫つかみ出だして茶釜ちやがまの下したに突込つゝこんだ。與吉よきちも側そばから小ちひさな手てで攫つかんで投なげた。卯平うへいの足あしもとには灰はひを掩おほうて落葉おちばが散亂さんらんした。落葉おちばは卯平うへいの衣物きものにも止とまつた。卯平うへいは竹たけの火箸ひばしの光さきで落葉おちばを少すこし透すかすやうにして灰はひを掻かき立たてゝ見みても火ひはもうぽつちりともなかつたのである。彼かれはそれから燐寸マツチを深さがして見みたが何處どこにも見出みいだされなかつた。彼かれは自分じぶんの燐寸マツチを探さがしに狹せまい戸口とぐちへ與吉よきちをやらうとした。與吉よきちは甘あまえて否いなんだ。彼かれはどうしても懶だるい身體からだを運はこばねばならなかつた。 卯平うへいの手てもとは餘程よほど狂くるつて居ゐた。彼かれはすつと燐寸マツチを擦すつたが其その火ひは手てが落葉おちばに達たつするまでには微かすかな煙けぶりを立たてゝ消きえた。燐寸マツチはさうして五六本ぽん棄すてられた。與吉よきちは其その不自由ふじいうな手てから燐寸マツチを奪うばふやうにして火ひを點つけて見みた。卯平うへいは與吉よきちのする儘まゝにして、丸太まるたの端はしを切きり放はなした腰掛こしかけに身體からだを据すゑて其その窶やつれた軟やはらかな目めを蹙しかめて居ゐた。慌あわてた與吉よきちの手ては其その軸木ぢくぎの先さきから徒いたづらに毛けのやうな煙けぶりを立たてるのみであつた。彼かれは焦躁じれて卯平うへいの足あしもとの灰はひへ燐寸マツチの箱はこを投なげた。箱はこはからりと鳴なつた。箱はこの底そこはもう見みえて居ゐたのである。卯平うへいは目めを蹙しかめた儘まゝ燐寸マツチをとつて復またすつと擦すつて、ゆつくりと軸木ぢくぎを倒さかさにして其その白しろい軸木ぢくぎを包つゝんで燃もえ昇のぼらうとする小ちひさな火ひを枯燥こさうした大おほきな手てで包つゝんで、大事相だいじさうに覗のぞいた。それが復また二三度ど反覆くりかへされた。手ての内側うちがはがぼんやりとしてそれから段々だんんに明あかるく成なつて火ひは漸やうやく保たもたれた。茶釜ちやがまの底そこに觸ふれるばかりに突込つゝこまれた落葉おちばには斯かうして火ひが點つけられた。落葉おちばには灰際はひぎはから其その外側そとがはを傳つたひて火ひがべろろと渡わたつた。卯平うへいは不自由ふじいうな手ての火箸ひばしで落葉おちばを透すかした。火ひは迅速じんそくに其その生命せいめいを恢復くわいふくした。彼等かれらの爲ために平生へいぜい殆ほとんど半なかば以上いじやうを無駄むだに使つかはれて居ゐる焔ほのほが竈かまどの口くちから捲まくれて立たつた。然しかし其その餘計よけいに洩もれて出いづる焔ほのほが彼かれの自由じいうを失うしなうて凍こほらうとして居ゐる手てを暖あたゝめた。彼かれは横よこに轉ころがした大籠おほかごからかささと掻かき出だしては燃もえ易やすい落葉おちばを間斷かんだんなく足たした。 與吉よきちは卯平うへいの側そばから斜なゝめに手てを出だして居ゐた。卯平うへいは與吉よきちの小ちひさな足あしの甲かふへそつと手てを觸ふれて見みた。手ても足あしも孰どつちもざららとこそつぱかつた。與吉よきちは斜なゝめに身みを置おくのが少すこし窮屈きうくつであつたのと、叱言こごとがなければ唯たゞ惡戲いたづらをして見みたいのとで側そばな竈かまどの口くちへ別べつに自分じぶんで落葉おちばの火ひを點つけた。針金はりがねのやうな火ひをちらりと持もつた落葉おちばの一ひとひららが煙けぶりと共ともに輕かるく騰のぼつた。落葉おちばは直すぐに白しろい灰はひに化なつて更さらに幾いくつかに分わかれて與吉よきちの頭髮かみから卯平うへいの白髮かみに散ちつた。煙けぶりの中なかには其その白しろい灰はひが後あとかららと立たつて落おちた。與吉よきちはいつも彼等かれらの伴侶なかまと共ともに路傍みちばたの枯芝かれしばに火ひを點てんじて、それが黒くろい趾あとを残のこしてめろめろと燃もえ擴ひろがるのを見みるのが愉快ゆくわいでならなかつた。彼かれは又また火ひが野茨のいばらの株かぶに燃もえ移うつつて、其處そこに茂しげつた茅萱ちがやを燒やいて焔ほのほが一條でうの柱はしらを立たてると、喜悦よろこびと驚愕おどろきとの錯雜さくざつした聲こゑを放はなつて痛快つうくわいに叫さけびながら、遂つひには其處そこに恐怖おそれが加くははれば棒ぼうで叩たゝいたり土塊つちくれを擲はふつたり、又または自分等じぶんらの衣物きものをとつてぱさりりと叩たゝいたりして其その火ひを消けすことに力つとめるのであつた。迅速じんそくで且かつ壯快さうくわいな變化へんくわを目前もくぜんに見みせる火ひが彼等かれらの惡戲好いたづらずきな心こゝろをどれ程ほど誘導そゝつたか知しれない。彼かれは落葉おちばを攫つかんでは竈かまどの口くちに投とうじてぼうぼうと燃もえあがる焔ほのほに手てを翳かざした。茶釜ちやがまがちううと少すこし響ひゞきを立たてゝ鳴なり出だした時とき卯平うへいは乾ひからびたやうに感かんじて居ゐた喉のどを濕うるほさうとして懶だるい臀しりを少すこし起おこして膳ぜんの上うへの茶碗ちやわんへ手てを伸のばした。自由じいうを缺かいて居ゐた手てが、爪先つまさきで持もつた茶碗ちやわんをころりと落おとさせた。茶碗ちやわんの底そこに冷つめたく成なつて居ゐた少すこしの水みづが土間どまへぽつちりと落おちてはねた。飯粒めしつぶが共ともに散ちらばつた。彼かれは又また悠長いうちやうに茶碗ちやわんをとつて汚よごれた部分ぶゞんを手てでこすつて、更さらに茶釜ちやがまの熱湯ねつたうを注そゝいで足あしもとの灰はひへ傾まけた。蓋ふたをとつたのでほううと威勢ゐせいよく立たつて居ゐる水蒸氣ゆげがちららと白しろく立たつて落おちる灰はひを吸すうた。彼かれは漸やうやくにして柄杓ひしやくの手てを放はなつて再ふたゝび茶釜ちやがまの蓋ふたをした時とき俄にはかにぼうつと立たつた焔ほのほの聲こゑを聞きいた。彼かれが思おもはず後うしろを見みた時とき與吉よきちの驚愕きやうがくから發はつせられた泣なき聲ごゑが耳みゝを打うつた。熾さかんな火ひの柱はしらが近ちかく目めを掩おほうて立たつて居ゐた。彼かれは又また直すぐに激はげしい熱度ねつどを顏かほ一杯ぱいに感かんじた。火ひはどうした機會はずみか横よこに轉ころがした大籠おほかごの落葉おちばに移うつつて居ゐたのである。與吉よきちは初はじめ野外やぐわいの惡戲あくぎに用もちゐた手段しゆだんを以もつて其その火ひを叩たゝいて消けさうとし又また掻かき出ださうとした。乾燥かんさうした落葉おちばは迅速じんそくに火ひを誘導いうだうして彼かれの横頬よこほゝを舐ねぶつて、彼かれは思おもはず聲こゑを放はなつたのである。卯平うへいは慌あわてて再ふたゝび茶碗ちやわんを落おとした。彼かれは突然いきなり與吉よきちを傍かたはらに掻かき退のけた。彼かれはさうして無意識むいしきに火ひに成なつた落葉おちばを掻かき出ださうとして、自由じいうを失うしなうた手ての鈍のろい運動うんどうが其その火ひを消けすに何なんの功果こうくわもなかつた。彼かれは焔ほのほの儘まゝに輕かるい落葉おちばの籠かごを庭にはへ投なげればよかつたのである。疾風しつぷうは必かならず其その落葉おちばを散亂さんらんせしめて、火ひは遠とほく燃もえながら走はしるにしても、片々へんぺんたる落葉おちばは廣ひろい區域くゐきに悉ことごとく其その俤おもかげをも止とゞめないで消滅せうめつして畢しまはねば成ならぬのであつた。然しかしながら慌あわてた卯平うへいの手ては此かくの如ごとき簡單かんたんで且かつ最良さいりやうである方法はうはふを執とる暇ひまがなかつた。火ひは復また怒いかつて彼かれの頬ほゝを舐ねぶり彼かれの手てを燒やいた。彼かれの目めは昏くらんだ。一時じに激げきした落葉おちばの火ひはそれが久ひさしく持續ぢぞくされなくても老衰らうすゐした卯平うへいの心こゝろを奪うばふには餘あまりあつた。卯平うへいの視力しりよくが再ふたゝび恢復くわいふくした時ときには火ひは既すでに天井てんじやうの梁はりに積つんだ藁束わらたばの、亂みだれて覗のぞいて居ゐる穗先ほさきを傳つたひて昇のぼつた。火ひは乾燥かんさうした藁束わらたばの周圍しうゐを舐ねぶつて、更さらに其その焔ほのほが薄闇うすぐらい家いへの内うちから遁のがれようとして屋根裏やねうらを偃はうた。それが迅速じんそくな火ひの力ちからの瞬間しゆんかんの活動くわつどうであつた。舐ねぶつた火ひは更さらに此これを噛かんでずたたに崩壞ほうくわいした藁束わらたばは其その火ひを保たもつた儘まゝ既すでに其その勢いきほひを沈しづめた落葉おちばの上うへにばららと亂みだれ落おちて其處そこに復また火勢くわせいが恢復くわいふくされた。惘然ばうぜんとして自失じしつして居ゐた卯平うへいは藁わらの火ひを浴あびた。彼かれは慌あわてゝ戸口とぐちへ遁にげ出だした時とき火ひは既すでに赤あかい天井てんじやうを造つくつて居ゐた。煙けぶりは四方はうから檐のきを傳つたひてむくくと奔はしつて居ゐた。蛇へびの舌したの如ごとくべろろと焔ほのほが吐はき出だされた。吹ふき募つのつて居ゐる疾風しつぷうは直すぐに其その赤あかい舌したを吹ふき拗切ちぎらうとした。後あとかららと勢力せいりよくを加くはへて吐はき出だす煙けぶりや焔ほのほは穗ほの如ごとく壓おし靡なびかされた。 火ひは瞬間しゆんかんに處々ところろ落おち窪くぼんで窶やつれた屋根やねを全まつたく包つゝんで畢しまつた。卯平うへいは數分時すうふんじの前まへに豫期よきしなかつた此この變事へんじを意識いしきした時とき殆ほとんど喪心さうしんして庭にはに倒たふれた。土塊どくわいの如ごとく動うごかぬ彼かれの身體からだからは憐あはれに微かすかな煙けぶりが立たつて地ちを偃はうて消きえた。藁わらの火ひを沿あびた時とき其その火ひが襤褸ぼろな彼かれの衣物きものを焦こがしたのである。然しかし其その火ひは灸きうの如ごとき跡あとをぽつつと止とゞめたのみで衣物きものの心部しんぶは深ふかく噛かまなかつた。埃ほこりは彼かれを越こえて走はしつた。與吉よきちは火傷やけどの疼痛とうつうを訴うつたへて獨ひとり悲かなしく泣ないた。
 疾風しつぷうは其その威力ゐりよくを遮さへぎつて包つゝんだ焔ほのほを掻かき退のけようとして其その餘力よりよくが屋根やねの葺草ふきぐさを吹ふき捲まくつた。火ひは直たゞちに其その空隙くうげきに噛かみ入いつて益ますす其處そこに力ちからを逞たくましくした。聳然すつくりと空そらに奔騰ほんたうしようとする焔ほのほを横よこに壓おしつけけ疾風しつぷうは遂つひに塊かたまりの如ごとき火ひの子こを攫つかんで投なげた。其その礫つぶてはゆらりりとのみ動うごいて居ゐる東隣ひがしどなりの森もりの木きがふはりと受うけて遮斷しやだんした。只たゞ一部ぶ、三角測量臺かくそくりやうだいの見通みとほしに障さはる爲ために切きり拂はらはれた空隙すきがそれを導みちびいた。火ひの子こは東隣ひがしどなりの主人しゆじんの屋根やねの一角かくにどさりと止とまつた。勘次かんじの家いへを包つゝんだ火ひは屋根裏やねうらの煤竹すゝたけを一時じに爆破ばくはさせて小銃せうじうの如ごとき響ひゞきを立たてた。其その響ひゞきは近所きんじよの耳みゝを驚おどろかした。其その人々ひととが驅かけつけた時ときは棟むねはどさりと落おちて、疾風しつぷうの力ちからを凌しのいで空中くうちう遙はるかに焔ほのほを揚あげた。其その時ときは既すでに東隣ひがしどなりの主人しゆじんの家いへを火ひがべろろと甞なめつゝあつたのである。村落むらの者ものが萬能まんのうや鳶口とびぐちを持もつて集あつまつた時ときは火ひは凄すさまじい勢いきほひを持もつて居ゐた。それでも大おほきな建物たてものを燒盡せうじんするには時間じかんを要えうした。其その間あひだに村落むらの者ものは手當てあたり次第しだいに家財かざいを持もつて其それを安全あんぜんの地位ちゐに移うつした。其その點てんに於おいて白晝はくちうの動作どうさは敏活びんくわつで且かつ容易よういであつた。家財道具かざいだうぐが門もんの外そとに運はこばれた時とき火勢くわせいは既すでに凡すべての物ものの近ちかづくことを許容ゆるさなかつた。家いへを圍かこんで東ひがしにも杉すぎの喬木けうぼくが立たつて居ゐた。森もりの梢こずゑの上うへに遙はるかに立たち騰のぼらうとして次第しだいに其その勢いきほひを加くはへる焔ほのほを、疾風しつぷうはぐるりと包つゝんだ喬木けうぼくの梢こずゑからごうつと壓おしつけ壓おしつけ吹ふき落おちた。焔ほのほは斜なゝめにさうして傾かたむきつゝ、群集ぐんしふの耳みゝには疾風しつぷうの響ひゞきを奪うばつて轟々ぐわううと鳴なり續つづいた。吹ふき落おとす疾風しつぷうに抵抗ていこうして其その力ちからを逞たくましくしようとする焔ほのほは深ふかく木材もくざいの心部しんぶにまで確乎しつかと爪つめを引ひつ掛かけた。さうして其その焔ほのほは近ちかく聳そびえた杉すぎの梢こずゑから枝えだへ掛かけて爪先つまさきで引ひつ掻かいた。其その度たびに杉すぎは針葉樹しんえふじゆの特色とくしよくを現あらはして樹脂やに多おほい葉はがばりりと凄すさまじく鳴なつて燒やけた。屋根裏やねうらの竹たけが爆破ばくはした。消防せうばうの群集ぐんしふは殆ほとんど皮膚ひふを燒やかれるやうな熱あつさを怖おそれて段々だんん遠とほざかつた。小ちひさな喞筒ポンプは其その熾さかんな焔ほのほの前まへに只ただ一條でうの細ほそい短みじかい彎曲わんきよくした白しろい線せんを描ゑがくのみで何なんの功果こうくわも見みえなかつた。他たの村落むらの人々ひととが聞きき傳つたへて田圃たんぼや林はやしを越こえて、其その間あひだに各自かくじの體力たいりよくを消耗せうまうしつゝ驅かけつけるまでには大おほきな棟むねは熱火ねつくわを四方はうに煽あふつて落おちた。疾風しつぷうの力ちからが此これを壓おしつけて、周圍しうゐの喬木けうぼくの梢こずゑが他たと隔へだてゝ白晝はくちうの力ちからが其その光ひかりを奪うばはうとして居ゐるので、空そらに立たつて見みえるのは遠とほいやうで且かつ近ちかいやうで一種しゆの凄慘せいさんな氣きを含ふくんだ煙けぶりである。それでも喬木けうぼくの梢こずゑの上うへに火ひは壓迫あつぱくに苦くるしんで居ゐるやうに稀まれに立たち騰のぼつては又また壓おしつけられた。徒勞むだである喞筒ポンプへ群集ぐんしふは水みづを汲くむのに近所きんじよの有あらゆる井戸ゐどは皆みな釣瓶つるべが屆とゞかなくなつた。群集ぐんしふは唯たゞ囂々がううとして混亂こんらんした響ひゞきの中なかに騷擾さうぜうを極きはめた。火ひの力ちからは此かくの如ごとくにして周圍しうゐの村落そんらくをも一つに吸收きふしうした。然しかしながら、其その群集ぐんしふは勘次かんじの庭にはを顧かへりみようとはしなかつた。 黄褐色くわうかつしよくの霧きりを以もつて四圍ゐを塞ふさがれつゝ只管ひたすらに其その唐鍬たうぐはを打うつて居ゐた勘次かんじは田圃たんぼを渡わたつて林はやしを越こえて遠とほく行いつて居ゐた。彼かれは此この凶事きようじを知しる理由わけがなかつた。開墾地かいこんちに近ちかい小徑こみちを走はしつて行ゆく人ひとの慌あわたゞしい容子ようすを見咎みとがめて彼かれは始はじめて其その火ひを知しつた。それが東隣ひがしどなりの主人しゆじんの家いへに起おこつたことを聞きかされて彼かれはおつぎを促うながして立たつた。彼かれは疾驅しつくしようとして、其その確乎しつかと身みを据すゑた位置ゐちから一歩ぽを踏ふみ出だした時とき、じやりつと其その爪先つまさきを打うつて財布さいふが落おちた。彼かれが顧かへりみた時とき財布さいふは二三歩ぽ後うしろに發見はつけんされた。彼かれは簡單かんたんな三尺帶じやくおびを解といて、ぎりつと其處そこに大おほきな塊かたまりのやうな結むすび目めを作つくつて其その財布さいふを包つゝんだ。
 彼かれは殆ほとんど其その脚力きやくりよくの及およぶ限かぎり走はしつた。彼かれはおつぎが後うしろに續つゞかぬことを顧慮こりよする暇いとまもなかつた。彼かれは其その主人しゆじんを懷おもつたのである。勘次かんじは後うしろの田圃たんぼへ出でた時とき霧きりの如ごとき埃ほこりを隔へだてゝ主人しゆじんの家いへの森もりから騰のぼる熾さかんな煙けぶりを見みて今更いまさらの如ごとく恐怖きようふした。彼かれは又またふと自分じぶんの後うしろの林はやしに少すこし見みえて居ゐた自分じぶんの家いへの棟むねが見みえないのに其その心こゝろを騷さわがせた。毫がうも其その力ちからを落おとさぬ疾風しつぷうは雜木ざふきに交まじつた竹たけの梢こずゑを低ひくくさうして更さらに低ひくく吹靡ふきなびけて居をれど棟むねはどうしても見みえなかつた。彼かれは又また煙けぶりが絲いとの如ごとく然しかも凄すさまじく自分じぶんの林はやしの邊あたりから立たつては壓おしつけられるのを見みた。彼かれが自分じぶんの庭にはに立たつた時ときは、古ふるい煤すゝだらけの疎末そまつな建築けんちくは燒盡やきつくして主要しゆえうの木材もくざいが僅わづかに焔ほのほを吐はいて立たつて居ゐる。火ひは尚なほ執念しふねく木材もくざいの心部しんぶを噛かんで居ゐる。何物なにものをも吹ふき拂はらはねば止やむまいとする疾風しつぷうは、赤あかい煨おきを包つゝむ白しろい灰はひを寸時すんじの猶豫いうよをも與あたへないで吹ふき捲まくつた。心部しんぶを噛かまれつゝある木材もくざいは赤あかい齒はを喰くひしばつたやうな無數むすうの罅ひゞが火ひと煙けぶりとを吐はいて居ゐた。勘次かんじは殆ほとんど惘然ばうぜんとして此この急激きふげきな變化へんくわを見みた。彼かれは足あしもとが踉蹌よろける程ほど疾風しつぷうの手てに突つかれた。彼かれは庭にはに立たつて泣ないて居ゐる與吉よきちを見みた。與吉よきちの横頬よこほゝに印いんした火傷やけどが彼かれの惑亂わくらんした心こゝろを騷さわがせた。勘次かんじは又また其その側そばに目めを瞑つぶつて後向うしろむきに成なつて居ゐる卯平うへいを見みた。卯平うへいは何時いつの間まに誰たれがさうしたのか筵むしろの上うへに横よこたへられてあつた。彼かれは少すくない白髮しらがを薙なぎ拂はらつて燒やいた火傷やけどのあたりを手てで掩おうて居ゐた。「汝わりやどうしたんだ」勘次かんじは忙せわしく聞きいた。
「木きの葉はへ火ひいくつゝえたんだ」與吉よきちは咽むせび入いりながらいつた。
「汝われでも惡戲いたづらしたんぢやねえか」勘次かんじは遲緩もどかしげに烈はげしく追求つゐきうした。
「俺おら爺ぢいと火ひいあたつてたんだ、さうしたらくつゝかつたんだ」さういつて與吉よきちは俄にはかに聲こゑを放はなつて泣ないた。彼かれは何なんの爲ためにさう悲かなしくなつたのか寧むしろ頑是ぐわんぜない彼自身かれじしんには分わからなかつた。彼かれは只たゞ涙なみだがこみあげて止とめ處どもなく悲かなしくさうしてしみみと泣なき續つゞけた。勘次かんじはそれを聞きいた瞬間しゆんかん肩かたの唐鍬たうぐはを轉ころがしてぶつりと土つちを打うつた。唐鍬たうぐはの刄先はさきは卯平うへいの頭あたまに近ちかく筵むしろの一端たんを掠かすつて深ふかく土つちに立たつた。彼かれはそれから燒盡やきつくして一杯ぱいの煨おきになつた自分じぶんの家うちに近ちかく駈かけ寄よつた。彼かれは火ひの恐おそろしい熱度ねつどを感かんじて少時しばし躊躇ちうちよして立たつた。後うしろの林はやしの稍やゝ俛首うなだれた竹たけの外側そとがはがぐるりと燒やかれて變色へんしよくして居ゐたのが彼かれの目めに映えいじた。それと共ともに彼かれは隣となりの森もりの中なかの群集ぐんしふの囂々がううと騷さわぐのを耳みゝにして自分じぶんが今いま何なんの爲ために疾走しつそうして來きたかを心こゝろづいた。然しかし彼かれはもう其その群集ぐんしふの間あひだに交まじつて主人しゆじんの災厄さいやくに赴おもむく心こゝろは起おこらなかつた。彼かれは其その群集ぐんしふの聲こゑを聞きいて、自みづから意識いしきしない壓迫あつぱくを感かんじた。彼かれは酷ひどく自分じぶんの哀あはれつぽい悲慘みじめな姿すがたを泣なきたくなつた。彼かれは疾走しつそうした後あとの異常いじやうな疲勞ひらうを感かんじた。彼かれは自分じぶんの燒趾やけあとを掻かき立たてようとするのに鳶口とびぐちも萬能まんのうも皆みな其その火ひの中なかに包つゝまれて畢しまつて居ゐた。彼かれは空手からてであつた。唐鍬たうぐはを執とつて彼かれは再ふたゝび熱あつい火ひの側そばに立たつた。熱あつさに堪たへぬ火ひの側そばを彼かれは飛とび退すさつて又また立たつた。彼かれは其その刃先はさきの鈍にぶく成なるのを思おもふ暇いとまもなく唐鍬たうぐはで、また立たつて居ゐる木材もくざいを引ひつ掛かけて倒たふさうとした。 おつぎは後おくれて漸やうやく垣根かきねの入口いりくちに立たつた。おつぎはもう自分じぶんの家うちが無ないことを知しつた。貧窮ひんきうな生活せいくわつの間あひだから數年來すうねんらい漸やうやく蓄たくはへた衣類いるゐの數點すうてんが既すでに其その一片ぺんをも止とゞめないことを知しつてさうして心こゝろに悲かなしんだ。汗あせがびつしりと髮かみの生際はえぎはを浸ひたして疲憊ひはいした身體からだをおつぎは少時しばし惘然ぼんやりと庭にはに立たてた。
 おつぎはそれから又また泣ないて居ゐる與吉よきちと死骸しがいの如ごとく横よこたはつて居ゐる卯平うへいとを見みた。おつぎは萬能まんのうを置おいて與吉よきちの火傷やけどした頭部とうぶをそつと抱いだいた。與吉よきちは復また涙なみだがこみあげて咽むせびながらしみみと悲かなしげに泣ないた。其その聲こゑは聞きくものを只たゞ泣なきたくさせた。疲つかれたおつぎの目めにはふつと涙なみだが泛うかんだ。おつぎは又また手てで抑おさへた卯平うへいの頭部とうぶに疑うたがひの目めを注そゝいで、二人にんの悲かなしむべき記念かたみにおもひ至いたつた。おつぎは其その原因げんいんを追求つゐきうして聞きかうとはしなかつた。おつぎはしみみと與吉よきちを心こゝろに勦いたはつて更さらに、「爺ぢい」と卯平うへいの蓆むしろに近ちかづいてそつと膝ひざをついた。平生いつものおつぎは勘次かんじとの間あひだを繋つながうとする苦心くしんからの甘あまえた言辭ことばが卯平うへいの心こゝろに投とうずるのであつた。現在いまおつぎの心裏しんりには何なんの理窟りくつもなかつた。只たゞしみみと悲かなしい痛いたはしい心こゝろからの言辭ことばが自然しぜんに其その口くちから出でるのであつた。おつぎは未まだ燃もえてる火ひを忘わすれたやうに卯平うへいを越こえて覗のぞいた。卯平うへいはおつぎの聲こゑが耳みゝに入はひつたので後うしろを向むかうとして僅わづかに目めを開あいた。地ちを掠かすつて走はしりつゝある埃ほこりが彼かれの頬ほゝを打うつて彼かれの横よこたへた身體からだを越こえた。彼かれは直すぐに以前もとの如ごとく目めを閉とぢた。「爺ぢいも火傷やけどしたのか」おつぎは靜しづかにいつて卯平うへいの手てをそつと退のけて左ひだりの横頬よこほゝに印いんした火傷やけどを見みた。
「痛えてえか、そんでもたえしたこともねえから心配しんぺえすんなよ」おつぎは火ひに薙なぎ拂はらはれた穢きたない卯平うへいの白髮しらがへそつと手てを當あてた。卯平うへいはおつぎのする儘まゝに任まかせて少すこし口くちを動うごかすやうであつたが、又またごつと吹ふきつける疾風しつぷうに妨さまたげられた。おつぎは隣となりの庭にはの騷擾さうぜうを聞きいた。然しかも其その種々いろろな叫さけびの錯雜さくざつして聞きこえる聲こゑが自分じぶんの心部むねから或ある物ものを引ひつ攫つかんで行ゆくやうで、自然しぜんにそれへ耳みゝを澄すますと何なんだか遣やる瀬せのないやうな果敢はかなさを感かんじて涙なみだが落おちた。涙なみだは卯平うへいの白髮しらがに滴したゝつた。おつぎが心こゝろづいた時とき勘次かんじは徒いたづらにさうして發作的ほつさてきに汗あせを垂たらして動うごいて居ゐるのを見みた。おつぎの心こゝろも屹きつとして未まだ燃もえつゝある火ひに移うつつた。おつぎは俄にはかに自分じぶんの萬能まんのうを執とつて勘次かんじの手てに攫つかませた。勘次かんじは始はじめて心こゝろづいて、熱ねつした唐鍬たうぐはを冷ひやさうとして井戸端ゐどばたへ走はしつた。鍵かぎの手てを離はなれた釣瓶つるべは高たかく空中くうちうに浮うかんでゆつくりと大おほきく動うごいて居ゐた。彼かれは流ながし尻じりにずぶりと唐鍬たうぐはを投とうじて又また萬能まんのうを執とつた。 一日にち吹ふいた疾風しつぷうが礑はたと其その力ちからを落おとしたら、日ひが西にしの空そらの土手どてのやうな雲くもの端はしに近ちかく据すわつて漸次だんんに沒却ぼつきやくしつゝ瞬またゝいた。其その一瞬時しゆんじ強烈きやうれつな光ひかりが横よこに東ひがしの森もりの喬木けうぼくを錆さびた橙色だいいいろに染そめて、更さらに其その光ひかりは隙間すきまを遠とほくずつと手てを伸のばした。冷つめたく且かつ薄闇うすぐらく成なるに從したがつて燒趾やけあとの火ひが周圍しうゐを明あかるくした。隣となりの火ひはほんのりと空そらをぼかした。隣となりの庭にはには自分じぶんの村落むらから他たの村落むらから手桶てをけや飯臺はんだいへ入いれた握にぎり飯めしが數多かずおほく運はこばれた。消防せうばうに力ちからを竭つくした群集ぐんしふは白しろい握飯にぎりめしを貪むさぼつた。群集ぐんしふは更さらに時分じぶんを見計みはからつてはぐららと柱はしらを突つき倒たふさうとした。丈夫ちやうぶな柱はしらはまだ火勢くわせいがあたりを遠とほざけて確乎しつかと立たつて居ゐた。他たの村落むらの人々ひととは漸次だんだんに歸かへり去さつた。自村むらの人々ひととは交代かうたいに残のこつて熾さかんな火ひの番ばんをした。歸かへり行ゆく人々ひととが其その序ついでに勘次かんじの庭にはに挨拶あいさつに立たつたのみで、南みなみの家いへから笊ざるへ入いれた握飯にぎりめしが來きた丈だけであつた。彼かれはそれでも其その爲ために空腹くうふくを遁のがれた。隣となりの主人しゆじんからは暫しばらくして其その集あつまつた握にぎり飯めしの手桶てをけを二つ三つ持もたせてよこした。夜よに成なつてから近所きんじよの者ものの手てで卯平うへいは念佛寮ねんぶつれうへ運はこばれた。勘次かんじは卯平うへいを乘のせた荷車にぐるまを曳ひいた。彼かれはそれから隣となりの主人しゆじんへ挨拶あいさつに出でたが、自分じぶんの喉のどの底そこで物ものをいうて逃にげるやうに歸かへつた。彼かれは其その夜よは三人にんが凍こほつた空そらを戴いたゞいて燒趾やけあとの火氣くわきを手頼たよりに明あかした。卯平うへいを横よこたへた筵むしろは誰たれも取とりには來こなかつた。筵むしろは三人にんに席せきを與あたへた。勘次かんじは失火しつくわに就ついて與吉よきちから要領えうりやうを得えなかつた。然しかしながら彼かれの悲憤ひふんに堪たへぬ心こゝろが嘖さいなまうとするには與吉よきちの泣ないて止やまぬ火傷やけどがそれを抑おさへつけた。勘次かんじは疲つかれた。
二六

 夜よが深ふけるに隨したがつて霜しもは三人にんの周圍しうゐに密接みつせつして凝こらうとしつゝ火ひの力ちからをすら壓おしつけた。彼等かれらは冷さめて行ゆく火ひに段々だんんと筵むしろを近ちかづけた。勘次かんじもおつぎも薄うすい仕事衣しごとぎにしんんと凍こほる霜しもの冷つめたさと、ぢりりと焦こがすやうな火ひの熱あつさとを同時どうじに感かんじた。與吉よきちは火傷やけどへ夜よの冷つめたさが沁しみた。さうかといつて火ひに當あたらうとするのには猶且やつぱり火傷やけどの疼痛いたみを加くはへるだけであつた。彼かれは思出おもひだしたやうに泣ないては又また泣ないた。遂つひには泣なき疲つかれてしくくと只たゞ聲こゑを呑のんだ。それが却かへつて勘次かんじとおつぎの心こゝろを掻かき亂みだした。疲つかれた二人ふたりはうとととしながら到頭たうとう眠ねむることが出來できなかつた。
 燒趾やけあとに横よこたはつた梁はりや柱はしらからまだ微かすかな煙けぶりを立たてつゝ次つぎの日ひは明あけた。勘次かんじはおつぎを相手あひてに灰燼くわいじんを掻かき集あつめることに一日にちを費つひやした。手桶てをけの冷つめたい握飯にぎりめしが手頼たよりない三人にんの口くちを糊こした。勘次かんじは炭すみのやうに成なつた痩やせた柱はしらや梁はりを垣根かきねの側そばに積つんだ。彼かれは其その新あたらしい手桶てをけへ水みづを汲くんでまだ火ひの有あり相さうな梁はりや柱はしらへばしやりと其その水みづを掛かけた。彼かれは灰はひを掻かき集あつめて處々ところどころ圓錘形ゑんすゐけいの小山こやまを作つくつた。彼かれは灰燼くわいじんの中なかから鍋なべや釜かまや鐵瓶てつびんや其その他たの器物きぶつをだんんと萬能まんのうの先さきから掻かき出だした。鐵製てつせいの器物きぶつは其その形かたちを保たもつて居ゐても悉皆みんな幾年いくねんも使つかはずに捨すててあつたものゝやうに變かはつて居ゐた。彼かれはそれをそつと大事だいじに傍そばへ聚あつめた。茶碗ちやわんや皿さらや凡すべての陶磁器たうじきは熱火ねつくわに割はねて畢しまつて一つでも役やくに立たつものはなかつた。勘次かんじは赤あかく燒やけた土つちを草鞋わらぢの底そこで段々だんんに掻かつ拂ばかうとした時とき、黒くろく焦こげたやうな或ある物ものが草鞋わらぢの先さきに掛かゝつた。燒やけて變色へんしよくした銅貨どうくわの少すこし凝こゞつたやうになつたのが足あしに觸ふれてぞろりと離はなれた。彼かれは周圍しうゐにひよつと目めを放はなつた。彼かれの目めに入いるものは此これも一心しんに灰はひの始末しまつをして居ゐるおつぎの外ほかにはなかつた。彼かれは銅貨どうくわを竊そつと竹たけの林はやしの側そばへ持もつて行いつた。彼かれはぎりつと縛しばつた三尺帶じやくおびを解といて、財布さいふを括くゝつた結むすび目めに齒はを掛かけて漸やうやく其その財布さいふを取とり出だした。燒やけた銅貨どうくわを彼かれは財布さいふへ投なげ込こんで復またぎりつと腰こしへ括くゝつた。彼かれはさうして再ふたゝびきよろろと周圍ぐるりを見みた。勘次かんじは幾いくつかの小山こやまを形かたちづくつた灰はひへ藁わらや粟幹あはがらでしつかと蓋ふたをした。彼かれはそれを田たや畑はたへ持もち出ださうとしたので、雨あめに打うたせぬ工夫くふうである。其その藁わらや粟幹あはがらは近所きんじよの手てから與あたへられた。彼かれは住居すまゐを失うしなつた第だい二日目かめに始はじめて近隣きんりんの交誼かうぎを知しつた。南みなみの女房にようばうは古ふるい藥鑵やくわんと茶碗ちやわんとを持もつて來きてくれた。勘次かんじは平生へいぜい何なんとも思おもはなかつた此これ等らの器物きぶつにしみみと便利べんりを感かんじた。彼かれは藥鑵やくわんのまだ熱あつい湯ゆを茶碗ちやわんに注ついで彼等かれらの身みを落おちつける唯たゞ一枚まいの筵むしろの端はしに憩いこうた。俄にはかに空洞からりとした燒趾やけあとを限かぎつて立たつて居ゐる後うしろの林はやしの竹たけは外側そとがはがぐるりと枯かれて、焦こげた枝えだが青あをい枝えだを掩おほうて幹みきは火ひの近ちかかつた部分ぶゞんは油あぶらを吹ふいてきららと滑なめらかに變かはつて居ゐた。 東隣ひがしどなりの主人しゆじんの庭にはには此この日ひも村落むらの者ものが大勢おほぜい集あつまつて大おほきな燒趾やけあとの始末しまつに忙殺ばうさつされた。それで其その人々ひととは勘次かんじの庭にはに手てを藉かさうとはしなかつた。彼等かれらは隣となりの主人しゆじんに對たいして平素へいそに報むくいようとするよりも將來しやうらいを怖おそれて居ゐる。彼等かれらは皆みな齊ひとしく靜しづかに落おちついた白晝はくちうの庭にはに立たつことが其その家族かぞくの目めに觸ふれ易やすいことを知しつて居ゐるのである。勘次かんじは疲つかれた身體からだを其その日ひも餘念よねんなく使役しえきした。其その夜よは三人にんが空そらを戴いたゞいて狹せまい筵むしろに明あかすのには、僅わづかでも其その身體からだを暖あたゝめる火ひは消滅せうめつして居ゐたのである。三人にんは其その夜よ南みなみの家いへに導みちびかれた。勘次かんじもおつぎも汗あせと灰はひと埃ほこりとに汚よごれた身體からだを風呂ふろに洗あらひ落おとした。快こゝろよかつた其その風呂ふろが氣盡きづくしな他人たにんの家いへに彼等かれらをぐつすりと熟睡じゆくすゐさせて二日間かかんの疲勞ひらうを忘わすれさせようとした。
 與吉よきちの横頬よこほゝは皮膚ひふが僅わづかに水疱すゐはうを生しやうじて膨ふくれて居ゐた。彼かれは其その日ひの機嫌きげんが惡わるかつた。南みなみの女房にようばうは其その水疱すゐはうに頭髮あたまへつける胡麻ごまの油あぶらを塗ぬつてやつた。 勘次かんじは燒木杙やけぼつくひを地ちに建たてゝ彼かれに第だい一の要件えうけんたる假かりの住居すまゐを造つくつた。近所きんじよから聚あつめた粟幹あはがらの僅少きんせうな材料ざいれうが葺草ふきぐさであつた。それは漸やつと雨あめの洩もるか洩もらないだけの薄うすい葺方ふきかたであつた。固もとより壁かべを塗ぬる暇ひまはない。そこらこゝらの林はやしの間あひだに刈かり残のこされた萱かやや篠しのを刈かつて來きて、乏とぼしい藁わらと交まぜて垣根かきねでも結ゆふやうにそれを内外うちそとから裂さいた竹たけを當あてゝぎつと締しめた。彼かれは南みなみの家いへから借かりた鋸のこぎりで大小だいせうの燒木杙やけぼつくひを挽切ひつきつた。遂しまひに彼かれは後うしろから燒やけた竹たけを伐きつて來きて簀すの子このやうに横よこたへて低ひくい床ゆかを造つくつた。竹たけを伐きつた鉈なたも彼かれの所有ものではなかつた。彼かれの熱火ねつくわに燒やかれて獨ひとりで冷さめた鉈なたも鎌かまも凡すべての刄物はものはもう役やくには立たたなかつた。彼かれの手てに完全くわんぜんに保たもたれたものは彼かれが自分じぶんの手てを恃たのんで居ゐる唐鍬たうぐはのみである。彼かれは此この壁かべもない小屋こやを造つくる爲ために二日かばかりの間あひだは毫すこしも他たを顧かへりみる暇いとまがなかつた程ほど心こゝろが忙いそがしかつた。彼かれの悲慘みじめな狹せまい小屋こやには藥鑵やくわんと茶碗ちやわんとそれから火事くわじの夕方ゆふがたに隣となりの主人しゆじんがよこした新あたらしい手桶てをけとのみで、夜よるの身みを横よこたへるのに一枚まいの蒲團ふとんもなかつた。砥石といしを掛かけて磨みがかねば使用しように堪たへぬ鍋なべや釜かまは彼かれの更さらに狹せまい土間どまに徒いたづらに場所ばしよを塞ふさげて居ゐた。其その土間どまにはまだ簡單かんたんな圍爐裏ゐろりさへなくて、彼かれは火ひを焚たくのに三本脚ぼんあしの竹たけを立たてゝそれへ藥鑵やくわんを掛かけた。 おつぎは只たゞ勘次かんじの仕事しごとを幇たすけて居ゐた。然しかし其その間あひだにも念佛寮ねんぶつれうへ運はこばれた卯平うへいを忘わすれては居ゐなかつた。おつぎは火事くわじの次つぎの日ひに勘次かんじへは默だまつて念佛寮ねんぶつれうを覗のぞいて見みた。おつぎは卯平うへいへ目めに見みえた心盡こゝろづくしをするのに何なんの方法はうはふも見出みいだし得えなかつた。おつぎの懷ふところには一錢せんもないのである。おつぎは手桶てをけの底そこの凍こほつた握飯にぎりめしを燒趾やけあとの炭すみに火ひを起おこして狐色きつねいろに燒やいてそれを二つ三つ前垂まへだれにくるんで行いつて見みた。おつぎはこつそりと覗のぞくやうにして見みた。卯平うへいは誰たれがさうしてくれたか唯たゞ一人ひとりで蒲團ふとんにゆつくりとくるまつて居ゐた。枕元まくらもとには小ちひさな鍋なべと膳ぜんとが置おかれて、膳ぜんには茶碗ちやわんが伏ふせてある。汁椀しるわんは此これも小皿こざらを掩おほうて伏ふせてある。卯平うへいは窶やつれた蒼あをい顏かほをこちらへ向むけて居ゐた。彼かれは眠ねむつて居ゐた。おつぎはすややと聞きこえる呼吸いきに凝然ぢつと耳みゝを澄すました。おつぎはそれから枕元まくらもとの鍋蓋なべぶたをとつて見みた。鍋なべの底そこには白しろいどろりとした米こめの粥かゆがあつた。汁椀しるわんをとつて見みたら小皿こざらには醤ひしほが少すこし乘のせてあつた。卯平うへいは冷さめた白粥しろがゆへまだ一口ひとくちも箸はしをつけた容子ようすがない。おつぎは燒やいた握飯にぎりめしを一つ枕元まくらもとにそつと置おいて遁にげるやうに歸かへつて來きた。老人としよりの敏さとい目めが到頭たうとう開ひらかなかつた。卯平うへいは疲つかれた心こゝろが靜しづまつて漸やうやく熟睡じゆくすゐした處ところなのであつた。 掘立小屋ほつたてごやが出來できてから勘次かんじはそれでも近所きんじよで鍋なべや釜かまや其その他たの日用品にちようひんを少すこしは貰もらつたり借かりたりして使つかつた。おつぎは其その間あひだ一心しんに燒やけた鍋釜なべかまを砥石といしでこすつた。竹たけの床とこへ數しく筵むしろが三四枚まい、此これも近所きんじよで古ふるいのを一枚まい位ぐらゐづつ呉くれた。さうしてから漸やうやく蒲團ふとんが運はこばれた。それは彼かれがぎつしりと腰こしに括くゝつた財布さいふの力ちからであつた。米こめや麥むぎや味噌みそがそれでどうにか工夫くふうが出來できた。彼かれは斯かうして命いのちを繼つなぐ方法はうはふが漸やつと立たつた。二三日にち過すぎて與吉よきちの火傷やけどは水疱すゐはうが破やぶれて死しんだ皮膚ひふの下したが少すこし糜爛びらんし掛かけた。勘次かんじは心こゝろから漸やうやく其その瘡痍きずを勦いたはつた。彼かれは平生いつもになくそれを放任うつちやつて置おけば生涯しやうがいの畸形かたわに成なりはしないかといふ憂うれひをすら懷いだいた。さうして彼かれは鬼怒川きぬがはを越こえて醫者いしやの許もとに與吉よきちを連つれて走はしつた。醫者いしやは微笑びせうを含ふくんだ儘まゝ白しろいどろりとした藥くすりを陶製たうせいの板いたの上うへで練ねつて、それをこつてりとガーゼに塗ぬつて、火傷やけどを掩おほうてべたりと貼はつてぐるると白しろい繃帶ほうたいを施ほどこした。手先てさきの火傷やけどは横頬よこほゝのやうな疼痛いたみも瘡痍きずもなかつたが醫者いしやは其處そこにもざつと繃帶ほうたいをした。與吉よきちは目めばかり出だして大袈裟おほげさな姿すがたに成なつて歸かへつて來きた。 與吉よきちは繃帶ほうたいをしてから疼痛いたみもとれた。繃帶ほうたいは又また直接ちよくせつ他たの物ものとの摩擦まさつを防ふせいで、彼かれに快こゝろよく村落むらの内うちを彷徨さまよはせた。繃帶ほうたいが乾かわいて居をれば五六日にちは棄すてゝ置おいても好いいが、液汁みづが浸しみ出だすやうならば明日あすにも直すぐに來くるやうにと醫者いしやはいつたのであるが、液汁みづは幸さいはひにぱつちりと點てんを打うつたのみで別段べつだん擴ひろがりもしなかつた。
 おつぎは燒趾やけあとの始末しまつの忙せはしい間あひだにも時々ときき卯平うへいを見みた。然しかし卯平うへいを慰なぐさめるに一錢せんの蓄たくはへもないおつぎは猶且やつぱり何なんの方法はうはふも手段しゆだんも見出みいだし得えなかつたのである。
 おつぎは勘次かんじが漸やうやくにして求もとめた僅わづかな米こめを竊そつと前垂まへだれに隱かくして持もつて行いつた。米こめには挽割麥ひきわりが交まじつて居ゐる。おつぎは決けつして卯平うへいを滿足まんぞくさせ得うることとは思おもはなかつたが、彼かれが喫たべて見みようといへば粥かゆにでも炊たいてやらうと思おもつたのである。然しかしおつぎが恥はぢつゝそれでも餘儀よぎなく隱かくして持もつて行いつた米こめの必要ひつえうはなかつた。念佛ねんぶつの伴侶なかまが交互かはりがはりに少すこしづゝの食料しよくれうを持もつて來きてくれるのを卯平うへいは屹度きつと餘あまして居ゐた。
「爺ぢい、そんでもちつた鹽梅あんべえよくなつたやうだが、痛いたかねえけえ」おつぎは毎度いつものやうに反覆くりかへして聞きいた。言辭ことばは軟やはらかでさうして潤うるんで居ゐた。卯平うへいの火傷やけどへも油あぶらが塗ぬられてあつた。水疱すゐはうはいつか破やぶれて糜爛びらんした患部くわんぶを、油あぶらは見みるから厭いとはしく且かつ穢きたなくして居ゐた。死しんだ細胞さいぼうの下したから鮮あざやかに赤あかく見みえ始はじめた肉芽にくげは外部ぐわいぶの刺戟しげきに對たいして少すこしの抵抗力ていかうりよくも持もつて居ゐない細胞さいぼうの集あつまりである。朝夕あさゆふの冷つめたさすら其その過敏くわびんな神經しんけいを刺戟しげきした。卯平うへいは何時いつでも右みぎの横頬よこほゝを上うへにして居ゐる外ほかはなかつた。「さうだにかゝんなくつても癒なほんべなあ」おつぎは、油あぶらが穢きたなくした火傷やけどを凝然ぢつと見みて居ゐると自然しぜんに目めが蹙しがめられて、寧むしろ自分じぶんの瘡痍きずの經過けいくわでも聞きくやうに卯平うへいの枕まくらへ口くちをつけていつた。
「うむ」と卯平うへいの低ひくく響ひゞく聲こゑが決けつして其その言辭ことばのやうな簡單かんたんな意味いみのものではなかつた。
「そんでもどうにか家うちも拵こせえたから、爺ぢいことも連つれてくべよなあ」おつぎの聲こゑは漸次ぜんじに潤うるんで低ひくくなつた。卯平うへいはそれでもおつぎの聲こゑを聞きくと目めを瞑つぶつた儘まゝ、殆ほとんど明瞭はつきりとは見みられぬやうな微かすかな笑わらひが泛うかぶのであつた。
「どうえの建たてゝえ」卯平うへいは有繋さすがに聞ききたかつた。
「どうえのつて爺ぢいは、燒やけた柱はしら掘立ほつたてたのよ、そんだから壁かべも塗ぬんねえのよ」
「そんぢや、藁わらか萱かやでおツ塞ぷてえたんでもあんびや」
「うむ、さうだあ、そんだから觸さあつとがささすんだよ」斯かういつておつぎの聲こゑは少すこし明瞭はつきりとして來きた。おつぎは羞はぢを含ふくんだ容子ようすを作つくつた。卯平うへいは悲慘みじめな燒小屋やけごやを思おもふと、自分じぶんが與吉よきちと共ともに失錯しくじつたことが自分じぶんを苦くるしめて酷ひどく辛つらかつた。彼かれは俄にはかに目めを蹙しかめた。
「痛いてえのか」おつぎは目敏めざとくそれを見みて心こゝろもとなげにいつた。おつぎは窶やつれて沈しづんだ卯平うへいの側そばに居ゐると、遂つひ自分じぶんも沈しづんで畢しまつて只たゞ凝然ぢつと悚すくんだやうに成なつて居ゐるより外ほかはなかつた。それでもおつぎは長ながい時間じかんをさうして空むなしく費つひやすことは許容ゆるされなかつた。「又また來くつかんな」とおつぎは沈しづんだ聲こゑでいつて出でて行ゆくのを、後あとで卯平うへいの眥めじりからは涙なみだが少すこし洩もれて、其その小ちひさな玉たまが暫しばらく窶やつれた皺しわに引掛ひつかゝつてさうしてほろりと枕まくらに落おちるのであつた。
 勘次かんじは一度ども念佛寮ねんぶつれうを顧かへりみなかつた。五六日にち過すぎて與吉よきちは復また醫者いしやへ連つれられた。醫者いしやは穢きたなく成なつた繃帶ほうたいを解といてどろりとした白しろい藥くすりを復また陶製たうせいの板いたで練ねつて貼はつた。先頃さきごろのよりも濃こくして貼はつたからもう此これで遠とほい道程みちのりを態々わざざ來こなくても此これを時々ときき貼はつてやれば自然しぜんに乾かわいて畢しまふだらうと、其その白しろい藥くすりとそれからガーゼとを袋ふくろへ入いれてくれた。與吉よきちは俄にはかに勢いきほひづいた。彼かれは時々ときき卯平うへいの側そばへも行いつた。卯平うへいは横臥わうぐわした目めに與吉よきちの繃帶ほうたいを見みて其その心こゝろを痛いためた。
 或ある日ひ與吉よきちが行いつた時とき、先頃さきごろ念佛ねんぶつの時ときに卯平うへいへ酒さけを侑すゝめた小柄こがらな爺ぢいさんが枕元まくらもとに居ゐた。
「おめえ、さうだに力ちから落おとすなよ、此こらつ位くれえな火傷やけどなんぞどうするもんぢやねえ、俺おれ癒なほしてやつから、どうした彼あん時ときからぢや痛いたかあんめえ、彼あの禁厭まじねえで火ひしめしせえすりや奇態きてえだから」さういつて爺ぢいさんは佛壇ぶつだんの隅すみに置おいた燈明皿とうみやうざらを出だして其その油あぶらを火傷やけどへ塗ぬつた。卯平うへいは其その爲する儘まゝに任まかせて動うごかなかつた。「力ちから落おとしちや駄目だめだから、俺おらなんざこんな處ところぢやねえ、こつちな腕うで、馬うまに咬かまつた時ときにや、自分じぶんで見みちやえかねえつて云ゆはつたつけが、そんでも俺おれ自分じぶんで手拭てねげの端はし斯かう齒はで咥くええてぎいゝつと縛しばつて、さうして俺おら馬うま曳ひいて來きたな、汗あせは豆粒まめつぶ位ぐれえなのぼろろ垂たれつけがそんでも到頭たうとう我慢がまんしつちやつた、何なんでも力ちから落おとしせえしなけりや癒なほんな直すぐだから、年とし寄よつちや癒なほりが面倒めんだうだの何なんだのつてそんなこたあねえから」爺ぢいさんは只管ひたすら卯平うへいの元氣げんきを引立ひきたてようとした。
「俺おらそんだが、さうえ怪我けがしても馬うまは憎にくかねえのよ、馬うまに煎えれんのが癖くせでひゝんと騷さわいだ處ところ俺おれ手てえ横よこさ出だして抑おさえたもんだから畜生ちきしやう見界みさけえもなく噛かぢツたんだからなあ」と彼かれは酒さけを飮のんでは居ゐなかつたので聲こゑは低ひくかつたが、それでも漸々だんんに勢いきほひを加くはへて居ゐた。
「俺おら白しれえ藥くすり貼はつたんだぞ」與吉よきちは先刻さつきから油あぶらを塗ぬつた卯平うへいの瘡痍きずに目めを注そゝいで居ゐてかう突然とつぜんにいつた。
「なあに、さうだ物もんなんざ貼はんねえツたつて汝わツ等らがよりやこつちの方はうが早はやく癒なほつから」小柄こがらな爺ぢいさんは暫しばらく手てもとへ置おいた油あぶらの皿さらを再ふたゝび佛壇ぶつだんの隅すみへ藏しまつた。
「そんでも俺おれこたはあ、來きなくつても癒なほつからえゝつて藥くすりよこしたんだぞ」與吉よきちは少すこし間あひだを隔へだてゝ怖おづづいつた。「癒なほるもんかえ、汝等わツらが」小柄こがらな爺ぢいさんは揶揄からかふやうにして呶鳴どなつた。
「癒なほらあえ、そんだつて痛いたかねえ俺おツ等ら」與吉よきちは驚おどろいたやうにいつた。
「其その白しれえ藥くすりだツちのよこしたのか」卯平うへいは微かすかな聲こゑで聞きいた。
「さうなんだわ」
「汝わりや、それ姊ねえにでも貼はつてもらあのか」
「俺おら貼はんねえ」
「そんぢや藥くすりはどうしたんでえ、汝わりやあ」
「おとつゝあ持もつてんだから俺おら知しんねえ」與吉よきちは上あがり框がまちに胸むねを持もたせて下駄げたの爪先つまさきで土間どまの土つちを叩たゝきながら卯平うへいと斯かうして數語すうごを交換かうくわんした時とき
「えゝからそんな藥くすりなんぞのこと構かめえたてんなえ、此これで癒なほつから」と小柄こがらな爺ぢいさんは傍そばから打うち消けした。
「乞食野郎奴こちきやらうめ、汝わツ等らが親爺おやぢは見みやがれ、汝われこた醫者いしやさ連つれてく錢ぜに持もつてけつかつて、此處ここさは一度どでも來きやがんねえ畜生ちきしやうだから、見みろう。其そのツ位くれえだから罰ばち當あたつて丸燒まるやけに成なつちやあんだ」と爺ぢいさんは更さらに獨ひとり憤いきどほつた語勢ごせいを以もつていつた。
「おとつゝあは爺ぢいに燒やかつたツちツてんだあ」與吉よきちは勢いきほひに壓あつせられて羞はにかむやうにしながら漸やつといつた。
「汝等わツら親爺奴おやぢめ云ゆつたのか」爺ぢいさんは更さらに
「汝わりや何なんちつたそんで」と呶鳴どなつた。與吉よきちは悄しをれて暫しばらく沈默ちんもくした。
「俺おら火ひいあたつてたら木きの葉はさくつゝえたんだつて云ゆつたんだあ」「さう云ゆはつても仕方しかたねえよ」與吉よきちのいひ畢をはらぬ内うちに卯平うへいは言辭ことばを挾はさんだ。
「箆棒べらぼう、つん燃もしたくつて、つん燃もすもの有あるもんか」爺ぢいさんは少すこし激げきして
「過失えゝまちだもの後あとで何なんちつたつて仕しやうあるもんぢやねえ」と獨ひとりで力りきんだ。
「そんでも氣きの毒どくで來きらんめえつて云ゆつたあ」與吉よきちはぽさりといつた。稍やゝ大おほきく成なつた彼かれは呶鳴どなる爺ぢいさんの前まへに恐怖おそれを懷いだいたが又また壓おさへられることに微かすかな反抗力はんかうりよくを持もつて居ゐた。
「爺ぢいこと來きらんめえつて云ゆつたのか、姊ねえも云ゆつたのかあ」
「姊ねえは云ゆはねえ、姊ねえ爺ぢいが處とこさ行えぐつちとおとつゝあ怒おこんだ、さうしたら姊ねえに怒おこらつたんだあ」與吉よきちは自分じぶんの心こゝろに少すこしの隔へだてをも有いうして居をらぬ卯平うへいの前まへに知しつてることを矜ほこるやうにいつた。
「汝われこた怒おこんねえのか」小柄こがらな爺ぢいさんは與吉よきちの隱かくさぬ言辭ことばに少すこし力りきんだ勢いきほひが拔ぬけたやうになつて斯かういつた。
「俺おれこた怒おこんねえ、俺おら怒おこつたつ位くれえ遁にげつちやあから」與吉よきちのいふのを聞きいて爺ぢいさんの憤いかりは和やはらげられた。卯平うへいは蒼あをい顏かほをして凝然ぢつと瞑つぶつた目めを蹙しがめて聞きいて居ゐた。圍爐裏ゐろりには麁朶そだの一枝えだも燻くべてなかつた。三人にんは暫しばらくぽさりとした。
「爺ぢいくんねえか」與吉よきちは危あやぶむやうにいつた。「汝わりや何なに欲ほしいつちんだ」小柄こがらな爺ぢいさんは底力そこぢからの有ある聲こゑを低ひくくしていつた。
「俺おら一錢ひやくもねえから」と卯平うへいはこそつぱい或ある物ものが喉のどへ支つかへたやうにごつくりと唾つばを嚥のんだ。彼かれの目めの皺しわが餘計よけいにぎつと緊しまつた。
「俺おらまあだ、ちつた有あつたんだつけが、煙草入たぶこれと同志どうしに燒やえつちやつたから」彼かれはぽさりと投なげ出だしていつた。
「煙草入たぶこれは燒やけたつて錢ぜねだら灰へえ掻掃かつぱけば有ある筈はずだ、外ほかに盜とる奴やざ有ありやすめえし」小柄こがらな爺ぢいさんの目めは光ひかつた。
「なあに分わかんねえよ、おつう等ら毎日まいんち來きてゝも其その噺はなしやねえんだから、俺おらどうせ癒なほつか何なんだか分わかりやすめえし、要えらねえな」
「なあに、俺おれ聞きいて見みなくつちやなんねえ、出だすも出ださねえも有あるもんか」小柄こがらな爺ぢいさんは呟つぶやいて
「行えけはあ、汝わりや大えけえ姿なりして、呉くろうの何なんだのつて」と與吉よきちを呶鳴どなりつけた。與吉よきちは悄々すごごと出でて行いつた。卯平うへいは少すこし目めを開ひらいて與吉よきちの後姿うしろすがたを見みた。涙なみだが止とめどもなく出でた。彼かれはそれを拭ぬぐはうともしなかつた。

二七

 其その夜よ温度をんどが著いちじるしく下降かかうした。季節きせつは彼岸ひがんも過すぎて四月ぐわつに入はひつて居ゐるのであるが、寒さむさは地ちに凝こりついたやうに離はなれなかつた。夜半やはんに卯平うへいはのつそりと起おきて圍爐裏ゐろりに麁朶そだを燻くべた。ちろちろと鐵瓶てつびんの尻しりから燃もえのぼる火ひは周圍しうゐの闇やみに包つゝまれながら窶やつれた卯平うへいの顏かほにほの明あかるい光ひかりを添そへた。彼かれは勢いきほひない焔ほのほの前まへに目めを瞑つぶつた儘まゝ只たゞ沈鬱ちんうつの状態じやうたいを保たもつた。彼かれは殆ほとんど動うごかぬやうにして棄すてゝ置おけばすつと深ふかく沈しづんで畢しまつたやうに冷さめて行ゆく火ひへぽちりりと麁朶そだを足たして居ゐた。彼かれは暫しばらく自失じしつしたやうにして居ゐて麁朶そだの火ひが周圍しうゐの闇やみに壓おしつけられようとして僅わづかに其その勢いきほひを保たもつた時とき彼かれはすつと立たち上あがつた。彼かれの糜爛びらんした横頬よこほゝはもう火ひの氓ほろびようとして居ゐる薄明うすあかりにぼんやりとした。火ひはげつそりと落おちて彼かれの姿すがたが消きえ入いらうとした。彼かれは戸とを開あけて踉蹌よろけながら出でた。寒さむい風かぜが冷つめたい刄やいばを浴あびせた。卯平うへいは悚然ぞつとした。 勘次等かんじら三人にんは其その夜よも凝集こごつて薄うすい蒲團ふとんにくるまつた。勘次かんじは足あしに非常ひじやうな冷つめたさを感かんじて、うとととして居ゐた眠ねむりから醒さめた。手足てあしを伸のばせば括くゝりつけた萱かやや篠しのの葉はに觸ふれてかささと鳴なる程ほど狹せまい室内しつないを、寒さむさは束たばねた松葉まつばの先さきでつゝくやうに徹宵よつぴて其その隙間すきまを狙ねらつて止やまなかつた。勘次かんじは目めが冴さえて畢しまつた。彼かれは北きたに枕まくらして居ゐた。後うしろの林はやしが性急せいきふに騷さわいでは又また靜しづまつてさうしてざわわと鳴なつた。北風きたかぜが立たつたのだ。低ひくい粟幹あはがらの屋根やねから其その括くゝりつけた萱かやや篠しのの葉はには冴さえた耳みゝに漸やつと聞きゝとれるやうなさららと微かすかに何なにかを打うちつけるやうな響ひゞきが止やまない。漸次だんんに其その響ひゞきを消滅せうめつして、隙間すきまを求もとめて侵入しんにふする寒さむさの度どが加くははつた。何處どこかで凍こほつてた土つちへ響ひゞくやうな雞にはとりの聲こゑが疳走かんばしつて聞きこえると夜よるは檐のきの隙間すきまから明あかるくなつた。勘次かんじはおつぎを起おこした。彼かれは夜よが明あければ蒲團ふとんに堅かたくなつて居ゐるよりも火ひにあたつた方はうが遙はるかによかつた。彼かれは明あけるのを待遠まちどほにして居ゐた。おつぎは外そとへ出でようとした。外そとは意外いぐわいに積つもり掛かけた雪ゆきが白しろかつた。更さらに積つもりつゝある大粒おほつぶな雪ゆきが北きたから斜なゝめに空間くうかんを掻亂かきみだして飛とんで居ゐる。おつぎは少時しばし立たち悚すくんだ。大粒おほつぶな雪ゆきを投なげつゝ吹ふき落おちる北風きたかぜがごつと寒さむさを煽あふつた。勘次かんじは狹せまい土間どまに掻かき集あつめてあつた落葉おちばや麁朶そだに火ひを點つけた。烟けぶりは低ひくい檐のきを偃はつて、ぐるると空間くうかんが廻轉くわいてんするやうに見みえつゝ飛とび散ちる忙せはしい雪ゆきの爲ために遁にげ行ゆく道みちを妨さまたげられたやうに低ひくく彷徨さまようて行ゆく。おつぎは外側そとがはに置おいた手桶てをけを執とつた。北風きたかぜの吹ふきつける雪ゆきは一ひとつの手桶てをけを半分はんぶん白しろくして居ゐた。おつぎは低ひくい檐のきの下したを一歩ぽ踏ふみ出だしたら、北風きたかぜは待まつて居ゐたといふやうに、其その亂みだれた髮かみの毛けを吹ふき捲まくつて、大粒おほつぶな雪ゆきが爭あらそつて首筋くびすぢへ群むらがり落おちて瞬間しゆんかんに消きえた。さうして又また衣物きものの上うへに輕かるく軟やはらかに止とまつた。おつぎは釣瓶つるべの竹竿たけざをが北きたから打うちつける雪ゆきの爲ために竪たてに一條ひとすぢの白しろい線せんを描ゑがきつゝあるのを見みた。ちららと目めを昏くらますやうな雪ゆきの中なかに樹木じゆもくは悉皆みんな純白じゆんぱくな柱はしらを立たてて、釣瓶つるべの縁ふちは白しろい丸まるい輪わを描ゑがいて居ゐる。おつぎは竹竿たけざをへ手てを掛かけると輕かるい軟やはらかな雪ゆきはさらりと轉こけて落おちた。おつぎは一杯ぱいを汲くんでひよつと顧ふりかへつた時とき後うしろの竹たけの林はやしが強つよい北風きたかぜに首筋くびすぢを壓おしつけては雪ゆきを攫つかんでぱあつと投なげつけられながら力ちからの限かぎりは爭あらそはうとして苦悶もがいて居ゐるのを見みた。おつぎは見みるなと吹ふきつける北風きたかぜを當面まともに受うけて呼吸いきがむつとつまるやうに感かんじてふと横手よこてを向むいた。少すこし離はなれた柹かきの木きの下したにおつぎは吸すひつけられたやうに疑うたがひの目めを睜みはつた。おつぎは釣瓶つるべを放はなして少すこし柹かきの木きの下したに近ちかづいた。「おとつゝあ」とおつぎは底そこの粘ねばる草履ざうりを捨すてゝ激はげしく呼よんで驅かけ込こんだ。
「大變たえへんだよ、おとつゝあ」と今度こんどは少すこし聲こゑを殺ころすやうにして勘次かんじを促うながした。勘次かんじは怪訝けげんな鋭するどい目めを以もつておつぎを見みた。
「よう、おとつゝあ」おつぎの節制たしなみを失うしなつた慌あわたゞしさが勘次かんじを庭にはに走はしらせた。勘次かんじは戰慄せんりつした。柹かきの木きの下したには冷つめたい卯平うへいが横よこたはつて居ゐたのである。其その大おほきな體躯からだは少すこし柹かきの木きに倚より掛かゝりながら、胸むねから脚部きやくぶへ斑まだらに雪ゆきを浴あびて居ゐた。荒繩あらなはが彼かれの手てを轉こけて横よこに體躯からだを超こえて居ゐた。
「爺ぢい」とおつぎは其その耳みゝに口くちを當あてゝ呶鳴どなつた。冷つめたい卯平うへいはぐつたりと俛首うなだれた儘まゝである。少すこし傾かしげた彼かれの横頬よこほゝに糜爛びらんした火傷やけどが勘次かんじを悚然ぞつとさせた。勘次かんじは夜よる荷車にぐるまで運はこんだ後のち卯平うへいを見みるのは始はじめてゞあつた
「おとつゝあは、どうしたつちんだんべな」おつぎは勘次かんじを叱しかつて、卯平うへいの身體からだを起おこしながら白しろく掛かゝつた雪ゆきを手てで拂はらつた。勘次かんじは怖おづづ手てを藉かした。卯平うへいの力ちからない身體からだは漸やうやく二人ふたりの手てで運はこばれた。勘次かんじは簀すの子この上うへの筵むしろに横よこたへて、喪心さうしんしたやうに惘然ばうぜんとして立たつた。彼かれは復また卯平うへいの糜爛びらんした火傷やけどを見みた。彼かれは何なにを思おもつたか忙いそがしく雪ゆきを蹴立けたてゝ、桑畑くはばたけの間あひだを過すぎて南みなみの家いへに走はしつた。一旦たん開あけて又またそつと閉とざした表おもての戸口とぐちから突然とつぜんに「起おきめえか」と彼かれは激はげしく呶鳴どなつた。彼かれは褞袍どてらを着きて竈かまどの前まへに火ひを焚たいて居ゐる女房にようばうを見みた。
「何なんでえ」と亭主ていしゆの驚おどろいていふ聲こゑが近ちかく聞きこえた。勘次かんじも驚おどろいて上あがり框がまちの蒲團ふとんから首くびを擡もたげた亭主ていしゆを見みた。
「大變たえへんなこと出來できたよ、俺おら家ぢの」と勘次かんじはこそつぱい喉のどから漸やうやくそれだけを吐はき出だした。
「來きてくんねえか」と彼かれは簡單かんたんにさういつて、思おもひ出だしたやうに又また雪ゆきを蹴けつて走はしつた。慌あわてた彼かれは閾しきゐも跨またがなかつた。南みなみの家いへの亭主ていしゆは勘次かんじの容子ようすを見みて尋常じんじやうでないことを知しつた。然しかしながら彼かれは極きはめて不判明ふはんめいな事件じけんに赴おもむくには、直たゞちに起おこる多少たせうの懸念けねんが吹ふき捲まくる雪ゆきに逆さからつて、蓑みのも笠かさも持もたずに走はしつて行ゆく程ほど慌あわてさせる譯わけには行ゆかなかつた。彼かれは土間どまに轉ころがつた下駄げたを探さがした。非常ひじやうな勢いきほひで積つもらうとする雪ゆきは、庭にはから庭にはを繼つぐ桑畑くはばたけの間あひだに下駄げたの運はこびを鈍にぶくした。彼かれが勘次かんじの小屋こやを覗のぞいた時ときは低ひくく且かつ狹せまい入口いりぐちを自分じぶんの身體からだが塞ふさいで内うちを薄闇うすぐらくした。外そとの白しろい雪ゆきを見みた彼かれの目めが暫しばらく昏くらんだ。彼かれは只たゞ勘次かんじが與吉よきちを叱しかる聲こゑを耳みゝの傍そばで聞きいた。 勘次かんじが歸かへつた時とき卯平うへいは横よこたへた儘まゝであつた。淺あさく掛かゝつて居ゐた雪ゆきが溶とけて卯平うへいの褞袍どてらが少すこし濡ぬれて居ゐた。彼かれは復また糜爛びらんした火傷やけどを見みると共ともに、卯平うへいの懷ふところへ手てを入いれて居ゐるおつぎを見みた。
「おとつゝあ、暖ぬくてえんだよ」おつぎはいつて又また
「呼吸いきつえてんだよ」他たを憚はゞかるものゝやうに低ひくく聲こゑを殺ころしていつた。勘次かんじは勢いきほひづいた。彼かれは突然とつぜん與吉よきちを起おこした。蒲團ふとんを捲まくつて與吉よきちの腕うでを引ひいた。與吉よきちは例いつもにない苛酷かこくな扱あつかひに驚おどろいてまだ眠ねむい目めを睜みはつた。
「急かせえて、それ、衣物きもの」と勘次かんじは只たゞおろろして居ゐる與吉よきちを叱しかりつけた。
「そんぢやまあよかつた。何なにしても蒲團ふとんへ寢ねかせた方はうがえゝな、暖ぬくとまりせえすりや段々だんんよくなつぺから」南みなみの亭主ていしゆは數分時すうふんじの前まへから二人ふたりを衷心ちうしんより狼狽らうばいせしめた事件じけんの簡單かんたんな説明せつめいを聞きいた時ときいつた。
「衣物きもの濡ぬれたやうだな、脱ぬがせたらよかつぺ、それに酷ひどく汚よごれつちやつたな」亭主ていしゆはいつて捲まくつた蒲團ふとんへ手てを當あてて見みた。
「此こら暖ぬくとくつてえゝ鹽梅あんべえだ、冷ひえさせちやえかねえ」彼かれは掛蒲團かけぶとんをとつぷり蓋ふたした。
「さうだな衣物きものは焙あぶる間えゝだ仕しやうねえなそんぢや褞袍どてらでも俺おら家ぢから持もつて來くつとえゝな、此この蒲團ふとんだけぢや暖ぬくとまれめえこら」彼かれは少すこし權威けんゐを有もつた態度たいどでいつた。狹せまい小屋こやの焚火たきびは消きえて居ゐた。怪訝けゞんな容子ようすをして遠とほざかつて居ゐた與吉よきちが落葉おちばを足たして暫しばらく燻くすぶらした。「汝われまた、それ、おつう見みてやれ」勘次かんじは與吉よきちに注意ちういの言葉ことばを殘のこして驅かけ出だして行いつた。
「蒲團ふとんも持もてらば持もつて來きた方はうがえゝな」南みなみの亭主ていしゆの聲こゑは段々だんんに大粒おほつぶに成なつて飛とんで居ゐる雪ゆきの亂みだれの中なかに消きえ行ゆく勘次かんじの後あとから追おひ掛かけた。
 勘次かんじは二人ふたりを加くはへて勢いきほひづけられた手てを敏活びんくわつに動うごかして、まだ暖あたゝまつて居ゐる蒲團ふとんへそつと卯平うへいを横よこたへた。卯平うへいの冷つめたい身體からだには、落葉おちばの火ひでおつぎが焙あぶつた褞袍どてらと夫それから餘計よけいな蒲團ふとんとが蔽おほはれた。卯平うへいの微かすかな呼吸いきが段々だんんと恢復くわいふくして來くる。勘次かんじはどんんと落葉おちばや麁朶そだを焚たいた。彼かれは其その時とき雪ゆきの林はやしに燃料ねんれうを探さがすことの困難こんなんなことを顧慮こりよする遑いとまさへ有もたなかつたのである。
 午後ごゝになつて此この例年れいねんにない雪ゆきも歇やんだ。空そらが左さもがつかりしたやうにぼんやりした。おつぎが騷さわいだ心こゝろも靜しづまつて又また水みづを汲くみに出でた時とき、釣瓶つるべの底そこは重おもく成なつて抑おさへた鍵かぎの手てから外はづれようとして居ゐた。後うしろの竹たけの林はやしはべつたりと俛首うなだれた。冬ふゆのやうにさららと潔いさぎよい落おちやうはしないで、濕うるほひを持もつた雪ゆきは竹たけの梢こずゑをぎつと攫つかんで放はなすまいとして居ゐる。竹たけは苦くるしい呼吸いきをするやうに小ちひさな枝えだが一ひとつづゝぴらりりと動うごいて其その壓迫あつぱくから遁のがれようと力つとめつゝある。北きたから見みれば白しろい柱はしらであつた樹木じゆもくの幹みきも悉皆みんな以前いぜんの姿すがたに成ならうとしてずんんと雪ゆきを轉ころがした。庭にはから先さきの桑畑くはばたは唯たゞ一杯ぱいに白しろい。地上ちじやう數寸すすんの深ふかさに雪ゆきは積つもつて居ゐた。桑畑くはばたの端はしの方はうに薹とうに立たつた菜種なたねの少すこし黄色きいろく膨ふくれた蕾つぼみは聳然すつくりと其その雪ゆきから伸のび上あがつて居ゐる。其處そこらには枯かれた蓬よもぎもぽつりりと白しろい褥しとねに上體じやうたいを擡もたげた。頬白ほゝじろか何なにかゞ菜種なたねの花はなや枯蓬かれよもぎの陰かげの淺あさい雪ゆきに短みじかい臑すねを立たてゝ見みたいのか桑くはの枝えだをしなやかに蹴けつて活溌くわつぱつに飛とびおりた。さうして又また枝えだに移うつつた。 後うしろの田圃たんぼでは、水みづこけの惡わるい田たには降ふつてる内うちから雪ゆきは溶とけつゝあつたので、畦畔くろが殊更ことさらに白しろい線せんを描ゑがいて目めに立たつた。其處そこにも堀ほりの邊ほとりの赤あかい實みの錆さびた野茨のばらの枝えだに堅たてに成なつたり横よこに成なつたりして、ずんんと消きえ行ゆく雪ゆきを悦よろこぶやうに頬白ほゝじろがちよんんと渡わたつた。夕方ゆふがたには田圃たんぼの白しろい線せんも途切とぎれれに成なつた。何處どこの梢こずゑも白しろい物ものを止とゞめないで疲つかれたやうに濡ぬれて居ゐた。雪ゆきは悉こととく土つちに落おちついて畢しまつた。其その落おちついた雪ゆきを突つき扛あげて何處どこの屋根やねでも白しろい大おほきな塊かたまりのやうに見みえた。枯木かれきの間あひだには殊更ことさらそれが明瞭はつきりと目めに立たつた。黄昏たそがれの煙けぶりが蒼あをく割われた空そらへ吸すはれて靜しづかな日ひは暮くれた。
 卯平うへいはすややと呼吸こきふを恢復くわいふくした儘まゝで口くちは利きかない。ぴしややと飛沫しぶきの泥どろを蹴けりつゝ粟幹あはがらの檐のきからも雪ゆきの解とけて滴したゝる勢いきほひのいゝ雨垂あまだれが止やまないで夜よるに成なつた。其その夜よ南みなみの女房にようばうは蒲團ふとんを二枚まい肩かたに掛かけて持もつて來きた。一ひとつには義理ぎりが濟すまぬといふので卯平うへいの容子ようすを見みに來きたのである。其それは二度目どめであつた。手てランプもない闇くらい小屋こやの内うちに暫しばらく語かたつて女房にようばうが去さつた後のち、與吉よきちは卯平うへいの裾すそへ潜もぐらせた。おつぎは其その一枚まいの蒲團ふとんを掛かけて卯平うへいに添そうて身みを横よこたへた。勘次かんじは土間どまへ筵むしろを敷しいて他たの一枚まいの蒲團ふとんを被かぶつてくるると身みを屈かゞめた。彼かれは足あしを伸のばした儘まゝ上體じやうたいを擡もたげて一度ど闇くらい床ゆかの上うへを見みた。ぴしややと落おちる涓滴したゝりが暫しばらく彼かれの耳みゝの底そこを打うつた。 次つぎの日ひは朝あさからきららと照てつた。暖あたゝかい日光につくわうは勘次かんじの土間どままで偃はつた。地上ちじやうは凡すべて軟やはらかな熱度ねつどを以もつて蒸むされた。物陰ものかげに一夜や保たもつてゆつくりした雪ゆきが慌あわてゝ溶とけた。土つちがしつとりとして落おちつけられた。
 卯平うへいは目めを開ひらいた。彼かれは不審相ふしんさうにあたりを見みた。執念しふねく土つちにひつゝいて居ゐた冬ふゆが、蒸むされるやうな暖あたゝかさに居ゐたゝまらなく成なつて倉皇そゝくさと遁にげ去さつた後あとへ一遍ぺんに來きた春はるの光ひかりの中なかに彼かれは意識いしきを恢復くわいふくした。彼かれは寒さむさが骨ほねに徹てつする其その夜よのことを明瞭めいれうに頭あたまに泛うかべて判斷はんだんするのには氣候きこうの變化へんくわが餘あまりに急激きふげきであつた。彼かれは其その間あひだ人事不省じんじふせいの幾時間いくじかんを經過けいくわした。
 彼かれは與吉よきちの無意識むいしきな告口つげぐちから酷ひどく悲かなしく果敢はかなくなつて後あとで獨ひとりで泣ないた。憤怒ふんぬの情じやうを燃もやすのには彼かれは餘あまりに彼つかれて居ゐた。然しかし自分じぶんでも其その時とき、自分じぶんの身みに變事へんじの起おこらうとすることは毫すこしも豫期よきして居ゐなかつた。彼かれは圍爐裏ゐろりの側そばで、夜よるの寧むしろ冷つめたい火ひにあたりながらふと氣きが變かはつてついと庭にはへ出でた。彼かれは何なにかゞ足あしに纏まつはつたのを知しつた。手てに取とつて見みたらそれは荒繩あらなはであつた。彼かれはそれからどうしたのか明瞭めいれうに描ゑがいて見みようとするには頭腦づなうが餘あまりにぼんやりと疲つかれて居ゐた。 彼かれは勘次かんじの庭にはに立たつた。彼かれは荒繩あらなはが手てに在あつたことを心こゝろづいた時とき、柹かきの木きの低ひくい枝えだにそれを引掛ひつかけようとして投なげた。彼かれの不自由ふじいうな手ては暗夜あんやに其その目的もくてきを遂とげさせなかつた。彼かれは幾度いくたび投なげても徒勞むだであつた。身みを切きるやうな北風きたかぜが田圃たんぼを渡わたつて、それを隔へだてようとする後うしろの林はやしをごうつと壓おさへては吹ふき落おちて、彼かれの手ての運動うんどうを全まつたく鈍にぶくして畢しまつた。軈やがて後うしろの林はやしの梢こずゑから斜なゝめに雪ゆきが吹ふきおろして來きた。卯平うへいは少時しばらく躊躇ちうちよして柹かきの木きの根ねに其その疲つかれた身みを倚よせた。暫しばらくして彼かれは雪ゆきが冷つめたく自分じぶんの懷ふところに溶とけて不愉快ふゆくわいに流ながれるのを知しつた。彼かれはそれから身體からだが固かたまるやうに思おもひながら、疎あらい白髮しらがの梳くしけづられるのをも、微かすかに感覺かんかくを有いうした。雞にはとりの聲こゑが耳みゝに遠とほく聞きこえて消滅せうめつするのを知しつた。彼かれは遂つひにうととと成なつて畢しまつた。更さらに數すう十分間ぷんかん其その儘まゝに忘わすられて居ゐたならば彼かれは其その時とき自分じぶんが欲ほつしたやうに冷つめたい骸むくろから蘇生よみがへらなかつたかも知しれなかつた。勘次かんじの冴さえた目めが隙間すきまから射さす白しろい雪ゆきの光ひかりに欺あざむかれておつぎを水汲みづくみに出だした。さうして卯平うへいは救すくはれたのである。「爺ぢいどうした、心持こゝろもち惡わるかねえか、はあ」とおつぎは卯平うへいが周圍あたりを見みた時とき耳みゝへ口くちを當あてゝいつた。
「動いごかねえでろ爺ぢい、喰たべてえ物ものでもねえか」おつぎは復また軟やはらかにいつた。卯平うへいは只たゞ點頭うなづいた。
「おとつゝあ、そんでもちつた確乎しつかりしてか」勘次かんじは其その尾をに跟ついて聞きいた。ほつと息いきをついたやうな容子ようすは勘次かんじの衷心ちうしんからの悦よろこびであつた。
「おとつゝあ、火傷やけどは痛えてえけまあだ」勘次かんじは直すぐに後あとの言辭ことばを續つゞけた。
「枕まくらはおつゝけらんねえな」卯平うへいは軟やはらかな目めを蹙しがめるやうにした。
 勘次かんじはふいと駈かけ出だして暫しばらく經たつて歸かへつて來きた時ときには手てに白しろい曝木綿さらしもめんの古新聞紙ふるしんぶんがみの切端きれはしに包つゝんだのを持もつて居ゐた。彼かれはそれを四つに裂さいて、醫者いしやがしたやうに白しろい練藥ねりぐすりを腿もゝの上うへでガーゼへ塗ぬつて、卯平うへいの横頬よこほゝへ貼はつた曝木綿さらしもめんでぐるると卷まいた。彼かれは與吉よきちにさへ白しろい藥くすりを惜をしんで醫者いしやから貰もらつた儘まゝ藏しまつて置おいたのであつた。卯平うへいは凝然ぢつとして勘次かんじの爲する儘まゝに任まかせた。不器用ぶきような少すこし動うごけば轉こけ相さうな繃帶ほうたいであつたが夫それでも勘次かんじの目めには心丈夫こゝろじやうぶであつた。彼かれは自分じぶんの恐怖おそれを誘さそうた瘡痍きずが白しろい快こゝろよい布ぬのを以もつて掩おほひ隱かくされたのと、自分じぶんの爲すべき仕事しごとを果はたし得えたやうに感かんぜられるのとで心こゝろが俄にはかに輕かるくすががしくなつた。卯平うへいもどうなることか確しかとは分わからぬながら心こゝろの内うちでは悦よろこんだ。 勘次かんじは又また何處どこへか出でた。彼かれは只たゞ心こゝろがそははとして容易たやすくは落おちつかなかつた。
 軟やはらかな春はるの光ひかりは情なさけを含ふくんだ目めを瞬またゝきしながら彼かれの狹せまい小屋こやをこまやかに萱かやや篠しのの隙間すきまから覗のぞいて卯平うへいの裾すそにも偃はつた。卯平うへいは暫しばらく目めを瞑つぶつた儘まゝで居ゐたが復またぱつちりと目めを開あいた。側そばにはおつぎが坐すわつて居ゐた。
「おつう」と卯平うへいは低ひくい聲こゑで喚よんだ。
「何なんでえ」おつぎは又また耳みゝへ口くちを當あてた。卯平うへいは右みぎの手てを出だして蒲團ふとんの上うへへ伸のばして
「熱あつぼつてえから一枚めえとつてくんねえか」力ちからない縋すがるやうな聲こゑでいつた。
「本當ほんたうに暖ぬくとく成なつたんだよなあ日輪おてんとさままで酷ひどく眩まちつぽくなつたやうなんだよ」おつぎは例れいの少すこし甘あまえるやうな口吻くちつきで一枚まいの掛蒲團かけぶとんをとつた。
「此この蒲團ふとんは板いたツ端ぱち見みてえなんだよなあ、此これとつた方はうが爺ぢいは輕かるく成なつてよかつぺなほんに、さう云ゆつても暖ぬくとくなるつちやえゝもんだよ、俺おら作日等きのふら見みてえぢやどうすべと思おもつたつきや」おつぎは掛蒲團かけぶとんを四よつにして卯平うへいの裾すそへ置おいた。
「彼岸ひがん過すぎて斯かうだことつちや俺おら覺おべえてからだつで滅多めつたにやねえこつたから此これから暖ぬくとく成なるばかしだな、麥むぎも一日毎いちんちごめらに腰こし引ひつ立たたな」卯平うへいは稍やゝ快こゝろよげにいつた。「俺おら家ぢの麥むぎは今いまん處ところぢや村落むらでも惡わるかねえんだぞ、俺おらそんだが先せんの頃こら畑はたけ耕うなあな厭やだつけな本當ほんたうに、おとつゝあにや深ふかく耕うなへ、深ふかく耕うなあねえぢや肥料こやししたつて役やくにや立たたねえからなんて怒おこられてなあ」
「うむ、畑はたきや深ふかくなくつちや收穫とんねえものよそら、俺おらあ壯さかりの頃ころにや此間こねえだのやうに淺あさく耕うなあもんだた思まあねえのがんだから、現在いまぢやはあ、悉皆みんな利口りこうんなつてつから俺おらがにや分わかんねえが」
「深ふかく耕うなつちや逆旋毛さかさつむじ立たてる見みてえで行やりつけねえぢやなんぼ大儀こええかよなあ、そんだが俺おら今いまぢや、汝われの方はうが俺おれより深ふけえつ位くれえだなんておとつゝあにや云ゆはれんのよ」
「大儀こええにもよそら、そんでも汝わりや能よくやんな、以前めえかたは女をんなに三年ねん作つくらせちや畑はたけは出來できなくなるつちつた位くれえだ」
「そつから俺おら幾いくらも耕うなえねえんだよ此この頃ごらそんでもさうだに大儀こええた思おもはなくなつたがな俺おらも」おつぎがいふのを卯平うへいは又また軟やはらかに目めを蹙しがめるやうにして聞ききながら、輕かるく成なつた掛蒲團かけぶとんを足あしの先さきで裾すその方はうへこかして少すこし身動みうごきをした。おつぎは其その時ときちらと出だした卯平うへいの手てを始はじめて氣きがついたやうに
「爺ぢいは手ても痛えたくしてんだつけな、そんぢや先刻さつき藥くすり貼はつて貰もらあとこだつけな」おつぎは卯平うへいの手先てさきを手てにして見みた。
「こつちはそれ程ほだひどかねえやそんでもなあ」おつぎは安心あんしんしたやうにそつと手てを放はなした。 勘次かんじは忙いそがしげな容子ようすをして歸かへつた。彼かれは蒲團ふとんを二三枚まい疊たゝんだ儘まゝ帶おびで脊負しよつて來きた。
「どうしてえおとつゝあ、昨夜ゆんべはそんでも寒さむかなかつたつけゝえ」彼かれは荷物にもつを卯平うへいの裾すその方はうへ卸おろして胸むねで結むすんだ帶おびを解ときながらいつた。
「熱あつぼつてえつて今いま蒲團ふとん一枚めえとつた處ところなんだよ」おつぎは横合よこあひからいつた。
「うむ、さうだ、此この蒲團ふとんは返けえさなくつちやなんねえから」勘次かんじは獨語どくごして
「どうしたおとつゝあ、藥くすり貼はつてちつたよかねえけ」彼かれは復また白しろい曝木綿さらしもめんを見みていつた。
「うむ、枕まくらおつゝかるやうに成なつたからえゝこたえゝに」卯平うへいのいふのを聞きいて勘次かんじは幾いくらか矜ほこりを以もつて又また白しろい木綿もめんを見みた。
「おとつゝあ、喫たべてえ物ものでもねえけえ、俺おら明日あした川向かはむかうさ行いつて來くべと思おもふんだ」勘次かんじはまだ幾いくらか心こゝろに蟠わだかまりがあるといふよりも、こそつぱい處ところが取とれ切きらないやうで然しかも力つとめて機嫌きげんをとるやうな容子ようすであつた。
「うむ」と卯平うへいはいつて唾つばきをぐつと嚥のんだ。
「格別かくべつはあ、喫たべてえつち物ものもねえが」彼かれの目めには又また改あらためて軟やはらかな光ひかりを有もつた。
「そんぢやおとつゝあ水飴みづあめでも買かつて來きてやつたらよかつぺな、與吉よきげ隱かくして置おけば何なんでも有あんめえな」おつぎは更さらに卯平うへいを顧かへりみて
「なあ爺ぢゝ、其その方はうがよかつぺ」といひ掛かけた。卯平うへいは其その蹙しがめるやうな目めで微かすかに點頭うなづいた。「おとつゝあ、どうせ茶漬茶碗ちやづけぢやわんも要えつから茶碗ちやわん買かつてそれさ水飴みづあめ入せえて繩なはで縛しばつて來こう、さうすつとえゝや」
「さうでも何なんでもすびやな」
「それに、明日あした行いつたら又また藥くすり貰もらつて來こう、爺ぢいが手てさも貼はつてやんなくつちや仕しやうねえぞ」
「俺おら云ゆはんねえでも藥くすりは氣きいついてたのよ」勘次かんじはおつぎのいふのを迎むかへて聞きいた。彼かれの三尺帶じやくおびには其その時ときもぎつと括くゝつた塊かたまりがあつた。其その財布さいふの僅わづかな蓄たくはへは此この數日間すじつかんにどれ程ほど彼かれを救すくつたか知しれなかつた。彼かれはまだ幾いくらかの日用品にちようひんを求もとめる餘力よりよくを有いうして居ゐた。彼かれは開墾かいこんの賃錢ちんせんを手てにすることが出來できればといふ望のぞみが十分ぶんにあつた。只たゞ彼かれは目下いま其その幾部分いくぶぶんでも要求えうきうすることが、自分じぶんの火ひが燒やいた其その主人しゆじんの家うちに對たいして迚とても口くちにするだけの勇氣ゆうきが起おこされなかつたのである。

二八

 勘次かんじは午餐過ひるすぎになつて復また外そとに出でた。紛糾こぐらかつた心こゝろを持もつて彼かれは少すこし俛首うなだれつつ歩あるいた。暖あたゝかな光ひかりは畑はたけの土つちの處々ところろさらりと乾かわかし始はじめた。殊更ことさらがつかりしたやうにしをたれた櫟くぬぎの枯葉かれはもからからに成なつた。凡すべての樹木じゆもくは勢いきほひづいて居ゐた。村落むらの處々ところろにはまだ少すこし舌したを出だし掛かけたやうな白しろい辛夷こぶしが、俄にはかにぽつと開ひらいて蒼あをい空そらにほかかと泛うかんで竹たけの梢こずゑを拔ぬけ出だして居ゐた。只たゞ蒿雀あをじは冬ふゆも春はるも辨わきまへぬやうに、暖あたゝかい日南ひなたから隱氣いんきな竹たけの林はやしを求もとめて低ひくい小枝こえだを渡わたつて下手へたな鳴なきやうをして、さうして猶且やつぱり日南ひなたへ出でて土つちをぴよんんと跳はねた。凡すべての心こゝろは暖あたゝかな光ひかりの中なかに融とけて畢しまはねばならなかつた。 勘次かんじは依然いぜんとして俛首うなだれた儘まゝ遂つひに隣となりの主人しゆじんの門もんを潜くゞつた。燒趾やけあとは礎いしずゑを止とゞめて清潔きれいに掻かき拂はらはれてあつた。中央ちうあうの大おほきかつた建物たてものを失うしなつて庭にはは喬木けうぼくに圍かこまれて居ゐる。赭あかく燒やけた杉すぎの木きを控ひかへてからりとした庭にはは、赤土あかつちの斷崖だんがいの底そこに沈しづんだやうに見みえる。蒼あをい空そらを限かぎつて立たつた喬木けうぼくの梢こずゑが更さらに高たかく感かんぜられた。勘次かんじは怕おそろしい異常いじやうな感かんじに壓あつせられた。隣となりの主人しゆじんの家族かぞくは長屋門ながやもんの一部ぶに疊たゝみを敷しいて假かりの住居すまゐを形かたちづくつて居ゐた。主人夫婦しゆじんふうふは勘次かんじの目めからは有繋さすがに災厄さいやくの後あとの亂みだれた容子ようすが少すこしも發見はつけんされなかつた。主人夫婦しゆじんふうふの曇くもらぬ顏かほが只管ひたすら恐怖きようふに囚とらへられた勘次かんじの首くびを擡もたげしめた。殊ことに内儀かみさんの迎むかへて聞きく態度たいどが、彼かれのいひたかつた幾部分いくぶぶんを漸やうやくに打うち明あけしめた。
「お内儀かみさん、こら運うんの惡わりい者もな仕しやうありあんせんね」彼かれは憐あはれに聲こゑを投なげ掛かけた。彼かれの災厄さいやくの後のちにしみみと斯かういふことを聞きいてくれる者ものは内儀かみさんの外ほかにはまだなかつたのである。
「そんだが此これお内儀かみさん等らあ家ぢからなんぞ見みた日ひにや爪つめの垢あかだからわし等らなんざ辛つれえも悲かなしいもねえ噺はなしなんだが」彼かれは自分じぶんの不運ふうんを訴うつたへるのに、自分じぶん一身しんのことより外ほかは何物なにものも其その心こゝろに往來わうらいしては居ゐなかつた。彼かれはふと自分じぶんの火ひが燒やいたことを思おもつた時とき、酷ひどく自分じぶんのことのみをいつて畢しまつたのが濟すまないやうな心持こゝろもちがしてならなかつた。「まあ惜をしいといへば紙かみ一枚まいでも何なんだが、これ、家うちは直すぐにも建たてれば建たつんだが、樹きが惜をしいことをしたつて云ゆつてるのさ、それだが此これもそんなことを云ゆつたつて仕方しかたがないがね」内儀かみさんは聳然すつくりと立たつては居ゐるが到底たうてい枯死こしすべき運命うんめいを持もつて居ゐる喬木けうぼくの數本すうほんを端近はしぢかに見上みあげていつた。遠とほく落おち掛かけた日ひが劃然かつきりと其その梢こずゑに光ひかつた。勘次かんじの顏かほは蒼あをくなつてぐつたりと頭あたまを垂たれた。彼かれは暫しばらく沈默ちんもくを保たもつた。
「どうしたね、私わたしも氣きのつかないことをして居ゐたが、お前まへも丸燒まるやけで仕しやうあるまいが少すこしは錢ぜにでも持もつて行いくかね」内儀かみさんは勘次かんじの心こゝろを推察すゐさつしたやうにいつた。
「へえ」勘次かんじの首くびは更さらに俛うなだれた。彼かれの目めは潤うるんだ。
「わしもはあ、そんならなんぼ助たすかるかも知しれあんせんが、お内儀かみさん處とこささう云ゆつて來くる譯わけにも行えがねえで」と勘次かんじは亂みだれた頭髮かみへ手てを當あてゝ媚こびるやうな容子ようすをしていつた。
「それだがお前まへにやる位くらゐならどうにか成なるから心配しんぱいしなくつても好いいよ」
「わしも此これ、罰ばち當あたつたんでがせう、さう思おもふより外ほか有ありあんせんから」勘次かんじは暫しばらく間あひだを措おいて
「わしも嚊かゝあこと因果いんぐわ見みせて罪つみ作つくつたの惡わりいんでがせう」彼かれの聲こゑは沈しづんだ。
「お内儀かみさん、わしどんな形なりにか家うちも建たてなくつちやなんねえから、そん時ときや家族うちの極きまりもつけべと思おもつてんですが、お内儀かみさん又またわしこと面倒めんだう見みておくんなせえ、わし等ら野郎やらうも其その内うちはあ大えかく成なつて來くつから學校がくかうもあとちつとにして百姓ひやくしやうみつしら仕込しこむべと思おもつてんでがすがね」「さうかえ」内儀かみさんは慰なぐさめるやうにいつた。
「お内儀かみさん親不孝おやふかうだなんちな、親おやが警察けいさつへでも願ねがつて出でなけりや巡査じゆんさばかしぢやどうすることも出來できねえもんでござんせうかね」勘次かんじは先刻さつきからの噺はなしの内うちにも何なんだか後うしろから物ものに襲おそはれるやうな容子ようすが止やまなかつたが遂つひに斯かういつた。
「さうさね、巡査じゆんさだつて無闇むやみにどうかするといふこともないんだらうと思おもふやうだがね」内儀かみさんは意外いぐわいな面持おももちでいつた。
「此これからはあ、わしも爺樣ぢいさまこと面倒めんだう見みべと思おもふんでがすがね、今いまツからでもお内儀かみさん間合まにやあねえこたありあんすめえね」
「さうだよ、老人としよりなんていふものは少すこしの加減かげんなんだから、まあ心配しんぱいさせないやうにした方はうが好いいよ、さういつちや何なんだが後あと幾いくらも生いきるんぢやなしねえ」
「へえさうでがすよ、昨日等きのふらツからちつと柔やつけえ言辭ことば掛かけつとうるしがつて居ゐんですから、それからわし野郎やらうげ貰もらつて來きた火傷やけどの藥くすりも貼はつてやつたんでさ、藥くすり足たんなく成なつちやつたから醫者樣いしやさまさ行いつて來くべと思おもつたつけが、今日けふは午後ひるすぎで居ゐめえと思おもふから明日あしたにすべと思おもつて止やめたのせ、明日あした行いつたら水飴みづあめでも買かつて來きてやれなんておつうも云いふもんでがすからね」
「火傷やけどしたなんて聞きいたつけがそれでも家うちへ連つれて來きてかね」
「へえ」勘次かんじは其その佛曉あけがたのことをどうしてか内儀かみさんがまだ知しらぬらしいのでほつと息いきをついたが又また自分じぶんから恥はぢて、簡單かんたんに瞹昧あいまいに斯かういつた。
「お内儀かみさん、こうちつとでもよくねえ錢ぜにへえつちや末始終すゑしじうはどうしてもえゝこたありあんすめえね」勘次かんじは更さらにまた酷ひどく懸念けねんらしい容子ようすをして突然とつぜんに聞きいた。「さうさねえ」内儀かみさんは勘次かんじの心持こゝろもちが明瞭はつきりとは分わからないので氣きの乘のらぬやうにいつた。
「そんだがお内儀かみさんさうえ錢ぜには自分じぶんのげ役やくに立たてせえしなけりやどうしても違ちげえあんすべえね」勘次かんじは内儀かみさんに分わかつても分わからなくても、そんなことを考かんがへる餘裕よゆうがなかつた。彼かれは只たゞ自分じぶんの心配しんぱいだけを底そこから蓋ふたから打ぶち傾まけて畢しまはねば堪たへられなかつたのである。
「さうだが、それもどういふ筋すぢの錢ぜにだか分わからないがそりや使つかつちやいかないんだらうさね」
「そんぢやお内儀かみさん他人ひとの錢ぜになくしたのなんぞ發見めつけても知しらねえ容子ふりなんぞして、後あとで遣やんな盜とつた見みてえで變をかしな時ときや、何なんでかで落おつことした丈だけの物ものでもやればそれでも違ちげえあんすべね」勘次かんじは少すこし自分じぶんのいふことの内容ないようを打うち明あけるやうにいつた。
「默だまつて居ゐればそれつ切きりなんだが」彼かれは獨ひとり喉のどの底そこでいつた。
「そりやそんなことしないで發見みつけた物ものなら其儘そつくり返かへすのが本當ほんたうだよ」内儀かみさんは聲こゑは低ひくかつたがきつぱりいつた。勘次かんじの惑まどうた心こゝろの底そこにはそれがびりゝと強つよく響ひゞいた。
「そんぢやお内儀かみさんそれ返けえして又また其その外ほかにも何なんとかしたら冥利みやうりの惡わりいやうなことも有ありあんすめえな」彼かれは情なさけなげな目めで内儀かみさんをちらりと見みていつた。
「そんなこた仕しなくつたつて何なにもよかりさうなもんだね」内儀かみさんは勘次かんじの餘あまりに懸念けねんらしい容子ようすに疾とうから心こゝろづいたことがあつた。内儀かみさんは暫しばらく聞きかなかつた彼かれの盜癖たうへきに思おもひ至いたつた。然しかし彼かれが自分じぶんから甚はなはだしく悔くいつゝあるらしいのを心こゝろに確たしかめて強しひては追求つゐきうしようといふ念慮ねんりよも起おこし得えなかつた。勘次かんじは只たゞ不便ふびんに見みえた。内儀かみさんはふと思おもひ出だして少すこしばかりの銀貨ぎんくわを勘次かんじの側そばへ竝ならべて「そりやさうと、お前まへも家族うちの極きまりをつける積つもりだつていふんだが、まあどうする積つもりなんだね」と靜しづかに聞きいた。
「さうでござんすね」勘次かんじはぐつたりと俛首うなだれて言辭ことばの尻しりが聞ききとれぬ程ほどであつた。深ふかい憂うれひが顏面かほの皺しわに強つよく刻きざんだ。
「わしも此これ……」と彼かれは微かすかにいつたのみで沈默ちんもくを續つゞけた。彼かれは内儀かみさんの前まへにどうしても述のべなければならないことに其その心こゝろが惑亂わくらんした。彼かれはぽうつとして目めが昏くらまうとした。遠とほく喚よぶやうで然しかも近ちかい聲こゑの爲ために彼かれが我われに返かへつた時とき
「それぢやお前まへ、まあ此この錢ぜにを藏しまつたらどうだね」と内儀かみさんが促うながしたのであつた。衷心ちうしんから困こまつたやうな彼かれに向むかつて内儀かみさんはもう追求つゐきうする力ちからを有もたなかつた。
「誠まことにどうもお内儀かみさん」彼かれは財布さいふを帶おびから解といて出だした時とき酷ひどく減へつて畢しまつたやうに感かんじて、其その財布さいふを外そとから一寸ちよつと見みて首くびを傾かたぶけた。彼かれは又また財布さいふの底そこの錢ぜにを攫つかみ出だして見みた。燒趾やけあとの灰はひから出でて青銅せいどうのやうに變かはつた銅貨どうくわはぽつつと燒やけた皮かはを殘のこして鮮あざやかな地質ぢしつが剥むけて居ゐた。彼かれはそれを目めに近ちかづけて暫しばらく凝然ぢつと見入みいつた。彼かれは心こゝろづいた時とき俄にはかに怖おそれたやうに内儀かみさんを顧ふりかへつてじやらりと其その錢ぜにを財布さいふの底そこへ落おとした。(完)


青空文庫より引用