ものぐさなきつね


一

 星ほしは、毎夜まいよさびしい大空おおぞらに輝かがやいていました。そして下界げかいを照てらしていましたけれど、だれも星ほしを見みてなぐさめてくれるものとてなかったのです。星ほしは、それを頼たよりないことに思おもっていました。
 鶏にわとりが、朝あさ早はやく起おきて、そのりこうそうな黒くろい瞳ひとみの中なかに、星影ほしかげを映うつして、勇いさんで鳴ないてくれなかったならば、星ほしは、毎夜毎夜まいよまいよ、音おともない野原のはらや、黒くろい村むらや、白しろく霧きりのかかった林はやしや、ものすごい水みずの上うえを照てらしていることが、もう飽あき飽あきして、まったくいやになってしまったにちがいありません。
 けれど、若々わかわかしい鶏にわとりの喜よろこばしそうな鳴なき声ごえを聞きくと、星ほしは、すべての長ながい夜よるの間あいだの物憂ものうかったことなどを忘わすれてしまいます。そうして、つい鶏にわとりの愛想あいそうのいいのに引ひき込こまれて、いっしょに日ひの上のぼらない朝あさの間あいだを楽たのしく送おくるのでありました。
 そのうちに太陽たいようが東ひがしの空そらを上のぼると、もはや鶏にわとりに別わかれを告つげなければなりません。星ほしはさも名残なごり惜おしそうにして、西にしの空そらに没ぼっしてゆくのでありました。すると鶏にわとりも、もう鳴なくのをやめてしまいます。
 こんなふうにして、星ほしと鶏にわとりとはたいそう仲なかがよかったのです。星ほしの黙だまって、ぴかぴかとしてお話はなしをするのを、鶏にわとりは頭あたまを傾かたむけて聞きいていました。そして鶏にわとりだけには、星ほしのものをいうことがよくわかりました。また、鶏にわとりの鳴ないていろいろなことを話はなすのも、星ほしにはよくわかりました。
「まだ牛うしも馬うまも眠ねむっています。私わたしだけが起おきたのです。」と、鶏にわとりは、大おおきな声こえを出だして叫さけびます。またつぎに、「いま、ようやく家うちの人ひとたちは起おきました。そして、勝手かってもとでガタガタ音おとをさせています。いま、ろうそくに火ひを点つけて、裏口うらぐちの方ほうへ出でてゆきます。きっと馬うまにまぐさをやるのでしょう。」と、鶏にわとりは告つげていました。

二

 かくして、毎朝まいあさ、星ほしは夜よるの間あいだに見みた不思議ふしぎなことを鶏にわとりに知しらせ、また鶏にわとりは、村むらの中なかのできごとを星ほしに知しらせて、たがいに春はるから秋あきになるまで、長ながい間あいだ、仲なかのいい友ともだちであったのです。星ほしがしめやかな言葉ことばつきで、
「いま、寒さむい風かぜが、あちらの遠とおい森もりの中なかで騒さわいでいる。」と、鶏にわとりに告つげますと、鶏にわとりは、うなだれて体からだじゅうを円まるくしてちぢむのでした。
「しかし、鶏にわとりさん、私わたしはおまえさんを毎晩まいばん守まもってあげますよ。」と、星ほしはいったのです。
 冬ふゆになって、雪ゆきが地ちの上うえに積つもると、鶏にわとりは小舎こやの中なかに押おし入いれられてしまいました。そして外そとへ出でることを許ゆるされませんでした。
 哀あわれな鶏にわとりは、小舎こやの中なかにいて、どんなに怠屈たいくつをしたでしょう。ただじっとしていて、耳みみに聞きくものは闇やみの中なかに狂くるう風かぜと雪ゆきの音おとばかりでありました。
「ああ、早はやく春はるになって、土つちを踏ふみたいもんだ。そして、あの優やさしい黄金色こがねいろに輝かがやく星ほしの光ひかりを見みたいものだ。春はる、夏なる、秋あき、なんという長ながい間あいだ、私わたしたちはまた星ほしとお話はなしすることができるだろう。楽たのしいことだ。」と、鶏にわとりは思おもいました。
 星ほしはまた、毎夜まいよ限かぎりない、しんとした雪ゆきの広野こうやを照てらしていました。ただ見みるものは白しろい雪ゆきばかりでした。そしてたまたま黒くろい森もりや、山やまや、流ながれが目めに入はいりましても、なにひとつおもしろい話はなしをするではありません。そのほか、怠なまけものの獣物けものや、いじ悪わるい動物どうぶつはありましたが、自分じぶんに向むかってやさしく話はなしをする、あの鶏にわとりのような友ともだちはなかったのです。星ほしは鶏にわとりのことを思おもい出だしていました。そして早はやく春はるになって、鶏にわとりが小舎こやから出でて、空そらにくびを伸のばして話はなしかける日ひになるのを待まっていました。
三

 寒さむい夜よるのことでした。山やまにすんでいるきつねはもう山やまには餌えさがなかったので、里さとへ出でてなにか探さがしてこようと野原のはらの上うえを歩あるいてきました。きつねは村むらへいって鶏にわとりの小舎こやを襲おそおうと思おもっていたのです。
「おお、寒さむい。」と、きつねはつぶやいて、空そらを向むいて、太ふとい息いきをしました。
「この寒さむいのに、どこへゆくのですか?」と、星ほしはたずねました。
「山やまに食たべるものがなかったから、里さとへいって鶏にわとりでも捕とってこようと思おもうのだ。」と、きつねはめんどうくさそうにいいました。
 星ほしは、びっくりしました。しかし、きつねは、なかなか年としをとっていて狡猾こうかつでありましたから、星ほしはちょっとだますことはできないと思おもいました。
「今夜こんやあたり、狩人かりゅうどが寝ねずに番ばんをしているかもしれない。」と、星ほしはささやきました。
 きつねは、これを聞きいてせせら笑わらいをしました。
「なんで狩人かりゅうどが、鶏にわとりの番ばんなどをしているものか。」といいました。
「おまえさんは、鶏小舎にわとりごやの在あり場ばを知しっているのですか。」と、星ほしはきつねに問といました。
「なに、村むらの中なかをうろついてみればすぐわかることだ。」と、きつねは答こたえました。
 星ほしは、目めもとに笑わらいをたたえて、
「そんなことをして、うろついていると、狩人かりゅうどに撃うたれてしまいますよ。それよりここに、もうしばらく待まっておいでなさい。やがて鶏にわとりが鳴なく時分じぶんです。そうしたら、じきにその小舎こやを見みつけることができます。辛棒しんぼうが肝心かんじんです。」と、星ほしは諭さとすようにいいました。
「そうしようか。」と、ものぐさなきつねは村むらの方ほうを見みて、そうすることにしました。そしてじっと耳みみを澄すましていました。その夜よは雪ゆきこそ降ふらなかったが、いつにない寒さむい夜よるでありました。きつねはもう、なんとも我慢がまんをすることができなくなりました。
「早はやく、鶏にわとりめ鳴なかないかなあ。」と思おもっていますうちに、間近まぢかの黒くろい森もりの方ほうで、犬いぬのなく声こえが聞きこえました。きつねは、びっくりしました。「そら、きつねさん、私わたしのいわないことではありません。狩人かりゅうどの犬いぬですよ。」と、星ほしはいいました。
 きつねは、あわてて起たとうとしましたが、尾おが雪ゆきの上うえに凍こごえついてしまって、どうしても取とれませんでした。やっとの思おもいで、痛いたいめをして引ひき離はなすと、きつねは空むなしく山やまの中なかへ駆かけ込こんでゆきました。



青空文庫より引用