赤土へくる子供たち


一

 釣つりの道具どうぐを、しらべようとして、信しん一は、物置小舎ものおきごやの中なかへ入はいって、あちらこちら、かきまわしているうちに、あきかんの中なかに、紙かみにつつんだものが、入はいっているのを見みつけ出だしました。
「なんだろうか。」
 頭あたまを、かしげながら、ほこりに、よごれた紙かみを、あけてみると、べいごまが、六つばかり入はいっていました。信しん一は、急きゅうになつかしいものを、見みいだしたようにしばらくそれに見入みいっていました。そのはずです。一昨年おととしの春はるあたりまで、べいごまが、はやって、これを持もって原はらっぱへ、いったものです。それが、べいのやりとりをするのは、よくないというので、お父とうさんからも、先生せんせいからも、とめられて、ついみんなが、やめてしまったが、ただ記念きねんにしようと思おもって、これだけすてずに、紙かみに包つつんで、しまっておいたことを、思おもい出だしました。
「やはり、こまはおもしろいなあ。」
 お天気てんきはいいし、子供こどもたちのあそんでいる声こえが、きこえるし、もう信しん一は、じっとして、家いえにいることが、できなかったのです。べいごまを、ふところへ入いれると、赤土あかつちの原はらっぱをさして、出でかけていきました。
 原はらっぱには、武たけちゃんや、善ぜんちゃんや、勇ゆうちゃんたちが、あそんでいました。
 信しん一は、ふところから、べいを取とり出だして、土つちの上うえで、まわしてみました。これを見みつけると、善吉ぜんきちが、遠とおくからかけてきました。
「信しんちゃん、なにしてんだい。」と、さけびました。
「なんでもない、ただ、まわしてみたんだよ。」と信しん一は、べいをひろい上あげて、また紙かみの中なかへ、入いれました。
「君きみ、べいごま?」
「うん、そうだよ。」
「いくつ、持もっているの?」
「六つしかない。」
 善吉ぜんきちは、あんなに、たくさん持もっていたのに、どこへやったのかと、いわぬばかりの顔かおつきをして、信しん一を見みました。
「あんなにあったのを、どうしたんだい。」
「みんな川かわへすててしまった。」
「おしいことをしたね。」
「だって、お父とうさんが、すてろといったから。」
 善吉ぜんきちは、自分じぶんも同おなじようなめに、あったことを、思おもい出だしていました。
「君きみは?」と、こんどは、信しん一がたずねました。
「ぼくは、いま十個こ持もっているよ。あとは、ごみ箱ばこへ、すててしまったのさ。」
 善吉ぜんきちが、こう答こたえると、信しん一は、目めをまるくして、
「いまなら、くず屋やさんにやると、いいんだね。ごみ箱ばこの中なかへ、すてたりして、おしいなあ。」と、いいました。「ぼくも、十個こかくしておいたのを、持もってこようか。」と、善吉ぜんきちは、いいました。
「あ、持もっておいでよ。」
 このとき、あちらから、勇二ゆうじと武夫たけおが、
「なにしているの。」と、口々くちぐちに、わめきながら、やはり、かけてきました。
「べいごま。」
「ぼくも持もっているよ。」
「いくつ?」
「ぼくは、十五個こばかり。」と、武夫たけおが、いいました。
「おお、たくさんあるんだな。」と、みんなが、感心かんしんしました。
「勇ゆうちゃんは、持もっていないの。」
「僕ぼくは、十個こばかり。」と、勇二ゆうじが答こたえました。
「なんだ、みんな、持もっているんだな。じゃ、ここへ持もってきて、まわしっこしない?」と、善吉ぜんきちがいいました。
「しようよ。ただやるだけなら、いいんだろう。やったり、とったりして、かけなけりゃね。」と、勇二ゆうじが、いいました。
「ほんとうは、それでは、おもしろくないんだがな。」と、武夫たけおがいいました。
「だめ、見みつかったら、しかられるから。」
「さあ、早はやくみんな、家いえへいって、持もっておいでよ。」と、信しん一が、いいました。
「オーライ。」と、子供こどもたちは、元気げんきよく、いっさんに、原はらっぱから、かけ出だして、きえてしまいました。

まっさきかけて、つっこめば
なんともろいぞ、敵てきの陣じん
馬うまよいななけ、かちどきだ

 信しん一は、うたいながら、しきりに、べいをまわして、しばらく、しなかった、手てならしをしていました。
 すると、このとき、ぴかりと、自分じぶんの顔かおを、あかるくてらしたものがあります。とんぼでも飛とんできて、さわったのでないかと、顔かおをなでてみました。そして、べいのまわるのを見みていると、また、ぴかりとしました。
「なんだろう?」
 信しん一は、頭あたまが上あげて、原はらっぱを見みまわしました。はじめ、だれもいないと、思おもったのに、あちらに、材木ざいもくのつんである上うえで、女おんなの子こが、あそんでいました。
 よく見みると、かね子こさんと、光子みつこちゃんらしいのです。そして、ぴかりとしたのは、だれか、コンパクトに、ついているかがみで、日ひをてりかえして、自分じぶんに、いたずらを、したのです。
 信しん一が、じっと見みていると、二人ふたりは、くすくす、笑わらっていました。
「知しっているよ。」と、信しん一が、その方ほうへ走はしっていきました。
「私わたしたち、なんにもしないわ、おままごとしていたのよ。」と、かね子こさんがいいました。
「コンパクトのかがみで、やったんだい。」
「ほほほ。」
「信しんちゃん、そこにいるの。」と、まっ先さきにかけてきたのは、善吉ぜんきちでありました。つづいて、武夫たけおに、勇二ゆうじが、手てにこまをにぎってかけてきました。
「ああ、ござが、ないなあ。」
「だれか、だいと、ござを、持もってくると、いいんだね。」
「だいは、いらないけれど、ござがなくては、できないよ。」
 こまは土つちの上うえでは、よくまわらぬからです。勇二ゆうじは、足あしに力ちからをいれて、赤土あかつちの上うえをトン、トン、と、ふんでいました。かたくして、そこで、こまをまわそうというのです。「土つちの上うえでは、だめだよ、だれか、家いえにござを持もっていない。」と、信しん一が、いいました。そこへ、また、あちらから一人ひとりの少年しょうねんがかけてきました。
「小山こやまが、きた。」
 小山こやまは、かね子こさんの兄にいさんです。
「べいをするのかい。」と、小山こやまが、ききました。
「ござがなくて、こまって、いるんだよ。だれか、ござを、さがしてこないかな。」と、勇二ゆうじが、いいました。
「私わたし、家うちへいって、持もってきてあげるわ。」と、かね子こさんが、いいました。
「ばか、家うちにござなんか、ないじゃないか。」と、小山こやまは、かね子こさんをにらみました。

二

 十日とおかばかり前まえのことでした。新緑しんりょくがすがすがしいしいの木きの下したで、たたみやが、しごとをしているのを、かね子こさんは、立たって見みていました。いつか赤あかいインキをこぼして、お父とうさんにしかられてすぐインキけしでふいたけれど、どうしても、そのあとがとれなかった茶ちゃの間まのたたみも、新あたらしい青あおい草くさのかおりのする表おもてにかえられました。
 もうこれから、毎日まいにちあのよごれた、たたみを見みなくてすむのであります。そんなことを思おもって見みていると、おもしろいように、ほうちょうの刃はが入はいります。するするとござが切きれていきます。そのあとを太ふとい針はりが、すいすいとぬって、じょうぶな糸いとを通とおしていきます。半畳はんじょうのところへくると、半分はんぶんだけござが残のこりました。かね子こさんは内うちへかけこんで、
「お母かあさん、新あたらしい半分はんぶんのござが残のこったの、どうするの?」と、ききました。
「しまっておけば、入用にゅうようのことがありますよ。」
「ねえお母かあさん、私わたしにちょうだいよ。」
「なんにするんですか。」
「私わたし、おままごとのとき、しくんですの。」
「そんなら、大おおきいのがいいでしょう。」
「私わたし、古ふるいのはいや、新あたらしいのがいいの。」
「あげてもいいですよ。」
 かね子こさんは、喜よろこんで、半分はんぶんのござをもらって、物置ものおきの中なかへしまっておきました。
 いま善ぜんちゃんや、勇ゆうちゃんや、信しんちゃんたちが、べいごまをするのに、ござがなくなってこまっているのを見みて、しまっておいたござを、思おもい出だしたのです。それでかしてあげましょうかと、いったのでした。
「ばか。」と、兄にいさんにしかられて、かね子こさんは顔かおを赤あかくしました。けれど、自分じぶんのものを、かしてやって、しかられるわけはないので、
「物置ものおきにあるわよ。」と、かね子こさんはいいました。「あれは、ぼくんだい。」と、小山こやまは、妹いもうとをにらみました。
「いいえ、あれは、私わたしのよ。」
「ぼくが、手工しゅこうをするのに、お母かあさんからもらったんだい。」
 友ともだちは、二人ふたりの方ほうを見みていましたが、
「小山こやまくん、かしてね。」と、信しん一が、いいました。けれど、小山こやまはだまっていました。
「ねえ、辰雄たつおくん、いいだろう。」と、善吉ぜんきちがいいました。
「ぼく、べいを持もっていないから、つまんないもの。」と、小山こやまが答こたえました。
「ござをかしてくれれば、一つあげるよ。」と、勇二ゆうじが、いいました。小山こやまは、急きゅうに、たのしそうな顔色かおいろになりました。
「ほんとうかい。」と、小山こやまは、かけだしました。
「だれが、うそをいうもんかね。」と、武夫たけおと勇二ゆうじは、顔かおを見みあって、にっこり笑わらいました。
 小山こやまは、ござをかかえて、もどってきました。このとき、かね子こさんは、
「光子みつこさん、あっちへいって、じゅずだまを取とりましょうよ。」と、いいました。草くさむらの中なかには、つゆくさがむらさきの花はなを咲さかせていました。へびいちごの赤あかい実みが、じゅくしていました。あちらでは男おとこの子こたちが、べいにむちゅうになっています。
「ござが新あたらしいから、気持きもちがいいね。」
「勇ゆうちゃんの角かくは強つよいなあ、辰たっちゃんの一つしかないべいがすっとんでしまった。」と、善ぜんちゃんが笑わらいました。
 小山こやまは、しょげてしまいました。せっかく、勇ゆうちゃんがくれたのに、また勇ゆうちゃんに取とられてしまったからです。
「ぼくが、一つあげよう。」と、こんどは、武夫たけおが一つこまを小山こやまにやりました。
「やりとりしっこなしなんだろう。」
「うそっこでは、つまんないや。」
「わかると、先生せんせいにしかられるよ。」
「ああ、いちばんあとで、みんなかえそうや。」
 みんなで、そんなことをいっていると、
「ぼく、もうかえろう。」と、小山こやまがいいました。
「かえるの? もっとあそんでおいでよ。」
「勉強べんきょうしないと、お母かあさんにしかられるもの。」
 小山こやまは、しいてあるござを取とりかかりました。
「辰たっちゃん、かしておきよ。すんだら持もっていくから。」と、武夫たけおがいいました。
「よごすと、手工しゅこうのとき、こまるもの。」
「そんな、いじわるをいうもんでないよ。」
「ほんとうだい。ござがなければ、べいができないじゃないか。」と、勇二ゆうじが、おこり出だしました。
 小山こやまは、こういわれると、ござにかけた手てをひっこめました。
「辰たっちゃん、べいを一つあげよう、これは、ほんとうに、君きみにあげるのだよ。」と、善吉ぜんきちが、こまをやって、小山こやまのきげんを、なおそうとしました。
「さあ、みんなでやろう。辰たつちゃん、もうすこしあそんでいたって、いいだろう。」
 こういいながら、信しん一は、ブーンとうなりをたて、こまをござの上うえへ投なげ入いれました。こまは元気げんきよくまわりました。そこへ善吉ぜんきちも、勇二ゆうじも、武夫たけおもいっしょにこまを投なげ入いれました。 こまは、たがいにふれ合あって、ぱっぱっと火花ひばなを散ちらしています。ややおくれて、辰雄たつおももらったこまを投なげ入いれました。辰雄たつおのこまもすごいいきおいを出だしてまわっていたが、けっきょく武夫たけおのこまが、どれもこれも、はじきとばして天下てんかを取とりました。また、小山こやまは、こまを一つも持もたなくなったのです。そのさびしそうなようすを見みて、信しん一は、
「辰たっちゃんに、一つあげよう。」と、いって、ひらたい、ぴかぴか光ひかったのをやりました。
「おお、そのべたをやるの。」と、勇二ゆうじが、目めをまるくしました。
「かしてあげたのさ。」と、信しん一は答こたえた。そうきくと、なんと思おもったのか、
「いらない。」と、いって、辰夫たつおは、そのこまを信しん一の手てに返かえしました。
「どうして。」と、信しん一は小山こやまの顔かおをふしぎそうにのぞきこみました。
「ぼく、もうかえるんだよ。」
「ほんとうに、これ、君きみにあげるよ。」
「ぼく、もうかえるんだ。」
 小山こやまは、こういって、また、ござを取とりにかかりました。
 このとき、じっと小山こやまのすることを見みていた善吉ぜんきちが、
「いじわるのけちんぼめ。」と、いって、小山こやまのござを、自分じぶんのはいていたくつで、ふみにじりました。
「何なにするんだ。」と、小山こやまは、善吉ぜんきちを、おしたおそうとしました。ひょろひょろとなった善吉ぜんきちは、
「なにを。」と、小山こやまに、とびついていきました。

三

「おい、けんかは、およしよ。」と、信しん一が、いいました。
「いじわるをするから、けんかになるんだ。」と、みんなが小山こやまの顔かおを見みました。
「ぼくのござだもの、かってじゃないか。」と、小山こやまは、顔かおを赤あかくしながらいいました。
「そのかわり、べいをやったろう。」
「こんなもの、ほしくはないよ。」と、小山こやまは、一つの手てに持もっていたべいを、なげすてました。
「急きゅうに勉強べんきょうするなんて、いわなくていいね。」と、武たけちゃんが、いいました。
「勉強べんきょうのことなんかいうのは、てんとり虫むしのいうことだ。」
「いらんおせわだよ、だれかみたいに、ランドセルなんか、もらわないからいいよ。」
「なんだと。」
 武たけちゃんは、はずかしめられたので、小山こやまのござをめりめりと引ひきさきました。
「やあい、いいきみだ。」と、勇ゆうちゃんが、手てをたたきました。
 小山こやまは、しくしくと泣ないて、かえりかけました。
「いいか、おぼえておれ。」と、小山こやまは、泣なきながら、こちらをふりかえりました。
「いいとも、あそんでなんかやらないから。」と、善ぜんちゃんが、答こたえました。
「石いしをなげてやろうか。」と、武たけちゃんが、足あしもとの石いしをひろいました。
「およしよ。」と、信しんちゃんがとめました。
 兄あにのいじめられたのを知しると、かね子こさんが走はしってきました。「なんで、みんなして兄にいさんをいじめるの。」
「なまいきだからさ。」
「かしたござをかえしておくれ。」
「そこにあるの持もっておゆきよ。」
「こんなやぶれたのでないのをかえしてよ。あす学校がっこうへいったら、先生せんせいにいうから。」
「いくらでもおいいよ。」と、武たけちゃんが、おこって、たたきにかかると、かね子こさんは、逃にげていきました。
「けんかなんかして、つまらないなあ。」と、善ぜんちゃんが、ポケットからボールをだして、空そらへ向むかって投なげ上あげました。
「ボールをしようか。」
 そんなことをいっているところへ、鳥打帽とりうちぼうをかぶって、足あしにゲートルをまいた男おとこが、ステッキをついて、原はらっぱをみんなのいる方ほうへ、歩あるいてきました。
「あっ、いつかきた紙かみしばいのおじさんじゃあない?」
「そうだ、おじさんだ。」
「おじさあん。」と、みんなが、さけびました。
「おうい。」と、おじさんが、笑わらいました。
「どうしたの、おじさん、しばらくこなかったね。」
「ああ、商売しょうばいがえをして、このごろは、お話はなしをして学校がっこうをまわっているのだ。」と、おじさんは草くさのはえたところへ、こしをおろしました。
「なにか、おもしろいお話はなしはないか。」と、おじさんが、みんなにききました。
「おもしろい話はなしって、どんな話はなし?」と、信しんちゃんが、いいました。
「なんでも、君きみたちが見みた話はなしさ。」
「おじさん、してあげようか。」と、善ぜんちゃんが、いいました。
 友ともだちが、みんな善ぜんちゃんの顔かおを見みました。
「きのう、ぼくプールへいったんだよ。そして、泳およいでいると、どこかの子こが、小ちいさな弟おとうとと妹いもうとをつれてきたのさ。そして、うきぶくろにつかまって、泳およぎなさいといったのだよ。けれど、その小ちいさな弟おとうとも妹いもうとも水みずにはいるのが、はじめてとみえて、おそろしがってはいらないのだ。
 しかたがなく兄にいさんひとりプールへ入はいって泳およいだのさ。そうすると、小ちいさな弟おとうとと妹いもうとが、おせんべいをたべながら、兄にいさんの泳およいでいく方ほうへついて、プールの岸きしをぐるぐるまわっているのさ。ぼく、これを見みて、おかしくてしようがなかった。だって、おせんべいをたべながらついて走はしるんだぜ。」
「は、は、は。」と、おじさんが、笑わらいました。おじさんが、おかしそうに笑わらったので、みんなが、いっしょに笑わらいました。
「なるほどな。」と、おじさんがいいました。
「さあ、こんど、おじさんの番ばんだ。」
「おれは、こないだ、北きたの方ほうへ旅行りょこうをしてきたが、いなかの子こは、みんな非常時ひじょうじなのでよくはたらいているぞ。学校がっこうからかえると、山やまへいって、たき木ぎをせおってくるものや、畠はたけへ出でてくわつみの手てだすけをするものや、また、くわの葉はのはいったざるをかかえたり、せおったりして、家いえへはこんだりする。そうかと思おもうと子守こもりをしながら本ほんを読よんでいるものもいる。町まちの子供こどもたちのように、あそんでばかりいないよ。」「ひどいな、おじさん、ぼくたちだって親おやのおてつだいをしているものが、いるんだぜ。」
「そうか、それは、感心かんしんなこった。」
「まだ、おもしろい話はなしはないの。」
「それから樺太からふとまでいったよ。」
「樺太からふと? たいへん寒さむいところまでいったんだね。」と、子供こどもたちは、あの北きたのはしにつき出でて、青あおい海うみの色いろにとりまかれた、ほそ長ながい島しまを思おもい出だしました。
「ツンドラ地帯ちたいって、沼地ぬまちみたいな、こけばかりはえているところがある。そこへ火ひがつくと、なかなかきえない。何年なんねんということなく、燐りんの火ひのようなのが下したからもえ上あがる。
 また、樺太からふとには、人間にんげんの手てのはいらない大おおきな森もりや林はやしがある。それに火ひがつくと、それこそたいへんだ。どこまでもえるか、わからないからな。そんなとき、どうするかというに、火ひのもえていく何なん十メートルか先さきの林はやしを切きりはらって、あきちをつくるのだ。そして、火事かじのある森もりの片方かたほうのはしへ火ひをつけるのだ。すると、あちらからもえてくる火ひと、こちらからもえていく火ひとだんだん近ちかづいて、どこかで出であうだろう。そのときは、どうだと思おもう。ドーンという大おおきな音おとがして、火ひのはしらが空そらへ立たつのだ。そして、それで火ひがきえてしまうのだ。なぜって、両方りょうほうからの火ひで、空気くうきがあつくなって、まん中なかの空気くうきがなくなるからだ。」
「ほんとにおもしろい話はなしだな。おじさんは、その火事かじを見みたの?」
「いや、きいた話はなしさ。おじさんが見みたのは、ある村むらで、馬うまが出征しゅっせいするので、駅えきにりっぱなアーチが立たち、小学生しょうがくせいが、手てに、手てに、はたをふりながら、見送みおくりにいくのだった。どこも、非常時ひじょうじで、緊張きんちょうしているぞ。」

四

 原はらっぱのはしの方ほうに、小ちいさな森もりがありました。いろいろの木きがしげっていて、風かぜが吹ふくと、葉はがきらきらと波なみのように、かがやきました。ひるすこしすぎる時分じぶん、「カチ、カチ。」という拍子木ひょうしぎの音おとが、その方ほうからきこえました。紙芝居かみしばいのおじさんが、子供こどもたちを呼よんでいるのです。原はらっぱで、ボールをなげているもの、とんぼを追おいかけているものが、一人ひとり、二人ふたりと、その方ほうへかけていって、森もりの中なかへ集あつまりました。 森もりの中なかには、小ちいさなお稲荷いなりさまのほこらがたっています。そのほこらのとりいの前まえは、あちらの町まちへつづく、ひろい道みちになっていました。おじさんは、とりいのところへ自転車じてんしゃをおいて、みんなのくるのをまっていました。光みっちゃんととみ子こさんは、石いしのさくによりかかっていました。信しん一も、勇二ゆうじも、ほかの子供こどもたちの中なかへまじって、ぼんやりと立たっていました。
 ちょうど、そこは、すずしい日ひかげになっていて、頭あたまの上うえでは、せみがジイジイとないています。やがて、「突撃兵とつげきへい」という、おじさんのお話はなしが、はじまりました。
「ある日ひ、召集令しょうしゅうれいが、忠ちゅう一のもとへまいりました。彼かれは、手てに持もつ仕事道具しごとどうぐをなげすててすぐに立たちあがった。
『妹いもうとよ、あとをよろしくたのんだ。』
『お父とうさん、きょうは、ご気分きぶんは、いかがですか?』
 兄あにのいなくなった後あとは、かよわい女おんなの身みながら、妹いもうとは、はたらいて、よく父親ちちおやの看護かんごをしていました。
『長ながい間あいだ、よくめんどうをみてくれたぞ。しかし、もう私わたしもいくときがきたんだ。ただ生いきているうちに、せがれのてがらをきかずにいくのが、ざんねんだ。』
『お父とうさん、そんな心こころぼそいことをおっしゃっては、いけません。』
『いや、それよりかおまえは、お父とうさんがなくなったら一人ひとりになってしまう。おまえも日本にっぽんの女おんなだ。なんなりと、自分じぶんの力ちからでできることをして日本にっぽんのためにつくすんだぞ。』
『お父とうさん、よくわかりました。いま日本にっぽんの人ひとは、男おとこでも女おんなでも、年としよりでも子供こどもでも、一人ひとりのこらず、力ちからをあわせて、立たちあがらなければならぬときがきたんです。私わたしは、女おんなながら、つねにその覚悟かくごを持もっています。』
『ああ、それで安心あんしんした。』
 これが、父親ちちおやのわかれのことばでした。
 話はなしかわって、こちらは、戦場せんじょうであります。敵てきは、手てごわくわが軍ぐんの前進ぜんしんをさまたげている。忠ちゅう一の部隊ぶたいは、クリークをへだてて、その敵てきと向むかいあっていました。
 あすの夜明よあけに、敵てきのトーチカをくだいてしまえという命令めいれいがくだった。忠ちゅう一をはじめ一命めいを、天皇陛下てんのうへいかにささげた勇士ゆうしたちは、故郷こきょうへ、これがさいごの手紙てがみを書かいてねむりにつきました。 その夜中よなかのこと、忠ちゅう一一等兵とうへいは目めをひらくと、国防婦人会こくぼうふじんかいの白しろい服ふくをきた妹いもうとが立たっている。おお、どうしてこんなところへきたかと、おどろいた。
『お兄にいさんに、知しらせにまいりました。』
『なにっ、お父とうさんが、なくなられたか。それで、おわかれに、なんとおっしゃられた?』
『はい。』と、妹いもうとがなみだぐみながら、
『せがれのてがらを、この世よできかずにいくのがざんねんだと、おっしゃいました。』
 忠ちゅう一一等兵とうへいは、がばとはね起おきました。同時どうじに目めがさめたのであります。
『お父とうさん、ゆるしてください。じきに私わたしもおそばへまいります。』」
 おじさんが、ここまで話はなしたときに善吉ぜんきちと武夫たけおが、走はしってきて、
「信しんちゃん、吉川先生よしかわせんせいがきたから、早はやくおいでよ。」と、いって、ほこらのうしろの方ほうへかくれようとしました。おどろいて、信しん一と勇二ゆうじは、その後あとを追おったのです。紙芝居かみしばいのおじさんは、何なにごとがおこったのかと、思おもったのでしょう。
「どうしたのだ、どうしたのだ。」と、ききました。
「学校がっこうの先生せんせいが、きたんだよ。」
「なに、先生せんせいが。ちっともわるいことは、ないじゃないか。」と、おじさんはいばりました。
 学校がっこうの先生せんせいが、七、八人にん、上級じょうきゅうの生徒せいとをつれて交通整理こうつうせいりの見学けんがくにとおったのです。先生せんせいたちが、いってしまうと、信しん一も勇二ゆうじも善吉ぜんきちも武夫たけおも顔かおを見みせました。
「みんな、どうしたの?」と、おじさんがいいました。
「ぼくたち、いまとりいの前まえで、べいをしているのを見みつかったんだよ。」
「なぜここへきて、話はなしをきかなかったの? そんなことをするから、先生せんせいが、こわいのだよ。」と、おじさんは笑わらいました。
「小山こやまくんが、先生せんせいに、ぼくたちのことをいいつけたんだ。だから、先生せんせいが、ぼくたちのそばまできて、のぞこうとしたんだ。」
「あした、学校がっこうへいくとしかられるよ。」と、善吉ぜんきちはしょげてしまいました。
「小山こやまくん、ひきょうだね。こないだのしかえしをしたんだ。」と、信しん一は、いいました。
「ほんとうに、ひきょうだな。」
「おじさん、このお話はなし、後あとはどうなったの?」と、ほかの小ちいさな子供こどもが、ききました。
「このあとのお話はなしは、またあす。これで、きょうはおしまい。」
 子供こどもたちは、思おもい思おもいに、ちってしまいました。
「おじさんは、前まえにきた、紙芝居かみしばいのおじさんと、お友ともだちだってね。」と、信しん一がいいました。
「ああ、友ともだちさ、ぼくらは、みなが、いい人ひとになって、日本にっぽんの国くにが、ますます強つよくなるようにと、紙芝居かみしばいをして歩あるいているんだ。」と、おじさんが答こたえました。「じゃ、おじさんは、ほんとうのあめ屋やさんじゃないんだね。」と、善吉ぜんきちは、おじさんの顔かおを、ふしぎそうに見みました。
「あめも売うるから、ほんとうのあめ屋やさ。だってお話はなしばかりでは、きいてくれないだろう。」
「ぼく、お話はなしだけでも、きくよ。」
「じゃ、あしたから、あめを持もってくるのをよそうかな。」
「そして、お金かねをとらないの。」
「ほら、ごらん。みなは、お話はなしより、あめのほうがいいのだ。」
「お話はなしもきいて、あめも、もらいたいのだよ。」
「ぼく、お話はなしだけでもいいな。」
「だれだ、えらいぞ。は、は、は。」と、おじさんは笑わらいました。

五

 翌日よくじつ、学校がっこうのかえりに、善吉ぜんきちと武夫たけおの二人ふたりは、吉川先生よしかわせんせいからのこされました。
「きっと、善ぜんちゃん、べいごまのことだよ。」と、武夫たけおがいいました。
「ああ、それにきまっているさ。だが、なんで、べいをしていけないんだろうね。」と、善吉ぜんきちは、まどの外そとのかきの木きを見上みあげていました。秋あきになってから、日ひの光ひかりが、夏なつよりもかえって強つよいようです。一つ、一つ、さすように葉はの上うえにかがやいていました。
「かきがなっているね、武たけちゃん、これはしぶいのだろう。」
「あまいのかもしれない。ここから、あの枝えだへは、うつれないかね。」
「とびつけば、とどくけど、落おちたらたいへんだ。」
 二人ふたりは、二階かいのまどから、かきの木きを見みながらいろいろ考かんがえつづけていました。そして、早はやく家いえへかえって、あそびたいなと思おもったのです。それだけでなく、お母かあさんや、お姉ねえさんが、しんぱいしていられるだろうと思おもうと、こうしていることが、くるしかったのです。
「先生せんせい、早はやくこないかな。」
「忘わすれたんだろう。かえろうか、武たけちゃん。」
 このとき、ろうかを歩あるいてくる、くつ音おとがしたのでした。二人ふたりは、急きゅうにおぎょうぎをよくしていました。
 先生せんせいは、教壇きょうだんのいすにこしを下おろして、
「こっちへおいで。」と、善吉ぜんきちと武夫たけおの二人ふたりは前まえへ呼よばれました。
「きのうは、家いえへかえってから、なにをしてあそんでいたね。」と、先生せんせいは二人ふたりの顔かおをごらんになりました。
 善吉ぜんきちは、顔かおを上あげて、
「まりをなげたり、べいをしていました。」と、すなおに答こたえました。
「べいをしては、いけないというのでなかったかな。」
 善吉ぜんきちは、先生せんせいにそういわれると、だまってうつむきました。
「君きみは、どう思おもうね。」と、先生せんせいは、こんどは武夫たけおに向むかって、おききになりました。
「よくないと思おもいます。」と、武夫たけおは答こたえました。「わるいと思おもうものを、なぜやったのだ。」
 先生せんせいの顔かおは、しだいにおそろしくなりました。
「しまいに勝かったべいを、みんな返かえせばいいと思おもいました。」と、善吉ぜんきちが、いいました。
 先生せんせいは、しばらくだまって、善吉ぜんきちのいうことをきいていられましたが、
「君きみたちは、わるいことをして、後あとでそれを返かえせばいいと思おもうのかね。」と、おっしゃいました。
「先生せんせいこまをまわすことは、わるいことですか。」と、武夫たけおが、こんど先生せんせいの顔かおを見みながら、ふしぎそうにたずねたのです。先生せんせいは、ちょっと頭あたまをかしげて、すぐには、返答へんとうをなさいませんでしたが、しばらくしてから、
「こまをまわすことを、いけないというのではない。勝かったり、負まけたりするのに、品物しなものをかけてやることを、いけないというのだ。べいなら、その負まけたこまを、勝かったものが取とるというふうに、勝負しょうぶの後あとが、品物しなもののやりとりになるからいけないというのだ。」
「先生せんせいそんなら、ただ、おたがいがこまをまわして、勝負しょうぶをするぶんなら、いいのですか。」
「ものをかけたりしなければ、わるいことはない、みんなが、ただ一つぎりでな。ぼくも、子供こどもの時分じぶんは、こまをまわすのが大だいすきだった。」
「先生せんせいも、べいをなさったのですか?」と、二人ふたりの子供こどもは、おどろいた顔かおをしました。
「いや、ぼくの子供こどもの時分じぶんには、べいごまなどというようなものは見みなかった。もっと大形おおがたの木きごまか、鉄胴てつどうのはまったこまだった。鉄胴てつどうのこまには、木きごまは、どうしてもかなわなかったものだ。そして、こまの合戦かっせんは、それは、さかんなものだった。」
 吉川先生よしかわせんせいは、自分じぶんの子供こどもの時分じぶんを思おもい出だして、いまのようにものをかけずに、ただ勝負しょうぶをしただけで、それでもみんなが、満足まんぞくしたという話はなしをなさいました。
「木きごまは、鉄胴てつどうにかかると、よく真ま二つにわれたものだ。そのわれるのが、またゆかいだった。しかし、つばきの木きでつくった木きごまは、たいへんかたくて、なかなかわれぬばかりでなく、うまく火花ひばなをちらして、ぶつかって、どぶの中なかへ鉄胴てつどうをはねとばしてしまうことが、あったものだ。」
「先生せんせい、おもしろいですね。」
「おもしろいが、べいなんか、もうよしたまえ。このごろは、みんなでいっしょにたのしんで、そして、勝かち負まけをきめるようなおもしろいあそびが、たくさんあるじゃないか。」と、先生せんせいは、おっしゃいました。この時分じぶんには、先生せんせいのお顔かおは、いつものやさしいお顔かおになっていました。
「先生せんせいよくわかりました。」と、善吉ぜんきちが、いいました。
「わかったか。」
「わかりました。けれど先生せんせいにつげ口ぐちするものなんか、もっとひきょうだと思おもいます。」と、武夫たけおが、いいました。「つげ口ぐちされるようなことをしなければいいのだ。では、もうかえるがいい。」
 吉川先生よしかわせんせいは、立たち上あがると、さっさと、ろうかの方ほうへ歩あるいていかれました。
「黒くろめがねの紙かみしばいのおじさんは、ぼく、この話はなしをしたら、辰たっちゃんは、自分じぶんがけんかができないので、先生せんせいにいうなんてひきょうだといったよ。」と、善吉ぜんきちがいいました。
「おじさんは、先生せんせいをよく知しっているといったね。」
「ああ、おじさんも、日本にっぽんの子供こどもは、そんとか、とくとかいうことなんか、考かんがえてはいけない。正ただしいことをしなければならぬといった。」
 二人ふたりは、階段かいだんを下おりて、話はなしながら校門こうもんの外そとへ出でたのでありました。
「善ぜんちゃん、あの犬いぬをごらんよ。」
 武夫たけおのゆびさした方ほうを見みると、白しろい色いろの犬いぬが、まりをくわえて主人しゅじんの後あとについていきました。ある家いえの門もんのところに、茶色ちゃいろの犬いぬがはらばいになっていたが、この犬いぬを見みつけると、急きゅうにおきあがって、ほえはじめました。二ひきの犬いぬのあいだが、だんだん近ちかづきました。しかし、まりをくわえた犬いぬは、知しらぬ顔かおをして、わき見みもせずに主人しゅじんについていくと、茶色ちゃいろの犬いぬはいまにもとびつこうとしたのでありました。

六

 赤土あかつちの原はらには、だれもあそんでいませんでした。茶色ちゃいろの犬いぬをつれた男おとこの人ひとは、ボールを出だすと、力ちからいっぱい、これを遠とおくへ向むかって投なげました。ボールは、青あおい空そらへ上あがって、それから下したへ落おちました。
「よし。」と、いうと、犬いぬは、かけ出だしていきました。
「おじさん、犬いぬの名なは、なんというの。」と、武夫たけおが聞ききました。
「ジョンです。あれで、まじりけのないシェパードではありませんよ。」と、おじさんは、答こたえました。
「いい犬いぬですね。」と、善吉ぜんきちが、感心かんしんしました。ジョンは、ボールをくわえてきました。
「訓練くんれんひとつですね、いい犬いぬにするには、なかなかほねがおれます。」
 ジョンは、ボールを主人しゅじんの前まえへおこうとすると、
「こら!」と、おじさんはしかって、手てに持もっているむちでジョンをたたこうとしました。ジョンは、すぐ気きがついて、右みぎから左ひだりへぐるりと、おじさんの足あしもとをまわって、ボールをおきました。「よし。」と、おじさんは、犬いぬの頭あたまをなでてやりました。それから、おじさんは、犬いぬをそこに待またしておいて、自分じぶんだけ、あちらへかけていきました。やがて、おじさんの姿すがたは、草くさむらのしげった中なかへ、かくれてしまいました。じっと、そっちを見みながら、すわっていたジョンは、主人しゅじんの姿すがたを見みえなくなると、さびしくなったのか、クン、クン、といって、おじさんをこいしがりました。善吉ぜんきちも、武夫たけおも、忠実ちゅうじつな犬いぬが、かわいくなりました。 おじさんは、ちがった方角ほうがくから、姿すがたをあらわして、もどってきました。
「よし。」と、命令めいれいすると、ジョンは、すぐに主人しゅじんのいった足あしあとをさがして、ボールを取とりにいきました。
「おじさん、まりをかくしてきたの?」
「土つちへうめてきたが、ちょっと見みつからないでしょう。」と、いって、おじさんは、笑わらっていました。
 いつまでたっても、ジョンは、かえってきませんでした。見みつからないのです。そのうちに、ジョンは、しおしおとして、なにもくわえずにもどってきました。これを見みると、おじさんは、こわい顔かおをして、犬いぬをにらみました。そして、手てを上あげて、
「だめ!」と、どなりました。ジョンは、また、さがしに、あちらへ走はしっていきました。
「かわいそうだな、見みつからないんだよ。」と、武夫たけおは、犬いぬに同情どうじょうしました。
 そのとき、少年しょうねんが、きっきの白しろい犬いぬをつれてさんぽにやってきました。そして、みんなのいるところへきました。
「ポインターのかわりですね。」と、おじさんは、白しろい犬いぬの頭あたまをなでました。犬いぬは、おとなしくしていました。おじさんは、よく犬いぬの種類しゅるいを知しっています。また、どの犬いぬもかわいがりました。犬いぬもまた、かわいがる人ひとをよく知しっているようです。
 ジョンは、やっとボールを見みつけて、うれしそうに、くわえて走はしってきました。おじさんも、喜よろこんで、ジョンのそばへくるのを待まって、犬いぬが、ぐるりとまわって、前まえへボールをおくと、だくようにして頭あたまをなでてやりました。
「おりこうですね。」と少年しょうねんが、これを見みて、いいました。
「ふせ!」と、おじさんが、いうと、ジョンは、地ちの上うえへはらばいになりました。
「伏進ふくしん!」
 ジョンは、はらばいになりながら進すすみました。これを見みていた武夫たけおは、善吉ぜんきちに向むかって、
「戦争せんそうにいって、敵てきに見みつからないようにして、進すすむんだね。」と、ささやきました。
 白しろい犬いぬも、おとなしくして、ジョンのするのを見みていました。すると、少年しょうねんは、
「ごらんよ、おまえも、あんなことできるかい。」と、自分じぶんのほおを、犬いぬの顔かおにおしつけました。おじさんは、見みて、笑わらっていました。
「なにもおしえないのですか。」
「この犬いぬは、ぼうきれを投なげると、くわえてくるぐらいのものです。」
「その犬いぬは、猟犬りょうけんですね。」
「だから、にわとりや、ねこを見みると、追おいかけて、しかたがないんですよ。」と、少年しょうねんは、いいました。そのうちに、少年しょうねんは、犬いぬをつれて、あちらへいってしまいました。
 おじさんも、一ひととおりの茶色ちゃいろの犬いぬの訓練くんれんがすむと、善吉ぜんきちと武夫たけおに向むかって、「さようなら。」と、いって、ジョンをつれて、お家うちへかえっていきました。
「ああ、きょうは、かえりがおそくなったね。ぼくお家うちへかえって、きっと、おかあさんにしかられるだろう。」と、武夫たけおは、しんぱいしました。
「復習ふくしゅうがあったと、いえばいいだろう。」
 善吉ぜんきちは、うそをいって、わるいと思おもったが、そういうことに、きめていました。
「ぼくは、原はらっぱで、犬いぬのおけいこを見みてきたと、いおうかしら。」と、善吉ぜんきちが、いいました。
「残のこされたといわなけりゃ、どっちだっておんなじじゃないか。」

 日ひにまし涼すずしくなりました。原はらっぱに立たって、だまって空そらをみあげながら、鳴なき声ごえのした方ほうに目めをそらすと、黒くろく小ちいさく、群むれをなして、渡わたり鳥どりの飛とんでいくのが見みられました。
 ワン、ワン、犬いぬが、ほえています。その方ほうを見みると、いつかおじさんのつれてきた、ジョンでした。
「ジョン、ジョン。」と、善吉ぜんきちが、呼よびました。ジョンはかけてきました。そばには、武夫たけおのほかに信しん一もいました。
「どこの犬いねなの?」
 信しん一が、ききました。
「いつかどこかのおじさんがつれてきた犬いぬだよ。」と、武夫たけおは、あたりにおじさんがいないかと見みまわしました。どうしたのか、おじさんの姿すがたが見みえません。
「ジョン、どうしたんだい? ひとりかい。」と、善吉ぜんきちが、いうと、ジョンは、喜よろこんでとびつきました。
「きっと、道みちをまぐれたんだよ。」
「ぼくたち、どっかへかくれよう、そうしたら、ジョンは、どうするだろうか。」と、武夫たけおが、いいました。

七

「そうだ、いいことがわかった。」
「どんなこと。」
 武夫たけおと信しん一は、善吉ぜんきちの顔かおを見みました。
「ジョンが、まりをさがしている間あいだに、僕ぼくたちはどこかへかくれるのだよ。そうしたらジョンは、どうするだろうかね。」と、善吉ぜんきちは、いいました。
「どうするだろう? おもしろいな。」と、信しん一がいいました。
「お家うちへ帰かえっていくかもしれないよ。」
「いや、きっと、僕ぼくたちをさがすだろう……。」
「よし、やってみようよ。」
 武夫たけおはジョンにまりを見みせてから、自分じぶんは、向むこうのくさむらの方ほうへ走はしっていきました。そして、わからないように、草くさの中なかへかくしてきました。
 武夫たけおは、息いきを切きらしてもどると、
「ジョン、まりをさがしておいで。」と、すぐ命令めいれいをしました。ジョンは、かけていきました。
「さあ、この間あいだにかくれよう、どこがいいかな。」
 先さきに立たって、走はしっている善吉ぜんきちが叫さけびました。
「僕ぼくの家うちの物置ものおきへいこうよ。」 三人にんは、原はらっぱを犬いぬのいった、反対はんたいの方ほうに向むかって走はしりました。
 広ひろい道路どうろのあちらは、すぐ町まちになっています。そして、いちばん近ちかいところに、善吉ぜんきちの家いえがありました。土管どかんや、じゃりや、セメントなどを、あきなっていました。物置ものおきの中なかには、これらの品物しなものがつまれていました。三人にんは、きゅうくつそうに、体からだをおしあって、片かたすみにかくれて、かわるがわるふし穴あなから原はらっぱの方ほうをながめていました。
「どうしたんだろう、こないよ。」
「お家うちへかえったんじゃないか?」
 とつぜん、のぞいていた信しん一が、
「きた、きた、ジョンが、きちがいのようになって、さがしているよ。」
「こっちへこない。」
「足あしあとをさがしているから。」
「まりは、どうした?」
「くわえている。」
「かわいそうだから、出でてやろうか。」と、善吉ぜんきちがいいました。
 しかし、まもなくジョンは、小舎こやのところまでやってきました。そして、まりを下したへおいてさも悲かなしげに、鳴なき出だしました。
「ジョン。」と、このとき、三人にんは、先さきをあらそって、物置ものおきからとび出だしました。
「ふだに番地ばんちが書かいてあるから、これからつれていってやろう。」と、信しん一は、ジョンの頭あたまをなでました。
 庭にわに、梅うめもどきの実みが赤あかくなって、その下したに、さざんかの咲さいている家うちがありました。そこが、ジョンのお家うちでした。
 三人にんは、げんかんに立たつと、ジョンが尾おをふって、ワン、ワンと喜よろこんで鳴なきだしました。しょうじ戸どをあけて出でてきた、おばさんは、犬いぬと子供こどもがいるので、見みてびっくりしました。三人にんが、まよい子ごになった、ジョンをつれてきたことを話はなすと、
「まあ、まあ、それは、ありがとうございます。じつは、いなくなったのでしんぱいして、みんなが、さがしに出でているのですよ。いつもつないでおくのですが、朝あさ、くさりをといてやったら、いなくなってしまったのです。」と、おばさんは、おれいをいいました。
 武夫たけおは、ジョンをくさりにつないでから、
「さようなら。」と、いいました。
 三人にんは、いいあわしたようにジョンの方ほうをふり向むきながら、門もんを出でようとすると、ジョンは、ついていこうとして、くさりを鳴ならしてほえました。
「ぼっちゃん。待まっていてください。」と、おばさんが、あわてて奥おくから出でてきました。そして、げたをはいて、紙かみに包つつんだものをみんなのところへ持もってきました。
「これは、ほんのおだちんですよ。あめか、おかしでも買かって、わけてください。」と、おばさんは、信しん一の手てに渡わたそうとしました。「いいえ、そんなものいりません。」と、信しん一は、手てを引ひっこめました。
「そんなこというものでありません、さあ取とってください。」と、こんどおばさんは、善吉ぜんきちに渡わたそうとしました。
「おかしなんか買かうとしかられます。」と、善吉ぜんきちも、手てを引ひっこめました。
「じゃ、えんぴつを買かってわけてください。」と、おばさんは、むりに武夫たけおの手てににぎらせました。武夫たけおは、どうしたらいいかと思おもったが、おばさんが、これほどいってくれるのを、ことわるのはわるいと思おもって、いただいて外そとへ出でました。
「困こまったなあ、これどうしたらいいだろう。」と、武夫たけおは二人ふたりにそうだんしました。
「じゃ、えんぴつを買かってわけようよ。」と信しん一が、答こたえました。
「武たけちゃん、君きみ、あずかっておいでよ。」と、善吉ぜんきちがいって、三人にんは、原はらっぱへもどってきました。もう西にしの方ほうの空そらが、赤あかくなりかけていました。
「あっ、紙かみしばいのおじさんがきている。」
 三人にんは、子供こどもたちの集あつまっている方ほうへかけ出だしました。そこには、小山こやまも、かね子こも、光子みつこも、とみ子こもきていました。
「ね、黒くろめがねのおじさんが、支那しなへいくんだって。」と、三人にんの顔かおを見みると、小山こやまはいいました。
「ほんとう? 黒くろめがねのおじさんが、支那しなへいくの。」と、武夫たけおが、おじさんにききました。
「ほんとうだとも、こんど宣撫班せんぶはんになって支那しなへいくのだ。」と、紙かみしばいのおじさんは、答こたえました。黒くろめがねのおじさんは、いつかこの原はらで、樺太からふとへ旅行りょこうをしたときの話はなしをしてくれました。
「宣撫班せんぶはんって、支那人しなじんのせわをしてあげるの。」と、とみ子こさんがたずねました。
「ああ、そうだ。そして、支那しなの子供こどもにおもしろいお話はなしをきかせてやるのさ。どんなに喜よろこぶだろうな。」
「どんなお話はなし?」
「そのお話はなしが、あのおじさんのことだから、日本にっぽんの子供こどものことさ。きっと君きみたちのお話はなしをして、日本にっぽんの子供こどもは、みんなしょうじきで、やさしくて、いい子こばかりだということだろう。」と、おじさんは、笑わらいました。
「そうかなあ、僕ぼくたち、あのおじさんに、旗はたを送おくろうか。」
「そうだ。ジョンのお家うちからもらったお金かねで、旗はたを買かおう。」
「僕ぼくも、お金かねを出だすよ。」と、小山こやまが、いいました。赤土あかつちの原はらっぱには、赤々あかあかとして、夕日ゆうひがうつっていました。


青空文庫より引用